高みはまだ遠く
OBCニュースのタイトルロゴがモニター上に翻り、ロングスパンからズームアップされる自分の姿を確認しながら、彼女は居住まいを正した。

「今晩は、OBCナイト・ニュース。本日のトップは、長い内戦からようやく復興への道を歩み始めたエストバキアの話題です」

デスクの前には、「レベッカ・エルフィンストーン」と記されたプレートが置かれている。同じ文字が、テレビ画面にはテロップとして映し出されているに違いない。1カメのレンズに視線を固定しながら、何気なくニュース内容が書かれているレポートを手繰り寄せる。

「さて、「将軍たち」と呼称される旧エストバキア軍の上級将校たちを中心とした軍事政権は、小惑星ユリシーズによる大惨事からの復興のため、エメリアを中心とする大規模な人道的支援の実施についてこれを歓迎すると、公式に表明しました。報道陣に対して行われたドブロニク上級大将の会見を、まずはご覧下さい」

モニターには、軍服姿の壮年の男の姿が映し出される。太い眉、鋭い眼光は、長く平和の恩恵を受けてきた国家の政治家たちには見られなくなったものであるかもしれない。長い内戦を生き延びて権力の頂点に立った、その経験と環境が、必然的に男の顔を厳しいものに変えたのかもしれない。

『我々エストバキア政府は、自らの同胞を傷つけてきた長い内戦の存在自体を、深く後悔するものであります。我々は、ユリシーズの墜落という国家の未曾有の危機に際して、取り得る最大限の対策を実施し、手を取り合って復興の道筋を立てるべきでありました。しかし、その後始まった一部勢力による人道支援の独占と軍事転用、それは結果として内戦を熾烈なものにしていきました。我々は、そのような過ちを糾すための戦いを強いられ、ようやく復興への入口に立ったのであります。

我が国の生活水準は、今や後進国と遜色の無い水準まで低下し、民需インフラの整備は最低レベルにあります。この分野に関しては、我が国のノウハウが失われて久しい分野でもあり、この度各国からこの領域に関して支援を頂けることに感謝するものであります。内戦時代、軍閥勢力の越境行為等で安全保障面における問題を今日まで国際問題へと発展させず、エストバキアの再興に最大限の支援を約束してくれたエメリア政府には、最大限の感謝を送りたい。祖国復興の暁には、アネア大陸各国の悲願であるアネア共同体の実現に向けて、我が国は出来る限りの協力を行っていくことをここに表明致します。

そして同時に、アネア大陸の安定に向けて、エストバキアの同胞たちは最大限の努力と協力を惜しまないことを、ここに確約致します。』

OBC EVENING 会場が、報道陣たちの後方に座る軍人や市民たちの歓声によって埋め尽くされる。右腕を高く振り上げた上級大将の姿がフラッシュで何度も煌く。その姿と先の発言を今一度頭の中で反復しながら、レベッカは首を少しだけ捻った。軍人の発言だけに当然のことなのかもしれないが、何かが引っかかる。その理由を明らかにしたい衝動に駆られるが、ライブ中の今、それを実現する術は無い。カメラがスタジオに戻るぞ、というサインを確認して、隣に座る国際部のマクワイトにアイコンタクトを送る。向こうも無言で了解を返してくる。

