老兵たち
敵戦力のデータを調べ上げることは、現代戦においてはそう難しいことではなくなっている。特に、データ自体が軍のデータベースに存在するようなケースにおいては、敵戦闘機の機種を調べ上げることもそう難しくはない。もちろん、AWACSの支援あっての話ではあるけれども。俺たちの空域目指して突進しつつある敵部隊に、俺は悪い予感がしていた。こういう時の悪い予感は、昔から何故かしっかり的中する。敵航空機のタイプは、Su-33。例の赤い戦闘機隊が使っているものと同じタイプ!

「タリズマン、敵増援が接近中。機種はSu-33」
「へぇ。大本命のお出ましかよ?」
「部隊までは確認出来ませんが……嫌な相手ではありますね」
『こちらドランケンじゃ。いちばん近いのがワシらじゃな。ちと当たってみようかの。行くぞい、シャムロック』
『シャムロック了解。タリズマン、バックアップは頼んだよ』

ガルーダ2、3の2機が機首を並べて、敵増援部隊の迎撃に向かう。サン・ロマ市方面からまっすぐ西へと向かってくる敵の数は4機。ワンサイドゲームになりつつあるこちらの戦況に対しては焼け石に水のような気もしないではないが、それだけに不気味でもある。この間の連中同様に、自身の操縦技量に相当な自信を持つエース部隊ということもあるのだから。敵部隊、4機のダイヤモンドを2機ずつのペアに変更。ただし、針路に変更なし。速度・高度を維持したまま、突撃体制。間違いなく、目標を俺たちに定めている。シャムロックたちの後方に付けていた敵機は、既に追撃を諦めて回避機動中。何故かって?もっとタチの悪い相手にへばり付かれていたからだ。Mig-29を操るパイロットの腕前は決して悪くはなかった。鋭い旋回とスピードコントロールを活かしながら、右、左へと飛び回る敵の姿を捉えることは、タリズマンといえども容易ではなかったのだから。だが、タリズマンの後席に座っていて、彼の真骨頂は操縦技量だけではないことを今の俺は知っている。その一つは、「眼」だ。まだミサイルもレーダーも存在していなかった当時の空の戦いは、より早く、より的確に、敵を見つけて仕留められるかにかかっていたと言えるだろう。それは、戦闘がより高速で行われるようになった現在でも変わらない。鬼ごっこだけでは埒が明かないと判断したタリズマンは、スロットルを押し込んで愛機を加速させる。

こちらの機動の変化に気が付いた敵機は、「罠にかかった」と思ったのかもしれない。旋回角度を大きく付けて、こちらをオーバーシュートさせようとした敵の意図は、しかし俺たちには見え見えだった。一足早く針路を変えたタリズマンは、急旋回によって背中を晒した敵機に対し、追い抜きざまに機関砲の雨を降らしていった。至近距離ですれ違った敵機の姿は、そのまま後方へと過ぎ去っていく。後ろを振り返ると、痙攣するかのように小爆発を繰り返し起こしている敵機の姿が目に入った。戦闘能力は最早無い。何故かって?タリズマンは、機関砲の主たる狙いを敵機のコクピットに向けていたのだ。生存の可能性は限りなくゼロに近いだろう。もう1機は?周囲をうかがい、レーダーで敵の姿を探す。敵機はよりにもよって、エンジェル1に追いかけ回されている最中だった。バッド・ラック。せめて無事に脱出できることを祈っておこう。ハーマン大尉の機嫌次第のような気もするけれど。タリズマン、右方向へ転進。兵装をAAMからMAAMへと変更。高速で戦域へと到達しようとしている敵増援の一方へと狙いを定める。



