シルワートに至る道標
「だから、そんな不条理な命令を承服する事は出来ない、と申し上げているのです!!」
毅然とした声が、高級士官用に与えられた執務室にビリビリと響く。これでは、外にいる人間にもひょっとしたら聞こえてしまっているかもしれない、と電話の相手の姿がそこにあるかのように睨み付けながら、彼女はデスク脇のソファに腰を下ろした。エストバキア軍とて、女性兵士がいないというわけではなかったが、士官としての階級をぶら下げた者となるとごく小数、それも内戦で疲弊の極みにある軍においては、軍事部門以外の担い手としての女性の存在意義が重要視された結果、「兵士」としての道を選ぶ者が少数である事も背景の一つ。そして、「士官としての待遇」を持つ身であることも、彼女を苛立たせている理由の一つなのであった。
『しかしそうは言うがな、シルワート市の置かれた現状は理解しているのだろう?』
「この一戦を以って、長らく無意味な抵抗を続けてきたエメリアの叛乱分子を根絶やしにする。それ以外に、どんな意味があるというのです!?」
『その前提は崩れてしまったのだ!ケセド島からやってきたエメリア軍の大部隊が、オルタラ市方面に展開した事はお前とて聞いているだろう?今やシルワート市攻略部隊は、挟撃のリスクを抱えたまま攻略作戦を進めるという、危険な状態に陥っているのだぞ』
「だからこそ、です。何故私だけがこの時期にグレースメリアという安全地帯に転属しなければならないというのです!? シルワート市の戦いが無事に終わった後、必要なのであればご命令を頂ければ済む話ではありませんか。それに、シルワート市に展開した友軍戦力は大軍と称するに相応しい戦力を持っています。たとえエメリアの残党に挟撃されたとて、二正面作戦を以って殲滅すれば良いだけのことでしょう。失礼ながら、指揮官が戦いを前に怯んでいてどうするというのですか!?」
『イレーナ、指揮官ならばもっと広い視野を持て。受け入れ難きを受け入れろ。さもなくば、誤った判断を察知する事も出来なくなるぞ』
「――お父様こそ……お父様こそ、こんな状況下で自分を……私を転属させるにどんな理由があるというのですか!?」
ぐっ、と言葉に詰まって沈黙した父親の姿を思い浮かべながら、イレーナ・ドヴロニクは室内に視線を泳がせた。幾年か前、部隊長として就任した時に撮影された一枚のスナップには、愛機を背景にして微笑む、自らの姿と父親の姿がある。軍務にある時とは全く異なる父親としての顔をイレーナは知っている。だからこそ、両方の顔の狭間で揺れ動いている父親の心情も理解はしている。しかしイレーナには出来なかった。最前線にある兵士や部下を見捨てて、自らは安全地帯たるグレースメリアに引き上げる、などという選択は。
「私は、自分の役割と実力を知っているつもりです。私の戦闘機パイロットとしての腕前は、かつてエースパイロットであったお父様に遠く及ばないことくらい分かってます。……でも私には、ドヴロニクの娘としての役目もある。その私が最前線から身を引いたとなれば、今度はお父様が笑いものにされてしまいます。それは、私には耐えられない」
『謙遜するな。今のお前の技量は昔とは違うことは知っている。だがな、シルワートには必ず「奴」が来る。緒戦でヴォイチェクを戦闘機乗りとしては再起不能にし、今日までしぶとく生き延びてきた凄腕のエースがな。そしてお前は自分で言った通り、「奴」を目の当たりにしても引くことが出来ないだろう。……だからだ、イレーナ。お前の役目としても、そして実の娘としても、今ここでお前を失うわけにはいかんのだよ』
「そこまでの敵の存在を認めておきながら、どうしてパステルナーク少佐を冷遇するのですか!?エメリア残党軍のうち、ケセド島に逃れた航空部隊は恐ろしい技量を持っていると聞いています。そういった強敵に対抗するための「シュトリゴン」であり、「ヴァンピール」ではないのですか!?」
