ACES・後編
ハミルトンの悪意は、核兵器を最後の拠り所にしようとする主戦派たちを一つにしてしまった。新たな敵の砲火が、俺たちに浴びせられる。休む暇の無い激戦を俺たちは何とか凌ぎながら進む。ヘリボーン隊は降下に成功し、コントロール施設の制圧に成功していたが、肝心の航空機隊は次々と現れる敵機に阻まれ、突入タイミングを阻まれていた。火だるまになった敵機が執念で特攻してくるのをかわし、目の前に現れた敵戦闘機を木っ端微塵に撃ち砕きながら、俺は機会を待ち続けていた。再び「北」から機影。このうえ、まだ増援を送るというのか!
「ソーズマンより、ブレイズ、このままだとまずいぞ。突入前に弾が尽きちまう!」
「ああ、だがまた増援が来るぞ」
「まとめて面倒見るしかないな。くそっ、この上空だけで戦闘機の博覧会が開けるぞ!」
新手はついに山脈を越え、俺たちの正面に姿を現した。白く塗装されたカラーリングはまぎれもなくベルカ航空隊のものだ。4機のSu-37を先頭に、十数機の戦闘機が戦域に突入した。
「見たか、ラーズグリーズ!我らはこれほどの戦力をも動かせるのだ。貴様たちに勝ち目など無い、諦めろ!!」
ハミルトンの悪意に満ちた叫び。虫唾が走り、拳を叩きつけたい衝動に駆られる。
「……果たしてそうかな?ベルカの正義を騙り、ベルカの人々を再び悲劇に巻き込もうとするおまえたちに、全てのベルカが与するとでも思ったか!!」
突如Su-37は散開し、俺たちを包囲する敵戦闘機たちに襲い掛かった。いずれもエース級の腕前。突然の敵襲に慌てた敵が、次々と砲火を浴び落ちていく。
「こちら、ヴァィス・ブリッツ航空隊。私のコールサインはアクト01。ラーズグリーズ、ベルカにも平和と融和を願う人々がいるということを、私たちが証明しよう。再びベルカを悲惨な戦いの道へ駆り立てる者どもは、もはや同朋ではない。我らの唾棄すべき「汚点」だ!!」
アクト01機は同じカラーリングのSu-47に喰らいついた。必死の回避行動を嘲笑うように、上空で反転して後背を取った彼は、容赦なく敵のコクピットを撃ち貫いた。その後方をユーク軍機が2機追撃するが、その機動についていけず、むしろ後背をさらして別のヴァイス・ブリッツ隊機の餌食と化す。空からの攻撃が止んだ隙を突いて、陸上部隊が突撃を開始した。敵からの熾烈な砲撃で被弾しながらも戦車が突撃し、復讐の炎を叩きつける。集中攻撃を受けたベルカ軍の戦車が一台、また一台と破壊されていく。そしてついに、地上部隊はその喉笛を噛み砕いた。
「ラーズグリーズ。老人の冷や水で悪いがね、私も加勢させてもらうよ」
俺たちがサンド島から脱出したときに乗った、あのホークが単機で戦闘を開始した。性能では遥かに劣るであろう機体を見事に操りながら、逆に搭載した高機動AAMを撃ち敵を葬っていく。まるで、おやじさんのような見事な腕前。
「おい、ありゃ「閃光」じゃねぇのか!?」
「何だと?前の大戦でフッケパインに並ぶエースパイロットとして恐れられた、あの「閃光」か!!」
新手の敵の出現に混乱が生じたのはベルカ残党軍の方だった。予想もしない方向からの攻撃に、彼らの布陣はかき回されていく。コール音が鳴り、再びおやじさんとの回線が開いた。
「プレイズ、たった今少佐のディスクの解析が完全に終了した。時間が無いだろうから、データはそっちに転送する。「シャンツェ」はトンネルの中央部に位置し、しかも2つのコントロール設備を持っている。これを両方破壊するしかない。反復攻撃をしている時間は無いので、別働隊が反対側から侵入するので、連携して攻撃を成功させてくれ!」
おやじさんからのデータがモニターに映し出される。直径は数十メートルあろうかというトンネル。軍用列車の線路を何本も持ったトンネルの最深部に、俺たちが潰すべき目標がある。援軍を得た俺たちの戦力と、敵の戦力は互角!空のキャンバスは飛び交う戦闘機たちに切り裂かれ飽和している。破壊され、炎をあげて戦闘機が墜落するとき、地上が毒々しい色で照らし出される。突如、空が光り、そして大地で弾けた。轟音と衝撃が大気を揺さぶる。この攻撃は……SOLGか!
