凶弾
金色の王様のお城が、これまで見たことの無いような人数のエストバキアの兵士に埋め尽くされている。余程この城に関して詳しい人間で無い限り、昔から存在する秘密通路の入口は見つけられないだろう、とはバレンティンの予想だったけれども、爆弾でも使われて通路が見つかってしまう可能性は否定出来ないんじゃないか?マティルダたち「お城の地下の潜伏者」たちの作戦会議の結果、鍵が掛けられる扉には鍵をかけておく、という至極真っ当な結論に至り、懐中電灯を片手に子供たちが走り回って戻ってきたのがつい先程の事。朝から難しい顔をしていたバレンティンは、これまでマティルダが見たことが無いくらいに何か考え込んでしかめ面を浮かべていた。
「どうしたの?」
「うーん。ちらりと上を見てきたんだけど、どうも大広間の床自体をぶち抜くつもりみたいなんだよね、兵隊さんたち」
「ぶち抜く!?お城が壊れちゃうじゃない!!」
「いやまぁ、こう見えてとんでもなく頑丈なお城なんで、床を抜かれたからといって崩れるような造りじゃないんだけどね。多分、僕たちの食糧を取りに行っているシェルターの中に意地でも入りたいんだろうけど、その天井部分に穴開けるのは相当難しいんだよ。それこそ、真上で核爆弾でも爆発させれば別だけど」
「バレンティン、そんなことしたらみんな消し飛ぶんじゃないの?」
「そうだね、シェルターに穴開けるどころか、グレースメリアにとても大きな穴が開くのは間違いないね」
「――天使とダンスでもしていやがれ、て言ってやりたいね」
「今回ばかりはマティルダの言う事に大賛成だ。全くその通りだよ」
降参、と言わんばかりに手を広げて首を振ったバレンティンであったが、また元の厳しい顔に戻ってしまう。腕組みをしてしばらく考え込んでいた唯一の大人は、何度か一人で頷くと、金色の王様の周りに並べてある大広間の展示品を漁り出した。もともとこの城の展示品と城の構造のことなら全て頭に入っているバレンティンである。やがてお目当ての物を見つけ出したらしい。蝋燭の明かりでは良く見えなかったけど、水色の綺麗なペンダントを取り出してポケットに仕舞うのがマティルダからは見えた。
「――ちょっと、大広間に行って来るよ」
いつもの調子でバレンティンが言い出したので、行ってらっしゃい、と言い掛けてマティルダはぎょっとした。今大広間に行ったらどうなるのか、子供でも分かる。元々自分たちのせいとはいえ、最近の食糧難で殺気立っている兵士たちの真ん中に、戦闘争い事はからきし駄目、というバレンティンが行ってどうなるのか。だが、バレンティンの顔からは先ほどまでのような厳しい表情が消えて、いつものぼーっとした表情が戻っていた。
「――何か秘密兵器でも持ったの?」
「秘密兵器だって?うんまあ、確かにそうだと言えばそうかな。この国をずっと守ってきた、とてもご利益のあるお守りだからね、これは。だからマティルダ、こっちは君が持っていてくれ」
マティルダの手の平の上に、バレンティンはシェルター内部に入るときに使っていたペンダントをそっと置いた。何度かマティルダ自身もこれを借りて食糧を取りに行っているので使い方は熟知していたけれども、それだけにいつもと違う様子がますます気になるし、不安になる。似たような光景を、彼女は見たことがあった。戦闘機乗りのパパが、多分何か戦闘か何かのミッションに駆り出される時に、こんな感じでママと話をしていたような記憶がある。
「危ないことするつもりじゃないよね?」
無言で笑顔を返したバレンティンのその顔は、彼が逆に危険を冒して何かをしようとしている顔だ、とマティルダは看破した。けれども同時に、止めちゃいけないんだ、とも分かってしまった。パパが戦闘機のミッションに駆り出される時は、この街と国のみんなを守るために行くのさ、だから行かなくちゃ行けないんだ、といつだったかパパは聞かせてくれた。バレンティンにとっては、今がその時なんだ、と理解してしまったのである。
「じゃ、行って来るよ。みんなを頼む」
マティルダは頷いて、バレンティンの後姿を見送るしかなかった。
