戦友たち
バルトロメオ要塞唯一の滑走路は今回の攻略作戦によって大破していたため、俺たちはこれまでのねぐらたるカンパーニャ飛行場への帰還を余儀なくされた。一部の部隊は、別働隊となったスティールガンナーズが制圧した小規模の民間空港に拠点を移すこととなったが、もともと50人乗り程度のプロペラ旅客機程度しか飛んでない滑走路は、ジェット戦闘機の群れが大挙して押し寄せるには規模が小さ過ぎたのである。まあ、俺たちにしても、住み慣れた基地へ戻ったほうが精神的にも落ち着けるのだが。――もっとも、これからはそんなことを言ってもいられないだろう。アネア大陸本土奪還作戦が始まれば、かつてケセドに追いやられたのとは別ルートで、グレースメリアへ向けて拠点を点々とする生活が始まる。今のうちに部屋の荷物を片付けておいた方がいいな、とぼんやりと思い浮かべながら、間近に迫ったカンパーニャの滑走路を眺める。損傷を受けた機体、燃料切れ間近の機体が優先された結果、俺たちは混雑した空港の周辺を旋回して着陸待ちする旅客機と同様の扱いを受けることとなった。結局、着陸許可が下りたのはほとんど周辺の機体がいなくなってからだ。着陸速度まで速度が落とされたコクピットの中は、とても静かになる。エンジン回転数が絞られた結果だ。既にランディングギアは下ろされ、滑走路へ至るファイナルアプローチに乗る。高度計の数値が次第にゼロへと近付いていき、地上に跳ね返ったエンジンサウンドが、機体を伝わってコクピットの中にも響き渡る。

キュッ、という音と共に、車輪が設置した振動が伝わる。ゴトゴトゴトゴト、と滑走路の上を車輪が走っていく鈍い音がコクピットの中にも聞こえてくる。エア・ブレーキを開き、機体を十分に減速させたうえでタクシーウェイへ。俺たちの格納庫へ向かう。誘導路へと入った俺たちの脇を最初シャムロック機が、少ししてレッド・アイの機体が、駆け抜けていった。開放された格納庫の前で停止。次いでエンジンカット。整備兵たちがわらわらと機体の周りに取り付き始める。キャノピーが開かれると、ひんやりとした冬の空気が流れ込んできた。男二人すし詰めのコクピットから解放された身としては実に心地良い。身体を引き抜くのに一苦労らしいタリズマンを置いて、先にタラップを駆け下りる。「お疲れさまでした!」という馴染みの整備兵に礼を返しながら、前席が下りて来るのを待つ。ようやく、タリズマンの巨体がコクピットの中から現れた。整備兵たちの歓声。珍しく、タリズマンが口元に笑みを浮かべながらサムアップしている。ちょっと悔しいが、ああいうポーズが、タリズマンには妙にしっくり来る。俺がやっても、「何格好つけているんだ」と突っ込まれるだけだ。誰に?一番その台詞を口に出しそうな相手の顔を思い浮かべてしまい、俺は渋面を浮かべた。

「何だ何だ、大成功に終わった後くらい、もう少し嬉しそうな面してな」
「いや、別にそんなつもりじゃなくて……」
「じゃあ何だ?今日浴びせられるビバ・マリアのツッコミでも思い浮かべていたか?」

うっ、と詰まった俺に対して、「分かりやすい奴め」と言いながらタリズマンは肩を何度か叩いた。力の加減が無いのは今は亡きハーマン大尉以上で、実に痛い。恨めしげにタリズマンの背中を睨み付けていると、シャムロック機が到着。再び歓声が湧き上がる。シャムロックとドランケンが、こちらも腕を大きく振りながら機体を降り、そして俺たちに合流した。

「やったのぅ。ケセド島解放のついでに、エース機撃墜のオマケ付きじゃ」
「あの部隊の機体にしては手応えがなかったような気もするが……」
「なぁに、楽して勝てりゃ、それに越したことは無い。補給が追いついていなかったようだしな。考えようによっちゃ、連中も気の毒だぜ」

再びジェットサウンドが近付いてきて、そして俺たちの前で止まる。おいおい、何でレッド・アイまで止まってるんだよ。彼らの格納庫は一つ先……と誘導路を見て、俺は理由を嫌でも知ることとなった。そこには、右のランディングギアがへし折れて、傾いた状態で道を塞いでいる友軍機の姿があったのだ。F-15Cの3人はさらに隣に回されたらしく、俺たちの機体の隣にはジュニアのF-16Cと、ビバ・マリアのミラージュとが並んで停止していた。

