篭城の街・後編
戦闘開始から既に1時間が経過。数で勝るエストバキア軍の優勢は未だに崩れてはいないものの、頭を押さえられていたスティングレイ隊を中心にした攻撃機部隊が支援に加わったことによって、防戦一方だった戦車部隊が反撃を開始。敵地上軍に包囲されていた友軍地上部隊のうち、バラクーダ隊は市街地を巧みに使いながら敵部隊側面への強襲に成功。そこにスティングレイとイエロージャケットが殺到して集中攻撃を加え、前後左右から挟撃された敵部隊は逃げ場もないまま撃破されていった。そのまま一気に押し切れれば良かったものの、グリズリー隊包囲に加わっていた敵部隊の一部がバラクーダ隊に長距離砲撃を敢行。損害を受けたバラクーダ隊は敵側面から後退。その間に敵部隊はバラクーダ隊への包囲を解き、逆にグリズリー隊の重囲をさらに固めんと図るが、これはスティングレイ隊に看破される。進路上にある橋を吹き飛ばされて再び立ち往生となった敵部隊に、ジャスティン・スズキ中尉率いるA-10部隊は容赦なく襲い掛かった。彼らの弾装が空っぽになるまで頭上からの爆撃と30ミリのシャワーに晒され続けた敵部隊は壊滅的な損害を出し、生き残りの兵士たちは車輌を放棄して逃げ惑う始末となった。スティングレイの鬱憤晴らしの間に戦闘続行可能な車輌と兵士を再編したバラクーダ隊は、グリズリーの退路を確保するため支援攻撃を開始。腹ペコになったスティングレイも補給を受けるや取って返し、グリズリー隊を取り囲む敵部隊に猛攻を加えている。

『こちらドラゴンバスターズ!敵のトラップにやられた!ガビアル隊、支援を回せるか!?』
『こちらも手一杯だ!!ロケットと砲弾のシャワーで洗顔中!!』
『そうか、お互いにいい面になれそうだな。――クソなエストバキア野郎どもが!!』

一方で、ドラゴンバスターズ隊とガビアル隊は長距離砲撃と前面に展開する戦車部隊による近接攻撃とに苦戦を強いられていた。列車砲部隊の展開状況を把握したまでは良かったものの、友軍の突破口を開こうとしたドラゴンバスターズは榴弾砲と戦車部隊の猛攻による挟撃を受け、防戦一方に。ドラゴンバスターズに代わって列車砲部隊に相対したガビアル隊は、敵戦車部隊の前進によって足止めを喰らったところを列車砲による砲撃を浴びる羽目となり、辛うじて戦線を支えている状況。ホットフュエリングを受けた俺たちが向かうのは、当然今最も支援が不足している彼らの戦域ということになる。A-10を含む攻撃機部隊が数多く配備されていただけあって、搭載可能なAGMが弾薬庫に残されていた点はありがたい。遠雷のような爆音が絶えず響き渡る滑走路であったとしても、オルタラまで戻らず済むのだから良しとするべきだろう。慌しく駆け回る整備兵たちは、この後北側から侵入する敵航空部隊を足止めしていたスカイキッド隊の補給を受け入れなければならない。コクピットの中から彼らを見下ろしているのが申し訳ない気分になってくる。

『コントロールよりガルーダ隊、今なら大丈夫だ。健闘を祈る。グッドラック!……それと、助けてくれてありがとよ』
「なあに、困った時はお互い様さ。ばら撒いたら舞い戻ってくる。補給の準備、頼んだぜ」

戦場の滑走路 スロットルが押し込まれ、エンジン回転数が跳ね上がる。甲高い咆哮を挙げた愛機が、戦場の真っ只中にある滑走路の上を加速し始める。キャノピーの外に視線を移せば、無数の黒煙が空へとたなびき、戦場を焦がす炎の姿も確認出来る。誘導路の一部には大穴が開いていたり万全な状態では決して無いけれども、離着陸に差し支えの無い状態でここを防衛出来たのは僥倖というべきだろう。充分な加速を得た愛機のノーズギアが地上を離れ、ゆっくりと引き上げられる操縦桿に従って機体が重力の束縛から解放される。レーダーをチェック。滑走路周辺に敵性戦力なし、脅威なし。低空で二番機とエシュロンを組みつつ、緩旋回。俺たちの向かう先に、ひっきりなしに炎を吹く火砲の群れの姿が、うっすらと見えてくる。

