シプリ高原戦車戦・後編
コクピットの中にローター音が飛び込んでくることは無いが、いくつかの編隊に分かれて攻撃ポジションを取る友軍ヘリ部隊の姿は、なかなか圧巻だ。もっとも、その構成を良く見ると、海軍のヘリの中に陸軍の攻撃ヘリまで混じっている。俄か緊急編成だらけのエメリア軍ならではの光景である。ヘリ部隊「イエロージャケット」の所属は、もともと南洋艦隊群第3艦隊。どちらかと言えば、本土での激戦で大きく数を減らしてしまった陸軍ヘリ部隊の生き残りがことごとくイエロージャケットに吸収されたと評するのが正しい。もっとも、混成ヘリ部隊であることが敵にとって幸いすることは無く、むしろ不幸が倍増したとも言えるかもしれない。今日まで生き残ってきたパイロットたちの腕前は、戦闘機部隊がそうであるように、決して尋常なものではなかったのだから。

『さあ、おっ始めるぞ。一気になぎ倒してやれ!バードイーター、突っ込め!』
『アイ・サー!!』

ホバリング状態を取ったヘリの群れから、一斉に炎の塊が射出される。予算不足のエメリア軍には、それだけの数の空対地ミサイルを用意することは出来ない。その代わり、威力としては充分なロケット弾が、彼らの翼には満載されていた。スティールガンナーズの上空から放たれたロケット弾は、唸りをあげながら敵防衛線へと飛来し、炸裂した。続けて低空にポジションを取った数隊が、勢い良く敵陣地を目指して突撃していく。爆撃によって損害を受けた敵軍は、間髪入れず行われた30ミリ機関砲弾の雨に晒されることとなった。頭上から撃ち抜かれた戦車の中では、乗組員が逃げることもままならず血煙と化し、運悪く直撃を受けた兵士の上半身が消し飛ぶ。重りを失った下半身だけが数歩歩き、難を逃れた同僚の側に転がる。だが、最初の難を逃れた兵士たちの頭上に、新たな攻撃が降り注ぐのだった。エストバキア軍にとってはさらに悪いことに、そうして開かれた突破口に、スティールガンナーズの軍勢が殺到していく。砲撃と砲撃の熾烈な応酬は、今となってはエメリア側ほど激しさを増し、膨れ上がる火球は圧倒的にエストバキア軍のものばかりとなっていく。防衛線周辺の支援はもう必要なしと判断した俺たちは、その後方から激しい砲撃を加えていた敵陣地に向かって低空侵入。自走式榴弾砲の一隊に対してガンアタックを敢行。ヒット・アンド・アウェイで離脱。反撃は無し。少し遅れて、大きな火球が膨れ上がるのを目視で確認した。

イエロージャケット 『こちらスティールガンナーズ!敵防衛部隊壊滅を確認した!……頼もしいな、彼らは!』
『グッドタイミングだな。こちらワーロック、敵部隊の分断に成功。おいクオックス、待たせたな!』
『はぁ!?あの数の敵の中を突破してきたってのか?冗談だろ!!』
『上の戦闘機たちの恩恵が少ないようだな、ドイル。何か機嫌でも損ねたんじゃないか?』

兵士たちの愉快な笑い声が続く。損害が無いわけではなかったが、軽微と判断しても差し支えは無いレベルに留まっている。一方のエストバキア軍はと言えば、こちらは被害甚大と言って良いだろう。威力抜群の重火砲も、効果を発揮する前に潰されていては活躍の場など無い。防衛線の主力たる戦車部隊についても、持ち場の死守に固執してしまった結果、機動性を最大限活用するしかないエメリア軍側の集中砲火の格好の的と化し、被害を拡大させてしまったようなものだった。本当にこれが、エメリア軍をケセド島まで追いやった屈強のエストバキア軍なのだろうか、と俺は疑いたくなってきた。もっとも、そのエストバキア軍に敗れた俺たちエメリア軍は、その更に下、という評価になるわけだが……。

「まだ終わってねぇぞ、エッグヘッド。シプリの敵陣地本丸が残っている。今のうちに最優先攻撃地点の目星を付けておけ。対空ミサイルの類は、地上の連中に任せても構わねぇ。とっつぁんも頼むぜ」
『了解じゃ、タリズマン』
『シャムロックよりタリズマン、少し敵戦闘機の姿が見えてきた。早めに潰しておく必要がありそうだな』

