アネア大陸上陸戦・後編
戦闘は継続しているというのに、翼の下にぶら下げたミサイルも、燃料も満タン状態というのは不思議な感覚だ。イエロージャケットに護衛され、空港主要施設に侵入した特殊部隊と、破竹の勢いで防衛部隊を散々に蹴散らして空港に殺到したクオックス隊の活躍により、オルタラ市と空港はエストバキア占領下の都市としては恐らく初めて、アネア大陸において解放された街となった。おかげで、俺たちは大半の施設に損害を受けることなく済んだ滑走路に降り立ち、敵の燃料を分捕っての補給を行うことが出来た、というわけだ。幾重にも黒煙がたなびき、地上部隊によって「撃墜」された敵戦闘機の黒焦げの残骸が脇に転がっている滑走路に着陸した俺たちは、突貫作業での補給を受けて再び飛び立ったのだ。

クオックス隊によるオルタラ市解放、さらにワーロック隊による敵中央部隊の撃破によって、ラルゴム・ピーチ周辺のミリタリーバランスは完全に崩れた。三方面で最も苦戦していたのはマリーゴールド率いる洋上艦隊であったが、これは当初予期していなかったエストバキア海軍艦隊との衝突を強いられたためであって、2隻が中破、2隻が小破したことに対し、敵艦隊が事実上壊滅している結果からすれば、十二分な戦果を挙げたと言っても過言ではないだろう。油田施設の向こう側、海岸線からの遠距離攻撃もマリーゴールドが陸への接近を避けていた理由の一つであったが、中央部隊を撤退に追い込んだワーロック隊によって、海岸線の砲撃陣地は散々に蹴散らされ、敵戦力は殲滅した。こうなると悲劇だったのは油田施設上に留まった戦力であり、陸海空三方からの攻撃に晒されて一つ、また一つと沈黙していった。そんな時だった。エストバキア軍の大規模な増援部隊がラルゴム・ビーチに接近中の報告が全軍に伝えられたのは。

「やれやれ、オルタラで補給が出来た分俺たちはマシだが……どうだ、敵の状況?」
「レーダーが真っ赤っ赤。航空戦力、地上戦力、共に多数って奴です。最初に展開していた防衛部隊とほぼ同程度ないしは、若干少ないという規模に見えます」
『ワシも同見解じゃよ。特に航空部隊は厄介かもしれんのぅ』
『地上部隊の補給が間に合ってくれればいいが……対地ミサイルを積んでくるべきだったか』

もっとも、AGMの補充は望むべくも無かった。複雑な仕組など持たない爆弾を積んでくる選択肢もあったが、俺たちは2機とも対空兵装フル装備で再出撃している。補給を終えて俺たち同様に再出撃した隊、作戦後半から戦線に加わった隊とがそれぞれ編隊を為し、ラルゴム・ピーチ上空に布陣する。陸上部隊は陸上部隊で、再戦に備えた編成を急ピッチで進めている。移動不能、或いは戦闘不能となった車輌のうち再利用が可能と見られる車体の回収を進めつつ、負傷した兵士たちが運び込まれていく。敵部隊が海岸に到達してしまえば、火力において圧倒的に劣勢な上陸艇たちの出番はまず無い。逆に言えば、彼らの脱出を支援するためにも、極力早い段階で敵の足止めをする必要があった。オルタラ方面から合流したクオックス隊と連携しつつ、ワーロック隊が迎撃体制を整えていく。

『ゴースト・アイより、全軍に告ぐ。敵航空部隊多数、地上部隊及び洋上艦隊に向けて接近中だ。敵の中にはA-10のほか、ガンシップも含まれている模様。全航空部隊、地上部隊の脅威となる目標を最優先で排除しろ。容赦はいらない、叩き落せ!!』
『ワーロック・リーダーよりクオックス・リーダー、いつも通りに頼んだぜ』
『へっ、分かってるぜ。その代わり、ミスったら化けて出るからな、キャンベル?』
『フィッツジェラルドがいたら、もう少し楽が出来るんだがな。航空部隊、もう一踏ん張り、支援を頼む』
『任せろ。ウインドホバー隊、エンゲージ』
『ブラッディマリー、マルガリータ、ボーナス・タイムだ。行くぞ!!』
「シャムロック、ビバ・マリア、ジュニア!弾の出し惜しみはするな。確実に仕留めろ。目標選定は各自の判断に任せる。来い!!」

