サン・ロマの攻防
サン・ロマを巡るエメリア、エストバキア両軍の戦いは、エメリア側の「市民の撤退が完了したら即撤退」という思惑が大きくはずれ、全面衝突の様相を呈し始めていた。実際、サン・ロマ市の市民の脱出は比較的順調に進み、アネア大陸を構成するもう一つの国家、永世中立を宣言したノルデンナヴィクとの国境付近に設営された難民キャンプへと人々は向かっていた。だが、市民の脱出は何もサン・ロマだけが対象であるわけではなかった。既に占領から1ヶ月以上の時間を経たグレースメリアからも断続的に人々の脱出は続いていたのである。そして、グレースメリア市に関しては、止むことのない流出を危惧したエストバキアによって検問が強化され、事実上市民の脱出を阻む措置が取られたことが、混乱に拍車をかけることとなった。断片的に聞こえてくるエストバキアの占領政策は、エメリアの人間から見ればあまりにも前世代的、中世的な代物だった。そんなお粗末な体制では、長らく民主主義を謳歌して来たエメリアの人々を納得させられるはずも無い。まして、反発を武力で押さえ込むような手法では尚更だ。そして、検問強化の実施前に脱出したグレースメリアからの難民たちは、サン・ロマ脱出組と合流して国境へと向かおうとして、エストバキア軍による検問に遭遇してしまう。

俺たち自身が目撃したように、一部のエメリアの市民は自己防衛のためには銃火器の使用も辞さないように変貌していた。検問に当たった兵士には、そこまでの認識が無かったのかもしれない。だが、検問される側は、敵に対して牙を剥いた。エストバキア兵の一人が至近距離から頭を撃ち抜かれ、もう一人の兵士が拳銃を身構えた市民に応射し、射殺した。これが衝突の発端となり、武装した市民とエストバキア兵の銃撃戦は、やがて救援に向かったエメリア軍部隊と応援に駆けつけたエストバキア軍部隊との全面衝突に発展してしまった。互いの兵士による肉弾戦までが展開されるような激戦で、市民だけでも50人以上の死者を出し、エメリア・エストバキア両軍の兵士については、この短時間の全面衝突で合わせて200人以上の死傷者を出す結果となってしまった。甚大な損害を出した両軍は一旦引いたものの、武装市民の摘発を前面に打ち出したエストバキアと、そもそもの侵略に全ての責任があるとするエメリアの主張が合致するはずも無く、それまでは両軍が黙認してきた退避ルートである国道165号線は、事実上重要な戦略地点へと変わってしまった。そして、脱出者たちの安全を確保するためにも、エメリア軍地上部隊は引くに引けなくなってしまったのである。

サン・ロマ篭城部隊にとっては痛恨の消耗戦ではあったけれども、この2週間、地の利を活かすことにより、数度に渡るエストバキアによる積極的攻勢を退けることには成功していた。部隊の規模任せに突撃したエストバキア軍は、十字砲火の真っ只中に飛び込んだり、或いは工兵部隊が設置した罠にはまり、決して少なくない損害を出しては撤退する羽目となった。もっとも、地上部隊では埒が明かないと判断したエストバキアは、代わりに対戦車ヘリ部隊や対地攻撃部隊を前面に押し出したため、エメリア側の対抗策も変更を強いられることとなる。ペルーガ基地まで退いた俺たちではあったが、場合によってはサン・ロマ近郊の空域で敵航空機部隊と戦闘を行う機会も増え、敵の対空砲火に注意を払いながらカヴァリア空軍基地へと着陸し、補給を受けることもあった。馴染みになっていた整備兵から、「お帰り」と言われてしまうのは何とも皮肉な話だったものだが。微妙な均衡状態が続く数日ではあったが、グレースメリアという巨大な後方基地を持つエストバキアに比べて、エストバキアによって制海権も制空権も奪われつつあるエメリアは、持久戦になればなるほど不利になる。そして、補給線に不安を残すエメリア側には、疲労の色がはっきりと出始めていた。何より、弾薬の欠乏が致命的であった。