どうもフランカー以降のスホーイ系戦闘機は好きになれんのぅ。過去の苦い経験がそうさせるのか。ドランケンはマスクの下に苦笑を浮かべながら、正面から接近する敵戦闘機の光点を睨み付ける。この段階でやって来て、しかも迷わず飛び込んでくるような相手だ。難敵と考える方が良いに違いない。機動性でまともに挑めば勝ち目はない相手に、どう仕掛けるか――考える間もなく彼我距離は縮まっていく。互いにミサイルの射程圏内に入る。相対速度が速過ぎる。こいつ――!ドランケンは僅かに操縦桿を振り、敵の真正面からコースを外した。敵機の姿が遠方に黒い点として出現する。一方が、もう1機よりも上にポジションを取って……違う!小さな点に過ぎなかった敵の姿は、すぐにフランカーシリーズ特有の優美なフォルムへと変貌する。こちらとの交錯点を先に読んでいたかのように、青系のカラーリングと白とで塗り分けられた1機が上方からの反転態勢。間に合う可能性は低かったが、ドランケンは反射的に操縦桿を引いてトリガーを引き絞った。機関砲弾の光の筋が到達するよりも一瞬早く、敵機は機体を180°ロールさせて射線から逃れる。その次の瞬間、ドランケンのF-16Cと敵のSu-33とがすれ違う。すれ違いざま、ドランケンは横目に敵の姿を見た。尾翼に描かれたエストバキア軍の記章の上に、もう一つ描かれたエンブレムがある。彼の鍛えられた視力は、その文様を捉えて逃さなかった。否、古い記憶に刻まれた傷跡が、呼び覚まされたというべきだったか。

「シャムロック!こっちの奴はワシの獲物じゃ。もう一方は任せるぞ!!」
『え……分かった。気をつけろ、相当出来るぞ!!』
「分かってる。そっちもな」

ドランケンは操縦桿を強く引き、そしてループ上昇へ。高度計の数値が目まぐるしく増加し、愛機は高空へと舞いあがる。例のSu-33はと言えば、どこか余裕を見せるかのようにこちらもループ上昇。どうやら、こちらを最初の相手として選んでくれたらしい。エストバキアとの戦争が始まって以来初めて、本気の本気で相手をしなければならない相手だ。彼を知る者が今の彼を見たら、別人のような変わり様に驚くに違いないだろう。今のドランケンには、そのコールサインの示すような男の姿は無くなっていた。歴戦のエースとしての姿が、そこに在った。ループの頂点へ到達し、高度が最高点に達する直前、再び2機は交錯した。互いにガンアタック。機動性の差を計算して一足早くバレルロール、右下方へと逃れるドランケン。機動性を活かして横へとスライドするようにして攻撃を回避するSu-33。互いに損害なし。やはり、こいつは違う。エストバキアのやり方じゃあない。記憶の中にはっきりと刻まれた、手足のように機動性に長けたSu-47を操る敵の姿。――似ている。こいつは、あの時の奴らの飛び方と似ている。それは、ドランケンの確信へと、姿を変えていった。


シャムロック、ドランケンのF-16Cが、敵部隊と交戦状態に入る。こちらはと言えば、タリズマン、残りの2機を引き受ける魂胆らしい。それにしても……。

「タリズマン、ドランケンの様子、おかしくなかったですか?」
「――確かにな。まあ一昔前はあれでも鬼教官の一人だがな。……らしくねぇぜ」
「!敵機、散開。一方は10時方向へ。もう一方、真正面、来ます!」
「いいねぇ、殺気がビリビリ伝わってくるぜ。エッグヘッド、舌噛むなよ?」

いきなり左方向へとローリング。その反動を利用して、さらにバレルロール。先ほどまでいた空間を、敵の放った機関砲弾の火線が撃ち貫く。次いで、甲高い咆哮が敵機の姿となって頭上を通過していく。右90°。その姿勢で機体をホールドしたタリズマンは、続けて急旋回。反転するや否や、スロットルをMAXパワーへと押し込む。最大回転に到達したエンジンが、重量級の機体をいとも簡単に前方へと弾き飛ばす。後方へと抜けた敵は、一方はループ上昇からの反転。そして、もう一方はこちらの左手から反転。こちらを包み込むような陣容での攻撃態勢。さて、こちらはどうする?タリズマンは小手先の戦術など無用、とばかり、愛機を加速させ、前方の敵へと狙いを定めていた。ジジジジジ……と耳障りなノイズがコクピット内に響き始める。敵からのレーダー照射!横方向から接近する敵機が、旋回半径を縮めてこちらを狙うポジションを取っている。前方の敵はと言えば、こちらも引く気は全くないらしく、針路そのまま。真正面から突っ込んでくる。その翼の下で、何かが光る。レーダー上、敵機のアイコンから小さな光点が出現していた。タリズマン、右方向へと急旋回。相変わらず、後席泣かせの激しい機動だ。だがこれでは、前方の敵はやり過ごせても、もう一方の敵に身体を晒してしまう。と思った刹那、身体を捻じられるようなGが身体に圧し掛かった。旋回体勢から左へと捻りつつスナップアップ、上空へと跳ね上がる。これって!?一方が回避されたとしても、時間差でのクロスアタックを仕掛けて獲物を仕留めるつもりだったらしい敵の目論見は失敗に終わる。それでも、作戦失敗と知るやそれぞれが反対方向へとブレークして仕切り直すあたり、並の相手ではなさそうだ。低空へとダイブした1機を追って、こちらもパワーダイブ。