俺たち同様に突貫作業の補給を終えているウインドホバー、レッドアイの二隊に続き、既に地上部隊の頭上を飛び越えて戦域に侵入してきた敵航空部隊へ襲い掛かる。敵部隊の中に一際低い高度を飛行する重武装のA-10を確認すると、タリズマンはその側面から背後を取る針路に愛機を乗せる。シャムロック機も追随。ビバ・マリアとジュニアが、2機のフォロー。敵にその姿を晒すこととなる俺たちへの接近を拒むため、敵を牽制にかかる。敵機、俺たちの腹の下を通過。通常の戦闘機のようにアフターバーナーを焚くことは出来ないが、あの大きな図体とは裏腹に高い機動性は、決して侮ることが出来ない。斜めに滑り降りるように後背に付け、狙いを定める。MAAMのミサイルシーカーがHUD上に表示され、目標選定にかかる。ロックオン。FOX3!俺たちとシャムロック機から発射されたMAAMが、ぐんと加速しながら目標めがけて突進していく。危険を察知した敵機も回避機動を既に開始している。急旋回にかかるもの。超低空へと降下していくもの。いくつかのグループに分かれてやり過ごそうとしたA-10部隊に対し、ミサイルの群れが突入していく。連続して火球が膨れ上がる。直撃を喰らった2機が、炎に包まれ、機体構造を一瞬ごとにばらばらに引き千切られて四散。低空へと逃れようとした1機は、至近距離で炸裂したミサイルによって垂直尾翼を吹き飛ばされ、そのまま地上へと激突。翼にぶら下げていた爆弾の誘爆も加わって、大爆発。さらに2機も機体に損傷を負っていたが、なおも進撃を続けようとしていたところに、シャムロックがトドメを刺した。

こちらは、辛くも攻撃を回避した機の始末に向かう。驚いたことに、敵パイロットは劣勢を覚悟のうえで立ち向かってきた。スナップアップから急上昇、こちらに鼻先を向けた敵機の30ミリが火を吹く。「タンクキラー」の異名を取るかの機の攻撃力は半端なものではない。牛乳瓶に匹敵するサイズの機関砲弾を食らった日には、人間の体など跡形も無く吹き飛ぶのが相場だ。ただし、当たれば、だ。機体をロールさせて射線上から外しつつ、すれ違い様にタリズマンが機関砲を叩き込む。敵機の胴体に火花が飛び散るのが見えるや否や、ごう、という轟音と共にその巨体が俺たちの至近距離を掠めて通過していく。

「ガンアタック命中!」
「いや、まともなダメージになっていねぇ。こういう時は厄介だな、あの頑丈さはよ」

俺たちの後方へと抜けた敵機は、薄い煙を引いてはいたものの空に健在。さすがはA-10。前世紀の大戦で活躍したエースパイロットの協力も得て設計された「対地攻撃の要塞」は伊達ではない。先ほどの機と連携していたもう1機に狙いを定めたタリズマンは、今度は最初からミサイル攻撃を選択する。こちらの追撃から逃れんと、翼を立てて急旋回、右方向へと流れていく敵機。機をバンクさせつつその後に続き、レーダーロック……ロックオン!強引な急旋回で振り切ろうとする敵機に対し、頭上から覆い被さるようにSAAMが飛んでいく。敵機、反対方向へとロールして急旋回。その機動に呼応して針路を変えたミサイルは、主翼の至近距離に到達して炸裂した。無数の弾体片によって堅牢な構造が引き裂かれ、左主翼が真ん中から引き千切られるようにしてもぎ取られる。さらには尾翼、左エンジン、胴体部にも多くの損傷を受けた敵機が、バランスを崩しながら高度を下げていく。もっとも、あれが軽量戦闘機などであれば、既にジ・エンドのはず。僚機の名を呼ぶ交信が聞こえてきたと思ったら、先ほどの敵機が再びこちらに襲い掛かってくるところだった。タリズマン、ヘッド・トゥ・ヘッドで敵を出迎える。敵の挑戦を真っ向から受ける気か――!!