「……さて、ドブロニク上級大将は以上のような声明を行ったわけですが、今回の複数国による支援の実施は、エストバキアの復興においてどのような意味を持つことになるのでしょうか?国際部のマクワイト記者に解説をしてもらいましょう」
「はい、ええとですね、もともとエストバキアに対する支援というのは今回が初めてというわけではなく、特に国境を接するエメリアについてはユリシーズの墜落直後から民間を含めた支援が行われてきた経緯があります。しかし、エメリアが軍閥の一つであったリエース派にのみ支援を実施したことにより、民間人の虐殺が発生したことから人道支援が中断し、それが更に復興の妨げになった――これは現在の政権を握る「東部軍閥」の首脳陣が度々公言してきた内容でもあります。今回の上級大将の声明は、その過去を乗り越えて、全面的に復興に乗り出そうというエストバキアの姿勢を、強調したかったものと想定されます」
「声明の中に、「アネア共同体」という言葉が出てきましたが、この辺りの解説もお願いできますか?」
「はい。アネア共同体は、もともとユリシーズ墜落以前から、ノルデンナヴィク・エメリア・エストバキア各国の間で議論が為されてきた連邦構想なんですが、エストバキアが内戦状態に入ったことから宙に浮いてしまった構想です。この構想についてエストバキアが見解を公式に発表するのは、極めて異例のことと言っても良いかもしれません」
「ではこの支援決定を契機として、軍事政権が新たな国際的な枠組みについて隣国とも協調しながら地域安定を図っていく……そのような解釈が成り立つということなんですね。オーシア政府はどのような見解を持っているのでしょうか?」
「今回の支援網の中には、オーシアだけでなくユークトバニア政府なども加わっております。かつて旧ベルカによって引き起こされた環太平洋事変の反省から、いわゆる「地域」の安定が国際的な安定をもたらすという考えの下、エストバキアの「支援を歓迎する」姿勢についてはオーシア政府内でも一程度の評価が為されているようです。しかし野党議員の中には、内戦期の各勢力の保有していた軍事勢力を維持していることに対して疑問も呈されていることから、改めて支援の受領体制などについて議論を深めていくものと思われます」
「なるほど、ありがとうございました。マクワイト記者でした。それでは次のニュース、次の大統領選挙に向けて活動中であったアップルルース上院議員が収賄容疑で起訴された話題です……」
今日もいつもと変わらず空は蒼い。この空間にやって来ると、身体と魂が解放されたような気持ちになるのは今も昔も一緒だ。たとえ、それが自ら操縦桿を握ることがないとしても、だ。空軍の養育プログラムに基づいた今般のグレースメリア派遣では、実際に機上の人となっての実戦訓練が多いことが嬉しい。たとえ、この間のエンジェル隊と教導隊によるワンサイド・ゲームであったとしても、だ。実際に撃ち落されない限りは、何度でも新しい戦い方や機動を試すことが出来る。とはいえ、それぞれの任務もある状況下、いつでも俺たちの相手がいるというわけではない。そんなわけで、今日は別の訓練空域において、部隊内を2つに分けての模擬戦が行われる。審判役として、「ゴースト・アイ」というコールサインのAWACSが高空から俺たちの戦いに目を光らせている。

「ゴースト・アイよりプルトーン隊へ。そろそろ始めよう。先のブリーフィングの通り、Aチームはプルトーン1・3・5、Bチームはプルトーン2・4・6。手加減なんぞするなよ。それぞれのベストを尽くせ」
「プルトーン1、了解。ということだ、プルトーン2・4・6、覚悟しておけよ」

前席を預かるスパンクラー中尉にしては、珍しい軽口。Bチームになった同僚たちのぼやきがレシーバー越しに聞こえてくる。部隊内において、スパンクラー中尉の操縦技量は6機の中ではトップクラス。つまり、まともに戦ったら勝ち残るのはAチームというわけだ。もっとも、始めから諦めていたら訓練にもならないし、プルトーン2のサッチャリン中尉とコスナー少尉は良い意味で俺たちをライバル視している。先の模擬戦において、俺たち以上に落ち込んでいたのがプルトーン2の二人だ。今日は、一味違うかもしれない。IFFが切り替えられ、Bチームのアイコンが敵勢力を示すものに変換される。4時方向に旋回した3機が、こちらのトライアングルから離れていく。少し遅れて、こちらは左方向へと緩旋回。ちょうど同心円を描くように2部隊が旋回を始める。互いのポジションを探るような旋回体勢。

