篭城の街・前編
砲弾と銃撃の雨あられは、確実にシルワートの街中へと迫りつつあった。オルタラ市陥落の報は、エストバキア軍に対してこれ以上無い危機感を覚えさせることに成功したらしい。続々と郊外に集結するエストバキア軍の戦力はこれまでに無い規模に膨れ上がり、ついに全方面からの攻撃が開始された。これまでのエストバキアの進撃ルートといえば、南側か東側の一方ないしは双方と相場が決まっていたが、今回は西側にも多数の戦力が展開し、篭城するエメリア軍は戦力分散を否応無くされることとなったのだ。それだけではなく、エストバキア地上軍の天敵と呼ぶに相応しいタンクキラーの登場を阻むべく、航空部隊が展開する滑走路周辺には戦闘ヘリやら対空攻撃車輌がわんさかと展開して接近中。空港防衛に就いた地上部隊が反撃を試みているが、お礼とばかりに撃ち込まれるロケット弾と対戦車ミサイルの前に、一台ずつ着実に、その数は目に見えて減りつつあった。ズシン、という激しい震動がハンガーを大きく震わせ、ジャスティン・スズキは軽く舌打ちした。敵の展開前に飛び立つつもりが、すっかりと穴蔵の中に押し込まれたようなもの。多少の攻撃には耐えられようが、集中的に攻撃を食らった日には、機体ごと地上で黒焦げになるは必至。どうせ逝くなら空の上の方が遥かにマシだったぜ、とぼやきの声が出てくるのも仕方ない状況であった。

『E-13塹壕線が破れた!ガビアル戦車大隊、回れるか?』
『そうだなぁ、取り敢えずこちらの真ん前に展開しているごっつい戦車どもが道を譲ってくれれば、だな』
『クソッタレ、列車砲なんざ時代遅れの代物だと思っていたがな!こうやって砲弾の雨降らされると認識を改めざるを得ないな』
『北側から敵航空部隊の増援を確認!スカイキッド、何とかならないのか!?』
『無茶言うな、敵さんの数が多過ぎる!七面鳥撃ちにされるのを避けるだけで手一杯だぜ……くそっ』
『直撃だ!!隊長車がやられた!!』
『Dブロック、狙撃部隊が出てきている。気を付けろ!占拠されたすいど……』
『言ってるそばからやられた!水道塔の上だ、構わないから、塔ごと破壊してくれ!!』

愛機A-10のコクピットのレーダーには、シルワートの街を取り囲むエストバキア軍の光点が無数に映し出されている。上がってしまえば何とでもなるという思いと、いよいよ最期の時が来たらしいという思いとが、スズキの胸の中で激しくぶつかり合い、火花を散らす。ケセド島はまだ海の向こうだっただけに、エストバキア軍は今ひとつ危機を認識できなかったのだろう。それが、アネア大陸本土の拠点を奪い取られたという事実が、エストバキアの重い腰を蹴飛ばしたのは間違いない。ここまで展開させるか、と言うような大軍は、裏返せば拠点を奪い取られる事に対する恐怖を何よりも語っている。再び至近距離で爆発が起こり、震動がハンガーを揺るがす。ハンガーの扉の向こうに、赤い炎が一瞬だが膨れ上がるのが見えた。愛機の出撃準備は既に完了しており、コクピット下に搭載されている30ミリ機関砲は満腹状態。せめてもの抵抗で、あの扉を突破してきた敵には、せいぜい30ミリを味わってもらってから死んでもらおう――その後は、どうなるか分からなかったが、スズキはそう決心していた。

