陥落の後
カメラのサブモニターに、「OBCナイト・ニュース」のタイトルロゴが踊る。緊張とは常に同居を強いられる職場が、今日は一段と張り詰めているようにレベッカには感じられた。それは、伝えるべきニュースの内容か、報告者としての自分の緊張か――。

「こんばんは、OBCナイト・ニュース。今日は番組時間を延長して、エストバキアによるエメリア侵攻を中心にお伝えいたします。まずは、こちらの映像からご覧下さい。OBCグレースメリア支局から送られてきました、戦闘開始直後の映像です」

モニターには、支局のカメラマンが必死に撮影した現地の生映像が映し出される。窓の外を、ビルの上空スレスレの高度で戦闘機が通り過ぎ、複数のビルの上で爆発の炎が膨れ上がる。慌しく駆け回る支局員たち。閃光が爆ぜ、窓ガラス一面に細かいヒビが走る。遠くに、爆弾を撒き散らしながら飛行する爆撃機の細長い姿が見える。爆撃機が飛ぶルートの後方からは、無数の火柱が空に吹き上がる。と、そのうちの1機が突如炎に包まれ、斜めに傾いて高度を下げていく。エメリア軍による反撃が始まったのだ。その一撃をきっかけに、空に刻まれるのは無数の白いエッジ。そして、爆ぜる火球と黒煙。アクション映画では良く見かけるこの光景は、しかしノンフィクションの現実の映像だった。

「エメリア時間の朝、「将軍たち」による軍事政権によって統治されているエストバキアがエメリアへの全面侵攻を開始しました。エストバキア内戦期においても、軍閥の一部勢力がエメリア領内に越境し、エメリア軍との間で戦闘状態になることは発生しておりましたが、今般の侵攻は規模からもその比ではなく、エストバキアの有する戦力の大半が投入されている模様です。国境近くに位置する首都グレースメリア市では激しい戦闘が繰り広げられましたが、エメリア軍司令部は首都防衛部隊の残存戦力に対して撤退命令を出し、事実上エストバキア軍により占領される事態となりました。グレースメリア支局からの連絡も途絶えているため確認が出来ないのですが、エストバキア地上軍本体がエメリア領内へと既に進攻しているとの情報もあります。

エストバキア軍による進攻を受け、国際会議に出席するためユークトバニアを訪問中だったカークランド首相は記者会見を開き、エストバキアによる侵攻作戦を厳しく非難し、臨時政府の設立を宣言しました。既に首相はエメリアへと帰国していますが、空港にて開かれた会見の模様をご覧下さい」

空港の会議室が会見場になったらしく、窓の外には離陸を待つ旅客機の群れが並んでいる。カメラのフラッシュが焚かれるたびに眩しそうに目をしかめながら、緊張で顔を真っ赤にした男の姿が映し出される。続けて、「ラバン・カークランド首相」とテロップが表示される。どちらかと言えば背が低いカークランド首相の姿は、評するならば「頼りない」という一言に凝縮されるに違いない。だが、大抵の記者たちの期待と予想を、この頼りない首相殿は華麗に裏切ってくれることとなる。

『こ、このような暴挙が現実に行われたことを、私は決して許すことが出来ない!エストバキア軍事政権には、今回の戦闘行為の経緯と意図について説明を求めていきたいと思いますが、まず何より、速やかに我が国の土地から出て行っていただきたい。グレースメリアが占領されたとの事で、今のところ現地の閣僚たちとの連絡を私は取ることが出来ませんので、私はこの場で臨時政府の樹立を宣言すると共に、エストバキアによる戦闘行為を明確な敵対行為と見なし、宣戦布告を宣言するものであります』

