いざ、アネア大陸へ
揚陸艦の腹の中に、次々とチャレンジャー戦車が運び込まれて来る。政府のお偉いさんがどうやってナシ付けてきてんのか知らねぇが、バルトロメオ要塞決戦の頃までは旧型から新型までゴチャゴチャだった機甲部隊の装備は、ここで一新された。サン・ロマの戦いで当時の愛車を失った俺たちには、新品の香りの抜けないチャレンジャーUが漏れなくプレゼントと来た。砲身改良まで施された新品中の新品と来た。……全く、冗談じゃねぇ。このまま西の最果ての島で、死ぬまでのんびり釣り糸たれて暮らしていたかったってのに、空軍のお節介な働き者たちのせいで、エストバキア野郎をとうとう島から追い出しちまいやがった。それだけならまだ良かったが、俄然やる気になっちまったお偉いさんたちが、とうとう再上陸作戦を決定しちまいやがった。全くやってらんねぇ。改めて戦場で死んで来いなんて命令出される身にもなってみろってんだこの野郎。近場に着弾した時なんか、チビリそうになるんだぞ、冗談抜きで。ボカチン喰らえば、戦車は火葬場に早変わり。じっくり焼かれて骸骨か黒焦げ死体の出来上がりってことだ。ったく、本当に空軍の奴ら、オツムん中軽過ぎだろう?それともエストバキア野郎が弱過ぎたんか?やってらんねぇ、やってらんねぇことばかりだぜ、本当によ。
愛車の上で仏頂面を浮かべながら、ルイス・マクナイトはため息をついた。彼の傍らには、ドニー・トーチとケヴィン・ホブズボームの姿もあり、そして三人の手にはカードがあった。何だかんだの腐れ縁は案外強いもので、サン・ロマの戦いでは絶体絶命の危機に瀕しながら、結局三人とも生き延びることに成功していた。「空から降ってきた」ジジイが彼らと共に潜伏したことも、結果として彼らの救助が比較的早い段階で実現した理由の一つとして挙げられるかもしれない。実際、逃げ切れずにエストバキアの捕虜となった同僚たちは少なくなかったのだ。全く、とんでもないジジイだった。エストバキアの斥候部隊を襲撃して身ぐるみ剥いで軍服だけでなく装備品一式を一つ残らず拝借するわ、裸に剥かれた兵士たちにトンデモ嘘っぱち情報を伝えるわ、寝返って敵の協力者となっていた士官野郎を誘拐して情報を洗いざらい引き出すわ……ありゃあパイロットじゃなくて特殊部隊出身と言った方が正確だ、とマクナイトは苦笑したものである。そんな場面に見事に付き合わされていた身としては、生きた心地がしなかったこともあったのだから。その後原隊復帰したと聞いているが、あれなら直撃を喰らわない限りはピンピンして何度でも戻ってくるに違いない。俺たちはどうなんだろうな?そう考えながら、マクナイトはカードを2枚だけ引き直す。ツキは健在らしい。ドニーの野郎が手癖の悪さを発揮しているが、これならそうそう簡単には崩れないぜ。仏頂面を浮かべながら、その実マクナイトは心の中で笑っていた。
「だからよぉ、何度も言ってるじゃねぇか。あの時俺たちは、国営銀行の地下金庫の直前までトンネルを掘ることに成功していたんだ、って。元は建設途中で頓挫した地下道を失敬してよ、新たなルートが作られていることを気取られないように進めていったんだ。だが、最後の最後で、金庫の超頑丈な壁に阻まれちまった。こりゃあ尋常な手段じゃ通用しねぇ。そこまでが、当時の俺たちの限界だった……って奴さ。だけどよ、今度は、今は違う。こいつの120ミリの威力は半端ねぇ。確実にどてっ腹に穴開けられる。そうすりゃあ……戦後の生活はウハウハ。生涯金にも苦労せず、好きなだけ好きなことだけして死んでいけるってわけよ」
