混迷の海・後編
ケストレルから発艦した俺たちは、すかさず先制攻撃を放った。各機から発射されたASMは海面スレスレまで降下し、直進していく。ケストレルに向かって直進する離脱艦艇の脇をすり抜け、その背後に迫ったフリゲート艦めがけて排気煙が伸びていく。
「対艦ミサイル急速接近!!弾幕急げ!!面舵一杯!!」
「駄目です、間に合いません!!直撃来ます!!」
俺とナガセの放ったASMがフリゲート艦に命中する。舵を切ったことで横腹をさらした敵艦は炎を吹き出しながら漂流を始める。左翼でも、スノー大尉とグリムの放ったミサイルが炸裂し、こちらは弾薬庫に直撃したのか大爆発を起こしてあっという間に沈んでゆく。離脱艦艇を襲っていた攻撃が減殺され、その隙に彼らはついにケストレル隊の先鋒と合流した。
「こちらケストレル隊駆逐艦シリウス、独立艦隊にようこそ!」
「こちらはグムラクだ。これより我々はケストレル艦長、アドミラル・アンダーセンの指揮下に入る!よろしく頼む!!」
合流したユーク艦艇はケストレル隊と合流し、艦隊陣形の一角として切っ先をユーク艦隊に向けた。
「全艦、それからラーズグリーズ隊、聞こえるか?今、我らに味方する心が現れた。勇気ある彼らと共に勝利を勝ち取るぞ!全艦、突撃開始!!オープンファイア!!」
ケストレルの艦外マイク、そして無線に流れ始めたメロディーに俺は驚いた。「Journey Home」。掠れた音ながらも、聞きなれた穏やかなメロディーが流れ出す。そのメロディとはおよそ似合わない炎と轟音が海域を包み込んでいく。アンダーセン艦長の命令と共に、ケストレル隊が一斉攻撃を始めた。先鋒を狙った集中攻撃。回避行動に入ることも出来ず慌てた駆逐艦が砲弾の直撃を食らって爆発を起こす。そこにスノー大尉の攻撃が炸裂し、駆逐艦の艦橋部がへし折れて海面へと没する。俺は回避行動を取り再び砲門を開いた駆逐艦に狙いを定めた。HUDに敵艦の姿を捉え、そして発射トリガーを引く。ASMが翼から放たれ、がら空きの敵艦の腹に突き刺さった。ミサイルの引き起こす爆発と艦の内側から吹き出す爆炎が混ざり合い、そして激しく空へと吹き上げた。轟音と共に艦体に亀裂が入り、その亀裂から炎が吹き上げる。
「駆逐艦チージに直撃弾!火災消火不能!!」
「乗組員は直ちに避難せよ!艦は保たないぞ!!急げ!!」
戦闘能力を完全に失った敵艦を通り過ぎ、俺は次の獲物に牙を立てた。ミサイルのロックには近すぎるか!!俺は機関砲に攻撃を切り替え、照準レティクルに敵艦の艦橋を捉えた。もちろん、この程度で沈められるとは思わないが、艦橋部のガラスならこの攻撃でも十分だ。機関砲弾が艦橋部を突き破り、破片を撒き散らす。乗組員たちの悲鳴が無線に混じる。俺の後ろでナガセがミサイルを放ち、艦体を撃ち貫く。串刺しにされた敵艦は炎をあげながら、艦首から水面下へと沈み始めた。逃げ出す乗組員たちの浮き輪やボートが周りを覆い尽くしていく。
「ケストレルに対艦ミサイル2発接近!!」
「右舷弾幕薄いぞ!!ファランクス撃ち方始め!!」
「こちら駆逐艦チゥーダ、ラーズグリーズ隊を援護する。対艦ミサイル発射!!」
紡錘陣を作ったケストレル隊がユーク艦隊へと肉薄していく。前方への集中砲火を徹底した攻撃は、抵抗する敵艦の装甲を突き破り、その艦体を砕き、海の藻屑へと変えていく。本気になれば決して容赦しないアンダーセン艦長の指揮に改めて感心させられる。整然と陣形を組んだケストレル隊は、敵の攻撃を回避しながら確実に敵艦体の陣形を崩していった。飛び交う砲火は海面上を火薬と硝煙の匂いで充満させ、流れ出したオイルや沈没した船の破片が海面を漂う。その中を、ぴくりとも動かない人間だった有機物の塊が波間に漂いながら流されていく。この戦争が始まった頃と同じ光景。あのとき、チョッパーと同じように俺は衝撃を受けた。だがもう俺は立ち止まることはしない。護衛艦が航行不能になったことで陣形の一角が崩れ、その先に航空母艦の姿が露になった。他の艦艇よりもはるかに大きく、そして機動性に劣る巨体が目の前に飛び込んでくる。
