ミッション17

ウイスキー廻廊より撤退したエルジア軍の主力部隊は市街地を戦闘に巻きこむことを避け、首都ファーバンティの埋立地帯に位置する軍司令本部を中心に部隊を展開した。こちらの戦力がかなり疲弊していること、かつエルジア軍にとっては地の利が大きいことが彼らの判断の根拠だろう。さらに、大陸の北西部に展開していた陸軍の残存部隊が合流できることも計算の内に入っていると想定される。相変わらず連合軍にとっては不利な戦況と言えるが、部隊が疲弊しているのは敵さんも同じ。このチャンスを逃すわけにはいかないと司令部も判断したようで、サンサルバシオンからウイスキー廻廊に展開する部隊の大半が動員されることとなった。

俺はエンゼル01の入れてくれたコーヒーを飲みながら早い朝飯を取っている。……自分の部屋で食事を取るってのもかなり久しぶりかもしれない。その証拠に俺のキッチンはろくに使った形跡が無いし、冷蔵庫に至っては夜食のチーズくらいしか入っていなくてエンゼル01を落胆させたものである。……まさか、こういうことになるとは。戦争が終わったら、また色々と忙しくなりそうだ。でもまぁ、惚れちまったものは仕方ねぇ。何だかまんまと彼女の作戦に引っかかってしまった気もしないでもないが、俺みたいな戦争の人殺しでも人並みの夢を見たって罰は当たらないだろうさ。……この戦いが終わったら、と約束をして、俺は彼女のファーストネームを呼んだ。

サンサルバシオンを飛び立った俺たちは、いくつかの編隊を組んで飛行している。さすがに最終決戦とあって、部隊の全機が参加していて、なかなかこう見ると壮観だ。……反撃開始の頃に比べたらメンバーもだいぶ入れ替わってしまったが。
「ようメビウス1、いよいよだな。」
こいつも気がついたら長い付き合いになっちまった。作戦の度に酒をおごってくれる素敵な友人だが。まあこの激戦を生き抜いてきた猛者であることには違いねぇ。
「昨日はずいぶんと激しいトレーニングをしてたみたいじゃないか。腰がへたってるんじゃないか?」
……何故ばれている。エンゼル01に至っては散々わめいた挙句、部隊の面々の爆笑を誘っている。
「レイピア09より全機、生き残れば隊長の結婚式で大騒ぎが出来るぞ!!」
大歓声。結婚行進曲を鼻歌で歌ってる奴までいやがる。
「……スカイアイより、全機、まもなく敵の哨戒圏に入る。私語は慎んでくれ。」
……ハイスクール以来だぜ、そんなこと言われたのは。
「スカイアイより、メビウス1。実は今日は俺の誕生日なんだ。いいバースデープレゼントを頼む!」
「ああ、一年ぶりの豪勢なプレゼントを贈ってやるぜ!」
「おっしゃあ!結婚式の招待チケットは俺がいただきだ!」
「エンゼル01より、レイピア09、それ以上言うと撃ち落すわよ!!」
再び大爆笑。……そうさ、俺たちは絶対に負けはしない。「天使」がついている限りは!

ファーバンティでは既に激戦が始まっている。陸軍が街の南東部から突撃を敢行し、それをエルジア軍が迎撃している。今のところこっちが有利に見えるが、敵さんに援軍が来たら戦闘車両の台数で劣る俺たちはひとたまりもねぇぜ。まず叩くべきは援軍の進行ルート!俺は部隊に敵地上部隊の掃討を命じると、ジョンソン記念橋を目指した。あの橋さえ落としておけば、援軍は到達ルートを失いかなりの時間が稼げる。だが敵さんも馬鹿じゃねぇ。対空砲台にSAM、ロケットランチャーの手荒い歓迎が俺とエンゼル01に襲い掛かる。急降下して水面ぎりぎりまで高度を下げ、レーダーロック。よし!橋の中央部めがけて気化爆弾を投げつけ、アーチ橋の間をくぐって離脱する。轟音とともに橋は火の玉に包まれ、崩れ落ちる。橋の上に展開していた部隊も巻き添えをくらいほとんど壊滅した。後は徹底的に叩くのみ!俺たちはファーバンティに展開する地上部隊や残存艦艇を片っ端から叩いていった。さすがに最終決戦。敵さんも手ごわいことこのうえない。友軍機のケツにくらいついた敵機を叩き落し、地上の獲物を見つけては攻撃、急上昇・急旋回。弾を撃ち尽くしては近海に展開している空母に戻り、また補給を終えては離陸、戦闘。一体自分が何機落としたのかもう見当もつかない。陸も海も空も、爆炎で飽和状態だ!だが、援軍のアテが外れたエルジア軍は各戦線で防衛ラインを突破され、敗走を始めていた。そしてクラウンビーチ攻防戦でも活躍した5121大隊が、とうとう敵司令部に肉薄した。敵司令官は、降伏勧告を受諾することを告げると、彼らと、彼の家族の目の前で拳銃の引き金を引いた。
「戦闘に参加している両軍の将兵へ。エルジア軍は本日1200時、降伏勧告を受諾した。繰り返すエルジア軍は降伏勧告を受諾した!直ちに戦闘を停止し、エルジア軍の将兵はこちらが指定する区域に出頭せよ。エルジアは降伏した!」
通信を歓声が飛び交う。スカイアイには最高のプレゼントだろうぜ、きっと。
「メビウス1、結婚式の招待状はもらったぜ!」
レイピア09をはじめ、部隊の連中が集まってくる。困った奴らだ。皆ぴんぴんしていやがる。