大広間の本来の主と、この広間をかつては飾っていたであろう数々の歴史的価値のある装飾品や展示品が全て失われた王城は、何度訪れても寂しいものだ――その数々の宝が、実際には自分の足元にちゃんとそれらの品々が保管されていることをヴォイチェクは知る由も無かったが、がらんとした広間に来る度、彼はそう呟きながら、主のいない玉座を一人で眺めるのだった。だが、今日はその大広間をエストバキアの軍服を着た男たちが慌しく動き回っている。その目的を知るが故に彼自身は苦々しい思いを抱いていたのだが、軍人にとって命令は絶対である。その命令を覆すほどの事態が生じない限り、遂行されねばならない。だが、それが祖国の失政による結果だとして、それでも「絶対」なのであろうか?戦闘機を操り、空を駆けていた頃には抱く事の無かった疑念が、今では彼の心を締め付ける。いや、それはもしかしたら、抱かないようにしていた疑念だったのではなかろうか、ともヴォイチェクは思うのであった。
同胞たちの姿から視線を外したヴォイチェクは、説明する対象のいなくなった解説文のプレートの一つに目を動かした。「金色の王のタリズマン」というタイトルのその展示品を、若かりし頃エメリアを訪れた際にヴォイチェクはその目で見ている。アウレリウス2世自身が身に付けていたと伝わるそのペンダントは、エメリアの王とその王位継承者たちが代々身に付けて来たものであり、現在展示されている物は今代のエメリア王が「金色の王と共にあるのが最も良いのでは」ということで展示が始まったものとも聞いている。決して大きくはないペンダントであるのだが、透き通るような水色に金色のラインでエメリア王家の紋章が描かれているのが印象的であったと、彼は記憶している。そのお守りは、実際に王家たちの命を救ってきたとも伝えられている。アウレリウス2世自身も、国内の諸侯たちを説得に回る旅の途中で幾度も暗殺者たちや敵の兵士たちに捕捉されているのだが、その都度、駆け付けた騎士たちに助けられたり、通りがかった旅の剣士(実は大陸から流れてきた騎士と伝わる)の奮闘により逃げ延びたり、という伝説が伝わる。まさか、自分を落とした「鳥のエンブレム」が首に下げているんじゃないだろうな、と半ば自嘲気味にヴォイチェクは想像してしまう。
そして、失われたお守りは、この地の新たな統治者たちにも深刻な呪いをかけたのではなかろうか。まともな経済・流通の流れを復旧することも無い支配を続けた結果、グレースメリアは内戦時代のエストバキアの街と変わらないような状況にまで、荒れ果てようとしている。その結果が、深刻な食糧難である。もう少し暖かい季節まで耐え切れれば、農作物の生産に踏み出すことも出来るのであろうが、天候にまで見放されたのであろうか、グレースメリアは依然として厳冬が続いている。街に潜伏したゲリラや義勇兵たちによって闇ルートで食糧が市民たちに回っていることも、祖国による統治の信頼を失わせる一因となっているが、駐留している兵士たちに対する補給も充分ではないことがさらに状況の悪化に拍車をかけている。結果として、この古城の地下に構築された大規模シェルター施設に保管されている大量の緊急対応用の食糧が全てを解決する、という結論に至ったのだ。工兵部隊による調査の結果、この大広間からシェルターの上部構造を解体することにより内部へ入ることが可能となる、ということが判明し、「どうせもぬけの殻の城の広間なら、破壊してしまえ」という乱暴な決断をドブロニク将軍が下したことにもヴォイチェクは眉を顰めた。確かに金色の王は不在かもしれないが、その居城の一部を破壊することに対してエメリアの市民たちの支持を得られるとは到底思えないのである。
「――天使とダンスでもしていやがれ」
誰に伝えるでもなく、すっかりと馴染んでしまったフレーズを呟いて、ヴォイチェクはため息を吐き出す。しかしながら、本当に大広間の解体作業準備を始めた陸軍の兵士たちの姿を苦々しくヴォイチェクは眺めているしかない。空軍所属の立場とはいえ階級的にはある程度の権限を勿論有してはいるものの、この「作戦」がドブロニク将軍の承認を得た陸軍の正式なミッションとなってしまうと、一個人の権限でどうにかなるものではないのである。そもそもこの「作戦」に同行指示を出したのが将軍であることも、あまり面白い話ではなかった。時々王城を訪れては、この王城の学芸員であるバレンティンと昔話に花を咲かせていることを、誰かが報告していたのであろう。いつの間にか王城に詳しい人間という扱いで、話が進んでしまったのである。尋問室のある建物で一日中捕虜たちに「天使とダンスでもしてな」とやられるのに比べれば、まだ気分的にはマシな仕事であるのだが……。