「ナガセ、前方の空母に攻撃をかける。あれを残しておいては、艦載機を打ち出されるだけだ。いくぞ!!」
「エッジ了解。ロックオン完了、フォックス2!!」
「こちらも捉えました!沈め!!」
左右から何本もの打ち込まれたASMに弾幕を張ろうとした空母だが、むしろ陣形を崩されたことで回避行動を取ることが出来ず、かろうじて撃ち落した一本以外が全て命中した。艦橋下に直撃を受けた艦体から炎が吹き出し、艦橋を焼いていく。
「総員退避!!弾薬庫に引火した!!」
「こちらエンジン室!畜生、ドアが開かない!!誰か何とかしてくれ!!」
炎と黒煙を上げながら、艦体が傾斜していく。乗組員たちが必死に艦から離れようと海面をもがく。
「ケストレルより作戦機へ、敵艦体の戦力は僅か!」
「艦長、当海域に友軍艦隊が接近している模様です。支援を要請しますか?」
「友軍?友軍とはオーシア艦隊のことかね?ふむ、あまり期待しない方が良さそうだが、とりあえず連絡してみてくれるか?」
オーシア艦隊も来てくれたか!これで勝利は確実なものになるはずだ。俺はそう思った。だが、聞こえてきた通信に俺の背筋は凍りついた。
「ケストレル隊はオーシアを裏切り、ユークトバニア元首を匿った。アンダーセン艦長は裏切り者だ。裏切り者には死を与える。全艦、砲門開け!!」
敵の敵は味方とばかり、ユーク艦隊の残存艦は息を吹き返した。連続して砲弾を撃ち、ミサイルを放って猛然と突っ込んできたのだ。
「栄光ある我が艦はただでは沈まん!空母ケストレルとアドミラル・アンダーセン、きさまたちを地獄の底まで道連れにしてくれるわ!!」
友軍艦への攻撃を命じた野太い声が響き渡る。ユーク艦隊の旗艦とも言うべきイージス巡洋艦がケストレルへと特攻を開始する。護衛艦の攻撃を受けながらも砲火を浴びせ返し、尚も突き進む。
「平和への芽を摘ませるわけにはいかない!あなたはもう沈みなさい!!」
ナガセが急降下して攻撃を浴びせる。イージス艦からSAMが撃ち出されるが、それを難なくかわしミサイルを放つ。対空ファランクスに直撃し、艦橋脇から黒煙が上がる。
「くそ、こいつら早すぎるぞ!攻撃が当たらない!!」
「かまうな!ケストレルは目前だ!!ケストレルに攻撃を集中させろ!!」
妄執というべきか。それとも狂気というべきか。艦体を炎に包まれながら、なおもイージス艦は進撃を止めない。もういい。海中へと没するのはおまえだ!!
「グリム、スノー大尉、敵艦の左舷を狙え!!」
イージス艦から浴びせられる対空砲火をかいくぐり、最後のASMを放つ。至近距離からの攻撃は外れることも無く、ミサイルはイージス艦の腹で炸裂した。引き裂かれ、炎をあげる艦腹に、さらに2本のミサイルが突き刺さった。轟音を上げ、左舷で大爆発が起こった。炎が艦全体を包み込み、黒煙が空へともうもうとあがっていく。浸水により直進出来なくなった艦体が、左方向へと曲がっていく。
「ククク……ユークトバニア海軍の誇りがこんなところで……」
通信が途切れるのと、再び爆発が起こるのは同時だった。艦中央からへし折れたイージス艦は、艦首を空へと突き上げ、そして一気に海中へと沈んでいった。これでユークトバニア艦隊は完全に沈黙した。だが、俺たちにはもう一方の敵が迫りつつあった。しかも、彼らは大統領のコントロール下にない、主戦派の尖兵なのだ。この機会にケストレルを闇に葬り、真実を知る者たちを海面に沈めるつもりということか!
