アネア大陸上陸戦・前編
「OBCナイトニュース」のロゴがモニターに映し出され、オープニングが始まる。続けて映し出されたのは、戦地へ向けて滑走路を猛然と加速していく戦闘機。揚陸艦に積み込まれていく戦車部隊。フル武装の兵士たち。それは、遠く離れた祖国の地で、祖国を取り戻すために戦い続けている兵士たちの姿。あの中に、ウチの宿六もいるのかしら、と心の中で呟きつつ、レベッカは正面のカメラに視線を動かした。

「こんばんは、OBCナイト・ニュース。レベッカ・エルフィンストーンです。冒頭ご覧頂きましたように、現在、エストバキアの占領下に置かれているエメリアで、初めて国際社会に向けた記者会見が行われました。今日は、この記者会見の模様からお伝えしていきたいと思います。なお、ダヴェンポート・ロック・フェスタ予選につきましては、番組の後半でお伝えしますので、チャンネルはこのままで。それでは、カークランド首相による記者会見から、まずはご覧下さい」

映像が切り替わり、久しぶりに姿を現したのは、エメリア臨時政府を率いるカークランド首相。その頼りない姿は相変わらずであったが、エメリアがなかなか陥落せず、むしろ息を吹き返し始める原動力となっているのが、かの頼りない首相であるとの認識は、少しずつではあるが国際社会にも認識されつつあった。

『私は、エメリア首相、ラバン・カークランドです。この会見をご覧になっている皆さんは、もしかしたら既にエメリアという国家は消滅し、エストバキアの領土として組み込まれた、とお考えになっているかもしれませんね。どうか本日から、その認識を是非改めていただきたい。エメリアという国家は未だ健在で、国土の大半がエストバキアによって、不法占拠された状態が続いている――これが、事実であると是非ご理解下さい。

首相演説 そのうえで、エメリア政府の代表として、エメリア軍の最高指揮官として、宣言致します。我々エメリア軍は、本日を以って、我が国土を不法占拠し続けてきたエストバキアから国土を解放すべく、アネア大陸奪還に向けたオペレーションを開始しました。既に、陸・海・空の各戦力が、上陸に向けた作戦行動を展開中です。数時間後には、上陸点周辺の解放を達成した旨、皆さんに報告できることでしょう。――確かに、エストバキア軍の侵攻を受けた我が方の戦力は、決して多くはありません。しかし、既にご覧頂いておりますように、我が軍には依然として精鋭たちが集っています。必ずや、彼らはやってくれるでしょう。そのために必要な支援を、私は果たしていく所存であります。

また、エストバキアに占領された地で抵抗を続けている、エメリア軍の兵士諸君。よくぞ今日まで、耐え続けてくれました。今日に至るまで、諸君らの奮闘に報いることが出来なかったのは、全て私の責任です。国土を取り戻す戦いが終わったら、どうぞ遠慮なく、私を非難して欲しい。でも今は、どうか皆さんの持てる力を、私に貸して下さい。そして、共にエメリアの解放のため、戦いましょう。先ほども申し上げましたとおり、そのための準備は、既に整いつつあります。だから、どうか犬死だけはしないで下さい。アネアに再上陸する本隊が諸君らの元に到達するまで、あらゆる手段を尽くして生き延びて下さい。

次に、エストバキア政府に対して申し上げます。アネア大陸は冬本番の時期を迎えつつありますが、エストバキア占領軍によってもたらされた絶望的な経済不振と食糧危機により、我が国民はこれまでに経験したことの無い困窮状態へと追い込まれています。その原因は、市場経済のルールを一方的に無視し、現実にそぐわない統制経済を持ち込んだこと、我が国に対して戦争という最も不当な手段を以って攻め込んできたこと、全てはこの二点にあります。我が国としては、速やかに兵を引き、エストバキア本土へと退いて頂きたいという思いは変わりません。が、今後も我が国を不当に占拠し続けるのであれば、我々は実力行使を以って、祖国の解放を実現します。占領軍の総司令官はドブロニク上級大将と伺っております。どうか、徒に双方の命を失わずに済むよう、理想的なご判断を下されることに期待します。

最後になりましたが、我が国エメリアを今日まで見捨てず、支援をして下さっている各国の皆様に、厚く御礼申し上げます。不躾なお願いとなりますが、アネア大陸の安定回復まで、もうしばらくの間お力添え頂きますよう、お願い申し上げます』