「いくぞ、マクフェイル少尉」
「了解です。ユー・ハブ・コントロール」

ぐい、と翼を立てて、愛機が急旋回。続けてスロットルONによる強烈なGが身体に圧し掛かる。Aチームの3機、トライアングルを組んだまま加速を開始。Bチーム、応じるようにヘッド・トゥ・ヘッドで突っ込んで来る。1回目は互いに手出しなし。目視で3つの点を確認したと思った次の瞬間には、それは轟音と衝撃を放つF-15Eの姿となって目前に迫る。高速で3機とすれ違い、戦闘開始。あっという間に後方に消えたBチームを目視で確認しつつ、レーダーに視線を転ずる。早速向こうは編隊を解き、3方向へとブレイク。スパンクラー中尉はループ上昇。高度を稼ぎつつ敵の上方を押さえるつもりのようだ。こらちも既に編隊を解き、プルトーン3・5は急旋回、反転。再びBチームと正面からやり合うつもりらしい。この間の訓練ではどうだったっけ?俺は教官部隊との模擬戦の光景を思い出してみる。最初のすれ違いは前回も同様だったが、彼らは何と反転することなくそのまま前進を続けていった。それまでのセオリーを崩された俺たちは、まずそこで作戦の修正を強いられた。そして、地形を利用した各個撃破にまんまとやられていった。少し残念だったのは、プルトーン3・5はその教訓をどうやら忘れてしまったらしい、という点だ。反転すると見せかけて、プルトーン4・6は左右へと大きく離れるポジション。インメルマル・ターンで反転したプルトーン2が3・5の前面に展開。180°ターン、パワーダイブ。視界から消え去った目標を追って、2機も降下開始。その光景を上空から眺めている俺とスパンクラー中尉は、ほとんど同時に舌打ちをした。模擬戦とはいえ、個人戦技を磨くことが目的ではない。冷静に見ていれば、プルトーン2の機動は罠の始まりであることくらい見抜けるはずだった。左右に分かれて距離を確保したプルトーン4・6が、緩やかに弧を描いてループ降下していく。丁度2機が合流する頃、プルトーン3・5は左右から挟撃される羽目になる。

「仕方ない。訓練の足らない仲間たちを助けに行くぞ。MAXパワー!」

ゴン、という衝撃が走り、愛機が加速を開始する。少々荒っぽく機体を捻ったスパンクラー中尉は、そのままパワーダイブを敢行。こちらから見て手前側のプルトーン6の後方に付く。そうそう簡単に仲間を喰わせるものかよ。操縦を前席に任せながら、レーダーに注視する。レーダーの確認を怠っているのか、問題ないと判断しているのか、プルトーン3・5は引き起こし始めたプルトーン2の追撃体勢を維持。何をやっているんだ。毒づきながら、Bチームのポジションを再確認。タイミングを図っているのか、速度を抑えながらの降下体勢にあるプルトーン6を見て、俺は独りため息をついた。あの教官たちの動きを見てしまった今、迫り来る危機を敏感に察知出来ない同僚たちの機動がいかに甘いものであるか、後席から見ていると良く分かる。部隊内の序列争いなど、本当はどうでもいい次元の話に過ぎないのだ。今の相手がもしあの教官だったら……既に回避機動、いや反撃のための機動に移行しているに違いない。後ろだけでなく、全身に目が付いていると言うべきか。実戦だったら、致命的な失敗。F-15Eの後姿が確実に近付いてくる。目標をプルトーン6に合わせる。レーダーロック開始。操縦桿を巧みに操りながら、狙いを定める。ようやく背後のこちらに気が付いたのか、プルトーン6、右方向にローリング。それよりも早く、心地よい電子音がコクピットに鳴り響く。

