防衛戦、開戦
鼓膜が張り裂けそうな大音響が響き渡り、土塊と炎と煙とが膨れ上がる。どれを取っても耳と体には良いとは思えない音の集団が、戦場を埋め尽くしている。そして、その中には時折嫌でも聞きたくない断末魔の叫びが混じるのである。これだけは絶対に慣れることは無いな、とルイス・マクナイトは呟いた。カンカンカンカン、という連続音に、思わず首をすくめる。

「マクナイト、左29°、堅そうなのが来てる!ああ、二人やられた。血ぃ吹いちまってるよ、オイ。救護兵、出られるようなら引っ張り出せ!!」
「車ん中の酸素が勿体ねぇだろうが、ドニー!ホブズボーム、前に出せ。横から狙う!オーウェン、シルチス、援護を頼む!!」

騒々しいドニー・トーチとは対照的に、滅多に喋ることの無いホブズボームがうなずくのを確認して、マクナイトはスコープを覗き込んだ。ギャラギャラギャラ、というキャタピラの音が振動と共に体に伝わってくる。こちらの意図を察知したらしい敵の砲身が動き出すが、それよりも二足くらい早く、マクナイトたちは目標点に到達していた。のろまめ、と罵りながら、照準をしっかりと合わせる。無防備な横っ腹をじろりと睨みつけ、身構える。

「撃てーーーっ!!」

ズシン、という反動と共に、砲身から放たれた120mmが目標に向かって加速していく。反撃のように敵戦車の砲身も火を噴くが、これは予想通り、唸りをあげただけで命中せず、崩れかけている住宅に命中して破片を周囲に撒き散らす。その間に、三方向から狙われた敵戦車は、それぞれの方向からの直撃弾を食らう。超高熱のサイクロンが狭い戦車の車内を吹き荒れ、そして出口を求めて殺到した。炎が上部ハッチを吹き飛ばし、次いで砲弾の誘爆によって砲塔自体が車体から打ち上げられた。敵兵が脱出した形跡は無い。一番酷い死に方でもあり、一瞬で死ねた分楽な死に方だったろう。グレースメリアで散っていった部下や仲間たちがそうであったように。次は自分たちの番かもしれない。再び障害物の陰に車体を隠し、敵のいる方角を狙う。エストバキア軍の本隊は小細工なしの正攻法で進撃を開始している。今はともかく、こちらの台数を上回る規模で進んでこられたら、もう逃げる以外の術は無い。逃げられなければ、あの世へと旅立つだけ。あんまり差は無いかもしれない。生きるも地獄、死ぬも地獄、ならば。

スコープ越しの視界の中で、連続して敵の砲弾が着弾し、爆炎を膨れ上がらせる。休んでいる暇も無いというのはまさにこの事らしい。少し前にいる中隊長の車両から、スモークが2発打ち上げられる。ピンク・ピンク。何てこった、とマクナイトは吐き捨てた。指示内容は後退再展開。つまり、それだけの規模の敵が目の前に迫ってきたということだ!

「おいやべーよマクナイト!敵さん、ランチャーまで持ち出してきてる!」
「それで後退命令か。仕方ねぇ。ドニーはしっかりとモニター見てろ。ホブズボームはしっかりペダル踏め。敵兵がもしいたら、迷わず轢き殺せ。どのみち俺たちゃ、行く先は地獄だけだからな」

炎吐く戦車 物陰に敵兵の姿を確認し、マクナイトは機銃を放った。コンクリート塀の残骸に土煙が舞い上がり、吹き飛んだヘルメットが宙を舞うのが見えた。その直後、唸りを上げながら敵の攻撃が迫り、マクナイトの真正面で炸裂した。いくらか距離があったからいいようなものの、マクナイトたちから後退が遅れていた中隊長の車両は餌食となっていた。這い出したところで力尽きたのか、力なくぶら下がっている人の形の炭がのぞいている。グレースメリアと、結局状況は変わらないらしい。もしここから逃れることが出来たら、もう二度と軍人の仕事なんかやらねぇぞ、とマクナイトは誓った。敵も味方も、判別すら難しい死に様の亡骸を目の当たりにする日常に、もはや彼は飽き飽きしていたのだった。だが、だからといって彼の役目を放棄しないのも、歩兵たちの間から信頼される理由であるかもしれない。マクナイトは敵の火線の出所を頼りに、再び戦車砲を撃ち込んだ。ラッキーショット。敵先陣にどうやらいたらしい敵装甲車が、炎に包まれて燃え上がる。だがすぐさま反撃がやってくる。至近距離に撃ち込まれる敵の攻撃が、次第に精度を増していく。

