アネア大陸上陸戦・中編
海岸線に沿って、炎と黒煙とが量産されていく。低空、上昇、高空、降下、攻撃、旋回、上昇。目まぐるしく高度が入れ代わり、目前に地表が迫る度に背筋に寒気を感じながらも、俺は優先攻撃目標の姿を捉え続ける。開戦序盤、沿岸を襲い続けていた艦砲射撃の雨は、既に鳴りを潜めている。油田施設の前面に展開したエストバキア海軍艦隊との戦闘が始まった結果であった。レーダーをワイドレンジに拡大すると、戦域を埋め尽くさんばかりに広がるエストバキア軍の布陣状況が良く分かる。航空部隊による第一撃は成功の範疇に入ってはいたが、エストバキア軍側の軍勢が当初の想定よりも多いため、予定よりは成果が薄まってしまったのが残念なところ。とはいえ、こんなことは開戦当時から今日まで「いつもの」事だ。予定に無い敵洋上戦力に遭遇したアバランチ隊は、隊を二分して施設攻撃と艦隊攻撃とに差し向け、巡洋艦マリーゴールドを旗艦とするエメリア軍艦隊との連携による挟撃体制を構築しつつある。航空戦力にとっては最大の脅威となるイージス艦に対して、早い段階で損傷を与えられたことも大きい。フェーズドアレイレーダーが真価を発揮するよりも早く浴びせられた砲撃とミサイルとによって、その敵艦は炎上中らしい。一方、俺たちは地上、海岸線に対する反復攻撃を継続している。とにかく、敵の数が多い。これは予想以上。自動小銃や無反動砲を構えている歩兵たちまで数えていたら、目が回りそうだ。さらに、全部を相手にするには弾薬が致命的に足りない。こうなると、指示はし易い。敵戦力が集まっている場所は、即ち火力の集中点。というわけで、俺もドランケンもいちいち目標を指定しているわけにもいかず、「敵車輌の集中ポイント、及びトーチカを狙え!」と伝えて、後は各機・各隊の判断に委ねている状況だった。
さすがにここまでの大規模戦闘ともなると、無傷とはいかないもの。ガルーダ隊が率いてきた一隊のうち、2機が地対空ミサイルの餌食となって既に墜落し、1機は中破相当の損害を被ってケセド島への撤退を余儀なくされていた。もっともその犠牲が活きて、俺たちの担当領域については対空脅威が大幅に減少してはいたけれども。そうなれば、後はとにかく上陸部隊にとっての脅威を可能な限り減じればいい。戦闘機の速度と比較すること自体が間違いであることは重々承知してはいたけれども、「その時」がとてつもなく先のような気がしてきて、焦燥感に駆られたくなる。
「ガルーダ1より、ワーロック!ランディングはまだか!?」
『――待たせたな。敵防衛ライン、突破!!各艦、上陸準備。援護射撃用ー意……撃て!!』
熾烈な砲撃と銃撃の雨あられを掻い潜った上陸艇が、一隻、また一隻と海岸に到達する。続けて、揚陸艦から飛び立った戦闘ヘリ部隊による援護射撃が降り注ぎ、直撃を被った敵車輌の車列が炎の塊と化す。敵の火線が弱まった隙を付いて、上陸艇からエメリア陸軍が勢い良く飛び出した。浜辺に降り立った戦車からは次々と砲弾が放たれる。反撃が襲い掛かる。砂浜を銃弾と砲弾とが埋め尽くす。銃撃を受けて仰け反った兵士の横を、姿勢を低くした別の兵士たちが自動小銃を構えながら突撃する。上陸が進むにつれエメリア側の攻撃は猛烈な嵐へと変わっていく。多少無謀とも取れる強行前進で敵戦力を排除した戦車部隊が、突撃点と突撃点とを巧みに繋いで、安全領域を拡大していく。その間に、まだ上陸艇の中にいる友軍部隊が続々と上陸を果たし、前衛部隊を盾代わりとして展開を進めていく。充分な戦力を有した一団が、さらにエストバキア軍陣地を侵攻していく。そうして拡大した突撃点を、さらに繋いで支配区域を広げていく。
