歌声に集いし英雄たち
ハーリング大統領とニカノール首相の終戦宣言が続いている。俺たちは予定よりもやや遅れていたが、いよいよ南ベルカの地に足を踏み入れようとしていた。12月30日もあと1時間半程度で終わりを告げ、いよいよ2010年最後の日がやってくる。果たして、今日を戦争の終わりと出来るかどうかは、俺たち次第。何としても、ベルカの企みを挫かなくてはならない。大統領たちは、彼らに出来る限りの援護射撃を俺たちにしてくれているのだから。
「何だか、大統領たちの話を聞いていたら涙出てきちゃいましたよ」
「おいおい、まだ何も始まっていないんだぞ。……隊長、正面からお客さんだ。ユーク軍のようだ」
俺たちのレーダーに、接近する戦闘機の機影が打ち出される。俺はレーダーロックを機影に合わせていく。4機が戦闘体制を取り、安全装置を解除していく。AAMの射程圏内に入るか入らないかの距離まで接近したとき、先方から通信が入った。
「こちらユーク空軍第703航空隊!ラーズグリーズ、我々は敵じゃない。君たちとともに戦うことを決意した。これより指揮下に入る。よろしく頼むよ!」
4機のSu-35は俺たちとすれ違うと反転し、俺たちの右翼で編隊を組んだ。キャノピー越しに、隊長らしき男が手を振っているのが分かる。
「こちらブレイズだ。第703航空隊、ありがとう」
「なぁに、こんな戦争、端からご免だったんだ。煽っている奴らがいるんなら、まずそいつらを片付けておかないとな」
「ラーズグリーズ、聞こえるか?こちらオーシア空軍第294戦闘航空団だ。私たちも一緒に行くぞ。大統領たちの宣言を聞いて、ようやく何だかもやもやしていたことが吹っ切れた。」
後方から追いついてきたのはオーシアのF-22。左翼に彼らは展開し、大きなトライアングルが描かれる。俺たちの編隊はいよいよノース・オーシア・グランダー・インダストリーの南側に広がる大工業団地帯に到着していた。眼下をビルの明かりが高速で通り過ぎていく。
川を挟んでの対峙。互いに辺りの茂みや窪みに身を隠しながら、しかし発砲もせずに彼らは向かい合っていた。彼らはそのままの姿勢で大統領たちの演説を聞いていた。この川を越えるには一本だけかかる短い橋を渡るしかない。だがそこに出ることは、互いに集中砲火の的となることを意味していた。橋を挟んで両軍の装甲車や戦車が砲塔を突き付けあっていた。
「おい、どうせ聞こえているんだろ、ユークの。一つ提案がある。俺たちのトップ同士が塹壕から出ろと言っているんだ。どうだい、一人生贄を選んで、互いに橋の上で握手ってのは?」
そのうちの一台の中から、曹長は敵に呼びかけた。
「曹長、生贄ってそんな危険なこと、誰が行くんだ?」
「そりゃ決まっていますよ。自分が行きます。隊長殿は皆の指揮を取ってもらわなければ」
「そんな無茶を許可できるか!」
「違いますよ隊長、あなたはこの短い期間で本当にいい指揮官に成長してくれました。もう私ごときがお教えするようなことはありゃしません。もし、私に何かあったとしても、もう隊長殿なら大丈夫ですよ」
「……オーシアのさっきの奴、聞こえるか?こちらユーク陸軍第55砲兵中隊だ。話が合うな。こちらもその条件でOKだ。」
ユーク軍から返信が入る。曹長は装甲車の蓋を開けて、身を乗り出した。そして中にいる隊長殿に右目でウインクして、装甲車から飛び降りた。彼は展開した戦車たちの間をすり抜け、丸腰で橋に進んでいった。同じように向こうからは、彼と同年代らしい男がゆっくりと歩いてくる。橋の中央で二人は足を止めた。
「お互い、命知らずで結構だ。このまま銃火でバラバラってこともあるだろうにさ」
「なあに、そんときゃ二人一緒で寂しくはないだろうさ」
二人はにやりと笑った。ユークの男は、胸元のポケットから煙草を取り出し、一本をくわえた。そして腕を伸ばして曹長に向ける。曹長も一本煙草を取り、そしてマッチで火をつけた。残り火で、ユークの男の煙草にも火をつけ、残りかすを彼は投げ捨てた。紫煙が橋の上を漂っていく。
「汗と涙と血と泥水に鼻水で汚れた手ですまねぇが、俺たちの戦いもここまでにしようや。もう戦う理由なんてないんだからな」
「同感だよ、オーシアの。もうこんな辛いことはご免だ。国に帰って、好きな酒でも飲みながら綺麗どことしけこみたいもんだね」
「おっと、オーシアにもいい店があるぜ。なんだったら、戦いが終わってから来てくれればいい。歓迎するぜ」
男たちは互いの手をがっちりと握り合った。少しして、歓声が兵士たちの間からあがった。二人の様子を緊張しながら眺めていた兵士たちが、一斉に橋を渡り始めたのだ。彼らと同じように、手にしていた武器を捨てて丸腰で。
「なぁ、俺はこの何ヶ月か、この光景を見るために戦い続けてきたような気がするぜ」
「ああ、俺もだ。目から汗が出てきてよく見えないけどな」
北上するレーダーの南東から、別の機影が接近する。戦闘機の速度には及ばない。これはヘリだろうか?
