第108戦術戦闘飛行隊


2010年9月27日から始まり、12月31日に終結したベルカ事変。この戦いにおいて、開戦当初からオーシア軍に多大な貢献をした航空部隊が存在する。既にこれまでに何度も登場しているオーシア空軍第108戦術戦闘飛行隊、通称「サンド島分遣隊」或いは「ウォー・ドッグ隊」と呼ばれた航空部隊である。彼らの拠点であったサンド島は、ユークトバニアに最も近いオーシア領空防衛拠点として珊瑚礁上に建設された航空基地であり、この基地に関わる人間以外の居住地が無く、国立野生保護地区に指定された原生林の森が広がっている。「ウォー・ドッグ隊」の主任務はオーシア空軍の最前線基地としての防空任務であるのだが、それとは別の目的が持っていた。それは、新人パイロットたちの訓練基地としての機能である。ハーリング大統領の進める軍縮政策の対象には1機辺りのコストが非常に高い空軍も当然含まれており、基地機能の効率化と人員削減のため、3000メートル級の滑走路を持つ国内のいくつかの航空基地にその機能が集約されたのである。2010年当時に訓練を受けていた大半の新人パイロットたちは、ハイエルラーク航空基地にて初期課程訓練を終了後、マクネアリ航空基地或いはサンド島航空基地へと配属された者が多かった。そういった新人たちを鍛え上げる教官の長であり、「ウォー・ドッグ隊」の隊長を務めていたのが、この基地の名物男ジャック・バートレット大尉(階級は当時)である。15年間昇進せず、大尉のまま同基地の隊長を務めていた彼の素行はお世辞にも良いものとは言えず、この基地に配属された司令官の全員がこの名物男の罵声を浴びせられたという経験を持っている。だが、彼自身の操縦技術はオーシア空軍においてもトップクラスの腕前であり、彼の指導を受けた新人たちは見違えるような成長を遂げ、オーシア空軍の一角を担う腕利きに育っていたため、彼の評判は空軍の現場にいる者や古参の将官たちの間では高かったのである。

その彼に率いられ、ランダース岬上空の訓練空域に彼と教官2名、新人7名の戦闘機が向かったのが9月23日。この訓練にはフリーのカメラマン、アルベール・ジュネットも同行し、サンド島分遣隊の戦闘訓練の模様を「Air Power」最新号に掲載する予定であった。だが、彼らがランダース岬に到着するのとほぼ同時刻、方位280より国籍不明機がオーシア領空に侵入したため、オーシア防空司令部は同空域に最も近い位置にいた「ウォー・ドッグ隊」に国籍不明機への対応を命じた。バートレット大尉は新人たちをこの戦闘から逃がし、自分と二人の教官で敵機を迎撃するつもりであったが、このとき司令部は致命的なミスを犯した。彼らがバートレット大尉に告げた国籍不明部隊の飛行高度は誤りで、その高度は戦闘を回避したはずの新人たちの飛行高度であった。この戦闘で新人7名のうち6名が戦死し、教官の一人も命を落とした。戦闘から逃げ延びたのはバートレット大尉の他、「エッジ」というコールサインを持つ新人、教官の一人キース・スヴェンソン大尉の3名のみであったが、スヴェンソン大尉は損傷した機体を着陸させることに失敗し、サンド島基地で墜落してしまった。大半の部下を失ったバートレット大尉は落胆する暇も与えられず、さらには実戦経験を持たない新人パイロットたちを「ウォー・ドッグ隊」の出撃メンバーとして配属する。2020年における資料公開でも残念ながら彼らの氏名は謎のままとされたが、先の戦闘の生き残りである「エッジ」、「チョッパー」、そして「ブレイズ」というコールサインの3名がバートレット大尉と共に戦いの空へと臨むことになったのである。