国家首脳としては小柄な部類に入るカークランド首相が、深々と頭を下げる。グレースメリア陥落直後に行われた記者会見の時と同様に、今ひとつ迫力に欠ける首相ではあったが、会見の内容はなかなかどうして、ハードだったことにレベッカは驚いている。首相就任以前は本当に影の薄い、人が良いだけの二流政治家という評価しか無かった御仁が、国家の存亡の危機を迎えて異彩を放っている。もしエメリアが独立を回復することが出来たならば、エメリアの人々は「選ぶべき政治家とはどんな人材か」を考え直す絶好の機会を与えられることになるだろう。

「以上が、カークランド首相の記者会見となります。では、マクワイト記者、敢えてこのタイミングでカークランド首相が会見に踏み切った背景について、解説していただけますか?」
「はい。正直なところ、私もこの会見が開かれたことに対して、非常に驚いています。まず、これがカークランド首相の狙い、サプライズだったのではないでしょうか。当然この記者会見はエストバキア政府にも傍受されることを前提にしたうえで、「撤退しなければ実力行使も辞さず」と言っているんですね。カークランド首相の物腰は柔らかいのですが、極端に要約すればそうなります」
「とはいえ、エメリア国土の大半は依然としてエストバキアに占領されたままですが、どうして今回のような強硬姿勢を示したのでしょうか?」
「会見の中で首相自身が発言していますが、アネア大陸に対する上陸作戦が開始された、ということは、臨時政府が置かれているケセド島の掌握に、エメリア軍が成功したことを示しています。実際に、番組の冒頭でご覧頂きました映像について専門家にも確認してみましたが、戦闘機部隊、戦車部隊のいずれも作り物の類ではなく、実際のエメリア軍属の映像であることは間違いないとの見解でした。つまり、一時はケセド島の一部にまで追い詰められていたエメリア軍が、何らかの理由によってエストバキア軍のケセド島方面隊を撃退することに成功し、さらに反攻作戦を開始するに充分な戦力を回復した……そんなメッセージを明確に示す必要があったのだと思います」

一旦話を区切り、マクワイトはアネア大陸の地図が描かれたプレートを取り出した。地図上、ケセド島、そしてシルワート市周辺だけ、エメリアを示すブルーに塗り潰されている。

「先日の番組の中で、グレースメリア支局のスミス記者がリポートしてくれた通り、エストバキア軍がエメリアを完全掌握したとする宣言は、実際には完全な状態では無いことが明らかになってきています。では、ケセド島のように、エメリア軍の部隊が多数抵抗を続けているシルワート市から、ハンク・ギルバード記者を読んでみたいと思います。ハンク?」
『はい、こちらシルワート市のハンク・ギルバードです』
「カークランド首相による記者会見、そちらではどのように受け止められているのでしょうか?」
『あいにく、公式なチャンネルではカークランド首相による記者会見は報じられてはおりません。その代わり、軍用回線を使用して、会見の模様はシルワート市周辺に展開するエメリア軍各部隊に伝達されました。年が明けて以降、エストバキア軍による制圧作戦が本格化しているシルワート市では、連日激しい戦闘が繰り返されており、エメリア軍の兵士たちの消耗も激しくなってきているのが実状です。それだけに、ケセド島のエメリア軍本隊のアネア大陸再上陸は、兵士たちに歓喜を以って受け止められているといって良さそうです』
「ギルバード記者、シルワート市周辺の戦闘が激化していると仰いましたね?市民の被害などは発生していないのでしょうか?」
『いえ、残念ながら、犠牲者は少なからず出ております。市街地への爆撃を警戒して本部は別拠点に置かれているのですが、ロケット弾などによる砲撃によって、これまでに150名近くの方が亡くなられました。今後、両軍の激突が激化した場合、市街戦などにも発展する可能性が高いことから、民間人を一時的に安全地帯へ疎開させることも検討されている状況です』

メキッ、という音と共に、レベッカの右手に握られていたボールペンがくの字に曲がる。何食わぬ顔で胸元のポケットから頑丈そうなペンを取り出す姿を見て、「初めからそっちを使っていればいいのに」と言いたげな表情をマクワイトは浮かべていた。じろりと一瞬だけ一瞥を与えて、レベッカは平静そのものの微笑を浮かべてカメラの方向を向く。

「マクワイト記者、エストバキア軍はエメリア軍の司令拠点が都市部には無いことを承知の上で砲撃をしているのでしょうか?」
「そうですね……本来あるまじきことではありますが、敢えてそのような無差別砲撃を加えることにより、エメリア軍の投降を促している側面も否定できないものと想定されます。ギルバード記者のリポートにもありましたとおり、シルワート市の制圧作戦が本格化した場合には、更に被害が拡大されることも懸念されます。グレースメリア市の陥落から5ヶ月近くが経過し、各地に潜伏しているエメリア軍残存部隊もそろそろ限界に達しつつある状況下、ケセド島方面の本隊が再上陸に踏み切ったのは、困窮する友軍部隊をこれ以上放置することは得策ではないとの判断があったことも、恐らくは否定できないのではないでしょうか」

