死せる者、生ける者
敵の正体は、「空中要塞」と「空中艦隊」――その一報が各部隊に伝達されてからというものの、来るべき出撃に備えてカヴァリア空軍基地は騒然とした状況が続いている。俺たちがサン・ロマの奪還戦を繰り広げていた頃、首都グレースメリアに潜入していた特殊部隊がようやく敵の秘匿中の秘匿情報だった「空中艦隊」に関する情報の獲得に成功し、その情報がサン・ロマまで駒を進めて来たエメリア軍に届けられた結果であった。詳細は明らかにされていないものの、大枠の話は俺やキリングスがまとめていたレポートの範囲からそう外れた内容では無いらしく、俺としてはちょっと嬉しい。最も、「空中要塞」プランはもともとキリングスの意見だから、その功績と評価は彼にこそ相応しい。だがその彼は、「特殊任務」に就いているため不在であり、真実を共に喜ぶべき相方が不在であることは、少し寂しくもある。勉強会にはもう一人参加者はいるが、アイツの場合は生徒みたいなものだから「共に喜ぶ」相方からは除外して良いだろう。

「ううむ、この辺りになるとなかなか操作が覚えられんわい」
「基本操作は同じですが、選択するエリアが変更になっています。カーソルをここに持ってきて頂ければ……」
「ほう、なるほどの。覚えればこっちの方が操作が早いということか」
「切替の際はコンソールスティックのダイヤルでもモード変更が出来ますので、急ぎの時は使い勝手良いですよ」
「じゃがこの操縦桿は物騒じゃのう。いかにも"戦地仕様改修機"じゃわい。よくこんな改造をメーカーが寄こしたもんじゃ」
「使うことは万に一つも無いような気がしますがね」
「ま、確かにいざとなったら手でエンジンを回しかねんからの、タリズマンは」

俺の仕事場たる後席にはベンジャミン大尉が収まり、改造後の後席システムの習熟訓練中である。俺はといえば、タラップをコクピット脇に引っ掛け、そこからアドバイスを出している、というところ。整備班に頼んで電源を立ち上げてもらい、最低限の画面と機能をONにしている……というわけだ。

「しかしまぁ、改めて見ると複雑な画面と機能とシステムが乗っかっているな、と実感するよ。それを使いこなしているマクフェイルとドランケンは大したもんだ。俺は前席で精一杯だし、こっちの方が性に合っていると再認識した」
「若干ですが、前席もモニタの機能が追加されていますので、それも確認して頂いた方が良いと思います」
「了解。しかし何だな、俺としては一人で飛ぶならF-16Cでも良かったんだけどな」
「そうはいっても、例のエース部隊「シュトリゴン」の根城に殴りこみをかけるんじゃ。あの凄腕フランカー相手ではF-16Cはちょっと辛いかもしれんのぅ。イーグルが妥当なところじゃて」

前席では、ランパート大尉がマニュアルを片手にしながらコクピット周りの機能確認を進めている。後席ほどのインパクトは無いとはいえ、機能を使いこなせないことは戦場で致命傷になりかねない。そういうところに関して隙が無いところ、さすがはタリズマンの僚機を務めるだけのことはあると実感する。ちなみに、俺の前席たるタリズマンは不在である。珍しいことに、ローズベルト少佐から呼び出されたのだ。いや、こういう言い方は適切ではないかもしれない。そんなに頻繁ではないが、出撃の無い夜などに食堂で酒を飲み交わしている場に、少佐はやって来たことがあるのだ。水と油、ではないが、当然タリズマンは少佐を弄り始める。が、少佐は少佐でうまく切り返す。「朱に交われば」何とやら、ではあるが、そういう上官なればこそこれまでうまくやって来られたのだろう、と思わなくも無い。それに、実質的に実戦部隊の頭領のようなタリズマンなら、ローズベルト少佐に呼び出されることも当たり前ではある。

「エッグヘッド、そろそろ下りてきて休憩したらどうだ?下から見ていて、延々とその姿勢を続けられるのは、却ってこっちが疲れてくる。ドランケンとて歴戦のパイロット、使いこなすまでにそう時間はかからないんじゃないか?」
「おう、すまんのぅ、ガブリエラ嬢。ほれ、マクフェイル。少しワシは自習することにするわい。ほれ、行った行った」
「あー、いや別に自分は」
「若いというのは羨ましいのぅ。からかいがいがあるし、見ていてこちらが恥ずかしくなるわ。のぅ、マーカス?」
「昔の自分を見ているようで、何だかむず痒くなるよ。ほら、レディを待たせるもんじゃない」

