ヴィトーツェ防空戦・前編
一昨日まで雪を舞い散らせた雪雲はようやく上空から去ってはいたが、その前線が引き連れてきた無数の雲の群れは依然ケセドの空を厚く鈍色に覆い隠していた。地上から見上げた空は、まるで鉛を溶かした水面に白い絵の具でも薄く引いたように雲が漂っている。周囲は降り続いた雪が積もり、コートに手袋無しでは耐えられないよう気温。だが、カモフラージュを展開するには、これ以上無いくらい恵まれた環境。雪景色に溶け込むようにカモフラージュされたレーダー機器と車輌の側で、兵士は白い息を吐き出しながら空を見上げた。彼の所属する部隊がこのエリアに展開してから、既に1週間が経過していた。命令内容は極めてシンプル。エメリア本土方面の方角に対し、重点的にレーダー監視を実施すること。同内容の命令を受けた部隊が複数展開を終え、兵士と同じようにあの空を見上げているはずである。だが、その理由は何一つ説明されていなかった。前線の苦労を上は分からないのだろうな、と何回ぼやいたかも忘れてしまったフレーズを呟きながら、もう見飽きてしまったレーダーモニターに兵士は視線を動かし、そのまま動けなくなった。1週間の間、ノイズ以外を映し出すことの無かったモニターに、ノイズとは異なる光点が出現していたのであった。

「おい、ちょっと来てくれ。ブレックス、悪いがカンパーニャに確認だ。この空域を飛んでいる友軍機がいないかどうか、大至急連絡が欲しいと伝えろ」
「了解!」
「キリングス!データLINKで目標の特定は出来るか?」
「申し訳ありません。データLINKの回線が繋がってないのでそればかりは……ちょっとモニター見せてもらえますか?」

キリングスと呼ばれた若い兵士が、眼鏡を指で押さえながらモニターを凝視する。しばらくそうしてから、彼は何度か頷いてモニターから視線を外した。何やら走り書きのように、メモ帳に書き込んである。

「レーダーの光点の大きさからの推定ですが……間違いなく爆撃機を含む編隊が複数、ケセド上空に侵入しています。ノイズもひどいのではっきりとは識別出来ませんが、護衛機らしき光点も確認出来ます。エストバキアのお客さん、ついにやって来た、というところでしょうか」
「嬉しそうに言ってる場合じゃないだろうが。まあいい、皆、良く聞け!!エストバキアの大編隊がケセドへの侵攻を開始した。これから我が部隊は敵の動向を監視すると共に、友軍の電子支援を全面的に実施する。周辺各隊にも情報を伝達、カンパーニャには今すぐ迎撃機を上げろ、と最優先でねじ込め。正念場だ!!」
「了解!」
「任せて下さい!無人偵察機まで徹底的に洗い出してやりますぜ」

一斉に部下たちが持ち場へと散るのを眺めながら、兵士は敵の迫る方角を睨み付けた。とうとう来やがったか、と毒づいて、ふと彼は気がついた。わざわざ1週間前から、上層部は何故自分たちを展開させたのだろうか……と。釈然としない思いを頭に残しながら、手袋の下の時計を彼は取り出した。カンパーニャ飛行場に先頭部隊が到達するまで、およそ30分というところだろうか?
戦争が始まる以前、即ち、今は存在しないプルトーン隊に所属していた当時から、スクランブル待機任務は日常任務として就いてはいた。もっとも、当時は仮に出撃したとしてもトリガーを引くことなく、せいぜい警告を発するレベルで問題が解決していた。あの夏の終わりから、飛び立つ空は常に殺し合いの場へと姿を変えていた。特にスクランブルで飛び立つときは休養も補給も準備も不十分でも、言われれば行くしかない。そして敵を葬って戻ってくる。そんなことを繰り返している間に3ヶ月が過ぎ去ろうとしていた。それでも、甲高く鳴り響くアラート音に慣れることは無い。愛用のノートPCの蓋を素早く閉じた俺は、足元に転がしていたヘルメットと備品一式を担ぎ上げて走り出した。真っ先に飛び出したのはランパート大尉。タリズマンとドランケンは……緊張の色を見せるまでも無く、のんびりと荷物を担ぎ上げていた。ハンガー内を駆け抜けて、既に出撃準備の整っている愛機へと向かう。馴染みとなった整備兵たちが、敬礼で俺を迎えてくれた。

