ファイル12
ストーン・ヘンジ陥落により、エルジア軍の圧倒的な軍事的優位は崩れ去った。指導者たちの言っていた「安全神話」はもろくも崩れ去ったというわけだ。連合国軍は着実にこのサンサルバシオンの周辺都市を解放し、解放作戦の下準備を進めている。その影響か、或いはベテランパイロットたちが他の戦線で多く戦死したのか、俺らの部隊から幾人かが引き抜かれ、代わりに飛行訓練も十分でない新兵が配属されてきた。数々の修羅場を潜り抜けて、敵戦闘機部隊が脅威となっているってのに、後方は何を考えているのやら。俺たちはこの状況において、新兵たちの訓練に時間を費やさなければならなかった。
4番の戦死後、「スカイ・キッド」を訪れる部隊の男たちは皆寡黙になってしまい、店の主人がため息をついている。俺もまた、いつもの席に一人で座り、ウイスキーグラスを傾ける。俺はポケットから一枚のFAXを取り出した。2日遅れで届いた、ノース・ポイント発信の新聞の切り抜きだ。ストーン・ヘンジを陥落させた飛行部隊、そしてその指揮を取った一人の英雄を称える記事だった。俺は壁にそのFAXを貼りつけると、言った。
「見ろ。敵にも賞賛すべき男たちは一杯いる。」
どうも、あれ以来俺は少し酒量が増えているようだ。本来言うつもりの無い言葉も滑り出てくる。
「こういう敵は、見習うべきだ。コソコソと人の弱みをついて動き回るコソ泥だけではないことを、覚えておけ。」
部隊の男たちが「4番の雪辱戦だ!」と口々に叫んでいる様子を眺めながら、俺はギターを構えた。学生の頃の、流行歌を奏で始める。しばらくして、酒場の娘がグラスを取り替えにきた。いつになく、その表情が険しい。何か言いたげであったが、足早にテーブルから離れていった。
灯火管制が敷かれた夜の闇の中を、人影が走る。後ろからは、MPの吹く笛の音と、軍靴の固い足音がいくつも、その人影を追いかけている。人影は、交差点の影でフードを脱ぎ捨てた。酒場の娘は、走り続けて乱れた息を何とか整えると、再び走り出した。まだ子供と呼ばれる年齢とはいえ、MPに捕まってタダで済むとは思っていなかった。ましてや、レーザー誘導爆弾のセンサーを仕掛けに行ったことがばれた今、命だって分からなかった。だから、彼女は必死に走った。追手から少し距離は離れたようだが、足音はさっきよりも増えている。応援を呼ばれたのだろうか。と、後ろの方の路地で懐中電灯のライトが動くのに気がついた酒場の娘は、そばの車と壁の陰に身を隠した。
「いたか!?」
「いえ、こっちには来ていないようです。それにしてもすばしっこいヤツだ!」
文句を上げながら、エルジアのMPが走り去っていく。お願いだから、見つけないで。身を丸くしながら、酒場の娘はそんなことを考えていた。やがて兵士たちが去って、静かになったのを確認して、彼女は大きく息を吐き出した。ここまでくれば、「スカイ・キッド」までもう少し。そう、思った瞬間だった。停車していた車のドアが静かに開け放たれた。当然、壁とドアの間にいた彼女は閉じ込められてしまう。車の中から現れたのは、見覚えのある、エルジアの英雄……黄色の13番だった。
少年は必死になって酒場の娘を探していた。酒場の主人との連絡が途絶えてから既に随分経つ。いてもたってもいられなくなった少年は、酒場の主人の制止も聞かずに飛び出していた。その胸元に、体には不釣合いなほど大きい拳銃をぶら下げて。安全だって言ったのに。少年は流れる汗もそのままに、暗い路地を走る。そして、家から比較的近い路地で人影を見つけ、彼は思わず壁にへばりついた。そこには、黄色の13番とその奥に怯えた顔をした酒場の娘がいた。何をしているの、と声を出そうとしたけれども、声にならなかった。少女が危ない。そう思った彼は、懐から黒光りする拳銃を抜き、構えた。カタカタと腕が震え、狙いが全然定まらない。額を汗が流れ落ち、あごから雫となって地面へ落ちる。手のひらも汗をかいて、うっかりしていると拳銃が滑ってしまいそうだ。少年は、覚悟を決めた。大きく息を吸い込み、自分に背中を向けている男に向かって叫ぶ。
「僕らの街から出ていけ!侵略者!!」
それは、昔13番を殺そうと心に決めていたとき、相手に叩き付けようと思って用意していた台詞だった。
意外な咆哮から怒りの咆哮を聞いた俺は、正直面食らっていた。振り替えると、あのハーモニカの少年が拳銃を構えて俺を狙っている。よく見れば銃口が上下に揺らぎ、汗だくになっているのが分かったが。
「なにやっているの!」
酒場の娘は少年に走り寄り、銃を仕舞わせた。そしてお互い、無言のまま夜の町に立ち尽くす。これが、現実か。4番の機体の故障の原因ともなった、あの爆発は、あの少女の仕掛けた爆弾だった、というわけか。俺は頭の中で、ひとり納得していた。
「そんなに、俺たちが憎いか?」
はっとした顔になり、二人は視線を上げた。だが、何も言えないまま俯く。俺もまた、銃口を向けられたにも関わらず、少年のことを憎むことは出来そうに無かった。結局、俺たちは彼の言う通り侵略者でしかないのだから。
路地の向こうから、再びMPの足音が近づいてきた。俺は、二人をおよそ人間味にかける連中に渡してやる気はさらさらなかった。
「行け!」
俺は小声で、だけど鋭く言い放った。二人は全速力で、暗い街の中へと消えていった。少しして、MPの連中が俺の姿を見つけ、声をかけてきた。
「貴様こんな夜中に何を出歩いている!所属と階級を言え!」
居丈高に近づいてきた男の胸倉を、俺は掴み上げた。
「黄色の13番、黄色中隊。階級は大尉だ。これで納得したかリクガメ野郎が!」
男を思いきり放り投げる。男はしりもちをついて悲鳴を上げた。
「そんな風に脅迫まがいのことをしているから、レジスタンスの反発を招くんじゃないのか?何だったら、おたくさんたちのやっている不正を色々と司令本部にたれこんでやろうか?」
MPたちが慌てて走り去るのを眺めながら、俺はため息をついた。もう、あの飲み屋に顔を出せないなァ、と。こういうとき、4番にいて欲しかった。俺は、自分が失った存在がどれだけ大切なものだったのか、今更ながらに思い知らされていた。
サンサルバシオンに、陸軍の部隊が相次いで撤退して来ている。各都市で連合国軍に追い払われた連中が次々と流れてきているのだった。サンサルバシオン防衛部隊も展開を始めている。中には、病院の真上に高射砲台を築きやがった連中までいた。俺たちの基地にも、陸上攻撃用の爆弾やら整備班が脱出の際に使用する予定の4輪自動車などが運び込まれ、次第に慌しくなってきていた。再び、この街が戦場と化す日が、近づきつつあった。