SOLG


1990年代、大半の人々がその存在すら気が付かないうちに建造され、そしてそのまま封印された星が私たちの頭上にあった。その星の名は、「SOLG」。まだオーシアとユークトバニアが冷戦下にあった頃、敵の攻撃を無力化できる宇宙空間から敵国の核ミサイルサイロや都市を攻撃、制圧するために開発されたこの衛星は、全長1キロ以上という人工衛星としては例の無い巨大な施設であった。核抑止戦略が全盛であったこの時代、戦略ミサイルプラットフォーム潜水艦戦略を以って海からの抑止を企図したユークトバニアに対し、オーシアは宇宙空間からの抑止戦略を打ち出した。後に「SDI計画」と呼ばれるオーシアの戦略は、戦略衛星である「SOLG」、レーザー兵器・核兵器で武装した軌道船「アークバード」、核弾頭迎撃システムを搭載したレーザー衛星群、制宙権の確保を目的とした航宙艇、これらを以ってユークトバニアの活動を抑止するというものであった。このうち「SOLG」は冷戦末期の1990年代に建造が開始され、スペースシャトルを使用しての物資搬出により、少しずつ組み立てられていった。1991年のスペースシャトル爆発事故の際、シャトルのものとは考えられない部品や機材が発見されて話題になったことがあるが、これこそ「SOLG」の一部分であったというわけだ。事実、1989年から1994年にかけてのスペースシャトル打ち上げ回数は、それ以前の5年間に比べて8割増という状況である。彗星核調査、大気圏外望遠鏡の設置、土星探索衛星の射出、そういった目的の陰で、敵国を圧倒するための兵器が着々と作られつつあったのだ。

SOLGは大きく分けると3つのパーツに分けられる。攻撃兵器を装填するユニット、衛星の姿勢制御・太陽光パネルともつながる中枢部、そして拳銃でいうならバレルにあたる発射ユニット。そのバレル部分は1キロ超の長さを誇るレールガンとなっているため、SOLGは運動エネルギー兵器として分類される存在であった。中枢部には兵器コントロールに携わる兵士たちの生活する居住区も設けられ、勤務交代時のシャトル接続ポイントを4箇所持ち、彼らの生活を支え、レールガンで使用するエネルギーを得るための電力は、加速器から後方に設置された巨大な太陽光パネルによって発電されていたのである。この太陽光パネルに接地された無数の太陽電池は、今日の私たちの生活を支える太陽光発電所等で使用されているものと同じ、高変換型のものであったと言われている。そして、攻撃兵器装填ユニットには、高空で分裂して広範囲に損害を与えるための分裂型通常弾頭弾、分厚い構造を突き破り、地下施設にさえ打撃を与えるための貫通弾頭弾、そして報復兵器と呼ぶべき核弾頭を数百発というレベルで装填し、その弾頭はレールガンによって亜光速の早さで目標に到達し、炸裂させる能力を持っていたという。オーシアがこの衛星兵器開発に踏み切ったのは、戦略ミサイルプラットフォーム潜水艦計画を着々と進めるユークトバニアに対し、弾道ミサイル迎撃システムで大きな失敗を犯し、核抑止戦略での遅れを取り戻す必要性があったことが挙げられよう。弾道ミサイルを迎撃して無力化するはずのレーザー衛星に搭載するレーザーシステムの実用化の目処は立たず、迎撃システムすら開発の進まないオーシアにとっては、先制攻撃を行うための兵器開発が急務であったのだ。かくしてオーシア国防宇宙軍とオーシア政府、そして宇宙軍と関係の深いネオジスティック社による建造・開発が急ピッチで進められていったのである。SOLG建造のために必要とされた予算は、陸軍の一個師団を数年間維持するに十分な額であったとされ、この予算は国防予算、そしてオーシアの国家予算の別枠で調達され、執行されていったのである。

