ヴィトーツェ防空戦・後編
何もない時代なら、エメリア西端の静かな風景を堪能するはずのケセド島。ヴィトーツェに至る空は今日、沸騰状態にある。カンパーニャ飛行場から飛び立ったエメリアの迎撃機部隊と、そのカンパーニャを灰に変える為にやってきたエストバキアの攻撃部隊とは、本隊同士の全面衝突に突入した。もっとも、エメリアの側はエストバキアに比べて明らかに数は少なかったが。両軍の戦闘機は、広いはずの空を窮屈そうに飛びまわる。互いのケツを狙い合い、激しい戦闘機動を繰り返す鋼鉄の翼たち。こうなってくると、複座型の機体にはアドバンテージが実は生まれる。特に、タリズマンやシャムロックのように、操縦技量において何の不安も無いパイロットが前席にあればあるほど、だ。実際、俺はかなり楽をさせてもらっている。前方目標への対処を完全にタリズマンに任せることによって、俺は周辺の戦況確認や友軍支援、攻撃目標の選定等に集中出来るのだから。もっとも、ハーマン大尉をして「後席殺し」と言わしめたハードな戦闘機動は勿論健在なので、別の観点での課題はあったけれども。少し低い空で、一際大きな爆炎が膨れ上がる。B-52の巨大な胴体から、炎と黒煙が溢れ出し、翼からも炎が吹き出す。戦闘機の機動性能に比べれば遥かに劣る爆撃機など、訓練用の的のようなものだ。護衛機の存在さえなければ、だが。幸いなことに、エメリアの戦闘機部隊はその理想的な環境を手にしていた。爆撃機攻撃に向かっているのは、どちらかと言えば実戦経験の少ないルーキー部隊。歴戦の部隊は、群がる護衛機群を足止めし、圧倒しているのだから。

『――エメリアの各部隊に告ぐ。こちらはエストバキア軍だ。聞こえているなら、速やかに攻撃行動を停止せよ。貴君らの抵抗は、今や必要ない。君たちの同胞、即ち、グレースメリアをはじめとした残存軍は、皆我々に帰順した。これ以上の抵抗は無用だ』
『何だ?誰が喋っている?』
『これは……エストバキアのプロパガンダ放送か!』
『プロパガンダならもうちっとマシなことを言うもんじゃよ、ラナー。これでは、ひねりが少なくてつまらんのぅ』

話している奴は、恐らく今の戦況がろくに見えていないのだろう。或いは、後方の安全地帯で話しているだけなのかもしれない。それにしても、エストバキアの放送というのは百歩譲っても面白みにかける。グレースメリア方面から飛んでくる電波を拾ってテレビに映し出しても、ろくな番組がかからない。エメリアの風土には、全く似合わない代物。こんな放送だけを見て育ったら、きっと思想が偏っていくに違いない。もっとも、飽きてテレビやラジオ自体を聞かなくなる可能性が高いけれど。

『戦火に晒されたグレースメリア市も、我々エストバキアの公正な統治により復興しつつある。君たちの同胞たるグレースメリア市民たちも、秩序を取り戻さんとする我々に協力をしている。このような状況にも関わらず、貴君らは無駄な抵抗を続け、徒に命を捨てると言うのか!?繰り返す。直ちに、我々に帰順せよ。さもなくば、我々は実力を以って貴君らを葬り去る』
「おいエッグヘッド、連中が実力を発揮出来るような戦況か?」
「数だけなら優勢ですね。――2時方向、敵機」
「了解。頂くぞ」

