Final Take Off


首都オーレッドから、様々なチャンネルを通じて戦争終結とユークトバニア本土からの即時撤退命令が届けられている。参謀本部、陸軍司令部、全ての本部が判で押したように同じメッセージを伝えている。通信兵たちがその報告を受けるたびに、ユークトバニア本土侵攻軍総司令、ハウエル将軍の顔色は悪くなっていった。彼の副官殿はその報告を伝えるたびに、彼の怒号を以ってその忠勤を報われていた。
「何度言えば分かる!その終戦宣言はプロパガンダだ!!我々オーシア軍は、ユークトバニア本土を攻略するその日まで決して撤退しないのだ!!何をしている、そのやかましい通信回線を全て閉じろ!部隊に突撃命令を出せ!ユークの連中が銃を引いたときこそ我々の好機ではないか!!」
彼は、自分がもはや自分の副官たちにさえ見捨てられていることに気が付かなかった。副官が彼の部屋から去り、入れ替わりにフル武装の兵士たちが入ってきても、今尚幻影を見続けていた。兵士たちの先頭には、老齢の士官が立っていた。
「もう、お止めなさい、ハウエル司令官。いや、元司令官とお呼びするべきですかな?ハーリング大統領の終戦宣言が聞こえなかったわけではないでしょう?」
「貴様……私は今でも司令官である!佐官ごときが私に意見するか!!」
老士官はハウエルの悪意に満ちた口撃をさらりとかわし、そして哄笑した。彼の部下たちもそれに合わせて笑い声をあげる。
「何だ、何がおかしい!!さては貴様たちもオーシアの勝利に水を差す裏切り者か!!」
「裏切り者?それはあなたではないのですかね。よりにもよって大統領を拉致監禁し、自分たちの征服衝動を大統領の決定と偽り、そして数多の命を散らせた。無謀な作戦のおかげで、私たちがどれだけ苦労したことか。サンド島の4機が私たちの行き先を照らしてくれなければ、さらに多くの兵士たちが命を失ったことでしょう。そして、あなたは常に安全な場所から、高見の見物。軍の私物化、正式な決定を経ていない軍事作戦と侵略行為の実行、ハウエル将軍、あなたを前線指揮官権限に基づき、国家叛逆罪容疑で逮捕させてもらいます」
ハウエルの顔は青白く暗転していた。こめかみが震え、下を向いた目は落ち着き無く動き回っている。老士官の部下たちが彼を取り囲み、両脇を抱えて引きずり出すと、彼は悲鳴をあげ懇願した。
「私は、私は操られていたんだ!アップルルース副大統領たちの軍事政権に!私は軍人として忠実に命令を守り続けていただけだ!離せ!離せぇぇぇっ!!」
「その弁明は軍事法廷で行うんですな。連れて行け。弁明と買収工作に応じる必要はないからな。マウスピースでもかませて座席に縛り付けておけ」
「了解であります、隊長殿!!」
兵士たちは絶叫を続けるハウエルの手に手錠をかけ、そのまま引きずり出していった。叫び声が徐々に小さくなっていく。その声が聞こえなくなってから、老士官はため息をついた。
「隊長、お見事でした」
「ふふ、司令官を拘束、などという痛快なことが出来るとは思わなかったよ。まぁ、老い先短いこの身だ。責任を問われたら、大人しくこの首を差し出すよ」
「それは困ります。隊長殿には、さらに引退を先延ばしにして頂かないと、我々前線の兵士が困りますからな」
老士官は口元に笑みを浮かべ、そして司令官室の窓から夜の空を見上げた。その視線が、空の一点を見つめて動かなくなる。その先には、空を切り裂くように落ちていく火の玉があった。
「あれは一体!あの方向……相当遠くなので分かりませんが、首都オーレッドの方では!?」
「戦争は終わったが、どうやらもう一幕ありそうだね。」
老士官たちは無言でその火の玉を見続けている。

南ベルカでの戦闘は完全に終結した。更なる敵の増援に備えていた俺たちだったが、付近の敵勢力が壊滅したことを確認し、ある者は燃料がないので制圧されたグランダー・インダストリーの滑走路に下り、ある者は自分たちの基地へと帰還していった。俺たちも南ベルカを離れ、大統領が差し向けてくれた空中給油機から燃料補給を受け、首都オーレッドへの針路を取っていた。既に深夜の空には星が瞬き、つい先ほどまで戦いが行われていた空を闇が覆っていた。
「とうとう、終わったのね……」
「ああ、ここから先は大統領やニカノール首相の腕の見せ所になると思う。もう軍事力でどうこう、という状況ではないんじゃないかな」
「これで、ようやく休暇が取れますね……って、僕ら死んだことになっているじゃないですか!?こういう場合、どうなるんですか?」
