キング・オブ・ハート
夜の帳が空を多い、星が瞬いている。明日明後日も天気予報によれば晴れの予報で、順当にいけば初日の出を見ることは難しくなさそうだった。あと数時間もすれば、ハーリング大統領とニカノール首相による終戦宣言が出され、この戦争は終わる。だが、もう一つ為さねばならない戦い。15年前の大敗だけではあきたらず、妄想に突き動かされた連中との決着だけはしっかりとつけなくてはならなかった。
「ジャック、もう一度確認するわよ。本当に行くのね?」
ナスターシャは駐機中のF-14のタラップにのぼり、既にコクピットに座っているバートレットに問いかけた。久々の戦闘機のコクピットに座った彼は、まるで子供のように大はしゃぎしたものである。
「くどいぞナスターシャ。行くったら行くんだ。行かないつもりなら、こんなところに座ってヘルメット被ってるわけないだろう」
「ブレイズたちに任せた、ってあれほど言っていたのに、やっぱり心配なのね」
「それは違うぞ。ビーグルからの通信はおまえも聞いただろ?ブレイズたちと同時に攻撃を仕掛ける以外に方法が無い、と。だったら、俺くらいしかそんな馬鹿げたこと出来る人間はいねーだろうが。それにな、おいしいところを全部持っていかれるのは許せん。あいつらに戦闘技術を叩き込んだのはこの俺なんだぞ!?少しは俺にも見せ場を残しておいてもらわんとな」
「大丈夫よ。ブレイズがいるから」
ナスターシャはにっこりと笑った。それにしても、彼女の目の前の男は15年前と全く変わらない。無骨でデリカシーのかけらもないが、本当は仲間想いで誰よりも皆の無事を祈っている男。15年前のあの日、別れてから再会するまでの時間は決して短いものではなかったけれども、バートレットはあのときと同じ階級、同じ姿で彼女の前に現れたのだ。
「それにしても、この機体しかなかったのかよ。何だこの、「013」て数字は。俺がいつから最後の晩餐の裏切り者になったんだ。不吉極まりないじゃないか!おい、そっちの。機体を交換してやるから今すぐ下りて来い!」
隣にいる「008」のナンバーのパイロットが「勘弁してくれ」と応える。そう、バートレットの乗るF-14は、コクピット下に大きく「013」と書かれていたのだ。
「ジャック、別にいいじゃないの。それに、「013」なんて素敵だわ」
「おい、そりゃ皮肉か?」
「何言っているの。ジャック、あなたのこの間までの機体はハートのエースだったでしょ?でも、今スペード・クローバー・ダイヤ・ハートの4人のエースはもう埋まっているわ。ラーズグリーズの4人でね。だから、あなたは「013」でいいの。「013」はキングよ。ハートブレイクワン改め、キング・オブ・ハート。」
「キング・オブ・ハート……か」
バートレットは少し考え込むようにしていたが、やかで豪快に笑い出した。
「そうか、キング・オブ・ハートか!確かにな。ハートブレイクしていたのは昔の話だ。今の俺には似合わねぇ!よし、今日から俺のコールサインはキング・オブ・ハートだ。おい、聞こえたか野郎ども。俺のコールサインは「キング・オブ・ハート」だ!長いから「キング」と呼びな。それ以外じゃ応答してやらねぇからな」
待機しているパイロットたちから笑い声が帰ってくる。海軍航空隊や空軍から編成したまさに混成部隊。だが、腕だけは折り紙つきの連中だ。滑走路に並んで十数機が向かうのは、ブレイズたちが向かっているであろう南ベルカではなく、北ベルカ側。ブレイズたちの突入と合わせて、バートレットは穿たれたトンネルに突入しなければならないのだ。
「さて、そろそろパーティの招待時間だな。ナスターシャ、オーレッドで待っててくれよ、ベイビー」
「ジャック。ベルカ航空隊の実力は今でも健在よ。気をつけてね」
「なあに、そのベルカ航空隊を痛めつけた男も健在さ」
「馬鹿」
バートレットは狭いコクピットから腕を伸ばして、ナスターシャを抱き寄せた。そして唇を合わせる。周りのパイロットたちが一瞬沈黙し、そして罵声と冷やかしの声が飛んだ。ナスターシャはもう一度バートレットの頬にキスして、タラップを離れた。F-14のキャノピーが閉まり、彼は親指を立てながら彼女の前を離れていった。
