ケセド島、解放
敵の防衛ラインをついに突破したワーロック・クオックス両隊は、短時間で再編成を完了し、要塞本体への進撃を開始した。損害の大きかった車両などを後方に残しているとはいえ、二つの大部隊が轡を並べて進んでいく様は、上空から眺めていても壮観ですらあった。そして航空部隊は、制空権の確保にほぼ成功していることを背景に、一足先に爆撃を開始している。細かい仕上げは後から突入する地上部隊に任せるとして、彼らの進撃ルート前面に展開している砲撃陣地を中心に、爆弾とミサイルの雨が降り注ぐ。敵はある程度の損害を被ることは計算のうち、とばかりに、熾烈な砲撃をエメリア軍に対して浴びせかける。そして、対空攻撃陣地からは、決して薄いとは言い難い弾幕と、その合間から獲物を狙う地対空ミサイルの攻撃が俺たちに襲いかかるのだった。

『各機、3時方向の陣地には気を付けろ。質の良い対空砲を使っていやがる。何発か食らった』
『真正面から挑むのは自殺行為だな。10時方向側から回り込んで叩いてみるか。側面は弾幕が薄そうだ』

とはいえ、エメリア側の勢いが止まるわけではない。坂道を登坂せざるを得ない戦車部隊の進撃速度は確実に落ちてはいたが、密度の濃い砲撃が放たれ、要塞に火柱を献上している。移動の自由をある程度確保出来る戦車と異なり、エストバキア軍側は砲座を密集させたことで仇となった。着実に戦力を削ぎ取られ、迎撃能力が低下した戦域に歩兵部隊が取り付いていく。敵の接近を察知出来なかった砲兵たちが、横合いから不意に浴びせられた銃撃によってバタバタとなぎ倒されていく。かろうじて難を逃れた兵士たちは、ある者は銃口を突き付けられ、ある者は背後か羽交い締めにされ、「デッド・オア・アライブ」の二択を強いられるのであった。だが、砲撃陣地は砲撃によって最大限の効果を挙げられる距離に敵を足止めしてこそ本来の威力を発揮出来る。ここまで懐に飛び込まれた状況では、要塞本来の強みは半減しているといっても過言では無かった。これは決まったな――俺だけでなく、空から戦況を見下ろしている者たちは、漠然と今日の戦いの勝利を確信し始めていたに違いない。そこに、油断が生まれる。地上への攻撃態勢に入った攻撃機が3機、突如として炎に包まれた光景を目の当たりにした航空部隊に、動揺が走った。

『何だ!?対空攻撃にやられたのか?』
『待て!……これは……アンノウン2機、戦域に急速接近!速い!!』

ゴースト・アイの警告を受けて、俺は慌ててレーダーレンジをワイドに切り替えた。敵味方識別は「不明」とされた光点が二つ、バルトロメオの上空めがけて迫り来るところだった。新たに2機が餌食となり、黒煙を吐き出した友軍機が、マルチェロの山肌へと突っ込んでいく。奇襲を受けたエメリア軍航空部隊が慌しく動き出す。その最中に、「それ」は勢い良く飛び込んできた。あれは――!!

「タリズマン、敵は紅いSu-33!!グレースメリアの時の、あの連中です!」
『魔術師のエンブレム――!こんなところにまで遠征とは、ご苦労なことだ』
「超過勤務手当をたんまり上積みしてもらるんだろうぜ。ゴースト・アイ!!うちの後席が確認した。連中、エストバキアの例のエース部隊だ。いい動きしていやがる」
『――何て速さだ。桁違いだぜ』
『悪い癖を出すなよ、ジュニア。タイマン張って今のお前が敵う相手ではなさそうだ』
『ビバ・マリアまでエッグヘッドみたいなことを言わないでくれ。分かってるさ』

高速で突入、一旦距離を充分に確保した上で、敵機は再び戦域へと突入してくる。敵エースの登場で、これまで防戦一方だったはずのエストバキア軍航空部隊が勢いを取り戻す。グレースメリアの時は、これに加えて多数の増援がやってきて、慌てふためいた俺たちは結局撤退に追い込まれた。が、さすがにあの時とは違う。対空戦闘能力に劣る攻撃機部隊を、戦闘機部隊がカバーし、敵の接近を牽制する。そう、敵は強敵ではあるが、必要以上に警戒する必要は無い。彼らの戦闘能力が如何に高いとしても、その牙を友軍に向けさせなければ良いだけのこと、だ。対地攻撃支援のためにぶら下げてきた爆弾は全て使用済み。残っている装備は対空戦闘用武装のみ。燃料は一戦交えるには充分。機体損傷無し。