表面に貼り付いた微笑とは裏腹に、レベッカは心の奥底がぞっとした寒気に包まれていくことを感じていた。見慣れていた風景。見知った人々が、普通に消えていく世界。自分の生まれ育った街、祖国はそんな非情な世界とは無縁だと信じていた。彼女の良人は、そんな地獄の中で、きっと戦い続けているに違いない。何で、私はここにいるのだろう?独りになった時、レベッカはそう自問自答することが多くなっていた。何で、あの人の隣に私はいないのだろう?――ふと、心配そうな視線を送っているマクワイトに気がつき、レベッカは意識を現実に引き戻した。いけないいけない、こんなヤワじゃないわよ、あたしは。

「マクワイト記者、ギルバード記者、ありがとうございました。ハンク?後でまたお話を聞きますので、そのまま待っていてくださいね」
『分かりました』
「では、この記者会見に関して、オーシア政府の対応についてお聞きしてみたいと思います。シグニッジ報道官、お願いします……」
『各艇、突撃を開始するぞ!砲弾食らってボカチンなんてするんじゃねぇぞ!!』
『マリーゴールドより全艦、上陸部隊の支援砲撃を開始する。海岸線を狙え!目標選定は各艦個別に実施しろ!!』
『ゴースト・アイより伝達。ラルゴムビーチ、オルタラ市共に、エストバキア陸軍の迎撃部隊が展開を終えている。航空部隊各隊は彼らの損害が最小限で済むよう、心してかかれ!』
『ぬあっ!!あぶねぇあぶねぇ、海の上で棺桶入ったままお陀仏はご免だぜ。砲撃手!今撃ち込んだ野郎にシャワーを浴びせてやれ!』
『敵航空部隊の接近を確認!TND-GR4にF-14D、多数接近中。RAMスタンバイ!』

飽和していく交信の波が、上陸作戦が本格化したことを何よりも証明してくれている。イージス艦等による電子妨害によって細かい艦艇の所在を隠蔽することは可能ではあるが、ステルス戦闘機のように「レーダーから姿を消して」目標点に到達することが、洋上艦艇にはなかなか難しい。当然、エメリア軍の上陸部隊の所在は、エストバキア軍の知るところとなっている。おかげで、ラルゴムビーチには熱烈歓迎を掲げた物騒なお出迎えが勢ぞろい。シプリ高原での戦いよりもさらに多くの戦車部隊が展開し、獲物が射程圏内へと到達するのを今か今かと待ち受けている。レーダー上、対戦車ヘリの姿も確認されているが、オルタラ市に展開する航空部隊には対地攻撃専門のAC-130まで配備されているとの情報がある。「安全な」ランディングなど、とてもとても望めるような状況ではない。

『いきなり激しく始まったもんじゃのう。ま、敵さんも今回ばかりは本気のようじゃ』
『――ようやく奪い取った領地を奪い返されるとなれば、向こうも必死になるだろう。が、それでもやるしかないさ』
『ブリザードより隊長機、ゴースト・アイじゃありませんが、貸していたモンを返してもらうだけです。本来なら賃借費も取らなきゃいけないところですが、この際返してもらえればOKでしょう。――間もなく降下地点到達」
『ウインドホバーより、攻撃隊へ。上空支援はウチとレッド・アイが仕切る。……とはいえ、結構数が多い。取り逃した時は、各隊で料理してくれ。ドランケン、エッグヘッド、状況監視は任せる』
「エッグヘッド了解です。タリズマン、こちらも間もなく降下ポイント」
「うーし。各隊、間違っても海面なんぞにダイブするな。俺たちのケツをしっかり睨んで付いて来い!特にカスター隊!!寒中水泳したくなけりゃ、必死に付いて来い。いいな!?」
『カスター1、了解。ダイブした奴はそのまま置いていきます』
『マジすか!?』

