過ぎ去りし日々、そして現在


飛行機の窓の外を、険しい山々が通り過ぎていく。アピート国際空港へ向かう飛行機は、あと2〜3時間程度で着陸するはずだ。今私の眼下に広がる山々は、かつて南ベルカと北ベルカとを分け隔てていた。この空でラーズグリーズ隊たちは戦いを繰り広げ、SOLGからの核攻撃を防ぐことに成功したのだ。戦いの面影をここから見ることは出来ない。既にあれから4年が過ぎ、戦いの痕跡はオーシア、ユークトバニア双方で徐々にその姿を消しつつある。終戦直後は各地で主戦派の散発的な抵抗や、ベルカ人過激派によるテロが続発したが、ハーリング大統領、ニカノール首相の粘り強い説得と融和主義に基づく両国の関係改善努力が功を奏し、最近ではニュースに上ることも少なくなった。もちろん、水面下ではかつてのベルカ残党軍や灰色の男たちのように暗闘を進める者たちもいるのだろう。だが、その動きは目に見えて衰えていきつつある。人々は気が付いたのだ。常に自分たちの周りに在ったはずの平和が、とても脆いものであり、しかしその再建には大変な困難を伴うことに。

フリーのジャーナリストという肩書から離れてからの私は、ユークトバニア、オーシアだけでなくユージア大陸にまで飛び回っている。自由な観点から国の在り方を正すつもりで選んだはずの職業は、結果としてその枠を越えることが出来なかった。私がその枠を飛び越えたのは、社会的に一度生命を失って以降だ。表面に現れている歴史の動きの裏側で実は確実に進んでいる別の流れ。それを知ってしまった人間が、元の鞘に戻ることは出来ない。今の私にとってのタスクは、2010年9月27日に始まり、12月31日に終結したあの3ヶ月間の戦いの全貌を明らかにすることだ。調査を始めてから数年が経っているわけだが、得られた情報はまだまだ少ない。歴史の陰に隠れて虎視眈々と復興の時を待ち続けたベルカ残党軍たちの活動を追うことは、なかなかに困難であり、そして興味深いことであった。ユージア大陸で立ち寄った酒場「スカイ・キッド」では、かつての軍事大国エルジアにおいてその名を馳せた「黄色中隊」を知る人々の話を聞くことも出来たし、現在もISAFの最強部隊としてユージア全土から選りすぐりのパイロットたちが集められている「メビウス中隊」の取材をすることも出来た。もっとも、訓練機の後部席に乗せられたときは、久しぶりの胃が裏返る感触を嫌と言うほど味わう羽目となり、サンド島取材に行った直後、バートレット大尉の後席で体験したドッグファイトを思い出したものである。

そのバートレット大尉、いや、バートレット少佐は戦争終結後、ベテランパイロットの大半を失ってしまったユークトバニア空軍の再建のため、現在も派遣将校として新米パイロットたちの教官を務めている。またおやじさんことピーター・N・ビーグル特務少尉も戦争での功績が認められ、戦後中尉に昇格。3ヵ月後には大尉に昇格となり、バートレット少佐と共に教官を務めている。ちなみにバートレット少佐のコールサインは「キング・オブ・ハート」を縮めて「キング」と呼ばせているということで、私が彼と会わないうちに何があったのかを知る術は無い。もっとも、昨年彼の配属されている基地を訪れたとき、彼は変わらない豪快さを満遍なく発揮し、訓練でへまをした新米たちに腕立て伏せを命じていた。オーシアでひよっ子たちを怒鳴り散らす場所を奪われちまったので、新天地で次のエースを育て上げるんだ、というのが彼の現在の目標だそうである。蛇足ながら、彼は基地の食堂でランチを注文する必要が無くなった。彼の健康に配慮された食事が別ルートで供給されているためである。

大戦の終結後、軍隊の在り方は大幅に見直されることとなり、オーシアとユークトバニアは更なる軍縮と軍隊のコスト削減に取り組むこととなった。その一つとして行われたのが、両軍の統一参謀本部の設立と混成軍部隊の編成であった。両国が敵対関係にない以上、両国が備える軍備は最低限のもので良いはずである。そしてどちらかが被る痛みは双方にとっての損害である、とかつての終戦宣言で述べたハーリング大統領とニカノール首相は、両国が共同でお互いの安全保障体制を構築することを決定したのだ。現在もその再編は徐々に進められている最中であるが、一部の反発を除けば計画は良好に進んでいる。その再編計画の中で、両国の共同プロジェクトとして開発された艦がある。大戦で互いに大半の航空母艦を失ったオーシアとユークトバニアは、数隻の航空母艦の建造計画を実行し、その1番艦が既に配備されている。「レイヴン」と名付けられたこの空母には、大戦末期、大統領たちと共に「真の敵」と戦い続け、最終的に両国の混成艦隊の指揮を執ったアンダーセン提督が艦長として就任した。老齢を理由に退役を希望した艦長だったが、新規で編成される艦隊、しかもオーシアとユークトバニア両軍から派遣される混成艦隊を指揮することが出来る人材の不足から、退役は当分の間お預けとなり、今日もどこかの海で艦隊を指揮しているはずである。彼の指揮卓の脇には、真新しいレコードプレーヤーが置かれているということだ。