『政治の世界について、お前が口を出す必要は無い』
冷厳な口調でぴしゃりと言い放った父親の対し、今度はイレーナが言葉に詰まる番だった。ヴァンピール隊に起こった事件は、一定レベル以上の士官であれば大体知れ渡っている。元はと言えば、内戦時代の伝統を引きずったままスパイを送り込んだ連中に全ての責任があるはずなのだが、彼らは露骨なドサ回りを強いられ続け、そして最前線は強力な支援の担い手を失って劣勢を強いられ続けている。そしてその事件は、「将軍たち」内部における、権力者たちのパワーバランスにも影響を及ぼしていた。最前線を知らない者ほど冷酷で容赦のない虐殺者になれるという言葉通り、官僚組織上がりの権力者たちの一部は、エメリア領土の完全征服とエストバキア化を主張してやまないのだ。これまでは、父親を中心とした穏健派がその声を遮って来ていたのだが、かの事件以来、どうもそのバランスは狂いつつあるらしい。今この機会を逃せば、父親に問い質す機会はしばらくないだろう――イレーナは、敢えて父親の横腹を突くことにした。
「いえ、言わせて頂きます。この厳しい冬の最中だというのに、エメリアの人民に対して充分な食料も燃料も供給せず、経済活動自体を破綻させようとしている理由は何ですか?もともと最初は違っていたはずですよ。やり方は違うかもしれないが、アネアを一つにするという点で、エメリアとエストバキアの目的に差異は無い――そう仰いましたよね、お父様?でも、今のやり方は違う。……ある程度占領民を減らしておかないと、本国からの移住者を定着させることが出来ない。だから、この冬を利用して物理的にエメリア人民の自然減を進める――エメリア占領直後から続く一方的な搾取によって得られた物資がどこに流れているか、お父様なら良くご存知ですよね!?」
『……そんな事実は存在しない』
「今シルワート市に対してやろうとしていることは、事実上の都市の抹殺ではないのですか?今日まで抵抗を続けてきた部隊と市民を、エメリアに対する見せしめとして抹殺する――大規模な空爆部隊を編成せず、地上軍を中心に大部隊が編成された理由はただ一つ。街を完全に掌握するため。それ以外の理由が、私には思い付かないのですが」
『シルワートに展開するエメリアの戦力に対抗するためだ』
「お父様!?」
『いい加減にしないか、イレーナ!……これ以上続けるなら、私としては命令を出さざるを得なくなる』
絞り出すような声は、まるで呻き声のようにイレーナには聞こえた。そして同時に、父娘を繋いできた何かが、ブツリ、と音を立てて断ち切られた瞬間でもあった。イレーナの肩が微かに震え、目が細められる。一度ぐっと噛み締められた唇が再び開かれる時には、彼女の顔は能面の如き無表情を浮かべていた。
「――分かりました。それであれば、私はエストバキア軍人として、果たすべき職責を全うするまでの事です。お話はそれだけですね?」
『何を言っている、イレーナ!!待て、私の話を聞け!!』
「全てはエストバキアの未来のために――失礼します」
一方的に話を打ち切ったイレーナは、熱気を持ってしまった受話器を叩き付けるようにして戻した。怒気を孕んだ視線を窓の外に広がる滑走路へと向け、そのまま窓辺へと歩き出す。滑走路を一望出来る彼女の執務室からは、自らが率いる部隊の戦闘機が翼を休めるハンガーも見える。目前に迫ったシルワート市に対する一大攻勢に向けて、彼女の愛機も最終点検中であるに違いない。行き過ぎた制圧作戦は、被征服民の反感を憎しみを駆り立てる効果しかもたらさない。かつて、エストバキアの人民が自らの内戦で思い知らされたはずの教訓は、既にどこぞへと忘れ去られてしまったらしい。開戦当初、エストバキアには楽観論ばかりが強調されていた。血で血を洗うような地獄を見ていないエメリアが、戦争を継続して抵抗する事など有り得ない。