『その辺の地上部隊!巻き込まれたくなかったら全力で後退しろ。到達まであと30秒!!』
「アン?どこの誰だかしらねぇが、戦車と歩兵の足じゃこれが限界なんだよ!」
『それだけ減らず口が叩ければ問題なさそうだな。周囲の歩兵を上に乗っけて、全力で逃げろ』
「ああ!?おい、勝手に通信切るな!……って、ホブズ、5秒だけ停めろ!おい、俺たちの周囲にいる奴ら、さっさとこいつの上に乗っかれ。何かヤバイのが来るらしい。急げ!!」

何だか良く分からない、といった表情でホブズボームが車を停める。近くにいた生き残りの幾人かが、勢い良く砲塔の上に駆け上がる音が聞こえてきた。普通の車じゃこれでも出足に響くのだろうが、こいつは戦車。もともと重い装甲を背負ったデカブツに数人乗ったところで、大した影響は無い。きっかり5秒後、再び走り出す。今度は速度も緩めることなく、ひたすら突っ切る。ふと見上げた空を、白い筋が何本か横切っていくのが見えた。ミサイル……か?高速を維持したその飛翔体は、敵の主力がどうやら迫っているらしい林の向こうへと吸い込まれるように消えていく。そして次の瞬間、真っ白な閃光が膨れ上がり、次いで轟音が車体を震わせた。

『第1小隊、全滅!』
『第2小隊、進撃不能!死傷者多数、救助求む!! 』
『くっそ、どこから狙われたんだ!?戦車の類の攻撃じゃないぞ、こいつは!?」

敵の砲撃がぴたりと止んだところを見ると、聞こえてきた敵の交信内容通り、相手方にはそれなりの被害が出たと見て間違いないだろう。再び同じような軌跡を描きながら、ミサイルが敵の方角へと落ちて行く。再び空が漂白され、爆炎が膨れ上がる。その間にマクナイトたち生き残り組はサン・ロマ市街西地区の防衛線に合流を果たす。防衛ラインの一角に陣取り、積んで来た兵士たちを下ろす。礼を言いながら降車した連中から、タクシー代を取っておくんだった、とドニーが本気でぼやくのを苦笑いしながら宥めつつ、マクナイトはスコープを覗き込む。破壊された住宅の中に、市民たちの姿が無いのは幸いだった。市街地が戦場になる最悪の事態を想定して、大半の市民は既に郊外へと避難・脱出している。グレースメリアの時のように、助けを求める手を振り払って撤退する必要は今のところは無い。それだけでも、マクナイトの心は幾分救われた気になる。市街にあるありったけのバスを動員しても市民の全てが乗り込めるものではない。ただ、エストバキアの全面侵攻が始まるよりも早く脱出作戦が始められたことは、ひょっとしたら逆風続きのエメリアもほんの少しだけツイてきた、ということなのかもしれない。

「マクナイトォ!ヤベぇよ、敵が動き出しちまった。くそったれめぇ。ぶっ飛んだ仲間なんざゴミと一緒ってかぁ?内戦長くやってると人間の感情なんて麻痺しちまうのかねぇ。おおやだ」
「俺たちだって似たようなもんだろうがよ。グレースメリアに仲間の遺骸を大勢残してきた俺たちの言えた台詞じゃねぇさ」
「じゃ、この際だからトンズラしちまうかい?どーせ負け戦になるんだからよぅ」
「そうなぁ、それもいいけどなぁ。少し後に取っておこうや。今日の俺は、すこぶる機嫌が悪い。物騒な支援をやらかす奴らもいるし、エストバキアのケダモノどもを市民たちに近づけるわけにゃあ、いかんからな」
「マクナイト、素直に言った方がいい。市民を守ると」

