シプリ高原戦車戦・前編
冬の装いを深める大地に、キャタピラとタイヤの跡とが無数に刻み付けられ、タービンの発する駆動音が遠来の如く轟いている。土煙と雪煙をあげながら、エメリアの国旗をそれぞれの車体に貼り付けた戦車と装甲車、そして歩兵部隊を運ぶ輸送車の軍団が疾走しているのであった。エメリア軍の主力戦車はチャレンジャーシリーズであるが、軍団の中に見えるその数は、機甲師団と呼ぶにはいささか少ない。それもそのはず。エメリア軍の主力機甲師団はエストバキアとの本土における激戦で集中的に狙われたため、その数を大きく減じていたのである。その穴は、ケセドをはじめとした地方分隊中心に配備されていた旧式の戦車や、火力では劣る装甲車によって埋められているに過ぎない。さらに、単体で一部隊を構成出来る隊がほとんど無かったこともあり、臨時編成の名の下に残存車輌と兵員が割り振られたことも要因の一つであった。まともに戦えば、充分な装備を揃えているエストバキア軍に対して勝ち目は無い。しかしそんな状況にあって、兵士たちの士気は決して低くは無い。先日のヴィトーツェ上空での戦闘において、空軍がエストバキア軍を退けたことも大きかった。本土で散々な目に遭い続けてきた兵士たちに、「俺たちもやれるかもしれない」という自信が蘇り始めたのだから。

『ワーロック・リーダーから、スティールガンナー及びクオックスへ。そろそろ敵防衛ラインの「足の長い奴」の射程に入る。無駄弾使ってくることは無いと思うが、気を引き締めとけよ』
『クオックス了解!ま、どっちみち銃弾と砲弾のシャワーに飛び込むんだ。早いか遅いかの差しかねぇけどな。おい、野郎ども、遺書の準備は今のうちにしておけよ!?』
『スティールガンナーズ了解した。クオックス・リーダー、気負いすぎて突出するなよ?俺たちは今のところ烏合の衆なんだからな』

進撃するエメリア軍陸上部隊は、大雑把に分けると三隊に整理されてエストバキア軍の防衛ラインへと向かいつつある。もともとケセド島を拠点にしていたことによって無傷の戦力を保持していたワーロック隊は数少ない例外として、クオックスとスティールガンナーズはアネア大陸本土で敗走の辛酸を舐め尽くして来た部隊である。それでも全滅の憂き目を見ずに済んだのは、部隊の戦闘力の高さを証明している。特にスティールガンナーズに至っては、もともと予備役訓練のために集められていた兵員たちが隊の多くを占めていたにもかかわらず、正規部隊に劣らぬ活躍を見せて、今日に至る。ちなみに彼らの部隊はグレースメリアからサン・ロマへの逃避行時、殿を務めていたことでも知られている。一丸となって進んでいた戦車と車輌の集団は、やがてそれぞれの目標ポイントに向けて三方へと分かれていく。こうしたエメリア軍の動きは、当然のことながらエストバキア軍によって、とっくに察知されている。少し前までの彼らであれば、攻撃機中心の部隊を仕立て上げて、戦車狩りに出てきたことだろう。だが、今のケセド島方面軍にはその余力は無いようであった。先のヴィトーツェでの戦闘においてエストバキア空軍は多数の戦力を一挙に喪失し、一時的ではあるが制空権を失っていたのであった。エメリアにとっては、数少ない反撃の好機が到来したと言っても良いのである。

『スティールガンナーズ全車へ。安全装置は外しておけ。最初は派手に行く。号令に遅れた奴は、カンパーニャの滑走路50往復だ!』
『ワーロック・リーダーから各員へ。間違ってもクオックスの頭の上に落とすな。ドイル大尉に枕元に立たれたくなければ、な』
『おい、どういう意味だよ、キャンベル』
『安心しろ、うちにはそんなヘマする奴はいない。装備は古いけどな』