「何だって!?一体どこから?」
「ゴースト・アイよりプルトーン6、貴機は撃墜された。速やかに戦域を離脱しろ。……何をやっている」

戦闘は継続している。ようやく挟撃の危機に気が付いたプルトーン3・5の動きも遅い。ループ降下から襲い掛かったプルトーン4に、1機が食われる。勝負は振り出し、全くの五分。……いや、五分なんかではない。まんまと僚機を罠に嵌めたプルトーン2・4のレーダー上の光点が、こちらを向く。至近距離からはプルトーン2が、その後方、支援位置からプルトーン4が俺たちを喰らおうとしている。

「プルトーン1、マクフェイルよりプルトーン3、至急支援を乞う。プルトーン4の後方に回り込んでくれ!」
「ネガティブ、こっちは追われているんだぞ!?反転迎撃のため距離を確保する!」

追われているのはこっちだ、馬鹿野郎!レーダーを良く見やがれ!!思わずそう叫びそうになったのをぐっと堪え、唇を噛み締める。さすがに置かれた状況を察知したのか、スパンクラー中尉は回避機動に転じる。天地がひっくり返り、一緒に胃袋もひっくり返りそうになる。自分で操縦桿を握っているときはあまり感じたことは無かったが、急激な機動の場合はまだまだこの感覚に馴染めない。

「向こうのポジションはどうなっている、少尉!?」
「プルトーン2、こっちの後方、7時方向!」
「振り切ってやるさ!」

エンジンが甲高い咆哮をあげ、身体に圧し掛かるGがぐっと増す。こちらを追ってプルトーン2も加速。遠心力に振り回され続ける身体で画面を注視するのはかなりの重労働だが、それが俺の今の役目。ジジ……という耳障りな音は、後方からレーダー照射を受けている警告音。旋回、切り返し、旋回。鋭い機動を繰り返すが、サッチャリン中尉とて2番機の操縦桿を握る腕前の持ち主だ。そうそう簡単にこちらを逃してくれるはずも無かった。一方のプルトーン4は、こちらから一旦距離を確保しつつ、別方向から攻撃を仕掛けるつもりらしい。相手の上手い連携とは対照的に、頼りにならないのがこちらの僚機。先程のピンチが堪えたのか、必要以上の距離を確保して反撃体勢を取ろうとしている。あれでは逃げてしまったようなものだ。

「今日は動きがとろいな、スパンクラー。撃墜させてもらうぞ」

余裕綽々、といったサッチャリン少尉の台詞は、半分演技であるだろう。だがこういう時にかけられるプレッシャーとしては効果抜群だ。

「お前にやられるものか。見ていろ!!」

これは罠だ、折角追い付かれていないのだからこのままの機動を継続――そう言うよりも早く、強引な操縦による強烈なGが圧し掛かる。手足を動かすことに渾身の力を振り絞らねばならないような状態で、反転。スプリットS。息を付く間もなく、目前に目標が迫る。ガンレンジ。機体がまだ安定しない。それは恐らく向こうも同じ。互いにガンレティクルに目標を捕捉出来ないまま、至近距離ですれ違う。再反転して相手の後ろを取ろうと中尉は考えたのかもしれないが、強引な機動は速度低下を招く。急な引き起こしによってさらに速度を失った機体は、ほぼ垂直に立った状態で失速してしまった。背中から大地へと降下していく感触に背筋が凍り付く。

「テールスライドさせつつ、一旦離脱してください、中尉!!」
「大丈夫だ、速度を得たらプルトーン2を追う」
「プルトーン4もこっちを狙っています!まずは3と合流を!!」
「大丈夫だと言っているだろう、少尉!?機長判断だ、プルトーン2を追撃!!」

