Chopper's Channel


ジラーチ砂漠から帰還した俺たちは、満面に笑みを浮かべて気色悪い顔つきとなった司令官殿のねぎらいの言葉を適当に聞き流し、ようやく解放された。司令官殿のねぎらいの言葉よりも、たった一日ながら待機日をもらえたことの方が何倍も喜ばしいことであった。別にこの基地にいては何もすることなどないのだが、それでも飯をのんびりと食べる時間があったり、基地の外れに作られたバスケットコートで汗を流したり、そんな何でもないことをする時間さえ、俺たちには与えられなかったのだから。

とくにすることもなく、部屋で訓練生時代の教本を読み返していると、珍しくノックの音がした。
「俺だ、ダヴェンポートだ。ちょっといいか?」
「鍵は開いているよ」
軽く手を上げながらダヴェンポートが入ってきた。お互い一応は休暇みたいなものなので、長袖Tシャツに軍用のズボンというラフだがまったくお洒落ではない格好ではあったが。
「相変わらず殺風景な部屋だよなぁ。ステレオまでないんだから驚くぜ。オイラなんか音楽なしには寝ることも出来ないんだがなぁ」
もっとも基地にきた当時、彼の部屋からは毎晩大音響のロックンロールが響き渡るため、隣室の隊員たちにしてみれば大迷惑なのであった。何度も喧嘩寸前までいったので、仕方なく輸入物のヘッドホンを付けて毎日寝ているというのは、基地の連中の笑い話の一つとなっている。
「どうしたんだよ。俺の部屋に来るなんて珍しいじゃないか」
「いやなに、大した用事じゃなかったんだけどな」
彼はそういって、ポケットからMDディスクを取り出した。貼られたラベルには、「ブレイズ用」と無造作に書かれている。
「いい加減おまえも疲れていると思ってな。疲労困憊に良く効くカンフル剤を持ってきたんだ。オイラの特別編集版、聴いてみろよ」
「MDを再生できるようなプレイヤーは持ってないぞ」
「そういうと思ってな。ほら、オイラのスペア用の携帯用プレイヤーをしばらく貸してやるよ。」
結構使い込まれて、ボタンの色が少しはげかかっている銀色のプレイヤーを受け取った。早速聞いてみようとMDを入れようとして、ダヴェンポートに止められた。
「勘弁してくれよブレイズ、聞くのは俺が帰ってからにしてくれ。恥ずかしいじゃねぇかよ」
「別にいいじゃないか。折角チョッパーが編集してくれたんだから」
「いや、だから勘弁してくれ、な、な、な?」
俺は降参、と両手を広げて笑った。何で彼がそこまで嫌がるのか聞いてみたくもあったが、そうまでして彼を困らせる必要も無かった。お互い座り込んでしばらく色々な話をした。開戦からのこと。バートレット隊長の行方のこと。この間の作戦のこと。そして、今俺たちが戦っているこの戦争のこと。考えてみたら、チョッパーとサシでこれだけの時間語りあったのはこの基地に来て初めてではなかっただろうか。他愛の無い冗談に互いに笑いながら話していると、時間が経つのはとても早い。まだ高かった太陽は傾き始め、俺の部屋の窓の向こうではもう空が赤くなってきていた。
「そうか、もう冬が来るんだよな」
俺たちがこの基地に配属されたのは開戦の少し前。まだそのときは真夏の最も暑いシーズンだった。焼けるようなコンクリートの熱に思わず悲鳴をあげたことを俺は思い出した。そして夏の暑い日差しで男どもが音をあげるのを横目に、ナガセが涼しい顔で訓練を続けていたことも。彼女のタフさかげんは後で男たちの話題になったのだが、俺はそのナガセが人目につかないよう、格納庫の裏で吐いていたのを見てしまった。まだあのときは平和だった。それから数ヶ月。俺たちの置かれている環境は激変し、ともに訓練を受けた仲間のほとんどがこの世になく、ナガセは俺の2番機として飛んでいる。あの夏の日、こうなることを誰が予想できたろうか?
「へっ、男が2人並んで夕焼け眺めているなんて、全然絵にならないよな。ヤメヤメ」
チョッパーはそろそろ帰るわ、と手を振って出ようとして、また戻ってきた。
「まずいまずい、肝心の用事を忘れていたぜ」
そういって彼が取り出したのは、またもMDディスク。俺のものとは違う色のラベルが貼ってある。
「ブービーよぉ、申し訳ないんだけどな、ナガセにこのディスクを渡しておいてくれないか?」
「ちょっと待ったチョッパー、おまえが編集したものだろ。だったら、おまえが渡してやったほうがいいんじゃないか?」
「いや、それはその……ほら、オイラみたいなのがレディたちの割り当て部屋うろついていると色々面倒だからよ。それにオイラは人見知りするんだ。ブービーなら隊長としてうろついていても誰も何も言わないからなぁ」
「そんなことで隊長を持ち出さないでくれよ。自分でやってくれ、頼むから」
「そう言わずに、な、な、な?頼むよぉ。」
俺は断ろうとしたが、半ば強制的にディスクを押し付けられてしまった。帰り際、彼はもう一度顔を出して、悪いけど頼まれてくれ、悪いな、と言って足早に出て行ってしまった。俺は「ナガセ用」と書かれたMDディスクを手にため息をいた。
「一体どうしろっていうんだよ、全く」
ハイスクールの学生じゃあるまいし……予想外の用事を頼まれた俺は、正直な所参っていた。女性の部屋を訪れるのは、俺だって苦手なんだ。

