解放への道は遠く
撤退中の陸上部隊は、思っていたよりもその数が少なかった。師団ベースで動いていると思っていたのだけれど、実際はそうではないらしい。グレースメリア方面の戦闘で少なからぬ損害を受けて部隊維持が困難となった隊を再編し、それを繰り返しながらどうやらここまで辿り着いた、というのが実状のようだった。出来る限りの速度で撤退する彼らではあるが、戦闘機や戦闘ヘリ相手では分が悪い。レーダーをロングレンジで表示すると、そんな彼らに群がるように、赤い光点が映し出される。事前情報の通り、敵航空部隊の主力はA-10。ただし、全部がそれということではなく、旧式のA-4の姿も確認できる。さらにその後方に、AH-64の群れ。まったく、これだけの装備をどこから引っ張ってくるのだろう?地上部隊にしてみればこれ以上無い脅威の数々に疑問を持つのを通り越して呆れてしまう。対抗するこちらの航空部隊はと言えば、グレースメリア防衛戦時の混雑が懐かしくなるように隙間が空いているのだから。

『こちら、第5軍、フィッツジェラルド中尉だ。敵さん早くもおっ始めやがった!済まねぇが、援護を頼む』
「了解だぜ。こちら"グレースメリア追い出され組"のガルーダ隊だ。敵さんに気に入られたみたいだな?」
『ハハハ、一方的な片想いはご免こうむりたいんだけどな。ミサイルにリボン付けて送ってやってくれ』
「……ということだ。ガルーダ1より各機!デートの花束は遠慮するんじゃねぇぞ。片っ端から叩きつけてやれ!!」
『ウインドホバー隊、了解!』
『アバランチ隊、了解した!!』
『アハツェン隊、了解!』

緩やかに右方向へ旋回しながら、敵航空部隊の「主力」の真正面へと躍り出る。俺はレーダーモニタをショートレンジに変更。ヘッド・トゥ・ヘッドで接近する敵対地攻撃機部隊に意識を集中させる。制空権を握ったつもりなのか、護衛機の姿は今のところ見えない。どうせどこかにいるのだろうが、この規模の攻撃部隊にしては手抜きとも言えなくもない。それだけ、俺たちが舐められているということなのかもしれないが。

『こちらファレグ2、前方に敵航空部隊接近を確認!』
『はん、エメリアの腰抜けどもか。護衛機に任せて戦車部隊への攻撃を継続しろ。どうせ大した連中じゃない』
「フン、舐めやがってよ。エッグヘッド!必ず護衛機が仕掛けてくる。レーダーから目を離すな。場合によっちゃ、一番近い奴に指示を出して迎撃させろ」
「了解!」