『――愚かにも抵抗を続けるエメリアの将兵たちよ。貴君らの同胞は皆我が軍に帰順し、共存の道を歩き始めている。にもかかわらず抵抗を続ける諸君らに対し、皆涙を流して寛大なる措置を求めている。無駄な抵抗を速やかに止め、我々に恭順せよ。これが最後の機会だ。返答が無ければ、最早寛大なる措置を与える機会は――』
『はいはいはいはいはい、毎度お馴染みのフレーズはそ・れ・ま・で!!全くよぉ、エストバキア謹製プロパガンダ放送の連中って、実は録音してあるテープを流しているだけなんじゃないの?毎回毎回つまらねぇ内容を同じ言葉でよくもまぁ繰り返せるもんだ。その点だけは評価してやってもいいがね。さてさてさてさて、シルワートタウンが大変な状況になってるぜ。こんな大軍、どこから湧いてきたんだか不思議になっちまわぁ。でも、シルワートのリスナー諸君、最前線の兵士諸君、もうちっとの辛抱だ!ケセドからやって来た天使たちが、きっと空からズバババンとイカした応援に駆けつけてくれるだろうさ。だからこれでも聞いて、踏ん張っちまいな!!』
『……このDJも大したもんだな。どこから見ているのか知らないが、取り敢えず退屈と絶望だけはしないで済むからな』
『同感だ、ソウフィッシュ。しかし、本当にこの状況下で来てくれるかどうか……そこが問題だ』
「なあに、心配するこたぁねぇさ。――必ず応援は来る。今日までエストバキア野郎相手に喧嘩を続けてきた連中だ。行く先が敵の大軍だからといって怯むようなヤワな奴らじゃないだろうさ。何でも、赤黒い魔術師のエンブレムを叩き落してしまうほどの凄腕らしい」

とはいえ、折角の戦力を浪費してまで、他の部隊を救う必要が何処にあるのか――そんな理屈もまかり通るのが現実だ。見捨てられる方にしてみればたまったものではないが、かといって無駄な戦力消失はエストバキアの勢力拡大を招くだけでもある。やれやれ、どちらに転んでも望みの薄い賭けということか。この5ヶ月間、エストバキアの度重なる進撃を追い返してきたスティングレイ隊としては、最後の最後まで暴れまくって、あの世の道連れを増やしてやりたいところではあるが、頭を押さえられた状態では如何ともし難い。

『しまった……敵に嵌められたか!!グリズリー戦車大隊、踏ん張りどころだ、絶対に退くんじゃないぞ!!』
『こちらバラクーダ!スティグレイ、何とか出られないか!?敵の数が多過ぎる、うちの戦力じゃあ防ぎきれない!』
『ドラゴンバスターズより各隊、これより列車砲部隊に突撃を試みるが……他の数も圧倒的だ』
『Eライン、Dライン、塹壕線突破された!!ATM担いだ奴らもいるぞ、戦車部隊、気をつけろ!!』

かなうものなら、無線のスイッチを切りたいものだとスズキは思った。建物の外から聞こえてくるヘリの羽音も次第に賑やかになり、爆発の震動も着実に近付いてくる。どうやら連中、嬲り殺しにするつもりらしい。シルワートに展開するエメリアの各部隊を孤立させ、各個撃破に持ち込む魂胆か。しばらくすると、爆弾満載の戦闘機がやってきて、頭上から物騒なものをたんまりと降らせてくるのかもしれない。自棄をおこして出撃したくなる衝動を抑えつけながら、スズキはレーダーを睨み付けた。

『……何だ?空が光ったみたいだが……』
『こちらスクォンク3、5番と6番が撃墜された!こんな所に潜伏しているエメリアの部隊でもいたのか!?』
『そんな訳無いだろう。エメリアの部隊は橋の向こうに追いやっているはずだぞ?』
『な……ミサイル!?違う、地上じゃない!空だ、敵航空部隊せっ……うわぁぁぁぁっ!!』

――来やがった。遅いぜ、全く。ため息を吐き出しつつも、スズキの顔には笑みが浮かぶ。仲間たちも似たり寄ったりの表情を浮かべている事だろう。ハンガーの中にも、歓声が響き渡る。危機的な状況に変わりは無いが、精神的には楽になる。