「こちら第112中隊!くそったれ、増援のルートを今の攻撃で絶たれた。長くは持たねぇ、ヘリボーンはどうだ!?」
「こっちはコントロールの確保に成功!いつでもいいぞ!!」
俺たちは敵の包囲網を突破し、一度工場群の南へと終結した。被弾している機もあるが、依然全機健在。そして、仲間たちは俺たちを中央にして編隊を組んだ。一方、ハミルトンたちもトンネル上空で集結する。増援を絶たれた地上部隊のためにも、そろそろ決着をつけるべき時だった。
「オーカ・ニェーバより、歌声に集いし諸君。もう我々の目的はわかっているよな?我々の希望であるラーズグリーズ隊を守り抜き、突入を成功させよう。ユークトバニアも、オーシアも、ベルカもない。全機、奮闘せよ!!」
「グライフ1、了解!!」
「レイ01了解した。まだ弾はたっぷり残っている。早く身軽になりたいもんだね」
「アクト01、了解。ブレイズたちの突入を支援し、必ず守り抜く!」
仲間たちが突撃を開始した。正面から突入してくる敵戦闘機に容赦なく機関砲を、ミサイルを叩きつけていく。グライフ1たちは包囲を突破し、トンネル前でなおも抵抗を続ける対空砲台を叩き潰した。だが、その後背に張り付いたSu-47の機関砲が胴体に命中する。薄煙を引きながら、低空で急旋回した彼を、レイ01がサポートに回る。レイ01の撃ち出したロケット弾は、Su-47の機体をいとも容易く撃ち砕いた。
「支援に感謝する!」
「何の、お互い様だ。次のが来るぞ!!」
仲間たちの奮闘で、俺たちの血路がついに開かれようとしていた。
「やらせるか!核を手にして、オーシアの覇権を実現する。ラーズグリーズよ、死ね!!」
オーシアの戦闘機部隊が、上空から急降下する。くそ、上を取られたか!!被弾を覚悟した俺だったが、弾丸はついに俺たちに届かなかった。2機の白い戦闘機が、俺たちを庇っていた。
「ブレイズ、聞こえるか、こちらアクト01。道を誤った同朋たちの目を覚ましてやってくれ!!」
被弾したパイロットたちのベイルアウトを確認し、アクト01は急上昇した。そしてオーシア軍機の後背に付く。
「前の戦争で平和の大切さを学べなかった者よ、今ここで滅べ!!」
「何だ、こいつらは何なんだ!ラーズグリーズの悪魔は4機だけじゃなかったのか!?」
AAMの直撃を受けたオーシア軍機が炎に包まれながら高度を下げていく。
「キャノピーが飛ばない!ラーズグリーズ、俺たちが悪かった。助けてくれ!助けてくれれば何でもする!」
「……自分の尻の軽さを呪うんだな。ウチの隊長は、そこまで優しくは無い」
ソーズマンの返答に悲鳴が応え、そして断末魔に変わった。地面に叩きつけられた機体はバウンドし、そして爆発した。
「ラーズグリーズ、こちらヘリボーン、ウルフ3。トンネルの扉を開けるぞ!後は任せた!!」
「オーカ・ニェーバより、ラーズグリーズ。門は開かれたぞ。準備はいいか!?」
俺は一度自分の周りを見回した。グリム、スノー大尉、そしてナガセの機体が俺の後に続いている。共に苦しい戦いを生き抜いてきた最高の僚機たちだ。そして、今では正直者しか姿を見ることが出来ない、もう一人がいる。恐れることは何も無い。俺たちが出来る限りのことを後は果たすだけだった。
「ああ、皆の支援に感謝する。帰ったら、みんなで祝杯をあげよう。ラーズグリーズ隊突入!!」
俺たちが飛び込んだトンネルは、巨大なものであった。地面には軍用列車用の線路が延々と続き、トンネルの行き先は全く見えない。通路を閉鎖していたシャッターがゆっくりと開いていくその隙間を俺たちは潜り抜け、最深部を目指す。だが、いくら広いとはいえ戦闘機が自由に動けるスペースは全く無い。迫り来る天井と壁と床が、俺たちの神経を加速度的にすり減らしていく。
「くそ、何て狭さだ。隊長についていくしか、僕には方法がありません!」
