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サンサルバシオンを占領した我が軍は、旧ナチスの電撃作戦にならうが如く、陸・海・空からの奇襲作戦により連合軍の軍備が整う前にその大半を破壊もしくは奪取することに成功していた。俺たちも何回かの出撃を行っていたが、ストーンヘンジの攻撃力は凄まじく、ISAFの多くの戦闘機部隊が砲撃を受けて消滅していた。「大陸の制空権は我が手にあり」と先日の演説で大統領が演説していたが、まさに状況はそうなりつつある。数日前、ISAFの爆撃隊がストーンヘンジを狙ってきたが、彼らと戦って以降、不利を悟ったのか敵機は滅多に飛んでこなくなった。連合軍はノースポイントに撤退し、部隊の再編成を行うようで、大陸からの撤退戦が続いている。

3日ほど機体のワックスがけが日課となっていた俺たちに久々出撃命令が出された。大陸北部からノースポイントへ撤退する連合軍を攻撃した攻撃隊が、敵航空兵力の反撃に遭い壊滅したのだという。今回の仕事は、彼らの撃退というわけだ。どうやら連合軍にも、まだまだイキのいい連中が残っていたようだ。そういえば、先日も大陸南西部で、撤退部隊を狙っていた爆撃隊が数機の戦闘機部隊の手によって壊滅していたはずだ。そのリーダー機のウデは相当のもんだ、と生還したパイロットが言っていた。
「隊長、今回は誰を出撃させるのですか?」
俺と同様、自分の機体のメンテナンスに時間を費やしていた4番がやってきた。機体のオイルが顔についているのも全然気にしていない様子だ。しかしジャケットを脱いでこうTシャツやらで作業していると、やはり男だらけの部隊で彼女の存在は嫌でも目立ってしまうというものだ。
「前回と同じだ。俺とおまえ、それから18番と5番、7番で飛ぶ。5番と7番にはたまには相手の腕利きと戦わせてもいいだろう。」
俺の決定を彼女は諒解した。
「私もその人選でよろしいかと思います。ただ18番には「5番と7番の獲物の横取りをするな」と伝えたほうがよろしいかと思いますが?」
「言うだけ無駄だ。」
「ですわ、ね。」
俺はハンガーに駐機している18番の機体を見上げた。コクピットに座って、豪快ないびきをたてているのは、まぎれもない18番本人だった。整備兵たちが、呆れた顔で機体のチェックを行っている。
「ま、あれでもこの部隊の中では2、3の腕前だから放っておいても大丈夫だろうさ。……作戦開始までに、出撃メンバーには資料に目を通すよう伝えておいてくれ。」
「了解しました。」
俺はコクピット内の調整をするべく、また愛機に潜り込んだ。

「急げ!敵の空襲前にここを突破するんだ!!」
士官たちの怒声があたりに響き渡る。しかし、敗戦の色濃い兵士たちの反応は今一つであった。また軍律も乱れてきているようで、連合軍兵士による略奪・暴行事件は連日報告され、町によっては連合軍の通過を拒否するものまで出て来ていた。即席で作られたこの臨時滑走路のわきを今日も陸軍が撤退していくが、このムードを払拭するのには当分時間がかかるな、そう思いながら、そのパイロットは待機室の不味いコーヒーを飲んでいた。連日の出撃でいい加減体も精神も参ってきているはずなのに、驚くほど自分が正気であること、それが正常なのか異常なのか分からないがとにかく生き残ること、それだけを彼は考えるようにしていた。もっとも、これは彼だけではなく、この臨時基地に集められたパイロットたち全員が思っていることであっただろうけど。
彼が2杯目のコーヒーを注ごうとしたのと同時に、けたたましいサイレン音とともに空襲警報が鳴り響く。待機していたパイロットたちが、自分の機体めがけて走り出す。彼もまた、滑走路に飛び出し自分の愛機に飛び乗る。ぎりぎりの補修部品を工面して機体を整備してくれている整備兵たちに感謝しつつ、発進準備を整える。
「レイピア09、今回の敵さんは5機だ。やけに少ない。強行偵察かもしれんが、気をつけて行ってくれ。」
「後で2杯目のコーヒー代、返してくれよな。何だったら、酒で返してくれてもいいぜ。」
「レイピア09、返金の話は施設部に言ってやってくれ。」
管制官の味気ない回答に苦笑いしながら、彼……レイピア09のF−16Cは大空に舞いあがった。そして、彼はこの基地に戻らなかった。いや、戻れなかったのである。