何てことだ。ぐっと言葉に詰まった俺は、スパンクラー中尉までが冷静さを失っていることに愕然とした。ストン、と空から大地へと向きを変えた機体が、自然落下で増速する。こちらが失速していた時間はそう長くはなかっただろうが、戦闘機が攻撃態勢を整えるには充分すぎる時間を与えてしまった。3時と9時、両方向からBチームが殺到しつつあったのである。残っている僚機はといえば、高度を上げてしまった分、支援可能距離から完全に外れてしまっていた。孤立無援、絶体絶命。速度を殺す愚を繰り返さず、一気に加速するべくパワーダイブ。だが降下ならBチームの2機も簡単に追い付いてくる。コマ飛ばしで減少していく高度計の数字。どこまで降りるつもりだろう?俺たちとBチームの光点がレーダー上ほとんど重なる。ジジジジジ、という耳障りなノイズがこちらの焦燥感を煽る。ただ降りているだけじゃ敵は振り切れない。

「チェックシックス!Bチーム、2機ともこちらの後方!!」
「まだ捉まってはいない!少尉、Gに備えろ。アレをやって見る」
「無茶です!!これだけの速度が付いていたら……」

こちらの返答を待つよりも早く、スパンクラー中尉が機首を引き起こした。パイロットのコントロールに忠実に愛機は反応しただけだったが、ひとつ間違えれば搭乗員を殺すことも出来る頑丈さを誇る機体に対し、中の人間はもっと繊細だった。急激な姿勢変更がもたらしたのは、暗転した視界。ブラックアウト。何も見えない。モニターの確認も出来ない。ただ、コクピット内の音と無線のノイズだけが聞こえてくる。次の瞬間、聞こえてきたのは怒号だったが。

「馬鹿野郎!!」
「味方に特攻するつもりか、スパンクラー!!」

ズガン、という激しい衝撃は、至近距離を後ろの2機が通り過ぎたことによるものだった。何とかうまくかわしてくれたことに感謝。視界はまだ戻らない。そうだ、機体の姿勢は!?降下状態から引き起こしたはずのF-15Eだったが、どの程度までピッチ角を得たのだろう。身体に伝わってくる感触は……重力に……引き付けられている?高度を確認する術はなかったが、もともと降下していたのだからそんなにあるはずはない。その状況を知らないわけでは無いだろうに、姿勢を立て直そうとする気配が感じられない。どうやらスパンクラー中尉までブラックアウトしてしまっているらしい。

「ゴースト・アイよりプルトーン1、何をやっている、引き起こすんだ。墜落したいのか!?」
「こちらプルトーン1、ブラックアウトだ。視界が戻らない」
「スパンクラー中尉!スロットルダウン、ピッチアップ!!今すぐ!!」

完敗 ブラックアウトしているのはこっちだって同じだ!前席へと伝えるには十二分なほどの叫び声を俺は出していた。信頼している前席ではあるが、誤った状況判断で道連れにされるとなれば話は別だ。コンピを組む以上は、言わなければならないことは言うべき。しっかりしろ、とは言葉には出せなかったが。だが、効果はあった。機首が持ち上がる感触が伝わり、機体が上昇に転じたことが分かった。視界が徐々に明るくなり、ようやくいつも通りに見えるようになる。モニターに目を走らせた俺は、思ったよりも相当に危険な状態にあったことに気が付いて、改めて背筋が寒くなった。

「ゴースト・アイより、プルトーン隊へ。模擬戦闘は中止。直ちにグレースメリア基地へ帰還せよ」
「プルトーン1より、ゴースト・アイ。既に視界は回復しています。訓練の再開を!」
「駄目だ。スパンクラー中尉、君は模擬戦闘の前に再学習すべきことが今日はあるはずだ。部隊長として、機長として、その役割を良く考えることだ」