「引き返すことは出来ない。攻撃のチャンスは1回だけ!」
「おい、俺たちに付いて来るやつがいるぞ」
レーダーには、後方から俺たちに接近してくる機影が映し出されている。最後尾のグリムが振り返った。
「ちっくしょう、ハミルトンだ。奴なら出来る!」
「奴にかまうな!このまま引きずっていくぞ!!」
俺たちは上下にうねったトンネルの中を駆ける。スピードという点では、ハミルトンが有利だ。奴は、俺たちの後背を眺めながら、スピードをコントロールし、操縦桿を操作すれば良いのだから。
「しかし隊長、こんなトンネルに突入してくるなんて、そんな無茶な別働隊が務まるパイロットがいるのか、オーシアに?」
「いるわ、「あの人」なら、こんなこと造作もない!」
ナガセの声に応えるように、無線のコールが鳴った。
「ブービー聞こえるか?こちらキング・オブ・ハートだ!今こっちも突入した。さあ、片を付けようぜ!」
そう、あの人――バートレット大尉なら!隊長は北ベルカから侵入した。ということは、まさか彼は俺たちを待って、敵の本拠たる北ベルカの地で戦い続けてくれていたのか?
「バートレット!貴様……生きていたのか!?」
「その声はハミルトンか?随分雰囲気が変わったな。相変わらず生真面目そうで何よりだ。ついでに、随分と人間が歪んだみたいじゃないか、坊や」
「黙れ!地獄へ落ちろ、ブレイズ。貴様たちの行く先は勝利などではない!!」
機関砲が後方から放たれる。俺たちはトンネルの壁ギリギリで回避しながら、しかし速度を落とさない。落としたところで、ハミルトンの餌食になるだけなのだから。FALKENの機体をロールさせて機関砲をかわし、なおも俺は加速する。目の前の天井と壁が、ものすごい勢いで通り過ぎていく。エンジン音が木霊し、轟音を上げる。
「目標まで後4マイル!」
レーダー上に「シャンツェ」の光点が出現する。俺はレーザーの安全装置を外した。ジェネレーターが再び作動し、エネルギーが充填されていく。
「ラーズグリーズ、聞こえるか!この世界は、平和、融和、などというものでは救うことが出来ないのだ。人間は常に何かに怯える。そう、恐怖をコントロールすることが、この世界を平和にする鍵なのだよ。我々はベルカの核の恐怖を以って、この世界を正しい道へと導くのだ。邪魔立てするな、この痴れ者どもめが!!」
それは怨念、妄執、憎悪、悪意、そして破滅の具現化したような声だった。地の底から湧いてくるような、おぞましい、鳥肌の立つような低い声。
「ハミルトン、お前はクソ真面目にお勉強をし過ぎたんだよ。核の恐怖で平和をもたらすだと?寝言は夢の中だけでいいな、このクソ野郎!!最後に一つだけ教えておいてやる。核の恐怖はなぁ、味方なんかじゃねぇんだよ!お前の失敗は、敵と味方の判断ができないと言うことだぜ。要するに、人間として最低限の価値観すら持ち合わせちゃいない、クズ野郎だってことさ、この大馬鹿野郎!!」
「黙れ、黙れ黙れ黙れぇっ!!」
絶叫しながらハミルトンは機関砲を撃ちまくる。ろくに狙いを定めていないそれは、俺たちに全く当たらない。そして、俺たちは、前方に「シャンツェ」を捉えた。照準レティクルに獲物を収める。これで、この戦争は終わる!俺は、操縦桿のトリガーを引いた。赤い光の柱が突き刺さった。壁を突き抜け、内部に達したエネルギーはやがて紅蓮の炎と化し、炸裂した。大爆発がコントロール施設を吹き飛ばし、壁を吹き飛ばしてトンネルを鳴動させた。
「ブレイズより、歌に集った英雄たち!今、敵コントロール施設は沈黙した!!」
トンネルが鳴動を続けている。どうやら俺たちの攻撃はコントロール施設を破壊しただけでなく、何か別物まで一緒に吹き飛ばしてしまったらしい。天井や壁がきしむ音を上げ、トンネル全体が揺れ動いているような感じであった。
「こちらキング。ブービー、こっちも破壊に成功した。もうすぐ、おまえさんたちとランデブーだ」
