首都上空防空戦
操縦桿を手繰り、機体をコントロールする役割は前席の仕事。それに対して後席の仕事は、いかなる状況にあっても適切な情報を前席に提供し、作戦遂行に当たって最適な環境を構築すること。それが実戦であろうと訓練であろうと、違いはそれほど無い。一つ間違えれば、空で本当に四散する、という点を除いて、だが。踏み込んだ先は、常にその危険と隣り合わせのバトル・フィールド。敵性勢力を示す赤い光点から放たれた小さな光点が、戦域に突入したエメリア軍部隊に襲い掛かる。先陣を切るように突入した俺たちとシャムロック機は格好の的と判断されたらしい。8本近くのミサイルが、俺たち目掛けて加速してくる。だが、降下しながら突入したこちらの方が想定交差点を早く通過出来ると判断したのだろう。タリズマンに針路変更の素振りは見えない。気を抜くと口から心臓が飛び出してきそうだったけれど、俺はレーダーを睨み付けて手頃な獲物の姿を捜し求める。ミサイルの向こう側、戦闘機隊の一群の先に、グレースメリアの街に無粋な爆弾を投げ付けるB-52の姿を捉える。目視でその位置を確認。エンジンが甲高い咆哮を挙げ、タリズマンがスロットルを押し込んだことを伝えてくれる。ガツン、という衝撃と共に加速する愛機。そのほぼ真横を、シャムロックのF-16Cが続く。

ガルーダの戦い 「タリズマン、二時方向、ボンバー。数は4。MAAM(中射程空対空ミサイル)、レディ」
「ラジャー、エッグヘッド。その後は小物を牽制するぞ。大物は他の連中に譲ってやれ」
「了解」

タリズマンの操縦と判断は、その見かけとは裏腹に滑らかでしかも素早い。こちらを捕捉しきれなかった敵のミサイルが頭上に白い排気煙を残して漂流を始める。その雲を隠れ蓑にするようにして、反撃の火蓋を切る。HUDに表示されたミサイルシーカーは、戦闘機に比べれば鈍重で動きのとろい爆撃機の姿をしっかりと捕捉。ロックオンを告げる電子音は心地良い調べだったが、同時にぞくりとした悪寒が心臓を鷲掴みにした。俺は、後席で手近の獲物を選んで「刈り取れ」と伝えるだけ。だが、前席がトリガーを引いた瞬間、空を疾走するミサイルは炸裂すると共に敵の命を奪い去る。何を今更迷っている?この手に握るのが操縦桿でなくて、良かったのかもしれない。そして、タリズマンには躊躇すら無かった。機体に軽い振動が伝わり、束縛を解かれたMAAMのエンジンに火が点る。母機を追い抜いて加速を始めたミサイルの群れは、程なく最大速度に達して目標に襲い掛かる。B-52の後尾からバルカン砲の火線が放たれるが、到底ミサイルを追い切れるはずも無い。その抵抗を嘲笑うように直進するミサイルは、設定された目標に到達して、炸裂した。まだ余剰の爆弾を抱えたままだった2機が、たちまち巨大な火の玉と化して爆散する。主翼をへし折られた1機は横に傾いたまま高度を下げていく。至近距離の爆発によって胴体中央部の外板をほとんど剥ぎ取られた最後の1機は、自重に耐えられなくなって、ついに真ん中から真っ二つにへし折れ、千切れとんだ。レーダー上から目標の光点がロスト。だが俺には、初の戦果を噛み締める時間も余裕も与えられない。両軍の戦闘機が入り乱れる混戦空域に突入したために、全神経をレーダーに向けるしかなかったからだ。この期に及んで、「俺は何したらいいですか?」なんて聞くほど、俺だってチキンじゃない。「小物を狙う」という機長の宣言に沿うべく、レーダーとデータリンク画面との間で忙しく視線を動かしながら、目標の動きを追う。
データリンクからの情報で改めて驚かされたのは、敵部隊が攻撃機だけでなく輸送機や攻撃ヘリ、さらには要所制圧のためのヘリボーン部隊まで繰り出していることだった。首都中心の議事堂や国家施設の集中点には、爆撃機ではなくヘリボーンや輸送機――投下される空挺戦車部隊が展開し、地上部隊との戦闘を開始している。そしてその周囲を、爆撃機と戦闘機のカーテンが覆い被さろうとしている――俺には、そんな様にグレースメリアの空が見えた。敵の数、陣容、そして何より奇襲された状況は決してこちらにとって好ましいものではない。でも、状況をひっくり返せない程のものでもない。このカーテンの一部を突き崩すことが出来れば、残るは先程の爆撃機のように脆い相手が残るのみ。さらにこちらにとってはありがたい事に、グレースメリアの港に停泊中だった第1艦隊の主力艦艇が王様橋周辺に展開している。その中にはイージス・システムを搭載した戦闘艦も多数含まれているため、敵軍は迂闊に近寄れないようだった。その状況を、俺は垂直に空を駆け上るコクピットの中でざっと把握し、頭の中に叩き込んだ。少し後ろを、シャムロックのF-16Cがしっかりと付いて来ている。周囲はまさに混戦状態。進撃するエメリア軍の足を止めるべく包囲網を形成しようとする敵部隊と、突破を図ろうとするエメリア軍とがまともに衝突したのだ。ミサイルと機関砲の火線が狭い空域を埋め尽くし、戦闘機のジェット・ノイズが響き渡る。膨れ上がる火球は、判断を誤ったパイロットの断末魔の叫びか。レーダーレンジをロングからショートへ。上から被さろうとするこちらの意図に気が付いたのか、包囲するように上昇してくる敵の姿を捉える。その数は4。機種はF/A-18CないしはF/A-18E。2機ずつの編成で、ガルーダの2機を仕留めるつもりらしい。ジジジ……という耳障りな音が再びコクピットの中に響く。