『ゴースト・アイより、ウインドホバー、アバランチ両隊!!対地攻撃支援を行う攻撃機部隊を死守しろ。敵航空部隊の接近を決して許すな。叩き落せ!』
『ソルティードックよりゴースト・アイ。うちはどうする?』
『レッド・アイ全機、およびガルーダ隊は敵エース機を迎撃しろ。奴らに友軍機を攻撃させる暇を与えるな。――撃墜せよ』
『ひゅう!まさか、正規軍のAWACSからそんな指示を聞けるとは思わなかったぜ』
『ブラッディマリーに同感だ。マルガリータ了解、やってやる』

ま、そうなるだろうな。妥当な判断ではある。また相当荒っぽいジェットコースターを最高の席で堪能できるというわけだ。敵部隊は今のところヒット・アンド・アウェイを徹底していて、南西方面へと高速で抜けていき、距離を十分に確保しながら旋回してこちらの動向を伺っているようだ。一方、レッド・アイの5機は二手に分かれて敵編隊を挟撃するように近付いていく。俺たちとは異なり、彼らは全員空対空戦闘装備で上がっている。当然、足の長い奴も十分に残りがあるだろう。特に、F-15Cに乗っている三人は。珍しく、ジュニアたちにはブラッディマリーのF-15Cが編隊に加わっている。レッド・アイ隊長機とマルガリータの2機が、敵に対して仕掛ける。が、それより数瞬早く急旋回、針路を変更した2機が、バルトロメオ目指して突っ込んでくる。

「出迎えるぜ、シャムロック」
『了解だ!』

敵エース部隊の2機は、後ろにレッド・アイの5機を引き連れたまま、高速を維持して突っ込んでくる。相対する俺たちも、同高度、ヘッド・トゥ・ヘッド。まるで度胸試しのチキンレース。シャムロックと横に並んだまま、こちらも敵に突っ込んでいく。彼我距離はみるみる間に縮まっていく。コクピットに鳴り始める、レーダー照射警戒音。向こうのコクピットも同様だろう。双方の速度が速過ぎて、ミサイルは使用出来ない。ぐるん、と視界が回転する。ブーン、という短い連続音は、機関砲弾が発射された証拠。キャノピーの外を赤い火線が通り過ぎ、すぐさま轟音と衝撃が至近距離を通り過ぎていった。シャムロック機、左方向へ急ターン。俺の視界からその姿が見えなくなる。タリズマンは針路そのまま。少し直進したところで操縦桿が引かれ、高度を稼ぎつつインメルマンターン。敵機は俺たちの後方に抜け、そのまま直進。あくまで一撃離脱を続けるつもりか。今度は、ジュニア、ビバ・マリア、ブラッディマリーの3機が先行して仕掛ける。敵機の後方から接近した3機は、トライアングルを解いて三方向から包み込むように襲い掛かる。

『ジュニア、迂闊に接近戦を仕掛けるな。フランカーの機動性能は正直俺たちよりもずっと上だ。ちなみに、お前の機体が最も悪い』
『それって、……俺が狙われるってことすか?』
『なに、囮役に期待するさ。マッドブル流のシゴキの成果を見せてみろよ』
『二人とも気をつけろ!来るぞ!!』

敵機が編隊を解いて上下にそれぞれブレーク……否、フランカーお得意の曲芸飛行を難なく彼らはやってみせた。上下にループするかと思いきや、縦方向にくるりと回転、反転してレッド・アイの3機に相対したのだ。囮役という言葉を真に受けたわけではなかろうが、先陣を切っていたジュニアは唐突に牙を剥いた敵のまん前に放り出されたようなものであった。が、奴とてそう簡単にやられるタマじゃない。機体を勢い良くバンクさせ、降下旋回、スライスバック。敵の火線がほんの少し前までジュニアがいた空間を貫く。間一髪のタイミング。ビバ・マリアのミラージュと、ブラッディマリーのF-15Cがヘッド・トゥ・ヘッドで交錯する。双方に命中弾無し。敵の一方、カナードを立てて急制動。ゆらり、と倒れこんだかと思うと、危機を脱したばかりのジュニアを狙い、低空へダイブしていく。くそっ、あいつのピンチは続いたままだ!