隊長たちの交わす会話に、隊員たちの復唱と笑い声とが続く。これから戦場へと突入する割には、各隊を率いる男たちの会話は一見普段と変わらないように見える。クオックス隊のアンソニー・ドイルなどは、自分の部下に羽交い絞めにされて後退させられたことがあるほどの猛将だけに、緊張する神経が麻痺していると評しても差し支えは無い。だが、スティールガンナーズのボビー・フィッツジェラルドやワーロックのゲイリー・キャンベルの場合は、ある程度演技でもある。隊長が浮付いていては、部隊の気分が引き締まるはずも無い。まして、数的劣勢を覚悟の上で敵の防衛線へと突入しようとしているのだ。軽口でも叩いてないとやってられるものか、というのが二人の本音であった。

これに対し、エストバキア軍の動きも活発になっていく。エストバキアの防衛戦に突入するには、いくつかの橋を渡らなければならない。それを見越して待ち伏せする軍団と、突破してきた部隊を迎え撃つ軍団、そして長射程の兵器を中心にした軍団とが、迫り来るエメリア軍を牙を研いで待ち受けているのだった。単純な戦車の数だけなら、エメリア軍を凌駕するエストバキア軍ではあったが、彼らの間には予期し得ない事態に動揺が走っている。タチの悪い冗談が飛び交っているエメリア軍とは対照的に、兵士たちは緊張で沈黙していたのであった。それは、エメリア軍側の「数」が原因だった。

『――おい、エメリアの連中の数、ダミーなんか入ってないよな?何でこんなにいやがるんだ!?』
『落ち着け!火力はこちらの方が圧倒的に上だ。戦う前から何を焦っている』
『エメリア軍、本格的に動き始めたぞ。充分に狙えよ。この一戦で奴らを葬ってやるんだ!!』

そうこうしている間にも、両軍の彼我距離は確実に縮まっていく。そして、ワーロック隊とスティールガンナーズ隊の先陣が、エストバキア軍の定めたラインに突入すると同時に、それは始まった。戦車等の装甲の厚い車輌の後方に展開したロケットランチャー車輌の砲口が、一斉に火を吹いたのである。攻撃開始の号令と共に放たれたロケット弾本体は、唸りをあげて目標地点へ向かって飛んでいく。まるで花火のスターマインのように放たれた攻撃は、すぐさまエメリア軍側にも察知されることになる。

数キロの距離を一気に飛び越えたロケット弾が、次々と着弾して炸裂する。土煙と爆炎とが膨れ上がり、轟音が響き渡る。運悪く直撃を被った車輌が一瞬の間に炎に包まれ、全身を炎に包まれながら転げ落ちた兵士が、地上をのた打ち回る。爆発の衝撃でひっくり返った車輌からは、生存者たちが慌しく這い出し、無事な者は立ち止まらずに走り出す。実のところ、エストバキア側の初弾はそれほど正確なものではなかった。むしろ進攻中のエメリア軍の鼻先に落ちたというべきであった。これ幸い、と突き進むエメリア軍の動きは止まらない。お返し、とばかりに、戦車軍団の砲塔が一斉に動き出した。データ・リンクを通じて、既に攻撃目標・攻撃ポイントは各車輌に伝達済み。戦車兵たちは、指揮官の号令が下る瞬間を待ち続けている。と、各隊の動きがはたりと止まる。次の瞬間、聞き間違えようの無い怒号が無線に乗って令達された。

