ハートブレイク・ワン・後編
大空へと再び戻ってきたバートレット隊長。東の空が明るくなり始め、空の色が徐々に青く変わって行く。ユークトバニアの航空基地から離れた俺たちは、ケストレルの待つセレス海目指し、東へと進んでいた。心配したユークトバニア空軍による追撃も無く、バートレット隊長を先頭に俺たちはトライアングル編隊を組んで明け方の空を駆ける。
「はっはっは、やっぱり地に足が付いていないのはいいもんだぜ。生きているって感じがする!」
バートレット隊長は終始ご機嫌で、無駄口ばかりが聞こえてくる。いや、「謎の女1号」殿との熱い会話が聞こえてくると言った方が良いだろうか。あれじゃあ、ナガセが焼きもちを焼くんじゃないか。
「隊長、無駄な通信は控えてください。敵に傍受される危険があります」
「ナガセ、おまえまるでお袋さんみたいだぜ」
「いや、バートレット大尉、本当に傍受されたかもしれません。何だかヤバそうなのが来ましたよ。レーダーに敵影!!」
俺たちの向かう先、方位090から敵機が接近していた。機数は4機。そして機種は……FALKENのディスプレイに拡大されて映し出されたのは、忘れようの無いあの機体、F-15S/MTD。8492を騙り、オーシアを影で操り続けてきたベルカの亡霊が再び俺たちの前に姿を現した。彼らも綺麗にトライアングルを組み、俺たちの正面から近づいてくる。
「あれか?オブニルの連中がラーズグリーズの亡霊と言っていたのは?」
「しかし俺はレーダーで彼らが大佐もろとも海へ突っ込むのを見ていたんだ。それがどうして今ここに現れる」
聞こえた来たのは暗い男たちの声。そして、グラーバク戦闘隊のリーダーである、あの陰気な声。
「亡霊だろうが何だろうが、空線で確かめるしかあるまいよ。行くぞ!!」
リーダー機はそのまま直進し、残りの3機は機体を90°ロールさせ、そのまま俺たち目掛けて突っ込んできた。俺たちもそれぞれの獲物を定めて散開する。俺の狙いはもちろんグラーバクリーダーの乗るF-15S/MTDだ。
「ブービー、悪いが空中戦は任せる。こっちの心配はいらねぇから、思う存分やりな。それにしても、グラーバクとは懐かしい連中が来たもんだぜ」
「バートレット、お前の始末は後回しだ。まずはおまえの大事なひよっ子たちを目の前で血祭りにあげてやる」
「ハッ、アシュレイ、おまえさん本気でブービーに勝てると思っているのか。自信過剰も大概にしな」
グラーバクリーダー、アシュレイの駆る機体と俺は高速ですれ違った。俺は機体を右ロールさせてハイG旋回し、奴はそのまま急上昇した。どこまでも上がっていくかに見えた機体はしかし垂直上昇のまま速度を落としていく。そしてついには直立したまま機体が停止した。テールスライドか!奴の機体の機首ががくん、と下がり追撃する俺を捉える。互いに正面から互いの姿を捉え、俺たちはほとんど同時にトリガーを引いた。機関砲弾が交差し、上空と地上に曳光弾の筋が延びていく。機体を横へスライドさせ、さらに何回転もロールしながら再び奴とすれ違った。俺はすかさずスロットルを絞り、操縦桿を思い切り引いた。激しいGが身体と機体を軋ませ、ついさっきまで直進していた機体が一気に減速しながら機首を振り上げる。ぐるん、と反転した愛機の機首が下がり始めると同時にスロットルをMAXに叩き込み、アフターバーナーに点火して一気に加速する。俺の眼下に旋回していくF-15S/MTDの姿があった。レーダーロックが奴の機体を追っていくが、奴も先の大戦を生き抜いたエースパイロットの一人。鋭い旋回を繰り返して巧みにロックをかけられるのを回避していく。その間に奴との距離が徐々に詰まっていく。突然、奴の機体のエアブレーキが開いた。急減速した敵機が目前に迫った。くそっ、そういうことか!!