「そういえばジュニアの奴、マスクの中で吐いてしまったらしいな。あれはしんどいんだよな。匂いがこもって」
「まぁな。奴に恋人がいるのかどうか知らんが、今日は誰にもキスはしてもらえないだろうな。匂っちまってな」
「ま、そうやって鍛えられていくのは事実じゃからの。それが嫌なら吐かんようにするしかない。匂うからのぅ」

こうなってくるとベテラン勢は容赦が無い。さすがに少し気の毒になって、俺は彼らを出迎えることにした。ミラージュから、ビバ・マリアが軽い身のこなしで滑走路に降り立つ。ヘルメットを取ると、綺麗な金髪が風に揺れた。ふう。口さえ開かなければ、十分女っぽいとは思うんだが――その評価は、俺にとっては極めて辛らつな皮肉で相殺どころかマイナスになる。こちらの姿に気が付いた彼女は、さすがに作戦成功を喜んでいるのか、笑顔を浮かべながら歩いてきた。

「やったな、エッグヘッド」
「ああ。これでようやく、アネア大陸への道が開けたよ。……とはいっても、これでスタートって気もするけれど」
「やれやれ、やっぱりネクラだな。お前は。もう次の苦労を考えているとはな。……禿げるぞ、将来」
「余計なお世話だ!」

ほらやっぱり。俺は渋面を浮かべる以外の選択肢が無いんだよ。これにトドメとばかり、ジュニアが口を挟むんだ――と奴の姿を探すと、妙にのんびりとしながら、タラップを下りて来る最中だった。余程「匂う」マスクを付け続けたのが堪えたのだろうか。ヘルメットをようやく外し、こちらに歩き出したその身体が、不意に揺れる。よろめくように二歩ほど歩いたところで、ドサッ、という音も高く、奴の身体が倒れ伏した。投げ出されたヘルメットが、ゆっくりと転がっていく。

「ジュニア!?」
「おい、どうした!!」

ジュニア、倒れる うつ伏せに倒れこんだ奴の身体を抱え上げる。男の身体をこうやって支えるのはご免被りたいのだが、そんなことを言っている場合では無さそうだ。奴の顔色は、真っ青だった。どうやら意識も朦朧としているらしい。俺同様に座り込んで呼びかけるビバ・マリアは、今まで見たことの無いほど心配そうな表情を浮かべていた。まさか、シュトリゴンとの戦いで被弾していたのか――?素早く出血箇所が無いかどうか確認するが、そのような形跡は見られない。

「おい、しっかりしろ!どこをやられたんだ!!」
「……何だよ……そんな近くで大きな声出さなくても……聞こえてるさ」

いつにない弱々しい声ながらも、片目を開いて笑い顔を浮かべてジュニアが返事を寄こす。……全く、心配させやがって。俺にしては珍しく、盛大なため息を吐き出し、そして首を振った。どんな罵声を浴びせてやろうかと考えていると、呻き声をあげてジュニアが苦悶した。

「……つぅぅ……痛ぇ」
「落ち着いて答えろ、ジュニア?どこをやられた?どこを負傷したんだ?」
「そんな面するなよ、ビバ・マリア。大丈……夫、だよ。って、アダダダダ」
「全然大丈夫そうじゃないぞ」
「腹が……腹ん中をナイフで刺され続けてるみたいだ……。追われてるときに無茶しすぎたかな……ハハハ」
「笑ってる場合か!おい、担架を持ってきてくれ、早く!!」

まさかとは思うが、激しい戦闘機動の結果、内臓を損傷することは決して珍しいことではない。運が悪ければ死に至ることだってあるし、一命を取り留めたとしても戦闘機乗りとしての再起の道が絶たれることだってある。可能性があるとすれば、敵エース機の追撃を受けていたときの、マイナス旋回だろうか?慌しく格納庫の中へと走った整備兵たちが、備え付けの担架を担いできてくれた。身体に並行して担架を置き、荒い呼吸をしながら腹を押さえるジュニアを前後から持ち上げて担架の上に転がす。その間も苦悶し続ける奴の状況は、決して良いとは言えない。怪我の場合の応急措置ならこれまでの訓練でも徹底的に叩き込まれてきてはいるけれど、内臓の損傷については全く専門外だ。くそっ。俺よりも短い時間しか生きてないんだぞ、お前は!さすがに「匂ってる」という酷評を若者に与えていたベテラン勢も表情を改めて、彼の担架周りに集まってくる。ランパート大尉はどうやらこの基地の医療部隊に連絡を取ってくれているらしい。そしてタリズマンとドランケンはジュニアの側に座り込み、彼のパイロットスーツの束縛を緩めている。珍しくドランケンが真剣な表情で、ジュニアの腹の辺りに指を当てていた。

