バルトロメオ要塞前哨戦
行く先がガチンコの戦場でないフライトなど、一体いつ以来だろう?ケセドの空を駆ける愛機の周りには、ミサイルの排気煙も機関砲弾の火線も、そして落ちていく敵機の吐き出す黒煙も無い。青い空と綿のような雲の白。そして、俺たちを挟むようにポジションを取る僚機の姿。周囲にあるのは、ただそれだけ。レーダー上にも、今のところ敵性戦力を示す光点は存在しない。少し前まではエストバキアの勢力圏だったはずの空域にまで、俺たちは既に到達していた。シプリ高原の戦いにおいて壊滅的な損害を出したエストバキア軍は、残りの勢力圏に戦力を分散配置させる愚を冒さぬように、残存戦力を集結させていた。彼らが向かっていたのは、ケセド北方、マルチェロ山脈に築かれたバルトロメオ要塞だった。説明する必要も無いだろうが、もともとはエメリアの持ち物だった要塞だ。ケセド南岸からエメリア本土への敵の侵入を食い止めるために築かれた要害に対して、史上初めての攻略作戦を行うのが他ならぬエメリアの俺たちとは、何とも皮肉な話である。

エメリア本土にはグラジオ峡谷のラグノ要塞が存在するが、こちらが如何にも「要塞」の名に相応しい施設を持つのに対し、バルトロメオ要塞は自然の地形を活用した作りを持つ。特に、山脈の上部に設置された砲撃陣地は、戦車砲の稼動角度では狙いが付けられない様計算されて構築されたものであり、地上部隊にとってはこの上ない脅威になる。そして、エストバキアの占領後は、更なる強化も図られたらしい。こちらが持っているデータ以上に厄介な相手であることは、覚悟しておく必要がありそうだった。それでも、バルトロメオ要塞に退却したというエストバキア軍が予想以上に少なかったことは、俺たちにとってラッキーな部類に入るに違いあるまい。

『ジュニアよりガルーダ1、周囲に敵影は確認出来ない。今のところ、オールクリア』
『こちらシャムロック。そっちも問題無さそうだな。こちらも静かなものだ。シプリでの戦いが嘘のように思えてくるね』

今日は、シャムロック機の姿が傍に無い。航空部隊はいくつかの班に分かれて、エストバキア軍が放棄した戦域に対する偵察任務に派遣されている。色々と使い勝手の良いF-15Eを有する俺たちガルーダ隊は、レッド・アイ隊とセットで二手に別れ、それぞれの担当空域に目を光らせているのであった。ちなみに、そんな俺たちの受け持ちは、次の決戦地となるであろうバルトロメオ要塞に限りなく近い戦域。というよりも隣接地域と言った方が妥当か。担当空域の振り分けはゴースト・アイが担当したと聞いているが、この担当割は実力が正当に評価された結果か、厄介者扱いされた結果か、何とも微妙なところではある。かの指揮官の事だから、もし万が一、敵の航空戦力と遭遇した場合には実力で排除せよ、と指示するに違いない。そのためか、愛機の翼には、しっかりと空対空ミサイルがぶら下がっていた。さらに言うと、ジュニアとビバ・マリアに至っては偵察用ポッドすら持っていない。実質的に、俺たちの護衛役、というわけだ。もっとも、タリズマンだけで見れば、ジュニアとビバ・マリアの後見役、と言えなくもないが。俺は……いかんいかん。どうも最近、自分のペースが乱れてきているような気がする。その根源は……今更言う間でもないだろう?