全く衰える気配の無いドニーの無駄口を、ホブズボームは明らかに聞き流していて、相手にしていない。普段からマクナイト以上に表情が乏しい男だけに、こういうギャンブルの場では無類の強さを発揮するのが彼である。カードの向こうにドニーの姿をチラリ、と見たマクナイトは、彼の癖の悪い手が素早く動いて、ベストのポケットの一つで行き来した瞬間を目撃した。手癖の悪い奴だと思っていたが、まさか銀行強盗の未遂犯だったとは予想外。軍服を着ていないと、何処の街にでもいるチンピラぐらいにしか見えないドニーだけに、ホブズボーム同様にマクナイトも彼の与太話を信用してはいない。
「そうはいうけどな、ドニー。金欠ガス欠ドンケツのエストバキア野郎の亡者連中のことだ、とっくに地下金庫を爆破して中身を掠め取ってるのが相場じゃねぇのか?」
「ちっちっち。これがそうじゃねぇらしいんだな。まず連中、俺たちが苦労して作った秘密トンネルの所在を把握してねぇ。さらに、プライドが邪魔してな、特に頑丈に作ってある地下金庫の正面扉を爆破するような暴挙には出てないんだとよ。ついでに言えば、扉のマスターキーは頭取連中が持ったまんま国外逃亡しているから、入手のしようがねぇと来た」
「それだ、その秘密トンネル。連中だって馬鹿じゃねぇ。とっくに露見しているのがオチなんじゃねぇのか?」
「なあ、マクナイト。グレースメリアの地下って、大昔から地下道が整備されているの知ってっか?」
ドニーが、俺様に名案あり、といった表情を浮かべる。その後しかめ面になったのは、いいカードが引き当てられなかったからだろう。マクナイトも、グレースメリアの歴史は一通り記憶していたが、地下道整備の話は初耳だった。
「どういうことだ?」
「金色の王様が生きていた時代もそうだろうけどよ、昔々のエメリアは戦争だらけで大変だったんだ。王族といったって、いつ寝首を掻かれるか分かったもんじゃねぇ。そこで、王様たちは古くからグレースメリアの街の地下に、頑丈で立派な秘密の通路やらをこしらえて備えていたってわけさ。俺っちが子供の頃に遊んでいた地下室があるんだけどよ、後々調べたら400年前に作られた通路の一つだったってんだよ。……実は、な。俺らが堀ったトンネルってのは、当時の地下通路を活用させてもらってもいるのさ。もともとトラックくらいは運び入れるつもりでいたから、戦車でも充分通れるんだぜ。なあ、そろそろ信じてくれてもいいもんだけどな。どうよ?」
「……何しろ、お前の言うことだからな、5%くらいしか今は信用する気になれないね。そらよ、っと。上がり。ファイブカード」
「ぬあっ!?お、おい、これマジかよ……」
「……ロイヤルストレートフラッシュ」
「なぬぅ!!お、おいホブズボーム、お前イカサマやっただろ!!」
「……ベストの三番目のポケット、カード出てる」
呆気なくイカサマを見抜かれたドニーは、呆然とした表情を浮かべながら天を仰ぐ。インチキが失敗したらしく、ドニーの持ち手はブタ。つまり完全敗北。これで役割は決定。操縦手はドニー。砲手はホブズボーム。そして、戦車長はマクナイト。操縦手なんて地味な仕事やってられるか、とドニーが言い始めたことで始まった「役割分担」は、ポーカーで片を付けようと言い出したドニーの自爆によって完結したのであった。がっくりとうなだれるドニーの肩を叩き、マクナイトは新たな愛車の上に仁王立ちになった。次々と運び込まれる戦車たちによって、格納庫は徐々に満車に近付きつつある。開放された扉の向こうからは、久しぶりにのぞいた太陽の光が差し込んでくる。