『ゴースト・アイよりガルーダ隊、無事に上がったようだな?スカイキッド隊、貴隊は一時撤退、補給に向かえ。アラモは北側のフォローだ』
『了解した。腕利きの支援に感謝するぜ。すぐ戻る』
『ソルティードックよりスカイキッド、ここは任せておけ』
『こちらマルガリータ、その分俺たちの財布が重くなるだけさ。ごゆっくり!』

とはいえ、レッド・アイの面々もそろそろ弾薬の切れる頃だ。ふとグサリと来る皮肉を叩く顔を思い浮かべてしまい、何度か慌てて首を振る。なに、あいつとジュニアだったらそうそう簡単にやられるはずも無い。そうは思いつつもモニタを切り替え、彼らの無事を確認する。心配するまでもなかった。

『ゴースト・アイよりガルーダ隊、戦況は混沌状態にある。貴隊にシルワート市戦域に展開する友軍部隊の臨時指揮権を与える。臨機応変に指揮を執り、友軍の危地を救え。お前たちなら出来ると、確信している』
「フン、こけた場合のアフターサービスは任せたいところだがな」
『そうならないよう、後席にしっかりと戦況を捕捉させることだ。健闘を祈る。シルワート市に展開する各部隊も聞こえたな?ガルーダ隊の指示があった場合はそれに従え』
「……だとさ。責任重大だな、エッグヘッド?」
「複座機の前後席は一蓮托生……じゃなかったでしたっけ?」
「ヘッ、まあせいぜい、しっかりモニタを睨み付けてろ。いくぞ!!」

既に目標の選定は終えている。ドラゴンバスターズを壊滅の危機に陥れようとしている敵砲撃陣地が最優先目標。狙いと攻撃はタリズマンに一任しつつ、俺は「指示通り」モニターに意識を集中させる。周辺警戒と同時に、「危険要素」――魔術師のエンブレムを付けた赤いSu-33の来襲に備える。未だ連中にはお目にかかっていないが、オルタラに比べれば格段に首都へと近付いたシルワート市に対し、彼らが何もしないとは思えない。既にこの戦域にいて、好機を伺っていると考えた方が良いに違いない。こちらが情報収集に集中している間に、タリズマン、「獲物」に対して攻撃を開始。翼から切り離された対地ミサイルが唸りをあげて敵の頭上へと殺到していく。同様にシャムロック機からもミサイル発射。各々の着弾点を明示されたAGMは、目標を過たず疾走し、立て続けに爆発した。弾頭の炸薬による破壊エネルギーが解放され、膨れ上がる爆炎と爆風とが、攻撃には無防備な火砲を次々と薙ぎ倒していく。紅蓮の炎が敵部隊を飲み込み、焼き尽くしていく。運良く炎の下に舐められることを逃れた者たちも、すかさず襲った爆風によって弾き飛ばされ、大地を転がる。護衛に付いていた戦車も無事では済まず、そのうちの一台はぐるりと半ロールして逆さまになるや、内と外とを繋ぐ隙間から一斉に炎を噴き出した。瞬時に溶鉱炉同然に姿を変えた車内の搭乗員たちは逃げる術も無く全身を燃え上がらせ、黄泉路へ続く坂道を転げ落ちていった。

大きくは4箇所に分けられた砲撃陣地に対し、俺たちと同様にアバランチ隊も攻撃を加えている。敵の被害が拡大するのに連動して、友軍に降り注ぐ砲弾のシャワーは勢いを弱めていく。一撃目で打撃を与えた事に満足せず、反転。再び難を逃れた目標に対し、攻撃開始。途中、進路が横に跳ね、少し前までいた空間を対空砲の火線が通り過ぎていく。その対空砲に向かって、タリズマンは機関砲のトリガーを引き絞った。装甲板に穴が開き、裂け、破片が飛び散る。砲身が砕ける。小爆発が起き、対空砲が沈黙する。次いで、翼下から放たれた対地ミサイルが尚も友軍に対する攻撃を続ける続けていた火砲の群れを薙ぎ倒す。黒煙を翼で引き裂くように、低空を愛機が行く。攻撃から逃げ出した兵士たちが、こちらの姿を指差して何事か喚いている姿が目に入る。レーダー上、敵砲撃陣地の脅威レベルは限りなくゼロに近づいたことを確認する。

