病床にて
全く、何だってこんなことになっているんだ!?パイプ椅子に腰掛けつつ、ジュニアの病床に「背を向け」つつ、腕組みをして仏頂面を浮かべていた。全くもう、本当に手間と心配をかけさせやがって!!口を開くと間違いなく罵詈雑言を浴びせてしまいそうなので口をつぐむが、腹の底から湧き上がって来る衝動で、眉の辺りがひくひくと痙攣している。半分八つ当たりだとは十分に理解しているが、かといって必死の思いをさせられた方としては、そんな簡単に許してやれるような話じゃあない。

「だっはっはっはっは!!それにしても、あの時のエッグヘッドの真剣な顔は良かった。原因が分かった今となっては、もう笑うしかないってやつだよなぁ」
「タリズマンも人が悪い。そういう君だって、結構マジだったじゃないか」
「だから悪かったって言ってるじゃないか!――いい加減、機嫌直してくれよぉ、エッグヘッド?」
「いやー、ありゃそうそう簡単には噴火は収まらんぞい。何しろ原因が原因じゃからのぅ……」

ああ、全くドランケンの言うとおり。元気そうで何よりだよ、ジュニア。緊急手術が必要だからということで否応無く手術室に担ぎ込まれたのを見送り、その後要塞での戦いの後処理に追われて顔を見せられず、ようやく病室に顔を出せたと思ったら……ピンピンした面で歩いているってのはどういうことだ。そして、病因を聞いてブツンと来た。――「急性虫垂炎」。おい、全然空戦中の負傷でもなんでもないじゃないか!!我慢し過ぎて悪化させたって?子供の虫歯か、お前の盲腸は!!

「ま、エッグヘッドが不機嫌になるのも無理はねぇ。ジュニア、大方お前、自覚症状あったんだろ?」
「うーん。言われてみれば、何となくこう、腹の辺りに違和感というか、痛みというか、そういうのはあったんですが……」
「エッグヘッドもそろそろ機嫌を直してやれ。こんな状態でカンパーニャまで辿り着いただけでもまだマシじゃないか。一つ間違えれば、コントロールを誤ってドカンと行っていた可能性もあるんだからな」
「いやいやシャムロック。うちの後席は根が捻くれているからな。ああなったら、当分駄目だ。何しろ陰険だからな」
「確かにのぅ。陰険さに関してはタリズマン以上かもしれんのぅ」

タリズマン、陰険は余計です、陰険は。やれやれ、参ったなぁ、というランパート大尉の声が聞こえてくるのを申し訳ないと思いながらも、やっぱり口を開く気になれずに、俺は明後日の方向に目つきの悪い視線を飛ばし続ける。散々心配させられただけに、何とも呆気ない結果に振り上げた拳の下ろす場所が見つからないのも理由の一つではあるが、取り敢えず当分の間ちゃんと口を聞かないことと、宿題を山積みにしてやることを心の中で誓う。「そういうことをやっているから、陰険教師と言われるんだ」と苦笑するガブリエラの顔が思い浮かび、俺の不機嫌感はさらに倍増する。俺が仏頂面を浮かべている先は、病室の入口。その扉が唐突に開かれ、看護婦が入ってきた。どちらかと言えば小柄だろうか。ビバ・マリアよりはスレンダーかな、と思い浮かべ、慌てて首を振る。朱に交われば何とやらというが、どうも最近、タリズマンの思考が感染してきている。よろしくない。こちらを怪訝そうに一瞥した看護婦は、首から聴診器を下げ、片手にはバインダーを抱えていた。ん、聴診器?そして、何やらタリズマンたちと会話を交わしていたジュニアの声が、はたと止む。振り返ってみれば、ジュニアの顔にはありありと「恐怖」の色が浮かんでいた。

エリカ・ビリングス 「ひっ、人殺し!何しに来た!!」
「人殺しなんて……術後が心配になって見に来たのに、酷すぎますぅ。……命の恩人なのに……」
「よく言うぜ!麻酔が足りないっていって、半効きの状態でメス入れやがって!おかげでハラキリの気分まで満喫しちまったじゃないか!!」
「ハラキリなんて大袈裟です。途中で気絶してたんですから、効果は同じですよ」
「どこが同じだ!!……って、イテテテテテ」
「まだちゃんとふさがっていないんですから、安静に。実際一つ間違えれば死んでいてもおかしくなかったんですよ。感謝して下さいね、ジュニアさん」
「あー、お嬢ちゃん、念のために聞くが、いかに非常時といえども看護婦が手術しちゃあいけないんじゃなかったかのう?」

