サン・ロマ再び・後編
『オレーグ隊、壊滅!繰り返す、オレーグ隊、壊滅!!』
『畜生!戦線を維持できない!!このままじゃ犬死だ!!』
『一体全体どうなっているんだ!?海軍の援護はどうなっているんだ!!』
悲痛な叫びが、交信に紛れ込んでくる。エメリア軍は各方面において優勢に立ち、エストバキア軍を退けつつある。マリーゴールド艦隊は敵戦闘機部隊による攻撃で一部の艦艇が損害を被ってはいたが、航空戦力による対艦攻撃が威力を発揮し、ついに防衛ラインの突破を成功させていた。そして地上を進軍するワーロック隊は、クオックス隊の得意技を真似たかのような猛攻と突撃を駆使し、敵防衛線を崩壊させ、文字通り蹴散らす事に成功していた。残るは、ハンマーヘッド隊の爆撃機たち。戦闘機から見れば鈍足の攻撃目標たる彼らを狙い、当然の如くエストバキア軍は迎撃部隊を送り込んできた。が、彼らはついに空の上に展開された防衛線を突破する事叶わず、地上へと叩き落されていったのだった。エンジンに被弾してしまった1機が墜落を余儀なくされたが、脅威の無くなった空から、爆撃機の群れは腹に抱えた爆弾を雨と降らせて敵陣地を蹂躙し尽くしたのであった。
『こちらハンマーヘッド。敵防衛陣地の沈黙――壊滅を確認した。まだ腹の中は空っぽになっていない。支援が必要な戦域は無いか?』
『ゴースト・アイ了解。追って指示を出す。そのまま上空で待機しろ』
『了解だ』
『こちらマリーゴールド、敵艦隊の先鋒部隊の撃破に成功した!現在湾内へ向けて進行中!!』
『景気の良い報告ばかり聞こえてくるな。こちらワーロック、サン・ロマ市街に到着した。カヴァリア基地はもうすぐだ』
レーダーと戦術情報モニタから、敵残存戦力の展開状況を把握する。未然に俺たちを食い止めようとしていたエストバキア軍の防衛ラインは既に崩壊し、残るは港湾内に停泊中のエストバキア軍艦艇と防衛施設、カヴァリア空軍基地の航空戦力が残存部隊の主力。陸軍戦力は想定以上に少ない。俺たちエメリアとの戦いが長期化し、戦線が拡大するにつれて一点に部隊を展開しておけない事情もあろうが、先のシルワート市での惨敗により戦力の再編成が必要になった――或いは、本拠地たるグレースメリアに戦力を集中させる選択肢を取ったか――。いずれにしても、エストバキアとエメリアの戦争は大きな転換点を迎えようとしていることは間違いあるまい。そして俺たちは、ここを拠点にして、あの忌々しい弾道ミサイルを放ち続ける「あれ」を何とかしなければならない。そう、あの忌々しい――。
『待て……!ゴースト・アイより、各機!例の無人観測機がサン・ロマ戦域に展開中。弾道ミサイルが来るぞ、巻き込まれるな!!』
「タリズマン、戦術モニタに弾道ミサイルの予想着弾ポイントを表示しました」
「仕事が早いねぇ。しっかりモニタで着弾点と敵さんの位置を追っていろ。ヤバそうなら大声あげろ」
「了解」
あの忌々しいミサイルが、やはり飛んできた。それは即ち、サン・ロマを奪われることはエストバキアにとっても痛手になるということ。そして、港町であるサン・ロマにミサイルを撃ち込んでくる本体は、この海の向こうにいる……そういうことだ。キリングス、君の言っていた「空飛ぶ山」は正しかったよ。あの海の向こうから、物騒なものを飛ばしてくる、エストバキア軍の機密兵器。でもそいつらが猛威を振るうのは今日の戦いを最後にしてやる。それに、今の俺たちなら、この相手をどう料理すれば良いか、取り敢えずの対処方法は分かっている。それに、今日のサン・ロマ市にはエストバキア軍の戦闘機も多数展開している。だから、セルムナ連邦での戦いのように一方的に撃ち込むことは出来ない。
『こちらエクエス。我らが最後の砦だ。イージスの名にふさわしい役割を果たせ!!』