「一応、足の長いやつと通常のやつ、搭載出来るだけ積んであります!対地装備への転換も出来ますが……」
「いや、時間が勿体無い。このままの装備で行きましょう」
「了解!整備は万全ですぜ!」

タラップを一気に駆け上り、仕事場へと潜り込む。モニター類、機器関連のチェックを素早く進め、モニターの設定を始めつつヘルメットを被る。そうしている間に、タリズマンの巨体が前席へと滑り込んだ。毎度のことながら、よくあの身体をつかえもせずにコクピットに滑り込ませるものだ、と感心してしまう。慣れた手付きで最低限のチェックを終えたタリズマンがサムアップ。応じた整備兵が車止めを外し、機体から離れていく。周囲を確認し、タリズマンはスロットルを軽く押し込み、ブレーキを離した。少し前傾姿勢になりかけた機体は、段差を拾ってゴトゴトと音を立てながら誘導路へと向かって動き出す。離陸までの操作に関し、俺がタリズマンを補佐することは余り無い。その間にデータLINKやレーダーを開き、状況を確認する。レーダーモニターに映し出されたのは、敵性反応を示す光点の群れ。それも、大群といって良い、エストバキア空軍の戦闘機たちの姿だった。

『ゴースト・アイから各機へ。のんびりとブリーフィングルームで説明をしている余裕が無い。敵先遣隊はあと15分でここカンパーニャ飛行場へと到達する。その後には、本命の爆撃機部隊が群れている。命令はシンプルだ。全て叩き落せ。ここカンパーニャは我々の生命線だ。ここが無くなったら、エメリアという国は完全に地上から消滅する。各員の奮闘に期待する』
『カンパーニャ・コントロールより離陸待ちの各機へ。スクランブルローテーションの部隊から優先して出す。その後は準備の出来た奴から順番に上がってもらう。幸い、陸上・海上部隊の姿は無い。ミサイルとバルカン抱えてとっとと上がりやがれ。グッドラック!!』
「やれやれ、ひでぇ管制もあったもんだぜ。ま、確かにシンプルだ。エッグヘッド、今のうちにメインターゲットの識別と護衛機の展開状況、頭に叩き込んでおけ。場合によっては、俺たちが前線指示を飛ばすかもしれない」
「了解」
『ドランケン、了解じゃ』

そう言われると思って、俺は持ち込んだメモ帳に素早く敵の展開状況を書き込んでいく。テストパイロットが使用している、裏面を身体に貼り付けて使用するものだ。確認できるだけでも、カンパーニャを何度も灰に変えるに十分な数のB-52が見える。とうとう、エストバキアが本気でエメリアを潰しに来た、ってわけだ。

『ゴースト・アイからガルーダ隊。貴官らにはついでの命令がある』
「エッグヘッド、お前聞いておけ」
「……了解。こちらエッグヘッド、指示をどうぞ」
『今回の作戦に限り、「レッドアイ」隊の作戦機を貴官らの僚機として付ける。ガルーダ1は「ジュニア」・「ビバ・マリア」を、ガルーダ2は「ブラッディ・マリー」と「マルガリータ」を指揮しろ。前線での指示は全面的に任せる。レッドアイ隊の各機、聞こえたな?これより貴官らはガルーダ隊の指揮下に入れ』
『――了解』
『了解、よろしく頼むぜ、ガルーダの大将?』

