決路・後編


俺たちはサンド島空域を突破し、セレス海の空を到達していた。ハミルトンの野郎のおかげで各地の基地からスクランブル発信がかかっているらしく、オーシアの通信は慌しい。とにかくアテがあるのはおやじさんだけだった。俺たちはその後をついていくしか選択肢がなかったのだ。
「これから、僕たちどこへ行くのでしょう。もう国に戻れないわけですよね……」
グリムの呟き。俺も同感だった。敵性スパイと濡れ衣を着せられた今、のこのこと戻ろうものなら待っているのは処刑台だけ。かといって、俺たちが散々命を奪ってきたユークトバニア軍が俺たちを受け入れてくれるはずもない。
「グリム、国が無くなったとしても、人は生きている。生きている間はまだ何か為せるんだよ。自暴自棄になるのはまだ早い」
「……見つけたぞ。こちら8492飛行隊、逃亡中のウォー・ドッグ隊を発見した。」
不意に聞き覚えのある通信が耳に飛び込んできた。この声は、あいつだ。8492を率いるベルカの男。よりにもよって、こいつらが追手か!ユーク国内からわざわざご苦労なことだ。
「こちら空中管制機サンダーヘッド。了解したが、8492、彼らが裏切り者というのは本当なのか?」
「……ああ、残念ながら、な」
「信じられん!私は彼らの戦いをずっと見てきた。彼らの戦いに偽りがあったとは思えん。何かの間違いではないのか?まさかとは思うが、彼らに濡れ衣を着せた者がいるのではないのか?」
「サンダーヘッド、こちらサンド島司令部のハミルトン少佐だ。信じる信じないは勝手だが、これは事実だ。8492、交戦を許可する。」
「8492、了解」
俺たちのレーダー後方に、敵影が光る。
「くそ、最悪の連中が来やがった」
「さて、それじゃあ久しぶりに戦闘機動をやってみるか。いいかね、ちゃんと後をついてきてくれよ!」
おやじさんの機体が降下していく。俺たちはその後を追って編隊を崩さないよう降下していく。それにしても見事な機動だ。全く無駄がなく、安定している。明らかに戦闘機を自在に操ることが出来る人間の技。降下していく先に、細長い島が見えてきた。こんな島があったのか。
「……おい、さっきから気になっているんだが、あの先頭機の動き。あれは大佐ではないか?いや、気のせいならいいんだが」
「大佐だと?まさか先の大戦で「凶鳥フッケパイン」と呼ばれた伝説のエースパイロットか?」
「そう、そして我が祖国最大の裏切り者だ。だが奴は死んだ。この私が撃墜したのだからな」
凶鳥フッケパイン。伝説の獣の通り名で呼ばれたそのエースパイロットの名前なら俺も知っている。先の大戦で、類稀なる空戦技術と統率力で連合軍を翻弄し、個人としても総撃墜数200を超えていたと言われる凄腕のパイロット。数少ない映像で見る彼の戦闘機動はまさに神がかりだった。その彼は、ベルカ人による核自爆の際爆発に巻き込まれて戦死したとされている。
笑い声が聞こえてきた。それはおやじさんの笑い声。たが普段のものとは違う、精悍で快活な笑いが。
「誰かと思ったら、アシュレイ、君かね?8492などというから分からなかったよ。久しぶりだな。相変わらず陰気な性格で何よりだ」
「!貴様、生きていたのか!?」
「もちろん。だがしかし、なんだね、前の戦争で「グラーバク戦闘隊」などと気取っていた頃から同じ空を飛ぶのはご免だったんだよ。あれからさらに理想を捨てたようだね、君は」
俺たちは地表すれすれに降下している。だがおやじさんは敵の接近を知ってなお加速しない。突然、レーダーが乱れた。ECCM?いや、それならもうとっくにかけられているはずだ。じゃあ、これは一体?