「え?ちょっと待ってくださいよ、ランデブーってことは真正面からってことですか!?」
「当たり前だろうが、グリム。それにそいつはこっちの台詞だぞ。よりにもよって4機一緒に突入しやがって!」
ミサイルアラートが鳴り響き、俺は機体のバランスをなんとか保ちながら機体を左下に滑らせた。スレスレのところを通り過ぎたAAMが直進し、壁に炸裂する。細かい破片を弾き飛ばし、俺たちはなおもトンネルを進んでいく。
「ブレイズ!貴様はここで私と共に死ぬのだ!地獄の底まで道連れになぁっ!!」
もはや悪鬼と言っていい、狂気の叫びが木霊する。
「ブービー!いいか、1、2の3で右端へ飛べ!よし、いくぞ……1……2の……3だ!!イーヤッホッー!!」
俺たちの正面に点が出現するや否や、それは高速で俺たちとすれ違った。いつもの聞きなれた絶叫を残しながら。
「ぬぐぁぁっ!!」
ハミルトンの悲鳴が聞こえ、俺たちのレーダーから奴の光点が遠ざかる。
「俺からの心のこもったプレゼントだよ、ハミルトン。じゃあな、もう二度と顔を合わせることもないだろうよ」
俺たちはその隙にさらに加速した。コントロール施設の向こう側では何かが起こっているらしく、壁がミシミシと歪み破片を撒き散らしていく。そして、恐れていたことが始まった。トンネルの途中にいくつも設けられたシャッターが閉まり始めたのだ!
「シャッターが閉まる!!」
「加速しろ!あれにふさがれたら逃げようがない!!」
俺たちは閉まりゆくシャッターとトンネルの隙間を抜け、まだ見えない出口を目指して加速する。と、後方で轟音が響き渡った。ちらりと一瞬振り返った先から、トンネルを埋め尽くさんばかりに爆炎が俺たちに迫ってきた。どうやら俺たちは、コントロール施設自体を完全に破壊してしまったらしい。
「フハハハハ、ラーズグリーズ、これでおまえたちも終わりだ!恨みの炎に焼かれのたうちまわるがいいっ!!」
「クソ、何かの映画じゃあるまいし、洒落にならないよ、これ!!」
「隊長!正面から敵機急速接近、かわして!!」
ナガセの警告に身体が反応し、操縦桿を心持ち右へ動かした。その刹那、正面から突っ込んできたSu-47が轟音と共に通り抜ける。間一髪!だが、俺たちの後ろをまだ追い続けていたハミルトンにとっては、間一髪にはなり得なかった。双方の絶叫が響き渡った。目の前から接近する炎を見てしまったSu-47のパイロットはコントロールを誤り、壁に激突してしまった。へし折れた主翼はそのままの勢いで前方に吹き飛び、そしてハミルトン機を刺し貫いた。コクピットを削ぎ落とすように抉り取り、真っ赤に染まった翼は、そのまま背後から追いついた爆炎に飲み込まれ、消し炭と化した。
「出口が見えた!」
「行けぇぇぇぇぇっ!!」
俺はスロットルをMAXに叩き込んだ。身体はシートに叩きつけられ、弾き飛ばされるようにFALKENが加速していく。薄暗い、でもその先に見える白い雪の大地が、急速に俺たちの視界に広がった。
「オーカ・ニェーバより、歌声に集いしものたちへ。今、ラーズグリーズの4機とキング・オブ・ハートの脱出を確認した。連中は無事だ!!」
パイロットたちの歓声があがる。既にベルカ残党軍、オーシア軍、そしてユーク軍部隊は壊滅的な状態に追い込まれ、反対にハーリング大統領たちの呼びかけに応えた者たちが、つい先ほどまでベルカの怨念に満ち満ちていた地を埋め尽くそうとしている。残存部隊はついに白旗をあげ、投降を始めていた。完膚なきまでに破壊され尽くした工場地帯は黒煙を吹き上げ、その機能を完全に失っている。北ベルカと南ベルカを結んでいたトンネルは紅蓮の炎と崩れ落ちた大量の土砂により埋め尽くされ、再びベルカの残党たちは自らの祖国を北の谷へと閉じ込めてしまったのだった。
そして、2010年は最後の1日を迎える。