あのジュニアが完璧に言い負かされて口をパクパクさせている中、ベンジャミン大尉の質問は至極当然のものだっただろう。だが、当の看護婦は、左胸にぶら下がっていたラスターを、大尉に向かってポイと投げた。うまくキャッチした大尉が、目を丸くしている。

「――お分かり頂けましたでしょうか?」
「……こりゃあ驚いた。ワシの失言じゃったのぅ、"先生"」
「ご理解頂けて幸いです」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。先生って何だ先生って!!大体コイツ、人の身体にメス入れるときにこれ以上無いくらい嬉しそうに笑ってたんだぞ!!どう考えても、医者じゃなくて単なる変態じゃねぇか!!」
「――コイツ?変態?酷い、酷すぎます。私はちゃんと、エリカ・ビリングスって名前があるのに。ちゃんと「ビリングス先生」って言わなきゃいけないんですよ。ここ、病棟なんですからね」
「あー、それで分かった!お前か、"エンゼル・オブ・ナイトメア"ってのは?」
「……何だ、タリズマン、それは?」
「ケセド医療班の中で、劣悪な医療環境をものともせずにテキパキと治療と手術をこなす凄腕の女医さんがいるってのは話題になってたんだよ。腕は良いが、常に悲鳴が付きまとう、ってな。それで付いた渾名が「ナイトメア」だとさ。良かったなジュニア、この先生の腕前だけならば、ピカイチだ」

その通り、えっへん、と言わんばかりに胸を張るビリングス。ビバ・マリアほど胸は無い。……じゃない!しっかりと「腕前だけ」と条件を付けられた事は、当人にはあんまり関係が無いらしい。それで俺も話が何となく繋がった。確かに、俺たちがケセドに逃げ込んだ頃から、そんな噂は耳にしていた。看護婦の姿をした悪魔のような医者がいる、というのは何度か耳にした記憶がある。小柄なせいか年齢がいまいち読めないが、ジュニアと大して変わらないくらいの歳ではなかろうか。それにしても、ナイトメア、か。ジュニアの話が本当だとしたら、確かに施術される側にとっては悪夢だろう。その悪夢をもたらすのが、ま、確かに可愛らしい姿の看護婦だとしたら、却ってそのギャップに脅える可能性が高い。俺がその立場だったら、確かに叫びたくもなるかもしれない。ジュニア、本当に気の毒だったな。

「とりあえず、傷がちゃんとふさがるまでは激しい運動は禁止です。戦闘行為はもっての他。……念のために言っておきますけど、いかがわしい行為は絶対、一切、禁止です。腹の中をもう一度ぶちまけたいなら止めませんが……。あ、でも、ちょっと待って下さいね。そうすればまた手術出来ますねぇ。これだけ若くて健康体で、手術を受けた痕跡も無い綺麗な身体に、プスリと第一刀を入れるときの喜びときたら……あぁ……思い出すだけで、取り敢えず、ご飯が5杯くらいおかわり出来そう……。ゾクゾクしてきます」
「――ジュニア、悪いことは言わないから、傷がふさがるまで絶対安静にしていた方が良いな。まぁ、そっちの気があるなら止めないが」
「シャムロックまで……勘弁してくれ。大体、加減見るだけなら本職の看護婦で充分だろ。忙しい執刀医は手術に勤しんでりゃいいんだ」
「何言ってるんですか。術後をしっかり確認することも医者の務めなんですよ。まして、こんな綺麗な身体にメス入れたんですから、責任はちゃんと取らせていただきます」
「いらんわ、そんな責任」
「これも何かの縁ですよ。今後の戦いで怪我しても、死なない限りは私が何とかしてあげます。主治医が出来たんですよ、感謝して下さいね?」

改めて、えっへんと胸を張るビリングス「先生」。言うまでも無く、俺は笑い出すのを堪えていた。それにしても、ここまでとんでもない主治医が出来たことは、ジュニアにとってむしろ不幸なような気がしてくる。体温計を向けられて脅える彼の姿は、何とも滑稽であった。ま、確かに助かったことは喜んでやるべきことなのだろう。……とはいえ、頭の芯の方が冷静になるには、もうしばらく時間が必要になりそうだった。

