サン・ロマ再び・前編
『エメリア軍地上部隊の侵攻目標、セルムナ連峰を隠密裏に抜けグレースメリアへ』
『スティールガンナーズ隊は先行してグレースメリア奇襲作戦を遂行せよ』
『各航空部隊は連携を密にし、セルムナ連峰方面に接近するエストバキア軍航空戦力を駆逐せよ』

これまではどちらかと言えば知れ渡る情報と進む先とが完全に一致していた我が軍は、ここに至り最大規模の諜報作戦を展開していた。グレースメリア奪還のために避けては通れない、「空飛ぶ山」に関する機密情報入手のため敵地に向かった潜入部隊の展開とも連動した作戦は、逆に言えば正面作戦ではない軍事行動にエメリアが着手出来るようになった証明とも言える。もっとも、乱発されている虚偽情報の信憑性を高めるため、一応セルムナ連峰方面に向かった偽装部隊を除き、実際には大半の部隊の行先は単語を読み替える必要がある。即ち、その行く先とは「サン・ロマ市」である。

サン・ロマ奪還作戦の開始から既に1時間が経過している。セルムナ連峰からの進撃失敗後、陸軍部隊の将兵に言わせれば「汗と涙と演技の結晶」により、サン・ロマ市近郊ではエストバキア軍駐留部隊とエメリア軍地上部隊の散発的な戦闘が行われていた。ただしこれは偽装作戦であるため、大規模な部隊の展開も無く、「散発的な戦闘が漫然と続いている」ことをエストバキア軍に認識させるために行われたミッションだった。奪還作戦の地上部隊の本命であるワーロック隊は、夜の闇に紛れて散開しながら集結地点を目指し、到着後は山林のカモフラージュを徹底し、真冬の痺れる寒さの中であっても屋外での火の使用を厳禁として作戦開始の日を待ったのであった。勿論、これには無理が伴うわけで、頑強な兵士の中にも体調を崩す者が続出し、その対応のため派遣された医療部隊は、文字通り風邪薬の処方に追われることになったらしい。ジュニアが彼専属(?)の医者から無理矢理聞かされた話なので、信憑性はかなり高いに違いない。ともかくも、「散発的な戦闘」に慣らされてしまったエストバキア軍を横目に、こちらは本命部隊の展開をまんまと成功させてしまったわけであった。

エストバキアとの戦闘の前に寒さとの戦いを強いられたワーロック隊に作戦開始の命令が下されたのが、ちょうど1時間前。今日も散発的な戦闘に付き合うか、と展開したエストバキア軍の兵士たちにとっては、驚くべき光景が目の前に広がっていたに違いない。そこにいたのは、エメリア地上軍の大軍、それもこれまでの戦いを生き延びてきた精鋭部隊の一つが驀進する姿であったのだから。まともな砲火が交わされるよりも早く最前面の部隊を追い散らしたワーロック隊は、一路市内を目指している。戦うより前に逃げる以外の道が無かったエストバキアの兵士たちから緊急連絡が飛び、ようやくエストバキア軍は防衛線を構築すべく展開を始めたが、本格的な展開が完了する頃には市内へ至る道程の半分を既にワーロック隊は踏破している状況だった。

『ゴースト・アイより、アバランチ、カスター両隊。マリーゴールドを旗艦とする海上部隊と、サン・ロマに駐留中の敵艦隊との間で既に戦闘が開始されている。大型艦艇を重点的に排除しろ。特にカスター隊、貴隊は機種変更後初の実戦だ。更なる戦果に期待する。無駄死にはするな』
『アバランチ、了解』
『カスター1、了解です』
『こちらソルティードック。レッドアイからジュニアとビバ・マリアをマリーゴールド艦隊支援に向かわせる。マルガリータ、お前は二人の後方支援に就け。ブラッディマリーに我に続け』
『了解』
『スカイキッド、ウインドホバー、貴様らはハンマーヘッドの護衛を最優先だ。敵戦闘機を近付けさせるな』
『ハンマーヘッド、オニールより両隊へ。こっちは鈍重な爆撃機だ。ロールを打ったら翼が折れて墜落しちまう。護衛は頼んだぜ』
『ウインドホバー、了解だ。空の護衛は任せろ』

