決戦、空中艦隊・前編
どこまでも広がる青空。そして雲海。雲の切れ目からは、海の青々とした輝きが見える。旅客機の旅が普及した現代とあっては、座席の横の小さな窓からこの光景を眺めることは難しくなくなったが、ほんの少し前まで、その光景はパイロットだけのものであった。そして、現代になっても、その広い空を自在に飛び交うことはパイロットの中でも戦闘機パイロットだけに許された特権であった。だが、「そこ」に広がっていた光景は、明らかに現実感を損なうものだった。雲海の上を編隊を組んで行く機影は、戦闘機ないしは爆撃機の群れを思せる。遠目からの姿は、ステルス爆撃機のものかとも見えなくも無い。だが、良く見ると、そこには違和感を感じることだろう。仮に爆撃機だとしたら、そのスケールがおかしいのだ。その機影の大きさは、爆撃機とは比べ物にもならない程の巨体であることが、すぐに分かる。そんなデカブツが、それも単体ではなく複数、ゆっくりと空を舞っているのだ。その中央にある機影は最も大きく、両翼には多数のエンジン排気口の姿が見受けられる。エイを想像させるようなフォルムの中央部には航空母艦の甲板のような空間があり、その空間は機首へと抜けていた。即ち、航空機を運用する能力を持っている、ということだった。巨大な胴回りには砲塔の姿だけでなく、背面には何かの発射口らしきハッチの姿も確認出来る。いざ戦闘状態に突入したならば、格納されている砲門や対空兵器が姿を現し、敵を出迎えることとなるだろう。まさに、空中要塞と呼ぶに相応しい。これこそ、エストバキアの最高機密の一つにして、最高の切り札、「空中艦隊」の姿であった。

ゆっくりと進む空中艦隊の上空を、甲高い咆哮を響き渡らせながら、赤く彩られたカラーリングの群れが切り裂くように飛んでいく。その塗装、垂直尾翼に描かれたエンブレムや部隊章から、その航空部隊がシュトリゴン隊に属する機体であることが分かる。周辺空域の哨戒飛行――制空権が確保されている今、わざわざ危険地帯に立ち入るエメリア軍機など存在しなかったが――を終えた彼らは、空の上の彼らの巣に戻ってきたのだった。だが、「空中艦隊」にとっての敵とは、実はエメリアだけではない。その存在に薄々気がつき始めた他国の偵察機や洋上艦なども、排除すべき存在になりつつあったのである。エメリアとの戦闘も芳しくない状況になりつつある現在の状況は、「空中艦隊」にとっては好ましからざる状況と言わざるを得ない。エストバキアの勢力圏の縮小は、同時に「空中艦隊」の行動可能範囲の縮小にも繋がる事態だからである。

母艦の上空を通過していったSu-33の群れは、艦隊の中央を為す母艦の後方でそれぞれ反転し、エアブレーキを開いて母艦との速度を同調させていく。もともとリスクの高い航空甲板への着艦であるが、それを彼らシュトリゴン隊は空中で行おうとしているのだった。乱れる気流に時折翼を振られながらも、コースを逸脱することなく赤い死神の群れは進んでいく。

『アイガイオンより、シュトリゴン隊へ。後方乱気流に注意して進んでくれ』
『シュトリゴン2、了解。周囲に今のところ敵影は無い。詳細は帰艦後に改めて報告する』
『了解した。コットス各機、周辺の監視を強化しつつジャミングを展開せよ。マーカードローンの展開も開始する』