「何だ、レーダーが効かん。くそ、奴らにロックが出来ないぞ!!」
「私が何も考えずにこの島に来ると思うのかね?この島は地磁気が異常に強いんだよ。火山性の島故にな。悔しければ付いて来るんだね。私の後輩たちは優秀だ。君たちに出来るかね?」
「この……言わせておけば!」
俺たちの後ろに、奴らの編隊が食らいついてくる。おやじさんはそれを嘲笑うようにゆっくりと旋回を始めた。初めて眼下を見下ろした俺は驚いた。そこに並んでいたのは、無数に並べられた爆撃機に戦闘機。それも半端な数ではなく、国籍も関係なく無数の機体が静かにたたずんでいる。
「ここは……まさかスクラップヤード!」
「そう、ナガセ。ここはかつての戦争で戦いの愚かさを知った国々が、戦争終結と共に兵器を放棄した、言わば墓場なのさ。これだけ地磁気が強く、火山性ガスにもさらされるとなれば、ひとたまりも無いからね」
のんびり話しながらもおやじさんの機体は鋭い動きで崖に沿って飛行していく。正直、そのコースをトレースするのが精一杯。これが、この機動が、伝説のパイロットと呼ばれた人間のものなのか!緊張感で神経が研ぎ澄まされていく。岩場スレスレを飛行する機体の端から端まで、俺は感じることが出来た。
「そうだ、みんなうまいぞ。その調子だ。ちゃんとついてきているかね?」
「ジュネットは?」
「まだ何とか気を保っているよ。彼もなかなかタフな男だね」
「ところでおやじさん、一体どこでこんな操縦技術を?」
「さっき、彼らが言っていただろう?15年前の戦争で、さ。私の後輩たち。さて、心の準備は良いかね。あの洞窟に飛び込むぞ」
俺たちの正面には、ぽっかりと口をあけた洞窟が迫る。まさかあの中に飛び込むのか!先行するおやじさんは、ためらいもなく飛び込んだ。こうなったら毒食わば皿までだ!俺は彼の動きをひたすらトレースして洞窟に飛び込んだ。飛行機が並んで飛ぶことも出来ない空間で旋回を決めながら、俺は必死に操縦桿を操った。迫り来る洞窟の壁を目前に見ながら、機体を何とか安定させる。やがて日の光が見え始め、穴をついに抜けた。
「ひゃ……うぉっ……うわぁっ!あああ、ふぅぅぅぅ」
珍妙な悲鳴はグリム。なんだかんだ言いながらも、彼はしっかりと俺たちの後についてきていた。さっきまで後ろにいたはずの8492の姿が消えている。洞窟に飛び込むことを彼らは躊躇したようだ。おやじさんは崖と崖の間をきれいに抜けていく。後ろから見ていて惚れ惚れする。
「すごい、この機動、人間技じゃない!」
「そう、すごいのはおやじさんの操縦。」
「おいおい、買いかぶりは勘弁してくれ。いきなり飛び乗った機体で、ここまでの機動が出来る君らも自分たちの腕に自信を持ちたまえ。さて、もう一回洞窟に入るぞ。今度は少し長い。いくぞ!」
明らかに人工的に作られた洞窟というよりはトンネルに俺たちは飛び込んだ。そこは、戦時中のものなのか、戦後のものなのかは不明だが、人工的に整備されたトンネルだった。放棄された物資が山積みのまま残され、クレーンのアームが空しく伸びたままになっている。俺たちはその中を潜り抜けるようにして飛行していた。今度こそ、本当に飛行機1機分の高さしかない。ウイスキーマークを中心に保ち、機体ピッチを0°に保つよう必死に機体を安定させる。トンネルは途中で途絶え、後は左右にうねる穴が続いている。最低限のヨーと旋回ですり抜けるようにして、アクロバットが続く。
「そうだ、いいぞ!もうすぐ抜けるぞ!」
洞窟の中が明るくなってきた。外は、自由に飛ぶことの出来る空はもう少し!そして俺たちは穴蔵から一気に飛び出した。空の色が目に染みる。今度こそ、敵を振り切ったらしい。

「こちらサンダーヘッド。8492、どうした?こちらでは彼らの姿しか確認できない。8492、応答せよ、8492」
「彼は、敵ではないからな。さて……おや?正面から新手か」
俺たちのレーダーにも正面から1機、新手が直進してくる姿を捉えた。機体はF-14。
「こちら第206航空隊、スノー大尉だ。サンダーヘッド、敵というのはこの4機か?」
「スノー大尉。こちらサンド島。そうだ敵性スパイはその編隊だ。彼らは武装を持たない。撃墜せよ」
「ああ、ここまで来たのに!」
スノー大尉のF-14は俺たちの後背に張り付く。彼の腕前を俺は良く知っている。このまま振り切れるとは思えなかった。ここまでか……!覚悟を決めかけたとき、F-14のキャノピーから光が瞬いた。これは……発光信号!