『撃てーーーーっ!!』

後に、この時のエメリア軍指揮官たちはこう語る。シプリ高原での戦闘開始命令こそ、エメリアの陸軍にとっての反抗開始の狼煙だったのだ、と。
エストバキア軍陣地からの派手なロケットランチャー攻撃に対し、エメリア軍戦車部隊の砲門が一斉に火を吹いた。一見派手に見える反撃は、しかし精緻な計算と作戦に基づいて行われたものである。戦車砲の砲弾の破壊力は強烈だ。地上に駐機中だったら、戦闘機といえども木っ端微塵にされてしまう。地上に衝突して爆発すれば、周囲の物体を巻き込み、弾き飛ばし、大穴を穿つ。生身の人間など、一つ間違えれば残骸すら残らないかもしれない。だがそれは、きちんと目標を捉えられれば、の話だ。全然関係ないところに命中したところで、効果は全く無いのだから。錬度も装備も差のある混成部隊に対し、エメリアの指揮官たちは応急措置的ではあるが効果的な攻撃方法を徹底させていた。エメリアの攻撃は、クオックス隊の進撃路に当たる渡河ポイントの先に展開するエストバキア軍部隊のみを狙って行われたのである。今日の戦いの舞台となるシプリ高原の一角に、盛大な炎が膨れ上がる。立て続けに着弾した砲弾は、兵士を弾き飛ばし、戦闘車輌を紅蓮の炎の中に叩き落し、粉砕していく。熾烈さを増していく砲火の中、友軍部隊の光点が敵の「塊」に向かって進んでいく。

『おい、知ってるか?今回の作戦に全戦力の9割か投入されているらしいぞ』
『本当か?1回限りの賭けってやつか』

陸上部隊の進撃に少し遅れて、俺たちはエストバキア防衛線に向かって急行している。先の戦いでのエストバキア軍航空戦力の損失は決して軽いものではなかったらしく、この期に及んで上空に展開している敵性航空機の数は僅かなものだった。もっとも、陸上部隊に関してはその限りではない。エメリア軍は、実質的な最高司令官となっているカークランド首相の「この際全部行っちゃいましょ」という一声で、本来ならば温存すべき部隊までも動員して数を揃えているのだが、それを以ってしても尚敵軍の数が多い。タリズマンなどは、「面白い発想じゃねぇか。案外やるな、うちの狸親父は」と笑っていたものだが、常識的に考えたら有り得ない発想だ。勝利を収めたとしても、結果として大きな損害を被ってしまえば、自ら進んで反攻の芽を摘み取ることとなる。当然、陸軍の将官たちもそう指摘したらしいが、首相殿は笑いながらこう言ったのだと聞く。「半分で行ったら全滅させられて結局終わりじゃないですかねぇ。もともと負けが込んでいるんですから、派手に行ってみましょう」と。……どうやら、俺の周りというのは精神的な兄弟関係を結んでいる人種が多いような気がしてきたこの頃である。

「エッグヘッド、ヤバそうな奴らの溜まり場を中心に洗い出していけ。軽い目標は陸軍に任せてりゃいい」
「了解。中央突破を図るワーロック隊全面に展開する敵主力と、やや後方のランチャー部隊が当面の脅威かと。特にランチャーが元気な間は、歩兵部隊の進撃に支障が出そうです」
『航空部隊とて、満足な数がいるわけではないからの。反復攻撃で重点目標を中心に叩くのが良かろ。ちと遅れているようじゃが、海軍と陸軍の混成ヘリ部隊もおる。彼らにとっての脅威となるSAMや対空砲も可能な限り狩っておくと良いワイ』
『ま、分かりやすくていいか。友軍の邪魔になりそうな奴らは片っ端から吹き飛ばしてやれ。遠慮はいらない。イエローも潰せ』
『ビバ・マリア了解。ジュニア、刈り取り放題の許可が出たぞ。でも、突出しすぎて地面にキスするなよ?』
『分かってる!』