先頭のSu-33のタイヤが飛行甲板を捉え、白煙を上げる。洋上をノット単位で進む航空母艦とは異なり、駆け寄る甲板員の姿は無い。機体を収納するエレベータ付近までの移動は、パイロット自身が行わなければならないタスクであった。左側のエレベータに向かう先頭の機体の後方で、2番機、3番機が相次いでタッチダウン。それほどの時間を要す事も無く、シュトリゴンの全機の着艦は完了する。横長のトライアングルから離脱した2機の大型機――コットスと呼ばれたその巨大機は、編隊から少し先行するポジションを取る。もし、この空域でレーダーを眺めている者がいたとしたら、突如として周囲を多い尽くすノイズに驚くこととなったであろう。空中管制機のそれを遥かに凌駕する出力で展開されたジャミングにより、周囲のレーダーは無力化される。もっともそれはコットスの傍に位置する旗艦も同様ではあったが、その代わりの眼として、シュトリゴンと入れ替わりに射出された無人機が周囲の警戒を担うのであった。もし万が一、接近する敵の存在を確認した場合には、直ちに艦隊は戦闘態勢へと移行する。そうなったら、次は旗艦の両翼を固めているもう二つの巨大機の出番となる。コットスとは異なり、その胴体上を数多くの兵装が埋め尽くしている。旗艦を狙う敵戦力は、まずこの二機の巨大機の手洗い歓迎を受けることになるだろう。さらに、シュトリゴン隊のSu-33が加わる時、「空中艦隊」は圧倒的と表現するに相応しい攻撃力と防御力を発揮することとなる。撃墜不能の、空の要塞。エメリアに徐々に押し込まれながらも、最終的な勝利を信じて疑わないエストバキアの自信が、まさにそこにあった。

だが、難攻不落の不沈要塞、という自信は、知らず知らずのうちにエストバキアを蝕む過信へと姿を変えていたのかもしれない。エメリアによるグレースメリアにおける諜報活動を阻止出来ず、多数の機密情報を盗まれる結果となったとしても、些細な出来事程度にしかエストバキアの首脳陣は捉えなかった。ドブロニクですら、機密の漏洩に関しては眉をしかめたものの、それを以ってエメリアが軍事的な攻勢に出てくることを予想だにしなかったのである。だが当のエメリアはそうではなかった。機密とはいえ、断片的な情報を有効なものに組み上げ、さらにはカークランド首相の地道な外交努力によりもたらされた、軍事観測衛星からの精密な写真と位置情報とが、エメリアの作戦立案をサポートした。グレースメリアへの諜報員潜入の報を受けて、空中艦隊も飛行ルートやフライトスケジュールの組み換えを実施してはいた。だがそれは、必要な監視の目を得ている者から見れば、然程効果の無いカモフラージュでしか無かった。事実上、その運航スケジュールは、エメリアに筒抜けになっていたのである。
カヴァリア空軍基地を離陸し、途中で空中給油を受けた俺たちは、ゴースト・アイの誘導に基づいて南海上の上空へと集結していた。各機とも、搭載出来る限りの攻撃兵器を満載しての出撃である。アバランチ、ウインドホバー、スカイキッド、レッドアイ、カスター、アラモ、スティングレイ、さらに遠方からハンマーヘッド、「ケセド組」を構成しているほぼ全ての部隊がこの作戦には動員されていた。さらに、サン・ロマに合流した他の航空部隊も動員され、まるで開戦の日の光景のように、多数の戦闘機部隊が群れを為している。俺たちは、ここまで勢力を取り戻すことに成功していたのだ。そして今日、俺たちがこうして集結しているのは、何も航空ショーをするためではない。開戦当初から俺たちを苦しめ続けてきた、エストバキアの切り札に引導を渡すためにここに来ているのだ。

今や敵本拠地と化したグレースメリアに潜入した工作部隊が入手してきた情報は、エストバキアがこれまで隠し続けてきた切り札の存在をようやく明らかにしてくれた。それは同時に、俺や今は亡きキリングスが想定した敵の正体を補完し、その姿を暴くのに充分であった。エストバキア軍は、この戦争が始まるよりもずっと前から――厳密には、エストバキアの軍閥の一つ、東方軍閥はその内戦の終盤から、既に切り札の運用を始めていたのであった。――空中艦隊。子供の妄想ではなく、それを現実的な兵器と戦術構想を以って、エストバキアは、ドブロニク将軍は実現したのである。「P-1112 アイガイオン」――全幅950メートル超、全長430メートル超という途方もないサイズを誇る重巡航管制機が、その艦隊旗艦。もし、これだけだったらなら、その運用構想はベルカ戦争末期の「国境なき世界」における、XB-0のそれと大差が無かっただろう。だが、当時としても想定外の巨体を誇ったXB-0でさえ、「円卓の鬼神」たちの猛攻により、撃墜を余儀なくされた。その運用構想の弱点を克服すべく、ドブロニク将軍が取った手段は、旗艦を護衛する巨大機をさらに建造し、「艦隊」を構成して対処するというものであった。各種電子戦装備を満載し、友軍とのデータリンクにより戦闘支援を役目とする「P-1113 コットス」、対空兵装・ミサイル兵装を多数装備し、敵戦力の迎撃を役目とする「P-1114 ギュゲス」が、アイガイオンの周囲を固める。さらに、アイガイオンは護衛機として最高の戦闘機部隊を従えていた。――シュトリゴン。開戦の日から、俺たちの前に幾度も立ちはだかった、あのエース部隊である。