「タリズマン、火砲の類は粗方排除完了。戦車部隊の対処は?」
「ドラゴンバスターズの残存戦力はどうなってる?」
「損害あるも、戦闘続行は可能なレベルです」
「分かった。ガルーダ1、タリズマンよりドラゴンバスターズ!バカスカやかましかった砲撃部隊は壊滅させた。いつまでも足止め食らってないで、前面の敵部隊を突破しろ。ガビアル隊の支援にはお前たちが必要だ」
『了解……っておい、ここから先は自前で処理かよ!?』
「当たり前だ、阿呆。それくらいの相手くらい何とかしやがれ。まだまだ敵さんゴロゴロいるんだからよ」
『ケッ、口の悪い奴らだぜ。その代わり、ガビアルの支援もきっちりやってもらうぞ』
「了解だ。そっちも支援に来る前に潰されてんじゃねーぞ」
『誰に言ってるんだ、誰に!踏み潰しゃいいんだろ、踏み潰せば!!』

前席の会話を眺めている俺は、もう少し他の言い方があるだろうに、と内心ヒヤヒヤ。だが憎まれ口の効果は間違いなくあったらしい。砲撃による被害を減らすべくいくつかの集団に分散していたドラゴンバスターズの車列が、再び攻撃態勢を取るべく整えられていく。自前で何とかしやがれ、と言ってのけたタリズマンだったが、高度をギリギリまで下げた上で、ドラゴンバスターズの前面に展開した戦車群の頭上をフライパス。機関砲のシャワーで敵の隊列を舐めて、上昇、離脱。ガビアル隊の展開する戦域へと急ぐ。後方へと流れ去ったドラゴンバスターズの戦いぶりをこの目で確認することは出来なかったが、彼らの奮闘ぶりはかなり痛快だった。俺たちの支援をある意味袖にされた彼らではあったが、その代わりにイエロージャケット隊の分隊を率いたスワローテイル隊が上空に到達。ロケットとミサイルの雨が敵部隊に降り注ぐ状況下、横列隊形からの連続砲撃で突破口を開くや、決死隊同然の突撃隊が敵の陣形内に突入。さらに歩兵隊が対戦車ミサイル等を用いて奇襲を仕掛け、突撃隊を支援。その間に横列陣形のままじりじりと敵本隊との距離を縮めていたドラゴンバスターズ本隊は、突撃隊が敵包囲陣に数箇所の穴を穿つ事に成功するや否や、稼動可能な全車を脆くなった一角に叩きつけたのである。猛烈とも無謀とも言える突撃は損害皆無とはいかなかったが、敵部隊には致命的な一撃となった。突撃隊と本隊とに包囲され孤立した一団が殲滅されたのをきっかけとして、戦力差はついに逆転。防戦一方となった敵部隊は、文字通り散り散りになって撤退せざるを得ない状況まで追い込まれ、ついに壊走を開始するのであった。


戦闘開始から1時間30分が経過。戦況は大きく変わり始めている。一時は全軍全滅の憂き目を見るかに思われたシルワート篭城軍は、各個撃破の危機を何とか乗り越え、逆にエストバキア包囲軍を分断せんと猛攻を加え始めている。特に顕著なのが陸上部隊。グリズリー、バラクーダ両隊は敵部隊の反撃を退けて合流に成功。スティングレイやイエロージャケットの支援を受けつつも、これまでの鬱憤を晴らすかのごとくエストバキア軍に襲い掛かっている。航空部隊によって退路を妨害されていることも敵には災いしていたが、それ以上に危機を乗り越えてこれ以上無く高まったエメリア兵の士気は、あらゆる場面においてエストバキア軍の兵士のそれを凌駕している。俺たちが支援したドラゴンバスターズ隊も同様。一旦街の南側まで突出した彼らは、そこで進路を東に変更。列車砲部隊の使用した線路を破壊しながら東進し、敵の横っ腹に到達するや猛攻を開始したのであった。ドラゴンバスターズの突出によって部隊再編の猶予を与えられたガビアル隊も息を吹き返し、進撃の枷となっていた要素の一つであるMLRS部隊の砲撃を踏み越えて、反撃の牙を突き立てている最中だった。そして俺たちは――。