ちなみに、ヴィトーツェ上空での戦いの後、双方の"保護者"が同意した集会は実現していない。そのうち、きっちりと絞ってやるからな、と心の中で毒づいて、俺の仕事場たるモニターへと意識を向ける。ワイドレンジでは、敵性を示す光点ばかりが表示され、細かい目標の識別は困難を極める。今日は、統合戦術情報システムとリンクさせたモニタが大活躍しそうだ。エメリア軍のリンクシステムは、残念ながら本来の性能を発揮し切れてはいなかった。ただ、首都が壊滅した場合に備えてサブ・コントロール・センターを国内の何拠点かに分散設置させたことは、不幸中の幸いであった。ケセドのカンパーニャ飛行場にもその一つが設置されていて、俺たち残党軍を支える基幹システムとして機能していた。それでも、敵の数は尋常ではない。その中から重要目標として俺が選別したのは、ロケットランチャーを搭載した車両群である。素早く現在の兵装状態をチェック。もともと予算不足気味の俺たち残党軍は、誘導爆弾などという高価なハイテク兵器を潤沢に揃えるだけの金は無い。それでも、どこをどうやっているのか分からないが、通常使用し得る弾薬の類は、比較的安定して補充されているのだから、補給部門の底力には恐れ入る。今日の愛機の翼の下には、そんな彼らの努力の結晶であろう無誘導爆弾が群れを成してぶら下がっていた。

『ゴースト・アイより、航空部隊各機。ワーロック、クオックス、スティールガンナーズ各隊の進撃をサポートしろ。味方を爆撃に巻き込むな。各隊の攻撃目標・作戦地点は戦術情報モニタで確認するんだ』
『了解した。ウインドホバー、エンゲージ』
『アバランチ、エンゲージ』
「エッグヘッド了解。タリズマン、ターゲットは敵砲撃陣地にセット。航空脅威は現在のところ低レベル」
「OK。ガルーダ1、エンゲージ!!」

進撃中の陸上部隊を追い越した俺たちは、それぞれの目標に向けて散開した。タリズマンは早くも照準画面を表示して、攻撃地点の品定めに入っている。敵の配置を肉眼でも大まかに確認するように旋回し、攻撃態勢へ。シャムロックもこちらの横にポジションを取り、降下開始。地上から撃ち上げられた火線がコクピットの外を飛んでいくが、命中するものは一つも無い。迎撃戦闘機の姿が無いことは、対地攻撃を行ううえでありがたい。ただ、敵の群れの中に戦闘ヘリの姿が見える。ロケットランチャーや戦車以上に脅威となり得る敵戦力の存在は、排除の対象となるだろう。次の攻撃目標選定をしている間に、愛機は既に攻撃ポイントへと到達。充分な高度を確保しつつ、投下!以前エストバキアの基地に夜襲をかけた時は対地ミサイルを満載していたものだが、それに比べれば何だか味気ない。レシプロ戦闘機の時代からあまり変わらない戦法ではあるが、数十年経った今でもこれに代わる斬新な攻撃法が確立されないのは、空からの爆弾投下というシンプルな攻撃方法の有効性を証明しているとも言えるだろう。

「エッグヘッド、次はどこがいい?」
「戦闘ヘリの群れを確認。対戦車ロケット等の射程に入る前に潰すか、前線の敵戦車部隊が適当かと」
『シャムロック了解。戦力差は……考えるまでも無いな。やってやるさ!』

攻撃目標の判断をタリズマンに任せつつ、俺は先ほどの攻撃による戦果確認に集中する。2機から放たれた無誘導爆弾は、そのコストの安さとは相反する威力を満遍なく発揮することに成功していた。相次いで着弾したそれらは、地上に巨大な火球を立て続けに膨れ上がらせたのであった。直撃を喰らった車両は跡形も無いほどに破壊され、千切れた残骸が爆風に弾き飛ばされていく。衝撃で逆さまにひっくり返った車両が、次の瞬間には大爆発を起こし、新たな火球を出現させる。誘爆したロケット弾が周囲に飛び散り、予想外の攻撃に浮き立つ味方をも炎に包んでいく。これに戦車部隊からの一斉砲撃とが新たに加わり、敵砲撃陣地の一角はたちまち炎の海へと姿を変えていく。

『こちらスティールガンナーズ隊だ。上空の戦闘機、効果的なサポートに期待する。行くぞ、突撃開始!!』
『こちらワーロック・リーダー。敵主力部隊に突撃する。支援は任せたぞ!』

