バルトロメオ燃ゆ・前編
カンパーニャ飛行場を飛び立ったエメリア軍航空部隊は、ケセド島におけるエストバキア軍の最後の重要拠点バルトロメオ要塞を目指し、一路北上を続けている。ケセドに追い込まれた将兵たちの大半は、こんな日が再びやってくることなど想像もしていなかっただろう。だが現実に、こうして俺たちはケセド島での決戦の場に臨もうとしている。さらに、高度に暗号化された機密交信や本土に潜伏している工作員たちの手により、エメリア本土に残されたエメリア軍残存部隊の状況が概ね掴めてきた。若干古い情報も含まれているので完全最新版とはいかないものの、思ったよりも多くの部隊が籠城或いは潜伏していることが判明したのである。これも、バルトロメオに向かう将兵の士気を高める材料の一つになっているに違いない。

『ゴースト・アイより全作戦機へ。間もなく要塞空域に到達する。この一戦でケセドの解放を現実のものにするぞ。弾の出し惜しみはするな。徹底的にばら撒いて来い。この戦いは長期戦になるだろう。弾切れになった場合には速やかにカンパーニャに帰投して補給を受けろ。――なお、この戦いからスネークピット隊が参加している。電子支援が必要な場合は支援要請を行え。後はいつもの通りだ』
「ガルーダ1、タリズマンよりスネークピット。支援はありがたいが、突出し過ぎて撃ち落されるなよ?」
『こちらスネークピット。うちのEA-18Gだけじゃ手が足りない。その時は護衛をよろしく頼む』
『ウインドホバーより各機。エストバキアには、あの赤い凄腕のフランカー野郎もいる。飛んできた時は、タイマンでやろうと思うな?勝てば官軍だからな。ああ、タリズマンたちは除くけどな』
『こりゃ、勝手に除くもんじゃないぞぃ!……エッグヘッド、しっかりと見ておくんじゃぞ』
「自分ですか!?」

赤いフランカー野郎……それが、エストバキア空軍の中でもエース中のエースのみ所属することの出来る部隊であることを、今の俺は知っている。というよりも、現在のエメリアで唯一、公式に放映されている軍政部のチャンネルにおいて、彼らの姿と名前は嫌というほど報じられていたから、耳タコで覚えてしまったと言っても良い。「シュトリゴン」というのが、彼らの部隊名らしい。彼らによって全滅或いは壊滅の憂き目を見た航空部隊は少なくない。アバランチ隊に編入されたアステカもその一つであるし、カンパーニャで再編を受けた部隊のいくつかは、彼らによって搭乗員の大半を失ったのだった。俺だって、たまたまタリズマンの後ろにいたから生き残っているだけだ。あの時、プルトーン隊のまま戦っていたら、今日の俺は存在しなかっただろう。今頃、痛みも苦しみも感じなくて済む身分になって、雲の上をふわふわ漂っていたに違いない。ま、色々あって、幸か不幸かタリズマンの後席に俺はいる。

『こちらクオックス隊だ。敵野戦砲陣地に突入する。この間はご加護が薄かったからな。今日は飛び切り濃厚に頼むぜ』
『ワーロック隊より上空の戦闘機部隊へ。我々は敵兵站ルートから要塞へと突入する。支援よろしく』

マルチェロ山岳の稜線が、俺たちの前へと近付いてくる。既に接近するエメリア軍の姿を、エストバキア側も捉えていることだろう。そして、俺たちの少し前方に展開していた地上部隊が、動き始める。空から俯瞰すると、最終的に山岳の頂上付近に位置する司令部と砲台陣地に至るまで、攻めるには2本のルートが取り得る。一つは、クオックス隊の進撃する砲撃陣地ルート。山の上から砲弾の雨が降り注いでくる何とも物騒なハイキングコース。もう一つは、要塞への物資輸送ルートを攻め上がるルート。クオックス隊に比べると砲撃陣地が無い分ましかもしれないが、途中何本か鉄橋がかかっており、ここに列車砲が展開していることが確認されている。高い位置から狙い撃ちされる危険なコース。どちらに転んでも、陸上部隊にとっては迷惑極まりない侵攻作戦。だからこそ、航空部隊の奮闘が必要になる。今回は正直なところ小物を狙っている余裕は無い。地上部隊で排除可能な脅威は彼らに任せつつ、彼らの進撃に当たって特に障害となり得る脅威を速やかに排除することがポイントとなる。作戦前のブリーフィングでも敵の展開状況は頭に入れてあるが、改めて統合戦術情報システム画面に表示されている敵戦力情報とを照合しながらイメージを修正していく。