『敵爆撃機は既に大半の爆弾を使い切っているはずだ。航空戦力の迎撃に全力を尽くせ!!』
『くそ、回避が出来ないんじゃいい的だぞ。出航準備急げ!!』
サン・ロマ港湾部から熾烈な対空砲火の火線が空に放たれている。未だ港から離れることが出来ない艦艇が対空攻撃を本格化させたのだ。それは追い詰められつつあるエストバキア軍の最後の抵抗の証だった。そして一隻、港湾施設の入り口で俺たちの侵入を防がんと立ちはだかっている艦艇の姿が見える。エメリア艦隊に向けて必死に反撃を試みる敵艦は、友軍に向けて放たれるミサイルの群れを最優先の目標に捉え、対空ミサイルを撃ち上げている。だがその抵抗は長く続かない。超低空から放たれた対艦ミサイルと、マリーゴールド艦隊から放たれた一斉砲撃の火線とが殺到していく。ミサイルの一つの迎撃には成功したものの、迎撃をすり抜けるように通り過ぎたもう一つが艦体後方を直撃した。紅蓮の炎が膨れ上がるその艦の頭上から、遅れて殺到した砲撃が降りそそぐ。火柱が連続して噴き上がり、ズタズタに引き裂かれた敵艦は、たちまち満身を炎によって包まれ、黒煙と爆炎とを膨れ上がらせた。
『巡洋艦メンケント、轟沈!!』
『エメリア艦隊、湾内に向けて突入してきます!!』
『第一砲塔、湾の入り口を狙えないのか!?』
『無理です!!僚艦に攻撃が当たってしまいます!!』
どうやら敵艦船の相手はマリーゴールド艦隊に任せておいて問題無いらしい。実際問題、こちらの対地攻撃オプションは数少なくなっている。撃破に多数のミサイルが必要になる艦艇の相手は、砲撃という攻撃手段を持つ彼らに任せてしまうに越したことは無い。弾幕に巻き込まれることを嫌ったタリズマンは低空まで機体を降下させ、そして湾の中央部を強行突破するコースを選んだ。目標はその先、カヴァリアの滑走路だ。後方から光点が二つ、近付いてくる。戦術モニタに目を走らせて見慣れたコールサインを確認する。ビバ・マリアとジュニアの二機が俺たちに追いついて、トライアングルを組んだ。
『ビバ・マリアよりガルーダ1、これより貴機の援護に就く』
『ジュニアよりエッグヘッド、右に同じ。せいぜい感謝しろ』
「ジュニアはともかく、援護に感謝する、ビバ・マリア」
『ああ、任せろ』
港湾施設のビル群を飛び越え、俺たちはまっすぐカヴァリア基地を目指した。地上の防衛ラインを突破したワーロック隊がいずれ突入してくるに違いないが、障害は一つでも先に取り除いておいた方がいいに決まっている。程なくカヴァリアの滑走路が俺たちの目の前にその姿を現す。さすがに重要拠点。展開している地上部隊は対空迎撃部隊だけでなく、戦車の姿も多数滑走路周辺に配置されていた。そして滑走路上には、俺たちを出迎えるためのミサイルを満載した戦闘機の姿がある。
「タリズマンよりビバ・マリア、ジュニア。手前にある対空ミサイルはこっちで料理する。コントロールタワー前の二機はお前らが仕留めろ。分かっていると思うが、コントロールタワーには命中させんなよ?」
『了解』
『了解っす』
「ターゲット捕捉。攻撃いつでもどうぞ」
「おうよ!」
最後まで温存していたAGMを針路上に展開している対空ミサイル砲台に向けて発射する。招かれざる客人に対して手痛い歓迎を加えようとしていた砲台が狼煙をあげるより早く、その懐に潜り込んだこちらのミサイルが炸裂。台座からもぎ取られるように砲台が吹き飛び、次いで火球が膨れ上がる。その炎と黒煙に紛れるように低空へと舞い降りたビバ・マリアたちは、スクランブル発進を行おうと誘導路を移動中だった敵戦闘機に襲い掛かる。機関砲の雨が敵の頭上に降り注ぎ、燃料を満載した敵機は上から下へと撃ち抜かれる。