査問委員会にて


オーシア首都オーレッド。最前線にあり続けた俺たちにとって、この街は妙な雰囲気を感じざるを得なかった。上空から眺めたメインストリートは平和な頃と変わりなく人々が歩いているし、街のネオンは戦争などどこ吹く風と様々なCMを流しつづけている。そう、この街は平和に満ち溢れていた。
オーレッドの郊外にある軍飛行場に着陸した俺たちは、機から降りるなり一人一人別々の車に乗せられることとなった。向かう先はオーレッドの大統領府から南東に立つ作戦司令本部の殺風景な建物。裏口から建物の中に格好だけは丁寧に案内された俺たちは、会話を交わす暇も無くそれぞれに割り当てられた個室に通されてしまった。開戦前のジュネットではないが、今度は俺たちが軟禁されたようなものだ。それにしても、理解に苦しむ。タカ派だろうとそうでなかろうと、そして俺たちが望んだものではないにしても、俺たちは最前線にあり続けて友軍を支援しつづけてきたつもりだ。それがまさか友軍から疑いをかけられるようになるとは……。
「敢えてコールサインで呼ばせていただきます、ブレイズ殿。査問委員会が開始されますので、制服に着替えていただけますでしょうか?」
一応、身の回りの世話役として、その実監視役として付けられた女性兵士の声に現実に引き戻された俺は、支給されてからろくに袖を通したことの無い軍服に着替えることにした。普段はヘルメットをかぶってしまうから、と整髪料をつけもしない髪を整えようとしたが、髪の毛は撫で付けられることを断固として拒否しているようであった。しばらく悪戦苦闘していたのだが、室外で女性士官がいつまで経っても出てこないことを不審に思い出しても困るので、仕方なく髪はろくに整えずに廊下に出た。女性兵士は曹長の階級章を身に付けていたが、恐らく入隊してまだそれほど時間の立っていない様子であった。
「すまない、待たせてしまったかな?」
「いえ、お気になさらないで下さい。ところで、あの……我が軍の撃墜王の皆さんがどうして査問委員会に出席されるんですか?」
俺は少し驚いた。俺たちが査問委員会にかけられることは既に基地内部ではあれほど広がっていたくらいだから、全軍に知れ渡っていると思ったのだ。どうやら、微妙なところで情報統制が敷かれているようだ。
「さて、実は俺も何で呼ばれたのか分からないんだ。困ったものだね。」
「こんな所では出来ることもあまりないと思いますが、何かお手伝いできることがあればご命令ください。皆さんは、私たちの希望の翼なんですから。」
そんなことを言われるとこそばゆい。だが、恐らくは不毛な会話の応酬となるであろう査問を受ける身としては、思わぬところで活路を見出した気分になった。査問委員会と自称する口先だけの高給士官殿たちは、こうして俺たちを監視するはずの兵士ですら掌握していないのだから。
「では、早速で申し訳ないのだが……」
俺は廊下に設置されている監視カメラの死角で、依頼事項を書いたメモを彼女に手渡した。曹長殿は「何だかワクワクしてきました」と監視役の役目もどこへやら、俺の頼みを受けてくれたのだった。