「ミサイル着弾、B目標炎上、沈黙!!」
『気をつけろタリズマン!まだSAMが生きている!!』 「ケッ、さすがに鎧は頑丈と来たか、クソッタレめ」

長距離砲を破壊されて炎上する車体の向こう側、未だ健在だったSAMが炎を噴き出しながら発射される。すぐさま右方向に機体を傾けたタリズマン、さすがに乗っている俺がゾッとするような低高度まで機首を押し下げる。空に舞い上がろうとしたミサイルが軌道を修正し、鎌首をもたげる様にこちらに向かってくる。と、視界に鉛色の空が広がり、愛機はほとんど垂直に戦場の空を駆け上がった。後方、地上で膨れ上がる炎は、目標を見失って地面に衝突したミサイルのものか。少し離れたところ、盛大に炎と黒煙を吹き上げている列車砲の車体に、新たな爆炎が膨れ上がり、破片が周囲に飛び散った。シャムロック機の攻撃が、俺たちを狙ったSAM発射台を吹き飛ばした証だ。

『ナスカよりアステカ、C目標補足。かましてやるぜ!!』
『了解。クロスで仕留める』

戦車部隊の脅威であった戦闘ヘリ部隊を粗方狩り尽くした結果、敵航空戦力の侵入ルートであったシルワート市の北側戦域にはスカイキッド・ウインドホバー・レッドアイ・カスター隊が展開しているため、開戦当初のようにエストバキア軍の攻撃機が侵入することも困難な状況になっていた。その代わり熾烈な航空戦が繰り広げられているため、北側の市街地には空から叩き落された戦闘機の残骸がいくつも転がって炎上しているような状況。アラモ隊はスティングレイの支援に付いていたが、1機が撃墜、1機が中破して出撃不能となったため戦力的には欠けた状態で戦い続けている。

『ラナーより隊長、3機そちらに行った!』
『見えている。サーベラス、カバーするぞ。ここは越えさせん!』
『まるで円卓の空の上みたいだな。こういう混戦は久しぶりだな……っと!』
『こちらブラッディマリー、今日は隊長機がやる気になっている。しっかりしないと、稼ぎが無くなりそうだ。おいジュニア!俺の分は残しておけ』
『お断りします』

ガビアル隊、ドラゴンバスターズ隊は列車砲護衛部隊の抵抗を退け、長距離砲の懐へと入り込むことに成功していた。それでも頑強な装甲に覆われた火砲が水平に炎を放ち、周囲に爆炎と土煙とを噴き上げる。反撃の砲撃が装甲にぶち当たり、紅蓮の炎を膨張させる。ついに焼き切れた装甲面にトドメの砲撃が叩き込まれ、内部の砲弾の誘爆も引き起こした車輌が一瞬にして炎の塊に姿を変える。そこに左右から時間差を付けて放たれた対地ミサイルが、列車砲の本体に立て続けに突き刺さった。ズシン、という地響きと共に、周囲に装甲板の残骸を弾き飛ばしながら、長い砲身がへし折れて地上に転がる。即席の溶鉱炉に姿を変えた列車砲の内部で、砲弾が次々と炸裂してエネルギーを解放していく。内側からの圧倒的な衝撃によってその車体は一気に引き裂かれ、車輪とフレームを残した構造部上部が吹き飛ぶ。炎を噴き上げる列車と地上の合間を、生き延びた敵兵士たちが我先にと逃げ惑う。そこに火線が浴びせられかけ、幾人かの兵士が地上に転がる。人道主義者は平和論者が卒倒しそうな修羅場こそが戦場。生き残らなければ意味が無い。エストバキアも必死なら、エメリアも必死。それは戦闘機のコクピットに収まっている俺たちだって、例外では無い。