最初こそは声を震わせて発言し、しかも何かの裏紙に書き込んだらしい原稿を手にしたその姿に、一部の記者たちの失笑を買ったカークランド首相ではあったが、その後淡々と紡ぎ出される言葉はどれも非常に重いものであった。ただ、そののんびりとした口調との落差によって、発言の重大性にようやく気が付いた記者が慌てて顔を上げる光景が、画面にも映し出されていた。1カメが、「そろそろスタジオに戻すぞ」とサインを送ってきたことを確認し、レベッカは隣に座るマクワイトにアイコンタクトを送る。わかった、と頷く彼の表情が、今日は一段と緊張したものになっていた。

OBC NIGHT NEWS 「さて、カークランド首相はこの後すぐにエメリアへと帰国したわけですが、マクワイト記者、今後エメリア政府はどのように今回のエストバキアによる侵攻に対処していくと想定されますか?」
「はい、ええとですね……実際にはかなり厳しい対応を強いられるのではないかと思われます。というのも、政治中枢たるグレースメリア自体がエストバキアに占領されていますから、事実上エメリアは政治機能を失ってしまっているわけです。現地の情報が無いので何とも言えないのですが、大抵の場合閣僚クラスは拘束又は軟禁されるケースが多いため、与党野党を問わず、既にエストバキア政権の手が回っていると考えられます」
「それでは、カークランド首相は本当に何も無い状態から臨時政権作りを強いられるということでしょうか?」
「恐らくはそうなるでしょう。ただ、カークランド首相には幸いなことに軍の司令部自体の失陥は免れていますので、未だエストバキア軍の手が伸びていない地域の戦力を再編成して対抗しつつ、関係国の協力も得ながら停戦を目指すことになるのではないでしょうか」
「一方で気になるのはエストバキアの動きです。先日、東部軍閥のドブロニク上級大将は国際的な支援の取り組みを歓迎するという声明を出したばかりです。人道支援を実施する国々の中でもエメリアは最大級の支援を用意していたわけですが……」
「はい、それに関してはこちらのボードを見て頂きたいのですが……」

マクワイト記者が、テーブルに伏せていたボードを両手で支える。それは、エストバキアのGDPや食料自給率に関してまとめられたレポートであった。

「国際的な統計に提出されていた水準では、ユリシーズの激突、長い内戦下という悪条件が揃いながらも、発展途上国よりは上、というレベルにあるとされてきました。ところが、これらの統計データは後の調査で軍閥の一つ「リエース派」に限定されたものであることが分かってきました。仮にリエース派の水準を取り除いた場合は……このようになります」

1枚目のボードと比べると、惨めな、と評するのが相応しいグラフが姿を現す。既に周知の事実ではあったが、当時最大勢力を誇った「リエース派」は国際支援の大半を私物化し、勢力下の都市と住民にのみ配分したのだ。否、それすら一部でしかない。その豊富な資金は、リエース派を支える軍事力へと姿を変えていたのだから。さらにその事実が、後のリエース勢力下の都市に対する徹底した弾圧へと繋がっていったのだ。