二人のこの余裕と来たら、一体何だろう?転げ落ちないようにタラップの手すりを片手で掴みながら降りた俺は、マニュアルやらチェックリストやらノートやらが広げられた簡易テーブル脇のパイプ椅子に腰を下ろした。足下から少し大きめの水筒を取り出したガブリエラは、カップの一つに中身を注ぐ。ほわっ、と白い湯気がカップから立ち昇る。

「ありがたい」
「気にするな。味は微妙かもしれないが、身体が温まるハーブティにしておいた」
「助かるよ。……ジンジャー?」
「ああ、少し加えてある。調合は企業機密だ」

自分の機体のメンテナンスを終えてこたらのハンガーに立ち寄った彼女は、陰険教師のレクチャーを眺めるのも面白そうだ、と言ってここに陣取っていたのだった。カップからはなかなか刺激的な香りが漂ってくるが、確かにこいつは身体を温めるのには良さそうだ。味はお茶というよりは漢方の薬を飲んでいるような風味ではあったが。まあ、悪くない。

「……それにしても、今度の相手がまさか空中要塞とはね。そんなデカブツが空を飛んでいる光景というのが、リアルでは今ひとつ思い浮かばない。漫画やアニメのイメージなら、何となく掴めるけれど」
「同感だが、既に20年前にベルカ……『国境無き世界』が運用した実績もある。案外、そのノウハウなんかもエストバキアには流れていたんじゃないか、と俺は推測するね」
「ベルカ事変か……うちの隊長あたりは、何か知ってるかもしれないな、確かに」
「そうか、ヘルモーズ隊長はベルカ事変の参戦者か。それもウスティオ側の」
「ま、話してもらえるかは別物だが、ウスティオにしてみれば旧ベルカの残党は決して看過出来ない敵性勢力であることは間違いない。期待してもいいんじゃないか」
「個人的にも、その話は聞いてみたいところだな。すまない、もう一杯もらえないか?」
「もちろんだ」

刺激的な風味ではあるが、かくも冷え込むエメリアの気候にはぴったりかもしれない。飲み干したカップに白い湯気をあげながら新たなお茶が注ぎ込まれる。礼を言って、再びカップに口を付ける。何となく、手足の指先が暖まってきそうな気分になる。

「このハーブティ、ウスティオで手に入るものなのか?結構この風味は気に入ったんだが」
「いや、平時のエメリアだったら普通に手に入れられていたはずだな。ただ、茶葉の産地はサピンなんだ。サピンの南のほうの田舎が一大産地になっている」
「詳しいんだな」
「ん?」
「いや、お茶の種類はともかく、お茶の産地までは普通あまり気にしたり、調べたりはしないだろう、と思ったんだが。実際、俺は自分が基地で飲んでいるコーヒーやらジュースの生産地がどこか、全然気にしたことが無い」
「興味の向く方向が違っているだけだろう、それは。私だって、マクフェイルほどに機械の仕組やコンピューターの知識、各国の歴史を知っているわけじゃない。好きな分野の知識の深さは、陰険教師のお前の方がずっと深いに決まっている」
「だから陰険教師はやめろって」
「一応褒めているつもりなんだけどな、私は」
「褒めているように聞こえないから、やめてくれ」
「一応、考えておく」

自分のカップを傾けながら、ガブリエラが何やら楽しそうに笑っている。自分が陰険な性格であるとは微塵も思わないが、融通を欠く性格は、もしかしたら陰険な雰囲気を生み出している原因なのかもしれない。かといって、そうそう簡単に性格が変わるものではないし、特に不便はしていない――ジュニアとガブリエラに弄られるという問題は除いて、だ。と、ガブリエラはハンガーの入口の方に視線を向けた。つられて振り返ると、少し前に呼び出されたタリズマンが戻ってきたところだった。ただ、一人ではなく、タリズマンと同じような体格の屈強な男がもう一人、案内されてきていた。