その「レイヴン」には、この平和の空の守り手となるべく、両軍のみならず、各国から選抜された腕利きたちが配属されることとなった。通称「レイヴン航空隊」として知られる彼らは国籍に関係なく統一参謀本部及びハーリング大統領、ニカノール首相の直属部隊として有事に備える。各国のトップが集まってくるわけだから、当然対立も起きれば喧嘩沙汰が起きることもある。だが、レイヴンにはそのトップクラスをさらに上回るエースパイロットたちで編成されるアグレッサー部隊が配属され、ほとんど大半の新米エースたちはその天狗鼻を叩き折られるという洗礼を浴びせられることになる。操縦技量だけでなく、ハートを鍛えることも平和の守り手としての役目というわけだ。先の大戦で凄惨な戦いを強いられてきた古強者たちの経験と教えは、未来の守り手たちにきっと語り継がれていくのだろう。ちなみに、レイヴン航空隊のエンブレムはその名のとおり黒い翼であるのだが、ラーズグリーズの後継者たち、という意味も込められているそうだ。もともとケストレル航空隊の一員であり、アンダーセン艦長と共に戦い続けたソーズマンことスノー中佐は、現在アグレッサー部隊の一員として若きパイロットたちのハートを鍛え続けている。彼は若者たちにこう呼びかけているそうだ。「どんなに技量が優れていたとしても、ハートが歪んでいる人間をエースとは呼ばない」、と。

今日現在、オーシアのハーリング大統領、ユークトバニアのニカノール首相はともに政府首脳として両国の融和を進めるべく奔走している。ここまでの長期政権になることを二人とも予想しなかったであろうが、現在のところ彼らを凌ぐに足る人材は現れず、当分の間彼らは首脳の座にあり続けるだろう。もっとも、彼らに対抗していたはずの主戦派・タカ派の面子が先の大戦でほとんど失墜してしまったことも、彼らの長期政権化の一要因として挙げられるのだろうが。大戦から4年が経つ今も、「灰色の男たち」の存在に関しては依然謎が多く全容は解明されていない。ベルカの覇権を目指す者たちの言わば手足となる彼らが、大戦の後消滅したのか、それともまたどこかで闇に紛れて策謀を繰り広げているのか、その解明にはまだまだ時間がかかりそうだ。操られていることに気が付き、ハーリング大統領たちに転向した人間から断片的な情報は得られているが、肝心要の部分には到達していないのである。だから、ハーリング大統領とニカノール首相は両国の融和政策をより一層推し進めている。例え、過去の怨念に縛られた者たちに甘言を囁かれたとしても、それをはねつける事が出来る「心」を根付かせるために。
「コクピットからご挨拶申し上げます。間もなく、本機はアピート国際空港への着陸ルートに入ります。偏西風の影響を受けまして、予定より20分ほど遅れての到着となることをお詫び申し上げます。それでは着陸まで、いましばらくおくつろぎ下さい。本日もご利用いただきまして、ありがとうございました」
私はいつの間にか眠ってしまっていたらしい。私の体には、客室乗務員がかけてくれたのであろうか、毛布がのっている。窓の外を見ると、遠くに都会の灯りが瞬いている。既に飛行機はベルカの空を越え、オーシアの平野地帯へと到達していた。首都オーレッドに行くのは、数ヶ月ぶりだ。社長を含む役員連中がことごとく逮捕された私の古巣オーシア・タイムズだったが、ハマーを中心としたベテラン記者たちの奮闘の結果、徐々に売上部数を伸ばしている。そのバランスの取れた記事は好評である。もちろん、ハマーと久しぶりにオーレッドの酒場でウイスキーを飲み交わすのも楽しみであるが、私は大戦から4年目となるこの節目で、全ての始まりの地に行くことを計画していた。そう、オーシアとユークトバニアの国境線に最も近く、大戦時は最前線となっていたサンド島航空基地。既に基地が閉鎖され、無人島となったあの島は、今の私の原点とも呼べる場所。今は私の座席の下のカーゴルームで、檻に入れられてふて寝しているであろうカークにとっても懐かしい場所だ。

客室のモニターが、ノーズギアのカメラ画像に切り替えられた。旋回をして傾いた大地の向こうに、滑走路の明かりが見える。かつて、ラーズグリーズの面々は、この滑走路の明かりを何度も見て、生還した喜びを噛み締めていたのかもしれない。そうそう、オーシア空軍では、暗黙の了解で使われなくなったコールサインがある。基本的にコールサインは個人が勝手に決めるものであるが、ブレイズ、エッジ、アーチャー、そしてチョッパー、この4つのコールサインを名乗ることはご法度となっているそうだ。噂話では、敵性スパイとして撃墜されたサンド島分遣隊、通称「ウォー・ドッグ」隊の4人の裏切り者のコールサインであったらしい、と兵士たちの間では囁かれているそうだ。その噂話を、あの日歌に導かれて黒い翼の英雄たちと共に翼を並べて戦った兵士たちは、心の中で舌を出しながら聞いているに違いない。そう、少なくとも私たちはその4人を知っているし、そのコールサインが永久欠番となった本当の理由を知っているのだから。平和を取り戻すため、ただそれだけのためにこの空を駆け抜けた、空の英雄たちのことを。

ジュネット・レポート トップページへ戻る

Requiem for unsung ACESインデックスへ戻る

トップページに戻る