俺たちの役目は、まさに露払い。既に展開を終えてバカスカと上陸部隊への攻撃を続けているエストバキア軍迎撃部隊に一撃を与えて、友軍の上陸を支援すること。これに尽きる。が、敵さんもさすがに馬鹿じゃない。先のバルトロメオ要塞の戦いで地上部隊だけでなく俺たち航空部隊にも徹底的にやられたことは、敵にとっても屈辱的だったらしい。だから、今日の海岸は正直なところ危険だ。統合戦術情報システム画面には、敵の対空戦闘車両の姿も映し出されている。その車両軍が集まっているエリアには、どうやらレーダー車輌らしき姿もある。下手をすれば、SAMポケットに引っ掛かることとなる。だから、俺たちはその裏を欠く。急場凌ぎで構築された防衛線のため、エストバキア軍の対空レーダー類の施設は必ずしも万全ではない。そこで、俺たちは超低空から侵入、一撃を加えて敵火線を減殺した後、周辺領域の制圧を行う。LANTIRN-ADVを搭載した俺たちとアバランチ隊は、まさにその先陣に適任、というわけだ。

いざ、大陸へ 『――大陸が見えてきた。俺たちの故郷が……!』
「さあ、敵のど真ん中に飛び込むぞ。覚悟を決めろ!敵の砲撃なんぞ当たりゃしねぇ。全速力で駆け抜けろ!!」
『こちらアバランチ。こちらも行くぞ!不法占拠者たちを叩き出す!!』
『了解!』

右と左とに分かれ、俺たちガルーダ隊に率いられた一隊と、アバランチ隊に率いられた一隊とが隊列を組みなおす。ぐるりと視界が回転。薄い雲を抜けると、鈍色の海面が視界に飛び込んできた。さすがに単独突撃するわけではなかったが、それでも150フィートまで来られて水平に戻されると、背筋の辺りはゾワッとしてくる。幸い、海面にダイブする奴は一人も出ず、水平に戻したところで隊列を整理、突撃に備える。俺たちのケツをしっかり睨んでいろ、という宣言通り、タリズマンは無言でスロットルレバーをゆっくりと前方へと押し込んでいく。エンジン回転数が跳ね上がり、愛機が甲高い咆哮をあげる。ごう、と加速する愛機。すかさず、後ろに続く各隊も加速を開始する。さあ、ここからだ!俺たちの前方に展開する敵の数は、半端無く多い。この中から、「有効な目標」を識別しなければならない。上陸部隊が海上を進むに当たって、特に障害となり得る攻撃目標を。そのために、俺とドランケン、アバランチ隊の面々は、ゴースト・アイから徹底的に、みっちりと、個人授業を施された。実のところ、目を瞑ってもラルゴムビートからオルタラ市に至る地図を思い浮かべられるくらいだ。上陸部隊にとって最初の障害となり得るのは、水上に設置されているトーチカだ。いくつかの砲台には、対空ミサイルまで用意されている。後から進撃するヘリ部隊のことを考えると、極力排除しておくに越したことは無い。それと、海岸線に急ごしらえで設置されたトーチカ群と、展開している戦車部隊。トーチカはともかく、戦車部隊はある程度地上部隊に排除してもらうしかないのだが――。

「ガルーダ1、エッグヘッドより、各隊!ラルゴム・ビーチ正面、砲台群とSAMポケットを狙え!!カスター1、2はこちらと共に海上トーチカを攻撃!!」
『ガルーダ2、ドランケンよりカスター隊。トーチカ攻撃後、お前たちはワシらの後に続け。地上部隊をかき回すゾイ』
『カスター1了解!お願いします!!』
『アバランチより各隊、ガルーダに遅れるな!』
『ブリザードより各機、トーチカ及び油田施設近辺で無茶な旋回はするな。ヒット・アンド・アウェイを徹底しろ。時間のロスはリスクの低下と相殺だ!』
「オーケー、AGMロックオン、目標は正面トーチカ。食らえ!!」

主翼下から切り離された、空対空ミサイルと比較するとずんぐりとした対地ミサイルのエンジンに火が入る。先頭を行く俺たちに続いて、AGMをぶら下げてきた各機からもミサイルが放たれ、それぞれの目標へと向かって加速していく。洋上トーチカの放つ火線が、コクピットの中からもはっきり見える。同時に、ジジジジジ、という耳障りなノイズの音も聞こえ始める。が、俺たちの方が早い!海上で閃光と炎とが膨れ上がり、撃ち砕かれた砲台の残骸が空へと舞い上がる。次いでトーチカの向こう、海岸線に展開しているエストバキア陸軍迎撃部隊の隊列で、同様の炎と黒煙とが膨れ上がる。激しく燃え盛るトーチカの真横を通り過ぎ、俺たちは上陸部隊よりも一足先に、アネア大陸への再上陸をついに果たした。そのまま内陸部へと突き進み、火線の合間を掻い潜り、敵地上部隊の頭上を駆け抜ける。