タイミングをほぼ同じくして火球が膨れ上がり、空に飛び立つ事叶わず、敵機は炎に包まれた残骸と化す。対空砲の火線が二機に向けられるが、ひらりとロールをさせながらそれぞれ反対方向へと彼らは離脱していく。そして、こちらへの注意が逸れた隙に、手近の砲台へとタリズマンが仕掛ける。低空まで舞い降りつつ、ガンアタック。こちらを捉えようと回転しつつあった砲台部に火花が爆ぜ、破片が舞い上がる。砲身に穴が穿たれ、真ん中からへし折れる。灰色の煙が噴き出して、砲台が動きを止める。そのまま高度を保ちながら、サン・ロマ――カヴァリア空軍基地をフライパス。低空を高速で、轟音を挙げながら飛んでいく戦闘機の姿に、慌てて逃げ惑う兵士たちの姿が目に入る。
今や敵地のはずのサン・ロマは、それでも懐かしくもあった。何しろ、サン・ロマ市は、俺たちグレースメリア組が開戦当初逃げ込んでいた街。ここから幾度も飛び立っていった基地。そして、もう今はここにいないエメリアのエースに、タリズマンの後席として合格だ、と告げられた滑走路。あれはまだ夏の終わりだった。時間にすれば4ヶ月と少し。でも、ここに至るまでの道のりは物凄く長かったように、今は思う。港湾部の方向に視線を向ければ、例の弾道ミサイルのものらしい火球が膨れ上がっているのがここからも目視出来る。しかし、友軍部隊が数多く展開しているこの航空基地には、さすがに撃ち込むことは出来ないらしい。
『くそっ、航空戦力は何をしている!?このままでは沈むのを待つだけだ!!』
『焦るな!!エメリア軍はここまででだいぶ消耗している!弾薬を惜しむな、使い切るつもりでいけ!!』
『マクナイト軍曹、突出し過ぎている!!そのままでは敵の集中砲火の中に飛び込むぞ!!』
『あー、無線不調、無線不調。再度指示を乞う!』
滑走路西側に展開していたMLRSの一団に対して機銃の雨を降らし、ミサイルで薙ぎ払う。滑走路周辺の敵戦力を少しずつ俺たちは削いで回る。だが、制圧するには戦力はあまりに少な過ぎる。それでも、再占領後に俺たちが使うことになる施設群を避けつつ、駐機中の敵爆撃機や輸送機を破壊し、航空戦力が飛び立つのを防いで飛び続ける。だけど、所詮は3機。基地としてはそれなりの規模になるカヴァリア基地全域をカバー出来るわけも無い。俺たちが大きく離れた僅かな隙を突いて、ハンガーから飛び出した敵戦闘機部隊が滑走路を駆け出す。横合いからジュニアが低空で侵入、撃墜を試みるが、速度を上げた敵部隊はついにテイクオフ。目視とレーダーで、離陸した敵機をタイフーンと認識。機動性に優れたデルタ翼が、俺たちに牙を剥く。
敵はこちらと同じ3機。高度と速度を確保するや、敵部隊は散開。腕には自信を持ったパイロットが相手なのだろう。俺たちの足を止めるべく、それぞれがそれぞれの目標の足止めを図る魂胆だ。さらに言えば、俺たちを低空から引き剥がし、友軍機の離陸を支援するつもりなのだ。早速、俺とタリズマンを目標に定めた1機が、こちらの下方に回りこむようにして攻撃を仕掛けてくる。已む無くノーズアップ、機体をロールさせながら攻撃を回避し、上空へ上がる。頭上からの脅威が無くなった状況は好機とばかり、カヴァリアの滑走路を新たな敵機が走り出す。
「エッグヘッドよりゴースト・アイ。航空基地から敵機が離陸した。こちらは敵戦闘機部隊の迎撃を受けている。注意されたし」
『まとめて面倒を見ろ――と言いたいところだが、了解した。スカイキッドに迎撃させる。聞こえたな?』
『アイ・サー。こっちの空は落ち着いてきている。任されたぜ。ブルーマックス、レッドバロン、ジオソード、行くぞ!!』
『滑走路が見えてきた――!進め進め!』
