決戦、空中艦隊・中編
アイガイオンの巨体は、その図体ゆえに捕捉して攻撃すること自体は容易であった。だけど、効果的に攻撃を加えられるかどうかはまた別問題である。装甲の分厚いところ、構造的に頑丈なところ、放っておいても支障の無い兵装、それらを殲滅出来るほどの弾薬を、俺たちはあいにく持ち合わせていない。だから、俺たちの狙いは極めてシンプル。飛行不能になるよう、エンジンは徹底的に破壊すること。その攻撃の邪魔となる対空兵装は排除しておくこと。この二点である。初めから敵航空戦力との戦闘は敢えて想定せず、いざとなったら撤退する前提で対地ミサイルを可能な限り満載してきたアラモ・カスター両隊が、ここで大活躍をしてみせる。今や歴戦の戦士の一員となった彼らは、見ているこちらが「お見事」と言いたくなるような急降下攻撃で、アイガイオンのエンジンを覆い隠していた装甲板を破壊し、早速一部のエンジンに損害を与えることに成功したのだ。
『ヒヨッコたちが随分と成長したもんじゃ。ほれぼれするような急降下爆撃だったぞい』
『こちらカスター1、まだ皮一枚剥がしただけです。残りもしっかり叩き込んでやります!』
『おっと、こちらは稼ぎに響くんでね。美味しいところは俺たちがもらってくぞ』
彼らに負けじ、とブラッディマリー、マルガリータのレッドアイ隊の2機が襲い掛かる。エンジンが剥き出しになったアイガイオン右翼目掛け、ミサイル発射。巨大な翼に吸い込まれるように消えていったミサイルだったが、程なく、豪快な火柱が三本吹き上がった。
『右主翼メインエンジン、出力低下!』
『敵の攻撃で火災が発生している!D-33ブロック、34ブロックに火が回った。消火活動急げ!!』
襲撃者たちに復讐を果たさんと、対空砲火が彼らを追う。それこそ好機。こちらのマークが薄くなったところへ、俺たちは襲い掛かる。急速に迫り来るアイガイオンの巨体をモニター越しに睨み付けつつ、攻撃目標の選定を完了。周辺の状況もレーダーに視線を動かしながら確認し、脅威の有無をチェック。
「タリズマン、目標1番から4番まで、捕捉完了」
「上出来だ。さあ、こいつを食らいやがれ」
エンジン攻撃の邪魔になる対空兵器を狙い、ロックオン。愛機から放たれたミサイルは猛然と加速し、目標へと殺到する。どうやら未使用時はシャッターの下に隠れているらしい対空機銃に、ミサイルが突き刺さった。先ほどのカスター隊やレッドアイ隊の攻撃に比べれば小さな爆発であったが、内部構造に吹き荒れた爆炎と衝撃波と破片とが複数のブロックの機能を麻痺させたらしく、表面上は無傷の機銃も沈黙。そうして拡大した安全地帯に次から次へと波状攻撃を浴びせ、俺たちはアイガイオンの羽を少しずつ毟り取っていく。極論を言えば、エンジン攻撃はガンアタックでも少なからぬ損傷を与えることが出来る。そのための突入口を確保するのが今は最優先だった。
「それにしても、さすがに頑丈だな。戦闘機相手ならとっくに何機も落ちてるぞ」
「装甲だけなら戦闘機がかなう相手じゃないですがね。とにかく飛行手段を奪うのが先決です」
「だな」
アイガイオンの巨体のハッチが次から次へと開き、対空砲が、対空ミサイルランチャーがその姿を現す。アイガイオン単体での行動に保険をかけるためにギュゲス・コットスが脇を固めているのだろうが、アイガイオン単体でも十分に危険過ぎる戦力であることが改めて分かった。もし、このデカブツが「国境なき世界」によって運用されたという「XB-0」をモデルにしているのだとしたら、戦闘機部隊による空中襲撃というリスクに対処するための能力は徹底的に見直されていると違いない。そして、サイズ自体もさらに大型化されたアイガイオンなら、遥かに多くの対空兵器と弾薬を抱えて飛ぶことが出来る。まったく、ドブロニクという男は恐ろしい。軍閥の一勢力の長などという肩書きを遥かに超えた発想と戦略を描く辺り、相当の人物であることは間違いないだろう。だが、取り敢えず、今は相手にするのにこんなに厄介な巨大兵器を考え付いた、憎たらしい相手、今はそれだけで充分満足!小手先の対空攻撃では埒が明かないと判断したらしいアイガイオンが、本格的な迎撃態勢を取ってきた。ほんの僅かな時間いただけで細切れになりそうなほどの猛烈な弾幕が空間を覆い尽くしていく。
『とはっ、これは洒落になって無い!鉛玉とミサイルのシャワーかよ!!』
『ゴースト・アイより各機、アイガイオンの機体腹部は比較的兵装が少ないはずだ。どうしようもない場合には下へ逃げろ!』
『そういうことは先に言っておいて欲しいね、全く』
無茶をしても勝ち目が少なくなるだけ。確かに、アイガイオンの機体腹面には兵装が少ない。これは飛行艇としての側面も持つアイガイオンとしては、着水面にあまり複雑な構造や突起物を配置出来ない構造的な問題と言える。だが、恐らくこの難物はそんな事態にも備えがあるはず。そんな不安が的中したかのように、耳障りな警告音がコクピットの中に鳴り響く。俺たちの後方から、アイガイオンの放った空対空ミサイルが群れとなって、襲いかかって来る!