そんな強敵に、真正面から挑んだとしても全滅の憂き目に遭うだけのことである。よって必然的に、取り得る選択肢は奇襲攻撃のみ、と限定されることとなった。少なくとも、コットスとギュゲスがその役目を問題なく果たすことが出来る環境下では、奇襲が成功する見込みは限りなくゼロに近い。しかも、仮に両者が無いとしても、アイガイオン本体が「重巡航管制機」の名の通り、強力かつ広範な領域をカバーするレーダーを持っている。こちらが攻撃有効範囲に到達するよりも早く、例の巡航ミサイルが飛来するのがオチであった。ニンバス、と名付けられたその巡航ミサイルの仕組に、俺は正直なところ感心したものである。ニンバスの仕組は次のようなものだ。まず、攻撃目標・攻撃地点を特定するための観測機であるUAVが戦域情報を収集する。次に、攻撃対象・空域を特定したUAVが、言わば攻撃誘導機としてニンバスを誘導する。最終的に、UAVにより誘導されたニンバスは目標地点に到達、炸裂弾頭による空域制圧を実行する――ざっと、仕組はこんな感じだ。タネが分かってしまえば簡単だが、俺はちょっと悔しい。開戦当日、グレースメリア市内を飛行するUAVの姿を、俺は確かに捉えていたのだから。まさかこんな使い方をしているとは予想もしなかったが、その一端に触れていながら気が付けなかったことは、正直残念である。

これじゃあ近付きようも無い。誰しもがそう思った。だが、キリングスはそれを突破するためのアイデアをしっかりと仕込んでくれていた。「P-1112 アイガイオン」が原子炉を搭載していたとしたら、正直俺たちはお手上げだった。だが、空中艦隊を構成する各機の図体は想像以上ではあったけれども、空を飛ぶ原理は俺たちと大して変わらなかった。そう、彼らが空に留まり続けるためには、燃料が必要なのである。補給する手段は二つ。着水して行う海上での補給と、飛行したまま行われる空中給油、である。このうち前者は、補給拠点がエストバキア本国に近い港湾部に位置するため、エメリア本土全体を取り戻していない俺たちが攻撃を仕掛けるのは極めて困難。よって、選択肢からは除外するしかない。残ったのは、空中給油のタイミング。しかし、空中艦隊が空に上がる時は万全の迎撃態勢が出迎えてくれるのではなかったか?――そうではなかった。エストバキアから奪取された様々な極秘情報に差し込まれていた、キリングスのメッセージが解決策を示してくれたのだ。

空中艦隊の母艦であるアイガイオンは空中給油に当たって多量の燃料と長い補給時間を必要とする。この時、強力なレーダーを使用したままとすると空中給油機の運航や電子機器、更には搭乗員の人体に甚大な影響が出ることから、アイガイオンを始めとした空中艦隊の各機は進行方向のレーダーを一時的にカットせざるを得ない。この結果、アイガイオンと同高度の正面方向にレーダーに引っ掛かることのない空白空域が生じることとなる――。そこまで分かれば、後は空中給油のタイミングさえ掴めれば良い。アイガイオンの行動域となっている南海方面中心に行われた通信傍受の結果、グレースメリアやエストバキア方面との間で交わされているいくつかのチャンネルが特定された。後は必要な情報が流れてくるのを待つだけ。満を持して、エメリア航空部隊による敵空中艦隊殲滅作戦は実行に移されたのである。