MAAM、レディ。レーダーロック。進行方向やや右寄りの4機に対してミサイルシーカーがHUD上を滑り狙いを定める。ロックオン……ファイア!!翼から切り離されたミサイルが、母機本体の速度に自らのエンジンの炎を上乗せして轟然と加速を開始。各隊の戦闘機からもミサイルが一斉に放たれる。白い排気煙が列をなして伸びていく様は、地上から見上げてみればきっと綺麗な光景に見えるだろう。その一つ一つが、人の命を容易に奪い去る物騒な兵器であったとしても、だ。あっという間に愛機を追い抜いていったミサイルの群れは、正面の敵攻撃部隊の中に次々と突入し、炸裂した。まさかこっちが攻撃しないとでも思っていたのだろうか?断末魔の悲鳴がいくつも立ち消えていく。タリズマンが放ったミサイルも、全弾命中。2機が火の玉と化し、残りの2機は翼や機体の一部をもぎ取られ、飛行不能となって斜めに空を横切って落ちていく。かろうじて攻撃を回避したらしい至近距離のA-10が、その大口径のバルカン砲をこちらに向けようと機首を上げる。その無防備な腹と翼に対して、ドランケンが一足早く機関砲を打ち込んだ。A-10の装甲は厚い。だが、その機体にぶら下がっている爆弾まで装甲が強化されているわけではない。右主翼の爆弾が攻撃によって誘爆。反動でぐるりと強制的に反転させられた敵機は、次の瞬間には自らが持ち込んだ爆弾の炸裂によって、巨大な火の玉と化した。仲間たちの動きも早い。敵部隊の中に飛び込んだダニエル・ポリーニ中尉率いるウインドホバー隊は、早くも編隊を解き、各自の判断で攻撃機部隊への攻撃を開始する。グレースメリアの戦いでも大半の隊員が生き残っただけあって、その扱いは尋常ではない。欠員が出た4番機には、タリズマンの教官時代の同僚でもある「サーベラス」ことジェイコブ・バックス少尉が加わっていた。彼が率いていたグレースメリア組は、例の「巨大な連続爆発」で彼を除いて全滅。落ち込んだ少尉を、ポリーニ中尉が頼み込んで自らの部隊へと引き入れたのだ。ようやく敗戦のショックから立ち直ったらしい少尉は、早くも獅子奮迅の戦いを繰り広げている。
OPEN FIRE 気配を感じてキャノピー越しに右方向に視線を動かす。こちらに機体を寄せたシャムロックが、左の手の平を広げて、くるり、と回すサインを送っていた。タリズマンがサムアップしてそれに応じると、翼を一度振って、シャムロック機は散開、自由戦闘へ。先程のサインは、臨時編成ガルーダ隊の中で決めていた簡単な合図の一つだった。早くも乱戦状態に突入した空を、タリズマンは巧みにF-15Eを操ってかいくぐっていく。少し後方を、ドランケンのF-16Cが追いかけてくる。機数ではぐっと劣るはずのエメリア軍機が想定外の積極攻勢に出たことに混乱した敵機は、猛禽に追いかけ回される獲物の有様になりつつあった。だが、全部がそうというわけではない。低空からループ上昇してきたA-4が2機、こちらの正面へと回り込んで水平に戻し、攻撃態勢を取ってきた。レーダー照射警報が鳴り響くが、相対速度が速過ぎてミサイルは使えない。向こうもガンアタック体勢。ドランケンが加速してこちらの左やや上方、真横にポジションを取る。タリズマンもそうなのだが、ドランケンもどうやら「正面衝突」に対する恐怖感が無いのか麻痺してるらしい。正直、俺は怖い。かといって頭を抱えているわけにはいかないので、前席を信頼してとにかくレーダー画面に意識を集中させる。彼我距離はあっという間に近付き、A-4スカイホークの機敏そうなデルタ姿が視認出来た刹那、曳光弾の筋が蒼空を引き裂く。次の瞬間には、2回転ロール。敵機の火線が至近距離を突き抜ける。ドランケンはスナップアップ、上空へと駆け上がっていく。次の瞬間、ごうっ、という轟音と衝撃が、後方へと通り過ぎていった。損害確認は出来ないが、そのうち1機は機首を下げてそのまま落ちていく。もう1機は翼から黒煙を吐き出し、少し離れたところで白いパラシュートの花が開くのが見えた。お見事、と思わず手を叩きたくなった。

『鮮やか!さすがね。こっちも負けていられないわね』
『ウインドホバーよりラナー、参考にはするなよ。タリズマンは別格だし、ドランケンには経験で絶対にかなわない』
『どーせ私ゃロートルじゃよ。でも、ま、ジジイの意地も見せてやらんと、若いのが育たんからの』