『やれやれ、陽動で暴れ回るだけならもう少し気楽だったんだがなぁ』
「だから言っているだろ。アル、お前が一緒に余計な任務を背負ってきた、って」
『俺のせいかよ!?大体、戦争仕掛けてきたのはエストバキア野郎じゃないか。将軍たちにでも聞いてみるか?何で戦争したくなったんですか、って?』
「聞くよりも前にぶち殺した方が早いと思うがな」
『タリズマンは過激だねぇ』

そして、俺たちにとっては心強いことに、ペルーガ基地にはエンジェル隊が新たに加わっていた。おかげで、空の会話が賑やかなこと。だが、エストバキアにとっては悩みの種が増えたことには違いない。アバランチ隊同様、足の長い対地ミサイルを搭載出来るエンジェル隊のおかげで、俺たちのアウトレンジからの対地攻撃は規模と回数をさらに上乗せできるようになったのだから。もっとも、一度に消費されるミサイルの弾数が増えたことは、基地の備蓄の消費スピードが加速したことと同義ではあったが。このままのペースで出撃が続けば、10月後半にはサン・ロマへの定期便は休止に追い込まれることになるだろう。そうなれば、俺たちはさらに退くしか道はない。実際、軍令部からはペルーガ基地の全要員に対し、11月1日を以って基地を放棄するよう命令が下っていた。

『シャムロックよりエッグヘッド。ゴースト・アイの雷が落ちる前に、今日の目標を確認しておこうか。重点攻撃地域はどこになる?』
「了解です。各機、モニタを確認して下さい。国道165号線方面の戦闘は一段落していますが、市街西エリア、もともとのビジネス街区域に対して橋頭堡を確保すべく、エストバキア地上軍が猛攻を仕掛けてきています。既に地上軍は同市街区を放棄し、隣接するエリアでの防戦を強いられている状況です。我々の目標は、当該区域に展開している敵戦車部隊です。なお、一般市民の避難は完全に完了しているので、遠慮は無用とのことです」
『ゴースト・アイより各機、少し補足しておくと、この部隊には対空防衛部隊が同行してることが分かってる。ミサイルが撃ち落される可能性があるものとして、攻撃に当たれ』
『ウインドホバーよりゴースト・アイ。それ以降はいつも通りか?』
『その認識で問題ない。ただし、カヴァリア基地周辺も戦闘が激化している。補給についてはペルーガで受けた方が無難だろう』

モニタの一つをAWACSとのデータリンク画面に切り替え、攻撃目標エリアの敵情報に目を通す。重戦車の群れに加えて、確かに対空ミサイルを搭載した戦闘車輌が複数確認出来る。至近距離から狙われたら、俺たちとて危険かもしれない。足の遅いヘリ部隊にとっては、これ以上無い脅威になるだろう。それにしても、サン・ロマ市街の戦闘が、次第にエストバキアの一方的な優位へと変わり始めたと痛感させられる。この状況からどうやって陸上部隊を脱出させるのか――現場指揮官たちは前面のエストバキア軍への対応と、撤退準備とで相当に神経をすり減らしているに違いない。さて、どうやって攻めるか……敵味方の展開をしばらくモニタで眺めていた俺は、問題の敵機甲部隊の隣接区域に展開している友軍部隊情報を引き出し、そして妙案を思いついた。そのエリアに展開している友軍は、陸軍第5軍の戦車部隊。彼らは、グレースメリアからサン・ロマへと脱出する友軍の殿で、敵の追撃に反撃しながら撤退していた、あの連中だ。俺らと同じグレースメリア脱出組ならば、多少は無理も効くかもしれない。