シャムロックの指摘の通り、ケセドの北方面から戦域に侵入する敵光点が複数、レーダー上に出現している。レーダー画面と統合戦術情報システム画面との間で視線を行き来させながら、敵戦力の展開状況を把握していく。どうやら、思っていたほどこの地に展開している敵部隊の数は多くないらしい。慌しく戦域から離脱を図ろうとする敵車輌の姿も確認出来る。

『ゴースト・アイよりガルーダ隊、特に兵装システム士官の二人は良く聞け。これより、指揮権の一部をガルーダ隊に委譲する。必要に応じて支援要請を行い、作戦行動を全うせよ。作戦行動中の各隊も聞こえたな?』
『ウインドホバー、了解だ』
『アバランチ了解!彼らの指揮なら異存は無い』

ゴースト・アイの発言を理解するまでに、少し時間がかかった。そして、認識して改めて驚いた。指揮権を……「委譲」だって?兵装システム士官として、これ以上の栄誉は無いに違いない。もっとも、単体でも激務である後席の任務が、さらにハードワークになることと同義でもある。それでも、戦域の情報を専属で把握出来るF-15Eであれば、AWACSが本来行うべき役目の一端を担うことは現実に可能であるし、複座型のメリットとも言うことが出来るに違いない。そんな重責を任せてくれたゴースト・アイには感謝しつつ、今でも半人前の俺に務まるのかどうか、という思いが脳裏を掠めた途端、妙な緊張感が胃の辺りからじわじわと込み上がって来た。この3ヶ月の間、最前線にあり続けてきたとはいえ、俺の実戦のキャリアはたったそれだけ。歴戦の古強者たるドランケンはともかくとして、俺なんかで良いのか!?自問自答している間交わされていた話を、俺はあまり聞いていなかった。次の瞬間、甲高い怒声が鼓膜に突き刺さり、俺の意識は一瞬にして現実に引き戻された。理由は簡単だ。その物言いに、一瞬にして頭に血が昇ったからだ。

『ボサッとしているんじゃない、エッグヘッド!攻撃目標の選定はどうする!?指揮が出来ないなら、私が変わるぞ。どうするんだ?』
「なっ……!――ワーロック隊はクオックス隊の支援後合流し、敵本陣の攻撃を。レッドアイ、アバランチ両隊は敵本陣上空にて待機、敵航空部隊の牽制を行え……行って下さい」
「指揮権委譲されたんだ、しっかりと命令してやれ!!」
「ワーロックはクオックスの支援後、合流して敵本陣を叩け!レッドアイ・アバランチ両隊は敵航空部隊の牽制に着け!!」
『フン、やれば出来るじゃないか。任務はきっちり片してみせる。そっちもちゃんと役目を果たせよ、エッグヘッド?』

余計なお世話だ、ビバ・マリア!喉元まで出かかっていた一言をようやく飲み込んで前席を見ると、タリズマンの背中が揺れている。どうやら笑っているらしい。マスクとバイザーのおかげで表情が見えないのをいいことに、俺は殊更ムッとした顔を浮かべてみた。どうやら、俺はビバ・マリアにハッパをかけられた――どうもそういうことらしい。それは分かるが、何も味方が全員聞いている場で言わんでもいいだろうに。頭に昇っていた血を首を振ってどうにか抑えてから、俺は戦況の把握に意識を集中させていく。防衛線の崩壊を確認した敵部隊は、戦車や重火砲で構成された部隊が前面に展開して迎撃ラインを構成し始める一方で、どうやら非戦闘員らを乗せているらしいトラックやら車輌が陣地から離脱を始めている。また機甲部隊の群れに紛れて、俺たちにとっての脅威――対空戦闘車輌が展開する。その中には言うまでも無く、物騒な対空ミサイルを担いだ一団も含まれている。いざとなれば逃げ足を活かして逃げれば良い俺たちはともかく、ロケット弾の雨で戦車部隊を薙ぎ払えるイエロージャケット隊を進ませるためには、まずこいつらから排除する必要がありそうだ。

「エッグヘッドよりスティールガンナーズ隊。敵主力部隊側面に、対空戦闘部隊を確認。航空部隊の脅威になる可能性が高いで……高い。潰せるか?」
『任せろ!跡形なく吹き飛ばしてやるぜ。その代わりイエロージャケット、戦車部隊のお守りは任せる』
『了解した。まだ弾は充分に余っているからな。お前たちの花道はしっかり作ってやる!』
「――で、俺たちはどうするよ?」
「残りの爆弾投下後は敵航空戦力を中心に攻めましょう。地上戦はもう彼らに任せておいて問題ないと判断しました。念のため戦域上空を 一周して下さい。その後の目標選定はタリズマンに一任します」
「上出来だ。しっかりとモニター睨んでいろよ?」