「ジュニア、5時方向、まだ喰らい付かれているぞ。振り払え!!」
『嫌になるほど、いい動きしてるぜ、本当に』
「直線で飛ぶんじゃねぇ。単調に飛んでたらすぐに食われるぞ。動き回れ!!」

そう言いながら、タリズマンは機体を加速させる。シャムロック機はもう一方の敵機を追撃。視界がぐるりと反転し、効果体勢。アフターバーナーが焚かれ、愛機はパワーダイブ。猛烈な加速を速度に乗せて、俺たちは敵機の後背へと一気に距離を詰める。ジュニアのF-16Cは敵エース機にぴたりと捕捉されていたが、それでも右へ、左へ、と軽快なダンスを刻み、簡単に攻撃ポジションを取らせない。だが、敵Su-33の動きには、どこか余裕すら感じられる。まるで、逃げ惑う獲物を前に舌なめずりをしている獣のように見える。ジュニア機、左方向へロール。フェイントだ。右方向へと素早く回転させ、急旋回。振り切れないことに対して、焦りが出たのか。F-16Cの旋回半径の内側にまんまと飛び込んだSu-33が、今度こそ牙を突き立てんと肉迫する。危ない!

『ジュニア!左へ旋回しろ、今すぐ!!』

鋭い怒声と共に上空からビバ・マリアのミラージュが飛び込んできた。ジュニアと敵機との隙間に強引に割り込むように上から下へ抜ける。虚を突かれた敵機はブレーキをかけてビバ・マリアをやり過ごしたが、低空へと駆け下りたミラージュが上がって来るまでには若干の時間が必要となる。だが、この時敵機の目前にジュニアの姿は無い。彼はマイナスG旋回に入れて強引に敵の正面から逃れたのだ。

『まだいるのかよ……もう一丁……!』
「良く頑張ったな。後は引き受けてやる。行け!!」

シュトリゴン 無茶な機動を繰り返したせいか、ジュニアの声が途切れ途切れになっている。呼吸も荒い。速度も落ちている。それでも、機体をバンクさせ、今出来る限界だろうというような鋭さで引き上げる。敵機は、その後を追うことが出来ない。ようやく俺たちが、紅いSu-33の後姿を捕捉する事に成功したからさ。頭上すれすれに機関砲を撃ち込まれた敵機は、ようやく追撃を諦め、ジュニアとは正反対の方向へと急旋回。すかさず、こちらも切り返す。至近距離を紅い機体が下から上へと離れていく。旋回勝負では、やはり向こうの方にアドバンテージがある。でもおかげで、俺は敵の姿をじっくりと観察する貴重な時間を得た。不気味な魔術師のエンブレムが尾翼で踊っている。ん……?俺の視線は、敵主翼下のパイロン付近に吸い付けられていた。スクランブル発進してきたのであれば、作戦行動に支障の無い範囲で最大限のミサイルを積んでくるのが相場のはずだが、少なくともあの敵機の右主翼側に見えたミサイルは1本だけだった。幾らなんでも少な過ぎる。……ということは、奴らは万全の補給を受けてこの戦域にやって来たのではなく、例えば給油オンリーで出動させられたのだろうか。

「タリズマン、敵機に思い切り接近出来ませんか?」
「あぁ?あのヒラヒラ下品なダンス踊る敵にか?冗談きついぜ」
「話を聞いてください!敵機は十分な補給を受けられずに出動させられているかもしれません。その証拠に、搭載している空対空ミサイルがほとんど残っていないようです」
「――見間違いじゃなさそうだな」
「ええ、それに、グレースメリア上空の戦いと比較しても妙です。指揮官の違いもあるのでしょうが、彼らは巴戦も躊躇せず仕掛けて来たのに、今日は好機が無いとヒット・アンド・アウェイに徹している。スペック上は、敵の空対空ミサイルの性能は本来エメリアよりも上。上空支援に来たなら極端な話全弾ばら撒いて撤収、再攻撃という手段も取れるのに、それをして来ない」
「なーるほど。フン、伊達に眼鏡かけているわけじゃない、か」 『ふーむ。言われてみれば確かにそうじゃの。ミサイルに頼らなくても十分に厄介な連中にしては、攻め方が単調じゃワイ。ジュニアは食われかけたけどのぅ』