「エッグヘッドよりゴースト・アイ。目標の近接区域に展開している第5軍の部隊に、支援攻撃を依頼出来ませんか?ミサイルが戦域に到達する直前の2分程度で構いません」
『勿論可能だが、理由がいるぞ。下手に撃ち込めば居場所を教えるようなもんだからな。それに、弾薬を無為に消費しろということになるからな』
「対空攻撃部隊の撹乱が目的です。命中するかどうかは運任せかもしれませんが、至近距離でズンドコ爆発している状況なら、そうそう落ち着いて空を狙うことも出来ないはず。攻撃がうまくいけば、敵の出足は確実に鈍ります。その間に、彼らを脱出させてください」
『フム……よし、やってみよう。しかし何だな、朱に交われば何とやら、とは良く聞くが、段々タリズマンに似てきたな、マクフェイル少尉。あまり染まりすぎるなよ』
「ケッ。俺が染めてるんじゃねぇよ」
『いや、タリズマンが感染源だな』
「エッグヘッドより各機、間もなく攻撃可能射程内に入ります。ウインドホバー隊、シャムロック、ドランケンは周辺警戒を」

不良隊長二人の応酬は丁重に無視して、フォローアップを各機に依頼。アバランチ隊、エンジェル隊が攻撃に備えてフォーメーションを組む。アタックフォーメーション。安全装置の解除をもう一度確認。攻撃目標の位置情報をインプット。

『ゴースト・アイより各機、第5軍との話が付いた。攻撃のタイミングはこちらから彼らに伝える』
「仕事が早いな。さすがは指揮官。よし、アバランチ、エンジェル、ぶちかますぞ!」
『アバランチ了解。フォックス3!』

攻撃隊各機から、対地ミサイルが切り離された。青い空に刻まれる、ミサイルの吐き出した白い排気煙。肉眼ではあっという間に見えない距離へと加速していくミサイルの群れを、データリンクを表示させたモニタで追尾する。一次攻撃で俺が狙ったのは、中でも目障りな対空戦闘車両。地上軍の支援攻撃があれば、かなりの確率で命中させられるに違いない。だが、突然、機体は急ロール。下から上へと持ち上げられるような感覚に続いて襲われる。タリズマンが機体を急旋回させたのだと知れる。何の理由も無く、機体を振り回すようなパイロットではない。何か危険を察知したのだ、と頭は理解していたけれども、急な機動に耐えてなかった身体はショックをまともに受け、俺は咳き込んでしまった。モニタの一つをショートレンジのレーダー画面に切り替える。編隊を乱されてしまった友軍のIFF反応の光点の中に、いくつか淡い敵光点が見え隠れする。くっそ、ステルス機かよ!?さらに、サン・ロマ北部方面から、敵のトライアングルが3つ、俺たち目指して接近中。こちらはステルスではなく、最近は良くご対面のMig-29。全く、戦闘機の物産展か、エストバキア空軍の品揃えは。ぐい、と振られるような機動の中で、しかし俺はもう一方のモニタに意識を集中させる。当然、こういう事態が発生することをタリズマンと俺は想定していた。だから、いちいち言葉を交わさずとも、役割は明白に決めてある。タリズマンは敵の捕捉・目標選定も含めて対空迎撃、俺はどんな機動をされてもしっかりと対地攻撃管理、と。とはいえ、タリズマンの豪快な機動はしばし俺の意識を吹き飛ばしそうになる。対空戦闘だけなら予め身構えておくことも出来るだろうが、一度に対空と対地、双方の戦況を管理出来るほど、俺の脳味噌は高性能じゃない。