サン・ロマ奪還作戦に加わっているのは、何もワーロック隊だけではない。海上からは久しぶりにマリーゴールドを旗艦にしたエメリア艦隊が、そして空からはB-52で編成された爆撃機部隊ハンマーヘッド隊が、それぞれの目標を目指していた。エストバキア軍によって制空権が抑えられている間は出番の無かったハンマーヘッド隊は、ようやく先のセルムナ連峰での戦いの際、空中給油機の運用部隊として参戦し、今般の戦いで本来の爆撃任務に戻ったこととなる。サン・ロマにはカヴァリア空軍基地が存在していたが、ここの駐留航空部隊はこれまでの戦いにおいて戦力を激減させ、しかも補充が行われていない状況になっていた。つまり、サン・ロマ市の制空権はエストバキアの手には無い、というわけだ。そこで、サン・ロマ奪還時、そして奪還後の障壁となり得る地上の防衛陣地を一網打尽にすべく、ハンマーヘッド隊が爆弾の雨を降らせる……そんなスケジュールになっている。

「ガルーダ1より、ゴースト・アイ。迷子の俺たちはどんなスケジュールだ?」
『いつも通りだ。ガルーダ隊、それにソルティードック、ブラッディマリーは適当に任務を全うしろ。以上』
「……いつも通りだな、本当に」
『こちらシャムロック。――まあぼやくなよ、タリズマン。ゴースト・アイが冷たいのはいつもの事だ。グレースメリアを取り戻すためにも、この作戦は成功させなければならない。最善を尽くそう』
「エッグヘッド了解。隊長、爆撃機進行ルート上に対空兵器が多数存在しています。射程距離内に入る前の排除が必要です」
『タリズマン、後席に一本取られたな。こちらソルティードック。俺たちも護衛に就く。新型での初陣だ、派手に行かせてもらうとするよ』
「何が初陣だよ……百戦錬磨のエース殿が良くも言ったものだぜ。――で、エッグヘッド、どっちに行けばいいんだ?」
「目標位置、指定しています。モニタで確認を」
「オーケー、了解」
『なら、ワシらはワーロックのサポートに向かうとするかのぅ。攻撃機の姿は無いようじゃが、その代わりにロングボウが出てきておるゾイ。レッドバロンとジオソードを借りていくとするかの』
『了解だドランケン。こき使ってやってくれ』

サン・ロマ戦闘区域に到着した航空部隊は、それぞれの攻撃目標に向けて散開していく。ハンマーヘッド護衛の各機のみ、そのままの針路で直進、東を目指す。ウインドホバー、スカイキッドが上に居るなら、例の赤いフランカー部隊でも出てこない限りは任せておける――そう判断したタリズマンは早速愛機を降下させ、地上目標への攻撃態勢に入る。恐らくはカヴァリアから離陸した迎撃機の光点が俺たちの前方に出現する。高度、針路変わらず。低空に降りた1機の相手より、航空の多数の爆撃機を優先ということか。むしろやり易くて良い。既にタリズマンに捕捉されている獲物は任せて、周辺戦域の敵部隊の把握に努める。年鑑などに載っているエストバキア軍の保有兵器の数々はみんな嘘っぱちというのは身に染みて分かっているが、改めて戦域に展開している敵部隊を目の当たりにしてため息が出る。全てが最新鋭ではないが、充分にその性能を認知されている一線級の兵器が、地上部隊にも展開されているのだ。長い内戦で疲弊しきったエストバキアに高性能な兵器を手にする余裕は無いって?こちらの接近を察知して火線を打ち上げているあの対空砲は、十分立派な一線級の兵器だ。エメリアの諜報部隊はエストバキアに買収されていたんじゃないか、と勘繰りたくもなる。

火線の一つがこちらに向きを変える。ぐぅ、と横方向へ視界が回転し、次いでGに身体が振られる。ハーネスでシートに押し付けられている身体が軋む。水平に戻したところで、タリズマンがAGMを発射。火線のシャワーを潜り抜けて、一旦海上へと加速して離脱。モニタ上で目標への攻撃命中確認。振り返って、炎と黒煙とが海岸線沿いの敵拠点から立ち昇るのを確認する。タリズマンは早くも次の目標を狙っている。陸側からはその姿が捉えづらかった対空ミサイルの群れ。先ほどからコクピット内に耳障りなノイズ音が聞こえてきている。低空からの侵入者たる俺たちに狙いを定めているに違いない。