右方向から旋回してきた敵機は、速度の差を利用してこちらのケツを取る目算だったのだろう。それに対し、タリズマンは減速をかけると共にスナップアップ。上方に跳ね上がった機体をロールさせ、捻り込む。こちらの下方に、先ほどの敵機の姿が入り込む。エアブレーキを開いて急減速を仕掛ける相手に対し、タリズマンもスロットルを一気に絞る。一度付いた加速はそう簡単には収まらず、敵機はオーバーシュート。してやったり、とその真後ろ、絶好のポジションに付けたタリズマンが、トリガーを引き絞った。コンマ数秒の攻撃だったが、エンジンに直撃を被った敵機から黒煙が溢れ出す。回避すべく傾けた機体を戻すことが出来ず、そのまま地上を目指して漂流していく。反撃能力を失った敵の姿を、タリズマンはもう見ていない。周囲を肉眼で見回しつつ、レーダーモニターやHUDにも視線を動かして、早くも次の目標を探し求めている。そんな俺たちの前方やや上方から、仕掛けてくる敵が1機。どうやら先ほどの獲物の片割れらしい。相対距離はみるみる間に縮まっていく。ミサイルでの攻撃をするつもりは無いらしい。こちらもロックをかけている時間的余裕が無い。一気にバルカン砲の射程圏内へと入り込んでくる。そういえば、タリズマンとの初めての演習の際、ミンチにされたのは他ならぬ俺たちだ。このまま何もしなければ、潰れたトマトのようになることは必定。だが、そんな敵の動きを嘲笑うようにタリズマンが動く。敵の銃口が火を吹くよりも半瞬早く、急ロール。姿勢が真っ逆さまになるや否や、強引にスプリットS、急反転。さすがに俺でも視界が灰色に染まる。至近距離を機関砲弾の火線と轟音が通り過ぎる。

『冗談だろ!?敵にもシュトリゴン並みがいるっていうのか!?』
『逃げろカーバンクス!!早く!!』

だが、敵の無防備な背中は既にこちらの射程内。速度差を考慮して、タリズマンがレーダーロックを開始。敵との距離が危険距離から外れるのを確認して、SAAM発射。白い煙を吐き出したミサイルが母機を追い抜き、獲物のケツに喰らい付いていく。翼を立てて回避機動へと転ずる敵機。だが彼にとっては不幸なことに、今俺たちが飛んでいる空域は地上に展開している電子支援部隊の網の中だった。追尾能力を強化された槍は、敵の垂直尾翼を叩き割り、胴体部に突き刺さった爆発した。爆発の衝撃によって一気に引き裂かれた敵の姿は、次の瞬間火の玉の中へと没した。

『タリズマンが敵機を撃墜!』
『ゴースト・アイよりガルーダ1。護衛機ばかりに気を取られるな。爆撃機第二陣、北西方向に確認。潰せ』
『ブラッディマリーよりガルーダ1、獲物を少し残しておいてくれると助かる。稼ぎが減るんでね』

AWACSの指示した方角に、新たな爆撃機編隊の姿を確認。先行する護衛機の群れはもう間もなくこちらとの交戦空域に入る。敵はF/A-18系らしい。今のところの護衛機はF-4Eやミラージュばかりだが、もしかしたら足の長いのを持ってきているかもしれない。足止めにもっとも近い位置にいるのは、稼ぎが減るとぼやいていたレッドアイの面々だった。レーダーをワイドレンジで確認。爆撃機の足止めもいる。本作戦においては傭兵たちに指示を飛ばす権限を与えられていたことを思い出し、俺は回線を開いた。

「エッグヘッドより、ビバ・マリア、ジュニア。北西方向、新手を確認、迎撃に向かって下さい。ブラッディマリー、マルガリータ、稼ぎ時です」
『こちらビバ・マリア、了解』
『ジュニア、了解。潰す!』

傭兵隊の光点が4つ、追いすがる敵機をあっさりと振り切って北西へと向かう。だが、エストバキア軍の機体は彼らの後背に襲い掛かれない。彼らの背中には、エメリアの猛者たちががぶりと食い付いているのだから。ウインドホバーとアバランチの各機が至近距離での格闘戦で翻弄し、仕切り直しとばかり距離を取ろうとする敵機には他隊が足の長いやつで攻撃を浴びせる。エメリア側にも実戦経験が少ない部隊がそれなりにあるが故の苦肉の策ではあったが、効果は絶大だった。初っ端で敵に食い散らされた例のカスター隊の生き残りも、ロングレンジからの攻撃でそれなりの戦果を挙げていた。

『ゴースト・アイよりカスター、ビックホーン両隊は爆撃機を叩き落せ。レッドアイがハエを引き受けてくれる。ガルーダ2、支援に回れ!』
『……というわけじゃ、タリズマン、出来の悪い若造たちのお守りに行って来るワイ。さて、ケツの青いガキども。しっかり付いてくるんじゃぞ?』
『カスター3、了解!』