先ほど放った対地ミサイルは、順調に攻撃目標へと進撃しつつある。予定通りなら、そろそろ陸軍第5軍による砲弾のシャワータイムが始まる頃だ。出来るなら、さらにトドメとしての第二次攻撃を撃ち込みたかったけれども、そんな状況じゃない。陸上部隊の支援攻撃が功を奏してくれることを祈りながら、モニタを睨み付ける。一方で、ショートレンジのレーダーモニタは目まぐるしく敵味方の光点が動き回っていた。どうやら、敵航空部隊のうち、淡い反応しか見せてくれないステルスの連中は、低空ないしは地上で待機していて、俺たちがやってくるのを待っていたらしい。まあ、散々アウトレンジから地上部隊へミサイルの宅急便を届けて、迎撃にやってきた航空部隊こそ本命、とばかりにサン・ロマの西側地区で暴れ回ってきたのが俺たちだから、当然の如くエストバキア軍からはマークされていたに違いない。エンジェル隊の合流する少し前だって、結構な数の敵航空部隊を全滅させたりしていたわけだ。一筋縄ではいかない物騒な連中に対して、エストバキアは必勝の策を持って対抗してきた、というわけだ。これが、もしプルトーン隊所属のままだったら、今頃俺が対地攻撃に意識を向けておくことなど出来はしなかっただろう。だが、今ここにいるのは、タリズマンやシャムロック、エンジェル隊といった猛者どもだ。さて、罠にかかったのは、果たしてどちらになることやら。

『勝ってる国ってのは羨ましいな。見たかアレ。F-35Bだぜ。よくまぁ、あんな高価な機体を取り揃えたもんだ』
「うちの国なんか、まだF-117しか持っていないのにな。どこの国の分を横流しにしたんだと思う?」
『さあな。オーシアとユークトバニアの上前はねて、密輸用の機体を作っちゃうメーカー様じゃねぇの?』
「エメリアに売ってくれりゃ良かったのにな。エストバキア空軍、散財だぜ」
『全くのぅ。売り付けた商売人は、商いの才能が無かったの』

端から聞いていたら、呑気な会話を交わしている男たちが、空戦真っ最中のパイロットであるとは分からないに違いない。豪胆と言うべきか、どこか麻痺しているんじゃないかと言うべきか――何となく、後者のような気がしないでもない。ピカッ、とすぐ近くの空が光った。視線をそちらに向ければ、ステルス機に共通して見られる独特の流線型のフォルムの機体が、黒煙と炎をまとい、時々痙攣しながら空を漂流していた。俺たちの乗るF-15Eとて安い機体ではないが、今被弾して使い物にならなくなったあの機体だけで、一般的なビジネスマンの生涯賃金が50〜60人は払えるんじゃなかったか。戦争という行為は国家にとっての最大の浪費である――全くもって、その通り。

「エッグヘッド、ミサイルはどうなってる?」
「今のところ全弾無事です。間もなく着弾!」
「よーし。着弾後は周りのハエどもをしっかり見ておけよ。こんだけ多いと神経疲れるんだよ」

タリズマンと会話を交わしている間に、対地ミサイル群はサン・ロマ市の目標地点へと到達する。ここからでは現地の状況は分からなかったけれど、目標上空に到達する直前、1発がどうやら地上からの攻撃によって破壊されてしまった。だが、残りの全弾はそれぞれ設定された目標点に到着し、そして炸裂した。データリンクの画像が補正され、市街西エリアに展開していた敵戦力は大幅に減少したことが確認出来る。さらに驚いたことに、友軍の地上部隊を示すアイコンが、同エリアの至近区域へと迫りつつあった。どうやら支援を依頼した連中、支援攻撃だけで済ませる気などさらさらないらしい。さて、と。俺は自分の仕事場である目の前のモニタ群を、対空戦闘用に素早く切り替えた。エンジェル隊も加わったことで、こちらの戦力も増加はしている。だが、今回そんな俺たちを撃滅すべく、エストバキアは結構な数の戦闘機を回してきていた。どうやら、レーダーでの視認性の低さを活かして、近距離からはF-35Bが、そして中距離からMig-29が俺たちを袋叩きにする魂胆らしい。どちらかと言えば小柄な身体を持ち、近接格闘戦においても高い水準の性能を誇るMig-29をこれだけ回してくるということは、グレースメリア組の戦闘能力が皮肉にも敵によって高く評価されたということに違いない。