「ケストレルコントロールより、各機。まだ多少時間はある。直ちに着艦し、再爆装のうえ出撃せよ。」
「ブレイズ了解!」
セレス海の艦隊戦は第二幕を迎える。
オーシア艦隊は接近し、威嚇で撃ち込まれる砲弾が、派手な水柱を挙げている。ケストレル隊は、ユーク艦隊の旗艦であったイージス艦カニエフの砲撃で損傷したフリゲートを除けばほぼ無傷。もちろんケストレルは健在だった。
「やれやれ、この短時間で2個艦隊と戦闘だなんて、戦術史でも見たことありませんよ」
「グリム、そいつは違うぞ。戦争後に作られる教科書に、この事実が載るのさ。俺たちの写真入りでな」
もちろん、俺たち4人も健在だ。再爆装した俺たちはケストレルを離れ、艦隊の先鋒としてオーシア艦隊に接近していた。
「敵戦闘機部隊接近!」
「ファランクス射撃用意!裏切り者たちに鉄槌を与えてやれ!」
巡洋艦からの対空砲火が浴びせられる。俺は機体を大きくロールさせて回避し、ファランクスの死角へと回りこんだ。機体を安定させ、機関砲弾をファランクスへと浴びせていく。攻撃で吹き飛ばされた破片が甲板と海面に四散し、小爆発を起こして対空砲台が沈黙する。上空で反転した俺は、その艦隊の後方、並んだミサイル垂直発射口目掛けミサイルを打ち込んだ。甲板を突き破った攻撃はその下にあるミサイルを巻き込み、そして炸裂する。
「駆逐艦タイアライト航行不能!」
「くそ、何だあの黒い奴らは。弾が当たらないぞ、一体どうなっているんだ!?
混乱するオーシア艦隊の上を俺たちは舞い、そして死神の鎌をふりかざした。俺たちの機体がASMを撃つ度に爆炎があがり、そして炎に包まれた艦艇が漂流を始める。そしてケストレル隊からも攻撃が始まり、再びセレス海は砲火で埋め尽くされていく。
「あの上を飛んでいる奴ら、まさかウォー・ドッグ……いや、ラーズグリーズの連中か?……くそっ、忌々しい連中だ。どこまでもオーシアの覇権の前に立ちふさがるのか!!」
「いい加減にしろ!お前たち、自分たちが操られているということが分からんのか、この馬鹿ものどもがっ!!」
スノー大尉が怒号をあげ、攻撃から逃れようとする航空母艦に狙いを定める。
「沈めはしない、だがこれで艦載機は撃ち出せまい!!」
スノー大尉の攻撃は艦首付近に集中して撃ち込まれる。空母の固い甲板は突き破れないが、カタパルトを破壊するには十分だった。発進を待っていた艦載機にも俺は機関砲を浴びせ、翼を、胴体をへし折る。これであの空母の戦闘力は奪ったも同然だ!
「ブレイズ、上空から敵戦闘機接近!」
レーダーには接近する敵戦闘機の機影。対艦装備の攻撃機か!