いくら機動性と高い戦闘能力をウリにしているからといって、搭載兵器を減らしてまで軽量化するメリットがあるとは到底思えない。となれば、難しく考えずに「物理的に積んでいる武装の数が少ない」と考えた方が妥当ではないか。バルトロメオ要塞の状況は司令部にも報告されているであろうにもかかわらず、たったの2機しかエース部隊を派遣しないのも引っかかる。例えば、アネア本土でも色々あって、たまたま動員出来たのが2機だけだった――とか。旋回を繰り返してこちらを振り切ろうとする敵機。だが、そうそう簡単に引き離されてやるほど、こっちの前席はお人好しではない。

「エッグヘッド、要塞攻略戦の戦況はどうなっている?」
「え、……はい、ワーロック・クオックス両隊とも、要塞本陣内への取り付きに成功。残存敵戦力の駆逐にかかっているようです。敵航空戦力も、あのエース部隊を除けば脅威レベル低下。アバランチ・ウインドホバー中心に押し切られつつあります。例のカスター隊も上空支援に回ったようですね」
「上々だな。よし……ガルーダ1より、ウインドホバー隊、カスター隊へ。敵エース部隊を叩き潰す。手を貸してくれ」
『ウインドホバー、了解』
『カスター1了解。指示を乞う』
『何をするつもりだ、タリズマン?』
「一気に片をつけるぞ。目標は敵エースの2機。少々ミサイルが勿体無いが、それでもお釣りの来る連中だ。ドッグファイトは俺たちが引き受ける。各隊に一斉攻撃を要請!!」
『こちらスネークピット、ガルーダ隊への電子支援を開始!』

バルトロメオ要塞上方から、仲間たちの機体が次々と身を翻し、敵エース部隊へと相対する。タリズマンは追撃を中断。敵に対してやや上方の空へと上がり、敵部隊の様子を伺う。そして、友軍各隊は射程圏内に敵部隊の姿を捉えると、次々にミサイルを放った。たった2機の相手に対しては、過剰な数の槍が、空に白い排気煙を刻み付けながら加速していく。その攻撃は、再びヒット・アンド・アウェイを仕掛けようとしていた敵の鼻先へと一斉に撃ち込まれたのであった。

『エメリアの連中め、小癪な真似を……!!』
『電子戦機がいる!気をつけろ、食われるぞ!!』
『この程度の攻撃、かわせなくて何が――シュトリゴンだ!』

高速で飛来するミサイルに対して動きを止めることは自殺行為に他ならない。敵機は編隊を解きつつ、機体をぐるりとロールさせつつ、機首を下方に向けて加速。ミサイルの到達点の下を潜り抜けて回避する目算だ。獲物の機動を察知して、ミサイル側も機動を修正していく。極めて高い機動性を持つ敵機だけに、通常ならあっさりと回避されて終わりだっただろう。だが、電子戦機――スネークピットによる誘導支援を受けたミサイルは、敵の機動に追随するのではなく、予想通過点を先取りして大きく針路を変えていたのであった。そして、いくつかのミサイルが一斉に信管を作動させ、空に炎の塊を生み出した。弾体片の雨あられが、高速で周囲に撒き散らされていく。敵の光点がレーダーから消えることは無かったが、一方のSu-33は胴体から黒い煙を吐き出していることを目視で確認する。もう一方は……健在だ。だがこの好機を逃すはずもない。手負いとなった相手に対し、レッド・アイの3機とシャムロック機が襲い掛かっていく。

『やはり貴様か……鳥のエンブレム!貴様さえ潰せば――!!』

無傷の方の敵機が、低空から急上昇、友軍機たちの群れの中を鮮やかに抜けて見せて、そして俺たちに襲い掛かってきた。急減速、9時方向へと倒れこむように旋回した俺たちの至近距離を敵の放った機関砲弾の火線が通り過ぎていく。