「おいエッグヘッド、何発だ?」
「2発で足ります。――撃ち落されなければ」
「オーケー。生き残りはバルカンで仕留める」

低空飛行を維持したまま、右方向へ急旋回。攻撃態勢に入るや、再びAGMを撃ち放つ。翼から切り離された獰猛な猛禽が、そのカメラに獲物の姿を映して加速する。コクピットに聞こえていたノイズが甲高い警告音に跳ね上がる。進行方向、対空ミサイル発射台から、白い排気煙が空へと伸びる。

「対空ミサイル2、前方から接近!」
「見えてるよ。下を抜ける」
「相変わらず無茶を――」

一旦上空へと打ち上げられた対空ミサイルは、招かれざる客人の到来を出迎えるべく、蛇が鎌首をもたげるように針路を敵に向けていく。だが発射による惰性はミサイルが直角に曲がっていくことを許さない。上方に弧を描くように舞い上がるミサイル。母機のことなど知ったことか、と2本のAGMがその低空を通り過ぎていく。その後方、俺たちの乗る愛機も低空を駆ける。戦闘機としては驚異的な搭載能力を誇るF-15Eの推力は伊達ではない。海面に水飛沫を立てながら、俺たちの愛機は速度を上げていく。ついに敵ミサイルは俺たちの姿を正面に捉える事に成功するが、圧倒的な相対速度に追い付くことが出来ない。それでも機動を修正しながら、白い排気煙の出所がこちらに迫る。一瞬、弾頭のカメラと目が合う。まんまとその下をやり過ごした俺たちは、無防備となった敵対空ミサイル軍の横っ腹を目前に捕捉していた。火球が二つ、攻撃目標点を過たず膨れ上がる。直撃を被った対空ミサイル車輌が跡形も無く吹き飛び、隣接して並んでいたミサイルランチャーは炎と破片と衝撃波を受けて粉砕されていく。爆発の炎に炙られたいくつかの弾頭が誘爆し、業火と黒煙とが膨れ上がっていく。

ミサイル攻撃を交わすべく加速しているこちらは、のんびりと攻撃地点を選んでいる余裕が無い。鼻先をヨーで微調整しながら、炎の層の薄い地点に狙いを定め、タリズマンはトリガーを引き絞った。ブーン、という鈍い音共に、放たれた機関砲弾のシャワーが殺到する。その先にあった戦闘車両には命中痕が穿たれ、搭載されていたミサイルランチャーから火花と破片が飛び散る。戦車ほどの装甲を持たない車輌の運転席は呆気なく撃ち抜かれ、搭乗員の一人は一瞬にして血煙と化す。だが機関砲攻撃からは逃れた搭乗員は、次の瞬間、車体を包み込んだ業火に全身を包まれた。乗組員たちの断末魔は爆発音にかき消され、怨嗟の声は灰燼の中に消えていく。

『何をやっているんだ!敵はたったの1機だぞ!?』
『冗談じゃねぇ。ありゃ鳥のエンブレムの片割れじゃないかよ!隊長さんよ、命あっての物種だ。のんびりしてたら、次の瞬間にはあの世行きだ。ずらからせてもらうぜ』
『馬鹿なことを……!お、おい、待て、勝手に撤退するな。お……』

いくつか展開されているSAMポケットのうち、もう一箇所に攻撃を仕掛ける。こちらの敵は運が無い。ついでに言えば、指揮官には判断能力が欠けている。わざわざ爆薬を自らの傍に手繰り寄せておくなんて、危機感が欠けている。そう、敵部隊の傍には、どうやら燃料を積んだままらしいタンクローリーがいたのだ。簡単に燃えてくれる相手に、ミサイルは豪華すぎる。そちらには機関砲をコンマ1秒ほど撃ち込み、発火点から離れたポイントにAGMを撃ち込む。さすがに今度はレーダー波が俺たちに勢い良く注がれるが、ボコッ、と燃料タンクに穴が穿たれた次の瞬間、たちまち周囲は膨れ上がる爆炎の只中と化した。何が起こったのかも分からないうちに、炎に抱かれた兵士たちはあの世へと通じる坂を転がり落ちていく。AGMの命中点でも火柱が立ち昇り、次いで火球が周辺を覆い尽くす。レーダーから、データリンクモニタから、敵脅威を示す光点が姿を消していく。その中には、混線していた交信から聞こえてきた敵兵士も含まれているのだろう。近辺の脅威レベルの低下を確認し、タリズマンは高度を上げていく。俺たちの後方から、ゆっくりと「本命」が近付いてくる。