「この水準では、最早独力での経済再建は不可能なレベルです。よって、その解決策として、恵まれた経済力を有するエメリアを併合することによる国家再建へと、舵を切ってしまった可能性はあります」
「しかし、隣国へと侵攻しての再建を、国際社会が認めるとは思えませんが……」
「前にもお話したかもしれませんが、東部軍閥を中心に内戦長期化の原因はエメリアにあるという論調は非常に根強いものがあります。まだ現在のエストバキア軍事政権は国際的な代表政府として認められていないだけに、いくつかの戦争防止に向けた条約の禁止事項にも抵触しないため、軍事政権としては電撃侵攻によりエメリア併合を既定のものとする狙いがあるものと想定されます。
既にユークトバニア政府のニカノール首相はシーニグラードのエストバキア大使を召還の上、「即時停戦と撤退が為されない限りは戻る必要なし」と伝えたうえで国外追放措置を実施したり、かつての友好国であり、現在は民主化に向けたプロセスを推し進めているノルト・ベルカ自治政府も今回のエストバキアの侵攻を厳しく非難するなど、周辺諸国を中心に早期解決に向けた動きも活発化しております。こういった政治的な包囲網をエメリアがどこまで活用出来るのかも、事態の早期収拾には欠かせないものと想定されます」
「なるほど、マクワイト記者、ありがとうございました。ではここで、グレースメリア方面からの撤退部隊を受け入れている、エメリアのシルワート市からハンク・ギルバード記者を呼んでみましょう。ハンク、聞こえますか?」
突貫工事で作られた臨時の航空基地に快適さを求めること自体が間違っている。とりあえず、戦闘機が舞い降りてもへこまない、しかも距離が十分の滑走路。機体を格納して整備が出来る空間。身体を伸ばして寝る事が出来る屋根つきのベット。暖かい食事。贅沢を言うならば、ここにうまい酒と綺麗どころとくるわけだが、さすがにそこまで露骨な要求をしてしまうと、恩人たる教官殿たちを困らせてしまうに違いない。当面の基地として割り当てられたのは、建設中の高速道路のトンネルと道。今頃アイガイオンの腹の中に戻っているであろうシュトリゴン隊とは、天と地の差だ。もっとも、彼らとてアイガイオンでないと満足な補給を得られないという点で、自分たち「ヴァンピール」と状況はそれほど変わらないのであるが。辺りを見回せば、既に任務を終えた隊員たちと、その愛機Su-33の群れとを眺めることが出来る。

「パステルナーク少佐、間もなく4番、5番が帰投します」
「ん、分かった。帰投時刻変更くらい連絡入れろってのなぁ。まあいいか。あの二人、今晩は夕飯抜き。それが嫌なら、今日はここの全員分のカレー作り担当だと伝えてやれ」
「了解です」

イリヤ・パステルナークが率いる「ヴァンピール」隊は、彼の教官たるヴィクトル・ヴォイチェク中佐率いる「シュトリゴン」隊と並んで、エストバキア空軍の最強部隊の一つであったが、それ故に元々の所属が他の軍閥であった部隊からのウケが今ひとつ良くないのだ。そのため、今日も戦地への投入は「温存」の名の下に最後に回された。そして、結果としてエメリア軍に突き回されていた友軍部隊をいくつか窮地から救った。エメリアが将軍様たちの言うほど簡単な相手ではないとは想定していたが、いざ噛み付いてみた相手は上層部の予想を越えていたようだ。慌てたように下された出撃命令を思い出すと、パステルナークは笑い出したくなる。エメリア領内に北側から侵入した友軍部隊は、「天使の落書き」を機首に描いたF/A-18Eに率いられた航空部隊によって苦戦を強いられていたのだ。パステルナークたちが駆けつけたときには、どうやらその部隊は燃料切れで撤退済み。その場に残っていた残敵を掃討してきたものの、「奮い立つ」ような相手とはついに合間見えなかったことが、彼にとっては残念でならないのだった。

「あの……少佐。4番機から通信が入ってます」
「カレー当番は嫌だ、という話なら聞かないと言ってやれ」
「いえ、腕を奮ってインドカリーを作ってみせるとの事で、それとは別件みたいですよ」