「グリム、決まっているだろ、毎日が日曜日になるんだよ。もう、戦いは終わったんだからな」
眼下には、オーシアの街の明りが流れていく。この明りの中で、家族を、恋人を、子供を待ちわびていた人たちのもとに、もうすぐ待ち人が帰ってくる。だが、戻らない者も少なくない。戦争の傷跡は、嫌でも人々の中に刻まれていくのだ。
コクピットの照明が少し明度を増したような気がして、俺は何気なく上空を見上げた。そしてその視線が目に映ったものから離せなくなった。
「た、隊長、あれは一体!?」
巨大な火の玉が、空を引き裂き始めていた。赤い炎の塊が、尾を引いてはるか高空を流れていく。無線のコール音が鳴り響いたので、俺は回線を開いた。
「こちらオーカ・ニェーバ、緊急事態だ。疲れているところを済まないが、これから指定するポイントに着陸せよ、と大統領たちから連絡があった。今データを送る」
「オーカ・ニェーバ、あれは一体何なんだ!」
「それがどうやらSOLGらしいんだ。コントロール施設を破壊されて、軌道を保てなくなったのかもしれない。とにかく、指定ポイントに急行してくれ。」
SOLGが!?そして俺は頭をガツンと殴られたような気分になった。そう、SOLGはまだV2を腹に抱えたままだった。SOLGの墜落だけでも大都市を完全に消滅させることは可能だろうが、そこに核兵器の炸裂が加わったら……冗談を抜きにして、大陸の広範囲の街は消滅し、何千万人という人々の命が奪われる。指定されたポイントは、オーレッドの湾岸部の一エリア。しかし、そんなところに滑走路があったろうか?だが考えている時間はなかった。俺たちは指定ポイント目指し、全速力で闇に覆われた空を駆けていった。

俺たちが着陸したのは、軍用の飛行場でもなければ、民間空港でもなかった。大統領が指定したポイント。そこは、オーレッド湾岸高速の上だった。高速道路の走行は完全に閉鎖され、数キロに渡る直線区間が閉鎖されている。街中やビルの間を抜ける片道4車線の高速道路。なるほど、俺たちの使う戦闘機が下りるには充分な空間があるだけでなく、防音壁は俺たちの姿を隠すには良いバリケードになっていた。
数時間ぶりに戦闘機から下りた俺たちは、整備兵たちの用意してくれた暖かいスープをすすっている。マグカップに粉末のポタージュをお湯で溶いた簡単なものだったが、数時間ぶりのエネルギー摂取で身体が温まっていく。グリムは道に腰を下ろし、スノー大尉は外壁にもたれかかりながら、無言でポタージュをゆっくりと飲んでいた。大統領たちは俺たちのために、燃料だけでなく兵装の補充までここに用意してくれていたのだ。
「ブレイズ君?聞こえるかね。私だ、ハーリングだ」
「大統領!最高の演説、ありがとうございました。私たちにとって、最高の援護射撃でした」
「それは良かった。しかし、私は君たちにもう一度お願いをしなければならないよ。君たちとバートレット大尉が破壊してくれた「シャンツェ」だが、彼らは施設が破壊された場合、その時点で最も近い方の国の首都にSOLGを落とすよう、プログラムしていたらしい。まさに執念だね、こいつは。そして、SOLGは今、ここオーレッドを目指している」
自分たちが失敗した後のことまで済ませておくとは。そう言われてみれば、アークバードの連中もそうだった。核を抱いたまま、オーシアへの特攻を彼らは試みたのだから。
「ブレイズ、この戦争を終わらせるため、最後の出撃命令を出す。本日、12月31日0530時を以ってラーズグリーズ隊は出撃、SOLGを破壊せよ。SOLGに関するデータなどは、後程アンドロメダからオーカ・ニェーバを経由して君たちに送る」
「しかし大統領、我々の装備でSOLG自体を完全に破壊させるのは難しいのでは?」
「そのとおりだ。だが、あの巨体をパージしてしまえば、一つ一つの大きさは大したものではなくなる。もちろん、オーレッドはその破片の落下により少なからず被害を受けることになるが、それでもまだましだ。街は作り直すことが出来るんだからね。だが、何しろ夜中だからね。避難命令を出したと入ってもまだまだかなりの市民がオーレッドに残ってしまっている。近郊の基地や様々な施設をフル活用して、可能な限り私は彼らを守ろうと思うが、時間が足りない。君たちには無茶を承知でお願いしたい。――SOLGを止めてくれ。そして、私はここブライト・ヒルで君たちの朗報を待つことにするよ。SOLGが攻撃可能高度に下りてくるまで、まだ少し時間的余裕がある。それまで、身体を休めておいてくれ。作戦開始時間にまた連絡する」