むしろその意志すら摘み取るほど、圧倒的な力を持って一蹴すべし――そう指導者たちは熱弁したものだ。それが蓋を開けてみれば大きな誤算で、エストバキア軍は多大な流血を強いられながらようやくアネア大陸のエメリア領を暫定的に制圧したに過ぎなかったのだ。その全容を知らされる事の無い末端の兵士たちは、全ては祖国のためと信じて、終わらぬ転戦を黙々と続けてきた。その点、最も割を食ったのはケセド島に派遣された部隊であることは言うまでも無い。エメリアの解放を目指す残党軍最大の拠点に対する、生贄になったのも等しいのだから。
イレーナの視線の先には、戦闘機の前で撮影したものと並んだ、もう一枚の少し古びた写真に向けられた。そこに写っているのは、まだ子供だった頃のイレーナの姿と、まだエースパイロットだった頃の父親、そして、今は亡き母親が微笑を浮かべながら立っている姿。ユリシーズの落着によって、既にその景観も失われてしまったらしい避暑地で撮影したものだった。イレーナが軍人の道を志した理由のもう一つが、唐突に、不本意に訪れた母親の死だった。ユリシーズの落着から内戦勃発へと至る混乱期の中、父親の身分なども時に活用しながら、母親は家庭を支え続けていた。そうしたある日、医療品も不足する状況下、エストバキア国内でインフルエンザの大流行が発生した。ウイルスにやられ、高熱を発して寝込んだイレーナのために街へ出た母親は、いつまでも戻ってこなかった。東部軍閥の拠点都市を狙った大規模なテロに巻き込まれた母親は、床下に仕掛けられた爆弾の炸裂によって、バスの車体ごと吹き飛ばされてしまったのだ。涙も枯れ果てて、感情そのものが抜け落ちたような表情で支えた母親の棺は、その大きさの割に軽かった。――かろうじて回収出来た母親の亡骸は、左の手首から先しかなかったのだ。全ての葬儀が終わったある晩、イレーナはその背中を見た。誰もいないリビングのソファに腰を下ろし、そして背中を震わせながら泣き崩れている父親の姿を。その日を境に、父親は母の事を語ることを止めた。そして、何かが変わったかのように、内戦の最中に身を投じていったのだ。
血で血を洗う戦いは確かに終わったかもしれない。しかし、内戦後の指導者たちの間で繰り広げられている暗闘は、内戦中も今も大して差が無い。特に吸収対象となった軍閥出身者は、露骨なまでの上昇志向を発揮して、ライバルたちの追い落としを公然と行っている。「ヴァンピール」の一件など、本来ならば問題の士官を送り込んだ軍閥出身者たちが非難されてしかるべきであるが、監督不行き届きという名目で父親が非難されているのが現状だ。エメリア残党軍の勢力が拡大しつつあるという危機が迫っていることも関係なく暗闘を繰り広げる者たちは、最前線の苦労など欠片も知らないに違いない。――複雑な思いを胸に抱きながらではあったが、イレーナは覚悟を決めた。「指揮官の娘、エースパイロットの娘」として、必ずやシルワート市のエメリア軍殲滅を成功させることを。たとえその作戦が、シルワート市の民間人をも巻き込んだ殺戮になるのだとしても、やり遂げてみせよう……と。
俺たちの拠点がオルタラ市に移された後も、「集会」は任務の合間を縫って続けられていた。市内の治安も落ち着いてきた頃を見計らい、貴重なオフ時間が重なった俺たちは国道沿いのレストランの一角に陣取って、資料をテーブルの上に広げていた。前ほど頭痛がすることはなくなったらしいジュニアではあったが、キリングスの作る専門的なレポートは許容範囲外らしく、今は仰け反るようにして椅子にだらしなく座っている。ついでに言うならば、ジュニアの専属医も漏れなくオルタラに着任し、経過観察と称して早速奴を呼び出していた。
「しかしまぁ、よくここまで観測データを取りまとめたもんだな。さすがというか、呆れたというか……」
