二人のラーズグリーズ
アンドロメダとケストレルを行ったり来たりする時間が続いている。そんな中にぽっかりと出来る暇な時間に端末に向かうと、いつもの癖で記事を打ちたくなる。どこに載せるものでもないが、サンド島から離れての出来事を私は端末に打ち込み続けていた。そしていつか役に立つ日が来たときのために、バックアップをディスクに取ってチョッキの防水ポケットに保管していた。アンドロメダの通信室はインターネット環境も揃っているので、その気になれば各国のサイトを覗き見ることも出来るし、プロキシを偽って情報を発信することも可能ではあった。もっとも、リスクが高すぎてそんなことをするつもりは全くなかったのだが。
ブレイズが撮ってきた写真を見て真っ先に驚いたのはおやじさんだった。彼は言った。こいつは、前の大戦でベルカが製造した戦術核「V1」だと。ベルカは、再び15年前と同じ過ちを犯そうとしている。しかも、今回は彼らに鉄槌を食らわした張本人たるオーシアとユークまでがその手の平の上で踊らされ、ベルカに対する抑止力になり得ない。このまま彼らを放置しておけば、いずれ両国の都市で核が炸裂し、それすらも互いの軍部が行ったこととして両国の憎しみをさらに根深いものにするだろう。これを看過することは出来なかった。
通信司令室では様々な情報を確保できる。もちろん、テレビやラジオといったもの含めてだ。ニュース番組では連日特番扱いでユークとの戦争の進捗が報じられ、従軍記者のリポートと映像が映し出される。……本来報じなければならない真実をそっちのけにして、今やニュースまでがユークに対する憎しみと対立を扇動している。新聞でさえ似たようなものだ。ネットに掲載されるニュースの数々はオーシアもユークも互いに戦線拡大姿勢を批判し、もはやどちらかがどちらかを征服するまで戦いの矛を収めることは出来ない、と社説を結んでいる。ベルカの蒔いた種は確実に成長し、両国を蝕んでいる。あれほどハーリング大統領の平和主義を称えていたメディアまでがこの有様だ。一体15年の間に私たちは何を学んだのだろう?
「ジュネット、面白いサイトを見つけたぞ。見てみるか?」
通信兵に呼ばれて端末の画面を覗き込んだ私は、声をあげて驚いてしまった。そこに写されていたのは、オーシア・タイムズの役員たち。しかも、一緒にいるのはハーリング大統領たちに敵対し権力の座から追いやられていた覇権主義の退役軍人たち。どこで撮影されたものかは分からなかったが、これは盗撮されたものだ。本人達がまったく気が付いていないのがその証拠だ。
「つい最近公開されたサイトのようだが、すごいぞここ。他にも、アップルルースや他の「主戦派」に属する連中のスキャンダルが目白押しと来ている。今の政府の連中じゃ、サイト運営者の命が危ないと思うんだけどな」
テキストと写真をベースにしたトピックが整然と並べられたこのサイトを、相当な数の人間が閲覧をしている。恐らくは海外のプロバイダを使用しているのか、この手のサイト潰しに有効な政府の圧力は全く功を奏していない。サイト運営者のメールアドレスは登録されていないが、タイトルの脇にこう書いてある。「ペンより強い者はない by ハッカー」。ハッカー?ハッカーだって?まさかこのサイトを立ち上げたのはハマーなのか?
「内容も面白いんだが、このタイトルバナー。よーく見てごらん。縁がこれ数列になっているんだよ。簡単な暗号文さ。ひょっとして、こいつは君に当てたメッセージなんじゃないかな、ジュネット。数列を並べ替えてアルファベットにしてみたら、こう書いてあった。"HよりG、オーシアは操られている。操っているのはかつての戦争の亡霊たちだ。G、君が生きていることをHは確信している"……いい友達みたいじゃないか?」
自分だって危ない橋を散々渡っているのだろうに……。ハマーも私とは異なるルートを巡りながら、同じ結論に辿り着いたのだ。出来るなら今すぐ電話の一本も入れてやりたいところだが、今は連絡の取りようも無い。政府の連中はこのサイトをブレームアップのインチキサイトとして相手にもしないかもしれないが、この手のゴシップは受ける。口コミでこのサイトを訪れる人間はさらに増えていくだろう。その結果、政府の姿勢に対する疑念が生まれる。全てのメディアが染まっている状況でもないし、左翼系政党と関連の強いメディアなどは与党に対する圧力をかけるネタにもなる。本来、ゴシップを活用することをあれほどまで嫌っていたハマーらしからぬ方法だが、こいつは有効だ。メディアの裏も表も知り尽くしたヤツならではの戦い方だった。
私の答えはもちろん決まっていた。
「ええ、彼は私の最高の友人だ。会ったら思わずキスしてやりたくなるくらいのね」
「早く陰で動いている連中をいぶり出して、援護射撃をしてやらないとな!」
私は目頭が熱くなってしまった。そう、戦っているのは私たちだけではないのだ。今ここで、私たちが折れるわけにはいかなかった。敵地で単身戦いを続けている友のためにも。
空母ケストレルでは、大統領がラジオの周波数に乗せて、この戦争の真実を語りつづけている。真の敵の正体とこの戦争で踊らされている人間のこと、そして今すぐ戦いを止めるべきであると。だが、そんな彼の努力を嘲笑うかのようにアップルルースたちは「ユークトバニアによるプロパガンダ作戦」として相手にもしなかった。完全に大統領のブレーンたちを政権からは追いやった証拠だ。それどころか、彼らは過去の大統領の演説の映像まで持ち出して、自らの正当性を偽証してみせた。厚顔無恥なこと、この上なし。通信室から出てきた大統領の台詞が全てを物語っていた。
「どうやら、私は既に死んだ人間として扱われているようだね」
私は大統領にかける言葉を思いつかなかった。オーシア政府は無血クーデターで権力を掌握した連中の伏魔殿と化したようだ。全ての人間、全ての兵士がそれに従うわけもないのだが、今の権力者達なら嘘を真にするくらいのことはやってのけてしまうだろう。そして国はさらに窮乏する。権力者たちは気が付かない。それが、彼らを背後で操っている者たちの真の狙いなのだも。そして仕上げとして、核の炎が両国をなぶり尽くす。何も知らない市民や兵士たちが犠牲となり、何も知らない権力者達はさらに互いを傷付ける。その負の連鎖を笑い飛ばし、両国が力尽きたとき、ベルカが現れるのだ。「歴史が大きく変わるとき、ラーズグリーズは現れる。最初は漆黒の悪魔として。悪魔はその力を以って大地に死を降り注ぎ、やがて死ぬ。しばしの眠りの後、ラーズグリーズは再び現れる」恐らく暗躍を続けるベルカは、自らをラーズグリーズに模しているのだ。全てはオーシア・ユークに完敗し、過去の国となったベルカという国家を蘇らせる為に。そしてオーシア・ユークには絶対的な死を。だが、伝承の最後は、一般的に知られたおとぎ話の後にもう一文あるのだ。ラーズグリーズは帰ってくる。彼女は、数多の英雄たちと共に、英雄として現れるのだ。
ベルカは彼女に相応しくない。