「どうだ、とっつぁん」
「ふーむ。取り敢えず内臓がバンバンといった感じではなさそうじゃの。もし内部で多量の出血があったなら、この程度の張りでは済まないからの。ただ脾臓とかだと何とも言えんのぅ。ベルカ戦争の時の前席が一度それになっての。帰還途中で意識を失って、そのまま命を失った。いずれにせよ、早く専門家に見せるべきじゃろう」
「タリズマン、話が付いたぞ。――連れてきてくれれば最優先で見てくれるそうだ」
「何だよ、救急車は出払ってんのかよ。仕方ねぇ。エッグヘッド、ジープで運んでいけ。後席に転がしとけば担架代わりにはなるだろ」
「担架ごと括りつけてやりたいところですけどね。……ジュニア、担ぐぞ。掴まれ」

ジュニアは無言で頷くと、何とか身体を起こして俺の肩に掴まった。肩を貸すようにしてゆっくりと立ち上がり、奴の身体を支える。腹を押さえたジュニアの顔は蒼白だった。辛うじて、気力で意識を保っているようなものだ。ガブリエラが整備兵の一人からキーを受け取り、車を取りに駆け出していく。格納庫脇に停められていた一台の運転席に飛び込んだ彼女は、急に叩き起こされて不平をあげているエンジンに一発渇を入れるようにアクセルを踏み込む。年代物のジープのエンジンに火が灯り、規則正しいリズムが聞こえ始める。

「テテテ……なあ、エッグヘッド」
「喋るなよ。手当が済んだらいくらでも話は聞いてやるさ」
「折角、宿題もらったのに……な。飛べなくなったら、ネクラの資料、不要になっちまう……済まない」
「何馬鹿を言ってやがる。病院にいる間、退屈しないように枕元に積んでやるさ。覚悟しておけよ」
「げっ……やっぱり、正真正銘のネクラ&ドSだぜ……」
「そう簡単にくたばられちゃ、教え甲斐も無いからな。ほら、しっかりしろ!もう少しだから」

力なく、ジュニアが笑う。ネクラにドSは余計なお世話だが、そんな簡単にくたばられるのは困る。気に食わないことは数多くあるとはいえ、こいつだって戦友の一人だ。しかも俺よりも若い。この先、もしかしたらタリズマンやランパート大尉に匹敵するようなパイロットに成長するかもしれない逸材が、こんなところで道を絶たれるのは絶対に見たくない。いや、そんなことが許されてたまるものか!!何とか後席にしがみ付いたジュニアの身体を再び担ぎ上げ、シートの上に放り上げる。そのまま車の上に飛び上がり、助手席に腰を下ろすや否や、ガブリエラは車をスタートさせた。普段はあまり感じたことは無いが、カンパーニャ飛行場の広大な敷地が、今日は何とも恨めしかった。
「イヤッホーーーーッ!!」

何も知らない人間が聞けば、気狂いが騒いでいるのだろうか、と疑いそうな大声を挙げながら、マイセン・トッドは土手の上を走り回っていた。実際、ビール瓶を片手に走り回る彼の姿を見るや、ぎょっとした顔を浮かべて道を譲る羽目になった人々は少なくなかった。ハイテンションを突き抜けている彼の姿を「やれやれ」といった風に苦笑を浮かべながら、T・ボーンは無線機のチューニングを続ける。トランクルームを完全に潰し機器類を積み込んだ彼らの車こそ、トッドとT・ボーンの即席移動「海賊」放送局であった。勿論違法。平時であっても電波法違反等の容疑で検挙されてもおかしくないような代物。エストバキアの兵士に見つかれば、それこそ収容所なんかに問答無用で押し込まれても文句は言えないに違いない。もっともそこはトッドたちも心得たもので、エストバキアの検問をクリアするあらゆる術を惜しみなく投入しながら、今日までまんまと潜り抜けてきている。デジタル無線の解析によって、エストバキア軍側の交信も筒抜けになっている点も大きいだろう。

「エメリア万歳ーーーーっ!本土の奪還は間近だぜ!!」
「トッド!!……騒ぎ過ぎは危険を招く。そろそろ正気に戻れ」
「ああもう、折角人が盛り上がってるのに水を注しやがって!エメリアの勝利だぞ?ケセド島のエストバキア軍の駆逐完了だぞ?これを祝わずにいられるのは非国民だ非国民!!」
「……今の俺たちはエストバキア占領下。俺たちのやってることは、エストバキアへの反逆罪」
「けっ。銃口が怖くてDJやってられるか」

