ファイル13
ついに、連合国軍はサンサルバシオン解放作戦を発動した。この街周辺の都市部を拠点にした連合国軍は、いくつかの大部隊に分散して既に進軍を開始した。上空待機しているAWACSのデータによれば、さらに相当数の航空機部隊が飛び立ち、この街を目指していることが判明していた。迎え撃つ我が軍も機甲師団を展開するほか、俺たちも含めた周辺基地の航空部隊を大量投入する方針だが、士気という点では間違い無く敵さんに劣っていた。
「急げーっ!!敵の攻撃開始まで時間はないぞーっ!!」
整備班長の怒号に近い叫びが基地に響き渡る。整備班の連中は、基地に残っていた航空機パーツを輸送車に積み込む作業で走り回っていた。ここしばらくは事務作業で全然空に上がっていないディオン准尉が陣頭指揮を取っている。ヘルメットを抱え、俺は自分の愛機へ向かって歩いていた。ふと、ハーモニカの少年が俺のほうを見て立っている事に気がついた。手招きして呼ぶと、バツの悪そうな顔をしてこっちへ歩いてきた。この間のことを気にしているのかもしれない。
「坊や、ここもすぐに戦場になる。安全な所へ逃げるんだ。いいな。」
少年の頭を撫でながら、そう言う。俺も随分と優しくなったもんだ。だが、少年の顔は煮え切らない。
「またひとりぼっちになっちゃうのかな……。」
しばらくしてから、少年はそう呟いたのだった。俺はヘルメットを地面において、少年を担ぎ上げた。
「坊や、男なんだからそんな顔はするなって。酒場の気の強いお嬢さんに嫌われちまうよ。”ウジウジした男は嫌い!”ってな。」
地面に下ろしてやると、少年はようやく笑った。
「隊長さん、僕、隊長さんに謝らなくちゃならないよ。……この間はごめんなさい。」
少年は頭を下げてじっとしている。俺はもう一度、その頭を撫でた。
「気にするな。少しだけ格好は良かったが、ああいうポーズするには5年ほど早かったかもな。」
俺はヘルメットを再び抱えた。向こうでは18番が出撃を待って機体の足元をウロウロしている。
「どうしたいかは、坊や、自分で決めるんだ。」
整備班長に少年を預けて、俺は愛機へ向かった。タラップを駆け上がり、コクピットの中に滑り込む。恐らく、この基地からは最後の出撃になるだろう。俺は見守っている整備班や少年と腕を振ると、スロットルを開けた。
酒場の中には、この日を長く待ちわびていた人々が大勢集まっていた。ついに、侵略者に反撃の一撃を与える日が来たのだ。集まっているレジスタンスには、老若男女、様々な人がいた。だが、思いは一つ。この街を、サンサルバシオンを、侵略者の手から取り戻すこと。酒場の娘は辺りを見回して、その雰囲気に満足していた。
「我々はこれまで多くの同士を失ってきた。だが、彼らの死は無駄ではなかった!さあ、俺たちも行こう!!」
かつてはこの街の病院で勤めていた男の演説に、歓声があがる。連合国軍の侵攻のタイミングを見て灯火管制を一方的に解除すること、攻撃部隊は青い旗を必ず携行すること、さもないと連合国軍の攻撃を受ける危険があること、作戦の内容が次々と伝達されていく。その中、少女はふと黄色の13番のことを思い出していた。あのとき、あの男はどんな気持ちだったんだろう。そう考えると、胸の奥が鈍く痛むのだった。もしかなうのなら、もう一度会って謝りたい。まだ作戦説明は続いていたが、少女はそっと、酒場の出口から外へ出た。真っ暗な空を戦闘機やヘリコプターの翼端灯がいくつも通りすぎる。行こう。彼女は、夜の町の中を走り出した。
「7号線防衛隊より、支援要請!敵航空兵力の奇襲を受けた模様!!」
「第308小隊、通信が途絶えました!街南東部から敵の特殊部隊侵入!!」
サンサルバシオンの街は、再び戦火に包まれていた。本来なら闇に包まれているはずの街は、今明るく照らし出されている。レジスタンス達によって灯火管制が破られたのだ。居場所を照らし出された陸軍の連中は躍起になって辺りの照明を壊し始めるが、その彼らを銃撃・投石が襲う。対空砲火の花が開く。機関砲の曳光弾、ミサイルの排気炎、直撃を食らった戦車があげる炎。ISAFも相当数の航空戦力を投入しているようで、サンサルバシオン上空は両軍の戦闘機で飽和状態だった。あちこちで、接触による墜落が続発していた。
「畜生!一体何機あがっていやがるんだ!!」
18番の叫びは、おそらく両軍のパイロットたちの共通の叫びだったに違いない。俺もまた、目前の敵を追いかけるのが精一杯だった。旋回を繰り返す敵の翼を機関砲で吹き飛ばし、次の獲物を決めてはそのケツを追い回す。レーダーロック警告音と自機のロック音、部下たちの通信が絶え間無くヘッドホンの中に響き、騒々しいことこのうえない。既に街の中に連合国軍の戦車部隊が侵入するのに成功し、陸軍の築いたバリケードを戦車砲で吹き飛ばしている。勢い付いた連合国軍は、全戦線で我が軍の防衛線を突破しつつあった。俺も手頃なところにいる戦車隊を攻撃し、それなりの数を破壊することに成功していたが、全体の情勢を覆すほどのことではなかった。