『実に行き届いた歓迎じゃのう』
『ドランケンくらいに気楽になれれば良いんだがな、そんな場合じゃないぞ、こいつは!』
「シャムロックに同感だ。おい相棒、何か良い手は無いか?」
「取り敢えず壁にぶつけて下さいとでもしかアドバイスのしようが無いです」
「壁?あ、なるほど壁か」
「ちょっと、何をするつもりで……」
アイガイオンの巨大な翼の下を舐めるように、タリズマンが機体を横へとスライドさせていく。そんなこちらの姿を追って、敵ミサイルの排気煙が針路を変えていく。と、翼に覆われていたはずの俺たちの頭上に、青空が姿を現した。きっとタリズマンはしてやったり、という笑みを浮かべていたに違いないだろう。主翼の根元に開いた空間から、まんまと俺たちはアイガイオンの翼の下を脱し、その機体前方へと躍り出たのだ。獲物を見失った敵ミサイルは次々とアイガイオン本体へと突入し、火球を量産していく。続けて対空攻撃の火線がすぐさま俺たちを追いかけてくるが、機体を加速させて安全地帯へと逃れる。右手にアイガイオンの巨体を眺めながら、俺たちは再び巨体の後方へと舞い戻る。仲間たちはと言えば、彼らも彼らなりの方法で攻撃を何とかやり過ごして再びアイガイオンの後方へと集結してくる。翼の下スレスレで反転してミサイルを翼にぶち当ててかわす者もいれば、俺たちと同様の方法で難を逃れる者もあり、一方のアイガイオンと言えば、自らの攻撃により自らの身体を少なからず傷付けた、といった状況だ。
近付き過ぎれば対空機関砲の餌食となると分かっている。となれば、ある程度の距離をとっての攻撃が一番効果的。当初の予定通り、接近戦を仕掛けるための安全地帯を確保するのが最上の策。後方からの攻撃時に明らかに支障になるであろうミサイルランチャー、大型の対空砲、その辺りをターゲットとして選定。レーダーロックを開始。戦闘機のように動き回ることは無い目標群は、程なく捕捉され、ロックオンを告げる電子音がコクピット内に鳴り響く。タリズマン、ミサイル発射。ガルーダ2、3も続けてミサイル発射。ほとんど横一列に並ぶように加速していくミサイルが、やがて目標に突き刺さっていくつもの火球を出現させていく。お返しとばかり、敵からもミサイルが放たれる。各機、ブレイク。俺たちは降下してやり過ごすことを選択し、再びアイガイオンの腹の下へと逃れる。ひと段落したところで再びふわりと上昇。手近にあった目標に対して攻撃開始。新たに火柱と火球をアイガイオンの巨体に刻みこんで、次の攻撃の機会を窺う。そこへミサイルアラート。このデカブツ自体が極めて高性能な管制機でもあることが、全く洒落になっていない。左方向へ急旋回、アイガイオンのどてっ腹に針路を向け、さらに旋回へ。目まぐるしく変わる眺めに頭が置いていかれそうだ。
「しかし、ちまちまやるのはどうにも性に合わねぇな。エッグヘッド、デカブツの現況寄越せ」
「ちょっと待って下さい……よし、データ来ました」
「フン、いくらかは効いて来ているみたいだな。ま、そうでないと俺たちがジリ貧になるだけだが」
「とはいえ、全部の兵装を潰すのは難しそうです。それに、敵航空部隊がまだ出てきていないのが気になります」
「ん?俺はむしろ早く出て来てくれることを待っているんだがな。このまま腹の中でお陀仏になるのを待つ奴らでは無いだろうし」
おいおい冗談だろ、空中艦隊だけでも持て余しているってのに、このうえシュトリゴン――エース中のエース部隊が来るのを待っているだって?どう考えても俺たちにはトドメの一手を打たれるだけだと思うんだが、タリズマンの頭の中ではそうはなっていないらしい。圧倒的な火力と火線と、圧倒的な戦闘能力を持つ集団。このまま出てきてくれない方が余程マシだと思うのは、俺の頭が固いからか?