「珍しい組み合わせだな、あれは」
「珍しい、というか、陸軍の所属っぽいな」

ケセド島の頃とは異なり、大陸に戻ってきてからは基地内で陸軍の兵士たちの姿を見かけることは随分と少なくなっていた。が、タリズマンに案内されてきた男は、明らかに空軍の兵士たちとは異なる雰囲気を放っているし、軍服の下に隠れているであろう筋骨隆々の鍛え上げられた体は空軍の人間とは別次元である。……タリズマンを除いて、かもしれないが。そして、その「珍しい」陸軍士官は、俺たちにどうやら用事があるらしい。タリズマンがどこか仏頂面なのは、ローズベルト少佐に案内人役を押し付けられたからだろうか。さすがにパイプ椅子に座ったままで迎えるわけにはいかず、立ちあがって敬礼。

「何だよ、最近は俺が来ても敬礼しなくなったくせに、他部隊の奴にはするのかよ」
「いちいち面倒くさいからお偉いさんがいるときにしろ、と言ったのはご自分でしょう。……失礼しました」
「フフ……上官殿とはいい人間関係を築いているみたいだな。――自分は、ダントン・バンディッツ少尉であります。貴官がウルフガング・マクフェイル少尉でよろしいか?」
「はい。ガルーダ隊一番機、後席を担当しています」
「大きな作戦前の忙しい時に済まない。が、貴官にどうしても直接渡さなければならない物があって、上官殿に案内してもらった。手間を取らせました、エルフィンストーン大尉」

バンディッツ少尉は軍服のポケットを開き、そこから小さな小箱を取り出した。俺はその小箱に見覚えがあった。そう、あれは「集会」の時に、キリングスに見せてもらったものではなかったか?しばらく沈黙していたバンディッツ少尉は、やがて沈痛な表情を浮かべながら、ゆっくりと口を開いた。

「ディビット・キリングス二曹から頼まれた。これを貴官に託してくれ、と。――すまない、我々は彼を守ってやることが出来なかった」
「守って……バンディッツ少尉、何を言って……」
「キリングスは我々と共に、特殊任務に就いていた。そして、その作戦中、エストバキア軍との戦闘において受傷し……戦死したんだ」
「ちょ、ちょっと待って下さい。アイツは……キリングスは特殊部隊などで最前線の戦闘行為を行うようなメンバーでは無かったはず。それが、どうしてそんなことに」
「――済まない、細かいことは機密に抵触する。全てを離してやれず、申し訳ない」

手の平の上には、キリングスが昔を懐かしむように使っていたオルゴール。これだけが、俺の所に戻ってきた。どうしてアイツが。よりにもよって、どうして喜びを分かち合う相方が、こんなことに!気が付けば、理性よりも先に身体が動いていた。

「バンディッツ少尉、機密は分かる。だが、アイツは俺たちと一緒に戦った仲間だった。空中要塞の存在を暴き出した立役者だった!それなのに、どうしてアイツが死ななければならないんだ。どうして!」
「――済まない」
「バンディッツ少尉!!」

衝動に任せて、あろうことか俺はバンディッツ少尉の両肩を掴み、揺さぶろうとしていた。ガブリエラが何かを言おうとしているのが一瞬視界に入った。そのままにしていたら、俺は少尉に殴りかかってしまっていたかもしれない。だがそれよりも早く、俺の右肩を、誰かの手の平が押さえた。次の瞬間、強烈な力で少尉から引き剥がされた俺の左頬に、鉄拳と呼ぶにふさわしい拳が食い込んだ。強烈な右ストレート。視界に火花が散り、軽く吹き飛んだ俺の身体は、コンクリートの床の上を転がった。拳が食い込むと同時に、俺の眼鏡は吹き飛んで、格納庫の床の上を二回、三回とバウンドして転がる。早速痛みを発し始めた頬と、切れた唇を拭って視界を上に向ければ、鋭い視線をこちらに向けながら拳を振っているタリズマンの姿があった。その後ろには、口元を手で押さえているガブリエラの姿がある。

「――少し落ちつけ、エッグヘッド。バンディッツ少尉が、わざわざ自分の口でキリングスの死を伝えに来た。その意味が分からないほど、お前さんのオツムの出来は悪いわけじゃないだろ?」
「……」
「少尉は、キリングスから形見を託された。ということは、その場に居たという事だ。――少しは察してやれ、若造」