「野郎ども!面倒くさいから何度もいわねぇぞ。俺たちの行き先は北ベルカだ。俺が突入するまでの時間を稼ぎ、その後は引き返せよ。くれぐれも無駄な戦いをしてくれるなよ。全機、ここに必ず帰還するんだ。いいな、分かったな?分かっているんなら、ぼちぼち行くぞ!!」
「レイピア5、了解!!」
「んなに何度も言われなくても分かっているさ。フェイク2、了解。おい、キング、早く出発してくれ。後ろがつかえているんだよ」
「やれやれ、ひよっ子と違ってうるさい連中だ。」
バートレットはスロットルをMAXに叩き込んだ。機体は加速を開始し、滑走路を滑るように走り出す。
「さあて、戦闘機で空にお帰りだ。イヤッホーッ!!」
オーシアの東側国境線沿いを、バートレット隊は北上する。12月30日の21時30分を既に回っていた。あと30分もすれば、オーレッドでハーリング大統領たちの演説が始まる。オーシアとユークトバニアの茶番劇と言っても良い、戦争の終結がそこで宣言されるのだ。
「オリオン6よりハート……じゃない、キング。間もなく北ベルカに侵入到達します。」
「ああ、このまま敵さんが出てこなければラッキーなんだが……」
「国境線を飛行中の空軍機!こちら空中管制機サンダーヘッド。所属と行き先を知らせよ。現在オーシア国内での作戦行動は行われていないはずだ。」
「おいおい、こんなところでストーンヘッドのおでましかよ。おいストーンヘッド、久しぶりだな。俺だ!」
「バートレット大尉?本当にバートレット大尉なのか?」
「こんなハンサムな声のナイスガイが他のどこにいるんだよ。ああそうさ、現在ハーリング大統領の命により極秘任務を遂行中だ」
僚機から発光信号。サンダーヘッドはここからそう遠くない高空にいるようだ。「撃墜スルカ」の問いにバートレットは応えなかった。
「……バートレット大尉、私はあなたに謝らなければならない。私は、あなたの教え子の一人だったダヴェンポート大尉……チョッパーを救ってやることが出来なかった。しかもサンド島の4機の命を奪う指揮を取ったのも私だ。」
「そうか、おまえさん、チョッパーの最期を看取ってくれたんだったよな。なあサンダーヘッド、もうおまえさんも気が付いているんだろ。この戦争のどこかおかしなところに。起きるはずの無い場所で起きるはずの無い戦いが起こったんだ。そうさ、だから俺たちはその根源を叩くために今北へ向かっているんだ。サンダーヘッド、俺たちに協力しろ。過ちはこれからいくらでも正すことが出来るんだ。」
沈黙。その間もバートレットたちの機体は北上を続ける。もうそろそろ、北ベルカの国境線を超える。ベルカの残党どもが、それを黙って見過ごすはずはないだろう。
「過ちは正すことが出来る……か。バートレット大尉、そのとおりだ。ちょっと待て……。バートレット隊、正面前方から敵戦闘機多数接近!こいつら、ステルスだ。距離は近いぞ。全機警戒せよ!」
「おいでなすったか。全機、全兵装使用を許可する。奴らにアツいの、たっぷりとぶちかましてやれ!」
「レイピア5了解!」
「マサカン1了解。さあて、これまでの鬱憤を晴らさせてもらうぞ!!」
北ベルカに侵入したバートレット隊は、三方に分かれて迎撃機との戦闘を開始した。ブレイズたち本隊が到着する前の戦闘発生。多少は奴らの兵力を分断できるだけでなく、時間稼ぎにもなる。バートレットは正面から突っ込んでくるSu-47のコクピットを機関砲弾で吹き飛ばした。全機が戦闘状態に突入し、ベルカの夜の空は戦闘機たちのアフターバーナーと撃墜された戦闘機の炎で飽和していった。伝説のベルカ航空隊を相手に一歩も引かず、それどころか彼らを追い詰めていくバートレット隊。サンダーヘッドはそんな彼らを指揮しながら、絶叫した。
「敵戦闘機部隊を逃がすな!そうだ、過ちを犯してばかりの司令部の命令なんぞクソ喰らえだ。私たちをこんなところまで追い込んだ連中に容赦するな。全機、全兵装使用を許可する!」
「おお、サンダーヘッド、分かってきたじゃねぇか?」
「ああ、こういうのを何と言うんだったか、そう、ロックンロールだ!」
「おまえさんもあのおしゃべり小僧に毒されたクチか。しっかり上で見守っててくれよ」
バートレット機が敵戦闘機を追い詰めていく。ブレイズたちが戦端を開き、地獄の蓋を開けるまで、彼らは引くことを許されない。バートレット率いる猛者たちの激戦は続く。