ファイル10

レジスタンスによる攻撃によって若干破壊された滑走路も復旧し、腕を負傷した4番も戦線に復帰した。だが、クラウンビーチを占領、大陸の侵攻点を確保した連合国軍は、大戦当初の我が軍を思い出させるような電撃作戦を敢行。我が軍の要衝であったはずのタンゴ=ラインが敵航空兵力の猛攻と陸軍による侵攻作戦で陥落。南東部の都市ロスカナスを占領した敵軍は、ノース・ポイントから兵力を移動し、その戦力を増強しつつあった。

俺たちの基地にも、いままでほとんど使われていなかった爆弾類が運び込まれている。だが連合国軍の進撃による補給線の混乱は続いているようで、俺たちの部隊もジェット燃料や弾薬といった物資の補給状況が次第に深刻な問題となりつつある。特に、ジェット燃料の質の低下は死活問題とも言える。滅多に大声を上げないディオン准尉殿が、電話口で補給担当と激しいディベートを繰り広げていた。
外に出ると、先日からこの基地の居候に加わった子犬と、例の少年が戯れているのが目に入った。整備班長が、まるで孫を見ているかのような視線を送っている。
「おやっさん、今日は随分と優しい目してるじゃないか。たまには整備班の若い奴らにも、そういう目してやったらどうだい?」
「お、13番か。……しかし子供はいいなぁ。夢ってヤツを本当に信じていられた頃が懐かしいよ。」
整備班長は、青い空を見上げる。
「ワシが子供だった頃は、世の中第2次世界大戦からの復興で躍起になっている頃じゃった。相変わらず戦争は各地で起こっていたけどな。それでも、色々と夢を見たもんじゃよ。」
「珍しくセンチメンタルだな。おやっさんの新しい一面を発見したような気がするよ。」
「からかうない。でもまぁ、あの坊やが安心して自分の夢を持つことが出来るような世の中になるといいがの。この戦争に勝っても、或いは我が国が負けたとしても。」
彼の意見に、俺も同感だった。

味方の航空隊からの支援要請で、ロスカナス方面へ出張った俺たちだったが、残念ながらまたもリボン付……メビウス1というのがヤツのコールサインらしい……に煮え湯を飲まされる結果になった。F−15Eで1機で、友軍の追撃隊を全滅させるとは……。後から駆けつけた敵の支援機もなかなかの動きをしていたという。まだまだ、大戦序盤で多くのパイロットの戦死者を出した割には腕利きが残っていたもんだ、と正直感心していた。
出撃から帰還した俺たちだったが、4番が自分の機体を見上げて首を傾げている。
「どうした4番。流れ弾でもどこかに当たったか?」
「いえ、そういうわけではないんですが……。」
彼女の話によると、音速域に到達する前後で機体に軽い振動が走るのだと言う。出力が若干不安定になることもあるようだ。整備班長もやってきて、彼女の話を聞いてそれをメモっている。
「直せそうか?」
単刀直入に整備班長に問う。
「一度エンジンをオーバーホールする必要があるかもな。幸い予備エンジンがあるからとりあえずは載せ代えるとして、部品の調達には少し時間がかかるかもしれんの。」
「そんな悠長なことは言ってらんないぜ。出撃回数はここんとこ確実に増えているしな。」
しばらく議論したうえ、とりあえず一度ばらしたうえで、部品の到着までだましだまし使う、ということになった。それにしても、随分と補給にも支障が出てきたもんだ。それを痛感させられることになった。そして、俺はこの決断を後々思いきり後悔することになった。

補給線の緊張状態が街にも広がってきたのか、「スカイ・キッド」のメニューがだんだん少なくなりつつある。心なしかつまみの量も以前より減ったような気がするのは、多分にひがみ根性と言うべきものだろうか。俺は少年にギターの弾き方を少し教えてみた。どちらかというと小柄な少年にはまだギターが大きくて、外れた音を出しては向こうで18番が野次をあげるものだから、少年はよけいに緊張してしまう。そんな光景を、4番は微笑みながら眺めている。
「ん?4番、何か珍しいものでも見えるか?」
俺がそう尋ねると、彼女は口元を手で抑えながら笑った。
「そうしていると、まるで仲の良い親子、ですわよ。」
「坊や聞いたか、俺はそんなに老けて見えるらしいぞ。」
そう言って俺も笑う。話に聞き耳を立てていた部隊の連中まで笑っていやがる。
「そんなに似合うか?」
「ええ、とっても。とても空の荒くれ者を率いている部隊長殿には見えませんわよ。」
「そうか、じゃあ、戦争が終わったら少しはそういうことを考えるか。」
少年からギターを返してもらって、音合わせを始める。もちろん4番は顔中真っ赤になっている。話が見えていない少年は不思議そうな顔をしていて俺と4番の顔をかわるがわる眺め、後ろでは酒場の娘が相変わらず4番を睨み付けている。心なしかいつもより視線がきつい。
「坊や、久しぶりにあの曲を合奏してみるか?」
俺は、少年と始めて出会った時の曲を奏で始めた。少年の父親も好きだった、という曲を。

翌日、俺はスカイ・キッドへのツケの支払いで酒場の主人を呼んでいた。基地のゲートに行ってみると、酒場の主人はゲート向こうにいて、娘が「代金を受け取りに来た」と言ってゲートの警備員とやりあっている。俺は彼女を招き寄せると、金庫番でもある副官ディオン准尉殿の所へ案内した。几帳面な准尉は能率手帳に細かく注文したものを書き込んでいたので、請求書とそれを突き合わせる、と言って一旦彼女を部屋から追い出した。行き場の無くなった少女は、滑走路脇の芝生で少年と子犬と一緒に駆け回っていた。
「隊長、こんなものがあるんですがね。」
18番がどこから持ってきたのかニコンの一眼レフを首からぶら下げている。
「どうです、一枚。家族写真でも撮ってみますか?」
俺は彼の頭を小突いた。でもまぁ、たまにはそんなのもいいかもしれない。俺は4番と少年、そして酒場の娘を呼んで俺の愛機の前で写真を撮ることにした。18番は笑って笑って、というが俺は笑うのが苦手だ。何枚かシャッターを切っていたけど、きっと俺の顔はこわばっているんだろうな。
そんなのんびりした空気を追い払うように、けたたましく警報が鳴り響いた。
「ストーン・ヘンジに敵航空戦力出現。黄色中隊、出撃せよ。黄色中隊、出撃せよ!」
基地内が途端に慌しくなる。ついにそこまで来たか!俺は少年たちに安全な所にいるよう伝えると、装備品が置いてある建物に走り出した。

エンジンのけたたましい咆哮が滑走路に響き渡る。いつものように、5機のSu−37が大空へ舞い上がっていく。酒場の娘が複雑な表情をしているのにも気付かず、少年はその光景に魅入られていたのだった。

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