「そんな目で見るんじゃねぇよ。我に策アリ、って奴だ。誰よりも誇り高いあいつらだからこそ、引っかかるってな」
どうやらタリズマンは、本気でシュトリゴン隊が出てくることを待っているらしい。シュトリゴン隊だからこそ、引っかかる罠だって?先程のミサイルのように、アイガイオンへの攻撃の代わりにするつもりか、それとも……。取り敢えずはアイガイオンの現況データを整理しながら、いつ奴らが出てきてもいいように、俺はレーダーモニタを睨み付けるのだった。
通路を震わせる震動と轟音は静まる気配も無く、断続的にアイガイオンの巨体を揺るがせている。エメリアの執念とも言えるこの奇襲攻撃は、結果として見事に「空中要塞」の最大の弱点を突くことに成功した、と今は認めざるを得ない。XB-0の時は「円卓の鬼神」や「マッドブル・ガイア」にヴァレーの傭兵たち、環太平洋事変の際はラーズグリーズの悪魔たち、そして今回は「鳥のエンブレム」にエメリア空軍の猛者たち。頭だけでなく身体で空の殺し合いを知っているエースパイロットの軍勢に包囲された時、「空中要塞」の武装は無力であったりする。戦闘機の機動に及ぶべくも無いその巨体は仇となり、攻撃を甘んじて受けるしかないからだ。それでも、このアイガイオンはXB-0の失敗から学んだ教訓を最大限に活かし、さらに単体での運用リスクを回避するために護衛用の要塞までも揃えたはずであった。――最終的には、やはり人間の油断が問題となるのか?エメリアによるサン・ロマ市の制圧、グレースメリア市におけるエメリア軍諜報部隊の侵入騒動、そして今回のアイガイオン襲撃とは、全て繋がった事象であるとロレンズ・リーデルは悟っていた。エメリアは、このアイガイオンを葬るために、多くの損害が出ることを承知の上で諜報部隊をグレースメリア市に潜入させたのだ。敵部隊の掃討作戦には本国筋の諜報軍が対処したとは聞いていたが、アイガイオンに関する機密情報の流出を止められなかったのは彼らの無能の証明か、或いは――?
「失礼します、隊長。やはりシュトリゴンは出るようです」
「そうか……。過ぎた誇りは、時に視野を狭め、選択肢を少なくする。祖国の同僚にもそんな指揮官がいたが、エストバキアも例には漏れなかったか」
「鳥のエンブレムを目の前にして、座して死を待つのはエストバキア軍人として最大の屈辱だ、とも言っていましたな」
「軍人として至極真っ当な発言ではあるが、残念ながらこの局面においてはその決断は失敗だな。ヴォイチェク氏なら、この局面で全く異なる判断をしたかもしれないのが残念だ。彼らは、結果として一番手っ取り早くエメリア軍を退ける手段を自ら放棄したわけだからな」
「エストバキアは、この一戦で切り札とエース部隊の双方を失うわけですな」
「決定ではないが、その確率は極めて高いと言って良いだろう。ドブロニク将軍は「切り札」を失ったとは思わないかもしれないがな」
レーダーなどを見る限り、エメリア軍の増援が接近する気配は無い。ということは、今この空域に展開している部隊が全戦力ということになる。その戦力によってアイガイオンは少なからぬ損害を受けることにはなったが、それでも致命的な損傷を負ったわけではない。損傷を受けたブロックは拠点に帰還した際に交換してしまえば良いだけのこと。エメリア軍の攻撃は熾烈だったが、弾薬が尽きてしまえばそれで終わり。だが、そこにシュトリゴンを出してしまったらどうなるか。シュトリゴン部隊の戦闘力は、かつての祖国のエース部隊のパイロットたちに決して劣ることは無いだろう。しかし、絶体絶命の危機から這い上がってきた連中のしたたかさと恐ろしさは、時にそういう実力差を簡単にひっくり返す。それを、リーデルは身をもって知っている。もしエメリアの連中の一部が、シュトリゴン部隊が出てくることを意図的に待っていたとしたら――?そう、その時、本来なら最大限に活用すべきアイガイオンの弾幕が効果を発揮出来ないかもしれないのだ。