「実はこの件専属担当ということになっているんで、動きやすくなっているんすよ。あと、バルトロメオ要塞の制圧は幸いでしたね。色々と抹消される前にエストバキア軍の記録を入手出来たのが大きいです。んでもって……そうそう、これですよ、これ。ちょっと見てもらえます?」
「えーと、これ交信記録のログか?」
「そうです。ちょうどバルトロメオの戦闘中の時間帯に行われた部分なんですが、幾度か「AIGION」という単語が出てきているの、分かります?」
「ああ、確かに。ん……これは「STRIGON」……シュトリゴン隊か!?」
「シュトリゴンつーと、要塞戦の時に俺を散々いたぶってくれたあの魔術師のエンブレムのやつらの事か?」
「そうそう、ジュニア少尉の盲腸の天敵、白衣の天使のキューピットの、シュトリゴン隊ですよ」
「キリングス……怒るぞ」
それは、要塞防衛隊とエストバキア軍の司令部との間で交わされた交信のものらしいが、その合間合間に、特定の周波数と共に「AIGION」の名前が確認出来る。そして後半の方で出てくる「STRIGON」は、間違いなく要塞上空で会敵した二機編隊のシュトリゴン隊と見て間違いないだろう。アイガイオン――古い神話に登場する巨人の名、か。断片的に覚えている神話を記憶の底から引きずり上げる。確か、コットス、アイガイオン、ギュゲスの三兄弟であり、神々の戦いにおいて活躍したのではなかったか?
「んで、そのアイガイオンとセットで出てくる周波数を狙って網をしばらく張ってみました。敵さんも馬鹿じゃないので周波数はいくつも使用しているわけですが、運良く同一の周波数のキャッチに成功しました」
「……ほとんどやってることが犯罪者じみてるな……」
「プロ級と言って下さいよ、ジュニア少尉。音声を録音出来れば良かったのですが、それは間に合わなくて……傍受した内容をメモったのが、これです。あ、読めるようにワープロで打ち直してありますけどね」
そう言ってキリングスが取り出した一枚ペラの束に目を通す。しかし、その内容は決して多くは無かったが、一行目からして驚くには充分な価値があった。
『シュトリゴン・リーダーよりアイガイオン、哨戒任務完了、RTB。ETA 1145』
『こちらアイガイオン、了解です。先刻、シュトリゴン7、12からも報告がありました。オルタラ方面の残党軍に感化されたのか、サン・ロマ周辺で潜伏していたと見られるエメリア軍部隊との衝突が発生した模様です』
『これから忙しくなりそうだ。監視体制の強化を要請する。オーバー』
それ以外にもいくつか交信内容が記録されているが、どうもこの内容から想定するに、「アイガイオン」とは基地ないしは艦艇のどちらかのように見受けられる。特に最初の会話だ。「RTB」と伝えている点が、どうにも腑に落ちない。ユークトバニアとアネア大陸の間に広がる海上において、エストバキア軍の機動艦隊が活動しているという話はここしばらく聞こえてこないのだ。偵察部隊の情報によれば、海軍の主力部隊はグレースメリアとサン・ロマに駐留しているらしい。
「なるほど、このアイガイオンて奴が、あの憎らしいエンブレムの奴らの巣窟ってわけだな。やっぱり長射程の巡航ミサイルか対艦ミサイルで一網打尽!これしかないだろ」
「交信は傍受しましたけどね、肝心の向こうの位置までは確認出来て無いんですよ。ちなみにゴースト・アイのレーダーでも、そういった機動艦隊が洋上で活動しているような気配は捉えていないそうなんです」
「ちょっと待てよ。言われてみれば、シュトリゴンの機体は確かSu-33だ。地上型のSu-27系ではなく、艦載機型を連中は使っている。なのに、航空母艦の姿は見えない。……何だか良く分からないなぁ」
「そこでやっぱり、「空中機動要塞」説が有効になるわけですよ」