『さあ、懐かしの我らが大陸だ。喜びを噛み締めろ!足に力を入れろ!行くぞ、GOGOGOGOGO!!』
『10時方向、敵ランチャー部隊確認!照準良し』
『ぶちかませ!撃てーーーーっ!!』
上陸しつつ部隊を編成し、支配拠点を確保するという荒業をやってのけたワーロック隊は、左翼をやや前進させつつ、敵さんの右翼側に攻撃を集中させていく。その狙いが、ワーロック隊の西側にランディング、隣接するオルタラ市の滑走路奪還任務を帯びたクオックス隊の支援にあることは言うまでも無い。クオックス隊の上陸を察知したエストバキア軍部隊は、敵の上陸を阻む前に、ワーロック隊の砲火に出迎えられる。荒っぽさならワーロック隊を凌ぐクオックス隊である。ワーロックが盾になってくれている間にまんまと上陸を果たし、とりあえず周辺の安全を確保するや否や、彼らの真骨頂たる強硬突破が開始された。
『待たせたな、イエロージャケット。クオックス全隊、オルタラ市に突っ込むぞ。続け!!』
『待ちくたびれたぞ、クオックス隊。こちらイエロージャケット。空港制圧に向かう特殊部隊を乗せた輸送ヘリを護衛する。ルート上の対空兵器を極力黙らせてくれ』
「ガルーダ1、エッグヘッド了解。タリズマン?」
「おう、分かってるぜ。アラモ隊は俺たちに続け。オルタラ方面の制圧だ」
『アラモ・リーダー、了解』
ワーロック隊の本格的な進撃が始まったことにより、ラルゴム・ビーチの地上戦は本格化した。両軍の車輌と兵員が入り乱れている状況では、真上から爆弾を放り込むわけにもいかない。ここで、俺とタリズマン、シャムロックとドランケンは一旦別行動となる。俺たちはこのままオルタラ方面の支援に向かう。シャムロックたちは引き続き海岸上空を確保しながら、敵防衛ラインの後方に対して攻撃を継続するという分担だ。
『じゃあな、タリズマン。後でオルタラの空港で会おう。先にコーヒーでも飲んでいてくれ』
『コーヒー豆の在庫があれば、な。グッドラック、ガルーダ2!』
俺たちに同行する隊が後方からちゃんと付いてきていることを確認しつつ、俺たちは一旦海岸の激戦戦域から離脱する。激突地点から西へ行った場所に上陸したクオックス隊は、毎度のことではあるが、俺の予想を超える進撃速度でまさに驀進中だった。彼らの前に立ち塞がったら最後、容赦なく炎の下で嘗め尽くされる羽目となる。一見何も考えていなさそうで、しっかりと「地上からの砲撃には弱い」対空兵器の類を殲滅せしめているところ、なかなか抜け目は無い。おかげで、俺たちの仕事が楽になる。
『ゴースト・アイより、全軍へ。上陸作戦は順調に推移している。このまま攻撃を継続しろ』
『……懲りずに我々エストバキアに対する無意味な攻撃を続けるエメリア残党に対し、我らは最早無慈悲で容赦の無い鉄槌を……』
『天使とダンスでもしていやがれ、プロパガンダ放送愛好会めが!このチャンネルは俺たちのオンエア中だって、言ってるだろうが!!ヘイ、俺たちは勇敢なる兵士諸君を、心からサポートするぜぃ。イヤッホーーーーーッ!!』
『こちらウォンド隊だ。遅くなっちまったが、これより電子支援を開始する。有効に活用してくれ。ついでに、自由エメリア放送もしっかり傍受中だ。聞きたい奴らは是非楽しんで欲しい。PEACE!!』
『なっ。……ええぃ、軍用無線をジャックしているのは連中か。くそっ』