タリズマンの鉄拳は、俺の頭を冷静に戻すのに十分過ぎる威力を発揮していた。否、それでも多少は力を抜いてくれていたのかもしれないが、いずれにせよ取り敢えず頭が冷えたことには間違いが無い。殴られた拍子に形見のオルゴールを落とさずに済んだのはせめてもの救いではある。全く、タリズマンの言うとおりだった。俺の怒りは、バンディッツ少尉に向けるものではない。キリングスをそんな目に遭わせることになった、今の状況に対して向けなければならない。全く、タリズマンの言うとおり、俺としたことが不甲斐ない。不甲斐ないのだが、だからといって怒りが収まるわけではない。辛うじて残っていた理性を総動員して、激昂したくなる衝動を無理矢理抑え付ける。

「――取り乱して申し訳ない。形見は確かに受け取りました。……ありがとうございます」
「俺には、これくらいしかすることが出来ない。でも、アイツがいい友人を持っていたことが分かって、安心した。――ついでだから、貴官には伝えておきたい。空中要塞攻略に役立つ数々の情報を、キリングスは取り出してくれた。きっと、マクフェイルたちの役に立つはずだ。いや、役立ててやってくれ、アイツのためにも。俺からも、よろしく頼む」
「了解しました。――必ず」

友の形見 役目を終えて満足げにバンディッツ少尉はようやく笑顔を浮かべる。俺は再び、キリングスのオルゴールに視線を向けた。詳しいことまでは聞くことが出来なかったが、きっとアイツにとっては手放すことが出来なかった代物なのだろう。それを、アイツは俺に託してくれた。それにしても、身の回りだけでも一体何人、知り合いがいなくなれば終わるのだろう。スパンクラー隊長やプルトーン隊の仲間たち、ハーマン大尉、そしてキリングス。これを両国の兵士や市民に広げていったら、膨大な数の人間がたった数ヶ月の間にいなくなってしまったことになる。この戦争が無ければ、こんなことにはならなかったのに。こんな負の連鎖は、速やかに断ち切らなければならない。いや、断ち切ってやる。そのためにも、キリングスが命をかけて持ってきてくれた空中要塞の機密情報を、最大限活用してやる。操縦桿を握っているわけではない俺に出来るのは、ただそれだけなのだから。

「キリングス……畜生っ……!」

スパンクラー隊長たちの死を知った時には、目の前に迫った脅威に対抗しなければならなかった。実際、ゆっくりと考えている時間が取れなかった。だがそれが幸いしたのか、自分でも意外なほど冷静に、同僚たちの死を受け入れることが出来たように思う。でも、今回は同じようには行かなかった。連日のように生死を共にしているタリズマンたちほどに濃厚な付き合いをしていたわけではないが、間違いなくこの戦争中に出来た友人であった。その友人は、キリングスはもうここには戻ってこない。

「くそっ……!」

床に落ちて壊れてしまった眼鏡を拾ってきてくれたガブリエラが、それを渡せずにいることにすらしばらく気が付かず、怒りと熱が冷めるまで、俺はその場に立ち尽くすことしか出来なかったのだった。
これは、光――?ぼやけていた光景が、次第に焦点が合って来て、霞が少しずつ晴れていく。光は、顔の右側から差し込んでいるらしい。徐々にはっきりとしてきた光景は、どうやら建物の天井のようだった。ここは、どこ?どうして、私はここに……?思考回路は相当長かったらしい睡眠のせいか、全く機能していない。それどころか断線だらけのようで、記憶すら曖昧。そもそも今日が何月何日なのかも、はっきりと思い浮かべることが出来ない。身体を動かそうとするけれども、手足は鉛の様に重く、痺れていて、全く反応が無い。首を動かすこともままならないから、そもそも自分の身体が今どうなっているのかも分からない。

「――目が、覚めたみたいだな」

頭上から声が聞こえてきたけれども、声の主を捕捉する事が出来ない。と、向こうが視界に入ってきた。白衣を着ている。ということは、ここは病院であるらしい。それも、恐らくは敵の。その事実に、愕然とする。生きて虜囚の辱めを受けず、そう誓った身が、何たる不始末か。これでは死んでいった同朋たちに示しが付かないではないか。色々な感情が溢れてきて、気がつけば再び視界はぼやけていた。涙が止まらなくなっていた。