ジュニアが胡散臭げな表情を浮かべる。俺も思わず苦笑してしまう。キリングスはどうしてもこの「アイガイオン」と呼ばれる何かが、ベルカ戦争の時期に存在していたとされる重巡管制航空母艦にしたいらしい。ちなみに俺の想定は、コンセプトは大国の海軍でなら一度は登場しているであろう、潜水空母だ。実際、ユークトバニア海軍のシンファクシ・リムファクシは、無人戦闘機用のカタパルトを擁していたとされている。艦体のサイズにもよるだろうが、ある程度搭載機体数を絞り込めば、有人機を積み込む事だって不可能ではないだろう。それなら、「RTB」という交信とも辻褄が合う。
「キリングスは好きだなぁ、空中要塞が。そりゃまぁ、ベルカ戦争ん時にそんなデカブツが飛んでたって言うけどさ、結局落とされたんだろ、『円卓の鬼神』たちウスティオの傭兵部隊の活躍で?だったらさ、投資対効果に見合わねぇ、という風にみんな考えるんじゃないのか?」
「アタタ、痛いところを突かれた。そう、そうなんですよ。現代の科学が進んでいるのだとしても、機動性や運用技術を考慮した場合に投資対効果が得られないはずなんです。でもね、それでもかの司令官は空中要塞に繋がってくると思うんですよ。グスタフ・ドブロニクの経歴をお二人はご存知ですか?」
「いいや」
「全く」
「私も驚いたんですがね、ユリシーズの衝突以前はエストバキア空軍で飛行隊長を務めていて、エースパイロットとしての評判も高かったそうなんです。かのベルカ空軍アカデミーにも留学していた、ということですから、当然ベルカ式の戦術、指導法、その他諸々を学んでいると見て良いでしょう。大体、空軍出身者が海軍戦力の指揮を取るようなことってありますか?」
「そう来たか!――まず有り得ないな。とはいえ、司令官クラスだから、当然その配下の海軍将校が運用を任されているという可能性は当然考えられると思うが……あれ、待てよ。シュトリゴン隊の所属は空軍だったよな?」
我が意を得たり、とキリングスが笑みを浮かべる。もし潜水空母を運用しているとしたら、当然その艦隊指揮官は海軍の人間になるに違いない。さらに言うなれば、航空母艦に乗り込む搭乗員は通常海軍航空隊に属する事となる。ところが、連中の所属は空軍であるという。特殊部隊の扱いで海軍の艦艇に乗り合わせているだけかもしれないが、思わぬところで足元をすくわれたような気分になった。
「なるほど、俺の"潜水母艦"説であれば組織上の辻褄が合わなくなる、というわけだ。加えていうと、艦載機の搭載スペースに例のミサイルの格納スペースを合わせると、F-35Cの運用が可能であったというシンファクシ級と同等か、それ以上のデカブツになる。その技術はユークトバニア特有のものであって、エストバキアに技術供与が成されるとは考え辛い。うーん、確かに矛盾だ、これは」
「でも、ベルカのアカデミー出身者たるドヴロニク司令官なら、空中要塞の単独運用のリスクは充分把握していると思うんですよね。いくら要塞といっても、機動力に勝る戦闘機に集団で襲われればひとたまりも無いわけで……。これを防ぐには護衛部隊を強化するとかステルス性を強化するとか、いくつか手はあるんですけれど、通常の航空母艦級の100機近くの機体を搭載出来るような図体じゃ、果たしてどれだけ巨大になるのだか……」
「何だよ、二人とも理屈倒れってこと?」
「お前はノーアイデアだったじゃないか、ジュニア!?じゃ、何か思いつくのか?」
「うっ……考えるのは苦手なんだから俺に振るなよ。そりゃ俺も、昔のアニメよろしく航空母艦がそのまま空飛ぶような事は無いだろうとは思うけどさ。――いっそ要塞本体護衛用のデカブツ作ってガードするんなら、戦闘機の格納数もスペースも最低限で済むんじゃない?それこそ、対空ミサイルと対空砲を満載した護衛機……護衛要塞を付けるとかさ」
俺とキリングスは思わず顔を見合わせて、そして笑い出してしまった。不服そうにジュニアがそっぽを向くが、別に話の内容が荒唐無稽だったからではない。全く思い付かなかった発想をジュニアによって突っ込まれたことが愉快だったからだ。