「何だ貴様は!民間人がどこから入り込んだ!」
唐突に大広間に響き渡った怒声に、ヴォイチェクの意識は現実に引き戻された。見れば、何者かがいかつい兵士たちに囲まれている。こんな状況下で王城に入り込んだのか、と驚きを覚えながら視線を動かし、その人物がバレンティンであることに気が付いてさらにヴォイチェクは驚かざるを得なかった。――何故、こんな時に出てきてしまったんだ、と。
「僕は民間人ではありませんよ。この王城の学芸員兼ガイドです」
「外の警備兵に何と言って入ってきやがった!?いや、そもそもお前のような奴が入れるわけがないだろう!!」
「別に何も言われませんでしたし、この城は私たちエメリアの財産ですからね。この街に元々暮らしている私たちが、あなた方の了解を取らねばならない謂れはありませんよ」
「何だとぉ!?」
激高している兵士は恐らく気が付いていないだろうが、バレンティンは流暢なエストバキア語でいつも通り淡々と話していた。兵士たちに比べれば小柄で細い彼の胸倉を掴んでいる兵士の一人を、その上官らしき男が制して手を離させる。表情を変えることもなく襟元を戻す辺りがバレンティンらしいが、間に入ったその男自体も決して冷静な表情ではなかった。そんな彼の視線が、一瞬ヴォイチェクに向けられる。そして、いつものような微笑を浮かべながら、彼は再び口を開いた。
「――仮に、この大広間の石畳を全部剥ぎ取ったとしても、その地下にあるシェルターの天蓋部分を抜くのは、並大抵の手段では不可能です。何しろ、ユリシーズの隕石の落下に耐えるために作られたものですからね。真上で核爆弾でも炸裂しない限りは、取り敢えず耐えられる設計を当時行っています。今、王城の外に並べているような車じゃあ、そっちが壊れておしまいですよ。今からでも遅くないので、作戦の変更を具申された方が良いですよ」
「貴重なご意見はありがたいのだが、我々は統治者としてグレースメリアの現況を変えなければならないと考えている。そのためには、このシェルターの中に格納されている膨大な量の非常食糧がどうしても必要だ。ユリシーズの災厄が終った今、このシェルターは有効活用されるべきだと思わないか?」
「なるほど、では天井をぶち抜くとして、どのような手段を用いますか?大量の爆弾を使うのも手ですが、そんなことをしたらあなた方もろとも王城自体が吹き飛びますよ。そして、シェルターの壁は貫通出来ずに終わる」
「なら、どうすれば良いのだ?」
もう一人の男の目にも怒気が宿る。これはまずいぞ、とヴォイチェクが思うのとは裏腹にバレンティンが放った言葉は、その場に居合わせたエストバキアの兵士たちを凍り付かせた。
「なに、簡単なことです。エメリアの地から撤退して頂き、軍隊維持のために回している資金の大半を国土の復興に回しつつ、国際社会に対して支援を求めれば良いのですよ。我が国から撤退して頂ければ、戦争からの復興を成し遂げた上で、エメリアもあなた方の国を支援することが出来るようになるでしょう。それが、もう誰も傷付かずに幕を引ける唯一の選択肢です。――そうだと思いませんか?」
それはまさに正論だったに違いない。だがその正論を正論として呑み込むには、エストバキアの民はあまりにも過酷な時代を経験し過ぎたし、普通の国の経済や社会の在り方から長く離れ過ぎていた。ゴツ、という鈍い音が大広間に響き渡り、バレンティンの眼鏡と、彼の細い身体とが文字通り宙を舞う。先ほど間に入った男が荒い呼吸を吐き出しながら、拳を握り締めていた。
「お前たちに……ユリシーズの災厄をまんまと逃げ延びたお前たちに一体何が分かる!俺たちの国が辛酸を舐め尽くしている間、傍観者面で自分たちの国の利益をたんまり溜め込むだけでは飽き足らず、さらに祖国から資源と資金とを巻き上げていった貴様らに、何が分かるんだ!!」
「――そうしてハイエナのようにエメリアの経済を磨り潰したあなた方は、今度はノルデンナヴィクに攻め込んでまた同じ事を繰り返すのですね?それがアネア大陸の統一だというわけか。そしてアネアを磨り潰し終ったら、今度はユークトバニア?オーシア?」