ゴースト・アイの悪態に吹き出しそうになるのを堪えつつ、ディスプレイに注視する。クオックス隊が切り開いていくルートに向けて、洋上から接近しているのが、空港制圧作戦において主役となる制圧部隊とその護衛のイエロージャケット隊だ。クオックスの突撃開始を確認したワーロック隊は、敵の側面からの攻撃を仕掛ける一隊と、正面から激突する一隊とに分かれ、敵右翼から中央部へと猛攻を仕掛けている。クオックスの進行ルート近辺の敵は、正直彼らに任せておいても支障は無い。迂闊に手を出すと、驀進する彼らの邪魔になってしまいそうだ。
『しまった……!サーベラスよりガルーダ1、敵機、数は2、そちらに抜けた!頼めるか!?』
「こちらエッグヘッド、9時方向から接近する敵機を確認。機種は……TND-GR4」
「タリズマン、了解。……仕方ねぇ。アラモ隊は先行して、空港近辺の掃除を徹底しろ。その後はイエロージャケットの護衛に就け。小うるさいハエを叩き落したら合流する。任せたぜ」
「エッグヘッドよりアラモ隊、海岸線のようなSAMポケットはありませんが、対空砲が多数確認出来ます。低空侵入時は細心の注意を!」
『丁寧なナビゲーション、助かる。行くぞ!』
タリズマンが操縦桿をぐいと引き上げる。そのまま低空を直進していくアラモ隊の編隊と分かれて、急上昇。充分な高度を稼いだところで水平に戻す。すぐさま180°ロール。敵機よりも少し上空に駆け上がった俺たちの「頭上」を、ウインドホバーとレッドアイの迎撃を突破した敵が通り過ぎていく。連中の行く先には、クオックスとイエロージャケットがいる。俺たちの愛機F-15E同様に、対地攻撃も対空攻撃もこなすTND-GR4は充分過ぎるほど危険な相手であった。この距離では確認出来ないが、その翼には対地ミサイルか爆弾がぶら下がっているのことだろう。視界が上から下へと急反転。Gリミッタを解除してスプリットSをかませたタリズマンは、愛機を加速させながら敵機の背中の上へと圧し掛かるように降下していく。
『後方……上空、至近!敵だ!!』
『うろたえるな!たかが1機だ、挟撃して潰すぞ!!』
だがタリズマンは敵に反撃の暇を与えるつもりは無い。編隊を解こうとした敵部隊のすぐ後ろまで近付き、一方の敵機の針路にこちらの挙動をシンクロさせる。まんまとこちらの射線上に自らの機首を晒してしまった敵機は、容赦ない機関砲弾のシャワーを満遍なく浴びる羽目となった。言葉にならない断末魔の悲鳴は、ブツッという音と共に途絶する。多数の直撃弾を被った敵機がバランスを崩し、右斜め方向へと高度を下げていく。僚機の復讐とばかりに、こちらにレーダー照射を浴びせてきた敵機の射線上から逃れるように急旋回。こちらの先ほどまでの予定針路上を、敵機が速度を増しながら通過していく。ぐるりと機体を捻り、反対方向へと急旋回、加速。再び対地攻撃態勢を取らせないように、MAAMのレーダーロック開始。敵機、回避機動。なかなか勘が良い。敵機の反対側に回り込むように旋回しつつ、ほぼヘッド・トゥ・ヘッド。敵の固定武装は、確か27mmだったか?射程距離に入ったところで、双方の機関砲が火を吹いた。
コンマ数秒の射撃後、タリズマンは機をバレルロールへと入れる。至近距離を敵の火線が通り過ぎ、次いで敵機本体が通過した。衝撃と轟音が機体を揺さぶるが、それは敵も同じだろう。どうやら命中弾無し。こちらの損害も無し。ロール途中の機体をもう一度横へと回し、タイミングを取ったように急旋回。反対方向へと旋回を図る敵機と航跡がクロスする。こちらを振り切らんと右へ、左へ、旋回を繰り返す敵機に追いすがる。焦れて耐え切れなくなったほうが、負け。その点、タリズマンは滅茶苦茶タフだ。それに付いていける俺も同レベルのようだが、タリズマンのそれは間違いなく俺の遥か上だと思う。
『ケセドの敵……F-15E……そうか、こいつが噂の奴だったか……!』
