たとえばこんな混迷の海・裏話


ユークトバニア元首ニカノール首相。
素朴な人柄がチャームポイントの彼には、人知れない悩みがあった。そう、彼はやたらと言い間違いが多かったのである。

「あんだーせん艦長、アンダーセン艦長、アドミラル・アンダーセン。うん、これは大丈夫だね?」
「はい閣下。問題ございません」
ケストレル艦内自室にて、今日も少佐を前に真剣に練習する首相の姿があった。

「フッケパイン、ふっけぱいん、ふっぱけいん、・・・違うね?うーん難しいな」
「ビーグル特務少尉で問題ございませんかと」
「びいぐる特務少尉。うむそれなら大丈夫だ」

「閣下、では最重要事項を確認させていただきます」
「うん、これだけは間違えないようにしないとね。ハーリング大統領、ハーリング大統領、はーりんぐ・・・」

「(どたどたどた)首相閣下!艦長より伝令であります!本艦ケストレルより首都オーレッドへの出発は1800時と決定いたしました!」
「うん、ありがとう。18時にケストレルから出発だね」
「はっ!失礼いたします!(どたどたどた)」

「まだ時間があるね、えーとそうそう大統領だ。えーとけすりんぐ大統領、ケスリング」
「閣下、ヴィンセント・ハーリング大統領でいらっしゃいます」
「・・・ん?そうだそうだまたやってしまった、ハーリング大統領。ハーリング大統領。はーりんぐだいとうりょう」
「はい閣下、問題ございません」
「ありがとう少佐。うむそうだね、この艦の名もきちんと言えないといけないね。えーとケス」

「(ばたばたばた)ニカノール首相!ユークトバニア艦隊が本艦に向けて進軍中です!間もなく交戦に入りますが、首相閣下とハーリング大統領との合流を最優先とするよう艦長指示が出ております!急ぎ出発のご準備を!!」
「なんだって!いやそれはいかん!勿論ハーリング大統領との件は最重要だが無駄な戦いはもう必要ないのだ!私が呼びかけてみよう、そちらに向かうと艦長に伝えてくれたまえ!」
「りょ、了解しましたっ(ばたばたばた)」

「我が軍には私とハーリング大統領、ひいてはオーシアは既に敵対していないと伝えねばならないな。まず『本艦ハストレルには』・・・」
「閣下、ケストレルでございます」
「ん?すまん、ありがとう少佐。はすとれる、いやいやケストレル、ケストレル、けすとれる・・・」
神妙な面持ちで真剣に呟きながらブリッジに向かうニカノール首相。

(もー、これだからこのおっちゃん好きなのよねぇほんと)
後ろに続く少佐は、口の端がぴくぴくと震えてくるのを必死でこらえながら、首相閣下への忠誠を新たにしたのであった。


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