「さて、ウォー・ドッグ隊隊長、コールサインはブレイズか。ではブレイズ君、これより査問委員会を開催する。この査問委員会の目的は、先日発生したユーク国内における民間施設攻撃に関する事実を明らかにすることにある。では早速だが、ブレイズ君、君の釈明を聞かせてもらおうか」
声だけは厳かに、チョッパー風に言えば「匂いだけは良いが実は芳香料を使っているのさ」というように開催を宣言したのは、委員たちの中央に座る初老の士官だ。全部で5人の委員とやらが、俺を囲んで見下ろすように座っている。
「先日の戦闘に関する記録は、すべてサンド島基地から送付させて頂いているはずです。また、当日空中管制に就いていたサンダーヘッドから当日の戦闘記録、通信記録に関しては中央司令部に提出されていると認識しております。それが全てですので、改めてこの場でお伝えすることは無いと小官は認識しております。」
「ふむ、模範的な回答だ。だがね、我々も確認をした通信記録の中においてはジャミングの影響で一切の通信が途絶えている時間もあるのだよ。その時間があれば君たちが低高度まで到達し、大学を攻撃することも充分可能だったはずだ。」
「我々の飛行データはご覧にならなかったのでしょうか。我々は上空での戦闘を行っておりましたので、個人の差こそあれ5,000フィート以下での戦闘は行っておりません。その高度から、バルカン砲による機銃掃射が可能とでもお考えですか?A-10クラスの大口径砲ならともかく、あの日我々が搭乗していたのは戦闘機ですよ。」
ふーむ、と頷いて最初の質問者は椅子に戻った。続いて次の質問者が腰を上げる。
「なるほど、君の言い分はよく分かった。だが、当日、あの空域で戦闘活動を行っていたのは我が軍では君らだけなのだよ。君ら以外の誰が、攻撃が出来たというのかね?」
「恐らく空中管制機の通信記録の中にもあったと思いますが、「8492」という我が軍の部隊の通信が入っているはずです。我々は民間施設の攻撃などという非道極まりない作戦指示は受けておりませんから、8492隊に対してそんな任務を命じられたのは司令本部ではないのですか?」
委員達の雰囲気ががらりと変わった。「おまえたちこそ疑われる張本人だろう」と言い放った言葉が見事に彼らの逆鱗に触れたようだ。
「8492、8492、君らの回答はそればかりだ!そんな部隊は我が軍、空軍の部隊には一切存在しないのだよ!君らこそ部隊ごと結託して、架空の犯人を作り上げて言い逃れをしているのではないかね!?」
「部隊を率いる者として申し上げますが、小官の部隊はそのような戦闘を行った事実は一切ありません。むしろこの有事において、ありもしない嫌疑、ありもしない事実に基づいて、我が軍の総指揮を執られる方々が友軍に対して査問をかけるとなれば、それは全軍の士気を低下させる要因にはならないでしょうか?」
査問室の空気が沈黙に変わる。沈黙の中、張り詰めた緊張感が委員たちに漂う。大方、階級もたかが知れている若造が我々に歯向かうのか、とでも考えているに違いない。
「では君は、あくまでウォー・ドッグ隊は攻撃を行っていない、と言うのだね?」
「一切そのような事実はありません。」
「戯言を言うのもいい加減にしないか!!いいかね、君らの元隊長であったジャック・バートレットはユークトバニアに亡命し、我々を脅かす存在となっている、という情報もあるのだぞ。君たちは、彼の手先となってその実ユークに協力しているのではないのかね?何より民間施設を攻撃すれば、ユークの豚どもは躍起になって我々に対する反抗作戦を実施するだろう。我々は、君たちがスパイである可能性についても議論しておるのだ」
バートレット隊長がスパイ?一体何を言い出すかと思えば、挙句に俺たちがスパイの手先と。冗談じゃない、これほど呆れた茶番劇があるだろうか。
「事実に基づかない嫌疑による取調べは、軍規において戒められているものではなかったでしょうか。小官は、厳正なる軍規に基づき、我々4人の容疑に関して軍事法廷にてご判断頂く事を提案いたします」
「君に提案をする権限は無い。我々の質問に答えるだけでよい」
「失礼ながら、有事においては部隊の指揮官が階級に関係なく提訴する権限を持つ事は軍規に明記されております。軍規を一方的に曲げるとなれば、これは重大な軍規違反となりますが」
委員たちの気分はこれ以上無いくらいにまで害されているに違いない。暗い照明の中で、拳を握り締めている者もいるのが分かる。
「一次中断としよう。ブレイズ君も疲れたであろう。しばらく休憩の後、改めて君を呼ぶことにしよう。では解散する。」
疲れた声の士官殿の台詞は、恐らくこの場の全員を救ったのではないだろうか。