タリズマンが「無線をカットしろ」と指でヘルメットを叩く。指示通り回線を閉じた俺に対して、タリズマンは対面のハンガー前に並んだ戦闘機たちを指差した。そこには、エメリア空軍の部隊としては有り得ない構成の群れがあった。F-15CにF-16C、さらにはMir-2000-5だって?これじゃあまるで……。そして目を凝らした俺は、事実に気が付く。そこに並んだ機体の尾翼には、俺たちの機体には描かれているものが存在しない。エメリアの所属を示すマーキングが、4機には全く描かれていなかったのだ。

「やっぱり食えねぇな、うちのAWACSは。要は、傭兵たちの腕前と振舞いを監視しろってことだ。1機に二人乗ってる俺たちなら適任と判断されたというわけだ」
「そんな無茶な。それに監視ならAWACSでも出来るでしょう?」
「命令に従う人間性があるかどうかも見ろってことだ。ま、傭兵にも話せる奴、腕利きの奴はごまんといる。しっかりと監視しておけよ、後席?」
「自分の仕事ですか……やっぱり」

コクピットの中に、無線のコール音が鳴り響く。話は終わり、とタリズマンが前を向く。やれやれ、連絡と挨拶も俺の仕事として押し付けられたらしい。仕方なく、回線をオープンにする。驚いたことに、聞こえてきたのは凛とした女性の声だった。

『こちらレッドアイ隊「ビバ・マリア」だ。ガルーダ1、よろしく頼む』
『同じく「ジュニア」だ。報酬分の仕事はしてみせるつもりだ』
「こちらガルーダ1、エッグヘッド。データLINKはオンにしておいて下さい。必要に応じ、目標を指示します」
『分かった。しかし、エメリアは余裕だな。2人を乗せるくらいなら、もう1機飛ばした方が戦力的には有利だろうに』
『おいおい、ビバ・マリアのお嬢さん、老体に鞭打つような言い草は勘弁しとくれ。そうでなくても、扱い荒いからのぅ、うちの1番機は』

傭兵部隊 そういって笑うドランケンのフォローは幸いだった。理由は簡単。「ビバ・マリア」の言い草にカチンと来てしまったからだ。任務以外では、うまくやっていく自信がすっかりと霧散する。エメリア政府が戦力不足を補うため、空軍に限らず傭兵を招聘していることは知っていたし、実際にこの基地にも配属されていることには気が付いていた。でも、まさか自分たちが直接関わるようになるとは予想もしていなかった。ちなみに、キツい女性はあまり好みでもない。

「こちらガルーダ1、タリズマンだ。自己紹介と雑談は生き残ってからにしようや。ブラッデイ・マリー、マルガリータ、ガルーダ2に続け。ジュニア、ビバ・マリアは俺たちのケツに付け。シャムロック、先に行け」
『了解した』

シャムロックのF-15Eが俺たちを抜いてランウェイへと入る。反対側から、傭兵部隊の2機のF-15Cが続く。尾翼にはそれぞれのエンブレムが大きく描かれていた。ぴたりとポジションを決める辺り、尋常な腕前ではないことが見て取れる。ランウェイ・クリアのコールが聞こえると共に、F-15Eの後方からアフターバーナーの炎が吹き出した。続く2機も加速を開始。先行する3機はカンパーニャの滑走路を轟然と加速し、そして鈍色の空へと舞い上がっていく。今度は俺たちの番だ。

『カンパーニャ・コントロールより、タリズマン。グッドラック!吉報を待ってるぜ』
「ありがとよ。グッドラック!!」

スロットルがぐいと押し込まれ、エンジン出力が一気に上昇する。甲高い咆哮をあげて噴き上がったエンジンは、愛機の重量を前方へと弾き飛ばす。心地良い加速と共に疾走する愛機の中で、俺は後方を振り返った。先ほどの2機同様に、Mir-2000-5とF-16Cの僚機が左右後方をしっかりと固めて付いてくる。面倒なことを考えるのを中断して、俺は自分の役目に意識を集中させた。いつも通りやるだけのこと。傭兵だろうと何だろうと、味方をしてくれるのならば友軍として扱えばいい。そう腹を決めて、俺の仕事場たるモニターへと視線を向ける。先行するいくつかの部隊は、エストバキアの先遣部隊との至近まで既に足を進めていた。そのうちの一隊は、少し前に食堂で騒動を起こしたあの中尉殿たちの部隊だった。最前線での激戦を生き延びてきた身としては、どうしても見方がシビアとなる。まともに実戦を経験していない割にプライドの高い連中に限って、まともでないことを起こしてくれるものだ。友軍の支援もまともに出来ず逃げ惑うようなことにならなければ良いが、かといって見捨てることも出来ない。その結果、友軍全体を危機に陥れる危険があることを、彼らが果たして理解しているかどうか。