「発光信号、読み上げます。……信ジロ、ベイルアウト、セヨ……以上です。ベイルアウトですって?」
「よし、賭けてみよう。さあ、いくぞ!」
おやじさんが真っ先にベイルアウトした。シートが打ち上げられ、上空でパラシュートが開く。その間に、F-14から放たれたAAMが命中する。おやじさんの機が火を吹きながら海面へと墜落していく。続いてナガセとグリムが飛び出した。俺は機体を安定させ、一旦ベルトを外した。無理やり身体を伸ばして、カークのベルトを外す。そのままカークを引きずり出し、俺は再びベルトを締めカークを両手で抱きとめた。カークは何か大変なことをするらしいと悟っているのか、大人しくしている。よし、いい子だ。俺はイジェクションレバーを引いた。キャノピーが吹き飛び、次いで俺の身体は上へ打ち上げられた。カークが突然の動きに悲鳴をあげる。
パラシュートで降下していく俺の目の前で、俺がさっきまで乗っていた機体が四散した。
「こちらソーズマン、全機撃墜したぞ。勲章くらいよこしてくれよな」
「ああ、ソーズマン、協力に感謝する。」
「ウォー・ドッグ……私は信じられない。何てことだ……」
やがて俺の身体は水面へと着水した。シートの圧縮空気が噴き出し、即席のボートが浮かび上がる。他の皆も同じように海面を漂流している。これから、俺たちはどうなるのだろうか?膝の上に抱いていたカークが起き上がり、空へ向かって吠え始めた。ヘリコプターらしき姿が向かってくるのが見えた。

ヘリの羽音はやがて俺たちの真上に到着した。一時は水面下に潜ってやりすごすことも考えたが、そんなことをすればあっという間に命を失う。だが、俺の不安はヘリのエンブレムを見て吹き飛んだ。シー・ゴブリン!空母ケストレルを中心とした機動艦隊に配備されたあの海兵隊。低空でホバリングしたヘリからロープが降りて来る。
「よう!待たせたな!!こんな寒いところは早く出て、暖かい部屋でスープでもすすろうぜ!」
南国勤務の夢をまだかなえられない陽気な隊員の大声が聞こえた。俺はカークを抱きかかえつつ、ロープの金具に自分の身体をくくりつけた。引き上げられた俺の身体はゆっくりと上昇し、そしてヘリの中へと担ぎ上げられた。毛布が投げられ、俺は冷え切った身体をとりあえず包んだ。カークが水を弾き飛ばし、海兵たちが騒ぎ出す。
「おい、ウォー・ドッグ隊は犬まで空を飛びやがるのか!?やっぱり人間じゃなかったな、お前ら」
おやじさんたちも無事。全員の引き上げが終了すると、シー・ゴブリン隊は来た道を戻り始めた。スノー大尉が、シー・ゴブリンが、戻る先には……そう、あのアンダーセン艦長が率いる空母ケストレルがいる。俺たちの新天地は、どうやら彼女の上に決まったらしい。

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