「露払いはしておいたが、無駄遣いも出来ねぇ。そちらの状況はどうだ?」
『こちらハンマーヘッド、上からも良く見えているぞ。噂には聞いていたがこれ程とな。さて、こちらも始めるとしようか。ガルーダ1、巻き込まれないように高度は上げてくれ』
『ダスキーシャーク、スタンバイ』
『ハウンドシャーク、いつでもどうぞ』
『狼煙を上げろ!!攻撃開始!!』

肉眼ではまだ確認出来ないが、レーダー上、B-52の編隊の前方に多数の小さな光点が出現した。それは、先ほどまで俺たちがSAMポケットを狙って放っていたAGMの……文字通り、大群だった。高度を上げた俺たちの下界を、白い排気煙のラインが幾重にも折り重なっていく。まさに圧倒的な物量。一部は対空砲の迎撃を受けるなどして爆散したが、大半のミサイルはそのまま目標点に到達し、そして炸裂した。敵陣地のあちこちで膨れ上がる火球。エストバキア軍のサン・ロマ防衛部隊の拠点は、瞬く間に炎に包まれ、焼かれていく。だがこれはほんの小手調べに過ぎない。本命は、爆撃機の腹に大切に格納されている無数の爆弾なのだから。エストバキア軍がサン・ロマ市の市街の真っ只中に本拠地を設けなかったことに感謝しよう。――だが。エストバキア防衛部隊とて、侵入者の暴力を感受し続けるような連中ではない。サン・ロマ市街方面から、多数の敵性戦力を示す光点がこちらに向けて接近しつつある。爆撃機にとって最大の脅威は何か?それは昔から変わらず、迎撃にやってくる戦闘機に他ならない。

「エッグヘッドよりスカイキッド、ウインドホバー!敵戦闘機部隊、包囲020より急速接近中。直ちに迎撃を」
『おいでなすったか。レッドバロン、ブルーマックス、ジオソード、付いて来い!!』
『ウインドホバーより各機、ハンマーヘッドには指一本触れさせないぞ。一機たりとも通過させるな!』
『了解!!』

ハンマーヘッドを追い抜いて、スカイキッドとウインドホバーの各機が加速する。B-52の群れの周囲には、ソルティードックとブラッディマリーの2機だけが残る。もっとも、その2機を抜くのは余程の腕利きで無い限りは困難だろうけれど。そしてタリズマンは、敵部隊と交戦状態に入ったスカイキッド・ウインドホバー両隊とハンマーヘッドの間の空間に陣取る。

「レーダーと戦術モニタをしっかりと睨み付けていろ。肉眼でも外を確認するんだ。ステルスでも隠れていたら面倒だからな」
「了解です。敵目標の選択は任せます」
「ああ、任せておけ」

レーダー上に、新たな光点が2つ出現する。どうやらその敵機は、わざわざ海岸側を迂回して迎撃に飛んできたらしい。運が無かったな、と前席が呟く声が聞こえてくる。スカイキッドたちの壁を敵部隊が超えられないことを確認し、タリズマンは愛機を傾けた。急速接近する2機を正面に捕捉。コクピットの中に耳障りなノイズが聞こえてくる。タリズマンも、目標に狙いを定め始めている。レーダーロックの電子音が、コクピットの中に鳴り響いてきた。
現代の艦隊戦は、前世紀の大戦の様に大砲をバカスカと撃ちまくって戦うものではなくなっている。ミサイル兵器の突出した進化が、戦闘と砲兵器の在り方を大きく変えてしまったのだ。――だが、戦端が開かれた時点で射程距離のメリットが取れなくなっていたらどうだろう?それだけでなく、周囲に水柱が次々と立ち昇るような戦況になっていたとしたら――?サン・ロマ市に駐留している海上戦力は、残念ながら想定を上回っている。だが、その戦力が本来の攻撃力を発揮するには時間が必要だった。大半の艦艇が外洋に出ておらず、サン・ロマ中心の海岸沿いのバースにその艦体を委ねているのであった。つまり、数的劣勢は変わらないエメリア艦隊が勝利を掴み取るには、敵艦隊に集結させる時間を与えないようにするしか道は無いのであった。

