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エルジア軍の進撃に対し、連合国軍はまとまりのない抵抗を繰り返しては損害を出しながらノースポイントに撤退を続けている。半分以上の兵力がこの大陸から撤退したということだ。それはつまり、我が軍の占領地域がそれだけ拡大しているということの裏返しでもある。陸軍はさらに支配を確実なものにするべく、海軍と協力して海上封鎖を行いつつあった。

そんな中、俺たちの部隊はストーンヘンジ防衛を主任務とするため、占領したばかりのサンサルバシオンの野戦滑走路をベースとすることになった。町の郊外に建設途中の高速道路が、我々の寝床となったわけだ。うまい具合に建設途中のトンネルもあり、この規模なら防空壕としても活用できそうな状態であった。基地として機能するにはまだ数日を要するとのことだが、少なくともファーバンティの息の詰まりそうなベースにいるよりは百倍ましな気分だ。

俺たちは、久々解放された気分に浸って、占領下の町へと繰り出した。基地に比較的近い所にある酒場。そこへ乗りつけた俺たちは、既にその場を占領していた陰険な陸軍の連中を追い散らし、代わりにその場を占領した。酒場はなかなか良い雰囲気で、ここならのんびりとウイスキーグラスを傾けることが出来そうであった。俺は1番奥の席を自分の席と決めて、そこに座った。4番が、斜め前に静かに腰を下ろす。注文を取りに来た15歳くらいの店の少女に18年もののウイスキーとグラスワインを注文し、一息つく。部下たちは、早速前回までの撃墜スコアを競い始めていた。
俺は、その席の傍に古びたギターが置いてあることに気がついた。だいぶ使いこまれていたが、弦を弾いてみると快い音が響いた。
「隊長、ギターをお弾きになるんでしたか?」 4番が驚いた顔でこっちを見ている。そういえば、軍隊に入ってからは全然弾いていなかったな。俺は店の親父に「勝手に使わせてもらうよ」と言って、ギターをいじり出した。

少年は、いつもとは打って変わって陽気な雰囲気に包まれている酒場の中に立ち尽くしていた。男たちが、互いの撃墜数を壁に書きこんで競い合い、「エース」となった者は、他の面々に羽交い締めされた挙句、頭から酒をかぶせられている。なかなかハーモニカを吹くタイミングをつかめないでいると、陽気な男たちの一人が叫んだ。
「そして我らが隊長、黄色の13番機は3機を撃墜し、総撃墜数64!!」
男たちの歓声が店内に響き渡る。酒場の娘の顔が歪む。彼女は、占領軍をとにかく憎んでいたから、分かるような気もした。でも、黄色の13……?少年は、男たちが向いている方に視線を移してみた。店の奥の席で、ギターを弾きながら悠然と座っている男の姿が見えた。あれが、僕の仇……僕から両親を、家族を奪った、憎い敵。だが不思議なことに、憎悪は心の中に湧いてこなかった。

俺は、のんびりとグラスを傾けてはギターの弦を弾いていた。ふと、目を上げると、所在なさげに、ハーモニカを手にした少年が立っていることに気が付いた。その少年は、怯えているのか、こちらを警戒しているのか、なかなか近寄ってこなかった。まぁ、こんな軍人たちばかり見ていたらそうなるのも当然。俺たちは結局は占領者なのだから。
「坊や、そのハーモニカと合奏してみないか?」
俺は、ギターを鳴らしながらそう彼に語り掛けてみた。意外な申し出、それもエルジア語ではなく公用語だったから、少年は戸惑ったようだった。だが、かぶりを振ると、少年は俺の隣に来て、ハーモニカを構えた。俺はリズムを取ると、ギターを奏で始めた。軍隊に入る前、よく弾いていた曲。どこのグループの曲かは忘れてしまったが、少し哀しげなメロディが好きだった曲だ。少々驚いたのは、少年もその曲を知っているようで、見事にギターに合わせて綺麗な音色を奏でている。酒場の中にいる者たちは、皆話すのを止めて、俺と少年の合奏に耳を傾けていた。

部隊の連中はどうやらエンドレスで騒ぎそうなので、俺は先に基地へ戻ることにした。ジープのエンジンをかけたところで、ドアを開いてもう一度酒場に戻る。
「どうかしましたか?」
「ん?ああ、ちょっと忘れ物だ。」
俺は先ほどの少年を呼ぶと、胸元のポケットからキャンデーと紙幣を何枚か手渡してやった。少年は、こんなに受け取れない、と首を振っていたが、俺はそれを彼のコートのポケットに押し込んだ。
「坊や、親御さんが心配するぞ。早く帰って、ゆっくりおやすみ。」
少年は、はっとした顔をして、そしてすぐにうつむいてしまった。
「僕の親は、もう、いないから……。」
「そう……だったのか。悪いことを聞いちまったな。ところで、どうしてあの曲を?」
「僕のお父さんが、仕事から帰ってくると弾いてた曲だったんだ。そう、あの日までは、毎日……。」
俺は、少年の頭をがしがしと撫でてやった。
「元気出せよ、また合奏しような?」
少年はしばらく表情に困っていたが、「うん!」と笑顔で応えると暗い町に走り出した。
「今日は驚きの連続ですわ。」
すっかり待ちぼうけを食らってしまった4番が少しふてくされながらそう言う。
「ギターが実は得意だったとか、子供の面倒見が良いとか……。」
「ん、まぁ、少しくらい隠した過去があっても面白いだろうが。」
全然答えになっていませんわ、と心の中で言いながら4番はため息をついた。隊長の僚機を務める者として、地上にあっても隊長を護衛するつもりではいるが、この男と来たら自分の身の危険には全く無頓着なのだ。
「少しはこっちの気にもなって欲しいわ……。」
「ん?何か言ったか?」
「い、いえ、何でもありません。」
4番は、もう一度ため息をついた。

少年は、今の寝床である叔父の家に戻ると、ベットに潜り込んだ。やっと見つけた、家族の仇。黄色の13。でも、少年には、彼を憎悪のまなざしで見ることが出来なかった。
「あれが、敵。僕のお父さんとお母さんを奪った、敵のパイロット……。」
口に出してみるけれども、憎い、という思いはそれほど湧いてこなかった。むしろ、彼のことを知りたい、そっちの思いの方が、どんどん強くなっていくのだった。それを振り払うように首を振り、少年は13番を害する手段を考え始めた。まずはナイフ……これはある。でも、いざというときのためには拳銃が欲しい……。小さな暗殺者は、深夜までそんなことを考え続けていた。彼を憎もうとする心と、彼を知りたいと思う好奇心の葛藤に苦しみながら。

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