「な……」
「祖国を復活させることを大義に掲げるのであれば、あなた方はこの国の経済の仕組をそのまま利用すれば良かった。企業活動に干渉せず、経済活動をそのまま保証する。1年では無理でしょうが、2年、3年とその状態を維持していれば、結果的にエメリアとエストバキアの双方を立ち直らせることが出来たかもしれません。でも、あなた方はその両方を潰してしまった。その段階で存在していたこの国の利益だけに目が行ってしまった。統治に失敗した為政者には、退場することが求められます。その点、カークランドは良くやってくれました。この地に留まった政府の重鎮たちがあなた方に尻尾を振る状況下、自らの力でエメリアという国を維持し、ここまで抵抗を続けてくれたわけですからね」
切れた唇から血を流しながら立ち上がったバレンティンの目は、全く笑っていない。静かな怒りが彼の中で燃え上がっていて、彼を殴り飛ばした兵士たちを圧倒していた。その証拠に、遥かに屈強な体格の持ち主たちは微動出来ず、ただバレンティンの言葉を聞いているのみだったのだ。
「カークランドだけではありませんね。絶対的に絶望な状況でも諦めずに戦い続けてくれた兵士たち、彼らを様々な形で支えてきてくれた無数の市民たち、この街で抵抗を続けている義勇兵たち……今こうしている間にも、エメリアの民は戦い続けてくれています。だから僕も、応えなければならないんですよ。今となっては形ばかりで、市民の皆さんの税金で食べさせてもらっている立場でしかないわけですが……」
口元の血に気が付いたのか、シャツの袖でこすり付けるように拭ったバレンティンは確かな決意を持って静かに立っている事を、ヴォイチェクは看破した。そこに立っているのは、この城の学芸員ではなかった。どこかで……どこかでこの若者の顔をもっと前に見たような気がする。その顔と似た偉人の姿を、ヴォイチェクは過去に見たことがあることに、ようやく気が付いた。
「――あいにく、王と王妃が不在なので役不足かもしれませんが、僕はこの城と街を守らねばなりません。あなた方の持ってきた道具や武器程度では、この城とユリシーズの災厄から多くの人々を守るために作られたこのシェルターを破ることは出来ませんし、その中に立ち入ることも認められません。無駄なことはせず、退きなさい、エストバキアの兵士たちよ。その扉を開けられるのは、エメリア王家に連なる一族のみ。そして、この地で唯一それが出来る人間は、それを拒絶します。エメリア第一王子、ジャン・ロック・バレンティン・エスト・ファン・エメリアの名の下に、ね」
「こちらが黙っていればべらべらと……王子だか何だか知らねぇが、舐めるんじゃねぇぇ!!」
「おい、よせ!」
「馬鹿者!銃を下ろせ!!」
最初にバレンティンを掴み上げた男が、ついに激発した。他の兵士たちを押しのけ、怒声を発しながらヴォイチェクは駆け寄ろうとしたが、それよりも早く、男の手の拳銃の引き金が引かれ、乾いた銃声が響き渡った。バレンティンは微動だにせず、銃弾をその身に受ける。血飛沫が飛び散り、左胸を真っ赤に染めて、バレンティンは微笑すら浮かべながら仰向けに倒れていった。
「この大馬鹿者が!!」
杖を大きく振りかぶり、男の手から拳銃を弾き飛ばし、さらに返す刀で男の横っ面を殴り付ける。こういう時は、階級証の重みと数が役に立つ。陸軍と空軍の違いはあれ、ヴォイチェクはこの場に居合わせた男たちの中では恐らく最上位の階級にある軍人であったに違いない。もっとも、この時のヴォイチェクの形相では、大抵の人間が恐怖を覚えたかもしれないが。ひっくり返ってのた打ち回る兵士を拘束するよう指示を飛ばして、ヴォイチェクはバレンティンの元に駆け寄り、抱き上げた。
「バレンティン!……何て無茶なことをしたんだ、君は。しっかりしろ、傷は深いが、命はちゃんと助ける」
「あ……はは、似合わないこと、するもんじゃないですね。でも、これでいいんです、これで……。王子の名を出したことで、あなたには申し訳ないけど……エストバキアは国際問題から逃げられない……」
「残念ながら、エストバキアの医者のレベルだけは高くてな。君の傷くらいなら、すぐに治してしまう。撃墜された私が言うんだ、間違いは無い」