『ジュニア。敵艦隊の中にイージスが混ざっている。迂闊に近寄ればタダでは済まない』
「確かに。嫌なポジション取りだ。前衛のフリゲートを盾にして、後ろからミサイル攻撃を仕掛けるつもりか、畜生め」

F-16シリーズの乗り心地は決して悪くないし、小柄な機体に相応しい機動性と、似つかわしくない搭載量を実現したかの機体は、ジュニアの戦闘スタイルには適合した一機である。だがそれ以上に合う機体があるとすれば、それは間違いなくこの機――F-2Aだろうと彼は確信している。所詮はF-16の発展型と侮ること無かれ。所詮は戦闘攻撃機と侮ること無かれ。ジュニアの戦闘機パイロットとしての経験は決して豊富ではないかもしれないが、その操縦センスは非凡であった。対地攻撃でも、対空攻撃でも、求められた戦場において求められた戦果を挙げるだけの能力を充分に有していたのが、ジュニアという男だった。

『ならば、話は早い。敵艦隊にとっての拠り所を、拠り所で無くしてしまえば良いだけのことだ』
「今日はこっちにエッグヘッドいませんからね。無理は禁物っていうことで」
『おい、何でそこでマク……エッグヘッドが出てくるんだ』
「何でもないす。こちらレッドアイのジュニア、敵艦隊後陣にイージス艦の艦影見ゆ。今のうちに潰しておきたい。支援は可能か?」
『こちら旗艦マリーゴールド。レッドアイ隊の支援に感謝する。先陣に展開している連中が、あれに手を焼いているところだった。撹乱すれば良いか?』
『ビバ・マリアよりマリーゴールド。ついでに撃沈してもらっても構わないが、飛び込む隙が欲しい。やれるか?』
『やるしかないんだろう?少し待て』

最前線に展開する艦艇同士は、最早ミサイル攻撃ではなく互いに砲撃を交し合っている。水柱が幾本も飛沫を上げ、砲煙と硝煙が海上を漂う。と、エストバキア軍の艦艇から、炎の柱が三本、吹き上がった。エメリア軍から砲撃を集中された艦の対空砲が吹き飛び、甲板に大穴が穿たれ、そして爆炎が膨れ上がる。エメリア艦艇が狙ったのは、マリーゴールド艦隊の正面に展開して弾幕を展開していたフリゲート艦の一つ。集中砲火を浴びせられた敵艦の全体にあっという間に火が回り、黒煙と火炎とが踊る。制御不能となった艦艇が漂流をはじめ、衝突を避けるために付近の艦艇が進路変更を強いられたそのタイミング、前方の護衛艦によって守られていたはずのイージス艦の姿が、剥き出しとなった。それこそ、マリーゴールドが狙っていたチャンス。艦首主砲が轟きを挙げて咆哮し、僚艦もそれに続いて攻撃を重ねる。さらに、フリゲート艦から対艦ミサイルが発射される。母艦の頭上に打ち上げられたミサイルが、獲物と定めた巨艦へと疾走を開始する。だがその攻撃は、敵イージス艦のCICに早くも捕捉され、狙われていた。対空機関砲がミサイルの方向に狙いを定め、迎撃のために放たれた対空ミサイルが、正確に高度と飛行ルートを捉え、敵艦の攻撃を無力化すべく出迎える。マリーゴールドからの砲撃は敵艦のやや前方に着弾し、豪快な水柱を立ち昇らせた。対艦ミサイルと対空ミサイルとが激突し、大きな火の玉が二つ、マリーゴールドと敵艦の間とに膨れ上がる。反撃の炎がマリーゴールドに降り注ぐ。立ち昇る水柱の合間を縫いながら、応射。熾烈な砲撃戦こそ、劣勢にあるエメリアの必死の一手――エストバキア軍の指揮官たちはそう考えていたかもしれない。だからこそ――イージス艦のレーダーには捉えられていたにもかかわらず――本命の二機が、致命的なポジションまで近付いていた事を失念していた。