大統領からの通信が途絶え、俺は無線機のヘッドセットを頭から外した。少し冷めてしまったポタージュを飲み干し、もう一杯を作ろうとすると、ナガセが作りたてのポタージュを俺に手渡してくれた。
「ありがとう」
「どういたしまして。大統領は何と?」
「ああ、皆にも伝えなければならないけど、0530時、作戦開始だ。俺たちは、あのSOLGを叩く。詳しいデータは後でおやじさんたちが送ってくれるそうだから、とりあえずそれまで、身体を休めておこう。済まないが、30分経ったら起こしてもらえるか?」
「そんなことでよければいくらでも。任されました!」
俺は毛布を身体にかけ、そして高速道路の路肩に腰を下ろした。熱いポタージュを飲み干すと、身体が温まって眠気が迫ってくる。いずれにしても、出発の時間までまだ充分時間がある。少しくらい寝てもバチは当たらないだろうし、いざとなればナガセが起こしてくれるだろうし……。俺は座り込んだままいつしか眠りに落ちていった。俺は気が付かなかったが、ナガセは俺の毛布をかけ直してくれた。そして側の壁にもたれかかって星空を見上げる。
「スノー大尉、やっぱりあの二人、絵になりますよねぇ」
「全くだ。二人とも、早く素直になればいいんだけどな。おまえさんじゃ、あと10年くらいは役立たずだな、グリムよ」
30分のはずの眠りは1時間近くになり、笑いながら整備の連中が渡してくれた冷たいタオルで顔を拭い、俺はFALKENのコクピットに乗り込んだ。もうすぐ0530時を迎えるが、冬の夜空は相変わらず暗く、太陽が昇る気配は感じられない。冷たい空気がコクピットに流れ込んでくる。パイロットスーツを着込んだ身体はその寒さを感じないが、顔は冷気にさらされ、頬が冷たくなっていく。沈黙していた無線から、再びハーリング大統領の声が聞こえてきた。
「そろそろ、出発の時間のようだね。ブレイズ君、もう一つ伝えることを忘れていたよ。作戦遂行にとても大事なことだ」
「0530時より、作戦を開始します。現在、各機ともランウェイに待機中です」
「分かった。ブレイズ君、それにラーズグリーズの諸君、必ず生還せよ。それ以外は認めない。私の伝えたいことは以上だ。……頼んだよ、ラーズグリーズの英雄たち!!」
大統領の言葉からは、彼の思いが伝わってくるようだった。むろん、俺たちとて死ぬ気などさらさらない。最後の最後まで、諦めるわけにはいかないのだ。俺たちが守りたい人々がいる。俺たちと共に戦う決意をした仲間たちの勇気を、ここで捨てるなど出来るはずも無い。俺は整備兵たちに合図をして、FALKENのキャノピーを閉じた。モニターが作動し、俺の周囲に夜明け間近の世界が広がる。既に何度もやっていたが、俺は最終チェックをしていった。機能的にまとめられたコンソールを確認。高度計・燃料計・レーダーをチェック。兵装の搭載数と安全装置を確認。いずれも問題なし。そして、時計の針は、12月31日0530時を告げた。
「ラーズグリーズ、作戦開始だ。離陸を許可する。」
臨時に設置された指揮所からのゴーサイン。俺は機体を高速道路の中心に移動させた。この先、3キロ先で大きく曲がったジャンクション入り口までが俺たちの飛び立つ滑走路だった。俺は操縦桿から手を放し、目を閉じた。ランダース岬沖での空戦から始まり、俺たちはようやくここまで辿り着いた。これが、俺たちの最後の戦いになるだろう。大切な仲間を失いもしたが、新しい仲間たちを得た。国も民族も超えて、平和を求める同志たちを。もう、迷いは無い。
「出撃を前に精神統一かい?ラーズグリーズ」
コントロールからの呼びかけ。俺は目を開いた。操縦桿を握り、そしてスロットルに手を乗せる。
「ラーズグリーズ、ブレイズ、オールグリーン。離陸するぞ!」
俺はゆっくりとスロットルをあげていく。機体が加速を開始し、そしてスロットルをMAXに叩き込みさらに加速を重ねる。操縦桿を軽く引いて機首を10°ほど上げて、俺は大空へと舞い上がった。続いて、ナガセが、スノー大尉が、グリムが大空へと舞い上がる。4機の戦闘機は上空でランデブーし、そして編隊を組んだ。高速上空を一度フライパスし、SOLGの方向――包囲310方向に針路を取る。
「ここから幸運を祈っているよ、ラーズグリーズ!!」
4機の戦闘機は、まだ闇に包まれた大空に吸い込まれるように消えていった。ベルカの最後の怨念を振り払うために。

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