『おいこらタリズマン。人の技を勝手に使ってんじゃないよ。特許料払え!』
「お互い様って奴だ。アバランチ・ウインドホバーのバックアップは任せるぜ。こっちはちぃとばかし厄介だ」
『助けが必要なら呼んでくれよ?袖の下次第で考えとく』
『ゴースト・アイよりガルーダ1。8時方向、後方から敵が回り込んでくるぞ。気をつけろ!』

敵戦闘機、降下体勢のまま低空まで一気に舞い降りていく。それを追うタリズマンもそうであるが、大地が迫る光景に対する恐怖心が無いのが羨ましい。俺だってパイロットとしてそんな訓練も積んできてはいるけれども、胃の辺りがぐいと締め付けられる感覚だけは未だに慣れることが無い。どこまで降りるつもりか、と聞いてみたくなるような時点まで機体を垂直のまま維持していた敵機が、鋭く機首を跳ね上げて水平に戻したのに対し、こちらは少し早めに引き起こしにかかり、滑らかな曲線を描くように水平へと戻していく。ただし、減速を無理ない程度に織り交ぜながら、オーバーシュートさせられないよう、後背に付けたポジションを維持する。ちなみに俺たちの後方には、Su-33がご丁寧にもう1機へばり付いている。幸い、射程圏外ではあるようだが……。エンジン出力ではかなわないと判断したのか、敵機は上空へと舞いあがることをせず、旋回でこちらを振り切ることを選択した。悔しいことに、賢明な判断だ。左方向へと加速しながら旋回した敵機は、タイミングを測ったかのように機体をくるりと回転させて今度は右方向へ。さらに、左方向へ。HUD上を大きくブレながら移動する敵機を、タリズマンもさすがに捕捉し切れない。それでも、敵の切り返しのタイミングをある程度予測しながら操縦桿を倒し、敵との距離、ポジションをキープする。と、敵機、右方向へ旋回。視界が何度目かの反転を強いられたと思った刹那、左方向へとマイナスG旋回。敵機の姿が視界から消える。タリズマン、思い切って敵とは反対方向に急旋回。ポジションが目まぐるしく入れ替わる。今度は敵機がこちらの後方を取らんとへばり付いてくる。さらには前方からももう1機。攻撃態勢を取る敵機に対し、左斜め方向へとダウン。大きくバンクした機体のコクピットからは、頭上に非常に良く地表の様子を眺めることが出来た。

前方の敵機からミサイルが放たれるが、これは相対速度が速過ぎて、捕捉されるよりも早くこちらがミサイルの追尾を振り切ることに成功する。だが、次の瞬間、半ば意識が持って行かれそうな強烈な回転とGが圧し掛かり、愛機が跳ぶようにポジションを変える。コクピット傍を曳光弾の火線が通り過ぎ、低空を舞う愛機を追い抜いて、地表に土煙を噴き上げる。右方向、バレルロール。さらにもう1回転。その間に、2度後方から機関砲攻撃。後方、5時35分の方向に敵機、距離至近。もう1機は大きく旋回しながら再びこちらの真正面へと向かうつもりらしい。敵機の位置を確認するついでに、シャムロックとドランケンを確認。両機とも健在、ただし、ドッグファイトを継続中。つまり、俺たちと同じ状態。追われているのは俺たちだけだったけれども。状況的には不利なはずなのに、タリズマン、どこかで聞いたことのある曲を鼻歌で奏でている。どうやら、この状況はまだまだ計算のうち、ということらしい。再び愛機は回転半径を大きく取ったローリングへ。なかなか仕留めきれないことにそろそろ苛立ち始めたのか、敵機との彼我距離がぐいと縮まる。ギリギリの距離まで近づいて、回避不能なポジションから機関砲弾の雨を降らせる魂胆なのかもしれない。もっとも、こっちの操縦桿握ってる人間は、そんな生易しく仕留められるような御仁ではないのだけれども。