「何か来てるな。どうだ、エッグヘッド?」
「エネミー、数は4。機種はF/A-18CないしはF/A-18E。接近中!」
「どうでもいいが機械と話しているみたいだぜ。次までに何とかしろ。おいシャムロック、聞こえたな?」
「二人とも声が大きいからね。了解した。目に物見せてやろう」
「そうだな。おい、後ろの若造。しっかりと握ってろ。気絶すんなよ!?」

誰がするもんか、というよりも早くスロットルが絞られ、愛機は推力を失った。すぐ横をシャムロック機が通り過ぎて空を駆け上がっていく。背後を見れば、エア・ブレーキが開放されて、速度が見る見る間に落ちていく。キャノピーの外を駆け下りていく雲がゆっくりと機体を撫でるような速度に代わり、そして逆転した。背中から降下していくあまり味わったことの無い感触に一瞬身の毛がよだつ。ガクン、と機首が大地を向くと同時に、エア・ブレーキ・クローズ。スロットルON。重苦しいエンジンの回転音が、甲高い咆哮へと変わっていく。機体を軽くロールさせながら姿勢をコントロールし、タリズマンが吼える。

「教えてやるぜ。この街を断りなく荒らす奴らの末路って奴をな」

圧倒的な推力を背に空を駆け下りていくF-15E。考えてみれば、これは俺たちが模擬戦で散々にやられた時の戦法だ。相手にこの機動があると分かっていれば対処のしようもあるのだが、初見で対応するにはそれ相応の経験とセンスが多分必要に違いない。だが、驚くべきはタリズマンの命知らずとも言うべき度胸だ。失速反転からパワーダイブに転じ、減速することもなく敵編隊のど真ん中へと突入していくのだ。この速度ではミサイルで狙いを付けるのは難しい。初めからこれを狙っていたのか、タリズマンは既にガンモードを選択。HUDに表示されている照準レティクルを鋭い眼光で睨みつけているに違いなかった。バイザーに隠れたその目を伺うことは出来なかったけれど。こちらよりも一瞬早く敵機の胴体が煌き、機関砲弾の火線が襲い掛かってくる。しくじったか、との思いは一瞬にして消える。機体を捻るようにロールさせたタリズマンは、すれ違いざまに敵機の機首付近へとガンアタックを叩き込む。