「4番より隊長機、爆撃班は我々の作戦ポイント到達後20分で到着するそうです。」
「作戦本部も大げさだな。爆弾の分、費用が余計にかかるんじゃないのか?」
「18番、立案士官が激怒してスティンガーでも持ってくるかもしれんから、黙っていろ。」
「アイアイサー、隊長!」
「……敵部隊、接近!我が隊の上から来ます!」
どうやら、空戦が分かっているやつがリーダーらしい。2つに分かれた敵編隊10数機が俺たちより上空から迫ってくる。
「5番、7番!正面から迎え撃て!4番と18番は適当にしろ!!」
命令を下し、俺は操縦桿を引いた。スロットルを叩きこみ、急上昇する。5番と7番が一方の6機と戦闘に入ったのを眺めつつ、こっちも獲物を狙う。機動性に優れたF−16が右へ左へと警戒に飛び回る。やるじゃないか、少しは楽しめそうだ。レーダーロックの警戒音を聞きながら、俺はいきなりエアブレーキをかけ同時に操縦桿を思いきり引いた。一瞬意識が飛びそうになるほどのGがかかる。急減速した俺の機体を慌てて回避した2機のF−16が、俺の前に飛び出す。「プレゼントだ」。俺の機体から発射されたミサイルは、必死で回避する彼らを打ち砕いた。次の獲物を探してみたが、既に4番と18番がISAF機を血祭りに上げていた。一方の5番と7番は、残った敵機のうち、動きのいい1機に翻弄され苦戦していた。その1機は、戦域から脱出を図ろうとする機体を援護するために、孤軍奮闘していた。
「俺が相手だ。」
俺はその1機を獲物に決めた。敵にもこっちの意志が通じたのか、真正面から向かってくる。お互いにすれ違い、ループをしながら互いのケツを狙う。ここしばらく出会わなかったエース級の腕を持つ相手に、血が興奮してくる。……だが、機体の性能差は歴然としていた。俺は目前の敵機にレーダーロックをかけ、そして空対空ミサイルを発射した。尾翼を吹き飛ばされたF−16Cは、操縦不能となり高度を下げていく。やがてパラシュートの花が開いた。気がついてみると、他の敵機はまんまと脱出に成功したようで、あのパイロットに完全に時間を稼がれたようなものだった。もっとも、彼らの基地にはすでに爆撃班が行っている。彼らがまた空に現れるのには相当な時間がかかるだろう。
「全機、帰投する!」
俺たちは、パラシュートで降下している、「健闘した」パイロットに敬意を表し編隊飛行で上空をパスし、ベースへの針路を取った。

「やられたぜ」
見事なトライアングルを組んで、黄色中隊が引き上げていく。時間稼ぎは出来たものの、多くの味方機が奴らに屠られてしまった。レイピア09は、自分が離陸したベースの方角から黒い煙が上がっていることに気が付いた。別働隊がいたってわけか……。今回生き残れたのは、かなりの幸運だったと言うべきか。
「さって、どこの基地に行くかなァ。」
地上から、誰かの上げた照明弾の光が見えた。下を見ると、味方の陸軍の一部隊がこっちに気が付き手を振っている。どうやら、まだまだ俺の幸運は尽きていないようだ。そう、レイピア09は確信した。

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