「エッグヘッド。後ろの奴が500まで近づいたら合図しろ。鬼ごっこはそろそろ仕舞いといこうや」
「――了解。現在、833。目標Bは距離5,300。しばらくは無視出来そうです」
「OK。そっちの監視は任せる。ヤバそうだと思ったら指摘しろ。まずは、後ろの奴からだ」

蒼空に大きく弧を描くように機体を操るタリズマンは、巧みに敵機に捕捉されることを回避していた。敵のSu-33も、こちらの機動をトレースするかのようにローリング態勢。必死に付いて来る敵機を嘲笑うかのように、さらにロール。速度を失ってアンコントロールにならない程度に、徐々にスロットルを絞りながら、敵を誘う。彼我距離も少しずつ縮まっていく。気が付かれれば、また仕切り直しになってしまう。そのまま付いて来い、大人しく!そんなことを心の中で呟いていたら、敵機が後方で発砲。再び機関砲弾の火線が至近距離を撃ち貫く。タリズマン、右やや上方へとローリング。さらにもう1回転。敵機、それを待っていたとばかりに、ロールではなく、右急旋回。来る!急な機動で首をやらないように身構えつつ、レーダーを見守る。速度を上げた敵機が、俺たちに襲い掛かってくる!

「距離500、来ます!」
「かかったな、せっかち野郎!!」

嬉しそうなタリズマンの声が聞こえたかと思うと、次の瞬間、ハーネスが思い切り肩に食い込んだ。まるで堅い壁に突っ込んだかのような衝撃は、機体を急減速させたことによるものだった。後方にあった敵の光点が、瞬く間に近づいて、そして重なる。甲高い咆哮が聞こえる同時に、機体が揺さぶられる。こちらの機体スレスレの至近距離を、Su-33が追い抜いていく。前方へと押し出された敵機が慌てて回避態勢に入ろうとしたが、その時には既にタリズマンは狙いを定めていた。久しぶりに聞く、ロックオンの電子音がコクピットに鳴り響いた。

『くそっ、正気か、エメリアのパイロットめ!』
「残念だがすこぶる正気だぜ。こいつを食らいな!!」

ミサイルが白煙を噴き出しながら加速していく。敵機は機体をくるりと回転させ、降下旋回での回避を試みる。だが、それで避けるには距離が無さ過ぎた。その高い旋回性能ゆえに速度が犠牲になったことも、俺たちには幸いした。無防備に晒された背中を直撃したミサイルが、膨れ上がる爆発と共に獲物の胴体を引き裂いた。右エンジンが胴体もろとも引き千切られ、弾け飛んだ水平尾翼がくるくると回転しながら落ちていく。反動で一瞬押し上げられた機体前方部は、しかしすぐに浮力を失い、砕けた機体の破片と共にゆっくりと回転しながら落ちて行った。

『馬鹿な……カナーンが落とされただと……!?』
『やはり本物か。ゼルナード、退け。お前のかなう相手じゃない。アムリッツもだ』
『了解です。しかし隊長、そちらの援護は?』
『心配無用』
『そうじゃの。こちらとしても邪魔されては困るのでな』

どうやら、ドランケンが戦っている相手こそ、敵部隊の大将格らしい。そして、彼の機体は、敵隊長機をしつこく追い続けた結果、仲間たちから離れた空域へと突出してしまっていた。普段のベンジャミン大尉だったら、全く考えられないような事態だった。異常事態に気が付いたタリズマンが、ガルーダ3を支援すべく、針路を変える。向かう先では、ガルーダ3と敵機の光点とが、目まぐるしく飛び交っていた。