渋々といった風で戻ってきたトッドは、T・ボーンの隣に座り込むとビール瓶を勢い良く呷った。事実、彼は銃口をほとんど恐れていない。勿論人間である以上は恐怖が無いわけではなかったが、実際にそんな場面に出くわした時には、銃弾が飛んでくるよりも早く言葉のマシンガンが敵兵を風穴だらけにするだろう。結果的に逆上した相手によって、物理的に風穴だらけにされるかもしれないが、それはそれでトッドにとっては本望とも言える。DJという仕事を選択したのも、元はと言えば世の中の仕組に対する反発が始まりだったのだから。それから20年近くの時間を経て、得難い経験を積む毎日は彼らにとって「意外と楽しい」日々となっていた。

「しかし大したもんだな。こうも簡単に軍用無線をキャッチ出来ちまうとは。エメリアもエストバキアも、装備品に金をケチっているのかねぇ。あー、あれか。戦車とか戦闘機とかに金かけ過ぎて、無線だけは昔のまんまとかそういうオチか?しかしこんなに情報ダダモレじゃ、エストバキアも長くは無いなぁ」
「……昔、こうやって警察無線を傍受していた。エメリアもエストバキアも、無線が古いわけじゃない」
「へぇぇ。傍受か。ん?ちょっと待て。傍受って言ったのか?それも警察無線!?」
「……そうしとけば、街中を走る時も非常線をかわして突っ走れる。パトを相手にしてぶちこまれて臭い飯を食わされるのは面倒」
「おいおい勘弁してくれよ。それじゃあまるで、犯罪者そのものじゃないかよ!!」
「……軍用無線の不正傍受は立派な犯罪。それを指示したトッドも同罪」
「のっ、ノォォォォォォォォ!!」

ハイテンションを保ったまま、トッドが地面の上をごろごろと転がっている。もっとも、エストバキアの出している夜間外出禁止令や都市間の長距離移動制限をことごとく無視し、おまけに車の中に海賊放送局を作っている時点で、軍用無線傍受よりも遥かに重い罪を犯しているのだから、今更トッドがT・ボーンを非難出来るような立場には無い。さらに言うなれば、グレースメリア脱出時にエストバキア兵士を裸に剥いて落書きして放置したという余罪もあるし、ガス欠になった車を動かすためにエストバキア軍のジープから燃料を拝借したうえ、手がかりが残らないようにと爆破させる等々、叩けば埃が幾らでも出てくる二人である。さらに言うなれば、そういう過激なプランの大半を思いつくのはトッドなのだから、余計にタチが悪い。

「それにしても、エストバキア野郎ってのは大嘘付きの集団だな。エメリア全土を掌握したなんて宣言した割に、案外エメリア軍の抵抗に遭って苦戦してるじゃねーか。ケセドは陥落したわけだし、シルワート市なんか包囲戦が未だに続いてんだろ?ゲリラ戦で抵抗しているような奴ら入れたら、何だかんだ言ってエメリア軍て生き延びてるってことだよな。なーんかしっくり来ねぇ」
「……大口叩いていれば、盲目的に従う人間も数多く出る。全員が全員、トッドみたいに反発し続けられる訳じゃない」
「それって、裏返せば、エメリア全軍を叩き潰すにはエストバキアの兵士の数は足らないってことだよな?良くそんなんで戦争吹っかけてきたもんだよなぁ、連中も」
「……グレースメリアは依然奴らの手の中。それが奪還出来ない限りは、エメリアの解放にはならない。だから、主力を首都に残しているんだろう。喧嘩の基本」
「喧嘩って……殴り合いで防御拠点がいるのか?」
「……シマの奪い合いの一局面が殴り合い。重要拠点を任せられるのは、強い奴しかいない」
「なるほどなぁ。マフィアの抗争なんかもそんな感じだもんな。しかし良く知ってるな、キッド」
「……昔取った杵柄」
「さすがだぜ。昔取った……って、えええええ!?」
「……昔の話。今は海賊放送局の技術担当。違うか?」
「トッホッホッホ。品行方正、順法意識抜群のトッド様も、ついに人生裏街道まっしぐらか」

天を仰いで嘆くトッドをさらりと無視して、T・ボーンはヘッドホンを外して機材の上に置く。そして、後部座席の後ろから、CDプレーヤーやらマイクやらを取り出して、車の脇に置かれたテーブルの上に手際よく並べていく。屋外なのでマイクの音質は保障出来ないが、トッドの声量なら恐らく問題にはならない。むしろ声が大きいのが災いして音割れしてしまうことの方が問題だ。マイクの隣に、マルチプレーヤーを繋ぐコネクタも引っ張ってきて設置する。スタジオが使えた当時はパソコンなどを活用することも可能であったが、とりあえず音楽だけでメモリの大半を埋め尽くしているトッドのマルチプレーヤーが当面は活躍するに違いない。