夕食の後、しばらく俺は部屋を行ったり来たりしていたのだが、そうしていても仕方ないので隊員宿舎の一角に設けられた女子隊員用部屋のエリアに歩いていった。途中、通信兵の女性兵士らとすれ違い、その度に顔が赤くなるのが辛かった。ナガセの部屋の前まで来て、俺は大きく深呼吸をしてノックをしようとした。
「誰?」
影が映ったのか、先手を取られてしまった。
「すまない、こんな時間に」
「隊長?どうしたんですか、こんな時間に」
ナガセはいつもと変わらない隊員服。だが待機日とあってか、いつもほど表情は硬くない。むしろ普段なら有り得ない場所に有り得ない人間がいることを不思議そうに見ている。
「チョッパーから宅配を頼まれてしまって。これを渡してくれ、だそうだ。」
「何です、これ?」
「チョッパーの特別編集版MD。疲労回復に良く効くカンフル剤だと」
「チョッパーらしいですね」
ナガセと俺は顔を見合わせて笑った。それにしても今日は色々初めてのことが起こる日だ。ナガセがこんなに楽しそうに笑うのを、俺は今日まで見たことがなかった。
「さて、用事も済んだし、俺はいくよ。邪魔して悪かった」
「あ、ブレイズ……」
「え?」
振り返った俺が見たのは、何を言おうとして立ち止まった彼女の姿。だがすぐに彼女は姿勢を戻してこういった。
「おやすみなさい、ブレイズ」
「ああ、おやすみ。あ、明日チョッパーに礼を言っておいてくれよ。」
「了解です……おやすみなさい」
彼女は微笑ともに、もう一度そういってくれたのだった。

部屋に戻りベットに潜り込んだ俺は、MDプレーヤーのスイッチを入れもらったディスクを差し込んだ。しばらく無音。少しして、ロックンロールの前奏が響き始め、そしてチョッパーの声が聞こえてきた。
「へい、ブービー!お前さん、最近はりきりすぎだぁ!かなり疲れもたまっているだろうから、これ聞いてスッキリ気分転換してくれ。それじゃあチョッパー・チャンネル一曲目行ってみよう。まずはフェイス・オブ・コイン!!」
一体いつの間にこんな編集をしていたのだろう。普段ロックンロールを聞くことのない俺だったが、今日は珍しく楽しんでいた。曲の度に入るチョッパーの司会は絶妙で、それがテンポを良くしているのかもしれない。いつしか、俺は音楽を聞いたまま眠りに落ちていった。これまた、俺の初めてのことであったことは言うまでもない。

翌日、待機日が終わりを告げると同時に俺たちはブリーフィングルームに呼び出された。また最前線に送られるのかと思いきや、司令官殿が伝えた内容に少々驚いた。アップルルース副大統領が開催する平和式典における展示飛行が、俺たちに命じられたのだ。
「光栄に思え!副大統領の思し召しに感謝するように。」
司令官殿が嬉しそうであるのは見れば分かる。言うまでもなく、打算の産物ではあったのだが。

ブリーフィングルームから出てくると、チョッパーが俺を待っていた。
「ありがとよ。無事に届けてくれたみたいだな」
「あんなこと勘弁してくれよ。出撃するより緊張したぞ」
「まあそういうなよ。良かっただろ、オイラのセレクトは」
「それがさ、全部聞く前に寝てしまったんだよ、申し訳ない」
チョッパーはにやりと笑い、じゃあ、今日は記憶がないところから聞いてみてくれ、と言った。どうやら彼はそのうえで編集をやり直すつもりらしい。明日、感想を伝えるよ、と俺は約束して彼と別れたのであった。

そして、それがチョッパーと地上で交わした最後の会話になった。

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