ベースに戻るべく、帰還ルートを取った俺らはこちらに向かってくる敵編隊を補足した。5つの光点がこちらにまっすぐ向かってくる。奴が、来た。
「あいつら、国の最後を見届けに来たみたいだな。」
俺たちはそれぞれの獲物を定めて、奴らを出迎えた。俺の相手はもちろん13番!だが奴はこちらを攻撃してこない。そうしているうちに、黄色中隊の4機は、俺たちの部隊に撃墜されていた。かつての伝説的な強さは、そこにはなくなっていたのだ。
「ISAFのエースパイロット、聞いているか。俺はこの日を待っていた。おまえのような好敵手が、俺の前に現れることを」
13番?いきなり奴の機体が急旋回する。衝突を回避し、こっちも急旋回する。俺は手出し無用と部隊に告げると、13番とのドックファイトを開始した。既に戦闘中止命令が出されているファーバンティの空を2機の戦闘機が駆ける。お互いの操縦技術の限りを尽くして、愛機を駆り立てる。敵も味方もなく、空にいる者たちも地上にいる者たちも、その戦いを見守っていた。意識が飛びそうになるくらいのGに耐えながら、操縦桿をコントロールする。やがて俺たちは互いに反対方向へループした。そしてその最頂点で互いの正面を捉える。俺たちはほとんど同時にバルカン砲のトリガーを引いた。
「隊長!!」
エンゼル01の悲鳴が聞こえるのと同時くらいに、激しい振動が愛機を揺さぶる。破片がコクピット内にも跳ね回った。焼けるような痛みが額と左腕に走る。右エンジンが煙を吐き、機体がバランスを失う。エンジンを止めて片肺飛行にに切り替え、機体を立て直す。……怪我も幸い大したことはなさそうだ。痛いのに変わりはねぇけど。そうだ13番は?俺は後ろを振り返った。煙と炎に包まれた13番機がそこにいた。俺は旋回して奴の後ろに回りこむ。
「13番、その機体はもたない!脱出しろ!!」
俺は好敵手にそう叫んでいた。するとキャノピー越しに、奴の左手が伸びてきた。親指を立て、その後「行け!」というように手を振った。直後、小爆発が何度も起き、奴の機体は次第に炎に包まれていった。
「やっと、会いに行ける。」
そう13番が呟くのが聞こえるや否や、Su−37は大爆発を起こし、ファーバンティの空に消えた。それが、両軍にその名を轟かせた、そして俺の好敵手であった、一人のパイロットの最期だった。俺は当分、その光景を忘れられそうになかった。

基地に降り立った俺らは、メカニックたち、そしてパイロットたちの歓喜に出迎えられた。怪我しているってのにもみくちゃにされて体を叩かれる。13番と戦っている方がまだましだったぜ。
「ほら、王子様の出番だぜ。」
ヒトの後ろに回りこんでバカスカ頭を叩きやがったレイピア09がそう耳打ちした。エンゼル01が、泣き笑いの顔で駆け寄ってきた。滑走路に歓声と冷やかしの声が響き渡る。そのとき、俺は確信した。戦争は終わったのだ、と。

ハンカチーフが一枚、どこからともなくひらひらと舞い降りてきた。13番が、4番の死後ずっとポケットに入れていた、かすかな香水の香りのするハンカチーフ。少年と酒場の少女は、ハンカチーフをファーバンティの町並みが見下ろせる小高い丘の上に埋めることにした。それが4番の墓なのか、13番の墓なのか、或いはこの戦いで空に散った、黄色中隊のパイロットたちの墓なのか、もう分からないけど、それが自分たちの最後の役目のように、少年は思ったのだった。やっと、13番は戦いを終えたのだ。少年は、気がつくと泣き出していた。少年の泣き声と、少女の嗚咽、それは風に乗って静かに大空へと消えていった。

本ミッションにおける撃墜スコア
地上目標52・船舶4・ヘリ3・戦闘機13・黄色中隊Su−37・4機、並びに黄色中隊隊長機

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