料理好き、キャンプ好き、それが災いして野営時は必ず食事当番の4番機――ノストラ中尉の困り果てた表情を思い浮かべながら、パステルナークはヘッドセットをかぶった。

「俺だ。早く戻ってきてくれ。腹が減って対空砲のトリガーを引いてしまいそうなんだ」
『ヴァンピール5になら、いくらでもどうぞ』
『おいっ!?隊長、マジで勘弁してくださいよ!』
『いえ、帰投中、ちょっと妙な交信が聞こえてきたんで、隊長には報告しておこうと思いまして……』
「妙な?」
『ええ。それが、"シュトリゴン・リーダーを確保。EAD-HQに搬送至急"――って奴なんですが……。EAD-HQって、アレですよね。陸軍の緊急医療班の。確認しようと思ったら、敵の生き残りと鉢合わせてしまってそれっきりになってしまったんですが。中途半端で申し訳ありません。ただ、冗談で聞こえてくる話ではないですし、ヴァンピール5も確かにそう聞いたってことなので……。しかし、有り得ないですよ。あのヴォイチェク隊長ですよ?』
「いや、良く知らせてくれた。後で俺からも確認をしておく。ヴォイチェク中佐が落とされるとは信じたくは無いが、きっとそれが事実なんだろう。どうやら、エメリアには相当使える奴がいるらしいな。後でゆっくり話を聞かせてくれ。早く戻って来い。"腹が減っては戦は出来ぬ"だ」
『ハハハ、了解です、少佐』

アニキ ヘッドセットを通信士に渡したパステルナークは、腕組みをしながら少し首を傾げた。あのヴォイチェク隊長がねぇ……そう呟いた声を聞いた者は誰もいなかっただろうが、事実だとすればこれはかなり大事になる。開戦初戦から、エースと呼ばれるに相応しいパイロットが負傷して後送になったと知れれば、前線の兵士たちの士気にも影響が出る。エースを撃墜したエースと遭遇したらどうするのか――ひとつ壁を越えている奴なら「やってやる」になるだろうが、そうでない者なら慌てふためくだけ。ところが、エメリアのエースは、「やってやる」どころかヴォイチェク隊長を葬り去ったというわけだ。エメリア軍に恐れる者は無し――というのは、少々誤った認識らしい。あまり幸先の良いスタートとは言えない。そうして思いを巡らせている彼の前に、ヴァンピールのエンブレムを腕に付けた部下の一人が近付き、敬礼を施す。パステルナークは表情を変えることなく、ラフに返礼。

「機体の格納が完了しました。整備班には武装の積み下ろしと機体チェックを指示しておきました」
「上出来だ。後で目を通すから、機体のレポートを出しておいてくれ」
「了解しました。ところで……シュトリゴン・リーダーの件ですが、何でも殿(しんがり)で踏み止まっていた敵機に一撃を食らったのだとか」
「何でお前が知っている?」

パステルナークは、目前に立つ部下に鋭い視線を向けた。いかにも軍人らしい角刈りに銀色の細い目。ヴァンピールに相応しい腕前の持ち主として送り込まれてきたこの男――ギャバン・クエスタニア大尉の目的は、対抗派閥による嫌がらせ――監視にあることは明らかであった。だがそれを理由に配属を拒むことは出来ないし、事実腕は決して悪くは無かった。だから、パステルナークは「こき使う」ことを徹底している。

「いえ、グレースメリア方面軍からの話で私も聞いただけですが……シュトリゴン・リーダーが落とされるようでは、本国から更なる増援も必要ではないかと」
「そこから先は俺の仕事だな。意見としては聞いておく。ご苦労だった」
「はっ!」