『操縦桿を握っているわけでも無いんだから、しっかりとモニター睨んでおいてくれよ、エッグヘッド。私らはそこまで見えないからね』
「分かってる!」
『仲が良いのは良いことじゃの。のぅ、タリズマン』

フン、と鼻で笑う声だけが聞こえてくる。別に俺は仲良くやってるつもりは無いんだけどな――まさか口に出すわけにもいかず、モニターに視線を集中させ、ビバ・マリアの言う通りになっている自分に気が付いて憮然とする。バルトロメオ要塞には、広範囲をカバー出来るレーダーサイト基地が点在していて、山頂に至る進撃ルートをカバーする仕組となっている。エストバキアがどんな防空警戒網を構築しているかは俺の知るところではないけれども、AWACS等との組み合わせで俺たちの姿は捕捉しているに違いあるまい。そうそう、AWACSと言えば、俺たち航空部隊にとっては心強いバックアップが加わることになった。もともとオルタラ方面に配属されていた警戒航空隊第303飛行隊第4飛行班が、ケセド方面隊に加わったのだ。彼らは、電子戦を主任務とする航空隊であり、隊長機である「スネークピット」はB-737 AEW&Cを運用し、これの補佐・護衛機としてEA-18Gが配備されている。エメリアは空中管制機としてE-767を運用する一方で、前線において電子戦を優位に進めるために、電子戦重視の装備を搭載した機体導入を進め始めており、今回合流したスネークピット隊はその方針に基づく部隊の一つとなる。もっとも、エストバキア侵攻を受けた今、残存する数少ない電子戦専門部隊、と言っても差し支えないかもしれないが。いずれにせよ、これからの戦いにおいて彼らの支援は俺たちの戦術の幅を広げてくれるに違いない。恐らく、バルトロメオ要塞攻略戦においても、彼らの実力が発揮されることだろう。

レーダー画面に映し出されているのは、俺たち3機の姿だけ。地上部隊は本当に全面撤退を進めているようで、放棄された陣地の痕跡が地上には残されている。歩兵部隊が潜伏している可能性は高いが、空からその所在を確認することは不可能。もっとも、拠点防衛の理由が失われた状況下において潜伏する必要性がどこまであるだろう?仮に存在したとしても、陸軍部隊がうまくやってくれることに期待しながら、周囲警戒を続ける。天候状態はクリアで、かなり遠方に至るまで肉眼で確認することが可能だ。俺は目を凝らして、愛機の周囲をゆっくりと眺めていく。ちなみに俺のかけている眼鏡は度が入っているわけではない。兵装システム士官コースを選択した結果、飛躍的に増加したモニタとの睨めっこから目を守るためにかけているに過ぎない。この数ヶ月の戦いにおいて、レーダーだけ見ていてはステルス機やレーダー網の不感地帯をカバーできないことは嫌というほど味わってきた。だから、俺の視線は必然的に窓の外とモニタ群とを行ったり来たりすることとなる。何度か行き来させた視線をレーダー画面へと戻し、レンジをワイドへと変更。そして、パルトロメオ要塞方面から接近する所属不明機の光点が映し出されていることを確認する。

「タリズマン、アンノウン捕捉。数は3。どうやらこちらの所在は確認済みのようです」
「ほぉ……これか。結構厄介かもな。大勢連れてこないってことは、腕に覚えあり、ってことだろうからな。ガルーダ1よりゴースト・アイ。担当空域で敵航空戦力と遭遇した。念のため確認するが、尻尾を巻いて逃げる必要は無いな?」
『ゴースト・アイよりガルーダ1、こちらでも敵部隊を確認した。交戦を許可する』
「……ということだ。ジュニア、ビバ・マリア、一戦交えるぞ」
『了解っす』
『了解』

増槽が切り離され、身軽になった機体が軽く高度を上げる。両脇を固めるF-16Cとミラージュも、重しを切り離して身軽になる。トライアングルを維持したまま緩旋回、こちらに接近しつつある敵部隊に機首を向ける。敵部隊の針路に変更なし。やや低空から、少し高度を上げてこちらとほぼ同高度、真正面から接近。レーダーの光点を見ている限りでは、大型機らしい。俺たちと同じ、F-15系か、フランカー系か、多分そんなところだろう。ステルス機では無いことは明らか。向こうもトライアングルを維持しつつ、速度を維持したまま突っ込んでくる。統合戦術情報システム画面にも敵の姿は映し出されているが、「unknown」の表示は変わらない。タリズマンがMAAMを兵装選択。真正面から堂々と接近する敵機に対して牽制を開始する。そして、双方の機体は高速で互いの航跡を交錯させた。敵の姿が目に入ったと思った途端、至近距離を物凄い速度ですり抜けていく。かき回された気流で互いに機体を揺らしながら、それぞれ反対方向へと抜ける。すれ違いざま、敵機の姿を辛うじて俺の目は捉えていた。前方に大きく張り出した翼。戦闘機としては大柄な機体。全く、エストバキア軍は戦闘機の見本市でも開くつもりだろうか?実用化された前進翼戦闘機は、現代でも数少ない。オーシア軍などで限定的に導入されたF-29、ユークトバニア空軍等では比較的多く導入されているSu-47、そしてユージアのエルジア空軍が最初に導入した試作戦闘機X-02、ざっとこんなものだろう。俺の目が間違っていなければ、今回の相手はSu-47だ。それも、3機。