「かかったな、若造!!」
俺の機体は奴を追い越し、オーバーシュートしてしまう。形勢逆転か!今度はレーダーロックを告げる警告音が俺のコクピット内に響き渡り、俺は右へ左へと高G旋回を繰り返した。少なくとも、推力はこちらの方が上だ。ブラックアウト寸前のGがかかる中、俺は高度を一気に下げ奴の追撃をかわした。
「ちっ、ちょこまかと逃げ足だけは早い奴だ!」
「これで再び振り出しに戻ったな、グラーバク!」
「ほざけ!貴様が地獄に落ちる時間が近付いたまでのことよ!!」
ナガセやスノー大尉、グリムもそれぞれの相手と激戦を繰り広げていた。ナガセ機が俺の前方で綺麗なエルロンロールを決め、敵機をオーバーシュートさせた。一瞬出来た隙を突き、彼女は機関砲のトリガーを引いた。F-15S/MTDの尾翼が弾け飛び、直撃を受けたエンジンから薄煙が伸びていく。
「エッジよりブレイズ、敵機撃墜!これからあなたのフォローに回る」
「いや、ナガセ、それよりもグリム達のフォローに回ってくれ。こいつだけは、俺の手で倒す!」
「ほざくな、若造が。フッケパインにもバートレットにも及ばないお前ごときがこの私を倒すだと!?甘く見てくれたものだな!」
「グラーバク、俺はお前だけは許すわけにはいかないんだ。……俺の大事な友を、貴様たちは奪ったのだからな!」
俺とアシュレイは互いに互いの後背を取らんと急旋回を繰り返した。オフセット・ヘッドオン・パスだ!再び激しいGが身体にかかり、そして機体を軋ませる。FALKENのボディと性能をもってしてもこればかりはどうにもならない。むしろ、その高機動性と高推力が災いし、パイロットには限界を超えたGがかかる。胃が裏返りそうな衝撃に耐えながら、俺は相手の姿を捜し求める。奴のF-15S/MTDも鋭い旋回を繰り返しながら、しかし互いに有利なポジションを取ることは出来ない。
「いつまで鬼ごっこを続けるつもりかね、ブレイズ君?」
「それはこっちの台詞だ。そっちこそ、ケツがふらついているぞ」
奴は機体を急反転させた。正面を向いた奴の機体から、何本ものAAMが発射された。そう来やがったか!機体を加速させつつ、一気に急降下させる。頭上をミサイルの排気煙が何本も通り過ぎていく。F-15S/MTDが180°ロールし、俺の背後に食い付かんと反転する。やらせるものか!俺はさらに機体を逆さまにして急旋回した。反転した俺の照準レティクルに、まだ俺を捉えきっていない奴の機体が一瞬収まったが、そこから加速した奴は俺のレーダーロックを避けて低空に加速していく。
ナガセがサポートに回ったことで、グリム達の形勢は逆転していた。まずスノー大尉が彼女と連携して1機を葬り、そして1対3という圧倒的優位なポジションでグラーバクの1機を撃ち落すことに成功していた。
「おいブービー、そろそろトドメといかないか。ここで見ていたら、何だか胃の辺りが痛くなってきた。」
「ブレイズ、さっきからジャックは気が気じゃないみたいよ。」
「馬鹿、そういうことを言うな。照れるじゃねぇか」
機体を急旋回させながら俺は苦笑いした。
「ブレイズ、貴様を落とせばラーズグリーズなど恐れるに足らんのだ!その後に残りの連中を全て片付ければ、我らの敵は最早いない!」
「ほぅ、随分と俺たちもなめられたもんだな。さらに言えば、グラーバク、アンタはうちの隊長を舐め過ぎだ。」
「何だと……!?」
「口だけは達者みたいだが、高G旋回でもうアンタの身体は限界だろ?」
そう。グラーバクの旋回はさっきと比べると鋭さを欠いていた。旋回半径が徐々に大きくなっていくのが俺の眼から見ても明らかだ。今度こそは仕留める!急加速した俺は、ロックをかけずに奴の後背めがけてAAMを連射した。排気煙が何本も奴目掛けて伸びていくが、奴はあっさりとそれを上昇してかわした。
「こんな攻撃で、この私がやれると……!」
俺が狙っていたのはそのタイミングだった。ミサイルを回避して甘いコースに出た奴は、俺の照準レティクルの中に今度こそしっかりと捉えられていた。俺は迷わずトリガーを引いた。奴の機体に火花が炸裂し、エンジンが爆発を起こして黒い煙を吹き出していく。
「馬鹿な、この私が二度も遅れをとっただと……。認めん、認めんぞ!!」
「素直じゃねぇなぁ。大体よ、この俺様を撃墜したっていうけどよ、ベイルアウトして勝手に飛んでいた俺の機体に八つ当たりしただけだろうがよ、てめぇは。てめぇはフッケパインにも、この俺にも、そして俺の教え子たちにすら及ばない、クズパイロットなんだよ!!」
「言わせておけば……ブレイズ、聞こえるか!?今回は貴様に勝ちを譲ってやるが、貴様の勝利は貴様の機体の性能が良かっただけに過ぎない!次は必ず抹殺させてもらうぞ。我々は必ず戻る……必ずな!」
「何度来ても結果は同じだ。次が貴様たちの最期だ、グラーバク。首を洗って待っていろ!!」
F-15S/MTDのキャノピーが跳ね上がり、パイロットがベイルアウトした。パラシュートの花が開き、ゆっくりと降下を開始する。
「なんだかんだ言いながら、全員ベイルアウトしやがった。あれはあれで、パイロットの鑑だぜ、グラーバクの連中」
「すごい……15年前から生き延びてきたエースパイロットを撃ち落すなんて……。ブレイズはどこまで腕をあげるのかしら……?」
だが、グラーバクの言ったことは正しいのかもしれない。俺の操る機体は、恐らくは現存する戦闘機の中でも突出した性能を発揮している。この機体だったからこそ、奴らに対し有利に戦闘を進めることが出来たのかもしれないのだ。だが、仮にそうであっても俺は負けるわけにはいかない。もし奴らに劣るというのなら、奴らを越えていくまでだ。そうしない限り、ベルカの野望を食い止めることが出来ないと言うのならば。
すべての敵機を撃墜した俺たちは、再びバートレット隊長機と合流した。トライアングル編隊を組みなおし、今度こそ俺たちの家であるケストレルへの針路を取る。
「全員無事だな?ブービー、おまえ、ホントに腕を挙げやがったぜ。後で俺が手製のメダルをくれてやる。」
「素敵なドッグファイトだったわ、みんな。ジャック、特等席への招待、ありがとう」
「なあに、日ごろの俺の心がけが良いおかげさ。そのおかげで、こいつらも全員無事だ。まさに、俺の戦果だな、ブービー?」
バートレット隊長の悪態に、皆が笑い出す。強敵を葬り、安堵で胸を撫で下ろした俺もまた、つられて笑い出したのだった。
こうして、俺たちラーズグリーズ隊に心強い古強者がまた一人加わることになった。そして、ハーリング大統領と志を同じくする、今尚続く戦争のもう一方の当事者であるユークトバニアのニカノール首相。タッチの差で大統領は既にオーレッドへ向かってしまったが、これで両国の軍隊に命令を下すことが出来る最高権力者二人が、ベルカの魔の手から逃れたということになる。反撃の時は、今まさに迫りつつあった。