地上に視線を動かした俺は、轟然と突き進むスティールガンナーズの車列と、それに続いて進撃する歩兵部隊の兵士たちの姿を視認した。次いで、足下を砲火の雨が追い抜いていく。森の木々の中へと消えた炎は、しかし次の瞬間、火柱となって噴き上がった。執拗と言っても差支えが無さそうな集中攻撃により、敵の姿がレーダー上からも消失していた。敵部隊からも応射。スティールガンナーズも再攻撃。火線が双方の空間を飽和させ、地上は炎と黒煙と硝煙とに包まれていく。タリズマンは敵防衛陣の上空へとコースを取り、友軍に戦車砲の雨を降らせている一団の頭上に残りの爆弾を全てばら撒いた。ワンテンポ、着弾地点を少しずらし、シャムロック機も爆弾投下。母機から切り離された無誘導爆弾は、予定着弾ポイントにピタリと到達し、その役目を果たした。そのまま低空へと留まり、ガンアタックを弾の続く限り続ける選択肢もあったが、タリズマンは航空戦力の排除を残りの役目と決めたらしい。機首を空に向けて高空へと駆け上がり、苦境に追い込まれつつある友軍支援にやって来たエストバキア航空機部隊の前方へとポジションを取る。敵機はF-4EとF/A-18Eを確認。俺たちがそうであるように、地上戦力を空から叩くためにやってきたのだろう。それ以外に、ミラージュの姿も見える。コクピットの中に、ジジジジ、という耳障りなノイズが聞こえ始める。制空権を握った状況で始まった今日の戦いの中においては、何だか久しぶりに聞く音色だ。

いくつかの編隊に分かれて戦域へと侵入して来た敵戦闘機部隊に対し、F/A-18Eの一団をタリズマンはターゲットに決めた。先程の指示通り、俺たちに先行して戦域上空の制空権確保を担当しているアバランチ・レッドアイの両隊は、既に戦闘中。空に白い飛行機雲を複雑に刻み付けながら、戦闘機が所狭しと駆け回っている。ビバ・マリアのミラージュが、軽快に戦域を飛び回り、敵機を翻弄している。彼女の言い様は納得がいかないが、それを正当化出来る腕前があることは事実として受け止めなければなるまい。もし、一対一で模擬戦をやったとしたら、俺に勝ち目はまず無いだろう。非常に悔しいけれども。そして、ビバ・マリアを凌ぐ技量を持つ前席は、空の獲物に対して狙いを定めつつある。ヘッド・トゥ・ヘッドでの交戦を回避すべく、敵部隊は早々に編隊を解く。どうやら、こちらの攻撃をやり過ごした機はそのまま直進して地上部隊を叩く魂胆らしい。ぐるりと機体がロールし、頭上からGが圧し掛かる。後方へと抜けた敵部隊に対し、右急旋回で反転、その後背を狙う。シャムロック機は反対方向に旋回、同様に追撃を開始。アフターバーナーON。一度は離れた敵との彼我距離は、然程待つことなく縮まっていく。タリズマン、前方の1機に対してレーダーロックを開始。敏感に反応した敵機が回避機動へ。地上戦の激戦地に向かう針路から外れ、高度を下げつつ急旋回。追撃に備えて身構えたが、タリズマンの狙いはそちらでは無かった。そのまま加速を続けた愛機は、もう1機の敵の背中を至近に捉えていたのである。