珍しくホブズボームが口を開いたので、マクナイトはしばらく呆気に取られ、そして笑い出した。相棒たちの言うとおりだ。グレースメリアの凄惨な光景はマクナイトの心に深い傷を残していた。だが、それを理由にして新たな悲劇を量産させるほど、彼の心は決して弱くなかった。生き残ったら、奴らに酒を振舞わないとな――苦笑を口元に浮かべつつ、マクナイトは誰にも聞こえないくらいの声でそう呟いた。

――ルイス・マクナイト。彼がこの戦争の表舞台に駆け上がるまでは、まだ幾ばくかの時間が必要であった。
物量に圧倒的な自信がエストバキアにはあるのだろう。侵攻開始と共に彼らが取った戦法は、極めてシンプル。重厚な陣形を重ねて、火砲の圧倒的な火力と兵力により、敵をねじ伏せる――ま、正攻法と言えば正攻法ではあったが、今のところその作戦が成功しているような戦況ではなかった。想定よりはエストバキアの動きは早かったものの、サン・ロマ市民の市街地からの避難はほぼ完了していた。そして、陸軍を中心としたサン・ロマ篭城軍は、市街西部の市街地からその先の丘陵地帯へと展開し、エストバキアの進撃を待ち受けるだけの時間を確保出来ていた。そして、敵の針路を読みやすいエメリアに対し、地形もうまく活用して潜伏している部隊への対処に、エストバキアの進撃は今のところ食い止められていた。ただ、戦力に劣るエメリア側が劣勢に追い込まれるのは時間の問題ではあったが。とにかく、脱出した市民たちが安全圏に到達できるだけの時間を確保すること。それがこの戦闘の主目的と言っても過言ではない。

『ゴースト・アイよりガルーダ1。いい狙いだった。次は北東エリアだ。多連装ロケットを引き連れた連中が接近している。情けは無用だ。まとめて叩き潰せ』
「ガルーダ1、エッグヘッド了解。タリズマン、方位020方向、頼みます」
「あいよ。アバランチ、エッグヘッドがガイドしてくれる。しっかり狙え!」
『アバランチ了解。各機、ぶちかませ!!』

AWACSと地上部隊から送られてくるリアルタイムの戦況と敵の展開情報をモニターで確認しつつ、レーダー上の敵光点と位置情報をチェック。北東方向から展開しつつある多連装ロケットの群れを目標としてインプット。攻撃第二波、1番から4番まで攻撃目標の設定完了。続けてアバランチ隊の攻撃目標を伝達。その間に攻撃隊は、ミサイルの射程圏内へと到達。準備完了。問題なし。

「タリズマン、攻撃準備完了!」
「オーケーだ。ガルーダ1、フォックス3!!」
『ブリザード、フォックス3!』

F-15Eから切り離された大柄のミサイルのエンジンに火が灯り、白い排気煙を残して轟然と加速していく。続けてアバランチ隊の放ったミサイルの群れがその後を追う。綺麗に並んだ白い航跡がまっすぐと伸びていく様はなかなか壮観だ。だが、俺にはその光景をのんびりと眺めている余裕は無い。俺たちに与えられた任務は、あくまで積極的攻勢による後方撹乱。サン・ロマ市街の最前線での戦闘任務ではなかった。ミサイルを切り離すと、タリズマンは緩やかに旋回しながら高度を上げるコースに乗った。サン・ロマから離れているとはいえ、戦闘機の速度ならわずかな時間で到達出来るポイントに俺たちは展開している。もしここまで到達した敵航空部隊が存在したならば、俺たちは全力を以って迎撃しなければならない。俺たちの後ろには、現状無防備なエメリア領が展開しているのだから。ミサイルの群れは順調に目標へ向かって飛行中。今回俺たちの愛機に搭載してきた対地ミサイルは、弾頭を大型化すると共に航続距離と誘導性能を大幅に引き上げた試作型のXLGM-02。兵装システム士官による攻撃目標の随時変更にも対応している点が、俺にはありがたい。敵からの反撃は今のところなし。