炎に染まる冬景色 防衛線の先頭部隊を下した友軍戦車部隊は渡河拠点たる橋を確保し、一挙に敵陣地へと押し寄せていく。当然の事ながら砲火の応酬はエメリア軍の渡河ポイントを中心に行われることになり、土煙と火柱とが轟然と吹き上がる最中を戦車の群れがひるまずに進んでいく。陣地後方からはどうやら榴弾砲のものと思われる攻撃が飛来しているが、友軍を巻き込むことを警戒してか、橋を越えてきた部隊の頭上には攻撃を落としていない。とはいえ、周囲の部隊が後退した場合にはこの限りでは無いだろう。これは予測よりも忙しくなりそうだ。俺がディスプレイと睨めっこしている間に、タリズマンは次の獲物に襲い掛かっている。戦車の一団に爆弾のシャワーを浴びせて上昇、旋回した先には、エメリア軍戦車部隊を待ち構えて展開していたヘリの一団が。持ち前の機動性を活かして逃げ回っていれば良かったものを、無防備な横っ腹を晒してホバリングしていたことが彼らの失敗だった。シャムロック機が加速し、機関砲弾のシャワーを浴びせていく。火線に舐められた戦闘ヘリはひとたまりも無い。黒煙を吹き出してバランスを崩す奴、たちまち火の玉と化す奴、そしてテールを千切り取られた奴は、コマのようにぐるぐると回転しながら地上目掛けてダイブしていく。つづけざまにタリズマンが突っ込む。1機はこちらを正面に捉えたまでは良かったが、それが災いして真正面から攻撃を受ける羽目となる。キャノピーを紅い飛沫に彩ったヘリに戦闘能力が残っているはずも無い。もう1機はメインローターを失い、慣性の法則に従って地上へ向かって墜ちていく。

『駄目だ――落ちる!!』
『対空迎撃部隊は何をやっていやがる!戦闘機にやられたい放題じゃないか!?』

もし敵部隊に相応の覚悟と決意があれば、上空からの攻撃による被害を放置して、防衛線に展開している全軍による一斉攻撃という手段が取れたはずである。もし、そう出て来られていたら、俺たちとしては打つ手が無かった。ところがエストバキアの司令部はそういった積極策に出るつもりが今のところ無いらしい。むしろ、後が無い、背水の陣を敷いたエメリア軍の方が余程積極策に出ている状況となり、各戦線において次々と食い散らされていく。

『後ろのほうでバカスカ撃ってる奴が鬱陶しいな。何とかならないか?』
『砲台は儲けにならないんだよなぁ』
『じゃ、無事に帰れたらジョッキとツマミをセットでどうだ?』
『ジョッキ2杯で引き受けた!生き残れよ、スティールガンナーズ!』

ぼやきながらも商談(?)をまとめたブラッディマリーに続いて、ジュニアも爆撃態勢に入る。その後方、やや上空にはビバ・マリアのミラージュ。この間の戦いの時も思ったことだが、ジュニアを除くと本当に隙が無い。当のジュニアも、今日は少し大人しい。次々と榴弾を打ち上げていく砲撃陣地に対し、傭兵部隊が爆弾を投げ付けていく。さらに続けて、正規軍所属のトーネード隊が続く。低コストの無誘導爆弾を提供された俺たちとは異なり、ディスペンサー爆弾を一斉にばら撒いた攻撃機の群れが、地上部隊をなぎ払っていく。厚い装甲に守られた戦車ならともかく、砲身剥き出しの砲撃部隊は文字通り爆弾のシャワーを浴びせられ、次々と炎に包まれていった。逃げ惑う兵士たちの頭上にも容赦なく降り注いだ子弾は、人間の肉体を情け容赦なく引き裂いていった。炎に包まれて焼け焦げていく残骸の合間合間に、ほんの少し前までは「人間だった」亡骸の欠片が無造作に転がっていく。もっともこれはエメリア側も同様であり、敵主力との戦闘に入る前にロケット弾を喰らってしまった輸送トラックに至っては、その直前の姿勢を保ったままの兵士の遺骸ごと黒焦げに燃え上がっているのである。そんな地上戦の惨状を戦っている間は目の当たりにしない俺たちが、「戦闘機乗りは気楽で良い」と批判されるのは道理だと俺は思う。コクピットの中からは、炎に包まれる戦闘車両を戦果として確認することはあっても、搭乗していた兵士たちの成れの果てを確認することは決して無いのだから。