『冗談だろ!?ぐばっ、げはっ!!』
『喰らった!姿勢を維持出来ない!!』

聞こえてきたのは敵パイロットの悲鳴。轟音と衝撃に互いの機体を揺らしながら、敵機とすれ違う。Gで後ろを振り向くことが出来ない。レーダーとディスプレイを睨みつける。こちらに損害なし。敵の状況をすぐには確認できないが、あの悲鳴通りならそれなりの損害を被っているはず。一方のシャムロック機はこちらに遅れて、さらに高空からダイブ中。既にミサイルを発射済。こちらの攻撃対象外の2機に対して、高速で襲い掛かっていく。バレルロールを織り交ぜて大きく敵の射線から機体を外しながら、一気に降下。4,000フィートまで駆け下りて水平に戻した俺たちの左後方にぴたりと付けて翼を振る。敵部隊にとっては散々な結果だった。シャムロックのミサイルを回避したのは1機のみ。1機は直撃を被って火球と化し、こちらのガン・シャワーを浴びた2機は戦闘不能。1機は運悪く、訓練時の俺とスパンクラー中尉よろしくコクピットへの直撃を喰らってしまったらしく、大した損傷は見られないのに真っ逆さまに海へと落ちていった。攻撃の判定をしている間も、戦闘は続いている。グレースメリアの街にとって、より脅威となり得るデカブツと厄介者――爆撃機や空挺部隊を満載した輸送機がエメリア軍機の主要攻撃対象となり、各隊がそれらに対する波状攻撃を仕掛ける。させじと敵部隊がその後背を取ろうとする。さらに要撃任務を帯びた部隊が牽制する。実際の攻撃を仕掛けるだけでなく、レーダーロックを浴びせるだけでも敵への牽制効果はある。コクピットに鳴り響くミサイルアラートを聞いたまま攻撃態勢を維持出来る者はそうはいないし、動く気配が無いなら撃ち落してしまえばいい。実際に、タリズマンはロックオンされたにも動こうとしなかったF-4Eの尻に、ためらうことなくAAMを叩き込んだ。直撃こそ逃れたものの、尾翼と主翼をもぎ取られた敵機は、錐もみ状態になって空から滑り落ちていく。パイロットが脱出する暇も与えないままに。3時方向を回転しながら落ちていく敵の姿。俺の視線は、その尾翼に張り付けられたエンブレムと徽章に釘付けになった。あの赤い独特のマークは、紛れも無き、隣国エストバキアのもの。やはりエメリアに侵攻を開始したのは、あのエストバキアだったのか!?効果確認を終えたタリズマンが、新たな獲物を捕らえるべく左旋回。計器盤の一角が光り、回線のコール音が鳴り響く。

『こちらゴースト・アイ。気が付いた奴もいるとは思うが、良く聞け。領空侵犯――いや、エメリアに侵入した未確認部隊の所属が分かった。敵はエストバキアだ』
『エストバキアが!?』
『腹が減れば理性も失う。エストバキアもヤキが回ったか?』

パイロットたちの愚痴にぼやきが聞こえてくる。全く同感。だが同時に疑問も湧き上がる。内戦を終えたばかりのかの国に、どうしてこれほどの戦力と物資が残されていたのだろうか。将軍様が戦争したいと言ったところで、前線を支える兵站無しには戦い続けることなど出来はしないのに。だけど、俺たちの前に展開している軍団は追い詰められて自暴自棄になったようには見えない。統制の取れた、まさに「軍隊」としての動きをしている。このグレースメリアを侵略するという目的の元に。

『気に入らないな。他人の国から物資を横取りするというのか?中世じゃあるまいし』
『ゴースト・アイよりアバランチ。戦争の背景など、今も昔も大して変わらない。改めて各隊に令達する。――叩き潰せ』
『了解だ。こちら第8航空団第15飛行隊ウインドホバー、敵戦力は依然として市街上空全域に展開。引き続き市街東エリアの敵勢力排除を継続する!』