エメリア空軍では数少ない女性パイロットの一人が、ウインドホバー隊の「ラナー」だ。彼女の台詞に触発されたわけではなかろうが、ドランケンが「散開」のサインを示して翼を立てた。そのままぐるりと機体をロールさせ、左下方へと高度を下げていく。やっぱり、ウインドホバーに言われた一言を気にしているらしい。何というか、若々しい飛び方じゃないか。ドランケンの戦い方は、どちらかと言えばシンプル。目標と定めた敵は徹底してマークするが、危険と判断したらとことん逃げまくる。タリズマンやシャムロックのような派手さはないが、相手の裏をかいて気が付いたら形勢逆転――そんな飛び方だ。初っ端の攻撃で一時は混乱に陥った敵部隊は、その気になれば空戦でも対抗出来るA-4スカイホークをこちらに当てて、A-10やAH-64Dを引き続き地上部隊攻撃に当てるシフトを取り始めていた。さっきの相手を見る限り、今回の相手はそれなりに戦闘に慣れた連中と考えて良いだろう。古いタイプの攻撃機、と甘く見るわけにはいかなそうだ。レーダーを俺は睨み付ける。今日はゴースト・アイの全面的な支援は期待出来ない。タリズマンの言うとおり、いざという時は俺が指示を出した方が良い場面もあるだろう。何しろ、この戦場で操縦桿を握らずに戦況を眺めている搭乗員は数少ないのだから。グレースメリアの戦いで、俺たちの近くにいて、しかも生還率が高かったのは、今日も同行しているウインドホバーとアバランチ。ソリッドソウル隊は再編直後で、機体慣れしていないメンバーが加わっている。3秒だけ考える。

「ベ……もとい、エッグヘッドよりウインドホバー。敵機が対空攻撃にシフト中。A-4の動きに気を付けて下さい!」
『何だって?……そうか、良く見ていたな。OK。ラナー、セイカー、サーベラス、デカブツとヘリコは他の連中に任せるぞ。A-4が俺たちの獲物だ』
『こちら第38戦車中隊!最後尾の車に敵の攻撃が届き始めている。さすがにA-10相手はきついぜ!!』
「タリズマンより第38戦車中隊。どーせ戦車砲ぶっ放しても届く相手じゃねぇ。とにかく逃げろ!アバランチ!!お前らは俺に続け。敵前衛をやるぞ!!」
『ブリザード了解した』

機体を大きく旋回させて、攻撃部隊の先鋒に横合いから突っ込むコースへ。何だか結構忙しい。色んなテーブルのオーダーを聞いて回っているような気分。A-10の集団が、編隊を組んで攻撃態勢。先頭集団の翼の下には、AGM――対地ミサイルがどっさりとぶら下がっている。あんなもの撃ち込まれた日には、戦車であってもひとたまりもない。横に広がるように展開した俺たちは、A-10の横っ腹に一撃を叩き込むべく狙いを定める。その少し後ろ上空。ウインドホバーの4機が、A-4スカイホークの群れに襲い掛かっていた。こっちは?敵機は攻撃態勢を維持。その翼から白煙が噴き出すのと、ミサイルシーカーが獲物の姿を捉えるのとはほとんど同じタイミングだった。再びMAAM。先頭の4機全てをレーダーロック……ロックオン、ファイア!!アバランチ隊も続けて攻撃開始。既に放たれてしまった攻撃はどうしようもない。味方の被害が最低限で済んでくれることを祈る。エンジンに点火して加速したミサイルは、サンダーボルトの名を与えられた最強の攻撃機群へと突入する。次々と巨大な火の玉が膨れ上がり、敵機をその炎と黒煙の中に包み込む。木っ端微塵になってバラバラと破片を振り撒いていく機体があれば、主翼から後ろを紅蓮の炎に包まれて地上目指して高度を下げていく機体がある。辛うじて撃墜を免れ、高度を上げようとした1機のコクピットが血に煙る。地上部隊の報復とばかりに牙を突き立てた俺たちは、敵集団の真っ只中に突入してその針路を妨害する。数の暴力でこちらを振り切ろうとする敵部隊の後ろに張り付き、レーダー照射を浴びせる。敵機が止む無く旋回する頃には、タリズマンは次の獲物へと狙いを定めていく。それにしても、A-10だって決して安価な機体ではないはずなのに、こんな使い捨てみたいな運用をするものなのか!?護衛機の無い攻撃機は、一つ間違えれば七面鳥撃ちになるってのに。