「命の恩人ってところは百歩譲って分かったとしても、大体アンタ、何で看護婦の服着てるんだよ、紛らわしい」
「可愛いからに決まってるじゃないですか」
「は?」
「白衣みたいな地味なのは好きじゃないんです。見かけも怖くなりますし、好きでもないですし。施術するときはちゃんとそういう服着てたでしょう?」
「そういう問題じゃ……。ああ、もしかしてコスプレの気でもあったのか。本職のそれはどうかと思うけど……」
「……もう一度、言って御覧なさい……」

どちらかと言えば、控えめの小さな声で話していたビリングスの様子が豹変する。俺は後ろから見ているだけだが、何と言うか、彼女の背中から殺気が噴き出している。ポケットから出てきた右手には、中身が空っぽの注射器がいつの間にか握られている。その向こう、ジュニアの引きつって歪んだ顔が見える。正面から見たら、きっと相当怖い顔をしているに違いない。

「服装は極めて重要な問題なんですよ!それにですね、これでもかというくらいに聞いても本名を明かそうともしない患者さんに、つべごべ言われる筋合いは無いんです!!それとも、腹の中をぶちまけるかも知れない状態で、退院させられたいですか!?さっきも言いましたが、ここは病棟です。ここにいる間は、きっちりと、完全服従で、こちらの言うことを聞いてもらいますからね。いいですね!?」

端から聞いていると完全に論点をすりかえられているのだが、ビシリと決め付けられてグウの音も出なくなったジュニアが口をつぐむ。いや、右手に握られた注射器に恐怖したと言った方がいいだろうか?……それにしても、俺たちの周りにはタイプは皆違うとはいえ、強い女性が多いもんだ。きっと、この状態ならジュニアの回復も早いだろう。

「ん、エッグヘッド、どこに行くんだよ」
「――良かったな、可愛い主治医も出来て」
「俺は全然嬉しくないぞ。こんなマッド・ドクターが主治医じゃ、安心して寝てもいられない」
「……もう一度、言って御覧なさい……」
「どうせ時間を持て余すんだ。その間に目を通す宿題を持ってきてやろうと思ってな」
「なっ!?こ、この陰険教師!!やっぱりおめーには陰険教師がお似合いだ、畜生!!」

良くぞ言った。持っていくテキストを5割増にしてやることを決めて、俺はパイプ椅子から立ち上がる。こちらを振り返ったタリズマンのサングラスの下の目が、「そろそろ許してやれ」と言っているのに気が付いた。無言で頷いて、「分かってますよ」と返す。本来安静にしていなければならないはずだが、当の主治医と何事かジュニアは喚き合っている。その姿に苦笑しつつ、俺は病室の扉を閉める。実際にヤツの宿題を取りにいく必要もあったが、相変わらずヒートアップしたままのこの頭をまずは何とか冷却したかったのだ。
ジュニアが入院しているのは、カンパーニャ飛行場の医療施設の一室であるが、もっと程度の軽い怪我人、中でも陸軍の兵士たちはそこまでの厚遇を受けることが出来ず、滑走路脇の敷地に広がるテント群を病室の代わりとして使用していた。赤い十字のマークが施されたテントの中には、負傷者たちが横たわっていると見て間違いない。施設の外に出ると、そこは冬の空気と冷気とが支配する空間。暖房がそれなりに効いた建物の中から出てきた身には、少しばかり手荒い洗礼となる。もっとも、今の俺には丁度良い冷却剤ではあったけれども。空は灰色の重たい雲で覆われていて、今にも雪が舞い降りてきそうだ。既に一度、大雪の洗礼を受けたカンパーニャ飛行場では、除雪車とブルドーザーの総動員による除雪作業が実施され、滑走路の空き地にはこんもりとした雪山が出来上がっている。