肉眼でもはっきりと敵の姿が捉えられる距離まで近付くや否や、タリズマンがGリミッタ解除。何をするつもりか、と聞く間もなく視界が回り、強烈なGが体に圧し掛かってきた。持って行かれそうな意識を歯を食い縛って何とか保ちつつ、目を見開く。どうやら真っ逆さまになった姿勢から、機首を地上に向けた状態になっているらしい。赤い火線が目の前の空間を貫いた次の瞬間、タリズマンがトリガーを引き絞る。火線に続けて目の前を横切ろうとしていた敵機は、真上からシャワーのように機関砲弾を再び浴びる羽目となった。呆れるように頑丈な装甲は、こちらの攻撃に穴を穿って対抗したが、その途中にあったコクピットのキャノピーは別だった。パイロットの頭上から飛び込んだ機関砲弾は、一瞬のうちに彼の体を引き裂き、血煙に変えた。操縦者を失った敵機は、そのままの姿勢、推力を保ったまま、空を漂流し始める。

『エメリアの軍勢は疲弊しきっている。一気に打ち倒してしまえ!!二度と我々に抵抗する気を持たないようにな!!』
『くそ……確かにこっちは疲弊しちゃいるがな。だからといって、引く気などさらさらないぜ。ここが正念場だ。踏ん張れ!!』

地上の戦いも熾烈さを増していく。無傷弾薬満載の敵増援部隊に対し、こちらの陸上部隊は既に満身創痍、弾薬欠乏状態。炎の応酬が再びラルゴム・ピーチを覆い始め、砲弾がえぐった砂浜には、深いクレーターが穿たれていく。遮蔽物の少ない海外戦では、下手をすると七面鳥撃ちになってしまう。そのリスクを少しでも下げるため、ワーロック隊はエストバキア軍の構築した陣地やその残骸を利用しつつ、敢えて敵増援部隊の進撃を正面から出迎えていた。これは勿論、突撃魔のクオックス隊による奇襲攻撃を成功に導くための時間稼ぎである。が、エストバキア軍増援の中央部隊が気がつかないうちに、地上軍にとってはさらに「恐ろしい」攻撃が敵右翼部隊に降り注ぎつつあった。イエロージャケット隊に属する戦闘ヘリ部隊による猛攻が、敵戦車部隊に仕掛けられていたのである。AGMやロケット弾を満載した攻撃ヘリ部隊は、地上軍の脅威となる重装戦車や火砲を集中的に狙って叩き込んでいく。そうして鈍った敵の横っ腹に、クオックス隊という強力な楔が打ち込まれる。

『クオックス・リーダーより、全車、突撃、突撃ィィィィ!!どうせ前も横も敵だらけだ。空になるまで撃ちまくれ!!』
『隊長車前進!遅れを取るな!!それから航空部隊、上にでっかいガンタンクが浮いてる。あれ何とかならないか?』
『ウィルコ。こちらラナー、ガンシップは私が狙う』
『サーベラス了解!安心して吶喊しな』

空の戦いも激しさを増している。攻撃機の被害が看過出来るレベルを超え始めたことを察知した敵航空部隊が、上空で支援に就いている俺たちを優先目標として攻撃し始めた結果だった。敵の攻撃をかわし、逆に追撃し、叩き落し、次の目標へ攻撃を仕掛ける。炎と煙で飽和し始めた空を、俺たちは所狭しと駆け回る。マリーゴールド艦隊支援に就いていたアバランチ隊や、補給を終えたカスター隊も合流。まさにケセド方面隊の航空部隊総出で、敵航空部隊を歓迎している状況となる。俺たちにとっては幸いなことに、敵艦隊・油田施設の制圧を完了したマリーゴールド艦隊が、イージス艦を中心に航空支援網を敷いてくれている。迂闊に近寄れば、容赦なく対空ミサイルの餌食になることを恐れ、敵航空部隊の足は実際に止まり気味。3機ほどF-14Dが叩き落とされて以降は、油田施設方面にはなかなか敵が近寄らなくなっている。これは好都合。その分、ワーロック隊の展開している戦域の頭上が、空の戦いの激戦区となってはいるが、目標を至近で確認しやすい分、俺にとっては楽かもしれない。もっとも、火を吹いた戦闘機が頭の上から落ちてくることには、地上部隊の兵士から容赦の無いクレームが飛んでくるわけだが。