タイフーンを操る敵は、機動性を活かしながら鋭く旋回を繰り返し、こちらを葬るタイミングを図っている。タリズマンはと言えば、推力を活用しながら距離を稼いでは旋回し、敵の攻撃タイミングを外すようにしながら、反撃の機会を伺っている。無理に攻撃に固執してこないところ、敵機は手強い。こちらのペースに巻き込まれることを拒み、己のペースに従わせんとしているような雰囲気が伝わってくる。……どうやら、エース級が相手らしい。
『ルサールカ隊の名誉にかけて、こいつらを退けるぞ。続け!!』
『了解!エストバキアのために!!』
互いに様子を伺うかのような旋回状態から、互いに仕掛ける。先に仕掛けたのはタイフーン。ぐい、と鼻先を内側に切り込ませて、ヘッド・トゥ・ヘッドの状態へ。彼我距離があっという間に縮まっていく。コクピット内に鳴り響くはロックオンされたことを告げる警告音。チッ、とタリズマンが鋭く舌打ちをする。前席の向こう側に見える敵の翼の下に、白い煙が膨れる。ぐい、と視界が上方に持ち上げられ、ついで勢い良く回転状態へ。敵の予定針路を中心にぐるりとバレルロール。敵機と、目前に迫るミサイルの位置も勢い良く回転しながらポジションを変えていく。轟音が至近距離を駆け抜け、ミサイルの残した排気煙を翼で吹き散らす。回避成功。後方へと抜けた敵機に対して高度を稼ぐべくループ上昇。タイフーンは一定距離を稼ぐなりインメルマンターン。そこから高度を上げて追撃を仕掛けてきている。
「タリズマン、チェックシックス!」
「分かってる。首をしっかり保護しとけ」
ぐい、と操縦桿が引かれて機首が内周へと食い込む感覚が伝わる。急制動のかかった機体を真っ白な雲が一瞬包み込んだ。再び真正面から対峙する二機。ループ中のこちらの後背を取らんとしていた敵の目論見を見抜き、タリズマンは攻撃態勢を取ったのだ。敵の鼻先をやや頭から抑え込む有利なポジションを確保。双方の機関砲の射程範囲に差は無い。となれば、どちらが有利なポジションを先に取るかが鍵となる――!ブーン、という発射音が短く響く。赤い火線がコクピット横の空間を貫く。ノーズアップ。敵機とすれ違う衝撃が腹に伝わって来る。有効打は残念ながら与えられず。今度はタリズマンがインメルマンターン。敵機はといえば、さっきの交錯の後、低空へと逃れたらしく、さらに高度を上げた俺たちとの相対距離は先ほどよりも大きく開いていた。が、すかさず敵機も機首を跳ね上げ、一気に高空へと上がって来る。意地でも俺たちを食い止めようという意志が伝わって来るかのようだった。
今度はこっちが上昇中の敵を突く。ぐるん、と機体をロールさせた敵機が、強引に機首を捻り込みながらこちらの射線上から逃れていく。タリズマン、その後背を逃さずに喰らい付く。敵機、低空へとダイブ。こちらも翼を捻りながらダイブ。何度やられてもこの躊躇いもなく大空を駆け下りられるタリズマンの麻痺した感覚には、全く慣れることは無い。コマ送りで減少していく高度計の数値に寒気を感じながらも、俺は必死にモニタを睨み続け、周囲の戦況状況の把握を続ける。一対一の戦いを繰り広げているジュニアもビバ・マリアも健在。ジュニアに至っては、F-2Aに乗り換えて本領発揮とばかり、タイフーンに負けない機動戦を繰り広げている。と、視界がくるん、と軽くロールした。そろそろタリズマンが引き起こしのタイミングを図っている。敵機の神経の太さもなかなかのもので、雲を突き抜け地表が迫ってもなお、降下姿勢を保ち続けている。ピピピピピ、と電子音が聞こえてくる。タリズマン、目標に対してレーダーロック開始。すかさず敵機がスナップアップ、白い雲に満身を包み込みながら水平飛行へ。それよりも早く機首を起こし始めたタリズマンは、敵の頭上をキープしたまま水平に戻していく。
『お、今のは鳥のエンブレム。良し、好機到来だ』
『どういうことだよ?』
