ファイル11
伝説的な戦果を挙げ、エルジアの制空権確保の要であったストーン・ヘンジ。ついに、その巨人兵器にISAFが牙を剥いた。地上軍の進撃に先行して、ロスカナスから飛来した敵戦闘機部隊はストーン・ヘンジの着弾を回避可能な低空から侵入し、攻撃を開始した。俺たちは、敵部隊を殲滅すべく、サンサルバシオンの上空を駆ける。
「ストーン・ヘンジ・ベースより、本部!敵部隊の猛攻を受け、わがベースは危機的な状態にある。至急支援部隊を送られたし。繰り返す。至急支援部隊を送られたし!!」
「第7砲塔、損傷ォっ!!敵戦闘機の動きに対応できません!!」
「南東SAM群に直撃弾!死傷者多数発生!!」
「くそう、あいつだ!リボン付の死神が来ていやがる!」
ストーン・ヘンジからは、兵士たちの無数の叫びが通信に乗って聞こえてきていた。迎撃部隊も上がっているはずだが、既に大半が撃墜されているうえ、ストーン・ヘンジ自体の砲撃も行われているために十分な支援が出来ない状態に陥っていた。それにしても、やはり出てきたのはメビウス1、おまえか……。
「4番より隊長機、ストーン・ヘンジはほとんどの砲塔が損傷!敵戦闘機は気化爆弾を持ち込んでいる模様です。」
敵さん、いよいよ本腰入れてきたということか。おまけに、敵部隊の機体は以前と比べて格段に良いものになっている。あのメビウス1のF−15Eは、余程のヤツで無い限り追いまわすことは出来まい。
「部下たちの分、たっぷりと食らいやがれ!!」
回線が混線し、敵パイロットの叫びが聞こえてきた。遠方に、空高く上がる黒煙が幾筋も見えてきていた。
「ストーン・ヘンジ・ベースより本部、弾薬庫に引火!これより全員……。」
全員退避、といいかけた将校の声が途切れ、代わって大音響が一瞬聞こえ、そして通信が途絶した。どうやら俺たちの出撃は、いつも「too late」になってしまうようだ。ストーン・ヘンジの陥落により我が軍が受けるダメージは予想以上に大きいだろう。
「隊長機より、黄色中隊全機、戦闘開始。お祭り騒ぎになっている連中に水をぶっかけてやれ!」
俺たちは燃料タンクを切り離し、敵戦闘機部隊に襲いかかった。
敵戦闘機部隊からは例のリボン付を筆頭に、こっちと同じく5機が正面から向かってきた。一対一とはこっちも舐められたもんだ!体が熱くなる。俺はリボン付のF−15Eを狙ったが、その前に別のF−15Cにからまれてしまった。尾翼に「レイピア」のエンブレムを付けた機体だ。メビウス1ほどではないにしても、なかなかやる!派手さはないが、まさに古強者。俺はこのとき、戦いを楽しんでいた。だが、部隊の面々が挑んだ敵はそれぞれなかなかの腕利きのようで、12番と6番は明らかに苦戦していた。一方、リボン付は4番のケツを追いまわしていた。
「4番、急旋回で回避しろ!」
F−15Cを追い回しながら、俺は彼女にそう指示を出していた。
リボン付の動きは半端ではなかった。ここまで4番を追い込んだのは、黄色の13番以外では初めてだった。少しでも気を抜けば撃墜されることになるだろう。だから、彼女は持てる操縦技術の全てを駆使して愛機を操っていた。そこに、隊長機からの声が聞こえてきた。彼女は軽く息を吸うと、一気にエアブレーキを開き、操縦桿を思いきり引いた。プガチョフコブラで敵の後ろへ!彼女の最も得意とする戦法だった。
突然、機体に激しい衝撃が走った。衝撃でキャノピーが吹き飛び、破片が飛び散る。体に激しい衝撃と激痛が走る。シートベルトが引きちぎられ、4番の体は、ストーン・ヘンジの空に放り出された。激痛で消えかかる意識。真っ青な、いつもと変わらない空が一瞬視界に入った。死にたくない。だが体はもう言うことを聞かなかった。4番は、最愛の男の、ファーストネームを呼んだ。
俺は信じられない気持ちだった。4番の機体のエンジンが爆発し、黒煙を吐きつつ、きりもみ状態に陥る。メビウス1は攻撃をしなかったはずだ。それが何故?
「4番、脱出しろ。」
だが返事は無い。もしかしたら通信がやられたのかもしれない。
「誰か、4番の脱出を見た者はいるか?」
隊員たちは、無言。周囲を見渡しても、パラシュートの花はどこにも開いていなかった。4番機が、爆発を起こして四散する光景が、視界に入った。
「隊長、ウソっすよね。あのしたたかな4番が、ウソっすよね!参ったな、隊長、あいつが簡単にくたばる訳、ないでしょうが!」
無理に明るく振舞おうとする18番の声が震えている。俺だって、信じられない、いや、信じたくなかった。だが、手元に入ってくる情報のいずれもが、彼女の生存を否定していた。俺は首を振った。
「18番。俺も含めて、4番の脱出を確認した者はいない。4番は、戦死したんだ。」
それは、事実を認めたくない俺の心への、宣告だったのかもしれない。
少年は、黄色中隊の帰還を基地で待っていた。何事かあったらしく、ディオン准尉が険しい顔をして整備班長と話をしている。やがて、高速道路の臨時滑走路に、4機のSu−37が着陸した。少年は異変にようやく気がついた。見慣れたナンバーが、隊長機の隣にいない。そう、護衛機であるはずの4番の機体が。
俺は、無言でロッカーに入り、パイロットスーツを脱ぎ捨てた。表では、18番の号泣する声が聞こえてくる。窓から覗くと、整備班の連中が18番の巨体を機体から下ろそうとしているが、彼は一向に動く様子がなかった。いつものジャケットに着替えた俺は、ディオンを捕まえて4番の安否を確認したが、彼はただ無言で首を振るだけだった。
俺は野郎たちのプレハブから独立して建てられた、13番の部屋に入った。小奇麗に片付けられ整頓された部屋には、夕焼けの日差しが差し込んでいる。鏡台に置かれた化粧品の香りがかすかに香っている。俺は、彼女のデスクの上に一枚のハンカチーフが置いてあることに気が付いた。無人の室内に足を踏み入れ、そのハンカチを手にする。それは、よく彼女がジャケットの胸ポケットに入れていたハンカチだった。まだかすかに、彼女がつけていた香水の残り香が漂っている。俺は両方の手の平にハンカチを置いて、そのままそれを凝視していた。
「必ず、隊長をお守りいたします」
その言葉通り、彼女は俺の僚機として役目を果たし、そして逝ってしまった。俺は、残酷なことをしてきたのかもしれない。彼女が時折示すサインに気がついていなかったわけじゃない。ただ、言ってしまえば「空の殺人者」の俺がそんな人並みの幸せを手に入れてもいいのか。そう思っていた俺は、結局何もしなかった。いや、何もしてやれなかったんだ。
胸にぽっかりと穴が開いてしまったような気がして、ふと周りを見回す。すると、入り口のところで少年がバツの悪そうな顔をして突っ立っていた。坊やにまで心配されちまったか。俺は、木枯らしが吹き荒れている心に無理に苦笑いを浮かべて、少年を湖畔へと誘った。
今は、誰でもいいから話し相手が欲しかった。良き学生であり、良き部下であり、そして良きパートナーであった、一人の女性のことを話しておける相手が、欲しかった。