晴れて正体の明らかになったエストバキア軍に対し、各隊は攻撃を継続。エメリア軍とて全ての部隊が経験豊富というわけではない。空での臨時編成でそういったパイロットたちを割り当てられた部隊長たちは、比較的狙いやすく効果の大きい爆撃機や輸送機を優先して攻撃態勢を取る。その周辺を、Mir-2000DやF-16Cで構成された小回りの効く航空部隊が護衛として固める。蒼い空には無数の白いエッジが刻み込まれ、無数の戦闘機たちが所狭しと駆け回る。レーダー上を、相変わらず赤い敵性勢力の光点がいくつも動き回っている。目標の判断はタリズマンに任せながら、周辺警戒。ヘッド・トゥ・ヘッドで突入してくる敵機を察知。指摘するよりも早くタリズマンが反応。ぐい、と勢い良く回転状態に入った愛機は、バレルロール。頭上を、少し遅れて放たれた機関砲弾の火線が通り過ぎていく。次いで、敵が2機、速度を上げてこちらの後方へと姿を消す。水平へと戻して、ゆっくりと機首を上げていく。ループ上昇。F-15Eの圧倒的な推力が、巨体を軽々と高高度へと持ち上げていく。こちらの遠距離攻撃を嫌ったのか、十二分な距離を確保した上で敵部隊が反転、再びこちらへと鎌首をもたげる。だが、その間にこちらは高度を稼いだうえで反転。敵の頭を押さえる有利なポジションを確保。レーダーロック。MAAMの射程から、AAMの射程へ。二目標のうち一つをロックオン。こちらにはレーダー照射のみ。向こうはこちらを捉え切れていない。ミサイル攻撃を回避すべく、敵機がそれぞれ反対方向へと急旋回。90°バンクで腹を見せて遠ざかる敵の姿をキャノピー越しに捉える。だが、敵は致命的なミスを犯していた。急旋回による速度の低下は、機動の鋭さを失わせることにも繋がる。その隙を、友軍部隊は逃さなかった。離陸時は一緒に飛び立った教官の一人、アン・ジョンが率いる一隊から、2機に対してミサイルが放たれた。若干の時間差を置いて放たれたミサイルは、速度をぐんぐんと上げながら獲物へと肉薄する。1機は旋回でかわす間も無く2発の直撃を喰らい、火の玉と化して消滅する。もう1機はダイブしてかわそうとしたところを背中から直撃を被り、反動で弾き飛ばされた機体が縦方向に回転しながら落ちていく。そこに、残りのミサイルが突き刺さった。爆発。部品と破片を撒き散らしながら、敵の姿が虚空に消えていく。

「サッカーみたいにアシストカウントしてもらえるといいんだがな」
「同じ教導隊所属なら、後で祝杯の注文でもしてみてはどうでしょう?」
「そいつはいいアイデアだ。……生き残れたならば、だけどな!!」

コクピットに鳴り響いたのはミサイルアラート。ぞっとするような悪寒が背中を駆け上がってくる。レーダーを見れば、横合いから放たれたミサイルが2本、こちらに向けて接近中。肉眼でも、排気煙を吐き出しながら近付いてくるミサイルの姿を捕捉する。だが、攻撃を放った敵の姿が見えない。

『ガルーダ2より1へ。ミサイルだ、かわせ!!』
「物騒な連絡、助かるぜ。エッグヘッド!敵は確認したか!?」
「ネガティヴ。レーダー上も視認出来ません!」
「目見開いて良くチェックしてろ。荒っぽくいくぜぇぇぇぇぇ!!」