『借りを返してやる!』
『加勢するぞ、ガルーダ1!』

ジュニアとビバ・マリアが、異なる角度からの挟撃を仕掛ける。2機の射線上から、上方に機体を跳ね上げるようにして逃れた敵機は、そのまま機体を縦方向に回転させた。あれぞフランカーならではの妙技。そのままどちらかの機体を追撃する魂胆だったのだろうが、その選択肢を与えない。敵の頭上からつるべ落としのようにダイブ、ぐんぐん近付いてくる敵の流線型の背中に向けてガンアタック。これは命中しない。敵は機体を強引にロールさせて火線をかわしつつ、加速して攻撃から逃れていく。減速を加えながら進路を変え、その後背にポジションを取ることに成功。追撃開始。ジュニアのF-16Cが、左方向からクロスアタックを仕掛ける。敵パイロットの舌打ちが聞こえてくるような気がする。さらにビバ・マリア。こちらは下方からジュニア同様にクロス・アタック。敵の鼻先に撃ち込まれた一弾が、敵機の左カナードに命中し、先半分をもぎ取ることに成功した。これが相当頭に来たのだろう。低空から高空へと駆け上がったミラージュに対し、高負荷をかけて敵機はスナップアップ。上空へとまさに「跳んだ」。

『ビバ・マリア、後ろから敵……ゲホッ、ゴホッ』
「何だジュニア、腹にでも食って虫の息か?」
『冗談でしょ。……さっきマスクの中に吐いちまって、気分が悪いだけっす。戦闘機乗りには屈辱だ、これ』
「後で良く掻き出しておくんだな。回り込め!!」
『了解!』

マスクの中に吐いた場合にどうなるか。俺も経験があるだけに、想像するだけで口の中が何だか酸っぱくなって来た。ビバ・マリアを追って、こちらも上空へ。Su-33に負けじと小柄な機体を振り回し、彼女はひたすら逃げまくる。こうやってアイツの機動を間近で見るのは初めてだったが、なかなかクレイジーだ。旋回の鋭さはジュニアの上を行く。Gへの耐性が、非常に強いのかもしれない。決してフランカーに負けない鋭さで何度も切り返し、敵の射線上から逃れていく。一方の敵機もカナードを失ったとはいえ、飛び回る獲物にピタリと付けて離れない。

『ぐうぅぅぅ……なかなか、しつこいね。ホントに』
「ビバ・マリア!敵は貴機を捕捉はしていない、動きを止めるな!!」
『簡単に……言ってくれる』
「いーや、エッグヘッドの言うとおりだ。こっちが合図するまで、何とか凌げ。仕上げにかかる」
『了解。――やられたら、エッグヘッドの枕元に一生立ってやる』
「俺のせいかよ……」

撃墜されないで済むなら、嫌味の一つや二つくらい甘んじて受けてやるさ。少し離れたポジションを取っていたタリズマンが、積極策に転じた。言葉通り、仕上げにかかるつもりだ。スロットルが押し込まれ、機体速度が上昇する。激しい機動を繰り返す2機に少しずつ近付きつつ、こちらもダンスを開始する。俺はレーダー上の他の敵部隊の位置関係を確認しつつ、ビバ・マリアとジュニアの状況を頭に叩き込む。

「エッグヘッド、たまには実地教習だ。指示出しはお前が出せ。後のフォローは俺がやる」
「了解」

先ほど敵機に対してクロスアタックを放ったジュニア機は、少し距離を確保して迂回しながら、攻撃タイミングを待っている。シザーズでの旋回勝負を続ける2機に付かず離れずのポジションを取りながら、追撃を続けているのだった。ビバ・マリアがジュニアの位置に気が付いていればいいが、そんな余裕はどうやら無さそうだった。ビバ・マリア機が、右へぐっと切り込む。タイミングが遅れた敵機の軌道が少し外側へとはらむが、オーバーシュートには至らない。その敵の前面を大胆にもビバ・マリアは横断し、左方向へと急旋回。ジュニア、ビバ・マリアの9時から10時方向の間。どちらにビバ・マリアを逃がす?迷ってる時間は無い!

撃墜! 「エッグヘッドよりビバ・マリア、ダイブしろ!!ジュニア、行けぇぇぇっ!!」 『応!任せろ!!』

ビバ・マリアからの返答は無かったが、返事代わりに彼女の機体が低空へと飛び込んだ。そして、敵機からみれば左正面から、ジュニアのF-16Cが猛ダッシュ。ビバ・マリアを追ってダイブする隙を与えずに襲い掛かっていく。機関砲の火線が、敵機の左側面めがけて殺到する。が、一瞬早く、敵は上方へとふわり、と逃れた。機首を跳ね上げた状態で高度を稼ぎつつ、ジュニアの突撃を辛くも回避する。