『グランガチ4、後ろだ!真後ろ!!』
『何だって?どこだグランガチ2、確認出来ない!』
「次からは良くレーダーを確認することだな。喰らえ!」

敵機の後方やや下から、機首を軽く上げてその姿を捉える。無防備な下腹に、機関砲弾のシャワーが降り注いでいく。火花が爆ぜ、次いで黒煙が吹き出していく。ボン、と小さな爆発が起き、煙が膨れ上がった後、コントロールを失ったらしい敵機が空を漂流していく。何とも呆気ないもの。首を巡らせて、周囲を警戒。こちらの左後方、やや上方から、機影が回りこんでくる。この位置に友軍機の存在は確認出来ない。少しして、ジジジジジ、という耳障りなノイズが聞こえ始める。チカッと敵の機体の一角が光ったのと、急に姿勢が変化したのとはほとんど同時だった。敵機から放たれた火線はこちらの至近距離の空間を貫くが、一瞬早く旋回した愛機は急旋回。反転してその姿を捉えようとする。先ほど撃墜した1機の僚機だろうか。機体を右方向へとパンクさせ、こちらの射線から逃れるようにコースを変える。左方向へと旋回する愛機の左下を高速で抜けていく。いい動きだ。一方、シャムロックはといえば、敵戦闘機の針路を巧みに妨害し、友軍部隊への接近を許さない。敵機の鼻先を押さえ、別方向への旋回を余儀なくさせているのだ。そして、それ自体がシャムロックの仕掛けた罠だ。シャムロック――ランパート大尉の飛び方はタリズマンとは全然違う。というよりも、タリズマンほど冒険をすることは無い。だが、それが近接格闘戦における技量の優劣を決するとは限らない。少なくともグレースメリア脱出組の中において、ランパート大尉の撃墜数はタリズマン、今は亡きハーマン大尉の次に位置していたのだから。

『シャムロック、ようやく向こうさんやる気になったようじゃ。仕掛けてくるぞぃ』
『了解した。得るものなど与えずにご退場頂こう』

あちらの心配はするだけ失礼のようだ。ドランケンは「機器の使い方が難しいのぅ」とぼやいていた割には、あっさりと後席の仕事に馴染んでしまった。改めてベテランの実力を見せ付けられて、俺は正直なところショックを受けたものである。シャムロックの戦闘機動を他所に、鼻歌でも歌いながらシプリ高原の戦況を眺めているに違いない。それにしても、今日はエメリア軍の賭けが出来過ぎと言っても良いくらいに成功しつつある。戦闘開始当初こそは数的優勢を誇ったエストバキア軍は、一秒ごとに全面壊走への坂道を転がり落ちつつある。個々の部隊の連携に失敗した彼らは、背水の陣を敷いて進撃するしかないエメリア軍地上部隊によって、各所で寸断され、各個撃破の対象と化していく。完全な包囲下に置かれて、投降する部隊も出始めているようだ。歩兵部隊の一部がその対応に回され、残存部隊追撃戦力が多少は削られているが、それでもエメリア側の優勢はもう崩れることは無いだろう。陸上部隊では最も規模の小さいクオックス隊も、ワーロック隊との連携によって敵を挟撃、壊滅せしめることに成功し、敵残存部隊への攻撃隊に既に加わっていた。エストバキアの兵士たちにとってみれば、もしかしたら今日の戦争において初めて置かれた「圧倒的不利」な情勢になるかもしれない。

「おい、少し荒く飛ぶぞ。首をやるなよ?」
「荒くないことがありましたっけ?」
「これでも随分楽にしてやってるつもりだがな」

互いに射線上に攻撃目標の姿を捉えることなく交錯する。が、視界がぐいと垂直に立ち、そして右方向へと景色が急激な勢いで流れ始める。こちらの後方へ抜けんとした敵の針路を先読みしたタリズマンが、強引に急旋回、反転したのだった。その代償として急減速した愛機と敵機の彼我距離が開いてしまうが、タリズマンはすかさずMAAMでのレーダー追尾を開始。後方から狙われることを嫌った敵機はやや上方へと高度を上げながら旋回。スロットルを押し込んだタリズマン、追撃開始。空対空装備での戦闘であれば充分に逃げる余裕はあったかもしれない。だが、敵はまだ爆装したままであった。それに対し、こちらは既に爆弾は全弾投下済み。残りのミサイルも機関砲弾も、ついでに言えば燃料も少なくなってきていて、身軽。むしろ無防備な背中をこちらに晒しかけていたことに気がついた敵機が機体を捻り、低空へとダイブしていく。幸い、友軍の展開戦域にはまだ遠い。視界がぐるりと回転し、大地を真正面に捉えて愛機が加速していく。毎度のことであるが、この時の恐怖感は慣れることが無い。どうやらタリズマンはその辺りの感覚が麻痺しているようで、俺の知る限りではダイブをためらうことすら無かった。だから、水平に戻すときの引き上げ時は強烈なGとお付き合いする羽目となる。大気との摩擦で機体表面温度がぐいと上昇していく。大気にぶつかる振動で機体や翼が抗議の音を立てる。思ったよりも高い高度で機首を引き上げた敵機が、視界の上方へと逃れていく。来るぞ、と身構えた次の瞬間、ズシン、という音が聞こえそうな感じで、重力の重みが身体に圧し掛かり、視界が猛烈な勢いで上から下へと流れていく。