『ワーロック、クオックス両隊が戦闘区域へと到達した。全機作戦開始!!』

開戦の幕が上がり、各部隊がそれぞれの担当区域へと針路を取る。戦闘機の翼が太陽光を反射して空に輝く。俺たちも、優先攻撃目標として指示されているクオックス隊側の敵陣地へと針路を取る。同行するのは、ヴィトーツェの戦い以後は随分と大人しくなったカスター隊のF-16Cが4機。隊長を含めた数名をヴィトーツェの戦いで失った彼らの隊長になったのが、3番機の士官、ジョン・ラング・シャーマン少尉であった。あの一件以来、シャーマン少尉はベンジャミン大尉と一緒にいるところを何度も見かけている。その成果が発揮されているのか、編隊長としての評価は格段に上がっていたし、人格も随分とましになった。俺の見る限り、ジュニアよりはずっと素直に違いない。彼らの機体も爆装中心であり、F-16Cの翼の下には無誘導爆弾の無骨な姿が見える。相変わらず猛進しているクオックス隊の頭上を飛び越えた俺たちは、彼らの侵攻ルート上に位置する複数の砲撃陣地のうち、最も手前の目標に対し、攻撃態勢を取る。

「ガルーダ1、エッグヘッドよりカスター1。敵目標地点には対空戦闘部隊の姿も確認されている。ヒット・アンド・アウェイを徹底されたし」
『カスター1了解。各機、ビビって山肌に突き刺さるなよ。しっかり目を開いて飛べ』
「奴さん、随分一端らしくなってきたな。さて……やるぞ。しっかり地図とモニタ見てろ、相棒?」
「了解」

先頭を突っ走る俺たちに続き、シャムロック機とカスター隊の4機が高度を下げる。山岳の上空、といっても限りなく低空まで舞い降り、そして這うように山肌を進んでいく。少し操作を誤ればたちまち山肌に突き刺さってしまうような高度を、空を飛んでいるときと同じように扱うタリズマンのど根性には恐れ入る。その点、後ろに続く各機は先頭機をトレースすれば良い分、精神的な負担はずっと少ない。クオックス隊に砲身を向けた戦車隊の頭上を一気に飛び越えて、6機は獲物の集結地へと殺到した。速度を幾分落とし、タイミングを図りながら、投下!すぐさま操縦桿がぐいと引かれ、機首が跳ね上がる。時間差を付けて投下された無誘導爆弾は、クオックス隊に向けて砲弾の雨を降らそうとしていた砲撃陣地の頭上に次々と降り注いでいく。火柱が吹き上がり、次いで黒煙と爆炎とが膨れ上がった。爆発と衝撃と爆風のサイクロンが吹き荒れ、砲塔の残骸や兵士たちの身体を弾き飛ばしていく。全身を炎に包まれた兵士が悲鳴をあげながら走り、力尽きて焼けた大地に転がる。その様子を、俺は統合戦術情報システム画面の敵戦力が消失することで確認する。爆弾投下後、離脱する俺たちの後方から対空砲の火線が追いすがったが、今は止んでいる。山肌の一角に、巨大なキャンプファイアが出現していた。カスター隊も損害なし。健在。