耐えられなくなったのは、敵が先だった。左右の機動から、敵機が上昇へと転じようとする。敵の動きが単調なものになった瞬間、ロックオンを告げる電子音がコクピットに鳴り響く。母機から切り離されたSAAMが炎を噴き出しながら敵機に迫る。上空へと駆け上がらんとした敵機は、しかし振り切れない。機体の至近距離で近接信管が作動し、ミサイルは炎の塊へと姿を変えた。高速で撒き散らされた弾体片は、鋭いナイフと化して敵機の後方部を切り刻んでいく。垂直尾翼が引き裂かれて弾け飛び、無数の切っ先で切り裂かれたエンジンが黒煙を吐き出す。惰性でしばらく上昇を続けたものの、最早戦闘能力は残されていなかった。キャノピーが弾け飛び、やがて白いパラシュートが戦場の空に花開く。2機撃墜。周囲に敵影なし。オルタラ市周辺に素早く目を走らせる。先行したアラモ隊、オルタラ市内に侵入。指示通り、対空攻撃網を重点的に攻撃継続中。クオックス隊の進撃速度、変わらず。レーダーレンジを拡大。……来た。内陸部から、新手の敵戦闘機部隊の飛来を確認する。
「タリズマン、1次方向、敵の新手です。オルタラ市北方から、敵戦闘機多数接近。機種は不明」
『ゴースト・アイよりガルーダ1、こちらも認識している。F-14D、トムキャットだ。迎撃出来るか?』
「おいおい、多勢に無勢だろうが」
『分かっている。ゴースト・アイより、レッドアイ、ソルティードック。ジュニアとビバ・マリアを支援に回せるか?』
『まあ、何とかなるだろう。ジュニア、ビバ・マリア、ガルーダ1の指揮下に入れ。ブラッディマリーとマルガリータは俺に続け。マリーゴールド方面に向かった奴らを叩き落す』
『了解した』
『――了解!』
『こちら艦隊旗艦マリーゴールド。アバランチ隊のおかげだな、敵艦隊が浮き足立っている。遠慮なく攻撃を叩き込め!!』
ウインドホバー・レッドアイの二隊は、これまで戦域のやや高空にポジションを取り、敵航空戦力による地上・海上攻撃を食い止める壁として奮戦し続けている。もっとも、マリーゴールドを旗艦とする艦隊戦力は、マリーゴールド自身がイージスシステムを搭載していることもあり、航空機にとっては鬼門であった。取り漏れが皆無とはさすがにいかなかったが、彼らの手で葬り去られた敵機は決して少なくなかった。だからこその、増援部隊ということなのだろう。だがオルタラ方面には、イエロージャケットが向かっている。敵地上部隊からは恐れられている彼らといえども、戦闘機相手ではあまりに分が悪い。だから、食い止めるしかない。ジュニアのF-16C、ビバ・マリアのミラージュが後方から付いてくる。進撃中のクオックス隊を追い抜き、オルタラ市へ侵入した俺たちは、空港施設の屋上に設置されていた対空ミサイルと対空砲に向かって、AGMを発射。浴びせられた弾幕を回避し、機首を引き上げて上空へと駆け上がる。目標に到達した対地ミサイルは、それぞれの目標点に到達、炸裂する。炎と爆風のサイクロンが吹き荒れ、吹き飛ばされた残骸が誘導路の周辺に転がっていく。これでAGMの残弾、ゼロ。多少は身軽になった愛機はぐいぐいと速度を増しながら、高度を上げていく。
『おや……?一台、突出していきます!敵陣地に向けて一台突出!!』
「んだと……?誰の車だ、この俺を差し置いて突出してんのは?』
『マクナイト軍曹です!!』
快調な進撃を続けるクオックス隊の左翼の一団が、レーダー上で見るだけでも、明らかに突出しているのが分かる。その先頭を突っ走る戦車に引きずられて、一団が前へ前へと進んでいるような状況。幾度かの戦いで共闘した今、この後に起こる展開が読めてしまい、俺は首をすくめた。