「なーんか不自然だな。エッグヘッド、護衛機は?」
「確認出来ません」
「イヤーな感じだぜ。まるで誘われているみたいだ。花束の下にナイフでも隠してな」

物騒なたとえだが、タリズマンの言うとおりだろう。護衛機を持たずに飛ぶ攻撃部隊。もしいたとして、隠れていなければならない理由があるとしたら……罠?俺はレーダーレンジを再びワイドに広げた。入り乱れる敵味方の光点。サン・ロマへ向けて移動する地上部隊。新たな航空機の影は特に確認出来ない。杞憂だったどれだけ良かっただろう。だが、大抵悪い予感は外れることが無い。レーダーレンジを戻そうとした俺は、レーダー圏外から出現した小さめの光点に気が付いた。グレースメリアのある地上からではなく、海上から出現した光点が複数、高速で戦域に向かってくる。その速度は、有人戦闘機のものではない。大体、戦闘機にロケットブースターを括り付けて突っ込んでくる援軍などありはしない。そして、その正体を俺たちは身を以って経験していた。ヤバイ!敵の狙いは、地上部隊以上にエメリアの残存航空戦力か!!ミサイル高度はこちらとほとんど同じ!

「ガルーダ1より緊急!!この間の弾道ミサイルが戦域に接近中!!上空へ退避!!」
『冗談だろ!?そんなに打ち上げ花火が好きなのか、エストバキアは?!』
『無駄口叩いている暇があったら駆け上れ!!あのミサイルの爆発範囲は段違いに広いんだ。巻き込まれるな!!』

戦闘を中断して、タリズマンも機体を垂直にして空を駆け上っていく。ショートレンジでも確認出来る距離に近付いた弾道ミサイルの群れは、ほどなく戦域へと到着した。先程までエメリア軍機の大半がいた高度に殺到した「それ」は、戦闘機のミサイルが炸裂するのとは段違いに巨大な火の玉を空に出現させ、その閃光で周囲の空を漂白した。振動がキャノピーを震わせる。まるで空自体が衝撃で揺らいでいるかのようだった。こちら側の損害を、俺はすぐには確認できなかった。その代わり、気が付いた。戦闘機ほどに身軽な性能を持たない敵攻撃部隊の光点が、明らかにその数を減らしていたことに。

「そんな馬鹿な……友軍を巻き添えにしたっていうのか……」
「良くはわからねぇが、エストバキアには相当複雑な事情があるみたいだな。それとも、これ自体も愛国心って奴か。俺はまっぴらご免だけどな」
『名誉の戦死ということになるんじゃろうかのう。無駄な抵抗を繰り広げ、戦火を拡大させようとする愚かなエメリアの将兵たちの犠牲になった……みたいな理由付きでの』
『同胞を見殺しにしてまで、か。そうやすやすと命をくれてやるつもりは無いが、このやり口、本当に頭に来る!』

シャムロックの意見に俺も同意する。ある意味、これでは見せしめではないかと思う。或いは、そうでもしなければならない理由が、連中にはあるのだろうか?時間があれば分析してみたいところだったが、由々しき事態が追い討ちをかける。レーダーモニターに映し出された俺たちの光点の至近距離に、いつの間にか敵機の赤い光点が出現していたのだった。

『くそ、今頃到着か!!やられてたま……』
『ソリッドソウル3がやられた!!』
『アハツェン2撃墜!!』
ECMポッドでもぶら下げた支援機が付いてきたのか、或いは例の攻撃が始まるのを待っていたのか。上方から被さるように襲い掛かってきたのは、紛れも無き敵機。一瞬、グレースメリアの空で遭遇した、あの鮮血を浴びたかのように赤いSu-33のエース部隊を思い浮かべたが、どうやらあの連中ではなかったらしい。その代わり、機敏な動きでやってきたのは、Mig-29の群れ。早くも数機が食われ、虚空に新たな火の玉を生み出す。敵の射線上に入ることを嫌ったタリズマンは、斜め前方から飛来する敵の攻撃をかいくぐるように加速してかわし、そのまま加速して距離を取ろうとする。すぐそばを、アバランチのF/A-18Cが旋回していく。その少し後ろ、俺たちを取り逃した先程の相手が、今度はアバランチの背中に牙を立てようと食い付いてきていた。