『わざわざ出てきたかいがあったな。祖国を脅かす凄腕、落とさせてもらおう。僚機の料理は任せたぞ』
『了解。さっさと落として、メインディッシュにありつきたいですな』
『じゃ、俺はF-16Cの方か。つまらんな』

俺たちの後方、SAAMの射程外まで一旦距離を確保した敵機は、そこで編隊を解いていた。左右に旋回した2機は、まるで戦場の外縁を舐めるかのように散開し、残る1機はループ上昇、こちらの頭を押さえにかかるつもりだ。俺たちの右隣にポジションを取っていたビバ・マリアが、キャノピー越しにサインを寄こす。散開する、の合図だ。翼を立て、腹側を見せたミラージュの姿が、後方へと流れていく。少し遅れて、俺たちの下に回り込んで旋回したジュニアのF-16Cが、ミラージュを追う。タリズマンはスロットルを押し込み、機を加速させる。前方上方から押さえにかかった敵機の懐に飛び込むつもりらしい。レッド・アイの2機は、俺たちから見て右方向へと旋回していった1機に狙いを定めたらしい。文句は山ほどあるが、やられてくれるなよ、と心の中で呟く。コクピットの中に、ジジジジジ、という耳障りなノイズが聞こえ始めるが、この相対速度と位置関係ではまず命中することは無い。と、タイミングを取ったかのように、タリズマンが機首を引き上げる。重力の束縛を振り払うように上昇に転ずる愛機。一方、追いつかないと判断した敵機は、その大柄な胴体からは信じがたい機動性を発揮し、くるりと180°ロールを決めたかと思うと、こちらを追うようにループし、上昇に転ずる。タリズマン、左方向へと機体を倒し、急旋回。一瞬Gリミッタを切ったらしく、視界がぐいと持っていかれるような感触を覚える。と、今度は視界がぐるりと回転する。速度を落としつつ旋回し、敵をやり過ごしたうえで捻りこみか。果たして、Su-47の巨体が俺たちの前方へと出現し、その後背を抑えんとタリズマンは航跡を絡みこませていく。が、敵機も並みの腕前ではないらしい。機首を勢い良く跳ね上げて上昇へと転ずると思いきや、そのまま縦方向へと機体を回転させ、低空へと逃れていったのである。やってくれる。

追撃するのかと思いきや、タリズマンは緩やかに旋回しながら降下態勢。機体を傾けながら、低空へとダイブしていった敵機の様子を伺う。これが我武者羅になって攻撃を仕掛けてくるのであればまだ対処もし易いのだろうが、こちらをテンポに乗らせないように距離を取って仕切り直してくるあたりがやり辛い。距離が離れたところをMAAM等で狙い撃ちする手もあるのだが、どうもあの具合だと簡単には落ちてくれないだろう。それが分かるからこそ、タリズマンはミサイルの無駄撃ちを避けているようだ。そうこうしている間に、低空で反転した敵機はレーダー波を放ちながら再接近してくる。再びコクピットの中には警告音が鳴り響く。ヘッド・トゥ・ヘッド。短射程ミサイルが敵の後方からでないと撃てなかったのは昔の話。レーダーロックを仕掛ける電子音が聞こえてくる。ロックオン。ほぼ同時に、こちらも捕捉されたことを告げる警報音が鳴り響いた。SAAM発射、フレア射出、回避機動開始。120°ロール、ダイブ。降下旋回。加速状態に入ったミサイルは、敵機目掛けて驀進する。同様に、敵の射出したミサイルも速度を増しながら急速接近。双方ミサイルからの離脱を優先し、彼我距離が開いていく。こちらの姿は一旦は捉えられたものの、フレアによって目標を見失った敵ミサイルが、虚空を直進していく。こちらのミサイルはと言えば、ミサイル本体の捕捉範囲を振り切られ、地表目掛けてかけ下りていく最中。攻撃失敗。攻撃を回避した2機は、互いに牽制し合うようにほぼ同心円状の機動で旋回、仕掛けるタイミングを伺う。