バルトロメオ要塞陥落後、アネア大陸側からエストバキアの増援が到来した、という報告は上がって来ない。むしろ、カークランド首相をはじめとした政府首脳にとっては、要塞陥落によってもたらされた大勢のエストバキア兵捕虜をどうするかが悩みどころとなっているらしい。もともと、ケセド残党軍の補給体制は以前よりはマシになったとはいえ、万全のものとは言い切れない。特に食糧面については、捕虜たちの食事分が当然のことながら初期の補給計画の中には含まれておらず、放置したら俺たちの食べるものは1月中旬で尽きていた可能性があったらしい。が、この問題はすぐに解決した。要塞内部を探索した陸軍の手により、いくつかの保管庫から大量の備蓄食糧が発見されたのである。となれば、後は捕虜たちの居場所だ。これについては、マクミラン重工業の関連会社の一つであるマクミラン造船が協力を申し出た。ノルデンナヴィクから試験航海に出ていた大型のフェリーが三隻、戦争勃発後ケセド島に足止めを食らい続けていて、これを営倉代わりに使うのはどうか、という提案を持ってきたのだという。「いざとなれば船ごと沈めてしまえば良い」という判断が下され、捕虜たちで満載となったフェリーはケセド島の港の一つで、陸軍部隊による厳重な監視下に置かれることが決まった。とはいえ、アネア大陸に戻らねばならないエメリア軍としては、この地に置きっ放しにするわけにもいかない。というわけで、軍首脳と政府首脳との間の議論に、なかなか結論が出ないらしい。

整備兵のジープを止めて便乗していっても良かったのだが、俺はそのまま滑走路脇の道を、格納庫に向かって歩き出した。ケセド島での戦いが続いていた時はこうしている間にもひっきりなしに戦闘機が飛び立っていったものだが、こうまで静まり返った滑走路を見ると違和感を感じざるを得ない。次の戦いまでの中休み、とでもいうところだろうか。整備班にとっては、無理の重なった作戦機のメンテナンスを徹底的に行うチャンス、というわけで、重整備のスケジュールが各部隊に盛り込まれたことも出撃回数が激減している理由の一つである。カンパーニャのハンガーはどれも明かりが灯り、まさに整備部隊が戦いを繰り広げていることが窺い知れる。非番だからといって部屋で寝転がっている気分にもなれず、格納庫の一室にあるコンピュータールームで情報を漁ったりするのがすっかりと俺の日課となっていた。今日もそのつもりでいたのだが、愛機が翼を休めている格納庫の近くまで来て、俺は正面から軽やかな足取りで近付いてくる人影に気が付いた。

「――いつにもまして陰険度たっぷりの仏頂面だな、エッグヘッド」
「……参考までに聞くが、そんな凄い顔しているのか、俺?」
「ああ。それでサングラスでもかけた日には、まず間違いなく一般市民は近付いてくれないだろうな。私も傍にいるのはご免被るかもしれない。……どうした?」

この寒い中、ジョギングをしていたらしいガブリエラのトレーニングスーツ姿は、結構新鮮だ。どれくらい走っていたのかは分からないけど、ほとんど息を切らせていないあたりはさすが、ということだろうか。首に下げたタオルで額を拭いつつ、彼女は軽いストレッチを始める。いつものように額にバンダナを巻くのではなく、髪を後ろで結んでいると何だか別人のように見えなくも無い。スコードロンジャンバーを羽織って冬装備の俺とは、ちと対照的な格好であることは間違いない。

「いや……ジュニアが元気で何よりだ、という話さ。今日くらい冷えていると、頭を冷やすのには丁度いい」
「なるほど……。大体何があったか想像が付いた。ジュニアの奴、しばらくは大人しくなるんじゃないかな。実は私もジュニアを怒鳴りつけてきたんだ、昨日。全く、どうして男ってのはああも医者を嫌がるものかな。無事に戻ってきてから倒れたからいいようなものの、飛んでいる最中に意識が飛んでいたらどうなっていたことか……」
「全くその通り。冗談を抜きにして、エース機との戦闘機動で内臓がどこか潰れたんじゃないかと心配していたら、盲腸だって?本当に人騒がせだよ。おまけにベテラン三人組には散々笑いの種にされるしさ。――思い出したらまた腹が立ってきた」
「無理も無いな。私だって、ようやく身体を動かして気を紛らわせようという気にようやくなったんだ」
「――まぁ、ジュニアにとっては天敵以外の何者でもない主治医が付いたんで、少しは気も紛れたけど」
「天敵?」