だが、切り札とした開発されていたはずの「SOLG」建造は、1995年に勃発したベルカ大戦によって中断してしまう。建造のために用意されたはずの予算は前線を支えるためのコストとして投入され、一時的ではあるがオーシアの制空権をベルカによって侵害されたため、物理的にシャトル打ち上げが出来なくなってしまったことも響いた。国防宇宙軍は、ベルカへの先制攻撃を行う切り札として「SOLG」による核攻撃プランを以ってオーシア政府に対する説得工作を行ったそうであるが、その過激すぎるプランが採用されることは無く、ベルカ大戦の終結を以って「SOLG」の開発計画は凍結されることとなった。オーシア政府は無用の長物と化したこの巨大衛星を処分することを考えていたようであるが、「SOLG」はその巨体故、大気圏に突入させたとしても相当規模の大きさのまま落着することが明らかであり、その場合大地の受ける被害は甚大であることが予想された。或いは衛星本体に姿勢制御用のブースターユニットを搭載し、地球軌道から遠ざけてしまうことも計画されたが、「SOLG」を動かすほどの大規模なブースターを搭載できる宇宙船が存在せずこれも頓挫。結局、オーシア国防宇宙軍に属する「一観測衛星」という扱いのまま、「SOLG」はその存在を明らかにされることもなく封印されていった。1996年、中枢ユニットの一角として設置されていた居住区の破壊が完了し、封印された衛星は二度とその役目を果たすことも無く、最新の科学技術の結晶とも言えた巨大レールガンが起動することも無く、1990年代最大の攻撃兵器は歴史の表舞台から姿を消したのである。

政治的、また軍事的に封印され、その存在が抹消された「SOLG」であったが、意外なところでその存在が確認され続けていた。ユージア大陸のネプカフト天文台は、ユリシーズ落着後のスペースデブリ観測を行っている際、軌道上を漂う物体の撮影に成功する。望遠鏡写真に映し出されたその暗い影は明らかに人口の物体であったのだ。どの国もその存在を否定する人工物の存在は、論文などの形で表舞台に出ることは無かったが、各国の天文学者たちの興味を引き付けるには十分であり、彼らの本業の研究の片手間でその軌道計算や規模が算出され、一部の学者たちの間でその観測が静かなブームとなっていた。中には、それだけ巨大な質量を持つ存在が万一降下を開始した場合の観測体制を整えるため、と研究委員会を発足させた大学もあったが、この時点ではほぼ大半の学者・研究者たちの道楽の的として「SOLG」はその存在を認知され続けたのである。だが後に、彼ら天文学者たちによって続けられていた観測が、オーシアの危機を救うことになったのは皮肉な話であった。なぜなら、旧ベルカ残党勢力の最後の一矢として降下を始めた「SOLG」の存在に気が付き、その落着ポイントをいち早く発表したのは、彼ら天文学者たちであったのだから。

そして、より悪意を持った存在が「SOLG」の存在を察知した。1995年のベルカ大戦終結後、大幅な組織解体と民営化が進められた国防宇宙軍は、以後の平和目的の宇宙開発のパートナーとして、ノース・オーシア・グランダー・インダストリーと開発契約を締結した。後のアークバード建造においてもグランダー・インダストリーは重要な役割を果たすことになるのであるが、国防宇宙軍が提供した資料の中から、「SOLG」の存在が彼らに伝わった。旧ベルカ残党勢力は、宇宙空間からの攻撃を可能にした衛星兵器の存在に驚くと同時に、封印された「SOLG」をベルカ再興の切り札とすることを企図した。建造当時と比べ格段に科学技術が進歩しつつあった2000年代に入ると、グランダー・インダストリーは「SOLG」の再開発プロジェクトを立ち上げる。彼らは、地上に指揮所を設置し、衛星本体は原則として無人で稼動させることを考えたのである。基本的に「SOLG」は兵器発射ユニットにすぎないため、防衛兵器を全く保有していなかった。だが、宇宙空間にあることで、外敵による攻撃を受ける可能性はほぼ皆無と言って良く、よって攻撃地点を正確に狙うための照準機構、兵器装填をコントロールする火器管制機構、巨大レールガンのコントロールを行う施設管理部門、といった総合コントロール施設を地上に配置して制御すれば、「SOLG」の地上からのコントロールはそれほど困難ではなかったのである。主要設備に関しては既に完成されているため、仮に地上から物資の搬出が必要とすれば、地上からのコントロールを行うための諸設備程度で済むことも魅力であったのだ。かくして、グランダー・インダストリーの衛星開発部門には別室扱いで「再開発委員会」なる組織が設置され、表向きはユリシーズによって徹底的に破壊された衛星網の再開発のため、裏では、ベルカ再興の切り札となり得る「SOLG」の再生のため、設計や実験が行われていったのである。