『この作戦が発動されるまでに、決して少なくないエージェントの血が流れてきた。彼らのためにも、そしてこれまで奴らによって葬られてきた同胞たちのためにも、この一戦は負けられない。全作戦機、心してかかれよ』
「フン、言われるまでもないぜ。なぁ、エッグヘッド?」
「勿論です。目標との相対高度、プラスマイナスゼロ。同高度、真正面を確保。全兵装、問題なし。コンディショングリーン」
「やれやれ、後ろが陰険な機械人間に戻っちまったぜ。気持ちは分かるが、入れ込みすぎんじゃねーぞ」
「……了解」

陰険な、は余計だと言いたいところではあるが、タリズマンの指摘もまんざら外れではないので黙っておく。ついでに言うと、腫れ気味の頬がつれて痛むので、あまり長くは喋りたくないのが実際のところ。ま、これは自業自得でもあるので仕方ないが。レーダーモニタに視線を移せば、電子妨害のヴェールをようやく脱ぎ捨てた「空中艦隊」の巨大な反応が、俺たちの正面に鎮座して輝いている。その中央に布陣する最も大きな光点が、「アイガイオン」であろう。その前方には、複数の空中給油機の姿。幸いにも、エストバキアのエース部隊「シュトリゴン」の姿は捉えられていない。周辺警戒で彼らが展開していたとしたら厄介な事態だったけれど、アイガイオンの腹の中に収まっているならば、それは僥倖。戦闘中にスクランブル発進してくる可能性はあるだろうが、万全な状態で無く出てくるのであれば、俺たちの生存率はこれまでよりもぐっと引きあがるはず。それだけに、一撃目にはそれなりのインパクトが求められることとなるが、そのためにわざわざ後方にハンマーヘッド隊が展開しているのであった。

『しかし、空中艦隊か……。どうにも現実感の湧かない話だが、エストバキアも良くもまぁ、そんなもんを運用する気になったものだ』
『アバランチの言い分も分かるがな、ベルカ戦争や例の環太平洋事変の時だって、まさか、ってな兵器が運用されてきたんだ。でまぁ、それらの大半はぶっ壊されてきた。今度は俺たちが、最も新しい事例を作る番だ』
『スカイキッドくらい、気楽になれれば良いんだがな……』
『ブリザードよりアバランチ、隊長がそんな調子でどうする。エッグヘッドを見ろ。気合が入りすぎて火器完成システムそのものになりきってるくらいだ』
『ジュニアよりブリザード、多分それはいつも通りだ』
『ビバ・マリアよりジュニア、――言い過ぎだ』
『うっ』
『ヒッヒッヒ、エッグヘッドも果報者じゃのぅ』
『おいおい、ドランケンまで何だ。エッグヘッドの気持ちも少しは考えてやったらどうだ』
「おい、聞いているか後席、この果報者。少しはムスッとしたその面、無理矢理ほぐしておけよ」
「――分かりました、分かりましたよ。各機、心配かけてすまない。俺は大丈夫です」
『素直なエッグヘッドってのも調子狂うな』
『ジュニア!!』

皆に気を遣わせていることが分からないほど、今の俺は鈍感じゃない。だが、そろそろ来るだろう、と予測していた通り、不機嫌な声が聞こえてきた。

『――お前らの指揮を執っていて、私は機嫌が良くなった試しがほとんど無いぞ。何度も何度も言わせないで欲しいが、作戦は始まっている!……後は各機で考えろ』
「ちゃんと最後にオチを付けてくれるから収まっていると俺は思うがな」
「タリズマン、聞こえてますよ」
『しっかり聞こえているぞ、二人とも』

ゴースト・アイに睨まれるのはいつもの事だが、何やらビバ・マリアがブツブツ言っているのが僅かに聞こえてくる。聞き取れなかったうえに、どうやら母国語を使ったらしいので内容は分からなかったが、キリングスの死に直面して動揺した俺のせいで、世話を焼かせてしまったのは事実だ。この作戦が終わったら、侘びの一つも入れないことには申し訳が無い。――他の皆にも、だが。ただしジュニアは除く。