『ビバ・マリアよりジュニア、敵の機動力は向こうが上だ。間違っても付き合うな、カモにされる』
『――了解。それにしても、良く動く』
『機体はな。だが、中に乗ってる人間が健在かどうかは別問題だ。プレッシャーかけるぞ』

あちらもうまくやっているらしい。レーダー上で2機が健在であることを確認しつつ、敵機の位置を再確認する。今日みたいな戦闘機同士の遭遇戦、それもドッグファイトになってしまうと、俺に出来ることは限られてきてしまう。その分、敵の姿を追い続ける余裕は生まれる。複座型の強み、といったところか。旋回を続ける敵の挙動が、ふらり、と揺れる。反射的に「来ます!」と叫ぶや否や、タリズマンも攻撃態勢に転じる。互いに双方を正面に捉えるべく、旋回態勢から内周へと切り込む。が、照準レティクルに互いの姿を捕捉するよりも早く、2機はすれ違った。いや、すれ違ったと思いきや、真上から身体の上に重力の重みが圧し掛かった。Gで首を動かすことは出来ない。レーダーモニタに映った敵機の姿は、こちらのやや後方、ケツを向けた位置でほぼ止まっているようになっている。強引なスナップアップ、インメルマルターンで反転しようとしたこちらの鼻先を、敵機が掠めていく。ぐるりと視界が回転し、敵機の向かった方向へと急旋回。アフターバーナーを焚いて加速する敵の後ろ姿を捉える。ハードなシェイクが来るぞ、と覚悟を決める。敵機は直進する愚を犯さず、緩やかにロールさせた状態から鋭く翼を立てて急旋回。ワンテンポ減速が遅れたこっちは一瞬オーバーシュート気味。が、スロットルを絞りエアブレーキをかけつつ、機体を振って減速、後ろを取られることは回避。互いの航跡が、螺旋状に複雑に刻まれていく。後背を取らんと激しい格闘戦が繰り広げられる。双方譲らず。バレルロールを互いに繰り出し、鬼ごっこは続く。今度は空間に引かれた一本の線の周りを回りながら、ポジションの奪い合いをしている。視線を上に向ければ、敵機のキャノピーの向こうのパイロットの姿が見えるくらいに接近していることも。レーダー上でも、目まぐるしく2機の光点が行き来しているに違いない。

何回か空をぐるりと回転して水平に戻る。敵機の翼の前縁が白い霧に覆われた、と見えるや否や、敵機は鋭く左方向へと切り込み、急旋回。一瞬大きな背中が晒されるが、照準に捉えることは出来ない。このまま鬼ごっこに付き合っていては埒が明かないということだろう。さっきのように距離を確保して引き離して仕切り直しを図る敵機。が、タリズマンはスロットルを押し込み、半ば強引にその後姿を追い続ける。その手に乗るものか、ということのようだ。高Gに圧し掛かられながら旋回した愛機は、こちらを振り切ろうと降下する敵機に追いすがる。コマ飛ばしで減少していく高度計が恐ろしくなり、なるべく見ないようにしながらもカウントする。当然タリズマンはHUD上で確認しているだろうが、念のためだ。