おやおや、随分と出撃前と今とで変わってしまったものだ。例の騒動を起こした部隊の生き残りたちは、すっかりとドランケンの指示に従うことに抵抗が無くなったらしい。もっとも、生きるか死ぬかの瀬戸際においては、より生存する確率の高い方に付くのが自然。それを変節と笑えるかどうか。今後うまくやっていけるかどうかは別としても、エメリアを本気で取り返すのであれば、少しでも友軍の数は多い方が良いに決まっている。それが、腕利きなら尚更のことだ。今、生き残っている連中は、少なくとも簡単に散らされる程度のレベルではなかったのだろう。護衛無き前進を強いられた爆撃機の針路上に展開した各機が、一斉攻撃を放つ。友軍機から発生した小さな光点は速度を上げながら目標へと殺到し、そして役目を果たした。立て続けに一際大きな火の玉が5つ、雲の隙間に膨れ上がる。友軍の歓声と敵軍の悲鳴とが交錯する。エストバキアにとっては悪夢の時間であることは間違いないだろう。息の根を止めに行ったはずの地で、自らの息の根を止められているのだから。是非はともかくとして、エメリアが傭兵部隊をも用いてきたことも計算外だったに違いない。こればかりは、エストバキアと異なって豊富な財力を持つエメリアのなりふり構わぬ対抗策の結果、と言っても良いだろう。一方で、あの頼りない首相殿がここまで強硬な手段を用いて来たことにも驚かされた。あの頼りない外見とは裏腹に、その精神的骨格には鉄筋がしっかりと入っていたらしい。これからのエストバキアとの戦いにおいて、その頑固な姿勢は政治面での戦いにおいてエストバキアを苦しめることになるだろう。そして、俺たち反抗勢力の軍人としては、非常にありがたい話となる。少なくともレッドアイ隊については、申し分のない実力を持った猛者軍団であることは確認出来た。彼らの状況を確認しようとして、俺は気が付いた。ジュニアの駆るF-16Cが、他の三人から突出して敵の一つを追いかけている。

「タリズマン、ジュニア機突出。その先……また来た!爆撃機隊の新手を確認!!」
「エストバキアも懲りねぇなぁ。時にビバ・マリア、ジュニアのやつ、何か作戦か?」
『済まない、悪い癖が出たようだ。首に縄をかけに行く!』
「いや、お前は引き続き周囲の敵を牽制しろ。網を解くな。俺が行く。エッグヘッド、この辺は他隊に任せておいて支障ねぇな?」
「タリズマンの判断に任せます。この周囲は問題ないでしょう」
「ということだ、ビバ・マリア。おいエッグヘッド、ついでに目標も頂く。足の長い奴、用意しておけ」
『……分かった。そちらには1機も行かせない。ジュニアを頼む!』

別に良く知った相手ではなかったけれども、返事が返ってくるまでに少し逡巡があったような気がした。「悪い癖」と言っていたけれども、何か訳アリということか。もっとも、訳アリで無い人間が傭兵という職業を選択することはまず無いに違いない。両軍が入り乱れる空域を離れてジュニアが追撃しているのは、どうやら彼の乗る機体と同じF-16Cらしい。光点が至近距離で交錯しているのは、恐らく双方ケツの奪い合いで戦闘機動を繰り返しているからだろう。一方、敵爆撃機編隊の新手は、さらにその北方から接近中。数は確認できるだけでも6機。もちろん、護衛機のオプション付き。ステルス機が紛れ込んでいると厄介だが、AWACS側でもっと詳細な敵情報を確認しているだろう。護衛の新手への対処はゴースト・アイの指揮に押し付けて、タリズマンはスロットルをMAXへと叩き込む。アフターバーナーの炎を吹き出しながら、轟然と加速を開始する愛機。もっとも、俺たちはエストバキア軍機を弄ぶように撃墜した目立つ1機。至近距離での格闘戦から離れようとするこちらに気がついた何機かの敵が、ミサイルによる遠距離攻撃の好機と判断して狙いを向けてくる。コクピットの中にジジジ……という耳障りなノイズが聞こえてきて、背筋がヒヤリとさせられる。だが、加速態勢に入ってしまえばこちらのもの。ヨーイドンの加速競争なら、Mig-31あたりを持ってこない限り、F-15Eに勝る機体はそうありはしない。それでも直線で飛ぶ愚を避け、時折針路を変更しながら駆けるうちにノイズはついに聞こえなくなった。ビバ・マリアたちが敵の追撃を阻止してくれたことも大きかった。戦力の空白域へと脱した俺たちの前方には、複雑に絡み合う白い筋。どうやら、ジュニアはまだ健在らしい。敵方の戦闘機も健在だったが。