視線を前方に移す。タリズマンの後姿の向こうに、どこまでも広がる大空。薄い雲が俺たちの周りを覆っていて、時折綿の塊のような雲が翼に引き裂かれていく。これはこれでカモフラージュになるので、好都合ではある。遠く。空のずっと遠くで、太陽光が何かに反射するのがちらりと見えた。見えた。俺たちを、俺たちの国を再三に渡って苦しめてきた元凶の一つが、ついに俺たちの手の届くところまで近付いてきた。光を煌かせたのは、どうやら前方に居並んだタンカーの群れらしい。その光点の向こう、相当な距離があるにもかかわらず、平べったい形の「空飛ぶ山」の影が姿を現す。

「いくぞ相棒、今日があのデカブツの命日だ」
「了解です。タリズマン、正面のタンカー二つ、可能なら主翼や尾翼を無力化出来ますか?」
「何で」
「アイガイオンにぶつけられれば、我々の抱えてきたミサイル1本より、強力なダメージを与えられるかもしれません」
「――フン、面白い発想だな。いいだろう、のってやる。シャムロック、聞こえたな?」
『勿論だ。ガルーダ隊より各機、正面の二つはガルーダの獲物だ。俺たちがもらう』
『こちらスカイキッド、俺たちは左側だ』
『ウインドホバー隊より各機、俺たちは右側を叩く』

各隊それぞれ、攻撃を始めるべく態勢を整えていく。俺とタリズマンの乗るF-15Eを中心に、今日はF-15Cを操るシャムロックとドランケンが両翼を固める。機体が加速する。スロットルレバーが先ほどよりも押し込まれたのだ。ワイドレンジのレーダーには、既にアイガイオンを中心とした空中艦隊の姿がはっきりと映し出されている。ここまで気が付かれずに近づけたことは僥倖といって良いだろう。今や、俺たちは肉眼でもはっきりと敵部隊の姿を正面に捉えていた。

『ウインドホバー、エンゲージ!!』
『レッドバロン、エンゲージ!先陣はもらった!!』

アイガイオン戦、開戦 ウインドホバー隊、スカイキッド隊、攻撃開始。放たれたミサイルの排気煙が8本、アイガイオンの前に並んだタンカーの右左の4機にまっすぐと伸びていく。まだ充分に燃料を満載しているに違いないタンカーに、機敏な機動は出来ない。まともな回避機動を取る暇も与えず、放たれたミサイルはそれぞれの獲物へと牙を突き立てた。巨大な火の玉が空に膨れ上がり、千切れた破片や燃料ホースが弾け飛ぶ。俄かに赤く彩られた空を、ガルーダ隊の3機が突撃する。僚機が火の玉と化し、慌てて回避・離脱を試みようとしたタンカーの一つを、タリズマンは見逃さなかった。機体を少し傾けながら、その無防備な腹を狙う。タリズマン、ガンアタック。1秒に満たない僅かな時間ではあったが、タンカーの機体後部、水平尾翼と垂直尾翼の辺りに集中して撃ち込まれた機関砲弾は、尾翼に穴を穿ち、引き千切り、そして機能を奪い取った。もう一方のタンカーは、シャムロックとドランケンの連携により、右主翼と水平尾翼を奪い取られる。全幅1,000メートルに至るアイガイオンの巨体が、文字通り壁となって俺たちの目前に迫る。高度を上げ、俺たちはアイガイオンの頭上をフライパス。その後方へと一気に抜ける。

『畜生、機体をコントロール出来ない!!』
『エメリア空軍だと!?まさか、このタイミングを狙ってきたとでも言うのか?』
『正面タンカー、回避不能、衝突コース!』

アイガイオンの後方、少し上へと上昇する愛機から、俺は後方に視線を動かした。世界最大の旅客機であるA380ですら、小鳥に見えるような巨大な胴体が広がっている。空を飛ぶ巨大なエイとでも評するのが良いだろうか?その機首付近に、ノーズアップ姿勢のまま制御を失っていた空中給油機の一つが背中から衝突した。あっさりとへし折られたタンカーの機体は、次の瞬間紅蓮の炎の塊と化す。もう1機のタンカーは、アイガイオンの下方で衝突したらしい。新たな火の玉が膨れ上がり、歓声が無線に響き渡る。だが、その巨大な爆発ですら何の影響も無いとでも主張するかのように、炎と煙を引き裂いてアイガイオンの巨体が進む。確かに、圧倒的な質量を誇るアイガイオンと比較すれば、空中給油機など紙飛行機みたいなものだろう。だが、高速での衝突、爆発による衝撃、熱、炎、そういったものは少なからずのダメージを確実に与える。衝突した辺りから、空中給油機のものではない黒煙が吹き出していく。一撃目としては成功の部類に入るだろう。