乱戦状態となった戦域の中で、既に俺たちも編隊を解き、個々に目標を選別しては攻撃を繰り返している。乱戦空域を突破して、マリーゴールド艦隊に向かって突撃を敢行しようとした一隊を追って油田施設付近まで出張ってきたけれど、既にそこはマリーゴールド艦隊の網の中。イージス艦から放たれた対空ミサイルの狙いは正確。結局こちらが手を出す間もなく、敵部隊は海の藻屑と化してしまった。これなら初めからマリーゴールドの上でやりゃ良かったな、とタリズマンが冗談を飛ばす。全くですね、と応じようとした次の瞬間、俺たちのすぐ真下にあった製油施設の一つが爆発を起こした。猛烈な勢いで膨れ上がる炎と煙を回避。レーダーモードを切り替えている間に、新たにもう一つの施設が炎に包まれた。爆発の衝撃で吹き飛んだクレーンや上部構造が、バラバラと着水して水飛沫を上げていく。

Burning Fire 「こちらガルーダ1、タリズマン!製油施設が吹き飛んだ。延焼でもしていたか?」
『ストーム・スカーズより、オールステーション。B隊が制圧した施設が丸ごと吹き飛んだ。生死は確認出来ない!』
「タリズマン!敵機確認、至近距離!!超低空、9時の方向です!!」

ショートレンジに切り替えたレーダー上、製油施設を隠れ蓑にするかのように超低空で飛行する敵の一団が映し出される。3機編隊を組んだまま、各機から新たにミサイルが放たれる。対抗する術など持たない製油施設がまた一つ、紅蓮の炎に包まれる。肉眼でも敵影を確認。そのまま低空を維持しつつ、針路をマリーゴールド艦隊へと向ける。本命はそっちか!!

「させねぇよ。シャムロック!マリーゴールド方面、敵の新手を確認!"対等な"戦いが出来そうだ、合流しろ!」
『シャムロック了解。――なるほど、手強そうだね、これは……』

タリズマンがMAAMによる追尾を仕掛けようとするや否や、敵機は呆気なく編隊を解いた。三方に分かれた敵の姿を見て、俺は思わず息を飲む。タリズマンが「対等な戦い」と言った意味を、遅ればせながら理解した。超低空から戦域に侵入、製油施設に対するミサイル攻撃を着弾させた敵機の姿は、どうやら俺たちの愛機と同型らしい。F-15Eの3機編隊はこちらの接近を認識し、矛先を切り替えてきた。敢えて高度を落としたこちらに対し、2機は同高度を旋回しながら、1機はインメルマン・ターンで上から仕掛けてくる!攻撃を受けて燃え盛る製油施設の残骸を盾にしながら旋回、敵の射線上から逃れていく。

『どうやら、こいつがケセドの悪魔らしいな。ガルーダ、とかいったか?ここで潰すぞ、油断するな!』
『了解!』
『残念だったな、エメリアのエース。ここがお前の墓場だ』

高度を上げるのは今は自殺行為。勢い良く愛機を振り回しつつ、素早くバンクを切り替えながら製油施設と製油施設の間をタリズマンがすり抜けていく。後ろで見ているこっちは、まるでジェットコースターにでも乗っているかのような気分。背筋がゾッとするような警報音に振り返れば、後ろについた敵機から白煙を噴き出したミサイルが迫ってくるところだった。急旋回で針路を大きく変えたタリズマンは、激突スレスレの高度で製油施設の上を飛び越え、そして攻撃を受けて燃え上がる一つの上を越えるなり、さらに高度を下げた。俺たちの後ろに付いて来ていたミサイルの影が、レーダー画面から消える。その代わりに、炎と黒煙とが勢いを増して膨れ上がった。洋上トーチカの残骸の合間を抜けて、距離を稼ぐ。と、視界が下から上へと急激に変化。機首をスナップアップさせ、インメルマン・ターン。俺たちの後方から追っかけてきた敵機と相対する。互いに黒煙の中に突入するが、攻撃の機会をうかがうことは出来ない。こちらも施設と施設の合間を高速ですり抜けつつ、低空で旋回。敵に狙いを絞らせない。