『んん?敵のヘリが吹っ飛んだ……と。へへ、来た、来たぜ!待望の援軍のご到着だ!!』
『いよーし、野郎ども、根性見せろ!!』

ワイドレンジにしたレーダー画面。そこには、街の南側から接近しつつある友軍反応の光点が映し出されていた。
『手近な戦闘ヘリを叩き落したが……凄ぇ数だな、こりゃ』
『この近辺の部隊をかき集めた、ってな雰囲気じゃのう。ほぅほぅ、エストバキアは列車砲が好きそうじゃ。またおるワイ』
『あれの砲撃は厄介だぞ。シャムロックよりゴースト・アイ。列車砲の対処は優先度高そうだ』
『分かっている。――航空部隊全機へ。シルワートの各隊はギリギリのラインで踏ん張っている。彼らの奮闘を無にするな。いつもの事だが、容赦は一切無用。蹴散らせ。そして友軍とシルワートを解放するぞ。それから今回はとにかく敵が多い。弾切れになったらすぐに補給に戻れ。腹ペコで戦闘は出来ないからな』
『了解!!』

俺たちが乗り込んだシルワート市の状況は、とにかく酷い。敵、敵、敵、見渡す限り敵の姿ばかり。充分な戦力を用意してこの戦いに臨んで来たエストバキア軍によって、篭城していた友軍部隊は各方面に分散を強いられ、各個撃破の危機に直面していた。上空も陸上も敵だらけ。特に戦車と火砲の数は半端無い。オルタラから出撃してきた俺たちの頭数だけでは、とてもではないけれども対処出来る数ではなかった。即ち、この危機を乗り越えるには、シルワート市に展開している友軍部隊の損害を最小限に抑え、エストバキアの大軍を退ける以外の選択肢は無いということ。幸い、こちらへの対処のためにエストバキア軍自体も戦力を分散しているから、どこか一つのラインだけでもクリア出来れば、形勢は逆転出来る可能性があった。それにしても、敵だらけ。ショートレンジにしたレーダー画面では、敵の光点しか映っていないような状態だ。全体の戦況、友軍の展開状況、慌しく情報を確認し、侵攻プランを組み立てていく。

「おいエッグヘッド、俺たちゃどうするんだ?どこから攻めるつもりだ?」

ホラ来た。案の定、そう気が長くない前席からの督促だ。もっとも、出撃前の時点で粗方の打ち合わせは済ませている。想定外の要素が入り込んだ場合の対処は現地確認、臨機応変に対応、とは話をしていたが、今のところそこまでの「想定外」は発生していない。ちなみに、例の魔術師のエンブレムの航空隊がやって来るであろうことも、考慮のうちに入っている。

「全体としては事前の情報通り。修正すべき危険要素は限定的です」
「何だその「危険要素」ってのは?」
「魔術師のエンブレムの襲撃を受ける可能性ですよ」
「ああ、連中か。その時は「臨機応変」てことだ。シャムロックも聞こえてるな?」
『了解した。簡潔な指示はありがたい』
「では、予定通りに。市内中央エリアの滑走路周辺に展開する敵戦力の排除を最優先に叩きましょう。足止めされている攻撃機部隊を上に上げられれば、敵戦車の排除はぐっと楽になります。アバランチ隊も同ルートで」
『アバランチ、了解した』
『よし、ゴースト・アイからイエロージャケット。貴隊の最初の獲物は、バラクーダ隊周辺の敵戦車だ。残らず刈り取ってやれ。レッド・アイ、ウィンドホバー隊は北側から侵入する敵航空隊の排除に向かえ。既にスカイキッド隊が防衛に当たっているが、敵の数が多過ぎる。奴らをここで失うわけにいかん。カスター、アラモ両隊。貴様らは列車砲を撹乱しろ。ドラゴンバスターズの突撃を支援してやれ』

矢継ぎ早に各部隊に対してゴースト・アイが指示を飛ばしていく。編隊を並べていた航空部隊は、それぞれの受け持ちの戦域に向けて針路を取る。砲火を交える両軍の地上部隊の頭上を飛び越えて、俺たちも目標地点へと加速する。友軍航空部隊が足止めされている滑走路周辺には、戦闘ヘリが複数部隊と、数はそれ程多くないながらも地上部隊が包囲の輪を狭めつつある。滑走路本体が比較的無傷なのは、占領後の再利用をエストバキア軍も考えているからに違いない。もしワーロックやクオックス隊も参加しているなら地上の事はほとんど考えなくても良いのだが、今日はそういうわけにもいかない。