銀行の地下金庫に通じるトンネルだって?ドニーの奴が?信じる気になれない反面、マクナイトは堪えがたい衝動が湧き上がって来るのを感じていた。人殺しのために大陸に戻るのは結構毛だらけだが、お宝が手に入るというなら、話は全く別だ。少なくとも、エメリア軍はグレースメリアを取り返さない限り勝利は無い。だから、必ずグレースメリア市に突入する日が来るだろう。いざ市街戦に突入してしまえば、細かい判断は車両ごとにならざるを得ないし、任務で姿をくらませることだってある。その好機に乗じて、ドニーの奴が掘ったというトンネルの中に忍び込めれば……。戦車の馬力を持ってすれば、多少の「重量」など問題にもならない。空きスペース一杯に放り込みつつ、いざとなれば何かコンテナでも取り付けちまう方法もある。それでもって、どこかいい隠し場所にでも放り込んでおいて、戦争終結後はそれを退役して、お宝を元手に面白おかしく人生を送る。夢みてぇな話だが、勝ち目の薄い戦いをいくつも乗り越えなけりゃならないなら、妥当な報酬って奴だろう。マクナイトの顔に、不敵な笑いが浮かぶ。
「お、おい、マクナイト……?」
「ドニーの言うことだからあんまり信用はしねぇがな。……いいさ、乗ってやる」
「ほ、ホントか!ホントだな!?へっへっへ、俄然やる気が出てきたぜ。こうなりゃ、意地でも生き残らないとな。こいつの運転、大船に乗ったつもりで、俺に任せておきな!!」
落ち込んでいるのも束の間、騒いだ挙句に戦車の上から転落しそうになるドニーに、ホブズボームが苦笑を向けている。マクナイトは、扉の外の陽だまりに視線を向けた。その先に、グレースメリアへ続く道が見えるかのように。それは軍人としてあるまじき決意だったかもしれないが、この戦いを生き延びる意義としては、充分過ぎる目的だ。だから、マクナイトは心の中でこう誓ったのだった。
――待っていろよ、お宝ちゃん。金庫には、俺たちが一番乗りだ!!
ブリーフィングルームの中は、異様な熱気に包まれていた。既に年が明けたグレースメリアは本格的な冬を迎え、建物の外は氷点下の風が吹き荒れているというのに、この部屋の中は正直暑い。暖房が効きすぎているわけでもないのに、だ。もっとも、それも無理は無い。バルトロメオ要塞奪還から、間もなく一ヶ月が過ぎようとしていた。その間、時折ケセド島へやってくるエストバキア軍の戦闘機や艦艇との小競り合いは毎日のように起こっていたが、敵方もこちらも積極的に仕掛ける気配を見せないまま、時間だけが過ぎていったのだ。ランパート大尉などは日増しに機嫌が悪くなっていき、ローズベルト少佐を見かけると「一体いつになったら大陸に戻れるんだ!」と詰め寄る始末。もっとも、これは大尉に限ったことではないようで、一度は食堂で休憩していた少佐に呼び止められて、愚痴を聞かされるという貴重な機会を得たものである。アバランチ隊のピリカ少尉も急先鋒の一人であるらしく、嘆願書を提出されてしまって少佐も困ったらしい。もっとも、彼らほどではないにしても、俺だってそういう気持ちはある。エメリアの大地をエストバキアの連中に占領されっ放しというのは、精神衛生上もまことによろしくない。そういった意味では、臨界寸前、まさにギリギリとタイミングと言えるだろう。
ブリーフィングルーム正面には、ローズベルト少佐の他に、滅多に顔を出すことの無い将官クラスの面子も座っている。さすがに再上陸作戦という重要な節目を迎えて、場を引き締めにやって来た、というところだろうか。だが、前線暮らしが長くなってきたことに加えて、傭兵たちとの接点も増えたケセドのパイロットたちは、将官の威光を示す階級章だけでは統率出来るものではない。だから、俺たちの信頼が向けられていたのはローズベルト少佐だけであって、例の将官たちは少佐の「オマケ」か「飾り」程度にしか見られていなかった。ベンジャミン大尉と話す時間が有れば、きっと二人の経歴を語ってくれたことだろう。いつも通りニヤニヤとしているところを見ると、「可もなく不可もなく」の部類の士官なのかもしれないが。