『捉えた。ビバ・マリア、FOX3!!』
「これでも喰らえ!ジュニア、FOX3!!」

二機から放たれた対艦ミサイルは、超低空飛行を維持したまま、イージス艦の横っ腹目掛けて加速していく。それを捕捉した対空砲が迎撃するが、相対速度が早過ぎて追い付かない。対空ミサイルがその狙いを定めるより早く、ビバ・マリアの放った一発が艦首右舷を直撃し、次いでジュニアの放った一発が、艦隊中央部をまともに捉えた。付近の艦艇が震動するような、ズシン、という大音響が響き渡り、巨大な炎の塊が空まで膨れ上がる。艦体装甲を突き破ったミサイルは、周辺にあった構造物を炎と衝撃波とで粉砕し、爆風で吹き飛ばした。艦の内部に入り込んだ衝撃と炎はそのまま拡散し、艦体を引き裂いていく。次の瞬間、さらに大きな火球を艦の中央部に出現させた敵艦は、艦橋付近からボキリと真っ二つにへし折れ、支えを失った艦首が反り返る。鋼鉄の軋む音を辺りに響き渡らせ、炎と流れ込む海水とに翻弄された敵艦が早くも没し始める。

敵艦撃破! 『敵艦轟沈!!敵艦轟沈!!』
『やるじゃないか、レッドアイも。こちらも負けていられないぞ。敵艦に遠慮は無用だ!』
『おうよ、やってやる!!』

アバランチ隊も負けてはいない。燃え上がる艦から脱出する乗組員たちの救助に向かった艦は例外として、引き続きエメリア艦艇に砲撃を続ける敵艦隊に対し、一斉に対艦ミサイル攻撃が襲い掛かる。新たな火柱が吹き上がり、敵艦の砲撃が減殺される。炎に包まれた敵艦上では必死の消火作業が開始されるが、延焼する炎は金属の塊ともいえる軍艦を舐め回し、燃やせるものを片っ端からその舌に包み込んでいく。だがそれは、エストバキア艦隊だけでは済まなかった。次々と燃えていく敵艦にトドメを刺すべくし突出したフリゲート艦が、横合いから飛来した対艦ミサイルの直撃を受けた。後部砲塔と構造物が吹き飛び、黒煙が膨れ上がる。

『旗艦マリーゴールドより各艦、対艦攻撃機が展開しているぞ。迎撃態勢と回避航行を徹底しろ!!』
『敵航空部隊の展開を確認。艦隊前方、敵影多数。機種は……F-2A!!』
「へぇ、敵さんもなかなか分かってらっしゃる。この局面で、同じ機体を使ってくるとはね」
『私は少々不満だがな。とはいえ、厄介な存在は早く片付けるに限る』
「同感!」

対艦ミサイルを残した状態での空戦には大きく制約が課せられる。だがそれは同時に、迎撃のための対艦ミサイルを積んできた敵航空部隊にも言えることだった。つまり、条件はイーブン。何処にも引くべき理由が見当たらない。洋上艦艇同士の戦いは、どうやらマリーゴールドに任せておいても問題なし、と判断して、ジュニアは意識を敵航空部隊に向けた。盲腸を患ったり、機体を損傷させたり、まだまだ未熟であることを、今彼自身は誰よりも理解していた。エメリアに派遣されたことは、間違いなくジュニアという一人の戦闘機パイロットを急速に成長させつつある。本人は自覚していなかったかもしれないが、戦況を見渡し、常に冷静に事に臨むその姿勢は、彼の悪友から学んだスタンスの一つでもあった。

「全く、お前に感謝するような場面が来るとはよ」
『ん?何か言ったか?』
「いや、独り言す。さて、敵さんには派手に踊ってもらいますかね!」

前の席で不死身のトップエースが操縦桿を握っている限り、どんな大軍に取り囲まれてもしぶとく生き残って帰ってくるだろうと確信しながらも、ジュニアは今この場にいない悪友にそっと呼びかける。――俺に見えないところで勝手に死ぬんじゃねーぞ、と。並ぶように敵機への攻撃態勢を取るラファールの姿をちらりと確認し、もう一言付け加える。――怪我でもしたら、当分口聞いてもらえなくなるぞ、と。

「天使舞う空、駆け抜ける鉄騎」ノベルトップページへ戻る

トップページへ戻る