ふわりとした浮遊感を感じたのもつかの間、横方向の強烈なGが身体をシェイクした。ローリング、120°バンクから降下旋回。瞬間緩められたスロットルが再び押し込まれ、今度は背中から叩き付けられるような衝撃が乗る。目まぐるしく世界が回り、胃が裏返りそうになる。敢えてミサイルの方向へと急旋回したタリズマンは、ミサイルとの想定交差点をいち早く通過し、ミサイルをやり過ごすつもりだ。機動中のコクピット内であまり首を動かすべきではないのだが、キャノピー越しに敵の姿を俺は追い求めた。そして、敵の姿の代わりに炎に包まれていく友軍機の姿に気が付く。至近距離から狙われたのか、主翼と胴体部分がボロボロだった。キャノピーにも真っ赤な飛沫がかかっていて、突っ伏したパイロットが動く気配は見えない。こちらのコクピット内のミサイルアラートも鳴り止まない。バレルロールから真っ逆さまの姿勢で加速。ぐぐっ、と圧し掛かるGに肋骨が軋む。ミサイルの小さな光点が一瞬愛機と重なり、そして後方へと抜けていく。背後を振り返れば、ミサイルの真っ白な排気煙が蒼い空を真っ直ぐ貫いていくところだった。回避成功!すかさず反撃と行きたいところだが、周囲にそれらしき敵影を捉えることが出来ない。レーダーモードをロングからショートレンジへ切り替え。別のディスプレイにAWACSとのデータリンクを映し出す。友軍の別部隊と交戦中のエストバキア軍機の姿は、ここからも捉えられる。だが、先程の攻撃は別物だ。もっと鋭い機動の、何かがいる。瞼が痛くなりそうなほどレーダーを睨みつけている俺のすぐ近くで、友軍機の水平尾翼が吹っ飛んだ。黒煙を吹き出してバランスを崩したF-16Cの傍を、戦闘機の影が高速で通り過ぎていく。そして、レーダーにようやくその姿が出現する。淡い、おぼろげな光点こそ、俺たちを狙っていた敵のものに違いなかった。あの独特の形。高い機動性。正直なところ、そんな機体を運用していることが信じられなかった。F-22。ステルス戦闘機でありながら高い機動性能を持つ新鋭機を手足のように駆るその姿は、並の腕前でないことを誇るかのようだった。
だが、「並でない」パイロットならこちらにもいる。その姿に奮い立ったかのように、追撃開始。レーダーと外と視線を行ったり来たりさせながら、レーダーに映りにくい敵の姿を追う。ステルス機をレーダー上だけで追うのは至極難しい。だが、夜間戦闘ならばともかく、真昼間の戦闘であれば、肉眼でその航跡を追う事は難しくはあっても不可能ではなかった。激突を続ける友軍機とエストバキア空軍機の間をすり抜けながら、高度を上げていく敵の姿を追う。追撃するこちらに気が付いたのか、挑発するように旋回を繰り返す。F-15Eは、高い空戦能力を有しているとはいえ、機動性をウリにしたフランカー系の戦闘機のようなずば抜けた機動能力を有しているわけではない。小回りの繰り返し戦闘は得意ではなかったし、そういう敵を相手にする場合にはむしろ距離を取ってのヒット・アンド・アウェイ戦法が有効だったりする場合もある。だが、目前の敵はそれが難しいステルス機。一度視界から逃がしてしまったら、再び捉えるのには骨が折れる。まるで空にエッジを刻むかのように、そして戦闘機の機動がパイロットのキャパを超えないギリギリのところで、タリズマンは愛機を振り回す。振り切れないことにイラついたのか、F-22が水平に戻したところからループ上昇。途中で機首を強めに引いて反転、すかさずローリングさせて水平に戻す。強引なインメルマル・ターンから、こちらの鼻先を狙ってくる。その射線に捉えられるよりも早く、ペダルを蹴っ飛ばすようにして機体を横に滑らせつつ、急旋回。至近距離を機関砲弾の赤い筋とジェットノイズの咆哮が通り過ぎていく。急反転からこちらを振り切るつもりだったのかもしれないが、その意図は失敗に終わる。スロットルを全開にして追撃するこちらのHUD上に表示される相対距離は、確実に狭まりつつあった。今やはっきりと、その独特の形状の機体を確認することが出来る。そして、速度比べならばステルス性を初めから考慮していないこちらに分があった。

「フン、動きが鈍ってきたな。エッグヘッド!周囲の状況は!?」
「了解。後背に敵影なし!」
「そりゃシャムロックのおかげさ。噂では聞いていたが、なかなか大した奴だ。俺の後席務めるなら、僚機のポジションくらいは常に把握しとけよ、若造」
「え!?」