「へいへい、どうせ俺は無学で知恵の足らない男ですよ。どこぞの陰険な学者肌にはかないませんて」
「腐るなよ。その発想が盲点だったし、よりにもよってお前に突っ込まれたから笑っただけさ。なるほどね、従来の航空母艦も単体で運用する事はまずなくて、必ずイージス艦やフリゲート艦といった護衛部隊が随伴するもんな。ハリネズミみたいに対空兵装を満載した護衛艦が随伴しているんなら、本体の大きさは結構絞れるな」
「確かに。ジュニア少尉に一本取られるとは予想外でしたけれど、ね。となると、やっぱり衛星写真か何かで実際の姿が撮影されたりしないと、決め手には欠けるんですよねぇ……衛星写真か。うーーーん」
「おいおい、危ない橋を渡るようなことは考えるなよ、キリングス。そこまで行くと、もう諜報部とかのお仕事だ」
「それはそうなんですが……時間があまり残ってないんですよ」
「時間?」
そこまで言ってしまってから、はっとした顔で俺とジュニアの間で視線を泳がせたキリングスが、バツが悪そうに頭を掻く。勿論、俺たちには次の作戦命令が早晩下されるに違いない。それは陸軍部隊たるキリングスたちも同様であるわけだが、どうやらそういう意味での「時間が無い」では無さそうだ。
「実は、特殊任務に就くことを命じられていて、しばらくはそっちに係りっきりになっちゃいそうなんです。こちらの件もやり遂げたかったんですけれど、最後はマクフェイル少尉に預ける事になっちゃうかもしれません」
「いや、それは構わないけれど……特殊任務って……いや、話せるハズが無かったな。すまない」
「でもキリングスって実戦部隊所属じゃないよなぁ?詳しくは聞かないけど、「そういう」お仕事が必要ってことか」
「まあ、そういうことになりますね。あ、でも、出来る事は全部やっつけていきますから。後でちゃんとマクフェイル少尉がゴースト・アイに報告挙げられるよう、しっかりと、ね」
「え、やっぱりこの件、正式報告いるのか!?」
「当たり前じゃないですか。でなければ、陸軍所属の私がこうやって少尉たちと議論してるわけないでしょう?言ってしまえば、ゴースト・アイ……ローズベルト少佐の私的な諮問委員会みたいなもんですからね。黙っていてもそのうち報告は求められますよ。結果は同じ」
「俺パス!後は任せた!!」
「ジュニアお前!!……そうかぁ、少佐に報告かぁ……」
思わぬ宿題をおしつけられた俺は、思わず空を仰いだ。俺たち問題児軍団をある意味「敵視」しているに違いない少佐殿に対して、よりにもよってこの「絵空事」かもしれない報告をまとめて説明しなければならないとは――!下手な報告をした日には、「一からやり直しだ!」と一喝されてもおかしくはないだろう。どうやら本腰を入れなければならないようだ。ジュニアはまず頼りには出来そうもないからな!
「――ま、戻ってきたらちゃんと後処理も手伝いますから、期待していて下さいよ」
そう言って笑ったキリングスの笑顔が、何となく不自然に感じたのは俺の気のせいだろうか?ようやく難しい話から解放されると知ったジュニアが、飲み物とツマミの追加を早速注文している。キリングスの「特殊任務」の内容が気にはなったけれども、とりあえず俺たちの当面の課題は、シルワート市の解放だ。この時間が終われば、後は出撃まで慌ただしい時間が過ぎていくに違いない。だから、今は仲間たちと共に肩の力を抜いておこう――そう決めた俺も、テーブルの上を片付け始める。楽しいですね、こういう時間、と笑うキリングスに苦笑しつつも。
キリングスが特殊任務に就くことを正式に聞いたのは、この翌日のことだった。もちろん、その内容は極秘。でもそのミッション内容を俺が知るまでに、それほど長い時間はかからなかったのだが……。
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