目標高度に到達した俺たちは、トライアングルを組んで敵部隊の確認されている方向へと向かう。敵部隊が気が付いているかどうかは分からないが、今回敵の展開状況がほぼ明らかになっているのは、陸軍のレーダー部隊の協力が大きい。司令部の読みが当たった結果とも言えるが、データLINKを通じて敵戦力の規模は充分に把握できていた。もっとも単純な機数比較では劣っていることは明白なので、奮戦あるのみ、というのはいつもと変わらない。幸いなことに、本命たる爆撃機の第一陣は、まだヴィトーツェ都市部からは離れている。市民たちの協力を得続けるためにも、絶対に都市部への到達は阻止しなければならなかった。

『ゴースト・アイより、アバランチ、ウインドホバー、カスター各隊へ。敵護衛機群は間もなく交戦圏内へと入る。雲で視界が悪い。周辺には十分に注意を払え』
『こちらウインドホバー、了解。アバランチ、場合によっちゃ雲の上に出て仕留めよう』
『アバランチ了解。……見えた、右上方、敵機確認!』

ウインドホバーとアバランチの各機が高度を上げながら敵の先頭部隊の正面へと展開する。一方、カスター隊は引き続き直進。敵護衛機群が二手に分かれる。一方はウインドホバーとアバランチへ。もう一方は、わざと引き付けているのか、それとも戦況が見えていないのかは分からないが、北へと直進するカスター隊の側面へと向かう。

「ガルーダ1、エッグヘッドよりカスター隊。三時方向から敵戦闘機群接近、数は6!」
『こちらカスター3、こちらから敵影は確認出来ない。それより、ボンバーの位置はどこだ?』
『カスター隊、今すぐ回避機動を取れ!既に貴隊は敵のミサイル射程圏内に捉えられている。急げ!!』
『そんなこと言っても敵影は……』

シャムロックの善意が果たして彼らに届いただろうか。相手の交信が途絶えた理由は簡単だ。レーダーに映し出されている敵戦闘機から、新たな光点――空対空ミサイルの姿が出現し、カスター隊の横っ腹へと加速していたのだから。コクピットの中に警報が鳴り響いてから気が付いても遅いというのに……。それに、狩人は何もミサイルだけではない。その母機たる鋼鉄の翼の猛禽は、きっと舌なめずりをしながら獲物が照準レティクルの中に飛び込んでくるのを待っているのだから。軽く舌打ちをしながら、俺は俺たちの前方に姿を晒した敵部隊に狙いを定めた。

「タリズマン!前方戦闘機群、捕捉完了」
「了解した。もし連中が生き残ったら、しばらく夕飯代は支払ってもらおう。シャムロック、D、E、Fを頼む」
『シャムロック了解!』
「ついでだ。ビバ・マリア、ジュニア、聞こえているか?」
『感度良好。こっちは足の長いのは持っていない』
「分かってる。攻撃開始後、解散だ。護衛のハエどもを叩き落してやれ。目標の選別はお前らに任せる。危なくなったら連絡しろ。俺の後席が多分トレースしてくれるだろうからな」

おいおい、監視するんじゃなかったのか!?正直、どういう素性かも分からないのに自由戦闘させて、エストバキアにでも裏切られたらどうするつもりなんだろう?だが、迷っている時間もツッコミを入れている余裕も無さそうだった。カスター隊に続いて俺たちもまっすぐ北上。ウインドホバーとアバランチは敵部隊との近接格闘戦へと移行。損害はゼロ。対して敵部隊は既に3機ないしは4機の姿が消えていた。向こうは任せておいて問題無さそうだ。MAAM、スタンバイ。タリズマンの広角HUDには、獲物が三匹、既に捕捉されていた。程なく、ロックオンを告げる電子音が鳴り響く。