『アイツが現れると、敵さんは大混乱に陥る。つまり、俺たちにしてみれば身を隠す絶好のチャンスってわけだ』
『なるほど!さすがマクナイトだぜ!!』
友軍なのか敵軍なのか良く分からない交信が聞こえてきたが、それくらいの会話が交わせるくらいに、戦況はこちらに有利になってきているのだろう。そしてタリズマンも、いよいよ敵を葬る最終段階に到達したようだ。カヴァリア基地の上空、超低空での激しい機動戦が繰り広げられる。旋回を巧みに使いながらこちらのタイミングを外して形勢逆転を図りたいタイフーン。だが低空を戦場に選んだ事で、上昇・下降を駆使した三次元戦闘の余地を狭めてしまった事は、敵機にとっては失敗だったかもしれない。旋回性能では劣るものの推力と速度で上回るF-15Eを引き離すことは――それも、タリズマンのようなエースに操られた――、困難であった。
「さて、そろそろ仕留めるか」
「酔いそうなんで、早めにお願いします」
「その台詞は向こうに言ってやれ。チョコマカと逃げ回っている、あの敵さんにな」
敵の後背にピタリと付けていたタリズマンが、その針路を変える。不意に消えた敵と警報を好機と捉えた敵機は、起死回生の一撃を与えんと高G機動から攻撃態勢を取ってくる。背面飛行の状態で鼻先を向けてくる敵機。ギュン、と視界が上から下へといきなり流れる。続けて、敵機に負けないくらい強引に機体がロールする。一瞬前まで俺たちがいた空間を赤い火線が撃ち貫く。俺の頭上、火線が至近距離を通り過ぎていく。同時にロックオンを告げる電子音。翼から切り離されたSAAMが、白い排気煙を吹き出しながら加速していく。同時に、こちらもガンアタック。背面状態の敵機の腹側に火花が爆ぜ、黒煙が噴き出す。さらに、獲物の姿を至近距離に捉えたミサイルは、敵機のエアインテークの辺りに突き刺さり、カナードを弾き飛ばし、破片を撒き散らし、そして機体後部を削ぎ落としていった。仕留めそこなったか、と思った瞬間、敵機の後方でミサイルが炸裂した。トドメを刺された敵機は満身から黒煙と炎を噴き出す。と、キャノピーが跳ね上がり、パイロットが空に打ち上げられる。――敵機撃墜。これでこの空の戦いのバランスは一気に傾く。ジュニアもビバ・マリアも互角以上の戦いを繰り広げていたが、敵に着実にダメージを強いていたビハ・マリアが続けて敵を撃墜。最終的に残った1機は、3機に追い回される羽目となっていったのだった。
『冗談じゃない、こいつら、バケモノか!?』
「仕上げたジュニア、お前が仕留めて見せろ」
『了解!』
ジュニアの排気ノズルに炎が点り、逃げ惑う敵機に対して一気に距離を詰めていく。以前のジュニアだったら、そこを狙われて逆に反撃を受けていたかもしれない。機首を跳ね上げてオーバーシュートを狙った敵機に対し、その動きを読んでいました、とばかりにジュニアが攻撃を仕掛ける。速度を落としたことが災いし、ジュニアの放ったミサイルをまともに喰らう事になった敵機。パイロットの断末魔はミサイルによってコクピットが貫かれ、パイロットが押し潰されるや断絶する。続けてミサイルが炸裂し、敵機は鼻先から真っ二つに引き裂かれ、ばらばらになった破片が地上に降り注いでいく。お見事!と心の中で呟くが、奴に増長されるのも面白くないので黙っている事に決める。
「エッグヘッド、周囲に敵は?」
「カヴァリア基地近辺の敵反応、地上目標を残してありません」
『こちらでも敵機の撃破を確認した。良くやってくれた、ガルーダ1。間もなくワーロック隊が基地に突入する。周辺警戒を密にし、脅威の存在を確認したら速やかに排除しろ』
「うへぇ、まだこき使うつもりかよ」