老兵対老兵 ジンクスはやはり存在するものか――炎に包まれた部下の姿を目の当たりにして、リーデルは思わず苦笑してしまった。F-15シリーズとF-16Cの組み合わせは、忘れ難い20年前の記憶が嫌でも引きずり出されるというもの。祖国のものになったはずの「円卓」の空は、既にその時、鬼神たちの舞う忌まわしき空に変わっているということを身を以って味わった、あの苦い記憶。そして、祖国から遠く離れたアネアの空でも、立ちはだかるのはF-15Eの操縦桿を握るパイロットとは、何という因縁か。だがどうやら、因縁があるのは何も自分だけではないらしい。執拗にこちらを追い回すF-16Cのパイロットは、聞こえてきた無線の声を聞く限り、自分と同じ老兵のように感じられる。エメリアは、確かあの大戦において連合国側に加わっていたと記憶している。あの戦争の生き残りがいたとしても不思議ではない。リーデルが属していた当時の部隊は、果たすべき大義のため、表向き戦いには参戦していない。だが、計画の邪魔となった連合軍の部隊を殲滅してきたことも事実ではある。円卓の鬼神たちによって殲滅されたゴルト隊の中で自分が生き残ったように、自分たちが殲滅してきた部隊に生き残りがいたとしても決して不思議ではないのだ。

それにしても、敵は良く動く。激しい戦闘機動は身体に堪えるという年齢的な問題は、向こうも同様のはず。そうさせるだけの何かが、相手にはあるのだ。――面白い。この順調過ぎる戦いにおいて、リーデルは初めて興奮と興味を覚えた。しぶとくこちらの後背を取らんと旋回する敵機に対し、愛機の旋回性能を活かし、ぐいと内側へと入り込む。外側へと膨らんだ敵機が、それでも限界ギリギリの機動で急旋回するタイミングを計って、さらに反対方向へと切り返す。失速寸前まで減速した愛機は推力を失い、一瞬空に停止する。目前を、敵機が横に通過していくのを確認しつつ、その後背を取る。だが、ここまでしぶとく追撃するだけの技量を持った相手だ。立場逆転を察知するなり、速やかに回避機動へと転じる。いい腕だ。殺し合いを肌で知っている人間のやり方だ。左方向へ旋回、振り切りにかかった相手をリーデルは追撃開始。

『ガルーダ3、突出し過ぎています。戻って下さい!!』
『おい、とっつぁん。年寄りの冷や水も大概にしろ。そんな簡単な相手じゃねぇだろう!?』
『――面目ないワイ。じゃが、ちょいと訳アリなんじゃよ』
『んなこと言ってる場合じゃないだろ!真後ろにくっ付かれてるんだぞ!!』

怒鳴っているのは、どうやらあのF-15Eのパイロットらしい。戦ってみたいのはやまやまではあるが、この空域のエストバキア軍機は大半が既に食われつつあった。最新鋭のF-35Bはわずか1機を残して殲滅され、フォロー役のはずのMig-29はF/A-18シリーズを使っている部隊によってアウトレンジからインレンジに追い込まれ、乱戦の中で次々と撃墜される憂き目に遭っていたのだった。この連中の中で、突出した技量を持っているのは、やはりあのF-15Eのパイロット率いる「ガルーダ」隊とF/A-18Eを操る「エンジェル」隊だろうが、他の部隊もなかなかどうして良い腕前。戦闘経験が少ないエメリア軍、という評価は改めるべき時が来ている、とリーデルは確信した。

『隊長、友軍機が撤退態勢に入りました。包囲される前に脱出を!』
「分かっている。訳アリ同士の決着が付き次第、とっとと逃げさせてもらうさ。エメリアのF-15EとF/A-18E相手に勝てると思うほど、自惚れてはいないのでね」
『――訳アリ同士、か。20年経ってから、またも同じ目に遭うとは思いもしなかったワイ。環太平洋事変で満足したんじゃなかったのかのう、お仲間は?』