『よーし、ゲートが見えてきた。行くぞ、ぶち破るぞ、続けぇぇーーーっ!!』
『いけねぇ、隊長が突出した!!遅れるな!隊長を守れ!!』

クオックス隊の進撃は順調であった。航空部隊で彼らの進撃ルートの露払いを全て行うことは難しく、それなりの戦力が彼らのルート途上には展開していたのだが、クオックス隊の進撃を止めることは無かった。ゲート付近に展開した防衛隊は、砲撃と銃撃のシャワーを浴びせられる羽目となった。反撃の止んだ門を、チャレンジャー戦車がキャタピラ音を響き渡らせながら通過していく。俺たちはその間にもう一つの陣地を吹き飛ばし、第二ゲート周辺上空に到達する。ここで、カスター隊と分かれる。カスター隊は、山肌に展開する榴弾砲陣地及びロケットランチャーを、俺たちはゲート周辺に展開する防衛部隊を狙う。ジジジジジ、という耳障りなノイズの後、前方を白い煙が高速で上空へと通過していった。どうやら充分な狙いを付けずに対空ミサイルを放ったらしい。タリズマンが微妙に針路を変更する。カスター隊がSAMに狙われるのを嫌がったのだろう。林の中に展開していた対空戦闘部隊の群れに接近する。こちらを捕捉した敵対空砲から、曳光弾がシャワーのように浴びせられるが、その中を掻い潜って一気に距離を詰めていく。コンマ数秒トリガーを引き絞り、次いで爆弾投下!左へと少し捻りながら上昇。タリズマンが狙ったのは、こちらを正面に捉えようとしていたSAM砲台の一つ。航空機にとっては脅威となるミサイルも、放たれる前に葬ってしまえば問題は無い。数発がミサイル本体を直撃し、弾体片を地上に飛散させた次の瞬間、地上に命中した爆弾が炸裂した。

爆撃開始! こちらの後方で火柱が吹き上がり、敵戦闘部隊の脅威が減少したことをモニタで確認しつつ、次なる目標をセレクトしていく。戦車からの機銃掃射や対空砲による火線が飛び交う中、緩やかに旋回しながらタリズマンは投下地点を選んでいるらしい。山の上の方に、火球が膨れ上がる光景を視認。カスター隊の各機が、目標点を包囲するように飛び交い、攻撃を加えているのだった。クオックス隊へ雨あられを降らせることも出来ず、敵砲台が炎に包まれていく。それにしても、敵航空戦力の動きが無い。次なる獲物を定めたタリズマンが攻撃態勢に入る。攻撃を前席に任せつつ、俺はレーダーモニタと統合戦術情報システム画面との間で視線を行き来させる。敵航空戦力はこの戦域に存在していないわけではなかった。ただ、狙う目標を別にしていただけである。敵航空戦力は、俺たちよりも高いところを通過して直進し、やや後方で支援を行っているスネークピット隊を狙っていた。とはいえ、スネークピット隊とて無防備に飛んでいるわけではない。ウィンドホバー隊とレッド・アイ隊が、彼らのお守りとして展開している。そうそう簡単に突破出来るわけではない。今は、こっちの任務を果たすべき時だった。再び翼から爆弾が放たれ、戦車部隊の集結しているポイントに降り注ぐ。一発は戦車砲塔の真上を直撃し、一瞬にして車体を炎の塊へと変えた。

「重そうな奴はこれで大体片付いたか。カスター隊の方はどうだ?」
「今のところ損害なし、うまくやっているみたいです」
「ちょっと待てよ……よし、いい子だ。ボンブ・アウェイ!」

残っていた爆弾をトーチカ群の真っ只中へと投下し、上空へ離脱。膨れ上がった黒煙と炎は、すぐ傍のトーチカの壁を吹き飛ばし、内部に炎と暴風のサイクロンを生み出した。全部の破壊には失敗したが、これだけでもクオックス隊の進撃は随分とましなものになるだろう。消火作業のキャパを超えた炎が、周囲に延焼していく。そんな俺たちの頭上を、爆装した戦闘機の一団が通過していく。クオックス進行ラインの俺たちの受け持ちは、この第二ゲートまで。防衛部隊の規模の大きい第三ゲートは、対地攻撃機を主体とした部隊の受け持ちだ。

「ガルーダ1より、カスター隊。状況知らせ」
『こちらカスター1、榴弾砲の類はほぼ片付いた。対空陣地が一部残っている状況』
「小物に関わって無茶はするな。補給後に攻撃した方が無難だ」
『了解、これより合流する』
「ここまでは順調だがな。エッグヘッド、スネークピットの状況は?」