「全員集まっているようだな。よし……これより、アネア大陸再上陸作戦の骨子に関して令達する。前面のモニターと手元の資料を確認し、聞き漏らすことの無いように。資料の無い者はいないな?無い奴は、ガルーダ隊のエッグヘッドまで申し出ろ」
そこで俺かよ!?壇上でローズベルト少佐はニヤリと笑い、パイロットたちが一斉に笑い出す。流れの読めない将官たちが、怪訝そうな表情を浮かべて少佐と俺たちとの間で視線を行き来させている。一列前に座っているジュニアが、「やられたな」というような表情を浮かべて肩をすくめている。エンゼル・オブ・ナイトメア――ビリングス先生による徹底した管理下に置かれたせいか、彼の回復は予想よりも早かった。退院の時など、「こんなに早く治るんならもう一箇所くらい穴開けとけば良かったわ」と彼女は真顔でぼやき、ジュニアを芯から戦慄させたものである。とはいえ、重要なミッション前に復帰したことは俺たちにとってもありがたい。トップエース級の相手はともかくとしても、エメリアの航空戦力の一翼を担う一員であることに違いは無いのだから。
「――大丈夫だな。では、モニターを見ろ。見えない奴は資料を使え。……先日来、陸軍・海軍を中心に上陸ポイントの策定を進めてきていたが、今後の大陸への展開、ケセドとの連携を考慮した結果、上陸地点は「ラルゴム・ピーチ」に決定した。そう、知っての通り、ラルゴム・ピーチはエストバキア側にとっても重要な拠点の一つだ。当然、熱烈な歓迎で迎えてくれることは想像に難くない。だから、敢えてここを抜く」
正面の大モニターには、ラルゴム・ピーチ周辺の地図が映し出されると、どよめきが少しずつ沈静化していった。画面上、大きな矢印が三つ表示され、それぞれがそれぞれの目標点に向かって伸びていく。簡単にまとめるなら、陸軍の二部隊は、浜辺の異なる地点に上陸、一方は海岸線に展開する敵迎撃部隊と敵砲撃陣地の制圧へ、もう一方は海岸から少し入ったところにある滑走路へと突入し、これの制圧へ向かう。そして最後の一つ、海軍艦艇部隊の目標は、ラルゴム・ビーチを重要拠点たらしめている理由の一つ――海上油田と製油施設の完全制圧、となる。
「敵の最も激しい迎撃を受けることになるのは、敵部隊と陣地とを相手にするワーロック隊になる。だが、油田施設についても要塞化が進められているため、海軍の艦艇といえども単体で当たるのはリスクが高い。上陸後、滑走路まで吶喊するクオックス隊に至っては、待ち伏せでもされたら大損害を受けることだろう。要は、分が悪い戦いであるのもいつも通り、ということだ。そこで、貴官らの出番となる」
先ほどの矢印とは別に、青い矢印が表示される。その矢印は地上部隊らの矢印の上を通り過ぎ、敵防衛陣地と油田施設へと殺到する。その後さらに分岐した矢印の二つは海岸周辺を八の字を描くように動き、一つがクオックス隊の目指す滑走路上空へと伸びていく。
「今言った通り、上陸部隊・海軍艦艇の攻撃だけでは、友軍に甚大な被害が発生するだろう。よって、貴官ら航空部隊には、彼らの「安全な」ランディングのために、露払いをしてもらうこととなる。ガルーダ隊!」
「おうよ」