『エメリアの航空部隊を確認!……ケセドの連中か!?』
『うろたえるな!上陸部隊さえ潰してしまえば、恐れるものは何も無い。上陸艇への攻撃を継続しろ!!』
『――われわれエストバキア軍は、無益な抵抗を続けるエメリア軍残党に対し、これを徹底的に排除、殲滅する。これは全て、慈悲あるわれわれエストバキアからの再三の申し出にもかかわらず抵抗を続けよう……』

もうすっかりと聞き慣れてしまった、信憑性の無い罵詈雑言を流すだけのエストバキア軍によるプロパガンダ放送は、ガリガリガリ、という強烈なノイズと共に音声が途絶してしまった。まさか、戦闘に巻き込まれて無線基地が破壊されたのか?――いやいや、そんなことはないだろう。こういう馬鹿げた放送をしている奴らに限って、安全地帯でいけしゃあしゃあと言葉を垂れ流しているものだ。これはもっと異なる何か、だ――。と思っていたら、場違いの陽気なファンファーレが聞こえてきた。

『はーいはいはい、クソつまらない、中身も無い、教養も無い、センスも無い、きっと髪の毛も精力も無い、ナイナイ尽くしのプロパガンダ放送は、そ・こ・ま・で!!このチャンネルは、俺たち自由エメリア放送がただ今乗っ取った!!リスナーの諸君、今日はイカした日になりそうだぜ。エストバキアの奴ら、何やら大慌てになるようなビックでホットなイベントで頭が沸いてるらしい!!』
『――何だ、このセンスの無い、宙に浮きそうな放送は?海賊放送?』
「聞いたかエッグヘッド、ゴースト・アイの奴、自由エメリア放送をご存知ないらしい」
「これは少々問題ですね。愛国心が疑われてしまいそうです」
『――聞こえているぞ、タリズマン、エッグヘッド!軍用無線でチャンネルを合わせているんじゃない!』
「おいおい、連中がエストバキアの回線を今日は乗っ取っているんだろうが」

とか言いながら、タリズマンはしっかりとチャンネルを合わせている。自由エメリア放送。俺たちがバルトロメオ要塞の選挙に成功した頃から、時折ケセドでも聞くことが出来た海賊放送局である。陽気な言葉のマシンガンには何となく聞き覚えがある。俺の記憶と耳が正しければ、グレースメリア・ベイラインでパーソナリティを務めていたのではなかったか?周波数は常に不定、時折軍用回線にまで紛れ込んでくることがあるので、ある意味迷惑集団ではあるのだが、エストバキアのつまらない軍歌だらけのラジオに飽き飽きしていた兵士たちの間では秘かにファンが増え続けていた。俺もその一人だったが、今日の「放送」は、なかなかクール。戦闘中に聞くノリの良い音楽というのも捨てたモンじゃない。

『よし、海上トーチカが沈黙しているぞ。アネアの大地はもう少しだ、踏ん張れ!!』
『こちらストーム・スカーズ。アバランチ隊、支援に感謝。そろそろ仕掛けるぜ!』

ガルーダ2に率いられたカスター隊を除き、アネア上陸と共に各隊散開。上陸部隊の損害をゼロにすることは不可能だったが、可能な限りゼロに近づけることは不可能じゃない。オルタラ市の滑走路制圧が成功すれば、そこでの補給を行うことも可能になるかもしれない。周囲はとにかく敵、敵、敵。味方がいない分、俺たちにしてみれば気を使わずに攻撃出来る。第一撃で何箇所かのSAMポケットの壊滅に成功した俺たちは、「安全」とになった空域をさらに広げるべく、地上部隊に襲い掛かる。波打ち際に向かって進撃している戦車の一隊に狙いを定めたタリズマン、ミサイル発射。戦闘機のように逃げられない戦車部隊の横っ腹に、ミサイルが突き刺さる。火柱が立て続けに吹き上がり、戦車の姿が紅蓮の炎の中に没した。爆発を起こした一台の砲塔部は本体から転げ落ち、浜辺の砂に突き刺さる。人の形をした炎の塊も一緒に転がり落ち、そのまま炎を吹き上げる。コクピットの中に警告音が鳴る。海上部隊が捕捉していた敵戦闘機部隊が、俺たちの近くに到着した証明だ。コクピットから地上を見下ろせば、両軍の砲火の応酬は秒刻みでその濃度を増しつつある。空と海から支援を受けながら、上陸部隊が陸との距離を縮めていく。早く来い、早く陸へ!心の中でそう呟きながら、俺は友軍部隊に攻撃目標情報を飛ばしていく。何、いつも通りだ。俺に出来ることを、今は果たす。

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