レーダーレンジを切り替えると、敵味方の光点が複雑に入り組んだ状況がモニタに映し出された。ウインドホバー、レッド・アイの両隊が敵航空部隊と交戦中。少し敵の数が多い。敵の中には、F-14Dの姿も見受けられる。スネークピットのEA-18Gも展開しているけれども、うっかりしていると抜かれる。B-737 AEW&Cに戦闘機並みの機動性を求めることは論外だ。

「敵航空戦力の数が多いようです。各隊、防戦中」
「賢いやり方じゃねぇなあ……。スネークピットの野郎、わざと前に出てきていやがる。カスター1、空対空ミサイルは残っているな?」
『イエス・サー』
「よし、お前らは敵のケツからミサイルを叩き込んで、そのままヴィトーツェに直行しろ。俺たちはもう少し奴らの相手をしてから戻る」
『了解』

バルトロメオ要塞から反転し、要塞戦域手前に展開しているスネークピット隊を目指す。途中、第一ゲートを突破したクオックス隊の上空を通過する。「なんだい、もう終いかよ、早く戻って来いよ」という地上からのぼやき声に苦笑する。斜め後ろにシャムロック、そしてやや前方にカスター隊の4機がトライアングルを組み、高度を上げていく。やがて、遠方からでも複雑に絡み合う排気煙が肉眼でも見える距離まで俺たちは到達する。やはり、思ったよりも敵機の数が多い。レーダーモニターに映し出されている敵の光点は、スネークピット本体には到達していないけれども、やや押し込まれている状況のようだ。

『カスター1より各機、攻撃後は敵に構わずヴィトーツェに針路を取れ。後ろはガルーダ隊がフォローしてくれる。よし……撃て!!』
『カスター2、FOX2!』
『カスター4、FOX2!』

カスター隊に続き、こちらもミサイル発射。こういうとき、電子戦機の存在はありがたい。敵機はスネークピットを包み込もうと展開した結果、自らの身をスネークピットの電子支援範囲内に晒しているようなものだからだ。こちらはと言えば、電子支援を受けて目標を追いかけるミサイルを進むに任せ、次の目標に狙いを定めることが可能になる。カスター隊がさらにもう一発ずつミサイルを発射し、低空へと舞い降りていく。スネークピットを巡る戦闘はやや高空。この戦域には、敵の対空攻撃網は確認されていない。敵機が本気で彼らを追いかける気にならない限り、無事補給に戻ることが出来るだろう。一方の俺たちは、両軍が熾烈な戦いを繰り広げている戦域に直進。

「タリズマン、敵のF-14Dを優先して狙って下さい!先方もMAAM系を搭載している模様。あれで狙われると、厄介です」
「一番近いのは?」
「10時方向、ちょい下、2機います」
「了解、喰らうぞ」

シャムロック機は翼を立て、3時方向へと急旋回。ウインドホバー隊の後方にまとわり付いている一団を狙うつもりらしい。こちらの接近に気が付いた敵機から、容赦の無いレーダー照射が浴びせられる。ジジジジジ、という耳障りな音がコクピットの中に鳴り始める。ヘッド・トゥ・ヘッド、やや降下体勢で、突っ込んでいく。みるみる間に彼我距離は縮まっていく。タリズマンの頭越しに黒い点が見えた、と思った瞬間、タリズマンがトリガーを弾き、機体をぐるりとロールさせた。双方の放った機関砲弾が交錯し、次いで轟音と衝撃に機体を揺さぶりながら、戦闘機同士が至近距離ですれ違う。荒れ狂う乱気流で、機体がもまれる。今となってはF-15シリーズ同様、古い設計機体に整理されるF-14Dではあるが、その空戦性能も古いということにはならない。模擬戦闘において、時にF-15を凌ぐ戦果を挙げてきたF-14なのだから。