「ガルーダ1、エンゲージ、FOX3!!」
『ガルーダ2、FOX3!!』
『ドランケンよりブラッディマリー及びマルガリータ、切り取り放題じゃ、稼いで来い!!』

機体から切り離されたミサイルが、白い航跡を残して加速を開始する。そして、まるで身を繋いでいたリードから解放されたかのように、傭兵隊の4機が綺麗に編隊から離れて加速を開始。ヴェイパートレイルのエッジを刻みながら鮮やかに旋回していく。どうやら、カスター隊にまとわり付いている連中は任せたということだろう。一気に高度を上げて、北西方向へと向かっていく。一方、こちらの放ったミサイルは順調に敵機に向けて加速している。向こうは向こうで、予想外の位置からの攻撃に慌てている頃だろうか?

『こ、こちらカスター2、敵を振り切れない!』
『し、主翼が吹っ飛んだ!くそっ、ベイルアウト出来ない。助けてくれ、誰か!!』

遠距離からのミサイル攻撃を察知した敵部隊が回避機動へと転ずる。だがそれまでの間に、カスター隊の光点は二つレーダー上から消えていった。そのうちの一つは、俺たちの目の前で炎の塊となりながら地上へ向かって落ちていく。言わんこっちゃない、とタリズマンが呟くのが聞こえてきた。ミサイルの後ろから一気に加速した俺たちは、ミサイルに追い回されている敵部隊の背後へと到達している。そのうちの一つに狙いを定めたタリズマンが、追撃を開始。急旋回を繰り返してミサイルから逃れようとする敵機の鼻先へ、機関砲弾のシャワーを降らせる。攻撃を回避すべく中途半端な旋回をしたのが運の尽き。ミサイルの弾頭は敵機の主翼を突き破り、火の玉へと姿を変えた。たちまち炎と黒煙の塊が空へと膨れ上がる。燃料に引火した炎が、敵機を瞬時に火葬場の中へと叩き込んだのだ。まずは1機。左方向に急旋回。直立した視界が左から右へと流れていく。ミサイル攻撃から逃れ旋回してきた敵の姿が、俺たちの正面へと出現する。敵パイロットのヘルメットに描かれたペイントが肉眼でも確認できるくらいの至近距離。そして、絶好の攻撃ポジション。コンマ数秒の間にトリガーが引き絞られ、機関砲弾のシャワーが敵機の胴体中央から後方へと浴びせられていく。命中痕が次々と穿たれ、黒煙が機体を覆い尽くした。くるりと機体をロールさせ、反対方向へと旋回。2機の航跡が交錯する。もはや姿勢を保つことも出来ず、黒い煙を吐き出した敵機からキャノピーが飛び、パラシュートの白い花が空に咲く。シャムロックの方も順調だ。翼を吹き飛ばされた敵機が不規則に回転しながら高度を下げていく姿が見える。そして追い回されるF-4Eの後方には、容赦なく狙いを定めるF-15Eの姿がある。俺はレーダーへと視線を動かした。敵第一陣の状況は散々だった。アバランチ、ウインドホバーに当たった敵機の姿は跡形もない。カスター隊に襲いかかった一隊は戦果を挙げたものの、ほんのわずかな交錯で孤立無援となっていた。タリズマンに追い回された一機はようやく追撃を振り切ることに成功したが、その直後、後続の友軍部隊によって葬り去られてしまった。

傭兵たちの活躍 『ヒュー、こいつらとんでもねぇな。エメリアとエストバキア、どっちが追い詰められているのかわかんねぇや』
『こりゃ俺たちも負けてらんないな、ミハイルよ?』
『全く同感。お、マリオ、お客さんだ。手厚くおもてなしと行こうか!』