「9500……8000……6500……5000!まだいきますか!?」
「向こうが引き上げてくれるまで付き合うぞ」
「――了解」

そのまま大地にズドン、というのはタリズマンなら絶対に無いだろう、と自分を納得させつつ、胃の辺りにこみ上げてくる悪寒をごくりと飲み込む。地表から反射したジェットノイズがハードロックみたいに聞こえてくるような錯覚を覚える。タイミングとしてはギリギリまで降下を維持した敵機が、山肌を撫でるかのように引き上げる。そのままバルトロメオ要塞へと至る山地帯に「ここは俺の縄張り」とでも言わんばかりに突っ込んでいく。が、甘く見てもらっちゃ困る。こういうときこそ、対地レーダーモードの出番というもの。MFDの一つに表示されたのは、バルトロメオ戦域の地形図。対地攻撃任務をも任務の一つとするF-15Eの真骨頂と言うべきか。峰と峰の合間を縫うように舞う敵機の後背を追う俺たちにしてみれば、行く先の地形を先読みすることが出来る分、アドバンテージを得たようなもの。敵機はこちらを振り切るつもりだったのだろうが、却って自らの首を絞めたようなものだった。さらに言ってしまえば、どうやらここもタリズマンの「庭」だったらしい。敵機が、切り立った崖を巧みにかわし、ぐいと切り込む。無理を押してその後を追うようなことはせず、タリズマンは針路をキープ。いや、むしろ高度を少し下げて、尾根に沿うように機体を寄せていく。山肌が邪魔をして敵機の姿を目視で確認することは出来ないが、レーダーの眼はしっかりと敵を追い続けている。山と山の狭い空間を、結構な速度を付けたまま敵もこちらも進んでいく。

「いつだったか、こんな地形の空でミンチにされた奴らがいたなぁ、エッグヘッド?」
「おかげさまで、マラソン選手になれそうでしたよ」
「体力はいつでも重要だからな。さあて、仕掛けるぞ。レーダーをしっかり見てろ。気取られてコースを変えそうなら、すぐに言え」
「了解!」

敵がどの程度ここの地形を調べているかは分からない。が、恐らく敵は知らないだろう。俺たちが進んでいる谷が、この先で高度を上げて山と合流していることを。そして、向こうが進むルートは、この先で左へと切り返している。そのまま進むにせよ、谷から出るにせよ、敵は動きを単調にせざるを得ない。さあ、気が付かずに行ってくれよ?ほとんど横並びのような状態をキープしたまま、2機が疾走する。次第に地上がせり上がって腹の下に近づいてくる。怖くて見てはいないが、こちらが巻き起こすジェット気流で、土煙でもあがっているかもしれない。さあ、そろそろ……だ。タイミングを図るように、右方向へと軽く機首を振った次の瞬間、左方向、即ち、敵の進撃方向に向かって飛び上がる。飛び上がりつつ、機体を捻り込み、谷を頭上に見上げる真っ逆さまの姿勢。スロットルMIN、エアブレーキ開放。空の上で一瞬立ち止まった機体は、すぐに推力を失って、そのままの姿勢で高度を下げ始める。そんな俺たちの目前を、敵機が横切り、そして背中を向けた。ほぼ同時に、ロックオンを告げる電子音が心地よいサウンドを鳴り響かせる。

「タリズマン!」
「ガルーダ1、FOX2!!」

翼から切り離されたSAAMが、狭い谷の中へと突進していく。これが空の上だったら、あの機動性を存分に発揮されて回避されていた可能性が高い。だが、上空へと逃れていたのであればともかく、敵はわざわざ回避する方向の限られる谷の中を選んでしまった。右も左も、そして下も、敵機にとっては逃げ場のない袋小路。ミサイルを追って谷の上方にタリズマンが付けたのは、もちろん唯一の脱出路である上へと逃れてきた敵機を狙い撃つためだ。