「どれ、いっちょ楽しいことをしてみようか」

シャムロック機がこちらに急行していることを確認するが、まだ間に合わない。どちらかと言えば守勢。向こうもどうやらエース級の腕前とみた。が、それは前席のタリズマンのハートに火をつけるだけのことだ。俺たち同様に低空を駆け回る敵機の一つに目標を絞ったタリズマンは、盾としている油田施設の一つから飛び出し、ヘッド・トゥ・ヘッドの態勢。ガンアタックかミサイルか。かなり近い距離から強引に前方に突入したので、双方ミサイルでの捕捉・攻撃は困難となる。フェンシングに通じるようなガンアタック勝負を挑む気か。彼我距離がみるみる間に縮まり、ガンレティクルに敵の姿が飛び込んでくる。と思いきや、姿勢が軽く前方に沈み込んだ。何を、というよりも早く、Gリミッタ解除、機首上げ、スロットルMAX。大推力の排気をまともに受け止め、海面に水飛沫が跳ねる。敵の眼前で「上」へと跳んだ俺たちのすぐ下に、敵機が突入する。俺たちはそのまま垂直上昇。

『なっ……くそっ、機が沈む!?』
『何をしている、引き上げろ、高度が下がっているぞ!!』

この低空で、上からまともに排気の風を浴びせられれば、どうなるか。かき乱された気流の渦の中に自ら飛び込んだ敵機は、機体全体に圧し掛かった上空から低空への風によって、海面めがけて押し付けられたようなものだった。限りなく墜落寸前まで押し付けられた敵機は、パイロットの努力が実って何とか持ち直し、高度を回復するかに見えた。が、俺たちが飛び回っているこのフィールドは、障害物の何も無い空間ではなかった。気流の渦に飛び込んだせいで針路変更が遅れた敵機が気が付いたときには、彼らの目前に洋上トーチカの残骸が迫っていた。言葉にならない悲鳴が聞こえてきた直後、敵機は右の主翼からトーチカに突っ込んだ。呆気なく主翼と水平尾翼が粉砕され、衝撃で右側の構造物が捲れあがる。胴体の真ん中辺りで千切れた前半分は、コマのようにぐるぐると回転しながら、激しい水飛沫を飛び散らせながら海面に叩きつけられた。これで1機!残る2機は互いに異なるポイントで旋回を終え、こちらを前と後ろから挟撃するつもりらしい。そうはさせじ、と機を真っ逆さまにしたタリズマンは、低空へと向かってダイブ。高度を上げてきた敵を嘲笑うかのようにやり過ごして、再び施設群の狭間を縫うようにダンスを始める。敵機も再び高度を下げ仕切り直しを図る。が、そのうちの1機の後方に、友軍を示す光点が高速で接近し、そして後方にぴたりと付けた。

『タリズマン、こちらは引き受けたよ!』
「遅いぞシャムロック。「本命」は俺たちが引き受ける」
『くっ……2番機か。相手としちゃ不本意だが、狩りの邪魔をした代償は払ってもらうぞ!』

大きい弧を描きながら旋回していた敵機が、俺たちに向けて機首を向ける。攻撃態勢。レーダー照射警告音は、すぐにミサイル警報へと切り替わった。敵機の翼から切り離されたミサイルの炎が肉眼で確認出来る。ヘッド・トゥ・ヘッドに向けることをせず、旋回を継続、増速。体にかかるGが増し、ギリリとハーネスが肩に食い込んでくる。敵ミサイルも弧を描くようにこちらへと近付いてくる。敵が放ったミサイルは3本。大盤振る舞いってところか?そのうち2本はこちらを追撃して追い切れず、目標を見失って漂流を始める。直後、先の攻撃でごうごうと燃え続ける製油施設の一つをターゲットと誤認したらしく、火柱が空に向かって屹立し、黒煙がさらに膨れ上がった。残る1本はどうやらうちらで言うところのSAAMらしい。幾度か左右に振った後、建物の陰で急旋回した際に、こちらを追いきれずに海面を直撃。さあ、今度はこちらの番だ。機体性能にはほぼ差は無い。まさに「互角」の勝負。距離を稼いで離脱、反転、攻撃、というパターンを徹底している敵――どうやら隊長機らしい――の針路上に割り込んで、絡み付く。