「エッグヘッドよりジュニア。貴機は敵の勢力圏内に突出しつつある。深追いを中止して離脱せよ。繰り返す、深追いを中止せよ!」
『大丈夫だ、問題ない。こちらは指示通り自由にやらせてもらってる。邪魔はしないでくれ!』

返ってきたのは思わぬ反応。もしかしたら、これがビバ・マリアの言う「悪い癖」というやつだろうか?でも、ジュニアが言うほどに問題が無いようには見えなかった。敵は確かにF-16Cのように見える。だが、どちらと言えばジュニアは敵に振り回されているように見える。それでも後背を取られないあたりは彼の実力の為せる業なのだろうが、もしあの敵機に乗っているのがタリズマンのような男だったら、そろそろトドメを刺しにかかる頃だろう。相手には「罠に嵌った」と気取られないように、確実に袋小路へと追い込んで……だ。そして、タリズマンはそんな現状を読み取ったのだろう。ジュニアの返事など意も介さぬように、2機の飛び交う戦域へと突入していく。ジュニアともう1機のF-16Cは、まるで空の円柱状に沿っているかのように互いの航跡をクロスさせながら上昇していく。肉眼でも敵の姿を捉えることが出来た。ジュニアの機体に比べて随分と目立つ塗装を施したF-16Cだ。一見ジュニアがその後背を追っているように見えるが、追い詰められているような必死の様子には見えない。むしろ、ジュニアの方のが切羽詰ったように見えてしまう。敵機が、一度フェイントのように機体をロールさせた。すかさずその背中に飛びつこうとしたジュニアだったが、敵機は短く水平に戻した状態から強引にロールしつつ機首上げを敢行。針路を捻じ曲げるようにしてジュニアを絡め取った。そうとは気が付かないジュニアは対応しきれず、まんまとその前方へと誘き出されてしまった。

『甘いな、エメリア。己の未熟を思い知りながら散るがいい』
「させるかよ!ジュニア、右へ倒れこめ、今すぐだ!!」
『くっ……畜生!!』

敵機のHUDには無防備なジュニアの後姿が捉えられていたに違いない。それでも、素早く機体を捻りこんで射線上から逃れた彼の腕前は決して悪くは無い。だが、敵機が一足早く放った機関砲弾は彼の機体の胴体部にいくつかの風穴を穿った。もし彼が単独戦闘を続けていたら、この後すぐさまトドメを刺されていただろう。そうならなかったのは、敵の真後ろにもっとタチの悪い敵がへばり付いたからだった。推力にモノを言わせて空を駆け上がった愛機は、ジュニアを追撃せんと機体を傾けた敵の姿を正面に捉えていた。こちらが攻撃態勢に入るより早く、敵が攻撃軸線上から逃れる。身軽な機体を活かしてジュニア同様にやり過ごすつもりだろうが、そうはいくものか。エアブレーキON、スロットルMIN、少し操縦桿を引き上げ。ごう、という風圧を受けて急減速した愛機は推力を失い、後方へと滑り出していく。テールスライドからストン、と機首が真下を向く。タリズマンが首を動かして敵の姿を追う。どうやら敵戦闘機は、ロールを巧みに変化させての捻り込みを得意としているらしい。先ほどのジュニア同様にこちらを料理しようとしたのだろうが、敵の予測した針路上にこちらの姿は無かった。むしろ、捻り込みを図った分だけ高度差を失い、こちらの至近距離にその背中を晒してロール中という状況だったのだ。再び翼を立てて逃げにかかる敵機。その後尾へ、タリズマンが喰らい付いていく。こちらに比べれば身軽な機体特性を活かし、何とか振り切ろうと旋回。結構な負荷がかかっているであろうに、鋭く切り返していく様は眺めていて綺麗でもあった。それに対してタリズマンは旋回合戦に付き合うのではなく、敵の向かう針路を先読みして追いすがる。彼我距離が離れることは無く、むしろじわじわと敵は追い詰められていく。激しい戦闘機動を続ければ、機体以上にパイロットの身体が耐えられなくなる。徐々に鋭さを失い始めた敵の後姿が、前席の広角HUDの中に捉えられるまで、そう長い時間は必要なかった。