『アバランチ隊、先行するぞ。目標、前方の戦闘車両群!』
『こちらブリザード。SAMとキスするんじゃねーぞ。ぶちかましてやるぜ!!』

F/A-18Eに機種変更したアバランチ隊が、敵地上部隊に対する戦端を開く。こちらも負けてはいられない。いくつかのハンガーを取り囲み、中に閉じ込められている兵員たちをいびり倒しているような雰囲気の戦闘ヘリの群れを、タリズマンは最初の獲物と捉えたらしい。これだけの設備があれば、いざという時の補給はここで出来るという目算もあるからだろう。ためらいも無くレーダーロック。ホバリング状態にあったヘリの群れは、すぐさまロックオンされた。

反撃開始 「砕け散れ。発射!!」
『シャムロック、FOX3!!』

背後から迫る危機に気がついた戦闘ヘリ部隊が、散開して攻撃から逃れようと動き出す。だが遅い!それぞれ設定された目標を捕捉したミサイルたちは、獲物の脇腹に喰らいついて、炸裂した。たちまち、炎の塊が滑走路の空に膨れ上がり、毒々しい色彩で地上を照らす。木っ端微塵になったヘリの残骸が、いくつも地上に叩き付けられ、炎と黒煙に包まれる。ヘリの群れの中に飛び込んだ2機のF-15Eは、AH-64Dの包囲網を引き千切りにかかる。進む先に横っ腹を晒した敵機に機関砲の雨を降らせる。真ん中からへし折れた敵の頭上を掠めて高度を上げつつ、こちらに機首とバルカン砲の鼻先を向けつつあった2機に対し、再びミサイル発射。スナップアップ、急上昇。ミサイルの直撃を正面からもらったヘリの爆炎が膨れ上がる頃には、充分な高度を確保した上で、低空を這うヘリ部隊の姿を上空から見下ろすポジションに。一方のシャムロック機は高速で一度滑走路上空を抜けた後、再び反転して突撃するポジションを取る。アバランチ隊は最初の一斉攻撃後は編隊を解き、地上部隊に波状攻撃を浴びせ続けていた。が、大抵の場合、横槍が入るものだ。ヘリ部隊の救援か、もともとの予定か、北東方向から敵性航空機の光点が飛来する。

「タリズマン、新手!照合中……爆弾満載のA-10の模様」
「本来ならトドメ役だったんだろうがな。さて……おい、ハンガーの中で引き篭もってる奴!聞こえているな!?」
『引き篭りとはひどい言われ様だな。こちらはスティングレイ、スズキ中尉だ。そちらは?』
「元は首都防空軍第8航空団第28飛行隊。ガルーダ1、タリズマンだ。頭押さえていたヘリは粗方壊滅した。今のうちに上がっちまえ」
「同じくガルーダ1、エッグヘッドです。籠城部隊のうち、戦車部隊が敵の猛攻に見舞われていて、速やかな支援が必要です。――故に、貴隊の健闘を祈ります」
『そうか、ガルーダと言うのか……。ウィープレイ、ソウフィッシュ、聞こえたな!?ガビアルやバラクーダに借りを返す絶好の機会だ。片っ端から風穴を開けてやれ。いいな!?』
『了解、ボス!』
『荒っぽくいくぞ。扉を開けろ!!スティングレイ隊、出るぞ!!』

まだ敵航空部隊の到着までは間がある。高度と速度を落として低空にポジションを取り、滑走路の真上を直進する。破壊を逃れたハンガーの扉がゆっくりと開き始めている。レーダーと窓の外と視点を往復させて、警戒を継続。扉が開いたところに戦車砲でも撃ち込まれようものなら、目も当てられない。生き残りの戦闘ヘリがしぶとく踏みとどまって攻撃を試みようとするが、アバランチとシャムロックの連携攻撃で火の玉へと姿を変える。と、チカッと何かが前方で光ると同時に、機体がぐんと沈み込んだ。続けてブーンという発射音が響き渡り、機関砲の火線が地上めがけて撃ち込まれる。攻撃?白い排気煙が空へと伸びている。