「貴隊はワーロック・クオックス隊の進撃ルート前面に展開する地上部隊及び防衛陣地に対し先制攻撃を加えろ。また、ガルーダ1・2には貴隊と共に攻撃任務を負う部隊の指揮権を与える。特に後席の二人は、戦況を見極めて目標選定を徹底しろ。同じくアバランチ隊。今回からお前らの機体はF/A-18Eにアップグレードされている。先陣を務めるには十分な装備だ。お前たちには、油田施設と製油施設の砲台を無力化してもらう。――最悪の場合、製油施設については多少の破壊はやむを得まい。その代わり、油田施設については海兵隊が占領任務を負う。彼らの進撃に邪魔になる対空兵装の類は、片っ端から排除しろ。その先の仕上げは、海兵隊に任せるんだ」
「――了解」
「なお、クオックス隊による滑走路制圧完了後は、前線拠点として同滑走路を使用することも認める。着陸態勢のところをスティンガーで狙われたらたまったものではないが、必要に応じて活用しろ」
「弾薬類の補給はどうなる?向こうの物資が使えるとは限らんが」
「ああ、ポリーニ中尉の懸念ももっともだ。上陸部隊と連動し、補給部隊も制圧作戦には同行することになっている。仮に敵方の弾薬が使用出来ない場合は、補給部隊側の物資を使用すればいい。もちろん、敵の持ち物が使えればそれに越したことはないがな」
「火事場泥棒みたいだな……まあ背に腹は変えられないが」
「それはちょっと違うな、バルカルセ中尉。我々は、"返して"もらうのさ。これまで不法にも占拠を続けたエストバキア軍から、な」
石油にかかる拠点を防衛するからには、エストバキア側もそれなりの精鋭を投じていることは間違いあるまい。だが、正直なところ、敵が気の毒だと感じてしまう。エメリア海軍海兵部隊は、オーシアやユークトバニアのように独立軍としての組織形態は持ってはいないが、部隊としての機能は同等である。エストバキアとの戦争では常に激戦地に投入され、被った被害も決して少なくは無い。それでも今日まで彼らが一軍を構成し得るのは、彼ら自身の戦闘能力の高さを証明していると言えよう。とはいえ、彼らほどの猛者でも、移動中を狙われたらひとたまりも無い。全く、ゴースト・アイも人が悪い。この作戦、俺ら航空部隊が踏ん張らない限り、成功の見込みが極めて少ないってことじゃないか!
「……機会があれば、マリーゴールドたちから艦砲射撃による攻撃支援をしてもらうのもありじゃのう。アレなら、残弾を我々ほど気にせずに地上を吹っ飛ばせるワイ」
「それもアリですね。少々旧世紀的な発想ではありますが、装弾数が段違いですからね。威力もありますし」
「その代わり、低空戦闘やってると爆発に巻き込まれるオマケが付くがな。ま、頑丈なバンカーなんかを中心に狙ってもらうと楽ではあるが……」
「いい提案じゃないか?どうせ陸軍が上陸して展開すれば浜辺に撃ち込むのは難しくなるし、上陸後は戦車部隊等が何とかしてくれるさ」
「砲撃ポイントの指定は、こちらから指示することは可能です。重点攻撃目標をあらかじめ伝えられれば、攻撃も効率的に行けるでしょう。ちょっと忙しくなりますけどね」
「とはいえ、敵さんがそうそう楽に仕事させてくれるとは思えねぇな。何しろ、戦場はアネア大陸だ。例の赤いSu-33も含めて、相応の迎撃機がやってくる前提でいた方が良さそうだな」
ふと気が付くと、壇上から向けられる視線が実に痛い。ローズベルト少佐は苦笑を浮かべているが、この状況に慣れていないらしい将官の一方は、明らかに不愉快そうな表情を浮かべている。もう一方は、少佐と同じような雰囲気。こっちの方が、何かと話しやすそうではある。
「――ブリーフィング中の私語は慎むように。なお、今や敵勢力下にあるアネア大陸への侵攻作戦である以上、敵性航空機による迎撃は不可避だ。特に、対地・対艦攻撃を狙う敵機に遭遇した場合は、最優先で排除せよ。レッド・アイ、ウインドホバーの両隊は航空目標を優先してカバーしてもらう。陸上部隊・海上部隊には近寄らせるな」