そう言われてみれば、コクピットの中に警報はほとんど鳴り響いていない。時折ジジジ、という耳障りなノイズは聞こえてくるが、俺たちを捕捉する敵の気配は感じられなかった。この混戦状態で?既にシャムロックはこちらの傍にはいない。その代わり、彼は僕らの少しはなれた後方にいた。高みの見物を決め込んでいるわけでは勿論無い。こちらの針路を把握しつつ、障害となりそうな敵機に手痛いスパンクを食らわせながら青空を舞っていたのだ。敵エース機に気を取られていた俺は、そんなことにも気が付いていなかった。

「方向音痴とは良く言うぜ。あんだけの腕前、うちの空軍にもそうはいない。じゃ、こっちも仕上げにかかるか。コソコソ隠れんのが好きな陰険野郎に、引導を渡してやる。行くぜ相棒」

四散する敵エース 俺たちの背中は僚機が守ってくれている。その事実がどれほど心強いバックアップになるのか、俺は初めて理解したような気がする。安心して踏み出す一歩は、迷いとためらいの無い強いものとなる。だが、前を行く敵のエースには、どうやら背中を預けられる仲間がいないようだった。それだけではない。エースの敗北は、他の兵士たちの士気を大いに削いでいくものだ。エースを追い詰める敵の凄腕相手に、エストバキアのパイロットたちはすっかりと萎縮してしまったらしい。援護に回るどころか、こちらの進む道を開けてしまうようなものだった。敵を振り切れない恐怖は、自らの技量への疑念を呼び起こす。あれだけF-22を振り回していたパイロットだ。多少の無理なら技術で押さえ込めると判断したのだろう。左右に数度機体を振るや否や、強引に引き起こす。本来の機体性能なら敵の機体は上空へと跳ね上がり、こちらの追撃をやり過ごしていたに違いない。だが、それを成功させるには速度が落ちすぎていた。失速寸前で空中に停止した相手の姿をタリズマンは逃さない。HUD上に表示されたミサイルシーカーは、程なく獲物の背中を完全に捕捉した。AAM、スタンバイ、フォックス2!翼から切り離されたAAMが、目標へと無慈悲に殺到する。背中から腹へ、突き刺さるようにして命中したミサイルが、ついに炸裂する。機体中央部から引き裂かれるように千切れた敵機は、次いで膨れ上がった火の玉の中に飲み込まれていった。

『信じられん。エメリアに押し返されるなんて、聞いてないぞ!?』
『本国は何をしているんだ。これでは我々は犬死ではないか!!』
『勝手に人の家で暴れまわりやがって……ただで済むとは思うなよ、エストバキア野郎!!』
『こちらシャムロック。全く同感だ。お帰り頂く前にきっちりと礼儀を教えてやろう!』

レーダーをロングレンジに切り替える。相変わらずエストバキア軍を示す赤い光点は市街全域に散らばっているが、その数は開戦当初ほどではない。むしろ、反攻に転じたエメリア軍が、今や敵勢力を圧倒し始めていた。弾薬・兵装は減っては来ていたが、まだ戦闘続行には十分。燃料も大丈夫。エストバキア軍は明らかに浮き足立っている。この好機を逃す手は無い。

『ゴースト・アイより全機へ。エストバキアの動きはだいぶ鈍ってきた。もう少しだ。攻撃の手を緩めるな!!』

AWACSの指揮に応えるように、戦闘機の群れが獲物へと襲い掛かっていく。再びシャムロックと合流した「ガルーダ」も、敵戦力が比較的多く展開している空域へと移動を開始。足元を見下ろせば、美しいグレースメリアの街並みから無数の黒煙がたなびいている。破壊されたビルや市街地の風景を目の当たりにさせられて、腹の底から怒りが湧き上がって来る。タリズマンも、きっと同じ気分なのだろう。小声で何事かを呟いているのが聞こえてきたが、非常に物騒な言葉を並べていた。操縦桿を握っていない俺は、直接にはこの怒りをぶつけることが出来ない。だが、兵装システム士官として前席をサポートすることで、その思いを果たすことは出来る。戦果は二人で得るものなのだから。間近に近付く激戦空域。愛機F-15Eは轟然と加速しながら、その真っ只中へと飛び込んでいった。
「天使舞う空、駆け抜ける鉄騎」ノベルトップページへ戻る

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