「ゼルナード、アムリッツ、「迎え」の手配はどうなっている?」
「その点はご安心を。戦域内に既に到達し、「回収」の準備は整っているとの連絡がありました」
「なら良い。エストバキアでの我々の任務は終了だ。乱戦を利用して我々は離脱する」
「了解しました」
「もっとも、私は少しやり合いたい相手がいる。そ奴との決着を付け次第、だがな」
リーデルはそう言いながら、顔の半面を覆う古い傷跡――それは、重度の火傷によるものだった――を手で撫でた。その傷跡が言っている。お前がやり合いたい敵が近付いているぞ、と古傷を疼かせている。ここしばらく、そんなことは無かった。だが、このエメリアの戦いで少しは満足を得られそうであることに、リーデルは喜びを感じつつあったのである。
「体調の悪い癖が出ましたな。ほどほどにしておいて下さいよ」
「分かっている。だが、傷が呼んでいるんでな」
アイガイオンが傍受している敵の交信に、聞き覚えのある声が混じっていることにリーデルは気が付いている。その声の主は、かつて自らの手で撃墜したエメリアのパイロット――どうやら、20年前に「円卓」で会敵していた男のものだった。グレースメリア市においてエメリア軍のデータベースを確認した際、リーデルはテディ・ベンジャミンという男の情報を見つけ出していた。かつてのベルカ事変において連合軍の一員として数々の戦闘に加わって生還したパイロットの一人。それだけなら他にも多数のパイロットが存在するだろうが、この男の特筆すべき点は、ベルカ事変後の事態をも知っているという点だろう。立場も境遇も違うものの、老兵と呼ばれても良いこの歳まで飛び続けているところに、リーデルは親近感すら覚えていたのだった。
『出撃可能な機体は全て出撃せよ。繰り返す、出撃可能な機体は全て出撃せよ、エメリア軍航空部隊を迎撃、殲滅せよ――!』
『シュトリゴン隊、出撃準備完了。急ぎ出撃させるんだ!』
慌ただしいアナウンスが艦内に響き渡る中、三人の男たちはそんな緊迫した空気などどこ吹く風、といった様子で、それぞれの愛機の元へと歩き始める。彼らにとっては、むしろこの状況こそが日常でもあり、慣れ親しんだ環境なのであった。
相変わらず周辺に対して圧倒的な弾幕を張り続けるアイガイオンに変化が生じたのは唐突だった。俄かに対空砲の豪華な火線の壁が止み、その背面のハッチが解放されたのである。まさか――と思った次の瞬間、解放されたハッチから垂直に撃ち出された飛翔体は、アイガイオンの上空で八方へと別れ、そして高速で散開したのである。
『例の巡航ミサイルだ。各機、アイガイオンから離れ過ぎるな!巻き込まれればひとたまりも無いぞ!!』
『この期に及んで切り札というわけだ。デカブツめ、やってくれる』
『ん?いや待て、アイガイオンのカタパルト上に敵戦闘機?』
『敵機が発艦した!畜生、例の奴らだ。こんな状況下で出てくるなんて、正気か連中は!』
しまった、そういう意図か。アイガイオンを中心に、周辺空域に巨大な火球が膨れ上がるが、幸いそこに巻き込まれた友軍機はいない。アイガイオンの切り札とも言える例の巡航ミサイルの脅威を散々味わう羽目となった俺たちにしてみれば、嫌でも警戒するというもの。それを見越して、敵さんはトラップを仕掛けてきたのだ。――シュトリゴン隊が出撃する時間を稼ぐために。僅かな隙を突くように、アイガイオンから飛び立ったシュトリゴンのSu-33の光点が、早くもアイガイオン周辺に出現する。やはり、出てきやがったか。俺たちにトドメを刺すために。再びアイガイオンから巡航ミサイルが撃ち放たれる。八方向に広がったミサイルは、まるで鳥籠に俺たちを捕えるかのように広がり、そして炸裂する。
「やっと出てきてくれたな。これで勝ち目も出て来たってところだ」
『フム、まんまと引っ掛けられているとは夢にも思ってないじゃろうがの』
アイガイオンとシュトリゴン、そして残存している空中艦隊。俺たちには正直手に余る敵戦力の全面展開。それが揃わないうちに何とか片を付けたかったのだが、タリズマンだけでなくドランケンまでもこの展開を待っていたのには驚いた。