一見無謀な突撃を仕掛けるかのように、ブラッディマリーとマルガリータのF-15Cが敵護衛機群に突入する。いきなりど真ん中に飛びこまれた敵部隊が散開、彼らを包囲せんとそれぞれの方向から反転攻勢を仕掛けにかかる。だが、彼らはカスター隊のように食い散らされるだけの連中とは根本的に異なっていた。単純な数的比較であれば、当然数の多い方が勝つに決まっている。だが、至近距離の近接格闘戦においては、必ずしも数の優勢が戦況の優勢に繋がるとは限らない。乱戦になった場合、同士討ちを恐れる余りに攻撃の手が緩むのはむしろ数の多い側だからだ。傭兵の二人は、乱戦時のお手本となるようなダンスを開始する。少し離れた空間に、太陽光を反射させる翼の姿が見える。ヴェイパートレイルと排気煙の白い筋が幾重にも重なり合い、閃光と赤い光とが交錯する。黒い煙が膨れ上がり、筋となって大地へと伸びていく。レーダーから消えていくのは、敵の光点ばかり。包囲網の内側からいいように食い荒らされた敵機は、傭兵たちの稼ぎへと姿を変えていく。

『おいおい、護衛部隊は一体何をやっているんだ!?進む先は敵戦闘機の姿ばかりじゃないか。話が違うぞ!!』
『どうせ最後の悪あがきだ。針路を維持しろ。焼き払えば、それで終わりだ』

敵護衛機の数は半端ではない。だが、立て続けに友軍機がたたき落とされたことを警戒してか、ヴィトーツェへ向けて南下していた戦闘機たちの群れが様子を伺うかのように旋回を始める。レーダーレンジを広域に切り替え、モニターを睨み付ける。陸軍のレーダー部隊による地上からの電子支援により、雲の多い空ではあったが、敵の姿はかなり鮮明に確認することが出来た。小さな光点は護衛機たちのもの。その群れに姿を隠すかのように、確実に南下している最優先攻撃目標の姿が、ようやく視界に入った。

『ゴースト・アイより各隊、敵爆撃機を確認した。都市部に入れるわけにはいかない。確実に撃墜しろ』
『ん……おい、地上から炎が上がっているぞ?』
『くそっ、前線が攻撃を受けているのか?タリズマン!』
「分かっている。潰すぞ!」

こちらの動きに呼応するかのように、敵護衛部隊が群がって来る。耳障りなノイズも時折コクピットの中に聞こえてくる。だが、俺たちとて譲る気はさらさら無い。まして、負けるつもりは微塵も無い。それにしても、傭兵たちの飛び方は今のところ見事だった。爆撃機部隊に狙いを定めている俺たちを阻止することが敵の主たる目標だったろうが、彼らの進撃は傭兵たちによってその歩みを妨げられ、明後日の方向へと押しやられていくのだった。カチンと来た気分はまだ引きずってはいたものの、傭兵という職業に対して俺は認識を改めなければならない。戦闘のプロとしての彼らのダンスは、タリズマンや今は亡きアルバート・ハーマン大尉の飛び方に決して劣るようなものではなかったのだから。

『ビバ・マリアよりエッグヘッド、攻撃目標の姿を肉眼で確認した。こちらの10時方向、数は3。任せるぞ』
「サンクス。こちらも完全に捕捉した。ビバ・マリア、ジュニア、護衛機の中に動きの良いやつが混じっています。警戒されたし』
『――了解。アンタたちは足の遅いのを狙ってればいいさ。後は俺たちがもらう』

認識を改めるのを一瞬撤回したくなった。前言撤回。彼らのプロとしての仕事はしっかりと認めよう。でも、人間としての信頼関係は、地上に降りてからそもそも築き上げるかどうか、じっくりと考えることにする――マスクの下の口をへの字にしながら、俺はそう誓った。何となく、タリズマンが声を出さずに笑っているような感じがした。

「天使舞う空、駆け抜ける鉄騎」ノベルトップページへ戻る

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