結局、俺はその日さらに2回不毛なジャブの応酬を繰り広げることになった。要するに、委員会殿は俺たちに大学攻撃の犯行を自供させたくて仕方無いのだ。この戦時でなんて悠長な連中なのだろう。許されるのであれば、敵の上に爆弾を落とすのではなく、彼らの根城に攻撃を仕掛けてやりたい気分にまでなっていた。
見かけだけは豪華な夕食を一人で取りながら、俺は曹長殿がそっと手渡してくれたメモを読み返している。曹長殿に頼んだこと、それは同じように俺たちの監視役に就いた者の中で気心の知れた人間がもしいたら、部隊のメンバーがどんな状態にあるのか知らせて欲しい、ということだった。どうやら査問委員会と呼称している連中の大半は、以前ハーリング大統領によって追放された軍人たちのようで、司令部の中にいる「主戦派」が彼らを呼び寄せたというのか、案内人となって彼らを招いたようで、司令部勤務の兵士には具体的なことはほとんど知らされていないのが実態らしい。何とも平和ボケした司令部に涙が出てきそうになるが、そのおかげで曹長殿のような協力者を得られたことに感謝する必要があるだろう。幸い、曹長殿はナガセ以外の監視役を抱きこんでしまい、チョッパーとグリムとの間は不自由ながらも連絡を取ることが出来るようになった。チョッパーは小さい紙片にたっぷりと査問委員会に対する文句を羅列していたし、グリムはこんなことならば退役してやりたいとメモに大きく書いてよこした。ナガセのことが気がかりではあるが、彼女の芯の強さならしばらくは問題ないだろう。それよりも、明日以降どうするかを考えなければ。俺は二人にとりあえず我慢しておくように、と書いたメモを夕食のプレートの裏に挟んで曹長殿に手渡しておいた。

2日目の査問が始まった。また昨日と同じような会話が始まろうとしていたので、先手を打って昨日話した内容については昨日の議事録を参照して下さいと言い放った。たちまち場は険悪なムードに包まれる。委員の一人が文句の一つでもたれてやろうとマイクを手に取ったときだった。耳障りな、そして俺たちにとってはすっかり聞きなれてしまった時報のような、空襲警報が司令本部内に響き渡った。しかし、首都で警報ということは、まさかユークトバニア軍が首都に対する奇襲攻撃を仕掛けてきたということなのだろうか。待機を命じられて俺は一人空しく座っていたが、これで恐らく無意味な査問委員会とやらからは解放されることは間違いない、と確信した。そしてその予想通り査問は中止され、俺たちは司令部の一室に案内された。既に部屋にいたチョッパーがウインクを寄越し、ナガセも久しぶりに見る微笑をもって俺を迎えてくれた。
「緊急事態が発生した。しかも、この首都においてだ。誠にもって遺憾ではあるが、君たちにも出撃してもらうことになった。感謝してくれたまえよ、撃墜王の諸君。」
確か開戦前までは参謀本部の末席に座っていたと記憶している中佐殿が恩着せがましく語るのを完全に聞き流しながら、俺たちは手元に用意されたレジュメに目を通した。発生した攻撃は2ヶ所。アピート国際空港とバーナ学園都市の両方で発生した同時奇襲攻撃であった。
「さて、君たちに出撃してもらうわけだが……よし、行き先はこれで決めよう」
中佐殿が手に持っていたのは、何とコイン。ナガセの顔が一気に曇る。俺も似たようなものだっただろう。この危機において、出撃先をコイントスで決めようとは……。中佐殿が弾いたコインが一瞬宙を舞い、デスクの上で転がってそして止まる。俺たちの出撃先は決まったようであった。
「撃墜王の名に恥ずかしくない活躍を期待しているよ」
言葉とは裏腹に失敗を望むような眼差しを送る中佐殿には目もくれず、俺たちは出撃すべく駆け出していた。後ろでまだ彼が叫んでいたようだが、知ったことではなかった。いずれにしても、これで俺たちは解放されたわけだ。その行き先が戦場であるにしても、不毛な屈辱を味わなければならない馬鹿馬鹿しい茶番劇よりはナンボかましであった。

一旦軟禁部屋であった個室に戻った俺は、部屋に置いておいたヘルメットや服を丸めて抱えた。愛用のヘルメットから、紙片が滑り落ちたのはそのときだった。開いてみると、それはこの司令本部での恩人とも言える曹長殿のメッセージであった。【空の英雄の活躍と生還を首都から見守っています】そう書かれたメモを俺はそっと胸ポケットに収めて駆け出した。そう、この首都にさえ心ある人はまだまだいる。せめて、そんな人々を守るために出撃するんだ、と俺はかなり救われたような気持ちになっていた。

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