こちらを振り切りたくて仕方の無い敵機だが、タリズマンは逃すつもりは微塵も無いらしい。双方の彼我距離は確実に縮まっていく。既に空対空ミサイルの射程圏内に敵は入りつつあるが、この機動状態では攻撃してもあっさり回避されてしまうだろう。再びガンアタックを仕掛けるつもりだ、と俺は察知した。少し離れたところで、炎の塊が一つ膨れ上がった。ポジション的にシャムロックのいる場所だ。シャムロック&ドランケンのコンビがそうそう簡単に撃墜されるとは到底思えないので、やられたのは敵機と判断を下す。果たして、敵性戦力を示す光点が一つ、レーダー上から姿を消す。そして新たな獲物が、牙に噛み砕かれようとしていた。

『――駄目だっ!!振り切れない!!』
『脱出しろグランガチ2!こいつら、先日の凄腕だ!!』

悲鳴に近い敵の絶叫は、交信途絶を告げるブツッ、という音と共にかき消された。旋回する敵の上に被さるようにコースを取った愛機は、ほぼ真正面に敵機の姿を捕捉したのだった。タリズマンはコンマ数秒トリガーを引き絞る。その間に放たれた機関砲弾は、ノーズ付近に最初の命中痕を穿った後、進行方向に従って鼻先から機体中央までを撃ち貫いた。そのうち2発は、運悪く敵機のコクピットに頭上から突き刺さった。緋色に染められたキャノピーが砕け散り、その破片を散らす。破片を撒き散らしながらバランスを崩した敵機の上を飛び越えて、悠々と上空へと舞い上がる愛機。操縦者を失った敵機が、コントロールを失って地上へと向かっていく姿を確認。どうやらエストバキア軍にとって、今日の戦いは厄日以外の何物でも無かったようだ。進撃するエメリア地上部隊の元へと到達出来た隊は一つも無く、航空支援を受けることの出来ないエストバキア地上軍の防衛線は、空からはイエロージャケットの爆撃と銃撃により、地上からは今や合流を果たしたスティールガンナーズ・クオックス・ワーロック三隊の火砲と、全面攻勢を仕掛ける歩兵部隊とによって包囲殲滅の憂き目を見ようとしつつある。

『ナイスキルじゃな、タリズマン』
「そっちも順調みたいだな、とっつぁん」
『――こちらビバ・マリア。ガルーダ1、そっちに逃げ込んだ奴らがいる。仕留められるか?』

レーダーに視線を移せば、レッド・アイ隊の受け持ち領域から逃れた一隊が。こちら同様に進撃の足を止められたエストバキア軍部隊は、レッド・アイ隊の目的を逆手にとって足止め担当と進撃担当とに役割を分けたらしい。傭兵たちの網を逃れた腕前は評価出来るかもしれないが、それが彼らにとって幸運だったのかどうかは、また別の話だ。

「エッグヘッド了解。敵は2、11時方向から3時方向へ抜けていきます。タリズマン!」
「人使いの荒い後席だぜ。シャムロック、1機は任せるぜ」

こちらの前方を3時方向へと進んでいく敵機に向けて、こちらも右旋回。別の敵機を仕留めたばかりのシャムロックは、こちらよりもやや上空から敵に狙いを付ける。敵機はさらに加速しながら直進し、友軍地上部隊に一矢報いるつもりらしい。もっとも、タリズマンもシャムロックもそうさせるつもりは毛頭無い。タリズマンがスロットルを押し込み、愛機のエンジンは甲高い咆哮を挙げる。身体がシートにぐいと押し付けられる。敵はこちらを振り切ることが出来ず、むしろ後方からレーダーロックをかけられたことで、ようやく直進を断念。編隊を解いてそれぞれ反対方向に旋回し反転を始める。タリズマンは速度を落とすことなく、その只中へと飛び込んだ。後方へと抜けていった敵機は互いの航跡をクロスさせて再び反転し、こちらの後方を取らんとする。タリズマン、翼を立てて左方向へと旋回。後方にポジションを取った2機からのレーダー照射が、コクピットの中に耳障りなノイズを奏でる。こちら同様に旋回。もしかしたら、急旋回してこちらのイン側に入り込もうと敵機は画策していたのかもしれない。だが、そのうちの1機に対し、頭上から機関砲弾の雨が降り注いだ。横腹から撃ち込まれた機関砲弾は、F/A-18Eのエアインテークを粉砕し、エンジンを撃ち貫いた。直後、シャムロックが航空から低空へと駆け下りていく。勢い良く黒煙を吐き出した敵機は最早旋回体勢を維持することが出来ず、煙をたなびかせながら漂流し始める。