「……放送準備は出来た。いつでもいけるが、どうする?」
「へっ、やるさ、やってやるさ。エメリア軍が大勝利を収めた今こそ、栄光あるこの解放放送の幕開けに相応しい!!まさに革命を支えるラジオ!!俺たちはついに「チェ」と肩を並べることが出来る!!こんな光栄なことってあるか?否、無い!!!」
「……革命はともかく、意義には同意する」
「さっきの交信、録音してあるんだろ?記念すべき今回は、まずアレの放送からだ!!俺たちを蹂躙し、弾圧し、搾取して憚らないエストバキア野郎たちが、実は見掛け倒しのチキンだってことを知らしめる!!んでもって、歌だ、歌!!歌は人の心を震わせることが出来る。ハートだよ、ハート!あんなエストバキア野郎の軍歌のどこに文化があるんだ!?俺たちは文化に満ち満ちた環境にいたんだ。こんな退化が許されてたまるか!!よってもって、俺たちの番組はしっかりと歌も流す。しっとりとした奴からヘビーな奴まで。それが俺の目指す、「解放放送」だっ!!」

T・ボーンをまっすぐ指差してポーズを決めたつもりのトッドだったが、当のT・ボーンは言葉のマシンガンに当てられ、少し呆れたような表情を浮かべながら首を振っていた。とはいえ、トッドの言っていることは必ずしも間違いではないと彼も同意している。いつの時代のつもりなのかは知らないが、公共電波での自由な音楽放送は事実上禁止されていた。個人が所有しているCDやテープまでが規制の対象になったわけでは無いのだが、テレビ・ラジオの番組から歌と音楽の番組はすっかりと姿を消していた。その代わり、流れるのは軍歌やエストバキアの栄光を称えるような歌ばかり。自由な環境に慣れ親しんできたエメリアの人々の関心が集まるわけも無く、占領直後から視聴率は史上最低水準をキープしている有様だ。だから、そんな環境下に、「本来のエメリアの番組」が顔を出すだけでも大きな効果がある――そうトッドは考えている。実のところ、もっとデカくてヤバいことを考えているに違いないとT・ボーンは予測している。かといって、簡単にエストバキア軍によって発信源を捕捉されても意味が無い。どうやって敵の追撃から逃れるか――これは自分の腕の見せ所だな、とT・ボーンは覚悟を決めている。そのために、車のトランクには物騒な代物もトッドには内緒で積み込んである。

E・I・R 「……OK。じゃ、トッドの熱いハートを伝えてもらおうか。時に番組の名前は決まったのか?」
「番組の名前?」
「……俺たちの海賊放送の番組名」
「良くぞ聞いてくれた、相棒」
「……「愛と自由と希望の反エストバキア放送」は却下」
「うっ……まあいいさ。もっとシンプルでいいのを考えてある。ほら、マイク貸しな」
「……そっちのテーブルの上に行ってくれ」
「ああこっちか?……いいねぇ、気が利いてる」

T・ボーンが設置した簡易デスクに腰を下ろしたトッドは、ようやく自分の仕事場に戻ってきた、といった風に笑いながら、マイクを手繰り寄せる。テーブルの下に積んであるCDの中から一枚を取り出し、プレイヤーに放り込む。エストバキア占領下では最も嫌われている、ヘビーなエレキの音が鳴り始める。これこれ、これだよ、この高揚感。さあ、エメリアの同胞たち、これ聞いて取り戻そうぜ、俺たちの誇りを――そんなことを呟きながら、トッドはマイクのスイッチをONにした。番組放送開始!

「久しぶりに聞くエレキの音に、魂が震えたかい?エストバキアのクソつまんねぇファッキンな軍歌に飽き飽きしているかい?さあ、お待ちかね、今日からこの俺様、トッドが、みんなの魂とハートを毎日ガンガン震わせちゃうぜ。今この番組を偶然聞いてくれているフレンズ、君の友達にも聞くように伝えてくれ。何しろ、今日は重大ニュースの発表もセットで行っちゃうからね。とりあえず、追手が来るまでの時間だけど、心から楽しんでくれ。――「自由エメリア放送」、今からスタートだぜ!!」

かくして、トッドとT・ボーンの「戦い」の幕は開いた。「自由エメリア放送」という名の、革命放送の戦いが――。

「天使舞う空、駆け抜ける鉄騎」ノベルトップページへ戻る

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