「エッグヘッド、アイガイオンを中心とした敵戦力のデータ、すぐに寄越せ」
「了解、左下モニタどうぞ」
「ドラグーン1よりシャムロック、ドランケン、シュトリゴンをアイガイオンの上に集めろ。ウインドホバー、スカイキッド、レッドアイ各隊で連中の息の根を止めろ!アイガイオンの傍に連中がいる限り、アイガイオンはお得意の弾幕を張れない。魔術師野郎は策に墜ちた!」
「こちらアバランチ。俺たちはどうする?」
「俺に続け。アイガイオン本体に引導を渡す!」
『ソルティードック了解。なるほど、皮肉な罠だな、こいつは』
『ジュニアよりタリズマン、俺はそっちに加わらせてもらいますよ』
『スティングレイ了解だ。全弾まとめて叩きこんでやる』
戦闘中の状況によっては各隊への直接指示を行うことを認められている俺たちではあったが、タリズマンがここまでまとめて指示を出したのは多分初めてだ。そして、ようやくタリズマンが狙っていた作戦を理解した俺は、単純なデータ比較と「普通の」戦況分析に囚われていた自分の視野の狭さに赤面した。空飛ぶ要塞と評するに相応しいアイガイオンの火力とシュトリゴン隊の戦闘能力。それが合わさったらどれほどの破壊力を持つか、という点を、俺はデータでしか見ていなかったのだ。だがタリズマンは、アイガイオンの護衛たるシュトリゴン隊を引きずり出すことで、アイガイオンの苛烈なまでの弾幕を沈黙させ、最大のアドバンテージを奪い取ることを狙っていたのだった。勿論、シュトリゴンのSu-33を無力化出来ることが条件にはなるが。
皮肉にも、俺たちをシュトリゴンの餌食にせんがための巡航ミサイルによる弾幕が、アイガイオンの対空兵装を無力化させていた。シュトリゴン隊を自由に飛び回らせるためには、少なくとも対空砲による弾幕は止めなければ同士討ちとなる。対空ミサイルも同様で、無差別攻撃をアイガイオンが行えばその攻撃はシュトリゴンをも巻き込むこととなる。そしてシュトリゴンはといえば、タリズマンの狙い通り、アイガイオンの上に展開「させられて」いた。相変わらず圧倒的な機動力を見せ付ける赤いSu-33。だが、その強敵に対抗する術を俺たちは既に編み出していた。さらに言うならば、緊急事態に直面した敵部隊は、明らかに浮き足立っていた。迎撃に向かった各隊は、散開と突撃を巧みに連動させながら、シュトリゴンの機動力を削いでいく。そうして包囲下に置かれたシュトリゴンは、追う側から追われる側へと立場を変えるのだ。
『動きが遅い!私から逃れられると思ったか!?』
ビバ・マリアの凛とした声が響き渡る。彼女の愛機ラファールから放たれた機関砲弾は、失速反転を仕掛けようと敵機が動きを止めた一瞬を狙って放たれた。機体右側に集中して叩き込まれた攻撃は、水平尾翼と垂直尾翼とを粉砕し、エンジンを撃ち抜いた。紅蓮の炎が膨れ上がり、炎と黒煙に包まれた敵機は、パイロットが脱出する気配も無い。推力を失ったその機体は、満身を炎と黒煙に包んだままアイガイオンの背中へと突き刺さり、そして大爆発を起こした。歓声が挙がり、ますます仲間たちの士気は高まる。「見たか」とビバ・マリアが呟くのが聞こえてくる。さすがだ。
こちらも負けてはいられない。シュトリゴンの動きが止まっている間に、カスター、アラモ、スティングレイ各隊とジュニアを引き連れて、俺たちはアイガイオン本体への総攻撃を開始。アバランチ隊は、この期に及んで茶々を入れようと出てきたギュゲスのもう1機を牽制すべく、その周囲を取り囲んでいる。とにもかくにも、飛べない状態にしてしまえばこちらの勝ちである。アイガイオンの翼の後方にポジションを取った俺たちは、今度こそ容赦の無い攻撃を敵要塞のエンジンへと叩き込んだ。ミサイルが、機関砲弾のシャワーが降り注ぎ、アイガイオンの主翼はたちまち膨れ上がる炎によって彩られていく。タリズマン、機体を傾けながら緩ロール、機関砲を断続的に放ちつつ、ミサイルを叩き込む。と、一瞬視界がくらむような閃光が爆ぜ、そして次の瞬間、巨大な火の玉が膨れ上がった。たまらず、さすがにこちらも緊急回避。爆発に巨体を幾度か震わせたアイガイオンの翼から、ついに炎と黒煙が吹き出すのを目視で確認する。