敵もこの機の特性を充分に知り尽くしている。減速することはなく、むしろ速度を維持したままこちらを振り切りにかかる。障害物を盾にしながら、右、左、と機体を切り返しながら、建物の間をすり抜けていく技量は見事。もっとも、機体性能が互角である以上、その技がアドバンテージになるとは言い切れない。旋回と加速でこちらを後背から振り切ろうとする相手に対し、そのコースを先読みしてショートカットするなどして、タリズマンが喰らい付いていく。敵パイロットの舌打ちが聞こえてきそう。もう一機がこちらの後背を取ることを警戒していたが、向こうは向こうでシャムロックにしっかりと足止めを食らい、俺たちの追撃どころではなかった。

『ラナーより、クオックス隊!ガンシップ撃墜、これで少しは楽になるか?』
『感謝するぜ、ねーちゃん!野郎ども、俺たちのケツを叩くファッキンな豚はいなくなった。存分にかき回せ!!』
『イエロージャケット隊各機、弾切れになったら補給に戻るつもりで、徹底的にばら撒け。遠慮はするな!』
『ちっ、もらったか。こちらナスカ、戦闘続行困難、オルタラに緊急着陸する。――後を頼む!』
『エストバキアの戦車部隊の足は止まってるぞ。踏ん張れ!根性見せろ!!』
『旗艦マリーゴールドより全艦へ!敵増援部隊の後方に援護射撃を行う。照準合わせ!!』

騒がしいほどに友軍部隊の交信が飛び交っている。数的には相変わらず劣勢には変わらないはずだが、士気と練度がついにエストバキアを上回ったのだろうか?ラルゴム・ビーチへと接近したはずのエストバキア軍増援部隊は、猛烈な反撃で出迎えたエメリア軍を攻めあぐねている。数に任せて進軍してきたところを、思わぬ反撃を食らって面食らっているというところか。猛攻では右に出る者のないクオックス隊に匹敵するような猛攻を以ってエストバキア軍に相対したワーロック隊は、幾度かの前進と後退によって完全に敵軍を手玉に取ることに成功し、甚大な損害を敵に与えることに成功していたのであった。

「俺たちも鬼ごっこで足止めされている場合じゃないな、エッグヘッド?」
「敵エースを足止めして被害を最小限に抑えただけでも、充分戦果だとは思いますがね」
「フン、それじゃ物足りねぇ。明確な戦果にしないとな。……明日以降の戦いのためにも」

ここで敵エースを葬ることに異存は無い。特にこれからの戦いは地上軍同士の戦いが戦局を大きく左右することになる。その地上軍の脅威となり得る攻撃機や戦闘攻撃機の類は、可能な限り速やかに排除しておいた方が良い。特に、今追いかけているようなエースパイロットが搭乗する機体であれば、尚更にだ。もっとも、同じことはエストバキア軍にとっても言えるに違いないが。――敵エース機は焦れ始めている。振り切ろうにも振り切れない相手にへばり付かれ、幾度も仕掛けられている状況に耐え続けるのは生半可な精神力では凌げない。その点において、敵のパイロットには敬意を表する。2機のF-15Eが蛇がのたうったような複雑な軌跡を低空に刻む。と、敵機は左右への振り回しから、上下への機動へとパターンを変える。水平に戻すや、勢い良く機首を跳ね上げ、高空へと駆け上がっていく。レーダーロックで補足するか否かの直前の機動。絶妙のタイミングとはこの事だろう。すぐさまこちらも上昇。さあ、敵はこの後どうする?タリズマンお得意の失速反転で来るか、ミサイル戦に持ち込むべく水平に倒して距離を取りにかかるか、それともループからの勝負に持ち込むか――。シャムロックともう一機の戦いがあっという間に遥か下方へと遠ざかり、俺たちは空を上へ上へと駆け上がっていく。と、敵との彼我距離が近付いたことに気が付く。タリズマンはもっと良く見えているはずだ。