『ぐっ……振り切れない……だと!?』

墜ちていくB-52 俺はレーダーに視線を動かし、次いで肉眼でジュニア機の安否を確認する。胴体部への攻撃を受けたことで薄煙は引いていたものの、飛行には特段支障は無いらしい。そして、コクピットの中にはロックオンを告げる電子音が鳴り響いた。翼から切り離されたミサイルは、目前の獲物目掛けて疾走を開始する。機体を思い切りロールさせて、斜め下方へとダイブしながらミサイルをやり過ごそうとした敵機だったが、彼にとっては不運なことに、そしてこちらにとっては幸運なことに、俺たちのいる空域は地上の電子部隊による支援範囲であった。追尾能力を強化されたミサイルは鋭い切り返しを見せ、降下加速で振り切りにかかる敵機の後背へとぐんぐん迫っていく。そして、垂直尾翼と排気ノズルの至近へと到達した弾頭部は、近接信管を炸裂させた。膨れ上がる爆炎と共に撒き散らされた弾体片は垂直尾翼と水平尾翼を引き裂き、そして胴体部にも無数の破片を突き刺していった。ボワッと黒煙を吐き出して敵機は、そのまま引き起こすことも出来ず空を駆け下りていく。この位置なら、市街地に落ちることは無いだろう。機体を水平に戻した俺たちの頭上を掠めるようにして、ジュニアのF-16Cがこちらの右後方にポジションを取った。運が良かったと言うべきか、当たり所が良かったと言うべきか、近距離で確認しても重大な損失は受けていないようだった。状況を伝えようと口を開いた俺だったが、それよりも早く、タリズマンの怒声がジュニアに飛んだ。

「血気に逸り過ぎた、バカ野郎!!いいか、お前は既にエメリアの一員にカウントされているんだ。無謀な単独行動が仲間を危機に晒すことに少しは頭を使え!!」
『なっ……』
「お前一人出撃してのたれ死ぬのはてめぇの勝手だ。だが、お前の勝手な行動で仲間を犠牲にするつもりなら、俺がお前を撃墜する」
「タ……タリズマン!」

ポジションとしては、もしジュニアがトリガーに指をかけたら、回避不能の位置。これがシャムロックなら絶対にそんなことは無いと断言できるのだろうけれど、相手は何しろ一緒に飛ぶのは初めての傭兵だ。冷や汗が背中を流れ落ち、ぞっとする感覚が胃の辺りをぐいと締め付ける。しばらくして聞こえてきたのは、ジュニアがどうやら深呼吸をしているらしい音だった。

『――まさかエメリアまで来て、俺の師匠の台詞を聞くとは思わなかった。済まない、冷静さを欠いた俺のミスだ。支援に感謝する、タリズマン』

先ほどまでの興奮した口調が姿を消し、飛び立つ前のクールな声に戻っていた。こうして聞いていると、ひょっとして俺よりも若いのではないか、と思えてくる。もちろん、声の若い中年もいるから決してアテにはならないが。思ったよりも、根は素直な男なのかもしれない。それにしても、そんな男が、危険な戦場を住処にする傭兵などとという職業を何故選択したのだろうか?それはやっぱり、根本的にパイロットの需要を求める戦場が各地に存在することに問題が……思考が脱線し始めたので、俺は首を振って余計なことを放り出した。まだミッションは続いている。敵爆撃機の新手に針路変更なし。爆撃機第二波は全滅。残りの護衛機については、友軍機たちの奮闘によって足止めを喰らい、爆撃機のお守りも充分に出来ない状態。そして、俺たちは敵新手を狙い撃てるスイートスポットに在った。

「タリズマン、攻撃目標の針路変わらず。捕捉完了。MAAM、準備完了」
「了解。おいジュニア」
『何か?』
「稼ぎ損なった補填をしてやる。攻撃目標右二つをくれてやる。潰せ」
『了解』

翼を立てて機体をバンクさせたジュニアは、速度を上げて爆撃機へと向かっていく。こちらは兵装をMAAMへ切替。前席のHUD上にはミサイルシーカーが複数出現し、トレースを始める。目標は、敵の爆撃機編隊。戦闘機と比べれば「のんびり」という表現が正しいであろう巨体の群れは、遠距離であっても肉眼で視認することが出来る。翼の下に数多くのエンジンをぶら下げた機影がはっきりと見えるようになり、そしてロックオンを告げる電子音が鳴り響いた。