『仕事は果たしたよ、タリズマン』
「憎いことやってくれるなぁ。じゃ、今度は俺たちの番だな」

チェックメイト 僚機を失ったものの、敵機はこちらの後方を捉えたまま旋回を続けている。と、ぐるりと視界が回転し、愛機は素早く180°ロール。反対方向のGが身体に圧し掛かる。少し斜めに傾けながら旋回。すると、また下回転で機体をくるりと回転させ、さらに旋回。右、左、右へと身体と頭がシェイクされ、何となく胃袋の辺りが抗議の声を挙げる。また反対方向へ。いい加減しびれを切らしているだろうが、敵機は殊勝にもタリズマンに付き合っている。2機の排気煙とヴェイパートレイルとが交錯し、空に複雑な模様を描き出す。が、敵機のパイロットは気が付いていただろうか。旋回の都度、タリズマンは少しずつ敵との距離を敢えて縮め続けていたことに。そろそろタリズマンがしびれを切らす頃だな――そんな予測は、程なく的中した。旋回に向けて切り込む角度が、これまでよりも深かった。旋回ではなく、ロールだ、と気が付いた時には愛機は回転状態へ。頭上に大地を見上げるタイミングで、エアブレーキが開いた。毎度のことだけど、荒っぽいんだって。ぐい、とハーネスが肩に食い込む。こちらを追っていた敵機は、螺旋状に弧を描くこちらの軌跡の内側に入り込んでいたうえに、急減速に対応しきれなかった。それでもスロットルを絞り、機体を横に倒してこちらの仕掛けた罠から逃れようとしたのは見事。が、ワンテンポ早くブレーキを閉じ、機体を捻り込んで水平に戻したタリズマンは、その姿を間近に捉えていた。

「チェックメイトだぜ」

ブーンという駆動音と共に機関砲弾のシャワーが敵機へと降り注いでいく。光の筋は、さらに身を捩って追撃から逃れようとしていた敵機の左脇腹へと突き刺さっていった。ボン、と黒い煙が膨れ上がり、粉々に砕けた破片が飛び散る。その後背について、タリズマンはトドメの機会を伺っている。ボン、ボン、と何度か小爆発を繰り返した敵機のキャノピーが吹き飛び、パイロットたちが空へと打ち上げられた。乗員たちを巻き込むわけにはいかない。すかさず翼を立てて、右方向へと旋回。多少気流であおられるかもしれないが、こればかりは仕方無い。高度を下げつつ旋回し、ゆっくりと水平に戻る。シャムロックが何事も無かったように、こちらの後方やや左にぴたりと付けてくる。レーダーに視線を動かすが、どうやら大勢は決したらしい。肉眼で眺めても、友軍機たちが編隊を組みながら悠々と旋回する姿ばかりが目に入る。

『本部、本部、応答してください!!敵の猛攻を支えきれません、援軍を要請!!……くそっ、誰も出ないのか!?』

聞こえてきた絶望的な叫びは、目の前の事実を信じられないという思いに満ち満ちていた。もう、俺が何か指示を出す必要は無かった。何故かって?怒涛の如く驀進する地上部隊は、とうとうエストバキア軍の防衛線を食い破り、前線司令部をも占領することに成功していたからさ。後は、AWACSから作戦終了の命令が伝えられるのを待つだけ。先ほどまでのタリズマンの荒いドライブが今頃効いてきたようで、ふう、とため息をつくとシートに背中を預けることにした。全く、みんな揃って無茶ばかりしてくれる。でも、今日の無茶は最高の無茶だったかもしれない。


この日、シプリ高原に展開していたエストバキア軍地上軍は、エメリア軍による降伏勧告を受諾。エメリア地上軍の完全包囲下に置かれた残存兵たちはエメリア軍の保護下へと置かれることになった。この一戦でエメリア軍戦力を一気に減じる目論見は完全に失敗し、この日を境にケセド島のミリタリーバランスはエメリア軍優位へと傾いていくことになる。そして、この戦いにおいてエメリア軍地上部隊の戦力の多さを警戒したエストバキア軍は、エメリア本土における部隊配置を西方にシフトせざるを得なくなる。これが後々、エメリア本土中央部における戦力空白を生みだすことを、俺たちも、そしてエストバキア軍の上層部たちも未だ気が付いていなかった。

「天使舞う空、駆け抜ける鉄騎」ノベルトップページへ戻る

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