『マクナイトの奴、しみったれた顔していた割には、随分と勇敢じゃねぇか。この俺を差し置いて吶喊するたぁ、いい度胸だ。よし……全軍、マクナイトの野郎に遅れを取るな!!突撃だ!!オルタラの滑走路まで全力で突っ走れ!!邪魔する奴らは遠慮なく押し倒せ!!』
『ああっ!畜生、マクナイト軍曹の馬鹿野郎!!隊長車吶喊!!隊長車吶喊!!遅れを取るな、行け行け行け行けーーーっ!!』
「また始まったか、クオックスの悪い癖が。ま、あの様子なら任せられそうだな、エッグヘッド?」
「クオックス・リーダーの上を行く戦車乗りがいるとは思いませんでしたけどね。それより、敵機前方、針路変更なし。ガチンコで来ます!」
『ビバ・マリアよりジュニア、外すなよ?』
『分かってら!ガルーダ1、先行する!!』
レッドアイの二人が俺たちの前に出て、MAAMを放つ。俺たちの前方からやってくる敵機は合計8機。一度に全部を料理するのは無理としても、半分は抑えねばならない。俺たちにとって有利な条件といえば、地上の電子戦部隊による支援を受けられる、ということだろうか。ヘッド・トウ・ヘッドで放たれた攻撃を回避すべく、敵機は二手に分かれてブレーク。さらにミサイルが向かった一隊は、完全に編隊を解いて回避機動へと転じる。敵編隊の中に突入したミサイルが炸裂。オルタラの空に火の玉を出現させる。ジュニア、ビバ・マリア、突入。ミサイルの爆発を至近距離で被った敵機が、錐もみになって落ちていく。こちらは、無傷で戦域に到達した4機に襲い掛かる。可変翼を畳んで飛行する敵編隊の真横から接近し、背後にへばりつくと共にレーダーロック開始。既にMAAMは撃ち尽くし、俺たちにはSAAMしか残っていない。ロックオンまでの時間が鬱陶しいとばかり1発を放ったタリズマンは、強引に敵編隊の只中へと突入する。ミサイルに狙われた1機が回避機動を取り、編隊から離脱。残った3機の最左翼の機に対し、斜め後ろからすれ違いざま、タリズマンは機関砲弾を叩き込んだ。敵機の針路を予想して、その鼻先へと叩き込まれた銃撃は、敵機の右インテークからエンジンのタービンブレード辺りまでに殺到する。穿たれた弾痕から黒煙を吐き出した敵機は、さすがに僚機との編隊飛行を維持出来ず、低空へと逃れていく。敵部隊、ブレーク。こちらを優先目標として選択してくれたらしい。先ほど放ったミサイルは命中せず。回避機動を取っていた1機を含め、3機が俺たちの当面の相手となる。
『バステト3、撤退しろ。バステト2、4は俺に続け』
『たかが1機で挑んでくるとは、無謀な奴め。エストバキア空軍の実力を思い知らせてやる!』
『くそっ!バステト7がやられた!!』
こちらが手出し出来ないアウトレンジからミサイルによる波状攻撃を徹底されていたら、タリズマンといえども苦戦を強いられていただろうし、間違いなく「イの一番」で離脱を図っていたに違いない。しかし、タリズマンもそうやすやすと敵に有利な環境を作らせるつもりは無かったし、1機がドッグファイトで撃墜されたことが、彼らのプライドを著しく傷付けたらしい。高速時は鋭角に畳み込まれる可変翼が、今は真横に開かれているのが肉眼でも分かる。どうやら、同じ土俵で戦ってくれるつもりらしい。大柄の胴体の割に高い機動性と安定性は、あの強烈な印象を与える可変翼によってもたらされていると言って良い。無骨なデザインの愛機に比べると、一般的に人気が高いのも頷ける。三方に敵機。斜め上から殺到してきた1機の攻撃をかわす。タリズマン、Gリミッタ解除。来るぞ、と身構えるや否や急旋回。ただし、先ほど抜けた敵機ではなく、右前方斜め下から仕掛けてくる敵機の真正面に機首を向ける。相対速度が速過ぎる。ミサイルは使用不可。旋回とローリングの反動で、敵の姿が視界をブレまくる。タリズマン、ガンアタック。敵機からも機関砲弾が飛来する。ビシッ、という鋭い音が聞こえた直後、2機は互いの腹をすり合わせそうな至近距離ですれ違い、互いの機体を揺さぶった。