俺は病室での一部始終を、かいつまんでガブリエラに伝えた。話を聞き終えた彼女は、堪えるのも辛そうに笑い出す。ま、そりゃあそうだろう。人の身体にメスを入れて恍惚とする医者に捕まるなんて、災厄以外の何物でもないだろうから。日頃の行いが悪いから天罰が下ったのさ、とバッサリ切り捨てて見せたガブリエラの意見に、俺は勿論同意だった。

「しかしジュニアの奴、担ぎこまれてさえ本名を言ってないのか。"主治医"も迷惑だろうな。カルテに「ジュニア」としか書けないなんて。いや待て、物は考えようか。そんな名前の人間はまずいないから、簡単にカルテが見つかるか」
「あそこまで行くと病気かと思っちまうけど、確かにベットにも「ジュニア」としか書いてなかったからな。本人、あれで押し切るつもりだろう、きっと」
「まぁ、アイツの気持ちも分からなくも無いんだがな」

通路脇のブロックにガブリエラは腰を下ろし、一息付いている。どうやら、それなりの距離を走っていたのは間違いないようだ。そんな俺たちの目前を、F-16Cが2機、飛び立っていく。垂直尾翼のエンブレムから察するに、ウインドホバー隊の機体のようだ。

「なぁ、エッグヘッド。お前、どこまで分かってる?」
「何が」
「私たちの正体、さ。陰険ハッカーのお前のことだ。大体の見当は、もう付いているんだろう?」
「陰険は余計だ、陰険は。……まぁ、大体の予想は付いている。というか、レッド・アイの部隊長はさすがにやり過ぎじゃないか。アレで分かってしまったよ。ガイナン・ヘルモーズ。ウスティオ空軍の至宝、ウィリス・シャーウッドと共に、かのマッドブル・ガイアの薫陶を受けた数少ない生き残り。そんなビッグネームが、傭兵であるはずもない。……ウスティオ共和国によるアンダーグラウンドな支援、てことなんだろ」
「さすが、その通りだ。今まで謀っていたことは申し訳なかったと思う。でも、公言して回るようなことではなかったからな。出来れば、この事は当面の間は周知しないでもらえると助かる。その時がきたら、皆にはちゃんと説明はするから。――そう、私たちはウスティオ空軍に属している傭兵だよ。正式に、ヴァレーからの命令を受けてここに来ている」

レッド・アイの部隊長がウスティオ空軍士官である以上、当然その配下の四人はウスティオに属する傭兵であろうことは想像していた。が、まさかガブリエラたちが「円卓の鬼神」のホームベースだったというヴァレー空軍基地の所属だとは思わなかった。ということは、今ではウスティオ空軍のトップエースと呼ばれるウィリス・シャーウッドとも面識があるということじゃないか!かのベルカ戦争で名を馳せた英雄たちの姿を垣間見て、内心興奮したのは言うまでもない。

ふたり 「私も詳しいことは聞いてないんだが、そのウィリス・シャーウッドから私は依頼を受けている。アイツのフォローをしてやってくれ、とな。雇い主の依頼とあっては、断るわけにもいかないしな。ま、ここに来て正解だったと今は思っているが。何しろ、私がフォローするまでもなく、タリズマンたちベテラン勢も面倒を焼いてくれるし、背後の確認をキッチリしてくれるどこかの後席担当もいるし、ジュニアの今後のことを考えれば、エメリア支援はなかなかの名案だったと思うよ」
「そんなビックネームの依頼って……もしかしてジュニア、どこかの重鎮の子息ってことか?王子様とか?」
「どう贔屓目に見えても庶民だと思うがな、私は」
「だよなぁ。俺もそう思う」
「とはいえ、ここに来た当時と比べて、随分ジュニアはお前に心を開いていると思う。あんなに嫌がっていた宿題も結構真面目にこなしているんだろう?本名を名乗らない理由は分からないが、アイツなりに何か考えがあってそうしているのは間違いない。もう少しだけ、そこは放っておいてやってくれ」
「分かってるさ。それに、口は悪いが根はいい奴だ、ってことくらいは俺も分かってる。それにしても……意外だな」
「意外?何が」
「いや、意外じゃないのかもしれないけど、普段と今みたいに話している時と、印象が全然変わるんだな、お前」
「それは当然だろう。任務中と普段とが常に同じだったら、逆に怖いぞ」