こちらも負けてはいない。タリズマンの狙いは、進攻中の部隊の中では一番規模の小さい、クオックス隊の道を開くこと。彼らの行く手には、重装甲の戦車部隊が立ちはだかっている。ところが、クオックス隊は敵の強固な防衛陣地に対して進撃速度を落とすことも無く、突き進み続けていたのである。ただ、敵にしてみれば「巧妙な!」と愚痴の一つも付きたくなるであろう。彼らは、戦場の舞台となったシプリ高原の地形を活用し、戦車部隊の水平射線上に極力姿を晒さないようにしていた。勿論、頭上から降り注ぐ攻撃もあるので無傷とは言えないが、その機動力を活かして強引に攻撃を回避するのが彼らの流儀らしい。

『へっ、エストバキア野郎の弾なんざに当たるものかよ!一気に突破してやる!』
『隊長が突出した!各車、遅れずに突っ込め!後でケツバットされたくなければな!!』

彼らを守るカーテンから姿を現すや否や、クオックス隊の戦闘車両が一斉に牙を剥く。移動しながらの射撃にしては正確な狙いを付けて、戦車砲弾が敵防衛部隊に襲いかかる。横合いから数発の直撃弾を受けた戦車が大爆発を起こし、砲塔部は衝撃で車体から吹き飛んで転がっていく。連続して黒煙と炎とが膨れ上がり、小規模なクレーターが穿たれていく。

『クオックス隊から戦闘機部隊へ。これより電子支援を開始する。君たちのサポートが出来ると嬉しいね』
「エッグヘッドよりクオックス隊、電子支援に感謝!敵防衛線は健在だ、突出し過ぎないように!」
『そりゃ無理な注文だ。うちの隊長の理性のブレーキ、壊れてるからなぁ』
『なんだとぅ!?』
「愉快な連中だ。こんなところで退場させるにゃ惜しいみたいだから、しっかりサポートしてやろう」

左旋回からくるりと機体をロールさせて水平に戻す。クオックス隊の前面に展開する敵部隊に対し、真横からの攻撃軸線上に乗る。少しずつ高度を下げながら姿勢を維持しつつ、超低空侵入。この部隊には対空部隊があまり回されていないらしく、対空ミサイルからレーダー照射を受けずに済んでいる。気流によって多少機体が右、左へと傾ぐが、丁寧に操縦桿とステップでいなしつつ、タリズマンは狙いを定めていく。攻撃ポイントに到達すると同時に、爆弾投下!すぐさま引き上げ。上空へと舞い上がる俺たちの後方で、投下した爆弾と同数の火球が膨れ上がった。続けて、シャムロックのF-15Eが攻撃開始。新たに膨れ上がった火の玉が、敵部隊をその中へと飲み込んでいく。敵部隊の動揺はコクピットから見ていても窺える。陸からの攻撃、空からの攻撃とに翻弄されている敵部隊は、有効な反撃を行うことも出来ずに立ち往生しているようなものだった。

『こちらヘリ部隊イエロージャケット。上空の戦闘機、聞こえているか?いい腕じゃないか。負けてらんないな』
『シャムロックよりタリズマン。敵はだいぶ弱って来ているようだ。行けそうだな』
「そうありたいものだ。行くぜ!!」

エシュロンを組んだ俺たちは、次の攻撃目標に向けて旋回していく。戦闘はなおも継続中。でも、どうやら優勢なのは俺たちの方らしい。防衛線の一角を突き崩した友軍は、いよいよ敵陣地の深くへと足を踏み入れつつあった。

「天使舞う空、駆け抜ける鉄騎」ノベルトップページへ戻る

トップページへ戻る