だが、このままではジリ貧なのが今の俺たちの立場。アイガイオンも、コットスも、ギュゲスも、今や完全なる戦闘態勢に入ろうとしている。特にギュゲスはあの巨体からは想像出来ないような機動力と、戦闘機とは比べ物にならない数の兵装をしこたま積んだ、空飛ぶ針ねずみだ。まともに相手をしていたら、アイガイオンと対峙する頃にはこちらの弾薬はすっからかんだろう。――だから、そのためのハンマーヘッド隊だった。ウインドホバー、アラモの各機に周囲を取り囲まれているギュゲスの1機が、反転して本格的な対空戦闘を開始しようとしたその矢先、1つ、2つ、3つと火球が膨れ上がる。アイガイオンの前方に出て電子支援に入ろうとしていたコットスの1機にも、そしてアイガイオン本体にも、次々と火球が膨れ上がり、爆炎がその巨体を舐め回す。

『攻撃第一波の命中を確認!!』
『弾の使い惜しみをするな。ここで全部使い切るんだ。第三波、撃ーーーーっ!!』

炸裂したのは、俺たちの後方でハンマーヘッド隊が放っていた、巡航ミサイルの群れだった。と、ズシン、という衝撃音が響き渡り、艦体後方に複数の直撃弾を食らったギュゲスの1機が炎に包まれる。それでも必死に対空砲火を撃ち放しながら周囲を舞う戦闘機たちを狙うが、制御を失ったらしい艦体はどんどんバンク角を大きくしていく。やがてほとんど90度に近い角度まで傾くや否や、再び轟音を発したその全身から炎が吹き出した。小爆発を繰り返して痙攣するように震えた艦体は、とうとう裏返しになって高度をどんどん下げていく。再び仲間たちの歓声。そこに次の攻撃が殺到。既にネタはばれている以上、迎撃されて破壊されるミサイルも出てはいたが、再びアイガイオンの巨体に炎が膨れ上がる。

『あの前にいるデカブツ、邪魔だな。ウィープレイ、ソウフィッシュ、来い。やるぞ』
『了解!』
『ああ、蜂の巣にしてやるぜ』

エメリアの誇るタンク・キラーたちがコットスに襲い掛かる。接近戦時はギュゲスの支援があることが前提のコットスには、満足な戦闘兵装が存在しない。そしてスティングレイ隊の面々は、電子妨害の影響をまずは受けることの無い、無誘導兵装を満載してここまでやってきていたのだった。空にばらまかれる爆弾を俺は初めて見たような気がするが、それらはコットスを支えるエンジンの群れに向けて降り注ぎ、そして炸裂した。大爆発はかの艦体を上下に貫き、生じた火柱が上方と下方の双方に噴き上がる。ごう、と黒煙を吐き出した敵艦が、右方向へと旋回しながら必死の回避機動へ。そこにアバランチ隊が加わっての波状攻撃が襲い掛かる。小さな猛禽たちに啄ばまれる電子戦艦は、最早アイガイオンの支援に回ることも出来ずに逃げ回る。

『ゴースト・アイより全機、周りの獲物にばかり気をとられるなよ?本命はアイガイオンだ。――潰せ!』
「言われるまでもない。行くぞエッグヘッド」
「了解。目標選定は完了しています」
「いい仕事だ。さあ、可愛がってやるぜ、デカブツ野郎!!」

ロールを打って、タリズマンが降下体制に入る。シャムロック、ドランケンがそれに続く。アイガイオンの全身の砲門が姿を現し始める。浴びせかけられる火線をものともせず潜り抜け、攻撃ポジションを取る。――キリングス、見てろよ。お前の無念、俺たちが必ず晴らしてやるからな。心の中で今は亡き友に誓いながら、攻撃を突き刺すべき目標を睨み付けるのだった。

「天使舞う空、駆け抜ける鉄騎」ノベルトップページへ戻る

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