すれ違った直後から上昇に転じ、次いで垂直上昇。虚空を一気に駆け上がり高空へ。俺たちの後方へと抜けたF-14Dの2機は編隊を解き、一方は反転してこちらへ。一方は別コースを取る。時間差をつけながらこちらを狙う魂胆だ。機体を横方向へと倒したタリズマンは、敵の射線上から外れるコースへ。こちらへと寄せながら上がって来る敵を振り切り、大回りで旋回。甲高い警告音。もう1機が、やや上方からこちらへと仕掛けてくる。チカッと敵機の一部が光る。機関砲弾の火線が俺たちへと降り注ぐ。機体を翻して急旋回。身体に圧し掛かるGで振り向くことが出来なくなる。辛うじて攻撃を回避。と、視界が上から下へと急激に流れる。強引に機首をスナップアップさせ、上空へと跳ね上がる。が、推力を感じたのはほんの少しの合間だけだ。エアブレーキON、スロットルMIN。来た、と首を固める。射線上にこちらを捕捉し切れなかった敵機が高空から低空へと駆け下りていく。テールスライド、大地に機首が向くや否や、スロットルMAX、パワーダイブ、追撃開始。轟然と加速した愛機は、ようやくF-14Dの後姿を眼下に捕捉した。

「F-14Dは嫌いじゃないんだがな」
「もう一方、7時方向、後方に回りこんできます」
「チェックシックスになる前に仕留めるぞ。レーダーロック!」

前席のHUD上を、ミサイルシーカーが滑るように動いていく。機体をロールさせつつこちらの追尾を振り切ろうとするが、降下速度競争では大きな差が付くことはない。大推力を活かすなら、むしろ上昇勝負すべきなのだから。程なく、心地良い電子音がコクピット内に響き渡った。FOX2!母機から切り離されたSAAMのエンジンに火が灯り、一気に加速して追い抜いていく。敵機、高負荷をかけつつ機首上げ体勢。速度が落ちたことにより、可変翼が開く。強引に機首を持ち上げた敵機に対してミサイルもコースを修正していくが、間に合わない。信管作動距離よりも離れた空間を貫き、そのまま大地へと駆け下りていく。攻撃失敗?まさか。そこまでタリズマンは優しくない。敵の針路を先読みして、その背中をガンレンジに完全に捕捉する事に成功する。

『ケプリ2、真後ろ、上だ!ダイブ、ダイブ!!』
『畜生、振り切れない!!』

ブーン、という音と共に放たれた機関砲弾は、F-14Dの主翼付近中心に叩き込まれていく。火花が爆ぜ、黒煙が膨れ上がり、破片を飛び散らせながら、左主翼がへし折れる。バランスを崩した敵機は、左に傾きながら高度を下げていく。キルを喜んでいるヒマは無い。こちらの後方に回り込んだ敵機が、こちらを後方から狙っている。警告音がコクピットの中にも鳴り響く。分かってるよ、と呟きたくなってくる。レーダーを注視。俺たちの後方に、もう一方のF-14Dの光点。が、射程にこちらを捉えているはずの敵からの攻撃が、なかなか来ない。

『そうそう簡単にうちの稼ぎ頭をやらせないよ。ガルーダ1、電子支援は任せろ!』
『くそ、やはり電子戦機が優先か!』

道理でレーダーにノイズが入るはずだ。電子妨害で攻撃オプションを奪われた敵機が反転する。狙われているのは……言うまでも無くB-737 AEW&C。ところが当のスネークピットはそんなことお構いなしに姿を晒している。おいおい、いくら何でも突出し過ぎだ。

「タリズマン!!」
「分かってる。やらせるものかよ」

スネークピットの支援のおかげで、こちらの貴重な時間を確保することに成功。反転し、足の長いミサイルで狙いを付け始めた敵機の後方へと、逆にポジションを確保。敵機、急旋回。両軍の機体が入り乱れて飛び交う空域に突入していく。乱戦を活用して振り切るつもりか。レッド・アイのF-15Cに、敵戦闘機がいいように追い掛け回されている。そうだ、ジュニアの奴は?……ついでに、ビバ・マリアは?心配するまでも無く、彼らの姿はすぐに見つかった。黒煙を翼から引きながら、真っ逆さまに落ちていく敵機のそばに2機の姿を確認。敵機、乱戦下を掻い潜り、乱戦域を抜けるや否や左急旋回。機影が正面やや上方から左方向へと通り過ぎていく。こちらは緩旋回。と、左斜め上方に視界が回転。姿勢を転じて攻撃ポジションに入ろうとした敵機の射線上から逃れ、逆にその頭を押さえにかかる。F-14Dの姿が、右へ、左へ、互いにロールと旋回を繰り返しながらのドッグファイト。こうなると、後はパイロット同士の我慢比べだ。他に誰か助けてくれる者はいない。先に限界に到達した方が、負け。敵もタフだが、こっちの前席は並のタフガイでは無かった。スネークピットから敵を引き離すことにまんまと成功しつつ、さらに敵を追い詰めていく。