「エッグヘッドより地上部隊。F-8塹壕線付近に損傷レベルの低い敵戦闘車両群確認。F-11塹壕線付近に射程の長そうな戦闘車両を確認。警戒せよ!」
『こちらドランケンじゃ。もう一押しじゃが、携帯SAMを担いだ奴らが隠れているゾイ。低空に降りる時は気をつけろ』
『第4分隊、F-8に向かう!』
『第6分隊、F-11には俺たちが一番近い、急行する。第7、8分隊、我に続け!!』

既に対地ミサイルを撃ち尽くした俺たちが対地攻撃で果たせる役目は少ない。その代わり、戦域上空から睨みを利かせ、データLINKをフル活用して地上の戦闘状況の把握に努める。地上部隊からのデータも随時アップデートされ、今や敵部隊の展開状況は丸裸になっている。対地攻撃の手段を失った代わりに、より強力な火力を持った友軍地上部隊に指示を飛ばし続ける。列者砲の群れを吹き飛ばしたのが受けたのか、地上部隊は俺たちの指揮を全面的に信頼してくれている。だから動きが早い。一方のエストバキア軍は指揮系統を断たれたのか、部隊間の連携もままならない。我先にと逃げ出す群れがいれば、必死の抵抗を繰り広げる一隊もいる。その抵抗も、一台、また一台と沈黙していくにつれ、散漫なものになっていく。

「――決まったな。これ以上の増援が無いなら、もう時間の問題だ」
「しかし良くぞ耐えてくれたものです。これでオルタラとシルワートを拠点に散り散りになっている友軍を再編成することも可能になります」
「ま、でもこの戦いが終わってからの話だな」
『タリズマンの言うとおりだ。空中管制機ゴースト・アイより、シルワート市に展開する全軍に告ぐ!エストバキア軍侵攻部隊が撤退を開始した。全軍、追撃開始!!エストバキア軍の戦力を温存させるな。徹底的に叩き潰せ!!』
『――ガビアル隊、了解した。オールキャストって奴だな』
『ドラゴンバスターズ了解。チークタイムの始まりだ!!』
『フン、ダンスパーティは結構だが、エストバキア野郎にはよぼよぼダンスがお似合いだぜ』
『グリズリー了解!!畜生、散々やってくれたお返しはまだまだ足らねぇ。無事に退けるなんて思うなよ、連中め!!』

歓声が次々と挙がる。圧倒的な戦力差を引っくり返してのペイバックタイムだ。ここまで耐え忍んできた兵士たちの士気が上がらないわけがない。だが、安堵と同時に、疑問が湧き上がって来る。この状況下、未だにあの連中の姿が見えないのはどういうことだろう?オルタラに比べ、シルワート市はより本土の奥へと繋がる都市のはず。シルワート市包囲作戦自体、エストバキアにとっては重要なミッションだったはずだ。友軍部隊も、彼らと交戦したという話は聞こえて来ない。というよりも、目立ちまくりのカラーリングだ。目撃すれば誰かしらが報告を挙げるはず。俺は気を引き締め直して、データLINKとレーダー画面とを睨み付ける。

「どうした、エッグヘッド?」
「例の戦闘機隊、この期に及んで姿を現さないのが気になりまして……」
「ああ、確かにそうだ。そうだな……俺だったら、相手が腹ペコになるのを待って襲い掛かるな。まさに、今の俺たちの状況を、な」
「周囲警戒を強化します」
「そうしよう。シャムロックも聞こえたな?」
『勿論だ。折角盛り上がっているところに水を刺されないよう、俺たちで何とかしよう』