「それは……説得力、ありますね。僕も……正直、まだ死にたくないんで……」
出血の量は相当なもの。もし心臓近くの血管が破れていたら、間に合わないかもしれない。そう思いながらヴォイチェクは傷の場所を確認して行ったが、弾痕は心臓から大きく外れていた。重傷には変わりないが、これなら助かる見込がある。だがあの至近距離で、あの兵士は的を外したのだろうか?怒りに震えていたから?抱き抱える角度を変えようとして、バレンティンが見慣れないペンダントを首にかけていることに気が付いた。シャツの下からそっとペンダントを引っ張り出して、ヴォイチェクは目を見張った。半分に砕けてしまってはいたが、透き通るような水色に金色のラインでエメリア王家の紋章が描かれているのが、すぐに分かった。タリズマンは、確かにその効果を発揮していたのだった。
「担架だ!それから支援兵はいないか!?何をぼさっとしている、貴官らは非武装の民間人相手で無いと本領を発揮出来ない腰ぬけどもなのか?作戦は中断し、速やかに撤収の準備をせよ、今、すぐにだ!!」
ヴォイチェクの一喝が功を奏したのか、彫像のように動きを止めていた兵士たちがわらわらと動き出す。既にバレンティンは意識を失っていたが、駆け寄ってきた支援兵と共に止血処理を施していく。後の事はドブロニク将軍に直接交渉して何とかできるだろう、とこの後のシナリオを描きながら、大勢の兵士たちに囲まれながら見事に孤軍奮闘を成し遂げた若者の顔を見て、そして広間の壁画の一つに視線を向ける。そこには、彼とどこか似た顔立ちの、過去のエメリアの偉大な王の一人、アウレリウス2世の肖像画があった。
どうやら銃声らしい音が聞こえるのと同時に嫌な雑音が混じり、そして眼鏡君の声が途絶えた。そして、誰かの怒声が聞こえてきたと思ったら、城の中と外の兵士たちが慌しく走り回り始めた。やがて、城の入口から担架が担ぎ出されるのが見えて、ペレルマンはため息を吐き出した。彼は本当に、この城とグレースメリアの街と、そして彼が面倒を見ている子供たちの生活の場をたった一人で守り切ってしまったのだ。
「それにしても、王子って……マジかよ?」
「さあな、そこまで俺には分からんが、ハッタリで言うには恥ずかしくて言えないだろう、普通。あれは本物だと、俺は思う」
「おいおいちょっと待て、じゃあ何か、俺たちってまた危ない橋を渡らされるってことか、おい?」
「まぁ、そうなるか。それよりも、無力な民間人に銃を抜くような間抜けには、きついお仕置きが必要だと思わないか、なぁ?」
またやるのか、と相棒が失意のどん底のような表情を浮かべるのに苦笑しながら、ペレルマンは戦闘服のポケットにしまっておいたレコーダーを取り出し、スイッチを切った。眼鏡君、最初からこうするつもりだったな、と今では思う。あの場に行く少し前、眼鏡君はペレルマンに頼んでいたのだ。王城での一部始終を録音出来るように道具を用意するので、それをどうにかして「自由エメリア放送」に流せるよう手配して欲しい、と。考えてみたらとんでもない大役を仰せつかっちまったな、と思いつつもペレルマンは愉快な気分だった。そこまでして役目を果たした王子様の頼みなら、それに応えるのもまんざらではない、と。この街のことは詳しい方に入るはずだとペレルマンは自負していたが、より裏の裏を知る人間の協力が必要だ。――まずは、ママたちに相談だな、とこの後のことを考えつつ、エストバキアの大失態を録音したレコーダーをポケットの中に戻す。
それにしても、とペレルマンは思う。エストバキアという国は、エメリアを飲み込んで何がしたかったのだろうか、と。エメリアを荒廃したエストバキアと同じようにするための戦争?そんな目的のために、多くの兵士たちは戦ってきたわけではないだろうに。眼鏡君の言う通り、エストバキアは退場しなければならない日が近付いて来ているのだろう。そうなったら、俺はどうするかね――ペレルマンが何気なく空を見上げると、青い空を3機の戦闘機が白い飛行機雲を刻みながら飛んで行くのが見えた。そう遠くないうちに、戦闘機同士が飛び交い、戦いを始めることになるであろう、グレースメリアの空を。
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