9月27日、宣戦布告と同時に行われたユークトバニア軍による奇襲攻撃。その目標の一つとなったセントヒューレット軍港の防衛に「ウォー・ドッグ」隊が参加していた。だがこのとき、新人たちを率いるはずのバートレット大尉の姿は無かった。大尉は、この日の戦いで部下をかばい、自ら対空ミサイルを受け脱出。そしてオーシア軍の捕虜第一号となってユークトバニアに連行されてしまっていたのである。よって、この日の戦いは彼が選んだ3人の新人たちだけが出撃していたのである。そんな彼らを戦場に送り込まなければならないほど空軍の人材は不足していたのか、と改めて驚かされるわけであるが、この日から「ウォー・ドッグ隊」の指揮を執ることになったのは「ブレイズ」のコールサインを持つパイロットであり、後に「アーチャー」のコールサインを持つ新人を加えた4名が部隊の正規メンバーとなる。「アーチャー」が加わるのはまた後日であり、27日の戦闘に出撃したのは3名の新人のみであった。ユークトバニア軍の空襲に混乱状態に陥ったオーシア軍の中でかろうじて反撃を行っていたのは彼ら「ウォー・ドッグ」隊と空母ケストレル所属の航空隊のみであったが、この戦闘で早くも「ウォー・ドッグ」隊は類稀なる戦果を挙げる。波状攻撃を仕掛けるA-6E部隊に対しF-5Eで出撃した3名は果敢に空戦を挑み、ついにケストレル隊脱出の血路を開くことに成功するのである。巡洋艦スフィルナで負傷した兵士たちの手当てに追われていたフィオナ・クラークソンはそのときの模様を次のように語っている。
「誰もが初めて経験する戦争に、皆パニックに陥っていた。私の目の前にも、手当てを必要とする人たちが一杯蹲っていたの。考えてみたらすごいことよね。敵の攻撃が迫っているというのに、大半の人の手当てを甲板上でやっていたんだもの。でも、そんな私たちを守るために敵戦闘機との激しい空戦を繰り広げる友軍機がいたわ。3機で互いに連携しながら敵機を撃墜していく彼らの戦いぶりに、私たちは励まされたような気がしたわ。そんな彼らが私たちと同じ新人だったと後で聞いたとき、ショックを受けたのを覚えている。ああ、彼らだって恐くて仕方ないはずなのに、私たちを守るために戦ってくれていたんだ、と。」
彼ら「ウォー・ドッグ」隊の伝説はこの日の戦闘から始まったと言って良いだろう。以後、彼らはオーシア軍の最前線に常に在り、日に日に激しくなっていくユークトバニア軍との戦闘において華々しい戦果を挙げていく。アークバードとの連携によって、ユークトバニア軍の誇る戦略潜水母艦「シンファクシ」の撃沈に成功したことを皮切りに、オーシア軍によるユークトバニア本土上陸作戦における航空支援部隊として多大な貢献を果たす。いつしかユークトバニア軍の間でも、垂直尾翼に犬をあしらったエンブレムを付けた航空部隊のことは評判になっていた。オーシア軍にはとんでもない腕利きの部隊がいるらしい、との噂は次第に広がっていったのである。そんな「ウォー・ドッグ隊」の存在を決定的に印象付けたのが、ラーズグリーズ海峡における「リムファクシ」撃沈である。一説にこの作戦は参謀本部決定事項ではなく、一部の士官たちが独断で行った作戦とも言われているが、この戦いに参戦した同隊の4機はアークバードの支援も無い状況で、ついにリムファクシを沈めることに成功してしまうのである。以後、ユークトバニアの兵士たちの間では、伝説の悪魔ラーズグリーズに彼らを喩えるようになり、同時に恐れられるようになっていった。「死」を運ぶ悪魔として伝承やおとぎ話に描かれるラーズグリーズの姿が、友軍に甚大な損害を与え続ける「ウォー・ドッグ隊」に重ねられたためであろう。