敵部隊追撃に湧きかえる友軍部隊を余所に、コクピットの中にはピンと張り詰めた空気が漂う。グレースメリアの戦いの時もそうだった。圧勝間違いなしの情勢が、あのミサイルと赤い戦闘機部隊をはじめとした腕利きの航空部隊によって覆された。あの屈辱を繰り返したくは無い。レーダーレンジをワイドに切り替え、映し出される光点の一つ一つを俺は凝視するのだった。
まさに、圧倒的と評するのが相応しい。オルタラから飛来したエメリア軍航空部隊によって、一方的に進むはずだった篭城部隊の殲滅は根元から覆されてしまった。それどころか窮鼠猫を噛むの様相を呈し、同朋たちが殲滅の憂き目に直面しつつあった。開戦から数ヶ月間、この街に留まって共闘してきた敵部隊の錬度と覚悟を甘く見過ぎているから、こういうことになる。今回の失敗によって、あの一件以来エメリア統治に出しゃばっていた他勢力の将軍どもは少しは大人しくなるだろう。不遇の極みをかこっているパステルナーク少佐たちも、きっと本来の舞台に戻る事ができるに違いない――それは淡い期待ではあったが、彼ら「ヴァンピール」の実力を知るトーシャにとっては実現して欲しい願望でもあった。将軍たちのパワーバランスと駆け引きは、空軍最強部隊の一つである「シュトリゴン」と「ヴァンピール」の行き先を常に翻弄してきた現実がある。今日にしても、元々は開戦と共にシルワート上空に入り、制空権を確保する想定だった。そこに現地航空部隊やらの横槍が入り、緊急時に備えて待機と命じられたのが、一昨日のこと。その結果が、この体たらくだ。

翼を並べて高高度を行くSu-33の姿は美しい、と未だにトーシャは思う。無骨なデザインの多いオーシア系軍需産業の航空機に比べ、その姿は時に見た者のここも奪うとすら感じる時がある、と。だが残念な事に、「シュトリゴン」も「ヴァンピール」も、エメリアとの戦いにおいては内戦時代とは異なる現実に晒され、その栄光には陰りが生じつつある。特にヴォイチェク隊長の撃墜事件には自分にも責任があるだけに、何とかしたいという思いは部隊内の誰よりも強いと確信していた。だからこそ、千載一遇の好機を逃さないために、無理を言ってシルワート市救援に加わったのだ。今回の任務は至ってシンプル。友軍撤退の最大の障害となるエメリア軍航空部隊を排除せよ――即ち、宿敵と呼んでも差し支えない、あのF-15Eを駆るエース部隊の排除が目的だ。

シュトリゴンの若者 『何てことだ……この間のオルタラでの惨敗を踏襲しているぞ、これは』
『ワンサイドゲームがひっくり返ってコールドゲームってとこですかね。何のために待機させられていたんだか、分かりゃしない』
『愚痴はそれくらいにしておけ。尻拭いには違いないが、名誉挽回にはなるだろう。失敗は許されないぞ』

レーダーを切り替えると、シルワートから踵を返して撤退する友軍の光点と、その背後に肉迫する敵軍の光点とが映し出される。ついこの間まで、この向きは逆であったはずだ。この現実を受け入れない限り、エストバキアは同じ過ちをこれからも繰り返してしまうだろう。だからこそ、禍根は断たねばならない。

『シュトリゴン12、トーシャ、気負い過ぎるな。奴らの腕前はお前も充分分かっているはずだ。撤退する勇気を忘れるなよ?』
「――了解です。ヴォイチェク隊長のためにも、同じ失敗はしません!」
『いい返事だ。各機も肝に銘じておけ。このまま戦域に突入するぞ。連中の位置を見誤るな。――行くぞ!!』

隊列を保ったまま、シルワート市戦域の上空に突入。空中管制機と偵察機の情報から、既に奴らの居場所は確保している。グレースメリアで取り逃した代償は大きく付いた。だがそれも、ここで、今日で終わらせる。スロットルレバーを押し込みつつ、操縦桿を握る手の力を少しだけ強める。眼下に広がるシルワートの街並みに目を凝らす。隊長機の翼が、鋭く立つ。まるでアクロバット飛行をしているかの如く、端からは見えただろう。一団となった赤い機影は、高空から大気を引き裂いて、戦場の空へと駆け下りていった。

「天使舞う空、駆け抜ける鉄騎」ノベルトップページへ戻る

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