「食ったか?損傷は?」
「確認中――特に支障なし」
『おおっしゃあーーーっ!1機撃墜!!』
『気を抜くな、ジュニア!次のが来るぞ。2時方向!!』
『バステト2、バステト2、応答しろ!どうした!!』
『くそっ……デュコヴァクがやられた、操縦不能!!……脱出する』
見える範囲で機体を目視で確認するが、明確な損傷部は確認出来ない。尾翼、主翼共に問題なし。胴体部を掠めた可能性もある。いずれにせよ、戦闘が終わってからの事だ。アネア大陸に再上陸を果たした全軍が奮闘を続ける状況下、タリズマンも今日は随分とやる気らしい。コクピットに一撃喰らってコントロールを失った先ほどの敵機になど目もくれず、早くも残りの敵の姿を追っている。数の優位を活かす前に損耗した敵部隊の残りは4機。最早、こちらとの絶対的な差異は無い。まして、連携しているのはジュニアとビバ・マリアの二人だ。そのビバ・マリアが、乱戦状態になった空域を切り裂くように突入してきた。後ろには、彼女たちが引き受けていたF-14Dを引き連れている。躍起になってミラージュを追う敵機がこちらの戦域に飛び込んだことで、別の2機は戦法の変更を強いられることとなった。その隙に、一旦距離を取り、反転。今度はジュニアたちと敵機との乱戦が始まった戦域に突入。空に複雑に刻まれたヴェイパートレイルの幾何学的な紋様を吹き飛ばし、アフターバーナーの炎が空に煌く。敵機の位置を把握しつつ、地上攻撃に当たっている部隊の戦況を別画面で把握し、頭に入れる。じわり、じわり、と、エメリア軍による占領区域が拡大している。もう少し、もう少しで、俺たちは帰るべき大地への橋頭堡を確保出来る!
全く以って、空の奴らは働きまくるのがお好きらしい。安全なランディングどころか、一つ間違えれば海上で全滅、海の藻屑、犬死直行コースと覚悟したラルゴム・ビーチの上陸は、無謀としか思えない戦闘機の超低空からの奇襲攻撃とその後の猛攻で、すっかりと戦況が一変してしまった。まあそのおかげで、俺たちは突っ走っているわけだが――戦車の狭い車内で、マクナイトは苦笑を浮かべた。もっとも、彼も失念していたことがある。それは、彼らが配属されたクオックス隊が、ケセド島で再編された陸上部隊の中で、最も勇敢で、最も無謀で、最も血の気の多い師団であったということだ。おかげで、とりあえずは率先して突入し、乱戦状態になった頃を見計らってコッソリ離脱、以後は潜伏してグレースメリアへと向かう……そんなマクナイトの計画は失敗に終わった。それどころか、彼らの突出に刺激された全軍が我先にと競って走り出す始末。想定外の進撃速度に、防衛ラインを構築することもままならず、エストバキア軍は突き崩される格好となってしまっていた。気がつけば、潜伏を図るどころか、オルタラの滑走路のフェンスをなぎ倒して空港に侵入、抵抗を続ける敵部隊と最前線で相対していた。
『イエロージャケットより、クオックス隊!特殊部隊の突入が始まった。これより俺たちは支援に回る!ミサイルの巻き添えにだけはなるなよ!?』
『そっちこそ、俺たちの頭の上に落とすんじゃねぇぞ、物騒なものをよ!』
『クオックス、イエロージャケット、聞こえるか!?こちらワーロック隊。敵迎撃部隊、壊滅寸前。これより左翼部隊を支援に回す。一気に畳み掛けろ!!』