『ん?至近距離の地上に車列を視認。識別信号なし。何だ? 』
『サーベラスよりナスカ、ありゃ避難中の市民の車だ。間違っても攻撃するんじゃないぞ』
『あ。道端に着弾を確認』
『ウインドホバーよりナスカ、撃墜してもいいか?』
『違う、俺じゃねぇ!レーダーに敵航空機の接近を確認。連中の仕業だってばよ!!』
『――ふざけやがって。エストバキアの大義とやらは、エメリアの民間人の血を啜ることか!?』
『いかんワイ。ウインドホバー、シャムロックのフォローに付け!』
『了解だ。ウインドホバー隊、熱血野郎に続け!!』

俺たちの展開ポイントも最早後方とは呼べないらしい。北側から回り込んできたらしい敵航空部隊の光点が、レーダーにもはっきりと映し出されている。A-10Aの編隊。数は6。規模は大きくは無い。護衛らしき戦闘機の姿は確認出来ない。後方からエメリア地上軍を叩く魂胆か。シャムロックのF-16Cが勢い良く敵部隊へと突入していく。その様は、鈍重な獲物に襲い掛かる身軽な隼のようだった。タリズマンも支援体制。俺はその状況を横目で確認しながら、対地攻撃に意識を集中させる。ミサイル全弾、目標の至近距離に接近。3……2……1……着弾!ミサイル命中点周辺の敵光点が、瞬時に消滅する。サン・ロマ市へと向かっていた部隊の鼻先、先鋒部隊中心に狙いを定めたミサイルは、全て目標地点に到達した。敵地上部隊の動きが停止する。

『ゴースト・アイよりガルーダ1。攻撃成功をこちらでも確認した。敵さん、だいぶ混乱しているぞ。よくやった』
「エッグヘッドよりゴースト・アイへ。こちらの展開空域に敵航空部隊発見。民間人の車列が攻撃を受けています。現在迎撃中」
『思ったよりもエストバキア勢の数が多いようだな。徹底的に排除しろ』
『言われるまでもないさ。叩き潰す。全機な!!』

安全空域とでも思っていたのか、遅ればせながら危機に気が付いたらしい敵部隊が散開を開始。それよりも早く、シャムロックが至近距離に到達。先頭の1機に対し、ガンアタック。後方からは、ウインドホバー隊の放ったミサイルが殺到する。2機が直撃を食らって火の玉と化し、1機は翼をもぎ取られ、錐もみ状態のまま大地に突き刺さり、爆発した。最初の1機に攻撃を仕掛けた後、シャムロック機は急上昇。上空で失速反転して新たな目標の後方へと喰らいつく。必死に逃げようとする敵機だったが、A-10Aの足でF-16Cは振り切れない。これなら、こっちが手を出す必要も無い。鬼神の如き奮戦ぶりを見せているシャムロックに任せておけば良かった。先ほど、一番最初に攻撃を受けたA-10Aが、俺たちの至近距離をまっすぐ漂流していく。そのコクピットのキャノピーには大穴が開き、赤く煙っていた。

『畜生、エメリアの戦闘機部隊がいるなんて、聞いてないぞ!?』
『バカ、逃げろ、真後ろだ!!』
『何!?う、うぎゃぁあああ……』

シャムロックの放ったミサイルが、目標のエンジンを弾き飛ばした。推力を失った敵機は惰性と反動で少し浮き上がり、その姿勢のまま高度を下げていく。キャノピーが切り離され、次いでパイロットの身体が空へと打ち上げられた。最後の1機は、ウインドホバーがしっかりと仕留める。翼に命中弾を喰らった敵機は、運悪くぶら下げてきたミサイルが誘爆し、その機体は空中で四散してしまった。結局、生き残れたのは空をゆらゆらと漂うパイロット一人。風に少し流されていく敵兵は、よりにもよって民間人の車列に向かって高度を下げていく。陸上での戦闘に参加しないとはいえ、護身用のピストルくらいは持っている。それに対して、基本的に銃火器の個人所有が認められていないエメリアの民間人は対抗する術は無いのではないか。