「SAMを担いだ奴がいやがるな。ちとやばかったか?」
『言ったはずだぜ、「荒っぽくいく」ってな!』

タリズマンが高度を少し上げながら、滑走路の端で旋回する。反転して再び滑走路を正面に捉えるなり、滑走路を横切るように「ハンガーの中」から苛烈な火線が放たれた。そして、ハンガーの中か姿を現したのは、堅牢性と対地攻撃能力とでは極めて高い能力を持つA-10の姿だった。エメリアにもあれを使える部隊がいるとなれば、今後の戦いはぐっと楽になる。恐らくあれが「スティングレイ」だろう。続けて2機の僚機も姿を見せ、頭上の脅威の無くなった滑走路に入るなり加速を開始する。少し上を滑走路の反対側から侵入してきたシャムロック機が通過。左方向へと緩やかに旋回しながら、タリズマンが上昇を開始。地上を滑走路するA-10の姿が遠ざかっていく。

『上空支援に感謝する、ガルーダ隊。スティングレイ隊はこれより防衛部隊に加わり、友軍地上部隊の支援に回る!!』
『ほほぅ、サンダーボルトUと来たワイ。では、敵さんのその「恐ろしい奴」はワシらで頂くとするかの。西側の戦域目指して直進中、針路変わらず、じゃ』
『アバランチよりタリズマン、もう少しで地上の重い奴らは片が付く。排除し次第、支援に回る』

11時方向、敵攻撃機編隊が街の西側戦域へと向かっている。一旦針路を反らして後方へと回り込み、速度を上げて後方へと食らいついていく。敵の接近に気が付いていないのか、それともある程度の損害発生は織り込み済みか――。だがこちらには好都合。シャムロック機が若干横に間隔を開ける。こちらの狙いとは別の一団を攻撃するつもりだ。攻撃軸線上に乗る。レーダーロック……ロックオン!白い排気煙を吐き出したミサイルが、特異な形状の後ろ姿へと殺到していく。大柄な図体には不似合いな機動性を発揮して、一団が編隊を解く。放ったミサイルのうち1本は目標を見失ったが、1本は急旋回する1機を完全にトレースしていた。垂直尾翼を掠めた弾頭部は、そのまま左エンジンへと突き刺さった。エンジンカウルが弾け飛び、爆炎が膨れ上がる。衝撃と飛び散った破片を浴びて胴体を傷だらけにしながらも、木っ端微塵にならない堅牢さには舌を巻く。だがさすがに戦闘続行不能。キャノピーが飛び、次いで射出座席が打ち上げられた。

タリズマンはもう別の獲物に食らいついている。大きな翼をブンと振り回して旋回を繰り返し、こちらの追撃を振り切らんとする敵機の後方にピタリと付け、機会を伺っている。これだけ激しく振り回されている状況では、ミサイルを放っても命中しない可能性の方が高い。だからタイミングを図っている。厚い装甲で覆われている敵に致命傷を与える絶好の好機を。少しずつではあるが、敵との距離が近づいていく。何度目かのターン、切り返しを敵が図った刹那、タリズマンは機体を前進させる。機をロールさせつつ、敵が旋回しようとするその鼻先に対して、機関砲の火線が短く、断続的に何度か撃ち込まれた。A-10の装甲は、とにかく頑丈で、しかも厚い。だが戦闘機の設計上、どうしても避けられない弱点がある。そう、コックピットだ。敵の旋回針路に向けて放たれた火線は、キャノピーを突き破り、パイロットの身体を血煙にと変えた。操縦者を失った機体が、コクピット以外は何の損傷も無い姿で、斜め下方へと高度を下げていく。