「アバランチ、チェックシックス!!」
『畜生、俺かよ!?』
「敵さん、案外早いぞ。引き離せ!!」

機体をさらに回転させ、アバランチがダイブ。その動きを読んでいたかのように、敵機も大回りで機体を真っ逆さまにしてパワーダイブ。その迷いの無い動きは、敵の腕前も並ではないことを証明していた。舌打ちをしたタリズマン、その後を追おうと再び機体をロールさせるが、それよりも早く、コクピットの中にレーダー照射警報が鳴り響く。改めて鋭い舌打ちをしたタリズマンが、反対方向へと機体を傾ける。

『まったく、世話の焼ける隊長殿だぜ。隊長、3秒数えたら右へ急旋回しろ。いくぞ!3……2……1……行け!!』
『済まない、任せるぞ、ブリザード!!』

自らも1機を葬り去ったアバランチ隊の2番機、「ブリザード」バルカルセ中尉が、敵機の更に後方から襲い掛かる。どうやら、あちらはあちらで任せておいても問題はなさそうだ。それよりも、今はこっちだ!互いに連携するようにこちらの後方で旋回する2機に、俺たちは追われていたのだった。一方がこちらの針路をふさぐように舞い、その隙を逃さぬよう、もう1機が背後で蠢動する。さらに、レーダーで敵機の位置を確認している俺の目に、再び飛び込んできたのは例のミサイル。今度は高度もバラバラ。全く、タチの悪い相手ばかりだ。

『タリズマン、無事か!?』
「残念ながら、まだピンピンしてるぜ。敵さんの熱烈歓迎を受けている最中だ」
『そいつはいい。俺もまぜてもらうよ。H・H・20でいくぞ。うまくかわしてくれ』
「お節介な奴め。分かった、H・H・20!!」

後ろに2機を引き連れたまま、針路を微調整。大空大きなループを描き、降下しつつあるシャムロックの方角へと機首を向け、加速。耳障りなノイズがやかましい。最高速度ではこちらの方が上。針路を塞ぐことを早々に諦めた敵機が、きれいに並んでこちらの後背に迫る。だけど、厳密にはマックス・パワーではない。タリズマンは、微妙にスロットルをコントロールしながら付かず離れずの距離を保ち、シャムロックとの交錯点を目指していたのである。一方で、先程のミサイルが再び戦域に到着する。高速で飛来した「それ」は、それぞれにセットされているらしい着弾点に到達すると、轟音と閃光と共に巨大な火の玉を膨れ上がらせる。こちらの近くでも、一発が炸裂する。その衝撃波が、キャノピーをビリビリと震わせる。H・H・20……聞こえはいいが、「ヘッド・トゥ・ヘッド、20秒後」を単に略しただけ。一瞬後ろを振り返ったタリズマンは、タイミングを図るように機体をローリングへと持ち込む。次いで、右斜め下へとダイブ、急旋回。