やがて制空権もISAFに奪われ始めたようで、次第に俺たちを取り巻く敵機の数が増えてきた。補給線が断たれたことで、十分な補給も受けられないまま出撃した航空隊が次々と離脱していった為だった。それ以外にも、撃墜された友軍機は相当の数になっていた。これは、負けだな。この期に及んで勝利を信じているヤツは、まともな人間じゃない。
「隊長機より黄色中隊各機、状況を報告しろ!」
「18番機、残念ながら生きているぜ。でも弾がねぇ。そろそろ潮時だぜ!!」
「5番機、まだ行けます!」
乱戦の中で、空に上がった部下たちのうち3機の行方が分からなくなっていた。
「全機、ファーバンティー方面へ撤退するぞ!18番、どこでもいいから、友軍の航空基地の着陸許可を取れ。断るようなら、燃料が無い、と言ってやれ!」
「了解!で、隊長はどうするんでさぁ。」
「俺もすぐに合流する。さあ、今なら抜けられる。行け!」
俺は部下たちと離れると、再び激戦続くサンサルバシオンの空に戻ろうとした。そのときだった。ノイズに混じって、不可解な通信が聞こえたのは。
「……司令本部より伝達。徹底的に焼き尽くせ」
「了解。ナパームを使用します。」
何だ今のは?ナパームだって!?まさか幹部連中、この街を焦土にするつもりってことか?少なくとも、俺たちが出撃したときのデータじゃ爆撃隊はいなかったはずだ。とすれば、首都の部隊か!怒りで、体が熱くなってくる。畜生、もう知らねぇぞ。俺は郊外から急速に迫りつつある爆撃隊にむけて針路を取った。
戦火を避け、整備班の男たちと航空部品を満載したトラックがサンサルバシオンの郊外へ向けて連なっていた。レジスタンスによる襲撃後、基地の警備に当たっていた陸軍の分隊も同行して、整備班の脱出を守ってくれているのは幸いだった。結局、少年はトラックの上にいた。ようやく解放されるんだ、という気持ちとは裏腹に、13番の行く末を最後まで見届けなければ、という気持ちが打ち勝ったのだった。整備班長は、死んでも知らんぞ、と言って彼の同行を渋々と認めたのだった。
その彼らの列に対して近寄る人影があった。レジスタンスか!?気がついた分隊の兵士が小銃を発砲した。短い悲鳴が聞こえ、人影は地面に倒れた。
「やめて!その人は敵じゃない!!」
少年はトラックから飛び降り、その人影に近寄った。それはまぎれもなく、酒場の娘だった。足を銃弾がかすったらしく、出血している。ディオン准尉殿が近寄ってきて、傷口を調べる。
「私も、連れていってくれませんか?」
少女の唐突の頼みに、准尉は戸惑った。まったくうちの隊長も何をしているんだか……。だが、既に街は戦火で包まれ、今から少女を家に連れていくのは自殺行為に等しかった。
「仕方ないな……おい、怪我人の寝るスペースを空けるんだ!もたもたするな!」
整備班の男たちが即席の担架を作って、彼女を荷台に運び込む。医務室の老先生が手当てを始める。
「どうして、ここに来たの?」
少年には、彼女の意図が分かりかねた。まさか、これもレジスタンスの作戦なのだろうか?考えが顔に出ていたのか、少年のことを見ていた彼女は首を振った。
「私にもよく分からないけど……多分、あなたと同じ事を考えていると思う。変ね、私。」
どう答えれば良いか分からなかったけど、少年はタオルを取り出して、泥に汚れた彼女の顔を吹いてやった。ふと、空を見た少年は、猛スピードで上空を通過する複数の機影に気がついた。
俺は爆撃隊の侵入コースに向けて全開で飛んでいた。こんなこと、ばれたら軍事裁判もんだが。けれど、敗色が強くなったから焦土作戦を行う、そんな司令部の指示はうんざりだった。全滅させる。ただそれだけを考えて俺は愛機を駆り立てていた。
しかし、先客がいた。爆撃隊は本来のコースを外れ、回避行動を取らざるを得なくなっていたのだ。2機のISAF軍機が、爆撃機を追い回し、必死になって爆撃を食い止めようとしていたのだった。しかし、乱戦の中弾薬が切れたのか、執念で逃げ延びた1機が、包囲網を抜け出した。俺は、急旋回してそいつの上に回った。レーダーロックをかけ、トリガーに指をかける。
「食らえ!」
俺は小声で叫び、トリガーを引いた。最後に残っていたミサイルが白い排気煙を吐き、まっすぐ目標に飛んでいく。この距離だ。逃げられまい!!
「何で友軍機が……。」
攻撃するんだ、と言いかけて、爆撃機のパイロットの通信は途絶し、代わりに爆炎が空を明るく照らし出した。俺は、ゆっくりと高度を下げ、2機のISAFに近づいた。薄明かりに、見覚えのあるエンブレムが見えた。メビウスの、エンブレムが。
「今日のは貸しにしておくぜ」
俺はそう呟いて、機体を数度バンクさせた。そして、ファーバンティへの針路を取った。彼らからの攻撃は、なかった。
この日、サンサルバシオンはほぼ1年ぶりにエルジアの占領下から解放された。町には市民が溢れ、大騒ぎが続いている。街から撤退に成功した友軍の数は決して多くなかった。大敗北、と言うべき事態に軍上層部は慌てふためいているだろう。ここ、ファーバンティに連合国軍が到達するのも時間の問題だろう。エルジアの敗北は、このとき、決まっていたようなものだった。