たかが2機、と侮った代償の大きさを看過出来なくなった敵部隊が、無謀にも反転。さらに、遅れ馳せながらと護衛機が上空から舞い降りて来た。そこにアバランチ隊の4機も参戦し、一帯の空は小規模ながらも乱戦状態へと陥る。だが、機動性が高いといっても、対地ミサイルを満載した状態で戦闘機動するには、いささかA-10は重過ぎた。翼を立てて急旋回する敵機のさらに内周へとポジションを取ったタリズマン、機関砲発射。敵機に火花が爆ぜ、垂直尾翼が1枚、もぎ取れて宙を舞う。真正面から飛来した塊をすんでのところで回避しつつ、その後背にミサイルを撃ち込んで離脱。速度を失っていた敵機の至近距離でミサイルが炸裂し、その胴体を弾体片がズタズタに引き裂いていく。と、コクピット内に警告音。こちらの後ろに、敵戦闘機が張り付こうとしていた。ぶん、と振り回されるような感触に続いて、機体は急旋回。遠慮なく圧し掛かるGは生半可なものではないが、これで意識を失っていたら前席に後で何を言われるか分かったものではない。再び反対方向へ切り返し。翼端がヴェイパートレイルを引き、空にエッジを刻み込む。これで音楽が流れていたら、タンゴかツイストか。だが俺たちがダンスを踊っているのは、天使ならぬ戦闘機。ステージから足を踏み外せば、死の断崖絶壁が待ち受けている。敵機、先程よりもこちらとの彼我距離を詰めてきている。いささか無謀にも、だ。

タリズマン、改めて左方向へターン。と、機首がブンと針路を換える否や、視界が右方向へと回転し、次いで上方へと跳ねた。慌しく回る視界に、一瞬自分のポジションが分からなくなる。旋回後、ロール、減速、まんまと敵をオーバーシュートさせることに成功したタリズマンが、好機から危地に陥った敵機の後背にピタリと付ける。敵はアバランチと同じF/A-18Eか。形勢逆転、レーダーロック。加速、旋回しながら追撃を逃れようとする敵機だが、速度と瞬発力勝負ならこのF-15Eの敵ではない。ロックオン、SAAM発射。素早く切り返し、振り切ろうとする敵機。嘲笑うように鋭くターンして追いすがるミサイル。急旋回でやり過ごそうとした刹那、その左主翼をミサイルが撃ち貫き、火球が膨れ上がる。反動でぐるぐると何回転かした敵機が、続けて炎に包まれ四散する。いいペースだ。俺たちが攻撃機部隊を押さえている合間に、滑走路での待機を余儀なくされていた戦闘機が次々と離陸に成功。ここまで一方的に握られていた制空権のバランスが大きく変わり始める。

『なかなか手慣れたもんだな、ガルーダ隊。滑走路周辺の敵は大方クリアだ。改めて礼を言う』
「なあに、まだ始まったばかりだぜ。全部終わったからにしてくれ」
『スティングレイ、了解した。さて、こちらもおっぱじめるか。憂さ晴らしに付き合ってもらうぜ、エストバキア野郎が!!』

先に離陸したスティングレイ隊は、敵戦車部隊の重包囲に晒されているガビアル戦車大隊の上空に指しかかろうとしていた。たかが3機と侮る無かれ。かつてタンクキラーエースの異名を取った先人の知恵と経験が活かされたかの機体は、対地攻撃という局面においては無類の破壊力を発揮するのだから。

「さて、このエリアだけでも綺麗にしておくか。地上の奴らがとにかく多い。折角の滑走路を有効活用させてもらおうか」
「了解。最低限の補給は期待出来そうですね。タイミングは任せます」
「良し……食い千切るとするか」

シルワート市に対する奇襲は今のところ成功している。後はここから、いかに友軍の損害を最低限に留めて、反撃戦力をまとめられるかにかかっている。今日の戦いは先の上陸戦と比べても慌しくなる事は間違いない。が、焦っても仕方ない。まずはこの目前の戦闘機部隊からだ。タリズマンも、今日は逃がしてやる慈悲は無いらしい。文字通り食い千切られ、追いかけ回される敵部隊に対してトドメを刺すべく、俺たちは一斉攻撃を開始したのだった。

「天使舞う空、駆け抜ける鉄騎」ノベルトップページへ戻る

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