「了解だ」
「了解。レッド・アイと組めるのはありがたい。よろしく頼む、ヘルモーズ"少佐"」
「――ここでは中尉で良いんだがね……」
すっかりと正体がばれ始めているヘルモーズ少佐が、苦笑しながら応じる。その二つ隣に座っているガブリエラが、やはり苦笑しながら振り返った。「俺じゃないぞ」と首を振ると、「分かってる」と言うように一度だけ頷いて、彼女が応じる。それを横目に見ていたジュニアは、俺とガブリエラの間で視線を動かして、怪訝そうな表情を浮かべる。何か話しかけたそうにしていたが、それよりも先に、壇上の人物が立ち上がり、口を開いていた。
「――今回の作戦は、エストバキアの専横を排除し、エメリアが再び国土を我が手に出来るかどうかを決める、重要な一戦となる。粉骨砕身の覚悟にて奮闘せよ。エストバキアの息の根を止め、アネア大陸に平和をもたらす者は我らエメリアであることを、彼らに思い知らせるのだ!!」
ドン、と拳を打ち下ろした音がブリーフィングルームに響き渡る。壇上の将官は、俺たちが拍手喝采しながら立ち上がることを期待していたのかもしれない。が、ここに集まっている面々にしてみれば、こういう場で初見の人間の、しかも内容の無い軽い薄っぺらい演説ごときで、拍手喝采をくれてやる義理も無いのであった。これがローズベルト少佐の発言なら、もっとウィットに飛んでしかも俺たちのハートを掴むように一工夫するだろうし、もっと洗練された言葉を使うに違いない。粉骨砕身の覚悟?言うだけの連中は楽でいい。最近、本当にそういう意識が強くなってきた。悪く言えば、フロントラインシンドローム。でも、最前線で戦いに明け暮れてきた人間にとって、後方の安全地帯で高みの見物をしていた人間ほど嫌いなものは無いのである。その点、件の将官殿はこの場の全員から「嫌われ者」認定を自ら受けたようなものであった。タリズマンやドランケンに至っては、酷薄な冷笑すら浮かべている。自己陶酔の極みと言っても良い表情が一転、狼狽した表情に変わると、そこかしこから失笑が聞こえ出す。全く、人の悪い面子ばかりだ。もっとも、いい奴から死んでいくのが戦場なのだとしたら、確かに生き残っているのはタチの悪い人間ばかりということになる。
「……それくらいにしておけ。質問がある場合には、本日中に私まで伝えるように。それからガルーダ、アバランチ両隊は、この後D2会議室に集まってくれ。攻略作戦に当たってもう少し詳細を詰めておきたい」
「了解だ。5分前集合、だな?」
「そういうことだ。私が行くまでには待機していろ。――よし、解散!!」
俺も含め、パイロットたちが一斉に立ち上がり、敬礼。ローズベルト少佐が苦笑を浮かべながら応じる。これでは、この場の主が誰であるか嫌でも分かってしまうというものだ。憤然とした表情で、顔中を真っ赤にしている将官殿がほんの少しだけ気の毒ではあったが、正直そんなことはもうどうでも良い。いよいよ始まるのだ。アネア大陸を取り戻すための第一歩、が。この数ヶ月、この日を待ち望んでいなかったと言ったら嘘になる。そう、俺だって待っていたんだ。この日が来ることを。ここからが、始まりなんだ。エメリアを取り戻すための戦いの。
――いざ、アネア大陸へ。今度は絶対に、退くものか――!
「天使舞う空、駆け抜ける鉄騎」ノベルトップページへ戻る
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