『おい、無茶だ。このまま振り切れ!』
『コイツはそうそう簡単に振り切らせてくれる相手じゃない!一か八か……行くぞ!!』

敵機はタリズマンのお株を奪うかのように、ぐんと速度を落とした。そのまま機速を失った機体は、重力に引かれて上昇を止める。そして、がくん、と機首を上から下へと向きを変え、降下体勢に入っていく。失速反転。攻撃に有利なポジションを確保して、こちらを叩くのが敵の狙いだったのだろうが――。

『ロスト!?どういうことだ!!奴はどこにいる!!』
『そんな馬鹿な。重なってるぞ、奴と!?』
「……慣れないことをするから、そういうことになるのさ」

焦りから勝負を急いだ敵機の正面に、俺たちの姿は無い。敵機の減速の意図に気がついたタリズマンは、愛機を半ロールさせて敵機の腹の下へと回り込み、そしてほとんど同高度に「静止」した。この倒れこんでいくような感覚だけはなかなか慣れるものではなかったが、テールスライドをを起こした愛機は、右後方にそっくり返っていく。その視界の先には、まだ直立状態を保ったままの敵エースきの操るF-15Eの姿があった。タリズマンがトリガーを引き絞り、機関砲弾の火線が倒れこんでいく愛機の動きに従って、扇状に撃ち込まれていく。なまじ、双方の速度がギリギリまで落ちているだけに、攻撃を食らって痙攣する敵の姿を俺ははっきりと見てしまった。狙いすましたわけでは無かったが、そのうちの1発は後席のキャノピーを突き破り、俺たちの姿を驚愕しながら見ていたに違いない敵パイロットを直撃した。砕け散ったキャノピーが赤く煙り、ひしゃげたヘルメットが宙を舞う。機体左側面に多数の直撃弾を食らった敵機が姿勢を立て直せるはずも無く、俺たちの後方を、ゆっくりと横にスピンしながら落ちていった。

『ナイスキルじゃ、タリズマン!』
『さすがだな。これは俺も負けてはいられないね』

戦闘能力を失った敵を振り返ることなく、タリズマンはシャムロック機の支援に回る。が、積極的に援護をする必要はどうやら無いようだ。俺たちの相手ほどにF-15Eを使いこなしていないらしい敵パイロットを、シャムロック機は捕捉済み。後はどこで攻撃を仕掛けるか、そのタイミングを図っている状況だった。

「ふう……戦果としちゃ充分だな。全体の状況はどうだ、エッグヘッド?」
「敵の動きが鈍いのが幸いしてますね。ワーロック・クオックス隊が合流して、猛攻をかけてます。このままいけば、敵の防衛網が崩れるのは時間の問題です」

敵部隊に対し、側面からの奇襲突撃を仕掛けたクオックス隊は、そのまま敵中央部隊付近まで猛進、思わぬ強敵に増援部隊の主力が優先目標を変えようとした矢先、今度はワーロック隊がクオックス隊顔負けの猛攻を浴びせかけた。進路の選択に敵が迷っている合間に、弾薬欠乏間近とは思えないような猛烈な攻撃を浴びせながら、合流したワーロック・クオックス両隊は敵部隊を次々と撃破しつつあった。守勢一辺倒に追い込まれた敵軍は、数的優勢を活かす事も出来ずに噛み砕かれていくのであった。

「じゃ、連中のケツをもう一押ししに行くとするか。しっかりサポートしろよ、相棒?」
「分かってます。戦闘ヘリ系の空中目標優先で選定します」
「ああ、任せるぜ」

低空で、火球が一つ膨れ上がった。レーダー上に残ったのは、シャムロックの操る二番機。こちらの位置を確認したもう1機のF-15Eが上昇し、そして俺たちの左後方にポジションを取る。ラルゴム・ビーチのやや内陸部では、ここからも砲火の応酬を確認する事が出来る。あと一押し。両軍が入り乱れる激戦戦域を針路を取り、俺たちは砲火の真っ只中へと飛び込んでいった。

「天使舞う空、駆け抜ける鉄騎」ノベルトップページへ戻る

トップページへ戻る