くるりと背を向けて歩き出したクエスタニアの背中に、出来るものならコーラの瓶を投げ付けてやりたいものだな、と心の中で毒付きながら、パステルナークは空を見上げた。全く、戦争をおっ始めたというのに、内輪で足の引っ張り合いをしていてどうなるというのか。本気で戦いを終わらせる気があるのかどうかすら疑わしくなる。そうでなくとも、グレースメリアの富に目が眩んでしまった兵士が少なくないというのに。現地の市民の支持を得られない占領軍がどんな末路を辿るのか、まず彼らには歴史の教科書を読み直すことが必要だろう。祖国のため――そのためなら、有為な若い世代を戦争などという最悪の浪費に費やすことが政治とやらなら、まっぴらご免というものだ。エメリアの市民たちのためにも、だ。
それにしても、ヴォイチェク中佐を撃墜したという、エメリアのパイロットが気になる。「天使の落書き」といい、エメリアにはイキのいい凄腕がまだ生き残っているらしい。そんな連中との戦いを思い浮かべるだけで、パステルナークは心の奥底から炎が吹き上がってくる感触を感じることが出来た。まだ見ぬ敵との邂逅を心待ちにする彼の口元には、自信に裏付けられた精悍な笑みすら浮かぶ。それを慢心であるとは、この部隊に所属する者たちの大半は――クエスタニアのような例外は別として――思わない。そうであるからこそ、イリヤ・パステルナークは「ヴァンピール」の長に在るのだから――。
焼けたアスファルトの香りが、滑走路を撫でていく。その上に立っていると、5分も立たないうちに全身から汗が吹き出してくるに違いない。実際、出撃準備に追われて走り回る整備兵たちは腰にぶら下げたタオルで汗を拭いながら点検を済ませている。コクピットの上にいる俺たちは地表に接していないのでだいぶまし……とはいえパイロットスーツを着込んでいるから結局は同じかもしれない。わずか数日で、俺の毎日も随分変わったものだ。与えられるミッションは全て実戦。愛機の翼にぶら下げられるミサイルも、機体の中に流し込まれる機関砲弾も全て実弾。目標の空域で敵機と遭遇すれば当然のように戦いを挑み、攻撃を仕掛け、撃墜する。AWACSに戦果報告。場合によっては、友軍機が空に散ったことを確認し、報告する。基地に戻ったからといって、緊張を完全に解くことは出来ない。スクランブル・アラートが鳴り響けば就寝時間だろうが何だろうが飛び起きて出撃準備。冷たい水で顔を何度も洗い、食欲とはそろそろ無縁になりそうな胃袋にブラック・コーヒーを流し込み、それでも足らなければ目覚まし用のキャンディー。ハッカの効いた、きついヤツ。そこまでしていないのに、平然と目を覚ましているタリズマンたちは、やはり化け物の類ではないかと思うときがある。もっとも、チーム最高齢のドランケン曰く、「歳なんじゃよ」とのことだったが……。
出撃準備は整ったものの、滑走路を離れるまでに時間がかかるのが、今のサン・ロマ基地の難点である。とはいえ、グレースメリア組を中心に戦地での臨時編成組が多数を占めているため、管制側にも相当負荷がかかっているのも事実。ようやく基地内での住み分けが落ち着いてきたものの、一昨日くらいまでは同一部隊が違うハンガーに分かれているなんて状況だったのだ。そんな混乱によってパイロットたちの不満は臨界点寸前、というところで、グレースメリア防衛戦で俺たちの指揮を取っていたゴースト・アイを中心に、部隊の再編とサン・ロマ基地での居場所がようやく決定。暴発寸前の矛先はうまい具合にエストバキアの軍勢に向けられることになった。俺はと言えば、「エンジェル1」の推薦も合って、タリズマンの後席が正ポジションとなり、作戦機の「数」が必要な時のみ別機体に乗り換えることとなった。ガルーダ1の後席が定位置なんて、これ以上恵まれた場所は無いに違いない。僚機には、先の臨時編成で2番機となった「シャムロック」ことマーカス・ランパート大尉と、タリズマンとは旧知の仲であり現役パイロット組最高齢の「ドランケン」ことテディ・ベンジャミン大尉が3番機として新たに加わった。当面の間は、この3機で臨時編成ガルーダ隊を俺たちは名乗ることとなる。隊長機がF-15Eで、僚機がF-16C。こんな編成、平時では絶対に考えられない。傭兵部隊なら、また話は別なのだろうけど。