『これでも喰らえ!』

次の瞬間、炸裂した敵ミサイルの火球をまんまと隠れ蓑にして、シャムロック機がすれ違った。レーダー上、すぐさま敵と味方のアイコンが交錯する。頭上で、一瞬オレンジ色の光が膨れ上がった。見上げれば、右主翼から真っ黒な煙を吐き出したMig-29が後方へと遠ざかっていく。もう1機はシャムロックの攻撃を嫌って、降下旋回中。即ち、ちょうどこちらの真正面へと舞い降りてきたところ。この好機をタリズマンが逃すわけが無い。今度こそスロットルをMAXへと押し込んで、強大なパワーを背に加速。危機に気が付いた敵機の背中へと襲い掛かる。次はこちらの番だ、と言わんばかりに。こちらに比べれば小柄な機体が、ひらりと翻るように旋回。その動きを読んでいたかのように、ワンテンポ早く同方向へとこちらも旋回。相対距離を保ったまま、2機は並ぶように空を駆けていく。空対空ミサイル、レディ。ミサイルシーカーは的の姿をもう少しで捕捉しそうではあったけれど、このままでは簡単にかわされてしまう。敵機、反対方向へと素早く翼を立てて急旋回。こちらの視界を左方向へと遠ざかっていく。視界がぐるんと回転し、再び同方向へ。切り立った空と大地の境界線が視界を流れていく。敵機の腕前も、決して悪くは無かった。だけど、グレースメリアで遭遇したあの連中ほど、早くは無い。あの、鮮血をまとった赤いSu-33――その隊長機のまるで空を切り刻むようなダンスに比べれば。タリズマンが操縦桿を強めに引く。ぐぐっ、という圧力が腹の辺りに圧し掛かる。ちっくしょう、相変わらずいざという時にはラフな乗り方してくれる。
その機動性を活かしてこちらをオーバーシュートさせるべく、タイミングを外すように敵機が急旋回。だがその動きを先読みしたタリズマンは、既に敵の旋回周内へと飛び込んでいた。黒をベースとしたカラーリングの背中が、はっきりと目の前に飛び込んでくる。捉えた!ブーン、という鈍い音と共に撃ち出された機関砲弾が突き刺さる。エンジンノズルが弾け飛び、大きな命中痕が破片を撒き散らしながら穿たれる。そして、一撃がキャノピーを突き破り、次の瞬間、真っ赤に彩られた。ボン、と一方のエンジンが小爆発を起こし、前のめりにバランスを崩した敵機は、黒煙を吐き出してスピンしながら高度を下げていく。フン、とタリズマンが呟く声が聞こえた。きっとマスクの下にはドスの利いた微笑でも浮かんでいるに違いない。早くも次の目標を探し始めた前席には、余裕の風すら漂っていた。後席に座っている俺は、指示は出せても機体を操ることは出来ない。だが、これほどの乗り手の後ろにいられることは、実戦ルーキーの俺にとっては本当に幸運なことなのだろう。他部隊の機体のような単座のパイロットだったら、俺は今頃消し炭になっているか、ミンチになっているか、運が良くともエストバキアの捕虜になっていることだろう。レーダーモニターに視線を動かす。先程のミサイル攻撃圏内から離脱する必要もあったのか、敵攻撃機は地上部隊への攻撃を諦めて離れ始めていた。

『ゴースト・アイより、ガルーダ隊。よく凌いでくれた。現在のところ、そちらに向かう増援部隊の姿は確認出来ない。地上部隊の損害も最低限で済んだようだ。もう少し踏ん張ってくれ。交代の部隊があと5分でそちらに到着する』
「こちらガルーダ1、エッグヘッド。敵は地上部隊だけでなく、こちらの航空戦力をそぎ落とすことも狙ってます。例のミサイルによる攻撃に気をつけるよう、後続に伝えてください」
『了解した。発射ポイントは今回も特定出来ていないが、化けの皮を剥がす材料にはなるだろう。俺たちがグレースメリアを取り戻すには、あれをなんとかしないければならないのだからな』
「ま、そっちの分析は専門家にまかせるぜ。じゃ、もうひと仕事始めるとしますか!」

残りの弾薬、燃料、損害状況をモニターで確認。任務継続に問題がないことをチェック。敵攻撃機部隊は戦闘継続をどうやら諦めてくれたらしく、グレースメリア方面への撤退を始めている。となれば、残るは護衛に付いてきた戦闘機をなんとかすればいい。こっちの戦力は決して大きくないかもしれないが、シャムロック・ドランケンは言うまでも無く、ウインドホバーやアバランチも健在だ。そう遠くないうちにやってくるであろうグレースメリア解放戦のためにも、敵戦力は削れるうちに削っておいたほうがいいのは、エメリアにとっても同じこと。敵の新手がまたも2機、こちらに向かって翼を向ける。タリズマンに引く気は全く無し。その来訪を歓迎するかのように、俺たちの愛機F-15Eは敵編隊に真正面から突っ込んでいった。
「天使舞う空、駆け抜ける鉄騎」ノベルトップページへ戻る

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