『レプラホーン8よりガンダルヴァ2、後ろに付かれているぞ』
『くそ、一体どうなってるんだ、こいつらは!?』
『ガンダルヴァ・リーダーより各機、慌てるな。こちらの戦法を徹底しろ。相手のペースに合わせる必要はない』

双方の機体が入り乱れる中、右方向から旋回してきたF-35Bに対し、タイミングを合わせてその背後を取る。危地を察した敵機、回避機動へ。すかさずタリズマンは追撃態勢。旋回しながらこちらの照準から逃れようとする敵機ではあったが、徐々にその後背がこちらの目前へと迫り来る。と、敵機が水平へと戻す。諦めたわけではないだろう?その理由を測りかねているうちに、敵の姿が一瞬でかき消える。レーダー上には敵のアイコンがしっかりと映し出されているのに?そして、敵性戦力を示す光点が、俺たちの真上を通り過ぎていく。

「ホップアップされたか。VTOL機の真骨頂ってか?」
『タリズマン、頭の上だ。気をつけろ!』
「ありがとよ、シャムロック。だがな、こっちにもこっちなりのやり方があるんだぜ。……見せてやる」

ジジジジジ、という耳障りな音がコクピットの中に鳴り始めるや否や、スナップアップ。かなり強烈なGが頭と腹の上に圧し掛かる。急上昇へと転じた愛機が空を駆け上がる。互いに垂直方向への動きをしている時のレーダーの映り方はなかなか面白い。一定距離を保ったまま、互いの光点が対峙するのだから。だが、タリズマンの狙いは別に高空へと逃れることでは無い。エンジンの咆哮が静まり、推力が絞られる感覚が背中越しに伝わってくる。これぞ、まさに俺たちが模擬戦でやられた「アレ」だ。一方、敵パイロットが仕掛けてきたのはVTOLならではの機動性能を活かした上方退避か。教本では、「パイロットと機体に高い負荷をかける割に、実際の空戦においてはアドバンテージが無い」と書かれていたようにも思うが、現実にやられると結構洒落にならない。頭上を見上げると、敵の姿がはっきりと見えた。ホバリング態勢から、まさに攻撃へと転じようとしていた敵機の姿が、後方へと遠ざかる。が、それも長い時間では無かった。後方へと滑り落ちるようにストールする機体は、その反動を活用して失速反転。こちらの後方に付くはずが、まんまと前へと飛び出させられた敵機の無防備な背中が俺たちの正面に。

『ガンダルヴァ3、回避しろ!』
『読まれたってのか!?何が噂通りだ。噂以上じゃないかよ!』

天使の落書き かつて俺自身もこの戦法でやられた身だけに、敵のパイロットには心から同情したくなる。VTOL特有の機動を見せる余裕もなく、本気で逃げにかかる敵機。だが、速度勝負では彼らにはアドバンテージは無い。HUDに映し出されたミサイルシーカーがついに敵の姿を捕捉し、甲高い電子音と共にロックオンを告げる。空対空ミサイルが翼から切り離され、エンジンに点火。敵機、回避すべく急旋回。右斜め下方向へと針路を変更して高度を下げていく。攻撃目標の姿を追って、ミサイルも転進。排気煙の白い筋がぐいと曲がり、増速しながら高度を下げていく。敵機はもう一度急旋回でミサイルをやり過ごそうとして、そこで捕まった。近接信管を作動させたミサイルの弾頭が炸裂し、弾体片が爆発とともに撒き散らされる。至近距離でミサイルの爆発を食らった敵機は、胴体部分でまともに弾体片の直撃を食らう羽目となった。主翼と胴体部が容赦なく切り裂かれ、垂直尾翼がへし折られて弾け飛ぶ。黒煙を何か所からも噴き出した敵機は、推力を失って高度を下げていく。コクピットにも被害があったのか、敵パイロットがベイルアウトしてくる様子は見えなかった。まずは1機。早くもタリズマンは機体を旋回させ、次なる獲物の姿を探し求めていた。奇襲による混乱が無かったわけではないが、アバランチ・ウインドホバー両隊共に、敵部隊と互角以上に渡り合っている。中でもウインドホバーのやり口は巧妙で、2機でペアを組んで囮役と攻撃役とを分担し、単純な機体の性能比較だけならこちらを上回るはずの敵部隊を圧倒していた。そしてエンジェル隊はと言えば、こちらは心配の必要が全く無い。ハーマン大尉自身は単身ステルス機部隊の真っただ中に在りながら敵を翻弄し、彼の部下たちはアウトレンジからの攻撃を仕掛けようとしていたMig-29部隊へと突入し、布陣をかき回すことに成功していた。気がつけば、それほど広くない空域での乱戦状態に戦況は変わりつつある。