「おし、トドメだ。FOX3!!」
母機から切り離された4本のミサイルは、設定されたそれぞれの目標に向けて前進を開始。こちらよりやや下方を飛行するB-52の群れに向けて針路を修正しながら加速していく。敵に電子戦機でも随伴していれば別だろうが、彼らには最早回避する術が無い。白い排気煙の筋が4本、肉眼でもはっきりとその姿を捉えることが出来る距離に近付いた目標に吸い込まれていく。ほとんど同時に、虚空に大きな火の玉が4つ、花開いた。

『駄目だっ!!火が回った!!』
『立て直せない!!墜落する!!』
『くそっ、1番から4番被弾!護衛部隊、何とかしろ!』
『喰らった!もう1機いるぞ!!』

一番右手にいた目標の左主翼から炎が吹き上がり、そのまま胴体部へと燃え移る。胴体部の真ん中から炎と黒煙が吹き上がる頃には、最後に残った1機にも機関砲弾のシャワーが降り注いでいた。鼻先から撃ち抜かれた機体がコントロールを失い、黒煙を満身から吹き出しながら高度を下げていく。レーダー上から、爆撃機の群れの姿が完全に消失していた。

『ゴースト・アイより各機へ。エストバキア軍の爆撃機部隊全滅を確認した!ケセド周辺にこれ以上の爆撃機の姿は確認出来ない。我々の勝利だ!!』

歓声が飽和する。爆撃機を失った今、エストバキア軍がカンパーニャを制圧する術は一時的ではあるものの失われたも同然だ。形勢は完全に逆転した。AWACSから残存敵機の殲滅命令が下される。浮き足立った敵部隊は、最早勢い付いたエメリア軍の敵ではなかった。
すっかりと敵のいなくなった空。作戦を終えた仲間たちが俺たちの周りに集まってきた。損害を受けた部隊もあったが、グレースメリアからの脱出組にレッド・アイの4機はいずれも健在。幸運の天使が味方したか、気まぐれな小悪魔のご加護か、いずれにせよ喜ばしいことには違いない。

『素晴らしい戦果だ。皆今日はご苦労だった!』
『おいおい、そんなに褒められると照れるじゃないか』
『そうか、分かった。アバランチは被弾して行方不明と報告しておく。夕飯の予約は無しでいいな?』
『ちょ……そりゃあないぜ、ゴースト・アイ』

仲間たちの笑い声が回線を満たしていく。何となく、こんな楽しげな笑い声を聞くのは本当に久しぶりのような気がする。戦略的なエストバキアの優位は変わっていないが、この局面において完全勝利とも言って良い戦果を挙げられたことは、ケセドに集結したエメリア残存軍にとっては大きな自信へと繋がることだろう。

『やれやれ、ゴースト・アイもキツイな』
『そうじゃのう。これでは迂闊に喜べんワイ』
『何を言っている。ドランケンにエッグヘッド、君らもご苦労だった。最前線に良く戦場が見える奴らがいると、私の仕事が楽で良い。これからの活躍に期待しているぞ』
『ヤバイのぅ、エッグヘッド。ワシらここらでベイルアウトして基地に戻らにゃいかんらしい』
「これからこき使われるのかと思うと、素直に喜べませんね、確かに」
『全く口の減らない奴らだ。特にエッグヘッド、タリズマンの悪影響が出て来たな。先が思いやられる』

余計な御世話だ、と心の中で呟くが、別に悪い気はしない。タリズマンはと言えば無言で操縦桿を握っているけれども、どうやら笑っているらしい。それに、朱に染まって何とやら、というのは自覚していることだ。どうも最近、考えることが過激になってきたような気がする。それは間違いなく前席で操縦桿を握っている上官殿の影響であることは間違いない。

『さ、そろそろメシの時間だ。俺たちの基地に戻ろう。浮いたアバランチの分はポーカーで買った奴に進呈だ』
『勘弁してくれウインドホバー、俺も腹ペコなんだ!』

再び笑い声。一つの戦いは終わり、基地に戻れば次の戦いの準備と苦難が俺たちを待ち受けている。それでも、今日の勝利はいつか振り返った時、風向きを変えたきっかけになるかもしれない。豪華なものではないが、充分にうまい食堂を抱える滑走路の無事な姿が、今日の俺たちにとって何よりのご馳走だった。

「天使舞う空、駆け抜ける鉄騎」ノベルトップページへ戻る

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