『シャムロックより、コントロール。俺たちの出番はまだかい?』
『コントロールよりガルーダ隊、今離陸しているホーネット隊の次の次だ。もう少しスタンバイしていてくれ』
『ガルーダ3ドランケンより、何だったらこのまま飛ばなくて済めば楽なんだがのぅ』
「おいおいとっつぁん!……ま、確かにその通りだけどな。で、状況はどうなってるんだ?」
『そこから先は私が伝えよう。ゴースト・アイよりガルーダ隊、撤退中の地上部隊に対して敵は対地攻撃機を中心に包囲網を形成して猛攻を仕掛けてきている。地上の追撃隊も迫ってきている状況だ。離陸後はアバランチ、ウインドホバー両隊と連携し、友軍部隊の撤退を支援せよ』
「アイ・サー。しかしエストバキアの連中、どこまで増強すれば気が済むんだかな」
『さあな。それを聞くためにもこの国から出て行ってもらうことが必要だ。陸上の荒くれ者たちを助け出してやってくれ。以上だ』

出撃 AWACSとデータリンク。戦域情報を取り出してディスプレイに表示させる。撤退中の部隊は、陸軍第3軍の残存戦力を中心とした地上部隊であり、執拗なエストバキア陸軍の追撃を何度も退けながらようやくサン・ロマ近郊まで撤退してきたところを、業を煮やしたエストバキア軍のタンクキラー部隊に狙われることになったようだ。エメリア軍で正式採用されているチャレンジャー戦車は決してエストバキア軍の戦車部隊に引けを取ることはないのだが、A-10やアパッチが相手ではさすがに分が悪い。俺たちの任務は、ゴースト・アイが告げたようにその航空戦力を退けて陸軍の撤退を最大限成功させることにある。もちろん、護衛に付いてくるであろう戦闘機も合わせて落として来いということでもある。削れる限りエストバキアの戦力を削いでおいた方が、後のエストバキアとの戦いを楽にするわけだから。レーダー上確認されている敵航空部隊のデータを見て、ため息を吐き出す。A-10にトーネード、さらにはAC-130まで。非常に豊富な兵器の数々をエストバキアがどこから入手しているのか、確認したくなってくる。湯水のように金が湧くはずもないから、政府にはそれだけの財産がストックされていたということなのだろう。だが内戦の中でどうやって?そこから先になると、何の資料もなく想像することは難しい。それに、今の俺たちに必要なのは、戦いの背景ではなく、進む先に待ち受ける敵の数と規模だ。合わせて、飛行経路、燃料、弾薬の状況をチェック。制空戦闘用に最大限搭載されたミサイルは、中射程のMAAMと短射程のSAAM。増槽は無し。問題なし。

『サン・ロマコントロールより、ガルーダ隊。出番だ。健闘を祈る!』
「ようやく出られるか。シャムロック、ドランケン、遅れるなよ?」
『シャムロック了解!』
『ドランケン、了解じゃ』

エンジン音が少しだけ高まり、ブレーキから解放されたランディング・ギアがゴトゴトゴト、という音と振動をコクピットに伝えてくる。滑走路に隣接した格納庫を寝床にしている俺たちは、すぐに滑走路へと進入する。4,500メートルある滑走路は、フル搭載状態でも、離陸にはお釣りが来る長さがあった。一旦そこでブレーキ。タリズマンが操縦桿やペダルを踏み込んで翼の状態を最終チェック。後ろを振り返って、動きに以上がないかどうかを俺も目視で確認する。

「エッグヘッド、昨日と同じだ。レーダー監視を怠るな。ヤバそうなのが近付いてきたら、すぐに教えろ」
「了解。胃に優しい操縦を」
「んなもん、期待するだけ無駄だ。よーし、ガルーダ隊、出撃!!」

スロットルが押し込まれ、エンジンは甲高い方向をあげた。キャノピー越しの風景が流れる速度を増していく。腰に伝わる振動は、やがてゆらりとした浮遊感へと変化する。ゆっくりと機首を上げた愛機は、重力の存在を無視したかのように、蒼空を目指して駆け上がっていくのだった。
「天使舞う空、駆け抜ける鉄騎」ノベルトップページへ戻る

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