もっとも、ガブリエラと二人でこうやって話していること自体が考えてみたら初めてだ。戦闘機パイロット、という肩書がなかったとしたら、本来の彼女の雰囲気はいまのこれ、ということなのかもしれない。じゃ俺は?……やっぱり陰険?いかんいかん、どうも最近、そう言われ続けたことがトラウマになっているような気がする。もっとも、言いだしっぺは、今隣で座っているご当人だが。

「時にエッグヘッド……ありがとうな」
「ん?何だ、突然」
「いや。ジュニアを介抱してくれてさ。お前があんな真剣な顔でアイツを担ぎ上げるとは思わなかったから。……正直、ちょっと見直したよ」
「よせよ。そんな大したことをしたわけじゃないんだから。仲間が倒れたら、心配するのが当たり前だろ?正規兵も傭兵も関係ない。少なくとも、俺にとっては」

それを言ったら、お前だって、あんな心配そうな表情が出来るとは思わなかったよ。口には出さないけれども、それくらい真剣な顔をあの時ガブリエラはしていた。ジュニアの奴は、やっぱり果報者かもしれない。経緯は良く分からないけれど、多分、並よりずっと上、という美人に心配をしてもらえるのだから。俺は……やっぱり自業自得とか言われて終わりのような気もする。何だ、この不公平感は。納得いかないぞ。それにしても、今日はいつもの皮肉や毒舌が飛んでこない。それどころか、ガブリエラの照れ笑いを見られるとは、正直なところ予想外の展開というやつだろうか。と、彼女が続けてくしゃみをした。無理も無い。俺とは違って、ガブリエラの服装はこの寒さの中で長い時間座っているには少々薄すぎるのだから。

「さて、と。部屋に戻るとするよ。さすがにエメリアの冬は、寒い。故郷じゃ冬でも暖かいのが普通だったから、結構辛いんだ」
「もしかして、出身は南半球とかか?」
「いや、そこまでいかないが……まあ、海のそばというのは事実だよ。雪なんて、滅多に見ることが無かった。傭兵になってから見る機会は増えたけれど……何だか好きだな。白に覆われた風景を眺めていると、気分が落ち着いてくる気がする」
「俺なんか、家の雪下ろしをさせられたり、雪かきで怪我したりとか、あんまりいい思い出ないけどな。この辺りじゃ、もう少しすると一日中氷点下なんてこともある。何だったら、今のうちに街で厚めの上着を買っておいたらどうだ?」
「なるほどな……アドバイスに感謝する。礼はそのうちするよ」
「こんなことくらいで礼なんかいらないさ。あ、なら一つだけ。……「陰険教師」はやめてくれ」
「事実だから仕方ないだろう?それに似合っていると思うが」
「陰険と呼ばれると落ち込むんだ、俺が」
「分かった分かった、検討しておく」

例の如く、人の悪い笑みを浮かべながら、ガブリエラが立ち上がった。彼女の言っていた通り、もし暖かい地方の出身であるなら、この寒さは結構堪えるに違いない。再びテンポ良く足を振り出しながら、彼女は走り出した。その後姿をしばらく見送った俺は、すっかりと頭と顔が冷えていることに気が付く。いかんいかん、このままじゃ、俺が風邪を引く。俺はもう少し先にある俺たちの格納庫まで、ガブリエラを見習ったわけじゃないけれども、小走りで走り出した。


格納庫に付く頃には多少は身体も温まり、この格好だとうっすらと額にも汗が滲んでくる。建物の中に入ってスコードロンジャンパーを脱いでいたら、馴染みの整備兵が不思議そうな顔で俺の姿を眺めていた。

「どうかしましたか?」
「いや、久しぶりに楽しそうな顔しているからさ。何かいいことでもあったのかな、と」
「そう見えます?」
「ああ。この間、ぶっ倒れた若いのを担いでいた時とは別人みたいだぜ」

仏頂面がすっかりと霧散した理由は、俺自身良く分かっていた。だけど、説明してしまうと何か勿体無い気がしてきたから、内緒にしておくことにしよう、と決めた。――今日は、ガブリエラに感謝だな、ホントに。

「天使舞う空、駆け抜ける鉄騎」ノベルトップページへ戻る

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