敵には恐れを以って、友軍からは絶大の信頼を受けた「ウォー・ドッグ隊」であったが、日増しに「英雄」としての名を確実なものとしていく彼らを快く思わない者達がオーシアには存在した。その一つは嘆かわしいことに、主戦派に与する空軍将校と参謀本部の士官たちであった。数々の戦いで友軍を助け、結果的に多くのオーシア兵たちの命を守った彼らを称える声は最前線の部隊を中心に高まっていたのであるが、後方でユークトバニアに対する侵攻作戦の数々を計画していた士官たちは、自分たちこそが前線の兵士たちの感謝を受けるべきだと考えていたのである。実際に「ウォー・ドッグ隊」は彼らの手によって査問会にかけられている。「工科大学襲撃事件」発生時、その上空でユークトバニア空軍と戦闘状態にあった「ウォー・ドッグ隊」には明確なアリバイがあったにもかかわらずその存在を無視して査問開催を強行したのは、主戦派の将校たちであった。あろうことか、彼らは「ウォー・ドッグ隊の戦果は、彼らがユークトバニア軍と内通し軍事機密を把握した上で作戦行動を起こすことによるもので、彼らは二重スパイ行為を行っている」という名目を以って、「ウォー・ドッグ隊」を裁こうとしていたのである。ちなみにユークトバニア上陸軍総司令だったハウエル将軍ですら、ウォー・ドッグ隊の査問に賛成していたというから、主戦派の軍人たちがいかに前線の状態を把握していなかったか、ということが窺い知れる。

そして「ウォー・ドッグ隊」を快く思わないもう一つの存在、それはオーシア政府を陰で操る旧ベルカ残党勢力であった。実のところ、彼らは開戦当初彼らの存在を利用していた。意図的に「シンファクシ」・「リムファクシ」の所在をオーシア軍にリークし、ユークトバニア軍の軍事機密すらリークしていたのは、他ならぬ彼らであった。そして、戦争を長期化させるため、ユークトバニアの超兵器を破壊するための尖兵として「ウォー・ドッグ隊」を活用したのである。ところが、「ウォー・ドッグ隊」は彼らの予想を遥かに超える戦果を挙げるようになり、オーシア軍から「英雄」として、ユークトバニア軍からは「悪魔」として呼ばれるようになってしまった。ベルカ残党軍の狙いはオーシアとユークトバニアを破滅へと追いやり、ベルカの持つ核の力を以って戦争を終結させると共にベルカによる大陸支配を現実のものにすることであった。戦争を終わらせた「英雄」とはベルカの事である、と自認してやまない彼らは、彼らの思惑から外れて「英雄」と呼ばれるようになったパイロットたちを憎悪した。そして彼らの抹殺のために準備されたのが、ノーベンバーシティ・スタジアムで開催された平和式典襲撃事件である。この戦いにおいて、旧ベルカ残党勢力の謀略に陥れられた「ウォー・ドッグ隊」はたった4機でユークトバニア空軍の猛攻を防がなくてはならない状態となり、結果、「チョッパー」ことアルヴィン・H・ダヴェンポート中佐が戦死した。しかし、残りの3名はしぶとくも生き残り、ユークトバニア軍を撤退させてしまう。仕掛けられた罠をことごとく切り抜けてしまう彼らに対し、旧ベルカ残党勢力はより積極的な悪意を以って迫ることとなった。

2010年12月6日、この日オーシア軍はユークトバニア軍の要衝クルイーク要塞に何度目かの攻略作戦を開始した。上空支援には、「サンド島の4機」(チョッパーを欠いていたため実際に参戦したのは3機だが)。これまで何度も失敗していた総攻撃は、「ウォー・ドッグ隊」の神がかりの航空支援によってついに防衛網突破を達成し、要塞は陥落した。しかし、昨年のベルカ事変資料公開まで、その後の「ウォー・ドッグ隊」の翼跡は謎に包まれたものとなっていた。2010年12月7日、敵性スパイと認定され逃亡中、セレス海にて撃墜。これが、10年間に渡って伝えられてきた彼らの最期であったが、公開された資料から彼らの翼跡が明らかになった。クルイーク要塞陥落後、サンド島へ帰還する航路を取った彼らは、彼らを抹殺せんと出撃した部隊の攻撃を受けていたのである。ベルカ事変末期になってその姿を現す伝説のベルカ航空隊は、彼らの目的の障害となった「ウォー・ドッグ隊」に対して直接的に攻撃をしかけたのである。さらに、サンド島航空基地に潜り込んでいたベルカの協力者の一人、アレン・C・ハミルトン少佐(12月30日の戦闘で戦死)の手により、「ウォー・ドッグ隊」の拠点までが彼らを抹殺するための罠として口を開けていたのである。敵性スパイとして警備隊に追われた「ブレイズ」・「エッジ」・「アーチャー」の3人は、サンド島航空基地整備班のピーター・N・ビーグル中尉と共に脱出を図るが、武装を持たない練習機ごとオーシア空軍8492部隊によって撃墜、彼らの翼跡はセレス海で途絶えてしまうのである。