「タリズマン、あのままでは、脱出中の市民に被害が出るんじゃないですか?……攻撃しますか?」
「マクフェイル。いくら俺でも、20ミリで敵兵を吹っ飛ばすのは趣味じゃねぇんだ。だがなぁ、今は平時じゃないんだ。奴さん、無事に降りられるとはとても思えないんだがな」

それはどういうことですか、と聞くよりも早く、地上で動きがあった。車列に並ぶように走っていたランドクルーザーから何人かの男たちが出てきたかと思うと、一斉にピッケルのようなものを空に構えたのだ。続けて、閃光がいくつか爆ぜる。空へと打ち上げられた火線は、逃げ場の無い敵兵士の身体に殺到していく。弾を受けるたびに痙攣したかのように跳ねる敵兵の頭から、ヘルメットが吹き飛ぶ。俺は思わず目を背けてしまった。火線が止んだ時、そこにはピクリとも動かず、パラシュートにぶら下がった、敵兵の変わり果てた姿があった。地上に目を向ければ、こちらに手を振る義勇兵たちの姿がある。どこで入手したのか分からないが、その手にあるのは自動小銃。

「ほらな。戦争やってるんだ。一般市民の皆さんがいつも通りだとは考えねぇ方がいい。大昔の戦争から、レジスタンスとして立ち上がってきた人間はごまんといるんだ」
「確かに。しかし、こいつは……」
「条約違反だってか?証拠がどこにある?お前、国際司法裁判所にでも今の光景を訴えるつもりか?したけりゃ止めないがな」

各国が結んでいる国際条約においては、捕虜の拷問や虐殺は厳禁とされている。だが、祖国を、生まれ育った街を敵によって追われた人々の怒りは、理性によって簡単に押し留められるものでは決して無い。幾多の戦場において、時に兵士よりも残虐に成り得るのは民間人だった。墜落して戦死したパイロットの亡骸に縄をかけて街中を引きずり回したり、市街地に孤立した部隊をリンチの如く虐殺したり……そんな一幕は、世界中の戦場に溢れたささやかな悲劇なのか。もっとも、モニターとレーダーを眺めて、ミサイルを誘導して命中させている俺が、とやかく言えたことではないが。先ほどの攻撃によって傷ついた兵士の数は、両方の手当の数では到底足りないに違いない。敵をより多く殺した者が英雄と称えられる異常な状態――それが、戦争なのだ、と否応無く教えられたような気分だ。

『あまり喜ばしい話ではないのぅ。義勇兵の存在が明るみに出れば、それを盾にした民間人拘束や弾圧の口実をエストバキアに与える危険も出てくるワイ』
「グレースメリアのダチが心配になってきたぜ。血の気の多過ぎる連中だから、弱っちいエストバキアの兵士を討ち取って英雄気取り、呼び込むのは徹底的な弾圧、終いは血祭り、っていうオチになってなきゃいいんだが」
『そもそも民間人に対して攻撃を加えること自体が明確な国際条約違反だ。それを犯した連中こそ、裁かれるべきじゃないか』
「おいおい、マクフェイルと同じ次元で物を語るなよ。頭冷やせ、ランパート。女房と娘が心配なのは分かる。だがな、冷静さを欠いてちゃ、お前、死ぬぞ」

タリズマンは、シャムロック機の方向に視線を向けている。バイザーに隠れて見えないけれど、多分睨み付けていたんじゃないかと俺は思った。なるほど、ランパート大尉はあの車列の中に、自分の家族がいるかもしれない――そう考えていたというわけか。俺だって、恋人が乗っている車が攻撃を受けようものなら、烈火の如く怒り狂うに違いない。

『ゴースト・アイより、各機。エストバキア軍による民間人攻撃の事実は、こちらで一部始終を記録した。必要なら、戦後にこれを資料として提出出来るようにしておく。それよりも任務だ。お前らの活躍のおかげで、獲物が食い付いてきたぞ。戦闘機部隊だ。先日の赤い連中じゃないようだがな。――蹴散らしてやれ。ランパート大尉、冷静に、かつ冷酷に対処しろ』