『ありがてぇ!恩に着るぜ、キャンベル!!』
滑走路上の戦いは、いよいよ激しさを増していく。そんな中、マクナイトは格納庫の中から敵戦闘機が姿を現したことに気が付いた。型式は……F-16系か?そしてその翼には、しっかりと対地ミサイルが搭載されている。畜生め、この期に及んであんなのを出してくるとは、エストバキアも大概に人が悪い。
「ドニー!少しの間で良い、車を前に出せ!」
「正気かマクナイト!?十字砲火を浴びちまうぜ」
「爆装した敵戦闘機が出てきやがった。吹き飛ばさなければ、もっと痛い目を見る。1分でいい!!」
「ああもう……おらよっと!!」
たちまち、装甲を跳ね返る小銃の弾の音が車内にも聞こえてくる。ホブズボームに指示を出し、マクナイトは「獲物」への狙いを定めた。離陸前のタイミングで、嫌でも敵機は速度を落とさざるを得ない。その隙を突いて、落としてやる。戦車砲の味なんて、奴らが味わうことは滅多にないだろう。来い……早く来い……。誘導路から滑走路に入り、敵機がゆっくりと方向を変えていく。好機!!
「今だ、撃て!!」
ズン、という振動と共に主砲発射。次弾装填、改めて発射!炎の塊のように目標へと飛来した砲弾は、エンジン回転を上げてまさに加速を始めようとした敵機の目前に着弾、炸裂した。唐突に出現した爆発の衝撃により、真上へと跳ね上がった敵戦闘機を掠めて、第二弾が到達する。こちらは左後ろから離陸しようとしていた敵機をまともに捉え、一瞬でその機体を炎に包み込んだ。「敵機」撃墜!マクナイトがほくそ笑んだのも束の間、主砲発射とは異なる衝撃が愛車を襲い、衝撃で体を激しく揺さぶられた。
「これ以上は無理だ、マクナイト!一発食ってる!!」
「マクナイト、砲塔損傷。危険だ」
「ちっ……まあいい。機会はこれから先いくらでもあらあ。ずらかるぞ!!」
幸い、エンジンや足回りは無事らしい。ただし、砲塔が回らない。カンカンカンカン、と装甲を叩く攻撃音が聞こえてくる。スモークディスチャージャーを素早く射出。煙幕が膨れ上がって車体を覆い隠していく。うまい具合に風も収まっている。火線が弱まった隙に、煙にまぎれてそこはうまくドニーが立ち回り、至近距離にいた敵の死角へと飛び込み、難を逃れることに成功する。とりあえず、一息というところか。
『戦闘機撃墜たぁ、滅多にない戦果だな、マクナイト?喰らったみたいだが、無事か?』
「砲塔損傷、戦闘継続は可能ですが、最前線は厳しいですな」
『今日はもういいだろ。後方からの支援攻撃に回れ。もうちっとで、ここの敵は壊滅する』
「了解」
クオックス・リーダーの言葉の通り、今やオルタラ市に展開しているエストバキア軍は、連携もままならず、各個撃破の憂き目を見るか、各隊の判断での撤退を強いられつつあった。既にコントロールタワーを含む、空港の主要施設内では、突入した特殊部隊による制圧作戦が進んでいるのだろう。おまけに空からは「黄色い悪魔」が睨みを利かせている。エストバキアの連中にしてみれば、たまったものではないだろう。勝ったな、という感触は、やがてマクナイトたちの確信へと姿を変えつつあった。敵の火線がどんどん細くなり、絶えていく。エメリアの勝利を、上陸部隊の兵士たちの多くが確信していたに違いない。AWACSからの一報を、その耳で聞くまでの間は。
『ゴースト・アイより、全軍に告ぐ。敵増援部隊の接近を確認。繰り返す、敵増援部隊の接近を確認した!!』
「天使舞う空、駆け抜ける鉄騎」ノベルトップページへ戻る
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