『よう、タリズマン、いいダンスは踊れてるか?』
「フン、健在で何よりだ、悪友。ここまで多いとダンスというよりゃディスコだがな」
『違いないや。でも今風に言うなら、クラブじゃないの?』
「最近の若者のこっちゃ知らねぇぜ。そっちの3匹、任せる」
「エッグヘッドよりエンジェル1、下方からステルス!!」
『おっと、助かるぜ。それじゃ、フラメンコでいこうかい!』

一旦左方向へと機体を急旋回させたエンジェル1は、さらに機体を水平に戻してスナップアップ、上昇へと転じた。射線から攻撃対象を見失った敵機が低空から高空へと駆け上がっていく。その頭上に舞い降りるかのように、エンジェル1のF/A-18Eがぴたりと付けていた。ピンチ一転して絶好のチャンス。

「あれがアルの得意技よ。まともに決められっと、俺でもヤバい時がある。初見で食らって逃れられる奴はあんまりいないだろうな」
「それにしても、よくもまぁ、あれだけピタリと付けられるもんですね……」
「全くだ。本人曰く、チークダンスだとよ。さて、こっちも負けてられんな」

少しスピードを殺したF/A-18Eの機関砲が至近距離から敵に襲いかかる。鼻先から直撃弾を多数被った敵機は、黒煙を噴き出しながら惰性で上空へと舞いあがっていく。やがて、痙攣するように震えた機体は、真中からへし折れるように爆発し、真っ二つになった機体は重力に引かれて大地へと落ちていく。そのまま高空へと駆け上がったエンジェル1は、何事もなかったかのように僚機のバックアップに付く。全く、タリズマンといい、エンジェル1といい、つくづく味方で良かったと思う。レーダーを改めて確認すると、仲間たちはいずれも健在。ガルーダ2と3は、機体の性能差などどこ吹く風、と言わんばかりに、敵機とドッグファイトの真っ最中だった。タリズマンが狙いを定めたのは、その後方から仲間たちを狙おうとしている1ペア。両軍入り乱れる空をかき分けるようにして突き進むその様は、ひょっとしたら彼が部隊名に付けた「ガルーダ」の名に相応しいのかもしれない。そして、魔獣に狙われた獲物に逃げる術は無い。「ステルス機を手玉に取る危険なF-15E」の接近に気がついた敵機が編隊を解いて散開する。その一方を追って旋回。小気味よく、エッジを刻んで追撃から逃れようとするMig-29と一定距離を保ちながら、こちらも機動をトレースする。タリズマンのことだ。きっとマスクの下ではぞっとするような微笑を刻んでいるに違いない。こうなってしまうと、戦闘に関して俺に出来ることはあまりない。全体の戦況を把握しつつ、レーダーで敵味方の状況を細かく把握することに意識を向ける。全体としてこちらの優位はほぼ確定的。レーダーをショートからミドルレンジへ。視野がぐっと広がり、サン・ロマを巡って戦いを続ける友軍部隊の姿がモニタ上に広がる。そして、気が付いた。俺たちのいる空域を目指して接近しつつある、新手の光点に――。
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