一切の反論を許さない、厳しい指摘にスパンクラー中尉は黙り込む。だが、それは事実だった。冷静さを欠いた戦闘機乗りが辿る運命は悲惨なものだ。敵の攻撃を食らって爆散するか、大地に突っ込んで自爆するか――いずれにしてもろくな死に方ではない。だからこそ、緊急時であっても正確な判断を下すべく、俺たちは厳しい訓練に耐えてきているのだ。今日の中尉は、残念ながらその認識を欠いてしまっていた。そして、Bチームは逆に「チームとしての」戦い方を徹底していた。その差はあまりにも大きい。部隊内の模擬戦であるが故に、個人戦の認識のまま戦いに臨んだAチームは、既にその時点で敗北していたということだ。マスクの下でため息を吐き出した俺は、シートに背中を預けて目を閉じた。相手が上官であったとしても、もっと強く言わねばならないこともある。それを徹底できなかった自分の未熟さを、今日は思い知らされたようなものだった。

基地へ戻った俺たち――厳密にはスパンクラー中尉を待ち受けていたのは、同僚の硬い拳だった。滑走路の上に降りたつや否や、コクピットから飛び降りるようにして降機したサッチャリン中尉が彼を殴り飛ばしたのだった。吹っ飛ぶスパンクラー中尉。転がるヘルメット。ぎょっとした顔でこちらを見守る整備兵たち。憤怒の形相で相手に近付いたサッチャリン中尉は、スパンクラー中尉の胸元を力をこめて掴み、そして強引に引きずり起こした。

「……何をしやがる」
「いい加減にしろ、スパンクラー。今日のお前は、部隊長としての資格など無い。マクフェイルの指摘に耳を貸さず、コントロールも出来ない機動で味方を危機に晒し、さらには墜落しかける。ビビった訓練生でもあるまいし、何をやってるんだ、お前は!?」
「俺はまだやれた!あの管制官が戦闘中断を告げなければ、姿勢を戻して戦闘を続行出来たんだ!!実戦なら、そんな中断は有り得ない。そうしたら……!」
「やっぱり自分たちは戦死していましたよ、中尉」
「何!?」

気分としては、サッチャリン中尉に先を越されたようなものだった。全面的に信頼していたはずの前席なのに、今日は少し裏切られたような気分。

「ブラックアウトしてコントロールを失った機体など、格好の目標に過ぎません。サッチャリン中尉たちはこちらの危険な状態を察知したからこそ攻撃を停止してくれたんです。あれが実戦なら、この間のように今頃私たちはミンチになってましたよ。ゴースト・アイの訓練中止命令は当然のことです。……機長判断には従いますが、ならば部隊を危険に晒すような判断と発言をしないで頂きたい。冷静な対処を忘れた今日の自分たちは完敗です。また、次の機会に汚名返上すればいいじゃないですか」
「マクフェイル少尉……貴様……!」

ニヤリ、と笑ったサッチャリン中尉が、ぐいとスパンクラー中尉の身体を引き寄せる。年齢と経験年数自体は先任に当たる2番機機長の姿の方が、こういうときは貫禄がある。

「いい後席を持ったじゃないか、スパンクラー。良薬は口に苦しだ。本来のお前さんの実力なら、俺なんぞ相手にもならないはずだ。次のお前さんに期待しているよ」

どん、と軽く突き飛ばされたスパンクラー中尉が、数歩後ずさる。少し言い過ぎてしまっただろうか、と口ごもった俺の肩を、コスナー少尉が軽く叩いていった。気にするな、ということらしい。悄然として歩き始めた中尉の後姿を眺めながら、俺はまたため息を吐き出した。滑走路を挟んだ反対側の格納庫に、例の教導隊が使用しているF-15Cの姿が見える。この間の模擬戦は、俺たちの部隊に少なからぬ変化のきっかけを与えてくれたことは間違いない。だが、あの高みに至るには、俺たちの実力はまだまだ足りていない。でも、この最悪の結果となった模擬戦であっても、得たものはある。そう、次の機会で、今回の屈辱は晴らしてやればいいのだから。

でも、この時の俺は知らなかった。次の機会がある――それは同時に、生き残った者だけにしか機会は与えられない、という単純な事実の存在に。
「天使舞う空、駆け抜ける鉄騎」ノベルトップページへ戻る

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