「生きていたことがそんなに嬉しいか。なら、回復も早いな。ただ、はっきり言っておくが、リハビリは相当大変、しかも長期に渡るだろう。喜んでいられるのも今のうちかもしれないぞ」

声の主――医師は何かを勘違いしたらしい。この涙を歓喜の涙と受け取ったらしい。冗談ではない。これは悔し涙だ。本意を全うできず、身動きもとれずにただ生き残ってしまった我が身を呪う慟哭の涙だ。そうか、相手は医師だった。ならば、逆のことも。改めて同朋たちに示しを付けるための方法も、当然知っているに違いない。口の中は乾き、唇と舌を動かすことも重労働だったが、今度は身体が反応した。

「どう……して……?」
「無理に口は開くな。案外体力を浪費するものだ」
「どう……して、たす……けた?」

滲む視界の向こうで、医師の顔が驚きを浮かべるのが分かった。確かに、言葉を発するのは、この身体には大変な負荷をかけている。だが、それならそれで良い。仲間たちの元へと遅れて逝けるのなら、それも悪くない。

「どうし……て、しなせてくれなか……った。わた……しが、いきのこ……っては、いけないのに――!」
「理由は簡単だ。お前は生き残る可能性があった。だから、助けた。死なせていい命なんてものは存在しない」
「ちが……う!」
「俺は医者だ。助かる奴を助けることが、俺の仕事だ。死なせてくれだって?甘えるな!死体になった奴は、そんなことも言う事が出来ないんだぞ。エメリアの人間も、エストバキアの人間も、数えきれないくらいの死体が、この街の周りに転がっていたんだ。それも、ついこの間まで。彼らだって、生き続けてやりたかったことがいっぱいあっただろう。その死体の数だけの、いろんなやることが、な。だが、お前さんは生き残った。いいか、生きてるんだ。生きてる奴は、やりたかったことを成し遂げるんだよ。それが、死んでいった人たちへ出来る、お前さんの償いだ」

決して大声ではなかったが、圧倒されていた。反論の余地が無かったからだか、こちらを睨み付ける医師の雰囲気に、完全に呑まれてしまったのだった。仲間たちが散っていったのは何のため?――私を死なせないために、勝ち目のない戦いの中で最善を尽くして、そして死んでいったのだ。彼らは、最期の最期まで、その役目を全うしてくれた。自らの命を犠牲にしてまで。勝ち目のない戦いを挑んで死ぬことこそ大義と考えていた私のせいで。そう気が付いたら、涙が止まらなくなっていた。

「先に言っとくが、お前さんは俺の患者だ。国籍なんぞ関係無い。しっかりと治療すべきこと、やるべきことは果たす。ただ、医者として、伝えておかねばならないこともある。リハビリで身体の機能はほぼ取り戻すことが出来るだろう。だが、気が付いていないかもしれないが……右目の視力は戻らない。それだけは理解していてくれ」
「みぎ……め?」
「当たり所が悪かったのだろう。残念ながら、失明している。光を取り戻すことは、無い」

そう言われてみれば、視界が記憶の中にある視界よりも狭い。その理由は、右目の視力が失われたからなのか。それでも、仲間たちの命に比べれば、安いものだ。私は生き残った。生き残って、これから何を為すべきなのか、取り敢えず、それを考える時間だけは大量にあることは分かった。生き残った者には、生きてやるべきことがある。その一言は、心に響いた。

「――ゆっくり休むことだ。食事も、少しずつだが取ってもらう。もう死なせてくれなんて、考えるんじゃないぞ」

他にも診る患者がいるのだろう。言いたいことを最大限言い切って、後は看護婦に任せて視界から顔が見えなくなる。これほどまで一方的に論破されたのは、随分と久しぶりではなかろうか?「死ぬ」という選択肢は、どうやら「逃げる」と同じことに、私の場合はなるらしい、と気が付く。それでも「死ぬ」という選択肢を取るのであれば、身体が回復した後、自分で頭を撃ち抜けば良い。それまでは、「死ぬ」という選択肢は延期――。散っていった仲間たちの顔を思い浮かべながら、みんな、ごめんね、と呟く頃には、溢れていた涙も止まり始めていたのだった。

「天使舞う空、駆け抜ける鉄騎」ノベルトップページへ戻る

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