「ナガセ、スノー大尉、敵艦隊への攻撃を継続してくれ!グリム、そのまま直進して敵編隊の針路を妨害しろ!!」
俺は一気に上空へ上がり、そしてケストレル隊へ迫る敵戦闘機の後背に食らいついた。レーダーロックのレティクルがHUDを動き、そしてロックオンを告げる電子音が響き渡る。翼から離れたAAMは回避しようとした敵機の腹で炸裂し、機体を弾き飛ばす。上空から反転してきたグリムがそのまま降下し、逃げ惑う敵戦闘機のコクピットを叩き潰す。俺たちに撹乱され、数的には圧倒的優位なはずの敵部隊は攻撃ポイントを取ることも出来ず一機、また一機と撃ち落されていく。
「まさか、まさかこいつらラーズグリーズかっ!?」
「そんな馬鹿な。奴らは死んだんだ。もう死んでいるんだぞ!何で今ごろ現れる!!」
「撃ってくるな!こちらからも撃たなければならなくなるんだぞ!!」
「グリム!しっかりしなさい!私たちはこんなところで倒れるわけにはいかないの!」
「敵、オーシア艦隊の戦闘可能艦、あと2隻!!」
既に勝敗は決しつつあった。オーシア艦隊は巡洋艦2隻を残していずれも航行不能となり、海面は脱出した乗組員たちで混雑している。攻撃力を奪われた空母が救助活動に回り、甲板には濡れ鼠になった兵士たちが呆然と座っている。ケストレル隊は、ケストレルに撃ち込まれた対艦ミサイルの盾となり、ユーク艦隊から加わったグムラクが中破したが、幸い死者が出るには至らなかった。
「忌々しい……忌々しいラーズグリーズ。そしてケストレル!きさまたちさえいなければ、オーシアは全世界を手中に出来たのだ!きさまたちの罪は重いぞ!!」
「いい加減にしろ!この歌がおまえは聞こえないのか!!オーシアの市民も、そして多くの兵士たちもこんな馬鹿げた戦争は誰も望んでいない!!おまえはオーシアとユーク両国を貶めようとしている連中に操られているだけだ!そんな人間が、戯言を弄すな!!」
「ほざくな若造!!世界は強大な武力と絶対的な力を持つ国に治められてこそ平和になるのだ!」
「おまえのような奴がいるから、こんなくだらない戦いで多くの命が失われるんだ!!覚悟しろ!!」
あの石頭の提督がいるのは、あの巡洋艦の艦橋。これで終わりにする。
「ファランクス撃ち方始め!あの目障りな戦闘機を落とせ!何をしている!」
「駄目です!いくら撃っても当たらない。あいつらはこの世の存在じゃない!!」
急速に目の前に迫った艦橋目掛け、俺は残りのASMを放った。ミサイルから伸びる排気煙が、対空砲火の曳光弾の間をすり抜け、そして敵艦に吸い込まれていく。
「馬鹿な、そんな馬鹿な!一個艦隊が半個艦隊にも満たない雑軍に負けるというのか、この私が。認めん、こんな敗北、私は認めんぞぉぉっ!!」
着弾。艦橋部で炸裂したミサイルは、艦橋を引き裂き残骸へと変える。断末魔の絶叫が途絶え、黒煙をあげながら巡洋艦シバリーが漂い始める。
「こちら、オーシア艦隊巡洋艦エルドリッド。本艦隊は戦闘を停止し、降伏する。繰り返す、我々は降伏する。これ以上の戦闘は、司令官が死亡した今必要ない。我々だって、こんな戦いは御免なんだ!」
「こちら空母バーベット。上空の戦闘機、見事な攻撃に感謝する。おかげでケストレル以外では数少ない空母を生き延びさせることが出来た。これでもう、私たちも無用の戦いをしなくて済む」
残っていた艦艇はいずれも機関を停止させ、降伏を改めて告げた。2個艦隊との衝突。終わってみれば圧倒的な差で俺たちは勝利を得ていたのだった。もっとも、かつての味方を攻撃しなければならないという戦況に、俺の胃は限界まで痛めつけられたわけであるが。だが、この戦いでケストレルが生き残った意味は大きい。国を超え、人種を超えて共通の目的へと手を携えて進み始めた俺たち。
「無事に生き残った同志たち、おめでとう。私たちの旅の終わりは近い。両国の融和と平和のため、たゆまず戦い抜こう!!」
ケストレル隊の兵士たちの歓声がセレス海に響き渡る。俺たちの戦いの空が終わりを告げる日も、そう遠いことではないだろう。その時まで、俺たちは戦い続ける。そして、必ず帰還する。皆を守り、そしてバートレット隊長との約束を果たすために。その時まで、俺は倒れるわけにはいかないのだから。