オーシア・ユークトバニアの共同開発プロジェクトによってマスドライバー施設が完成したことも、「SOLG」の再開発ステップを前進させる一端となった。マスドライバー施設の実質的な運営はノース・オーシア・グランダー・インダストリーによって行われていたため、彼らが「SOLG」再生のためのシャトルを打ち上げるにしても、理由はいくらでも作ることが可能であったのだ。またマスドライバーの完成によって、シャトルが一度に搬出できる重量・サイズは飛躍的に増大した。アークバードの建造と開発が本格化した2006年以降になると、彼らはアークバード建造目的を隠れ蓑として「SOLG」再開発の為のコンテナと技術者を宇宙空間へと派遣していく。1996年に破壊された中枢ユニットの再生を皮切りに、秘密裏に少しずつ、過去に封印されたはずの衛星兵器は本来の姿を取り戻していったのである。ユリシーズの残したスペースデブリによる損害は少なくなく、特にレールガン部分に関しては大幅なパーツの交換を要したが、アークバードに遅れること一年、2009年の夏には「SOLG」の再生は完了し、かつてオーシア政府が計画した機能の全てが復活したのである。この「SOLG」を手中に収めたことが、旧ベルカ残党勢力によるオーシアとユークトバニアを破滅へ導くための「復讐計画」開始のきっかけとなったと言っても良いのかもしれない。事実、旧ベルカ残党勢力は、両国を破滅させるための最終ステップたる核兵器による両国の無差別核攻撃を、アークバードそして「SOLG」によって行うことすら、彼らの戦略計画の中に盛り込んでいたのであるから。そして、「SOLG」に搭載するための弾頭兵器が少しずつ搬出されていく。ベルカ事変の末期には、追い詰められた旧ベルカ残党勢力の手によって、大量報復兵器「V2」が「SOLG」にセットされていたとされ、万一「V2」が発射された場合には、オーシア・ユークトバニアどちらかの国家が地上から完全に消滅していた可能性すらあるのだ。

2010年12月31日、オーレッド上空で突然巨大な爆発が発生している。2020年の資料公開までその真相は謎とされてきたが、その爆発は、旧ベルカ残党勢力の手によって首都オーレッドに落着するよう降下した「SOLG」のものだったのだ。大気圏内に到達した「SOLG」は、大統領らの派遣した戦闘機部隊たちの手によって完全に破壊され、核兵器は起爆することなく海中に没したのである。もし、「SOLG」がそのまま落着していたとしたら、首都オーレッドにはベルカに穿たれたものよりさらに巨大なクレーターが出現していたはずである。2015年、オーシア、ユークトバニアの提唱により、宇宙空間における平和目的以外での衛星その他諸設備の打ち上げを禁止する国際条約が締結されているが、今になって思えば、それは「SOLG」のような悪魔兵器を二度とこの地上に生み出さないための、各国首脳の英断であった。

オーシア・タイムズ 2021 トップページへ戻る

Requiem for unsung ACESインデックスへ戻る

トップページに戻る