絶妙のタイミングと言うべきか。居心地の悪い空気が漂い始めた雰囲気が、ピリリと引き締まる。全く、災いをもたらしたのがエストバキアなら、救いの神もエストバキアというやつか。ゴースト・アイの誘導の仕方も見事だ。ナイス・フォロー、と心の中で喝采を打つ。レーダーに視線を移せば、先ほどの敵編隊よりも多い数の敵IFF反応を示した光点が、北東方向から接近してくる。ミサイルの発射ポイントを解析されたか、敵のAWACSに捕捉されたか、或いはその両方か。ま、理由はどうでもいい。片っ端から噛み砕くのが、今の俺たちの役目なのだから。

「エッグヘッドより各隊、敵機種は……Mig-29系列、型式は不明。加えて、Su-27。数は合計16。方位020より、急速接近。ミサイルによる攻撃に警戒して下さい!」
「おいでなすったか。よーし、シャムロック、ドランケン、仕掛けるぞ。弾をケチるなよ?」
『ドランケン、了解じゃ。チークダンスといくかの』
『フウ……やれやれ、タリズマンたちには忠告され放しだな。シャムロック了解。鬱憤はあの連中に全てぶつけてやろう』

ウインドホバー、アバランチの両隊は、俺たちに先行して敵部隊へと向かう。ほぼ同高度、ヘッド・トゥ・ヘッド。それに対し、俺たちはやや上方。コクピットに、耳障りな警告音が鳴り響く。敵の光点から、小さな光点が出現して俺たちに向かってくる。敵は編隊を大きく二手に分けて仕掛けてきた。タイミングを図り、120°ロール、降下。ミサイルの航跡上から逃れるように針路を取る。ウインドホバー隊とアバランチ隊が、接敵。編隊をすぐさまに解いた両隊は、それぞれの獲物を定めてドッグファイトへと移行する。どうやら重点的に狙われたらしい俺たちは、既にブレーク済。ミサイル攻撃を難なく回避したタリズマンはどうやらこちらを獲物として捉えたらしい2機と間合いを計るように、徐々に速度を上げながら愛機を旋回させていく。敵の群れの中に、グレースメリアの空で出会った「赤いSu-33」は見えない。もちろん、未知のエースがいるかもしれないけれども、あの時の連中がいないだけでも、俺の心理的な負担はだいぶ軽くなるというものだ。

「さーて、シャムロックに負けないように、激しくいくぜ。マクフェイル!――吐くなよ?」
「もう慣れましたよ。さて……そろそろですか?」
「フン、たっぷり教えてやるぜ。エメリアの空の恐ろしさってやつをな」

言うなり、タリズマンは操縦桿を勢い良く引き、機体を急旋回させる。だが、その時間はそれほど短くなく、引いた操縦桿をリリースするとスロットルをMAXへと叩き込んだ。同心円上のルートを一気にショートカットして、敵機の背中へと襲い掛かる。タリズマンお得意のコークスクリュー。意識を持っていかれないように、しっかりとモニターを睨み付ける。散開して回避機動へと転じた敵機の一方が、最初の獲物となる。小回りはともかく、敵機を圧倒する速度と加速で一気に距離を縮めたタリズマンは、射程内に敵機を捕らえるや否や、AAMを放つ。攻撃目標の追尾は任せたとでもいうように、すぐさま第二目標へと狙いをチェンジ。早い!まるで敵の動きを先読みしたかのように、その鼻先を押さえる。慌てて旋回した敵の後背へと、まんまと回り込む。その頃には、先ほどの敵機がミサイルの餌食となり、尾翼と主翼をへし折られて操縦不能に陥っていた。

「さあ、じっくりと味わえ。エメリアの空を」

決して大きくは無い、タリズマンの一言は、まさに死刑宣告。背筋にぞくっと来たのは言うまでも無い。そんな恐ろしいパイロットの敵でなかったことに、俺は正直なところ、神に感謝したくなった。
「天使舞う空、駆け抜ける鉄騎」ノベルトップページへ戻る

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