右、左、右、と互いに航跡をクロスさせながら、2機が舞う。だが、近距離での格闘戦となれば、F-16Cのアドバンテージは既に無い。機動性で勝るこちらにとってはまだ余裕があっても、向こうは限界ギリギリ、というところだろう。そして、はっきりと目で見て分かるほど、敵の動きは鈍ってきた。リーデルは照準レティクルを睨み付け、慎重に狙いを定めていく。久しぶりにいい戦いをさせてくれた相手、それもどうやら、20年前の因縁を抱えているらしい相手に、敬意を表してやろう。何度目かの旋回で、敵機の姿を完全に照準レティクルの中に捉える。ほんの僅か、右手の人差し指が動き、火線が敵機の機体後部へと吸い込まれていく。エンジン周辺に直撃を被った敵機は、アフターバーナーの炎の代わりに黒煙を勢い良く吐き出した。これで向かってきたら、今度はトドメを刺さざるを得ないが――キャノピー越しに敵の様子を伺うと、推力を失いつつある機体を水平に戻しながら降下させていく相手の姿が目に入った。



ドランケンのF-16Cが被弾し、黒煙を吹き出している様は、少し離れた俺たちの位置からもはっきりと確認することが出来た。言わんこっちゃ無い、とタリズマン呟くのが聞こえてきた。

「ガルーダ3、応答して下さい、ガルーダ3!!」
『感度良好じゃい。ワシの耳はそこまで悪くないぞ、エッグヘッド』
「その様子なら怪我はないみてぇだな。基地まで持ちそうか?」
『――無理じゃな。安全なところまで行って、機体を捨てざるを得ないじゃろう。すまんの、タリズマン。ワシとしたことが、冷静さを欠いたワイ。しばらくの間、後は任せる』
「一応救援は頼んでおくけどな。あまり期待しない方がいいだろうな」
『自前で何とかするワイ。ではな、無事に戻ったら一杯おごってもらうからの』

激しい地上戦が繰り広げられている領域を避けるようにコースを選び、そしてドランケンがベイルアウト。操縦者を失ったF-16Cは、ゆっくりと高度を下げながら降下し、そして大地に突き刺さった。その頃には、白いパラシュートがゆらりゆらりと揺れながら、ドランケンの身体を地上へと運んでいく。ゴースト・アイ経由で救援依頼は勿論出してもらったけれども、サン・ロマは激戦真っ只中。救援ヘリでお出迎えにいけるような状況ではない。ドランケン自らが言っていたように、サルベージは自前で何とかしてもらうしかなかった。一方、ドランケン機を撃墜した敵Su-33は、獲物の撃墜を確認するや否や、さっさと戦域から離脱してしまっていた。必要ならば躊躇することなく相手に背を向けられる相手ほど、手強い奴はいない。それを、目の当たりにさせられたような気分。

『――タリズマン、俺たちもそろそろ引き上げよう。いずれにしても、弾薬の補給は必要だ』
『ガルーダ3を放っていくのか、エンジェル1!?』
『アバランチ。アクション映画よろしく梯子でもぶら下げていくつもりか?なに、殺しても死ぬようなジジイじゃない。なぁ、タリズマン?』
「ま、アルの言うとおりだろうな。しかし、あのとっつぁんらしからぬミスだな。あのSu-33、相当な訳アリってことか」
『確かに。俺から見ていても冷静ではなかったように思う。20年前がどうのこうの、という話は聞こえたんだけどな』
「エッグヘッド、ドランケンの落着地点はしっかり報告しておけ。一旦俺たちもペルーガに引き上げるぞ」
「しかし……」
「アルも言ってたろ。殺してもくたばるような奴じゃない。20年前の戦いを生き延びた人間てのは、そういうことさ。そのうち、しれっとした顔で戻ってくるさ」

確かに、タリズマンたちの言うとおりだった。少なくとも、今の俺にドランケンを救出する術は無い。気が付けば、俺たちの周りに敵機の姿は無かった。補給に戻るなら、今を置いては無いだろう。結局、後ろ髪引かれるような気分を味わいながら、ペルーガへと帰還するのが、俺に出来た精一杯だった。だが、帰還した俺たちを待っていたのは、無情としか思えない、ごく簡潔な命令書だった。曰く、「ケセド島カンパーニャ基地へと撤退せよ――」……ペルーガで、陸路脱出してくるであろうドランケンを待つ道は、物理的に閉ざされたのだった。
「天使舞う空、駆け抜ける鉄騎」ノベルトップページへ戻る

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