「英雄」を陥れることに成功した主戦派政権は、喜び勇んでこの事実を報じた。旧ベルカ残党勢力も、これで彼らのシナリオどおり事が進むと歓迎した。しかしながら、最前線で「ウォー・ドッグ隊」と共に戦った経験を持つ部隊を中心に動揺が走る。彼らの進撃がこれまで順調に進んでいたのは、「サンド島の4機」の支援の賜物、ということを何より認識していたのは、最前線の兵士たちだったからだ。シーニグラードを目前にしたハウエル司令は各部隊に進撃を命じるが、背水の陣を敷いたユークトバニア軍の反撃は猛烈であり、一度は抜けたはずのクルイーク要塞まで陸軍部隊は押し戻され、今度はクルイーク要塞にオーシア軍が立て篭もるという戦況になってしまった。「不甲斐ない」前線部隊に対して高級士官たちはその責任を問うて詰問し、逆に「前線に出たことも無いモグラ野郎め」と司令部の無為無策を指摘される事態が続出した。前線の兵士たちの士気低下を重く見た統合参謀本部と三軍の司令部は、前線部隊長たちからつるし上げられた高級士官たちを更迭し、新たな指揮官を前線に送り込んだが、送り込まれた士官たちとて「主戦派」の息のかかった者たちであったため、彼らは前線の兵士たちから冷笑と侮蔑をもって迎えられることとなった。司令部と前線部隊との間に生じた亀裂は修復不可能となりつつあったのである。オーシア軍の兵士たちを救い続けた「ウォー・ドッグ隊」を敵性スパイと決め付けた軍司令部に対する反発も強く、その判断に賛同したハウエル司令官に対する批判も強まった。かくしてオーシア軍の連携は崩れ、前線部隊は各部隊独自の判断での戦闘を余儀なくされるのである。もっとも、この時期になるとユークトバニア国内はレジスタンス抵抗運動が盛んとなるだけでなく、至る所で反政府活動の狼煙が上がり、オーシア同様に兵士たちの士気は下がってしまっていた。かくして、両軍は慢性的・散発的な戦闘を続けるという悪循環に陥ったのである。

ベルカ事変末期の12月下旬、「サンド島の4機」或いは「ラーズグリーズの悪魔」を見たという証言は少なくない。残念ながら2020年における資料公開においても、第108戦術戦闘飛行隊は「セレス海にて墜落」という報告に留まり、前線の兵士たちが目撃したという黒い翼の航空隊が何者であったのかは明らかにならなかったのである。ベルカ事変末期に登場した「ラーズグリーズの英雄」が実は第108戦術戦闘飛行隊であった、とする説は未だ根強いが、真相は依然明らかにならず謎の航空隊は私たちの心の中を今尚漂い続けているのである。しかし、面白い話が存在する。第108戦術戦闘飛行隊のメンバーのコールサインである、「ブレイズ」・「エッジ」・「アーチャー」・「チョッパー」がオーシア空軍・ユークトバニア空軍を通じて永久欠番となっていると言う。その理由について、彼らと共に戦った経験を持つ空母「レイヴン」所属航空隊のマーカス・スノー中佐は次のように語っている。
「何で使っちゃいけないかって?決まってるだろ、あの4つのコールサインは、彼らと同じくらい腕もハートも優れている人間じゃなきゃ使っちゃ駄目なのさ。それにな、俺も負かせないようなひよっ子に付けさせてやるわけ無いだろう?でもいつの日か、そのコールサインを継ぐ奴が生まれることを俺は望んでいるよ。平和の守り手として、ね。」

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