『くそ……くそっ、くそっ!!この私が、こんなところで――!!』

敵パイロットの断末魔は、途中で強制的にブツリと切られた。予想通り、上方への脱出を敵機は図ろうとして、そして無防備になった背中全体で、炸裂したミサイルの弾体片を浴びてしまったのだった。ズタズタに切り裂かれた機体に、さらに念押しで放たれていたもう一発が、まともに飛びこんだのだ。谷の合間に炎が膨れ上がる。レーダー上からも、敵の光点が一つ、消えていた。この戦域に残る光点は、俺たちの他は3つになっている。そのうち二つは友軍のもの。既に1機を落とし、残りの1機を仕留めようとしていた。ジュニアたちの方角に向けて、タリズマンは転進。もっとも、支援が必要かどうかは微妙なところ。機体性能的には、F-16CもミラージュもSu-47の敵では無いに違いない。だが、2機が入れ替わり立ち代わり、異なるポジションから仕掛けてくる状況に、敵部隊は連携して対抗することをしなかったようだ。ついでに言ってしまえば、こちらが撃墜した相手に比べても、敵機の動きは精彩を欠く。高過ぎる機体ポテンシャルを持て余している様子が見て取れる。案の定、包囲網にもう1機が加わったことで、敵は冷静さをすっかりと失ってしまったらしい。無茶な急旋回でビバ・マリアの後背を捉えようとしたところまでは良かった。だが、減速し過ぎた機体はバランスを崩し、推力を失って次いでストール。こうなると、図体がでかいだけに格好の的となる。敵の上方から、ジュニアのF-16Cが矢のように襲い掛かる。

『機体の性能差が戦力の差ではない、って昔どこかで聞いたことがある。覚えておくんだな!』
『畜生、回避不能か!?』

トライアングラー 機関砲弾の光の雨が降り注ぎ、上から下へと存分に撃ち抜いていく。破片が弾け、全身を痙攣させるかのように振動する敵機。エンジンも完全に破壊されてしまった敵パイロットに出来たのは、電気系統が死なないうちにイジェクションを作動させるだけであった。キャノピーが飛び、次いで虚空に打ち出される射出座席。激戦地と異なり、周囲には何の戦火も見当たらない空をゆらり、ゆらり、と舞い降りていく様は、どこか物寂しげですらあった。もっとも、彼だけが遭難しているわけだから、要塞に詰めている救難部隊の仕事は早いに違いない。
『よし、敵機撃破!』
『ゴースト・アイより、ガルーダ1、ジュニア、ビバ・マリアへ。見事な働きだった。貴君らの戦域に、現状他の戦力の姿は見当たらない。カンパーニャに帰投せよ。ご苦労だった』
「エッグヘッド了解。偵察資料は後ほど提出します」

このまま偵察を継続しても良かったが、迎撃に向かった部隊が全滅したと知れれば、要塞から増援が出撃してくるリスクも高まる。いずれにせよ、要塞での決戦は免れられないのだ。無用の危険を冒す必要など、どこにも無い。タリズマンも「了解」と伝え、俺たちのベースに針路を向ける。

『ふう……なかなか手強い連中がエストバキアにもいるな。今日はジュニアが素直だからうまくいったけれどね』
『勘弁して下さいよ、ビバ・マリア。もう懲りてますって!』
『どうだかな。エッグヘッドとの「集会」も逃げ回っているらしいじゃないか。おいエッグヘッド、今度から言うこと聞かなければ銃口向けてやっても構わないぞ』
『ジュニアよりエッグヘッド、そんなことしたら絶対に話聞かないからな!』

……俺はお前より年上だと何度言えば分かるんだ、ジュニア。やっぱり、俺のペースは大いに乱されている。原因は言うまでも無い。あの二人のせいだ、二人の!!要塞攻略戦が始まる前に必ず一回絞ってやる、と心の中で俺は誓い、左後方にポジションを取っているジュニア機を睨み付けたのだった。


この日行われた偵察ミッションにより、ケセド島に残存するエストバキア軍の大半がバルトロメオ要塞に立て篭もったことが改めて証明される。そして、俺たちが撃墜したSu-47部隊が、エストバキア空軍でも名の知れたエースであることが、交戦記録から確認された。エース部隊を葬ったことで、ジュニアとビバ・マリアには報酬の上乗せが、俺たちには戦功勲章が贈られることとなった。ビバ・マリアからは、「タリズマンのおまけだな」と耳の痛い指摘を受ける羽目となったけれど。だが、この日の戦果が、思わぬ強敵をバルトロメオの空に招くことになる。

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