『第二機関室、火災発生ーーっ!!消火不能!!』
『C22ブロック、被害甚大!炎がそこまで……うわぁぁぁぁっ!!』
『シュトリゴン隊は何をやっている!?この時のための護衛部隊ではなかったのか!?』
続けて、左翼の外側のエンジンが大爆発を起こす。硬い外装を突き破った炎は傷口から吹き出し、黒煙が新たに膨れ上がる。空を毒々しい色に染め上げながら、それでも攻撃から逃れんと回避機動を試みる空中要塞。その姿は、まるで前世紀の世界大戦時における、航空部隊の総攻撃を受ける超弩級戦艦の最後の戦いにも重なって見える。と、ジュニアのF-2Aが、俺たちの横を通り過ぎて攻撃体制。ここまで温存してきたらしい対地ミサイルを、惜しみなく発射。放たれたミサイルの群れは、アイガイオンの背中の丁度真ん中に広がる、航空甲板目掛けて殺到していく。いや、厳密には敵機が姿を現した、エレベータ付近に集中して、だ。程なく、着弾。アイガイオンの胴体中央部は、たちまち炎と黒煙とに覆われ、覆い尽くされる。
『甲板エレベータ破損、底部に落下!!格納庫で火災発生!!』
『発進準備中の機もやられた。誰の機体か分かるか!?』
『駄目だ、甲板設備使用不能!!繰り返す、甲板設備使用不能!!』
得意げにくるりとロールを打ちながら後方へと下がっていくジュニアが小憎らしい。俺たちがこうして好き放題していられるのは、言うまでも無くレッドアイ隊をはじめとした、シュトリゴンの迎撃に当たっている各隊のおかげ。そして当のシュトリゴンはと言えば、連携しての攻撃を封じられ、各個撃破の憂き目を見つつあった。――だが、油断は禁物。アイガイオンのすぐそば、新たな敵の光点が出現し、乱戦状態になっているアイガイオンの上へと突入してくる。機体はシュトリゴンと同じSu-33のようだが、そのカラーリングは全くの別物。アイガイオンの中にいた機体だと思うが、シュトリゴンとは別の部隊が配備されていたことに少し驚きを覚える。戦域に突入してきたその敵機は、機敏な動きを見せてこちらの動きを乱しに入る。追撃から逃れた敵機は、仕切り直しとばかり距離を取りにかかる。獲物を取り逃がしたスカイキッドが舌打ちをしながらこちらも仕切り直し。すると、ドランケンのF-15Cが猛然と加速し、その新手の追撃を開始した。
『ようやく出てきおったワイ、待っていたぞ!!』
『やはり貴様か。――今度は生かして帰さん』
『それはこっちの台詞じゃよ』
敵の新手はアイガイオンの上を離れて加速。その後を追って、ドランケンのF-15Cも追撃。2機は一対一のガチンコでドッグファイトを開始する。
「年寄りの冷や水とは言いたくねぇが、まあいい任せておけ。こっちはこっちの仕事を片付けるぞ、エッグヘッド」
「了解です。アイガイオンの損傷はかなり拡大しています、もう一押しです!」
「だとさ、各隊聞こえたな?デカブツは俺たちでトドメを刺させてもらう。付いて来い!!」
『こちらアバランチ、ガルーダ隊にばかり手間はかけさせんよ。各機、かかれ!!』
ここが正念場とばかりに、各機がアイガイオンに襲い掛かる。上空の空中戦に影響の出ない範囲でアイガイオンも必死の抵抗を試みる。だが、これを噛み破らなければ、俺たちの勝利は無い。タリズマン、再び肉薄して攻撃態勢。周辺警戒、敵脅威確認、策敵良し。タリズマンが最大限の攻撃力を発揮出来るよう、俺は俺の仕事を果たす。逃れようともがくアイガイオンに対し、改めて俺たちは戦端を開く。
「天使舞う空、駆け抜ける鉄騎」ノベルトップページへ戻る
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