猫と鷲 何とかこちらを振り切りたい敵機は、180°ロール、背面飛行状態からスプリットSへ。インメルマンターンと比べて、俺はあまり好きではない。真っ逆さまになって、頭から大地へと飛び込んでいく感覚は、戦闘機パイロットになった今でも、あまり気持ちの良いもんじゃない。が、タリズマンはその後には続かなかった。高度を下げつつ反転していく敵機は、俺たちの後方へと抜けていく。見逃すつもりか?……そんなわけは無い。ぐるん、と視界が回転し、斜め下へと機体が旋回していく――それも結構な負荷をかけて。ぐい、と強引に機首を引き上げた俺たちの目前を、こちらを捉え切れなかった敵機が通過していく。来るぞ、と身構える。Gリミッタを解除したのだろう。先程よりもずっと強い衝撃とGの重みが圧し掛かる。歯を食い縛りながら意識を持っていかれないようにするのが精一杯。再び反転した俺たちの視界に、F-14Dの二つのエンジンが入ってきた。少し呼吸を乱しながらも、タリズマンはスロットルを全開に叩き込んだ。逃さない!そんな気迫が背中から伝わって来るかのようだ。

『こんな……こんなことが……!!』
『タリズマン、助勢するぞい』

敵機の可変翼が開き、急旋回する様が見えた。上空から降下してきたシャムロックが、クロスアタックを仕掛けたのだ。降り注ぐ機関砲弾の雨は敵機に命中することは無かったけれども、その代わりこちらのミサイルシーカーが、敵の姿を完全に捉えていた。ロックオンを告げる電子音が、コクピットの中に鳴り響く。翼から切り離されたSAAMが、慌てて回避機動に転じたF-14Dの背中に襲いかかっていく。直撃こそ免れたものの、至近距離で炸裂した弾頭は、無数の弾体片を敵の機体にシャワーのように浴びせかけた。コントロールを失った敵機は、黒煙を吐き出しながら地上めがけて落下していく。よし……次だ!レーダーモニタを注視。後方からやってくるのは、友軍の戦闘機部隊だ。機体状況を確認。戦闘継続は問題ないレベルだったが、最後まで戦い続けるにはいささか心許ない状況。要塞本体の攻略まで持つかどうか、微妙なところだ。と、無線の呼び出しコールが鳴る。

『ゴースト・アイより、ガルーダ隊。ウィンドホバー隊。今のうちにカンパーニャに帰還し、補給後速やかに戦場へ復帰しろ。レッドアイはフィールズ隊の到着を待て』
「戦況はどうなってる?」
『クオックスは好調に飛ばしているぞ。あいつら片付け過ぎ、だそうだ。だが、ワーロック側がその分苦戦気味だ。敵の装甲列車に手を焼いているらしい。アバランチ隊からも追加支援の要請が来ている。補給完了後は兵站ルート側へ向かえ』
「了解。戻って来るまで無理に突っ込むな、と伝えておいてくれ」
『分かった』

スネークピットの周囲に到達した友軍部隊は、扇状に展開して敵戦力を牽制にかかる。その間に、俺たちは敵の射程圏内から逃れ、後方の安全空域へと到達した。振り返れば、何も無い時ならば静かに佇んでいるはずのマルチェロ山脈が、黒煙と炎の煌めきとに彩られている。まだ戦いは始まったばかりなのだ、気を抜いている暇は無い。あそこでは、俺たちの仲間たちが戦い続けているのだから――。

「天使舞う空、駆け抜ける鉄騎」ノベルトップページへ戻る

トップページへ戻る