「ラーズグリーズ、聞こえるか?こちらオーシア陸軍空挺旅団、第一大隊だ!やかましい隊長をぶん殴ってきた。第一大隊全員、あんたたちの指揮下に入るぜ。これを最後の戦いにしたいもんだね」
俺たちは進撃速度を少し緩めた。それでもヘリの連中は最高速度なのかもしれないが、やがて肉眼でも低空を飛行するヘリの集団を確認することが出来た。ヘリボーン隊の輸送ヘリと戦闘ヘリが列をなして進撃している。
「隊長、何だかもう、僕は涙が止まりません。こんな、こんなことが起こるなんて。これは本当に奇跡ですよ……」
「アーチャー、まだ泣くのは早いぞ。しっかり前見て操縦桿を握っていろよ」
「でもブレイズ、本当に素晴らしいと思う。セレス海海戦のとき、私たちに加勢したユーク海軍の艦艇たちと同じように、私たちに味方する心が今集まっている。」
「そうだ。ベルカの連中、これを見たら度肝を抜くぞ。4機しか来ないと思っていたら、大軍が押し寄せるんだからな」
そう、今俺たちの周りには仲間たちが集まってきている。今日この日まで、俺たちは孤独の戦いを強いられ続けてきた。それが今、報われようとしている。チョッパー、もうすぐこの戦いが終わるぞ。見えるか、集まってくれた皆の姿が。だからチョッパー、俺たちを見守っていてくれよ。俺はコクピットに今日は積んできたMDプレーヤーに、チョッパー・チャンネルのディスクを差し込んだ。そして、最後の曲を選択する。コクピットの中に、あのメロディーが流れ出す。
雪が降り出した冬の海を、情報収集艦アンドロメダが全力で進んでいく。その周囲を守るように、何隻かの駆逐艦やフリゲート艦が展開していた。ケストレルの沈没後、旗艦をアンドロメダに移したアンダーセン艦長たちは、ブレイズたちを支援すべく北上していた。ブレイズたちが南ベルカに到達するのにもちろん間に合うはずは無かったが、大統領たちの呼びかけに応えて南ベルカへ向かう心たちを支援することはまだ出来るはずだ。アンダーセン艦長の意志は艦隊全員と同じであり、彼らは彼らの出来る限りの速度で艦を走らせていた。
「艦長、我が艦の前方に潜水艦発見。一隻ではありません!」
「所属はわかるか?」
「それが……ユークとオーシア双方のエンジン音を確認。これは一体……?」
ソナーが確認したのは、何隻もの潜水艦たち。しかも、両国の潜水艦が一緒にランデブーしているとはどういうことか。
「潜水艦から通信です。つなぎますか?」
アンダーセン艦長は大佐と顔を見合わせた。だが、どちらか一方ならともかく、両方の船が揃っているとなればいきなり攻撃を受けることもないだろう。アンダーセン艦長は全艦の進路と速度をそのまま保つよう指示し、通信を開いた。
「アンドロメダ、聞こえますか?こちらはオーシア海軍潜水艦サンチアゴです」
「アドミラル・アンダーセン、お会いできて光栄です。こちらはユークトバニア潜水艦隊、第2艦隊です。お待ちしておりました」
「大統領と首相の宣言を聞いて、私たちはようやく気が付いたのです。この戦争の舞台裏で行われていた謀略に」
「ここにいる全員、艦隊司令部の命令を放棄してここに集まりました。これより、アンダーセン提督の指揮下に入ります。この先、まだ戦争を続けようとする連中が網を張っているかもしれません。我々も一緒に戦いますぞ!」