『エメリアの死に損ない風情が……!』
「隙ありだ、エストバキア野郎!!」

幾度か見せてくれたように、敵はクルビットかプガチョフコブラか、いずれかのSu-33ならではの曲芸でジュニアの背後を取ろうとしたのだろう。だがそれは、後方からチャンスを伺っていたこちらには絶好のチャンスだった。あらかじめ「跳ね上がり」を予想していたタリズマンは、ためらうことなく敵機に突進した。コクピットの中にロックオンを告げる電子音が鳴り響くや攻撃、そしてトリガーを引き絞ってガンアタックまでも叩き込み、離脱。速度を失っていた敵機にとっては、致命的なミスだ。獲物のごく近くで炸裂したミサイルは、弾体片で紅い機体を容赦なく切り裂いた。爆風と衝撃波が垂直尾翼と水平尾翼を粉々にした。さらに機関砲弾のシャワーを浴びた敵機は、そのまま推力を失い、胴体中ほどから後ろを炎に包まれながら、ゆっくりと回転し始める。

『脱出装置……作動しない!?』

回転しながら高度を下げ始めた敵機だったが、エンジンから吹き出した炎が燃料タンクに引火するや否や、大爆発を起こす。紅蓮の炎と黒煙とが空に膨れ上がり、千切れ飛んだ残骸が方々に吹き飛ばされ、落下していく。……エース撃墜。そして、もう1機も似たような運命を辿っていた。シャムロックにレッド・アイ、さらにはウインドホバーとラナーにいいように追い掛け回された挙句、無謀な吶喊を挑んだ敵機は、複数のミサイルによる直撃を喰らい、四散していたのだった。

『ゴースト・アイより各機、良くやった!敵エース部隊の撃滅を確認!さすがだな、ガルーダ隊、レッド・アイ隊』
「世辞はいらねぇよ。それより要塞攻略はどうなっている?」
『ヘイ、ガルーダの腕っこきよ。こちらクオックスリーダー。この間同様に手厚い加護が無いもんだから、自前で何とかしちまったよ。なぁ、ワーロック?』
『まぁ、そうくさるなよ、ドイル。凄腕を引き受けてくれたおかげで、こっちの攻撃に専念出来たのは事実だろう?』
『キャンベルは大人し過ぎるぜ。……とまぁ、そういうことだ。地上軍より全部隊へ。バルトロメオ要塞敵司令部が降伏勧告を受諾した。繰り返す。バルトロメオのエストバキア軍は降伏勧告を受諾した!分かったか、死に損ないども!?俺たちの勝利だぜ、畜生ォォォォ!!』

たちまち、見事に音割れした歓声が交信を飽和させていく。要塞の敵砲台の中には健在なものも見えるが、たなびく黒煙の合間に既に砲火の煌きは見えなくなっている。友軍の戦闘車両が要塞の内部に歩をゆっくりと進めているが、反撃の炎が襲い掛かることもなくなっていた。ついに……ついに俺たちはケセド島を取り戻したんだ。一時はカンパーニャ飛行場まで追いやられていた俺たちが、だ。そう考えていたら腹の底から何だか衝動が這い上がってきた。少し控えめにガッツポーズを決める。ふと見上げると、タリズマンが窮屈そうに首を伸ばして、こちらに視線を向けていた。

「やったな、相棒。それに、いいタイミングだった」
「お膳立てをしてもらったうえでの話です。俺の実力じゃないですよ」
『まあ確かにその通りだろうが……命拾いした。礼は言っておく。助かったよ、エッグヘッド』
『……ま、今日は確かに……アテテテテ。無理し過ぎた。早く帰って休みたいぜ』
「ジュニアもナイスアシストだ。少しは成長したな、若造」

既にエストバキア軍の航空戦力は空に無く、友軍の戦闘機たちはそれぞれの部隊ごとに編隊を組み直し、要塞上空を旋回する。もし攻撃を受ければ即応できるよう警戒しながら。もっとも、その緊張は杞憂に終わる。改めて全軍に伝わるよう、エストバキア軍のケセド司令部から、全面降伏する旨の通信が行われたのである。――屈辱の首都撤退から4ヶ月。まさにこの時こそ、エメリアが、国土の一部を完全に解放することに成功した瞬間であった。

「天使舞う空、駆け抜ける鉄騎」ノベルトップページへ戻る

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