愚痴をたれつつも、俺たちは周辺の敵戦力の展開状況に意識を向け、脅威となる目標を探す。残弾、燃料共に残り少ないが、地上部隊が滑走路の制圧に成功すれば、この本格的な航空基地で補給を受けることも可能になる。最後の一踏ん張りだ――そう自分に言い聞かせながら、俺はモニタを睨み付けた。
サン・ロマを巡る激戦に巻き込まれたのは果たして運が良かったのか、悪かったのか。はるばるアネア大陸を走ってきた愛車は、エンジンを撃ち抜かれてその役目を終えてしまった。行先不安な旅の途中に出会った女性――言葉が通じないのがこれほど不便だとは認識もしていなかったが、メリッサという名前だけは理解した。案外言葉が無くても最低限のコミュニケーションは取れるもので、女二人、滅多に声を交わすことは無い二人の旅路は、ここまで到達する事を可能にしたのであった。
空の上では、聞き慣れたジェットエンジンの轟きが相変わらず響き渡っている。ただ、つい先ほどまでと比較すると、空は落ち着いてきた……そんな風に見える。白いエッジが複雑に刻み込まれた空を見上げながら、ルドミラ・トルスタヤは想い人の無事を祈った。ふと地上に視線を戻せば、メリッサに支えられて、パイロットスーツの男がようやく身体を起こしたところだった。エメリア軍の戦闘機によって撃墜されたらしいそのパイロットは、攻撃を受けた際の衝撃か負傷のせいで、つい先程まで意識を失い、呼吸すら止まってしまっていたのだった。ルドミラとメリッサの心臓マッサージと応急処置が功を奏したのか、死の瀬戸際の所で彼は引き返してきたところだった。彼はある程度エメリア語を使う事が出来るらしく、蒼白な表情ながらもメリッサに何度も頭を下げながら礼を言っている。恐らく、助けてくれてありがとう、とでも言っているのではないだろうか、とルドミラは推測した。
「――驚いた。祖国から遠く離れたこの地で、同朋の、それも民間人の同朋に会う機会があるとは」
驚いたのはルドミラの方だったが、どうやらメリッサがある程度の説明を彼にしたらしい、と察知した。充分な医療器具も無いこの状況では満足な手当も出来ないのが現実だったが、どうやら生命の危機は脱したように見える。
「……無理は禁物です。間違いなく、肋骨を数箇所、他にも軽くは無い怪我をされています。戦闘機乗りが身体を鍛えている職業だからと言っても、限界はありますからね。――どうか、救援要請をお早めに」
「ありがとう、レディの進言に大人しく従うとするよ」
「ところで、一つ伺ってもよろしいでしょうか?」
「――答えられる範囲で、かな」
「構いません。今日の戦闘――この戦域において、シュトリゴン隊は参戦していたのでしょうか?」
穏やかな表情のまま、パイロットの目がすっと細くなる。それは当然の事だろう。敵国の領土で出会った民間人が、エストバキア軍の誇るエース部隊の所在を確認するなど、真っ当な話では無い。それでも、縁故のある人間と理解してもらえたのか、パイロットが警戒を解くまでにそれほどの時間は必要なかった。
「あいにく、今日の戦いには彼らは参戦していない。我々にとっては不幸なことに、ね」
「不躾な質問をしてしまい、申し訳ありません」
「いや、構わないさ。――さあ、そろそろ行きたまえ。同朋でも、そしてエメリアの兵士でも、見つかると厄介なことになるだろう。怪我人はどちらに転んでも病院行きだから、後は気楽に助けを待つことにするさ。ありがとう、レディ」
重傷を負っているはずの人間が無傷の人間を気遣うのは矛盾しているな、と認識しつつも、ルドミラはパイロットの進言に従うことにした。戦地においては、民間人だからといって安全ということはないことを、彼女とメリッサは身をもって知ることとなった。全く、サン・ロマの戦いが始まっていなかったら、今頃どうなっていたことか。エストバキアに対抗するためレジスタンスとなったエメリアの男たちは、既にエストバキア軍の攻撃機による機銃掃射を食らって血煙と化した。だがしかし、ひとつ間違えれば、額に風穴を開けて転がっていたのは自分かもしれなかったのだ。ここは友邦の大地ではないことを、彼女は改めて思い知らされたのだった。