アンダーセン艦長は、次々と彼に向かい言葉をかけるそれぞれの艦の艦長たちの声を黙って聞いていた。そして彼は軍帽を脱ぎ、指揮卓の上に置いた。
「大佐、目の前の光景が信じられるかね。ハーリング大統領とニカノール首相はやってくれたよ。今、私たちに味方する心はこんなに増えている」
「艦長、皆が気が付いたのです。戦争などという、愚かな行為は結局何も生み出さない、と。戦争がもたらすのは破壊と憎しみ、悲しみと絶望、そして破滅しかない、と。15年、随分遠回りしてしまったかもしれませんが、ようやく私たちは新しい歴史に足を踏み入れたのかもしれませんよ」
「そうだね。大佐、この歳になるまで軍人を続けてきて、本当に良かったと今思う。こんなに素晴らしい出来事を、今自分の眼で見ることが出来るのだから。私の海軍士官としての日々は、今日この日のためにあったのだろう。こんなに嬉しいことはない」
アンダーセン艦長は、襟元で目を拭った。そして再び長年の相棒である軍帽をかぶり直した。
「私たちの旅の終わりは目前だ。平和を願う歌声に集いし諸君、本当にありがとう。さあ、我々を待っている人たちがいる。全艦、最大戦速!!」
FALKENから流れ出したJourney Homeの歌に合わせて、パイロットたちが歌いだした。集まった男たちだけでなく、スノー大尉やグリムまで。
「ブレイズ、あなたのディスクの最後もこの曲だったのね?」
「ということは、ナガセのディスクも?」
「ええ。この曲を聞きながら平和な空を飛びたい、そうチョッパーは言っていたわ。まだ平和にはなっていないけど、願いがかなったわね、チョッパー……」
「おおい、ラーズグリーズ、待ってくれ。俺たちもその曲は大好きだ。こちらユークトバニア空軍第172爆撃中隊だ。爆弾満載で来たから遅れちまった。そのお詫びというわけではないが、管制機もつれてきたぜ」
「ララララ〜♪諸君、私の美声が聞こえるかい?こちらはオーカ・ニェーバ。ラーズグリーズ、君たちの言葉ならスカイ・アイ、空の眼ということになる。ニカノール首相からの要請に応えてきたんだが、間に合ってよかったよ。お、また来たみたいだよ」
俺たちの後方から、新たな機影が近づいてきた。4機が俺たちを一度追い抜き、上空で反転して再び後方でダイヤモンド編隊を組んだ。薄暗い空に見える機体は……あれはMig-1.44か!
「こちらオーシア空軍第13爆撃中隊、グライフ1だ。何とか間に合ったみたいだね。基地から入ったばっかりの機体を拝借してきた。戦争継続を叫んでいた司令官たちを監禁してきたから、おまけで追撃隊も来てるかもしれない。この際、まとめて面倒みてくれ」
「こちらソーズマン。久しぶりだな、グライフ1。一昨年の競技会以来か?活躍は聞いていたぞ」
「ソーズマン!?スノー大尉、何でおまえそこにいるんだ!おまえ死んだんじゃなかったのか?」
「ところがどっこい、生きている、というわけさ」
20機を超えた戦闘機とヘリボーン隊が南ベルカの空を飛ぶ。俺たちが目指す南ベルカ兵器廠までもう少し。いよいよだ。いよいよ、俺たちはここまで辿り着いたんだ。
時に2010年12月30日、22時21分。歌声に集いし英雄たちの反撃が始まる。平和を求める無数の魂の叫びを背に受けて。