だが、大きな問題が発生していたことをルドミラは思い出した。白煙が相変わらず上がっている愛車のエンジンは、メリッサの様子を見る限りどうやら完全に駄目になってしまったらしい。目的地のグレースメリアまではまだ相当の道のりがあるにもかかわらず、だ。残るは別の車を取得するか、最後の手段として歩くか、この二つの選択肢しか無い。どうしたものか――。だが、メリッサの判断は素早かった。出会うまで、どうやらひたすら歩き続けてきたらしい彼女は、旅路の始まりから一緒らしいカバンを持ち上げると、グレースメリアへと至る道を指差したのだ。そうね、それ以外の選択肢は無いか――促されるように、ルドミラも立ち上がり、カバンを持ち上げる。そうして二人連れ立って歩き始めようとした矢先、車のものとは思えないエンジン音と、キュラキュラキュラキュラ、というキャタピラの音が聞こえてきた。それもかなりの速度で。こんなところで聞こえてくるキャタピラ音が、工事車両のものであるはずが無い。戦車――顔から血の気が引いていくことにルドミラは気がついた。すると、そんな彼女を守るかのように、メリッサはルドミラの前に立ちはだかった。明らかにエストバキア軍のものとは異なる戦車は、二人の姿を確認すると減速し、そしてピタリと歩みを止めた。メリッサが、何か言葉を発した。たぶん、大丈夫、私に任せて、と言ったのだとルドミラは確信した。
鈍い音の後、砲塔上部のハッチが開き、次いでヘルメットを被った兵士の顔がのぞく。意外なことに、先ほど出会ったレジスタンスの険しい表情とは全く異なる、むしろ愉快げに笑う兵士の精悍な笑顔と戦車の組み合わせは、何ともアンバランス。だけど、少なくともこちらに危害を加えるつもりは無い、ということはすぐに分かった。
「ようお嬢さん方、行き先はわからねぇが、タクシーが入用なんじゃねぇか?」
「随分と不恰好なタクシーね。お代はいくらほど?」
「予定じゃ、戦争に勝利した後、エメリア政府が支払ってくれるとさ」
「オーケー。それじゃ、私ともう一人、あの子もお願いするわ。料金は出世払いで請求してね」
「商談成立、だな。じゃ、さっさと乗ってくれ。もし見つかると色々面倒なんでな」
話がまとまったらしく、メリッサが手招きをする。兵士の視線が当然ルドミラに向けられるが、何事かを頷いただけで、早く乗りなよ、といった様子で、彼は戦車の上を指差した。歩かずに済むのは何よりも有難かったけれども、そもそもエメリア軍の戦車が何故こんなところを一台で走っているのだろう?疑問に思いつつも、何やら色々と話をしているメリッサと兵士の横を通り過ぎ、ルドミラは一足先に戦車の上へと腰掛ける。きっと、真っ当な理由で単独で動いているわけではないわね――そう予想をしながらも、ここからグレースメリアまでひたすら歩かずに済みそうなことには、素直に感謝しよう、とルドミラは決めた。
「さあ、こんな怖いところからはオサラバだ!ドニー、しっかりと突っ走れ!!」
「分かってるよ!ナンパして時間を食ったのはお前のせいだろうが!!」
再び動き出した戦車は、一旦サン・ロマを離れるルートを取るらしい。轟音がすっかりとやみ始めた夕焼けの空を見上げながら、ルドミラはもう一度、想い人の無事を祈るのだった。
「天使舞う空、駆け抜ける鉄騎」ノベルトップページへ戻る
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